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福岡高等裁判所那覇支部 平成15年(く)13号 決定 2003年7月14日

少年 N・Y (昭和58.11.20生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、付添人○○作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、処分の不当をいうものである。

1  抗告の趣意中事実誤認の主張について

所論は、原決定は、「少年は、Aが公安委員会の運転免許を受けないで、平成15年2月2日午後10時5分ころ、沖縄県浦添市○○×丁目××番×号付近道路において、普通自動二輪車(沖縄○××××、カワサキ・ゼファー、金色〔以下「本件ゼファー」という。〕)を運転した際、あらかじめその情を知りながら、これに先立つ同日午後9時30分ころ、同県宜野湾市△△×丁目×番××号付近道路において、同人に対し、本件ゼファーを貸与し、同人の上記無免許運転を容易にさせてこれを幇助した。」との非行事実を認定しているが、少年がAに本件ゼファーを貸与した事実はなく、かつ、少年はAが無免許であることを認識していなかったから、原決定には事実の誤認があるというのである。

そこで、検討するに、一件記録によると、次の事実が認められる。

(1)  本件非行事実をめぐる捜査の経過について

本件捜査の端緒は、機動警邏中の警察官が平成15年2月2日午後9時50分ころ、那覇市内において、爆音を立てて低速で進行してくる数台の暴走車両を現認し、そのうちの1台であるA運転の本件ゼファーを浦添市内において確保し、同人が無免許であったことから、同日午後10時15分、Aを道路交通法違反(無免許運転)の罪で現行犯人逮捕し、警察において、Aを取り調べたところ、同人が、同年2月3日に、自分が運転していたバイクは、2月2日午後9時ころ、沖縄県沖縄市□□×丁目×番××号□□店駐車場(以下「□□駐車場」という。)において、少年から無理に貸し与えられたものであり、少年はAが無免許であることを知っていた、今回ともに暴走したメンバーの中にはDもいたとの供述をしたことにあった。その後、同年2月24日、Aに対する写真面割りの結果少年を特定することができ、同年2月25日、上記Dを取り調べた結果、Aと同様の供述が得られ、写真面割りの結果少年を特定することができたことから、同年3月10日、少年に関する、2月2日午後9時ころの□□駐車場におけるAに対する本件ゼファーの貸与による無免許運転教唆の被疑事実による通常逮捕状の発付の請求がなされ、同日通常逮捕状が発付され、少年は、同年3月11日上記逮捕状により通常逮捕された。

少年が上記被疑事実を否認したことから、警察において、暴走行為に参加した者から事情聴取を進めたところ、複数の者から、□□駐車場から出発する際、Aが運転していたのは黒色のカワサキ・ゼファー(沖縄○××××号〔以下「黒色ゼファー」という。〕)であり、本件ゼファーは少年が運転していた、那覇市の○□通りに着いたところには、Aが本件ゼファーを、少年が黒色ゼファーを運転しており、途中でバイクを交換したのではないかとの指摘があり、F、E、G、Cを同年3月11日から3月17日の間取り調べた結果、上記指摘と同趣旨の供述が得られ、同年3月12日、Aを取調べた結果、□□駐車場を出発する際の乗車区分は上記指摘のとおりであり、非行当日の午後9時30分ころ、宜野湾市△△×丁目付近道路において、少年とバイクを交換した旨及び黒色ゼファーを用意した経緯等に関する供述が得られ、さらに、黒色ゼファーの入手経路の裏付けとして、Aに黒色ゼファーを引き渡したBを同月13日、24日、黒色ゼファーの所有者であるHを同月14日にそれぞれ取り調べた結果、上記Aの供述が裏付けられ、同年3月13日、上記Dを取調べた結果、Aの供述と同様の供述が得られた。

その結果、警察は、同年3月17日、本件被疑事実を、2月2日午後9時ころの□□駐車場におけるAに対する本件ゼファーの貸与による無免許運転教唆から、Aに対する2月2日午後9時ころの□□駐車場における黒色ゼファーの貸与及び同日午後9時30分ころの宜野湾市△△×丁目付近道路における本件ゼファーの貸与による無免許運転教唆に訂正した。

(2)  Aの供述の信用性

ア  供述内容

Aは、警察官調書、検察官調書、審判において以下のとおり供述する。

少年は、Aに対し、2月2日午後2時ころ、今日暴走に行くので人を集めておくように指示し、さらに、上記Bからバイクを借りてくるよう依頼し、Aは、少年の依頼のとおり、近所の公民館において、Bから黒色ゼファーを受け取った。その後、少年は、Aの携帯電話に、スーパー「○△マート」に来るよう連絡し、Aは、同店に赴き、本件ゼファーを磨くなどし、その後同級生数名を暴走に誘うなどした。

Aは、集合時間の同日午後8時ころ、黒色ゼファーに乗って、集合場所である□□駐車場に行ったところ、少年、上記C、D、Eらが来ていた。少年は、□□駐車場で、仲間に対して、乗車するバイクを割り当てていたが、Aには黒色ゼファーを割り当てた。少年が、これから那覇に行くぞと言って、全員が一団となって同日午後9時ころ□□駐車場を出発し、少年は本件ゼファーを、Aは黒色ゼファーをそれぞれ運転した。

集団は、国道×××号線から国道××号線に出て那覇市へ向けて南下し、途中、爆音を立てて低速で蛇行運転をしたりしながら進行し、少年とAは、途中で、並走しながら爆音を競い合ったりした。Aは、少年から、同日午後9時30分ころ、宜野湾市△△×丁目の△△交差点手前付近において、「ふかしやすいか。」と聞かれたので「ふかしやすい。」と答えたところ、少年が「交換しよう。」と言ったので、一旦停車して、バイクを交換した。その後、那覇市内において警察官の取締りを受けて集団は散り散りになり、Aも逃げたものの白バイから逃げきることはできず、浦添市○○×丁目付近で逮捕された。

Aは警察が来るといつもバイクを隠していたので、そのような行動から、いつも一緒に走っているメンバーはAが無免許であることを知っていたはずであるし、少年は、Aが自動車教習所に通っていないことを知っていたし、少年に対しても、これまで、バイクの免許を取りにいきたいと話したことが何回かあり、少年からは取ったらいいと言われたことがあり、警察がいるときは乗るなと言われたこともあったので、少年は、Aが無免許であることを知っていたはずである。

イ  その信用性の有無

(ア) 客観的事実との一致

上記のAの供述の中、携帯電話による連絡の部分は、少年、A、Bの携帯電話機の発信状況記録に一致する。

少年は、第3回審判期日において、自分の携帯電話機からAの携帯電話機に対する発信記録について、Dに頼まれて同人に自分の携帯電話機を貸した際、DがAに電話をしたことがあったと供述し、Dも、同審判期日において、証人として、自分の携帯電話は料金不払いのため使用停止になっており、少年の携帯電話機を借りたことがあったと供述する。しかし、そもそも、Dは、証人として、自分の携帯電話が使用できない場合、母親の携帯電話機を使用することもあり、それを外に持ち出すこともあったと供述するところ、現に、本件非行当日、Bの携帯電話機からDの母親の携帯電話機に対する発信記録が存在し、しかも、D自身が、本件非行の当日、少年から携帯電話機を借りたか否かは覚えていないと証言しているのであり、これに照らすと、DとAの間の携帯電話による連絡もDの母親の携帯電話機を使用した可能性が高く、少年の携帯電話機を借用したのではない可能性が高いと認められる。のみならず、少年は、第1回審判期日では、本件非行当日、Aとは携帯電話による連絡を含め一度も話をしたことはないと明言していたにもかかわらず、発信記録の調査の結果、少年の携帯電話機からAの携帯電話機に対する発信記録の存在が明らかになると、何度か携帯電話で連絡したことがあった、Dに3回電話機を貸して同人がそれでAと連絡をしたことがあったなどと供述を翻している。しかし、本件非行の当日、少年がAに対して、暴走に参加するメンバーを集めるように指示したり、Bからバイクを借りるよう依頼するため携帯電話で連絡をとったか否かは、本件非行事実の存否を左右する極めて重要な事柄であり、少年もそのことは十分認識していたと認められ、しかも、記憶違いや説明不足等を生じる余地の無い単純な事柄であるから、それに関する供述に、合理的な説明も無いまま重大な変遷を生じさせている少年の供述態度は作為的なものというべきであり、その信用性は全く認められない。

以上によれば、Aの供述は、その重要部分が客観的証拠に符合するものであるということができる。

(イ) 関係者の供述との一致

Aの平成15年3月12日付け警察官調書、検察官調書、審判廷における供述は、□□駐車場に集合した時の状況、□□駐車場を出発する際の各人の乗車区分、集団暴走の状況の点において、上記のF、E、G、Cの各警察官調書と、黒色ゼファーを用意した経緯の点において、上記のBの警察官調書、検察官調書、Hの各警察官調書と良く符合している。

上記のF、E、G、C、B及びHの各供述調書は、前記(1)に説示したように、当初、捜査機関において、少年のAに対する本件ゼファーの貸与の時刻、場所を、「2月2日午後9時ころ、□□駐車場において」とする被疑事実について捜査を進めていたところ、複数の関係者から、□□駐車場から出発する際、Aが運転していたのは黒色ゼファーであり、本件ゼファーを運転していたのは少年であって、途中でバイクを交換したのではないかとの指摘が出たことから、Fらを取り調べた結果作成されたものであり、そのような捜査状況に照らすと、捜査機関のFらに対する事情聴取や供述調書の作成は、上記の点を中心に集団暴走の発生の経緯について問題意識を持ち、極めて慎重にかつ注意深く行なわれたと推認でき、Fらの供述もそれに応じて、自己の記憶を慎重に吟味するなどしてなされたものと窺え、上記の各供述調書の信用性は高いものと認められる。

そうすると、それと内容的に符合するAの上記各供述の信用性は高いものということができる。

(ウ) Aの供述の情況から見た信用性

Aは、少年と同じ中学校の出身で少年の1年後輩であり、中学校在学中は少年から暴力を振るわれたこともあり、本件に関して供述したことによって、少年を初めとする地元の不良グループから報復を受けるのではないかと恐れていることや、既に、上記無免許運転の非行によって同年2月27日から○○少年院に収容中であり、上記3月12日付け警察官調書や検察官調書において供述した時点、審判廷において証言した時点では、自己の処分は確定しており、自己の責任を免れまたは軽減するために、少年を陥れるような虚偽の供述をする必要がなかったことに照らすと、Aの供述には、その情況から見ても、信用性があると認められる。

(エ) 内容自体の信用性

Aは、審判廷において、自分も暴走に参加したい気持ちがあったと証言するなど、その供述態度は誠実であると認められる。

また、Aが、審判廷において、本件幇助行為がなされた場面に関して、少年から、宜野湾市△△×丁目の△△交差点手前付近において、「ふかしやすいか。」と聞かれたので「ふかしやすい。」と答えたところ、少年が「交換しよう。」と言ったので、バイクを交換することになったと証言している点は、同人の、「少年とAは、途中で、並んで走りながら爆音を競い合ったりした。」との供述部分と整合的であるし、エンジンを空ぶかしし、爆音を立てて行う集団暴走はかなりの低速で行なわれ、暴走中の者同士が声を掛け合うことも実際にあることであることを考慮すると、上記のAの証言は不自然、不合理であるとはいえず、かえって、真に体験したもののみ語りうる内容となっているというべきであって、信用性を認めることができる。

(オ) 供述の変遷について

上記(1)に説示したように、Aは、逮捕当初、少年から本件ゼファーを貸し与えられたのは、午後9時ころ、□□駐車場においてであり、以後、逮捕されるまでAが同車両を運転していたと供述していたのに対し、3月12日付け警察官調書以降は、その供述内容を、□□駐車場から出発する際、Aが運転していたのは黒色ゼファーであり、本件ゼファーは少年が運転しており、途中、午後9時30分ころ、宜野湾市△△×丁目付近道路において、少年とバイクを交換したと変遷させたことが認められる。

この点について、Aは、捜査、審判廷を通じて、当初から取調官に対して途中でバイクを交換したことを説明していたつもりであったが、それがうまく伝わらず、当初から同人が本件ゼファーを運転していた内容の調書になってしまったと供述しているが、本件ゼファーを貸与された場所について殊更に虚偽の供述をする理由は見当たらないこと、上記の変遷には前記(1)に説示した捜査の経過に照らすと合理的な理由があるといえること、供述者の言語による説明力の不足と取調官の思い込みによって、供述者の真意と異なる内容の調書が作成されてしまうこともあながちありえないことではないこと、さらに、供述内容に変遷があるといっても、少年から暴走に誘われ、□□駐車場で少年から指示されたバイクに乗車し、暴走行為に及んだという概要については当初から一貫していること、などを考慮すると、Aの捜査段階における供述の変遷は、特段、不自然、不合理ではなく、その信用性を損なうものではないと認められる。

そして、上記の3月12日付け警察官調書以後のAの供述内容には、大きな変遷はなく、ほぼ一貫した内容となっている。

(カ) 以上を総合すると、Aの捜査段階、審判廷における供述は高い信用性を有するものと認められる。

(3)  C、F、E、Gの警察官調書

同人らの警察官調書の信用性が高いことは、既に、前記(2)のイの(イ)に説示したとおりであり、Cの警察官調書によれば、少年が、□□駐車場において、集合した仲間の乗車するバイクの調整を行っていた事実が認められるし、Cらの各警察官調書からは、少年とAが暴走の途中で、本件ゼファーと黒色ゼファーを交換した事実が窺える。

(4)  Dの審判廷における証言

Dは、審判廷において、AとDが非行当日にBから借りたバイクはアドレスVであり、黒色ゼファーはAがその前から乗っていたと証言する。

しかし、上記証言は、前記(2)のイの(イ)において説示したように、高い信用性の認められるBの警察官調書、検察官調書、Hの警察官調書、Aの各供述と矛盾するものであって、到底信用できない。

(5)  Eの審判廷における証言

Eは、審判廷において、□□駐車場を出発するとき、自分はアドレスV100を運転し、後部に少年を同乗させて出発し、その後那覇市内に着くまで少年が同車から降りたことはないと証言し、捜査段階における供述は勘違いであったと証言している。しかし、同人に対する捜査段階における事情聴取や供述調書の作成が、捜査機関において、乗車区分等に問題意識をもって、慎重にかつ注意深く行われたことは、前記(2)のイの(イ)に説示したとおりであって、警察官調書の内容が勘違いであるとの同人の証言は採用しがたく、Gがその警察官調書において、自分はEの運転するアドレスの後部座席に同乗していたと供述していることに照らしても、上記Eの証言が信用できないことは明らかである。

(6)  少年の審判廷における供述

少年は、審判廷において、<1>非行当日、携帯電話でAやBに連絡をとったことはなかった、<2>本件ゼファーを持ち出したのは自分ではない、<3>□□駐車場を出発する時、本件ゼファーを運転していたのはDである、<4>自分はEの運転するアドレスの後部座席に乗車しており、降りたことはない、<5>自分たちは、参加メンバーの一人であるIがヘルメットを探すのに時間がかかったことから、□□駐車場を出発するのがAら先発隊に大幅に後れ、先発隊とは終始別行動であった、<6>Aが無免許であることは知らなかったと供述する。

しかし、<1>の点に関する供述が信用できないことは、前記(2)のイの(ア)に説示したとおりであり、<2>、<3>については、Dの審判廷における証言とも矛盾し、<4>についても、これが信用できないことは前記(5)に説示したとおりであり、<5>についても、少年自身の捜査段階における供述調書と矛盾し、いずれも信用できない。

また、<6>についても、Aの供述内容は、前記(2)のアのとおりであり、それが信用できることは前記(2)のイに説示したとおりである上、Bの検察官調書、Dの審判廷における証言によれば、B及びDはいずれもAが無免許であることを知っており、Aが無免許であることは仲間うちではよく知られた事実であったことが認められ、少年とAが日頃行動をともにする遊び時間であり、しかも、仕事仲間であったことに照らすと、少年の供述は信用できず、少年が、本件当時、Aが無免許であることを知っていたことを優に推認することができる。

(7)  以上によれば、前記非行事実を優に認めることができる。

2  抗告の趣意中処遇の不当の主張について

所論は、原決定は、特修短期処遇の勧告をした上で少年を中等少年院に送致したが、幇助犯にすぎない本件非行の罪質や少年の更生を図る上での社会的資源が充実していることに照らすと、重きに失して不当であるというのである。

そこで、検討するに、一件記録によると、次の事実が認められる。

(1)  本件非行と少年の責任

本件は、前記のとおりの自動二輪車の無免許運転の幇助の事案であるが、少年は、事実上存在する暴走集団の実質的リーダーとして、集団暴走行為を行うことを計画し、本犯者であるAらに暴走に参加するメンバーの確保を指示するとともに、黒色ゼファーの調達を依頼し、集合場所である□□駐車場において、集合したメンバーに乗車区分を指示し、集団暴走中に、バイクを交換しようとして本件非行に及んだものである。この種の集団暴走における無免許運転は道路交通の安全を大きく脅かすものであるから、本件非行の態様は悪質であり、その結果も軽視できないことは明らかであるが、少年は、暴走集団のリーダー格として、上記のような経緯で本件非行に関与したものであり、その責任は本犯者であるAと変わらぬ重いものがあるといわざるをえない。また、集団暴走に参加したDやEが、前記1の(4)、(5)に説示したように、審判廷において、虚偽の供述をなしていることに照らすと、上記集団の反社会性も明らかである。

少年は、本件非行事実を否認し、不合理な弁解をしているのであり、反省の情は希薄である。また、少年は、共同危険行為、安全運転義務違反、器物損壊の各非行により、観護措置を経て、平成14年12月17日に一般短期保護観察の保護処分を受けたにもかかわらず、その約2か月後に本件非行に及んだのであって、少年の遵法精神の欠如には著しいものがあり、更生の意欲に欠けているといわざるをえない。

以上によれば、少年の責任は重いものがある。

(2)  少年の生活歴と問題点

少年は、平成11年春に中学校を卒業し、高校に進学したが、同年9月に中退し、大工として稼働するようになったが、その間の平成12年3月に軽四輪乗用車の無免許運転の非行に及び、同年6月不処分決定を受けたが、同年夏ころから暴走族「○○」のメンバーであることを意識するようになり、同年12月末ころからは集団暴走に参加するようになった。少年は、平成13年中には3、4か月間酒の配達員として稼働したが、同年12月31日、「○○」のメンバー他とともにいわゆる元旦暴走に参加して共同危険行為の非行に及び、平成14年1月6日には、集団暴走中にパトカーの赤色回転灯を金属バットで叩き割る器物損壊の非行に及び、同年5月1日も旗を携帯する者を同乗させて自動二輪車を運転する安全運転義務違反の非行を惹起した。少年は、同月ころ埼玉県内に転居し、鉄筋工として真面目に稼働していたが、同年11月13日、前記非行により逮捕され、観護措置を経て、同年12月17日一般短期保護観察に付された。しかし、少年は、埼玉県内の稼働先に戻らず、平成15年1月上旬から、土木作業員として稼働するようになったが、本件本犯者A、F、Gなども同僚であり、暴走仲間との交際が続くうちに、本件非行を惹起した。

少年は、自己顕示欲求が著しく強く、親しい仲間で形成される集団の中では、調子付いて、故意に目立つような行動に出て自己拡大を図ろうとする傾向にあって、社会規範を軽視した身勝手な行動に出ることも多く、一方で、現実認識が甘く、自分本位で独りよがりな考え方にこだわり、それを押し通そうとする面もあって、自己責任の観念も希薄になりがちである。少年は、上記のような自己顕示欲求を満たす絶好のものとして、暴走集団に親和し、その中で、逸脱行動を繰り返してきており、前件の一連の措置によっても、それを改めるには至らず、相変わらず、暴走集団に漬かったまま、観護措置を経た保護観察中であるという自分の置かれた立場に思いを致さず、同種事犯に至ったものと認められる。

少年は、本件により観護措置をとられた後も、暴走行為については、問題意識をもって自らの認識を問い直す姿勢に乏しいことが窺える。

(3)  少年の保護環境

少年の家庭は両親が健在であり、少年と両親の間に葛藤はないが、両親の指導には厳格さが欠け、少年がバイクいじりに深く関わっていくのをなし崩し的に認めざるをえない状況になっており、結果的には、少年の言い分が通ってしまうような監護態勢になってしまい、少年も、両親に対しては、無免許運転や暴走行為をやっているような素振りを見せることなく振る舞っていたため、両親の側にも問題意識が高まらず、少年も、そのような中で、内省を深めず、自己正当化の姿勢を強めていき、本件に至ったものと認められる。

また、保護観察による指導も、上記のとおり、少年に、自分本位で独りよがりな考え方にこだわり、それを押し通そうとする面があり、周囲の指導を軽視することもあって、軌道に乗ることなく、本件非行に至っており、限界にあると認められる。

(4)  以上の事実を総合すると、少年に対しては、自分本位の考え方が通用しない厳格な枠組みの中で、交通非行の問題性を中心に現実認識の甘さを理解させ、交通規範を中心とした規範意識を涵養するとともに、自己責任の自覚を持たせていく必要があり、そのためには、少年院に収容して矯正教育を施すことが必要不可欠であると認められる。

そうすると、少年の非行は実質的には交通非行に限局されており、少年に勤労意欲と実績があり、現在の雇い主が今後の雇用と監督の強化を誓っていることなど少年の長所や社会資源の存在を十二分に考慮して、特修短期処遇の勧告をした上で、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は相当であって、これが重く不当であるということはできず、論旨は理由がない。

3  よって、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡邉等 裁判官 永井秀明 増森珠美)

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