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福岡高等裁判所那覇支部 平成15年(行コ)3号 判決 2004年10月14日

主文

1  原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  上記取消部分につき,被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者双方の申立て

1  控訴人ら

(1)  原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。

(2)ア  (本案前の申立て)

上記取消部分につき,被控訴人らの訴えをいずれも却下する。

イ  (本案の申立て)

上記取消部分につき,被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  控訴費用は,控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,沖縄県(以下「県」という。県名について記載しない場合,沖縄県内の市町村を指す。)の住民である被控訴人らが,α地区団体営農地開発事業(以下「本件事業」という。)及び事業の変更について県知事がした認可が,土地改良法(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下,「土地改良法」という場合,同改正前のものを指す。)等に違反して違法・無効であることを前提に,本件事業に関する補助金の支出が違法であると主張して,①地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下,「地方自治法」という場合,同改正前のものを指す。)242条の2第1項1号に基づき,控訴人沖縄県知事a(以下「控訴人知事」という。なお,訴訟提起時の控訴人沖縄県知事はbであったが,訴訟係属中にaが同控訴人の地位を承継した。)に対し,本件事業に関する公金支出等の差止めを求め,②同条項4号に基づき,県に代位して,県が本件事業に関し,平成7年8月25日から平成10年5月15日までの間に,合計金3525万8000円の補助金を支出したことが違法な公金支出であり,県に同額の損害を与えたなどと主張して,当時県知事として補助金支出の命令権限を有していた控訴人bに対し,本件補助金支出相当額の損害賠償(これに対する各支出日以降の民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)の支払を求め,③上記①差止請求の予備的請求として,同条項3号に基づき,控訴人知事に対し,県が控訴人bに対する上記②損害賠償請求権を有しているにもかかわらず,その各行使を怠っていることが違法であることを確認することを求めた事案である。

2  前提事実(争いのない事実及び証拠により明らかに認められる事実)

(1)  当事者

被控訴人らは,県の住民である。

控訴人知事は,県の公金の支出,財産の管理若しくは処分,契約の締結若しくは履行,債務その他の義務の負担,又は地方債起債手続などの行為をなすにつき最終権限を有する者である。

控訴人bは,本件補助金支出当時,県知事の職にあり,本件事業の実施に対する補助金の支出を命じる予算執行権限を有していた者である。

(2)  本件事業の概要

本件事業は,沖縄県国頭郡βに所在する勅令貸付国有林である県営林内において,国頭村が事業主体となって行う土地改良事業(農用地造成事業)である。

本件事業の計画・実施に際して,環境影響事前評価(環境アセスメント)は行われなかった。

ア 当初計画

昭和60年10月17日,国頭村から県知事に対し,本件事業に関する計画(以下「当初計画」という。)を示して土地改良事業の認可申請がなされ,昭和61年2月7日,当時の県知事cがこれを認可した。

当初計画の事業内容は,造成面積を32.3ヘクタール,受益戸数を13戸,基幹作物をサトウキビ・大根,造成工法を改良山成畑工とするもので,工期は昭和60年度着工,平成9年度完了予定とされた。

当初計画における本件事業の総事業費は7億円とされ,その負担割合は,国が75パーセント,県が12.5パーセント,国頭村が6.25パーセント,受益者が6.25パーセントとされた。

イ 第1回計画変更

本件事業に関して,昭和63年度及び平成4年度に,事業費の増加を伴う事業計画変更の必要性が生じた。

この事業計画の変更について,平成9年9月16日,国頭村から県知事に対し,計画変更の認可申請がなされ,同年12月2日,当時の県知事控訴人bがこれを認可した。

ウ 第2回計画変更

本件事業に関して,平成7年度に事業費の減少を伴う事業計画変更の必要性が生じ,平成8年度に事業費の増加を伴う事業計画変更の必要性が生じた。

この事業計画の変更について,平成10年6月1日,国頭村から県知事に対し,計画変更の認可申請がなされ,同年9月28日,当時の県知事控訴人bがこれを認可した。

(3)  本件補助金支出

控訴人bは,県知事として,本件事業に関し,国頭村に対し,下記のとおり補助金交付決定(支出負担行為)をして支出命令を出し(以下,併せて「本件補助金支出」という。),これに基づいて以下のとおり補助金合計3525万8000円が支出された。

支出負担行為

年月日

支出命令

年月日

交付年月日

金額

平成7年度

H7.6.14

H7.8.2

H7.8.25

3,648,000

本件支出・※

H8.3.14

H8.5.7

H8.5.27

9,001,000

本件支出②

平成8年度

H8.6.26

H8.9.13

H8.10.4

3,932,000

本件支出・※

H9.4.1

H9.4.16

H9.5.26

6,462,000

本件支出・※

H10.3.31

H10.4.15

5,968,000

本件支出⑤

平成9年度

H9.5.30

10.4.28

H10.5.15

6,247,000

本件支出⑥

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

なお,本件補助金支出は,県内部においては,沖縄県事務決裁規定(乙35)8条3(9)コ及びサに基づき農林総務課長の専決事項とされている(ただし,本件補助金支出が補助職員〔農林総務課長〕の専決により処理れた旨の控訴人らの主張が「自白の撤回」に当たるか否かについては,後記のとおり争いがある。)。

(4)  監査請求

被控訴人らは,平成8年9月26日,県の監査委員に対し,地方自治法242条1項に基づき,本件事業が土地改良法の必要性等の基本要件を欠き,自然環境を破壊するため文化財保護法等にも反して違法であるなどと主張して,平成8年度以後の工事差止め,同7年度支出相当額の返還,完成部分の原状回復等を知事に勧告することを求める内容の「沖縄県職員措置請求書」を提出し,監査請求を行った(甲2。以下「本件監査請求」という。)。

これに対し,同監査委員は,平成8年10月29日付けで,被控訴人らの監査請求は住民監査請求の制度に適合せず不適法な請求であるとして却下する旨通知した(甲3)。

(5)  本訴提起等

被控訴人らは,平成8年11月25日,控訴人知事に対し,本件事業に関する公金支出の差止めを,控訴人bに対し,県に代位して,平成7年度支出分(1250万円)について,支出相当額の損害賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求める住民訴訟として本訴を提起した。

被控訴人らは,平成10年5月27日の原審第8回口頭弁論において,同日付け訴え変更申立書をもって,控訴人bに対し,本件支出③及び本件支出④について,支出相当額の損害賠償及びこれに対する各遅延損害金の支払を求める訴えを追加する訴え変更の申立て(同変更申立書提出日は平成10年5月26日である。)をした。

被控訴人らは,平成14年12月13日の原審第19回口頭弁論において,同年10月26日付け訴え変更申立書をもって,控訴人知事に対し,本件事業に関する公金支出の差止請求の予備的請求として,控訴人bに対して,本件事業に関する違法な本件補助金支出について,不法行為に基づく支出相当額(平成7年度から平成10年5月15日までの各支出合計として3510万9000円)の損害賠償請求権及びこれに対する各遅延損害金請求権を有しているにもかかわらず,その各行使を怠っていることが違法であることの確認を求める訴えを,控訴人bに対し,本件支出⑤及び本件支出⑥について,支出相当額の損害賠償及びこれに対する各遅延損害金の支払を求める訴えを追加する訴え変更の申立て(同変更申立書提出日は平成14年10月27日である。)をした。

被控訴人らは,平成15年3月19日の原審第20回口頭弁論において,同年3月3日付け訴状訂正申立書(訴えの変更)をもって,平成7年度分の支出額を本件支出①及び本件支出②の合計額である1264万9000円に変更し,本件補助金支出合計額を3525万8000円とする控訴人bに対する損害賠償代位請求及び控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使の違法確認を求める訴えに変更する申立て(同申立書提出日は平成15年3月3日である。)をした。

(6)  本件事業の完了

本件事業の施行に伴う工事は,平成10年3月27日に完了し,本件事業に関する県の補助金支出は本件支出⑥により完了した。

第3本案前の答弁に関する争点及び争点に対する当事者の主張

1  訴えの利益(差止請求について)

(控訴人知事の主張)

本件事業は既に完了しているから,差止請求は,差し止めを求める対象が存在せず,訴えの利益を欠くため不適法であり,却下されるべきである。

(被控訴人らの主張)

訴えの利益を欠くとの主張は争う。

2  監査請求前置-監査請求期間徒過についての正当な理由(本件支出①に関する控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使の違法確認及び控訴人bに対する損害賠償代位請求について)

(控訴人らの主張)

本件支出①については,公金支出がなされた日から1年の監査請求期間を徒過して監査請求がなされている。

本件補助金支出に関する公文書は,平成4年7月1日施行の沖縄県情報公開条例の規定する開示対象文書であり,事柄の性質上何ら秘匿すべき事項でもないから,県の担当部署に直接問い合わせることによっても知り得たものである。実際,被控訴人らが本件監査請求時に提出した平成7年度支出額,支出年月日を記載した文書(甲2の4)は,被控訴人らからの照会に対して,県が任意に回答した内容が記載されている。

よって,被控訴人らが,本件支出①がなされたことにつき,それを知る方法は,制度上保障されており,本件事業は平成7年度より以前から継続的に工事が行われているのであるから,各年度において県の支出がなされていることは外形的にも明らかであり,被控訴人らは,本件支出①のなされたころには,それを知り得たというべきであって,監査請求期間を徒過したことについて,地方自治法242条2項但書所定の正当な理由は認められず,監査請求前置の要件を欠き,不適法である。

(被控訴人らの主張)

被控訴人らが,本件支出①がなされたことにつき,監査請求期間を徒過したことには,地方自治法242条2項但書所定の正当な理由がある。

本件支出①は,土地改良法に定められた公告・縦覧の計画変更手続を経ずになされた違法なものであり,被控訴人らが,当初計画と異なる変更計画の工事内容の必要費用を具体的に知り得る機会はなく,平成9年12月に認可された変更手続において初めてその具体的内容を知り得たというべきである。それまで,被控訴人らが,変更手続の欠落した「違法な」公金支出を疑うことは,相当な注意をもってしても著しく困難であり,情報公開条例等によって調査を行うことは不可能であったといえ,監査請求期間を徒過したことには正当な理由がある。

3  監査請求前置-監査請求後の支出(本件支出③ないし⑥に関する控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使の違法確認及び控訴人bに対する損害賠償代位請求について)

(控訴人らの主張)

被控訴人らによる本件監査請求では,①平成8年度以後の工事差止め,②平成7年度支出額の返還,③完成部分の原状回復が求められており,公金支出については平成7年度分しか監査請求の対象とされていない。よって,平成8年度及び平成9年度の支出については,監査請求の対象とされていないから,本件支出③ないし⑥に関する請求は,監査請求前置の要件を欠き,不適法である。

また,本件支出③については,本件訴訟提起(平成8年11月25日)前の支出であって,訴訟係属中の支出ではなく,訴訟における差止請求の対象とされていないから,適法な監査請求を経ておらず,出訴期間も徒過している。

(被控訴人らの主張)

住民訴訟の対象となる行為又は事実は,住民監査請求にかかわる行為若しくは事実から派生し,又はこれを前提として後続することが必然的に予想されるすべての行為若しくは事実に及ぶものであるところ,被控訴人らのなした本件監査請求には,平成8年度以降の工事差止めの措置請求があり,これは,差止めに係る工事に関連する費用,公金の支出の差止めを当然含んでいるものである。

このように,監査請求において,工事の差止めを請求していたところ,住民訴訟の提起の前後に,監査請求における差止めに必然的に含まれる公金の支出が行われてしまった場合には,当該支出を対象として新たに監査請求をする必要はなく,当該支出を行った者を被告とする損害賠償代位請求を追加提起すればよいとされている。

よって,本件監査請求後になされた支出に関する請求は,監査請求前置の要件を満たしており,適法である。

4  出訴期間(上記3と同じ各請求について)

(控訴人らの主張)

被控訴人ら主張のとおり,本件監査請求後の支出分について,訴えの追加的変更によることが認められるとしても,訴えの変更は,新訴の提起に他ならないから,出訴期間の定めのあるものは,その出訴期間内に変更の申立てがなされなければならないのが原則であり,その場合の出訴期間は,当該公金支出を住民が知り得た日から30日以内と解すべきである。そして,上記2指摘の事情によれば,被控訴人らは,各支出のなされたころには,それを知り得たというべきである。

被控訴人らは,本件において,本件支出③及び本件支出④に関する控訴人bに対する損害賠償代位請求について平成10年5月26日,本件支出⑤及び本件支出⑥に関する控訴人bに対する損害賠償代位請求と本件補助金支出に関する控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使の違法確認について平成14年10月27日に,それぞれ訴えの変更申立書を提出しており,いずれも支出のなされた日から30日を経過した後で,出訴期間を経過した後になされたものであることは明らかである。

よって,訴え変更により追加された請求については,出訴期間を徒過したもので不適法であり,却下されるべきである。

(被控訴人らの主張)

地方自治法242条の2第2項所定の出訴期間の定めは,住民訴訟の前置とされる監査請求がなされ,かつ,監査請求の結果通知があった場合,監査による措置を講じる期間が指定された場合,監査委員が監査又は勧告を行わない場合等不変期間である出訴期間を明確に知り得ることを前提としている。

監査請求ないし住民訴訟提起後,当初の監査請求の対象事項に関連し,これと同一性を有する新たな行為が生じた場合,改めて監査請求をする必要はないことからすると,新たな行為については,住民訴訟の出訴期間の始期を確定する独立の監査請求が存在しないのであるから,当初の監査請求を前置した住民訴訟が適法な出訴期間内に提起されていれば,その後,訴えを追加的に変更した請求についても,出訴期間を遵守したものとみなすべきである。

本件において,当初提訴の請求は,適法な出訴期間内に提起されたものであるから,その後,訴え変更により追加した請求についても,適法というべきである。

5  住民訴訟の対象及び違法事由(控訴人知事に対する損害賠償請求権不行使の違法確認及び控訴人bに対する損害賠償代位請求について)

(控訴人らの主張)

地方自治法242条の2第1項の規定に基づく住民訴訟の対象事項となるのは,公金支出等のいわゆる財務会計上の行為に限定される。また,地方自治法における住民訴訟制度は,普通地方公共団体の行政一般の適正を確保することを目的とするのではなく,地方公共団体の財務会計の適正を担保することを目的とする制度であるから,住民訴訟において問題とされる違法事由は専ら地方公共団体の財務会計の適正を図る観点からの違法事由であり,裁判所が,住民訴訟においてそれ以外の観点から違法事由の有無を審理・判断することを同法は予定していないというべきである。

よって,本件訴訟において,本件事業及び知事の認可行為の違法を問題とし,財務会計上の行為以外の原因行為の違法を主張している被控訴人らの本件訴えは,住民訴訟として不適法であり,却下されるべきである。

(被控訴人らの主張)

被控訴人らは,本件訴訟において,公金支出等の財務会計上の行為を対象とし,その違法性についても,本件事業及びこれに対する知事の認可が違法・無効であるため,これを前提とする本件補助金支出が違法であるとして,財務会計上の行為自体の違法性を問題としているのであるから,住民訴訟として適法である。

第4本案における争点及び争点に関する当事者の主張

1  本件補助金支出が財務会計上違法な行為であるか,否か。

(被控訴人らの主張)

(1) 本件事業の実体的違法性

以下に述べるとおり,本件事業は必要性,経済性に欠け,文化財保護法等の法令に違反する違法な事業であるから,そもそも本件事業に補助金を支出することには「公益上の必要」がなく,本件補助金支出は地方自治法232条の2に違反し,その支出の根拠を欠く違法な財務会計行為である。

ア 本件事業の必要性の欠如

国頭村においては,農家戸数が減少し,耕作放棄地が増加しており,本件事業計画で作付け予定とされているサトウキビや国頭村の主要農産物であるパイナップルの農業生産量は減少傾向にあるから,耕地面積拡大の必要性はなく,農家1戸当たりの耕作面積を拡大する必要があるのであれば,耕作放棄地を活用すれば足りるのであって,本件事業の必要性はない。

また,本件事業の農耕者は,周辺に居住しておらず,耕作,農作物の搬出のため,徒歩又は自動車交通を利用せざるを得ず,時間的にも経済的にも負担を伴い,採算性にも影響する上,農作物の状況を継続的に管理することは困難である。しかも,本件農用地には灌漑施設が設置されておらず,必要な灌漑用水は給水車などで搬入しなければならず,時間的,経済的負担も大きく,酸性度の高い土壌の改善維持のためには,多大の費用と労力を要する。

これらの事情からすると,本件事業の必要性の検討において,本件事業の対象地の水利その他の自然的環境,社会的環境,経済的環境からみて本当に必要であるとは認められず,その必要性は合理的根拠を欠くものである。

イ 本件事業の経済性の欠如

土地改良法における経済効果算定においては,すべての効果とすべての費用を算定して,比較しなければならないが,本件事業においては,以下のとおり,適正な算定が行われておらず,費用対効果の観点から合理性が認められない。

(ア) 経済効果算定項目の欠如

本件事業計画の経済効果測定の内容を見ると,作物生産効果と維持管理費節減効果の2項目しか挙げられていない。作物の播種直後の灌漑費用,農耕地から流出する表土の流出防止,沈砂池等の土砂の除去,農地への復土,赤土流出防止施設の補修や維持管理費用が計上されていない。

また,本件造成農地は,営農農家から数キロメートル離れた山中に位置しているため,農耕のための通作交通費用,農業輸送費用等が必要であるが,これらも計上されておらず,本件事業計画の経済効果測定は極めて不完全である。

(イ) 作物生産効果の不当な算定

本件事業計画の作物生産効果は,単位面積当たりの収量,作付け面積等の根拠がなく,過大に算定されている。

(ウ) 維持管理費節減効果の不当な算定

本件事業計画の維持管理費節減効果は,算定の根拠が示されておらず,計画の変更による維持管理費節減効果の変化の説明がなく,農道維持管理費が計上されていないなど,過小に算定され,極めて恣意的になされている。

また,「土地改良事業計画変更調査報告書」(甲35)は,赤土防止対策の必要性及び沈砂池等防災施設の維持管理徹底の必要性を指摘しているが,これらに伴う維持管理費用も算定されていない。

ウ 自然環境の破壊等

本件事業は,その対象地及び周辺地域の自然環境が極めて貴重であり,これに及ぼす影響は重大であると考えられるところ,自然環境に対する配慮を著しく欠いており,以下の自然環境関連法令等に違反する。

(ア) 文化財保護法違反

天然記念物の保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは,文化庁長官の許可を受けなければならないところ(文化財保護法80条1項),本件事業がやんばるの天然記念物の保存に影響を及ぼすことは明らかであるのに,本件事業について文化庁長官の許可を受けていない。

(イ) 絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律(平成11年法律第160号による改正前のもの。以下,「種の保存法」という場合,同改正前のものを指す。)違反

地方公共団体は,国内希少野生動植物種の生きている個体の捕獲等(捕獲,採取,殺傷又は損傷)をしようとするときは,あらかじめ環境庁長官に協議しその同意を得なければならないところ(種の保存法54条2項),本件事業について上記の協議がなされていない。

(ウ) 人格権,環境権等侵害

本件事業により,大量の赤土が流出し,珊瑚礁を中心とした海の生態系を破壊し,沖縄の漁業・観光産業に多大な損害を及ぼしており,県は,今後,赤土流出防止,沖縄の漁業・観光産業の被害回復のための支出を余儀なくされ,県財政が圧迫されることになる。これは,被控訴人ら,県住民の人格権,財産権,環境権,自然享有権に対する現実の差し迫った危険,侵害行為である。

(2) 本件事業における手続的違法性

ア 本件事業の計画変更手続の違法

(ア) 事業主体である市町村が土地改良事業の計画を変更する場合には,省令の定めるところにより,当該市町村の議会の議決を経て必要な事項を定め,都道府県知事の認可を受けなければならない。にもかかわらず,本件事業においては,適正な変更手続を欠いたまま,計画変更に係る工事等が実施されたものであって,土地改良法に違反する違法な事業である。

(イ) 特定の事業の存在を前提とする補助金支出については,その交付の対象となる事業が存在すること,その内容に公益性があることが当然の前提とされるが,その公益性の有無の判断に当たっては,当該事業に関連する法規が要求している審査手続を実質的に充足していることが必要である。

しかるに,本件補助金支出は,その目的たる事業変更計画手続が不存在であるにもかかわらず支出されたという明白な手続違反がある。本件事業はその計画変更手続に瑕疵があるため,土地改良法上施行を許されない事業であって,これに対する補助金支出に「公益上の必要」があるといえないことは明らかである。事業の必要性があれば「公益上の必要」があるというものではない。

(ウ) 公金の支出は,その公金支出手続自体が違法である場合のほか,当該公金支出の目的ないし根拠となる支出の原因行為(先行行為)が不存在の場合,又は違法・無効である場合にも違法となる。本件事業には,当初計画の内容と異なる計画変更に係る事業を適正な変更手続を経ずに実施した重大かつ明白な違法があり,その瑕疵は財務会計行為の適正な執行確保という視点から看過することのできない瑕疵であり,先行行為が後行行為の直接の原因といえるような密接かつ一体的な関係がある場合に該当する(本件事業は,国,沖縄県からの補助金の支出が前提となっており,事業の必要性の判定,補助金等の支出と事業効果の算定を実施すべきことが法定要件として定められている。したがって,先行行為に明白かつ重大な違法事由がある場合,この先行行為を対象とする財務会計行為を行う当該職員は,その前提となる原因行為が適法であるか否かを検討し,本件事業につき上記のような違法がある場合には補助金を支出してはならないという財務会計法規上の義務を負っていたものであるから,本件補助金支出は財務会計上違法である。また,本件補助金の中には土地改良法126条が定める国の補助金も含まれていたから,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「補助金適正化法」という。)の適用も受けると解すべきところ,同法3条は「法令の定め及び補助金等の交付の目的又は間接補助金等の交付若しくは融通の目的に従って誠実に補助事業等又は間接補助事業等を行う」ことを求めており,さらに,同法4条は「他の法律又はこれに基く命令若しくはこれを実施するための命令に特別の定め」があるときはこれをも遵守すべきことを求めている。そして,本件補助金は土地改良法に基づく土地改良事業に関する公金支出であるところ,同法は支出対象事業に対する公金支出を適法ならしめる要件(事業計画・変更計画の策定手続等)を厳格に定めているから,県が本件補助金支出に当たって,支出対象事業が土地改良法所定の変更計画手続を適法・有効に履践しているかなどをチェックすべき法的義務があったことは明らかである。

(エ) なお,この本件補助金支出の違法性は,事後的に変更手続を実施したとしても治癒されるべきものではない。すなわち,土地改良法が定める土地改良事業の計画変更手続は,その適否の審査及び認可の後に変更工事を実施し,これに必要な費用負担もなされることが当然の前提となっており,過去に実行した工事,それに関する違法支出の事実を事後的に承認することを容認するものではない。

仮に,事後的な承認により,瑕疵の治癒が可能であるとしても,瑕疵が治癒されるには,変更工事を含む新たな計画変更手続が適法有効になされ,既にされた公金支出等の瑕疵を明示的に認めた上で,これを是正する新たな財務支出承認行為がなされなければならない。しかし,本件における,計画変更の各手続は,以下のとおり,著しい手続瑕疵があるため違法であり,過去の違法な公金支出を治癒するに足りる手続がなされたとはいえない。

A 第1回計画変更手続の瑕疵

第1回計画変更手続は,本件訴訟提起後,被控訴人らが計画変更手続の必要性を指摘した後に慌ててなされたものであり,計画変更手続の必要書類である「団体営土地改良事業変更計画書」(甲36の4)には変更内容が記載された図面の添付がなく,知事が詳細な審査を行う際の基礎資料となるべき専門技術者による「土地改良事業計画変更調査報告書」(甲35)は,わずか1日で作成され,変更の理由,必要性,費用対効果の算出根拠等の調査及び吟味がなされたとは到底認められない杜撰なものである。

よって,第1回計画変更手続は適正になされたとは認め難い重大な瑕疵があり,それを看過してなされた知事による変更計画の認可は,不存在又は違法というべきものである。

B 第2回計画変更手続の瑕疵

第2回計画変更手続は,第1回計画変更手続と同様,本件訴訟において,手続の必要性に気付き,事業完了間近になって慌てて開始されたものであり,公告された「土地改良事業計画変更概要書」(乙16の2)は,第1回計画変更手続のものをほとんど引き写したものであり,専門技術者による調査においても,現地を調査することなく,計画変更に係る必要性,費用対効果の算出根拠等の吟味がなされたとは認め難く,誤記,記入漏れ等形式的不備もあるなど杜撰なものである。

よって,第2回計画変更手続は,適正になされたとは認め難い重大な瑕疵があり,それを看過してなされた知事による変更計画の認可は,不存在又は無効というべきものである。

イ 環境影響事前評価(環境アセスメント)の欠如による手続違反

(ア) 土地改良法は,土地改良事業計画決定に際して,同法8条4項1号の政令で定める必要性,技術的可能性,経済性の検討を要請しており,その趣旨として,これらの要件を検討するに当たり,当然に現地の実態把握等について事前の調査,予測,評価を要求するものである。そして,同法では,基本的要件のうちでも最も基本的な要件の1つである「必要性」の検討項目として,社会的経済的環境とともに「自然的環境上」の検討を明確に掲げているが,これは土地改良事業計画の基本的要件の検討において,自然的環境を対象とした環境アセスメントの実施を当然に予定しているものと解すべきである。

本件事業の対象地とその周辺地域の自然環境は,極めて貴重であり,慎重に保全されるべきものであるところ,本件事業がこれに及ぼす影響は重大であると考えられる。ところが,本件事業に関しては,当初計画においても,計画変更手続に際しても,当該事業対象土地の自然生態系調査,天然記念物,国内希少野生動植物に関する生息調査等はいずれも実施されず,合理的根拠のないまま必要性及び相当性の判断が恣意的になされた。

(イ) したがって,本件事業は土地改良法に違反した違法なものであり,これに対する本件補助金支出は財務会計上違法である。

(控訴人らの主張)

(1) 本件事業の実体的違法性について

以下に述べるとおり,本件事業は,必要性,経済性を有する公益的な事業であって,文化財保護法等の法令に違反する内容のものではないから,本件事業に対する補助金支出は「公益上の必要」がある。

ア 本件事業の必要性について

国頭村における本件事業計画作成当時(昭和55年当時),1戸当たり平均経営耕地面積は0.84ヘクタールであり,耕地面積の狭隘さと零細な農業規模が国頭村における農業の生産性の向上,農業総生産の増大を阻害し,農業構造の改善を阻んでいた。

よって,本件事業により農用地を造成し,耕地面積を集約的に拡大することは,農業の生産性の向上,農業総生産の増大,農業生産の選択的拡大,農業構造の改善に資するので,必要性の要件は十分満たす。

耕作放棄地では,その耕作地自体が狭い土地であるし,しかも点在していることから,耕作放棄地の利用によって農用地造成の代替はできない。

イ 本件事業の経済性について

経済効果測定は,通達により具体的な測定項目,測定方法が定められており,本件事業計画においても,これに従って適正に測定されており,その結果,効果を費用で除した投資効率は1を超えている。

農用地造成では,被控訴人ら指摘の点は測定を要しないことになっている。灌漑費用,土壌流出防止対策は通常のほ場管理としての性質を有するので,個別的な効果算定の対象とはならない。沈砂池の土砂上げ等管理は,営農行為の一環として位置付けられ,赤土流出防止のためのススキマルチ及び植生工の実施は,造成が完成してから作付けするまでの間のものでほ場を耕作することで畑にすきこまれるので,維持管理費の計上は要しない。

作物生産効果は,適切に算定されている。単位面積当たり収量は,マンゴーを除いて,沖縄総合事務局農林水産部統計情報課編集の園芸・工芸農作物市町村別統計書により算定されており,マンゴーは,沖縄県農林水産部作成の果樹栽培要領の数値を参考に単収見込みとして算定されたものである。

土地改良事業計画及び変更計画における営農計画(経済効果測定)については,国頭村策定の「国頭村農業振興地域整備計画書」,「国頭村農業生産総合計画書」及び国頭村農業協同組合作成の「地域農業振興計画書」を基に地域農業振興を図る観点から総合的に判断して計画されている。

ウ 自然環境関連法令等について

(ア) 文化財保護法違反

本件事業について,文化財保護法80条1項の許可は受けていないが,本件事業は,事業規模,事業面積等から,同条項但書に規定される「影響が軽微である場合」に該当するから文化庁長官の許可を得る必要はなく,同法違反はない。

(イ) 種の保存法について

本件事業は農用地開発事業であり,「生きている個体の捕獲等をしようとするとき」に該当しないから,本件事業に,種の保存法54条2項の適用はなく,環境庁長官との協議等を経ていないことは違法ではない。

(ウ) 人格権,環境権について

被控訴人らの主張する環境権,自然享有権は現行法上法的権利として承認されておらず,現実の差し迫った危険もない。また,被控訴人らは,本件事業の実施地域であるβ以外の住人であり,被控訴人らの人格権,財産権侵害が問題になることはない。

(2) 本件事業の手続的違法性について

ア 本件事業の計画変更手続について

(ア) 土地改良事業においては,計画と現実の施工との間に若干の異同を生ずることは不可避であり,常に工事実施とその代金支払より事前に計画変更の認可の変更手続を要求することは,事業の遂行に重大な支障を与えるもので,非現実的である。

土地改良法96条の3第1項は,常に計画変更についての法定手続を事前に行うことを要求しているのではなく,計画変更の内容等に応じて,事後的に変更手続を行うことをも許容していると解すべきである。

(イ) たとえ,事前に変更手続が必要であるとしても,事後的に変更手続を行った時点で手続的瑕疵は治癒され,適法となった。また,専門技術者による当該報告書は,すべて適正に作成されたものであり,短期間に作成されたものではあるが,変更手続に先行して農用地開発事業実施要綱・要領に基づく審査を経ていたもので,法律上の調査,検討事項についても十分な検討がなされていたことから,その内容については何ら問題はない。2回の変更計画のいずれについても,土地改良法の定める実体的要件(同法施行令2条1項)を充足していることは明らかである。本件補助金交付時には,当初計画の認可又はその後の2回の変更計画の認可が有効に存在していたのであるから,仮に計画変更に手続的瑕疵があったとしても,本件補助金支出の「公益上の必要」を否定する理由とはならない。

(ウ) 仮に,本件事業計画の変更につき事前に変更手続を経なかったという違法があるとしても,それは,変更手続に瑕疵があったに過ぎず,それによって本件事業が全体として違法になるわけではないし,当然に本件補助金支出が財務会計上の義務に違反する違法なものになるということもできない。地方公共団体がある事業を遂行する際には極めて多岐にわたる法令が関係してくるが,その事業遂行の過程のひとこまに何らかの法令違反の事由があったとしても,それがあるからといって,事業全体をとらえてそれが違法であるということにはならない。特に本件においては,行政実務上,事後に変更手続を行うことも許容されていると解する見解には充分な根拠があるのであるから,事前に計画変更の手続をとらなかったことが,少なくとも補助金交付を違法ならしめるような明白な瑕疵にあたるといえないことは明らかである。

(エ) 地方公共団体による補助金の交付を規制する法律としては,地方自治法232条の2のみであるから,同条にいう「公益上の必要性」があるか否かによって補助金交付の適否が決せられるべきものである。そして,本件事業は,当初計画のみならず変更後の計画についても,公益上の必要性は十分に認められるものであって,仮に事業計画の変更に際して何らかの手続上の瑕疵があったとしても,本件事業に補助金を支出するについての「公益上の必要性」が左右されるものではない。

(オ) 地方自治法上の住民訴訟制度は,地方自治体職員の違法な財務会計行為を防止し,是正し,あるいはそれにより地方公共団体に生じた損失を補填させることにより,地方財務行政の適正な運営に資することを目的とする制度であって,地方行政一般の非違を対象とするものではない。たとえ財務会計上の行為に先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,財務会計上の行為を捉えて損害賠償請求を問うことができるのは,その原因行為を前提としてなされた当該職員の財務会計行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られる。先行行為の違法が後行の財務会計上の行為に影響を及ぼすのは,処分が著しく合理性を欠き,そのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存する場合に限られる。本件では,本件事業の認可行為について,処分が著しく合理性を欠き予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存しないことは明らかである。

イ 環境影響事前評価(環境アセスメント)について

土地改良法は,環境アセスメントを義務付けたものではない。沖縄県では,平成4年9月18日,沖縄県環境影響評価規程(沖縄県告示763号)を決定して告示しているが,この規程によれば,土地改良法に規定する土地改良事業としての農用地の造成については,地区面積100ヘクタール以上のものに限って,環境影響事前評価が要求されており,本件事業は,この規程によっても対象事業とならない小規模のものである。

よって,環境影響事前評価を経ていないからといって違法の問題が生じる余地はない。

2  控訴人bの責任について

(被控訴人らの主張)

(1) 控訴人bは,本件事業及びこれに対する知事の認可が違法であり,したがって,本件事業に関する公金支出が違法であることを知り,又は過失により知らずに本件補助金支出を行って県に同額の損害を与えたのであるから,県に対して損害を賠償する責任がある。

(2) 控訴人らは,当審において,本件補助金支出がいずれも農林総務課長の専決によりされたとの主張をするけれども,控訴人らの同主張は,「自白の撤回」に当たり許されない。すなわち,被控訴人らは,当初から,当時の県知事として控訴人bが自ら本件補助金支出を行ったと主張していたのに対し,控訴人らは,「認める」と認否していたのであって,農林総務課長の専決により本件補助金支出がされたとの控訴人らの主張は,上記認否と両立し得ない主張であるから,自白の撤回に当たるか,少なくとも,時機に後れた攻撃防御方法であって許されない。控訴人らは,被控訴人らが「専決でない」ことについて主張立証責任を負うと主張するが,それは誤りであって,「専決であること」の主張立証責任は控訴人らの側にある。

なお,仮に,本件補助金支出が農林総務課長の専決によりされたものであるとしても,控訴人bは,本件事業に実体的又は手続的違法が存在すること,したがって,本件事業に補助金を支出することが財務会計上違法であることを当然認識していたか,又は容易に認識できたはずであるから,専決権者が本件補助金支出を行わないよう指揮監督し,もって専決権者による財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務を負っていた。にもかかわらず,控訴人bは,専決権者による違法な財務会計上の行為を阻止しなかったものであるから,少なくとも過失による損害賠償責任を負う。

(控訴人らの主張)

(1) 控訴人b自身の本件補助金支出に関する故意過失の主張については否認ないし争う。本件事業が認可されたのは,昭和61年2月7日であり,同事業を認可したのは,控訴人bの前任の県知事であるcである。後任者である控訴人bは,既に実行されている事業に対して補助金を支出するに当たり,適法なものとして支出しているから当然故意はなく,前任者が行ったすべての事業を見直して再審査した後でなければ公金を支出してはならないというのは現実離れした話であるから過失もない。

(2) 本件補助金支出(補助金交付決定及び支出命令)は,いずれも農林総務課長の専決事項としてされたものである。また,本件事業の計画変更の認可も農林総務課長の専決事項としてされたものである。したがって,控訴人bは,本件事業の認可に関しても,本件補助金支出に関しても,具体的な処分をしたことはない。このような場合には,地方公共団体の長等の賠償責任は,補助職員が財務会計上の違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し故意又は過失により当該補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限って認められるものであるところ,控訴人bには指揮監督上の義務違反はないし,故意過失もない。

3  損害の有無及び額

(被控訴人らの主張)

本件では,本件事業に補助金を支出する行為そのものが違法である。本来支出してはならない補助金を支出し,県の財産を流出させたのであるから,その支出時点において,支出額相当の現実の損害が県に発生した。

(控訴人らの主張)

本件補助金支出により県に損害が生じたとの主張は否認ないし争う。

第5本案前の争点に対する裁判所の判断

1  差止請求について

前記第2の2の前提事実(6)記載のとおり,本件事業は,平成10年3月27日にすべて完了し,本件事業に関する県の国頭村に対する補助金支出も,同10年5月15日に支出された624万7000円をもって完了したるものである(当事者間に争いがない。)。

よって,被控訴人らが,控訴人知事に対し,本件事業に関する公金支出等の差止めを求める訴えは,訴えの利益を欠くことが明らかであり,不適法というべきである。

2  本件支出①に関する監査請求期間徒過について

前記第2の2の前提事実(3)及び(4)記載のとおり,被控訴人らは,本件支出①がなされた日から1年の監査請求期間が経過後,本件監査請求をしているところ,このような監査請求期間の徒過について,地方自治法242条2項但書所定の正当な理由が認められるか否かが問題となる。

地方自治法において,監査請求に期間制限が設けられた趣旨は,住民訴訟が提訴者の個人的権利や利益と関係なく提起できる客観訴訟であり,普通地方公共団体の執行機関,職員の財務会計上の行為が,いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとすると,当該行為の法的安定性を損なうことにある。そして,同法242条2項但書は,当該行為が秘密裡になされ,1年を経過してから初めて明らかになったような場合等にまで上記の趣旨を貫くのは相当ではないことから定められたものであって,ここにいう正当な理由の有無は,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたか,また,当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである。そして,当該行為が秘密裡になされた場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合も同様に,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をした場合には,正当な理由があると解すべきである(以上につき,最高裁判所昭和63年4月22日第2小法廷判決・裁判集民事154号57頁,同平成14年9月12日第1小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。

そこで検討するに,本件事業は,昭和61年2月7日,県知事により認可され,その後,βにおいて事業施行に伴う工事がなされていたことは外形的に明らかであり,県による補助事業として,県から国頭村に対する補助金が支出されることも上記認可手続において縦覧に供された計画書等から明らかであったところ,被控訴人らが本件監査請求時に提出した平成7年度支出額,支出年月日を記載した文書(甲2の4)によれば,平成8年10月2日,県農林水産部農地建設課は,被控訴人らによる問い合わせに対して,平成7年度の支出額が1264万9000円,支出年月日は第1回が平成7年5月24日,第2回が同年8月25日であることを任意に回答するなどの対応をとっていることが認められる。これよりすれば,県の住民は,県情報公開条例によって本件補助金支出に関する公文書の開示を求めたり,県に問い合わせることなどによって,本件支出①がなされた後,さほど間をおかずして,本件補助金支出の概要を知り得たというべきである。そして,被控訴人らは,本件監査請求において,前記前提事実(4)記載のとおり,本件事業が土地改良法の必要性等の基本要件を欠き,自然破壊のため文化財保護法等にも反するなどとして,その違法性を主張していることからすると,具体的公金支出行為が明らかになって初めてその違法性を認識し得たというわけではなく,具体的公金支出行為を特定して監査請求をするにしても,当該公金支出後,さほど間をおかずして,客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることが可能となったというべきであり,被控訴人らが,本件支出①がなされて1年1か月を経過した後に,本件監査請求をしたことについて,正当な理由があるとは認められない。

この点,被控訴人らは,本件補助金支出が,土地改良法に定められた公告・縦覧の計画変更手続を経ずになされており,被控訴人らが,当初計画と異なる工事内容の必要費用を具体的に知り得たのは平成9年12月に認可された計画変更手続においてであり,それまでは,変更手続の欠落した違法な公金支出がなされたことを知り得なかったと主張する。しかし,被控訴人らによる本件監査請求は,上記のとおり,本件事業が必要性等土地改良法の基本要件を欠き,自然破壊のため文化財保護法等にも反するなどと主張してなされたものであって,変更手続の欠落による本件補助金支出の違法を主張していたわけではないから,計画変更の手続によって工事内容の必要費用が具体的に明らかにされていなかったからといって,被控訴人らが上記と同様の違法を主張して監査請求をすることが妨げられるものではなく,監査請求期間を徒過したことに正当な理由があるということはできない。

そうすると,被控訴人らが,控訴人知事が控訴人bに対する不法行為に基づく損害賠償請求権等の行使を怠っていることの違法確認を求める訴え及び控訴人bに対してする損害賠償代位請求のうち,平成7年8月25日にした364万8000円の支出に係る分については,監査請求期間の徒過について,地方自治法242条2項但書所定の正当な理由が認められないから,適法な監査請求の前置を欠くことになり,不適法というべきである。

3  監査請求手続中及びその後になされた支出に関する監査請求前置の要件充足について

住民訴訟を提起するには,当該訴訟の請求と同一の事項について監査請求を経ていることが必要であるが,その請求が同一であるとして住民訴訟の対象となる範囲は,監査請求に係る行為若しくは事実から派生し,又はこれを前提として後続することが必然的に予測されるすべての行為若しくは事実に及ぶと解すべきである。

本件において,前記前提事実(4)記載のとおり,被控訴人らは,本件事業が土地改良法の必要性等の要件を欠くなどと主張して,平成8年度以後の工事差止め,同7年度支出額の返還及び完成部分の原状回復等を知事に勧告することを求める本件監査請求をしており,当該監査請求中及びその後の本件事業に関する補助金の支出は,本件監査請求の対象となった本件事業に関する工事や支出等から派生し,又はこれを前提として後続することが必然的に予測される行為といえるから,当該監査請求をもって,監査請求手続中及びその後に支出された本件支出③ないし⑥に関する損害賠償請求権不行使の違法確認及び損害賠償代位請求についても,監査請求前置の要件を満たしていると認めるのが相当である。

控訴人らは,平成8年度及び平成9年度の支出について,本件監査請求の対象とされていないから,本件支出③ないし⑥に関する上記請求が監査請求前置の要件を欠き不適法であると主張する。

しかし,上記説示のとおり,監査請求の対象となった事業に関する工事や支出等から派生し又はこれを前提として後続することが必然的に予測される行為に関して,改めて監査請求前置を求める必要性が乏しいことは明らかであるから,控訴人らの主張は採用できない。

また,控訴人らは,本件支出③について,本件訴訟提起前の支出であって訴訟係属中の支出ではなく,訴訟における差止請求の対象とされていないから,同支出に関する訴えが適法な監査請求を経ていないと主張する。

しかし,本件支出③は,平成8年度以後の工事差止め等を知事に勧告することを求める本件監査請求の手続中に支出されたものであり,これに関する損害賠償請求権不行使の違法確認及び損害賠償代位請求が,本件監査請求に含まれるものと解すべきことは明らかであり,この点に関する控訴人らの主張も採用できない。ただし,本件支出③が,本件訴訟提起前の支出であって訴訟における差止請求の対象とされていないことによる出訴期間の制限の問題については,後述するとおりである。

4  訴え変更により追加された各請求の出訴期間の要件充足について

前記第2の2の前提事実(5)記載のとおり,被控訴人らは,監査請求手続中及びその後になされた県の補助金の支出に関し,訴えの追加的変更により,控訴人知事の損害賠償請求権不行使の違法確認及び控訴人bに対する損害賠償代位請求を提起している。

訴えの追加的変更は,変更後の追加された新請求については,新たな訴えの提起に他ならないから,その新請求について出訴期間が遵守されているか否かは,原則として,訴えの変更時を基準とすべきものである。しかし,変更後の新請求と変更前の旧請求との間に訴訟物の同一性が認められる場合,又は両者の関係からして,出訴期間の遵守の点において,変更後の新請求に係る訴えを旧請求の提訴の時に提起したものと同視し得る特段の事情がある場合には,例外的に旧請求の訴えの時に新請求の訴えの提起があったものとみなすことにより,出訴期間の遵守に欠ける点がないと認めるのが相当である。

これを本件についてみると,本件事業に関する公金支出の差止め及び既になされた平成7年度支出分に関する損害賠償代位請求と,本件訴訟提起後になされた本件支出④ないし⑥に関する損害賠償代位請求及びその不行使の違法確認とは,同じ違法主張を前提とするもので,その中心的な争点を共通とし,公金支出の事前差止請求と公金支出後の損害賠償代位請求等は,密接不可分の関係にあり,差止めを求められている公金が支出された場合,これに関して損害賠償代位請求等がなされるであろうことは当然に予測されるものといえる。また,被告についても,当初提訴の時から,控訴人知事と控訴人bを相手方とするものであり,変更後の新請求においても,両名を被告としており,差止請求を維持しつつ,当初から提訴されていた損害賠償代位請求(附帯請求を含む。)の金額が変更され,これに伴う不行使の違法確認が追加されたにすぎない。

そうすると,本件においては,本件支出④ないし⑥に関する変更後の新請求に係る訴えを旧請求の訴えの提起の時になされたものと同視し,出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるものというべきである。

ただし,本件支出③に関しては,前記前提事実(3)ないし(5)記載のとおり,訴状においてこの支出に関する損害賠償代位請求が提起されておらず,また,本件訴訟提起(平成8年11月25日)前に,本件監査請求手続中の平成8年10月4日に既に支出されたものであるから,本件訴訟における差止請求の対象に含まれないことも客観的に明らかである。そうすると,本件支出③に関しては,本件監査請求後,適法な出訴期間の範囲内に何らの訴訟も提起されていないのであるから,本件支出④ないし⑥と同様に,変更後の新請求に係る訴えを旧訴の提起の時になされたものと同視することは困難であり,本件支出③に関する訴えは,出訴期間を遵守しておらず,不適法といわなければならない。

被控訴人らは,当初の監査請求を前置した住民訴訟が適法な出訴期間内に提起されていれば,その後,訴えを追加的に変更した請求についても,出訴期間を遵守したものとみなすべきであると主張する。

しかし,本件支出③に関しては,前記のとおり,訴状において損害賠償代位請求が提起されておらず,また,差止請求の対象にも含まれないのであるから,適法な出訴期間内に提起された訴訟がなく,上記主張自体失当といえる。仮に,被控訴人らにおいて,平成8年度以後の工事差止請求に本件支出③に関する損害賠償代位請求等を含める意思であったとしても,客観的にみて提訴が可能であった同請求を(被控訴人らにおいて,本件補助金支出の内容を知り得たことは,前述したとおりである。),訴状において提起していないことは明らかであるから,上記主観的意思が前記判断に影響を及ぼすものではない。

5  住民訴訟の対象及び違法事由について

控訴人らは,住民訴訟において問題とされる違法は専ら地方公共団体の財務会計の適正を図る観点からの違法に限られ,裁判所が,住民訴訟においてそれ以外の観点から違法事由の有無を審理・判断することを地方自治法は予定していない旨主張して,被控訴人らが本件事業及び知事の認可行為の違法を問題としていることを,財務会計上の行為以外の原因行為の違法に該当するとして,住民訴訟として不適法であると主張する。

しかし,被控訴人らは,本件訴訟において,財務会計上の行為である本件補助金支出が違法であると主張しているのであって,その前提として本件事業の違法を主張しているに過ぎず,本件事業における違法(土地改良法等の関連法令違反)それ自体が住民訴訟の対象となる違法行為に当たると主張しているわけではない。裁判所における審理・判断の対象も,本件補助金支出が財務会計上違法な行為であるか否かであって,本件事業における違法行為の有無及び内容は,それを前提として当該職員が財務会計法規上いかなる義務を負うかという観点から検討されるべき事柄であるから,これについて審理・判断することを地方自治法が予定していないということはできず,控訴人らの上記主張は採用することができない。

第6本案に関する争点に対する裁判所の判断

1  証拠(甲1,甲2(枝番号を含む。以下同じ。)ないし7,甲9ないし17,甲19ないし44,甲56,甲57,甲59,甲61,乙1ないし11,乙13ないし21,乙23ないし27,乙30ないし34,被控訴人d,証人e,同f,同g,平成12年9月29日実施の検証結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  やんばる地域の自然環境

βは,沖縄本島の最北端,北緯26度,東経128度付近に位置し,γ,δと隣接しており,これら沖縄県北部地域の最北部三村,β,γ,δにまたがる山岳地域を通称やんばる(山原)という。

やんばるは,イタジイを主とする亜熱帯常緑広葉樹に覆われており,その土壌は国頭マージと呼ばれる赤土である。

やんばるには,沖縄本島最高峰の与那覇岳(498メートル),西銘岳(420メートル),伊湯岳(446メートル)などの大小幾多の山々が中央部を縦走して連なり,海岸近くまで丘陵地となっている。山々には無数の沢が流れ,大小の多くの河川となって海に注いでいるが,河川勾配が急峻で,流路面積が短い河川が多く,そのため渓流が複雑な地形を形作り,亜熱帯の渓流に特徴的な渓流植物群落が発達している。これらの植物は各々渓流により隔離され,固有種の分化が多い。

やんばるの年間降雨量は,与那覇岳山頂付近では3000ミリメートルを超えるなどの多雨地域であり,大量の雨水をスポンジのように吸収して貯えるイタジイの自然林が,県民の水瓶,生活用水の供給源として極めて重要な機能を果たしてきた。

やんばるには,多くの固有種が分布生息しており,文化財保護法による天然記念物,種の保存法・同法施行令17条所定の希少動植物種,環境庁編日本版レッドデータブック「日本の絶滅のおそれのある野生生物」掲載の絶滅危惧種・危急種・希少種が多数見られ,やんばるは,その種の多様性,希少性という点で国際的に有名であり,「東洋のガラパゴス」ともいわれている。やんばるにだけ生息する動植物は,現在判明しているものだけで192種に及び,これらの生物を育んできたのが,イタジイを主とする亜熱帯常緑広葉樹林である。イタジイの森は,そこに生息する生き物たちを台風や冬の北風,潮風から守り,夏の強い日差しを和らげ,これら希少動植物の生息に最適な温暖湿潤で安定した環境を保つ役割を果たしてきた。

やんばるの固有種の代表例といえるのは-①「ヤンバルクイナ」国指定天然記念物,種の保存法希少野生動植物種に指定され,絶滅危惧種である。世界中でやんばるのみに生息する。飛翔力のないこの鳥は,木立の密度が高く,樹冠が鬱閉し,林床にも植物が密に生息する沢や谷沿いに生息し,明るいところには稀にしか現れないといわれている。②「ノグチゲラ」国指定特別天然記念物,種の保存法の希少野生動植物種に指定され,絶滅危惧種である。世界中でやんばるの原生的自然林の中だけで生息する一属一種のキツツキで,営巣適木は樹齢50年以上のイタジイの大木や老木で,傾斜した部分(地表に対し60から75度)を巣として利用し,同じ巣は再度使用しないなど多くの条件がある。生息数がわずか90羽前後(1990年時点)と推定されており,個体群を維持できるかどうか危惧されている。③「ヤンバルテナガコガネ」国指定天然記念物,種の保存法の希少野生動植物種に指定され,絶滅危惧種である。日本最大の甲虫類で,やんばるの自然林だけに生息し,学術上は「生きている化石」の一つとされている。幼虫は老木や古木のウロ(樹洞)の中の腐食土を食べて成長する。やんばるの開発に伴い,ウロのある古木が急速に失われている現在,絶滅が最も心配されている種である。④「オキナワトゲネズミ」やんばるのみに生息する固有亜種で,学術的に貴重な動物とされている。国指定天然記念物,危急種。⑤「リュウキュウヤマガメ」やんばる,久米島,渡嘉敷島だけに生息する固有亜種。国指定天然記念物,危急種。⑥「ホントウアカヒゲ」沖縄本島と慶良間諸島に生息する固有亜種の留鳥。国指定天然記念物,種の保存法希少野生動植物種,危急種-である。

(2)  団体営農地開発事業の実施の手続等

団体営農地開発事業の実施に当たっては,まず,土地改良法3条に規定する資格を有する者からの農地開発事業実施の申請を受けて,市町村の長が開発予定地域を定め,その地域に関する農地造成事業計画の概要,営農計画の概要,資金計画の概要等を記載した農地開発基本計画の概要書に,開発予定の用地調達の可能性等を明らかにした調書を添えて,都道府県知事に基本計画樹立の申請をし,都道府県知事が基本計画樹立の可否を決定した後,当該事業の受益者の事業実施の同意等を経て,都道府県知事が基本計画案を作成する。この基本計画案は,県の場合,沖縄総合事務局長により,事業の技術的可能性,経済性,営農計画の合理性等に関する条件の充足の審査を受け,その承認を受けると,県知事より市町村の長に送付され,市町村の長は,事業の受益者と事業実施につき協議をし,実施することに意見が一致したときには,その旨を県知事に報告し,事業主体を定めて,土地改良法上の事業申請手続を行うこととなる。

(3)  補助金交付に関する規定等

ア 国による補助

農用地開発事業実施要綱(乙11)において,国が農地開発事業に対する助成措置として,事業費の負担及び補助をすることが定められ,団体営農地開発事業に関しては,農地造成事業等の工事等に要する経費及び事業に附帯する事務に必要な経費につき,別に定めるところにより,都道府県に対し補助するとされており,本件事業のように,事業主体が市町村の場合は,間接補助事業として,県を経由して補助金が交付されることになる。

そして,農地開発事業補助金交付要綱(乙31)において,事業に要する経費に対する補助率が定められており,補助金交付の申請の様式は,①事業の目的,②経費の配分及び事業計画の概要,③事業の完了予定,④収支予算書等を示してなすこととされている。また,工事費と事務費との経費の配分を変更する場合や,事業内容に一定の変更がある場合には,その変更の内容を示して,補助金変更承認の申請を行うこととされている。補助金適正化法12条に基づく状況報告は,各年度毎に事業遂行状況報告書として,事業遂行状況及び事業完了予定を示して行い,農林畜水産業関係補助金等交付規則6条の実績報告書は,補助事業の成果,収支精算を示して行う。間接補助事業の場合,これらの申請及び報告等は,都道府県が行う。

イ 県による補助

県による補助金の交付については,沖縄県補助金等の交付に関する規則(乙32)により,さらに,農地開発事業については土地改良事業等補助金交付規程(乙33)により,市町村等が行う土地改良事業に要する経費に補助金を交付する手続等が定められている。これらによれば,補助事業の主体となる団体等は,補助事業の内容や経費の配分に一定の変更をしようとするときは,事業変更承認申請書を知事に提出して,事前にその承認を受けることや,知事に対し,補助事業の各年毎の事業遂行状況や,補助事業完了後の事業実績を報告することを義務付けられている。

(4)  国頭村における農業・農村整備計画

国頭村では,昭和50年ころから,地域振興の一環として,優良農用地の確保,農業生産基盤整備等の農業・農村の整備計画の策定を始めた。

国頭村における農業等の状況は,昭和61年5月作成の国頭農業振興地域整備計画書(乙1)によれば,「山地地形からなる本村の自然特性を最大限に活用して,各産業の振興を強力に推進するには,先ず,農業を中心的産業としての確立を図りつつ,これと有機的連携のもとでの他産業との総合的,計画的な開発整備を推進して地域の活性化を求めることが急務となっている。…優良農用地を確保し,広範な山林原野の開発可能地については,自然の保護,林業の振興にも配意した調和ある開発整備を推進する。…農業の生産拡大には,農家の生産意欲を高めるのが肝要であり,…遊休地や農用地の有効利用を図るため農用地利用増進事業等を活用して農用地の集積をはかり,経営規模の拡大と中核的農家の育成を促進する。」として農業中心の地域振興の方向性を示し,その地質について,「大部分を国頭れき層が,占めており,別名赤色土ともいわれ,耕作は容易であるが,養分,保水力に乏しく,雨水等により流出し易く,赤土汚濁の要因ともなっている。」と問題点を指摘しつつも,「広範に存在する山林原野の開発可能地を自然環境との調和,林業振興にも十分配慮し,開発整備することにより,優良農用地が形成され,農業生産の向上,規模の拡大を図る。」とされている。

また,本件事業の対象地となったα地区を含む西岸地区については,「河川流域の狭隘な平坦地で介在する農用地も少なく,山林原野が海岸線まで迫り出しており,そのために農用地は,大部分が山地に広がり,サトウキビを中心にみかん,パインが栽培されており,地形的な制約から全体的には,農業条件に恵まれていない地域であり,基盤整備も遅れている状況である。…農地の拡大集団化により,農業生産性の向上を図るものとするが,その基本となるべき土地については,広大な山林の開発可能地を農地として有効利用するため,ε地区の30ヘクタールの農地造成事業,α地区の53ヘクタールの農地造成事業もすでに計画実施されており,ほ場整備,農道,用排水等の農業基盤整備を積極的に推進し,生産性を高め,有利的農業への転換を図る。」とし,国頭村全体の土地基盤について,「山岳地形のために,平坦地の農用地は,一部の地域でしか見られず,ほとんどが狭小であり,又,集落背後の緩傾斜地や山間部を開発した農用地が,小規模で,広範囲に散在しており,このような地形的条件により,土地基盤の整備,農道等の整備も遅れている状況であり,近代的農業を推進するにあたり,有利な農業条件を備えているとはいえない。」と指摘し,西岸地区についても,「平坦な農用地がほとんど狭小で,起伏の激しい山林原野が多く,これまでほ場整備は実施されなかった…地形的な条件から,農道等の未整備ヶ所も多く,全般的に土地基盤整備も遅れている状況である。…過疎化による遊休農用地も多く,農業離れも目立ち,全般的に農業生産性は低い。」などと問題点を指摘しつつ,今後の方向については,「さとうきびを中心にしてパイン,みかん,野菜花き等や畜産の複合経営を推進し,広大な面積を有している国有林野を農用地として造成開発して活用することをはじめとし,集落に接する小規模なほ場や100ヘクタール以上もあるζ地区の大規模なほ場の整備,農業生産性に重要な農道等を効率的,かつ早急に整備を推進して,農地の拡大,集団化を図り,農業生産を向上させる。」とされている。

なお,同国頭農業振興地域整備計画書の基礎資料において,国頭村の地域資源について,「広範な深緑の山林域には,熱帯樹林やヤンバルテナガコガネ,ヤンバルクイナ,ノグチゲラ等貴重な動植物が生息し,自然観察の場を提供しているとともに林業振興にも一役担っている。…近年,自然保護に対する関心が高まりつつある中で,亜熱帯地域である特性から本村の森林域は,今もっとも注目を集めているところである。林道網の整備も年々進み,木材,林産物等の生産が活発に行われており,又,鳥獣,植物保護地区の設定もなされ,これらの保護等にも務めているところであるが,森林のもつ経済的,公益的機能が発揮され,両立した有効利用を図る必要がある。ダム建設により湛水面等の出現で山林の様相が大きく変容しており,その景観を観光的利用と豊富な水量を維持している河川水を農業用水としての活用を図ることが必要となっているが,諸開発等により赤土汚濁も年々進行しておりその防止対策も強力に推進しなければならない。」などと問題点が指摘されている。

(5)  α地区農地開発事業基本計画

県が昭和60年度に作成した本件事業のα地区農地開発事業基本計画書(乙25,以下「基本計画書」という。)の内容は大要以下のとおりである。

ア 目的

本地区の属する国頭村は,総面積19,450ヘクタールでその内山林原野が95パーセントを占めており,耕地面積は僅か698ヘクタールの3.6パーセントである。本地区周辺の農家が自立経営を目指すには経営耕地面積が小規模なため困難な状態にある。本地域の勅令貸付国有林野を農地として活用し,経営耕地面積を拡大することにより安定した農業経営が営めるようにするものである。

イ 対象地区の排水状況

本地区には河川整備された排水路はなく,地区北西から南東方向に向けて走る尾根を分水界とし,地区北側の辺野喜川と地区南の佐手川にそれぞれ自然の沢をつたって流下している。

ウ 対象地区の道路状況

本地区のほぼ中央を国道η線(ε)とθ(県道ι線)を結ぶ県営林道κ線が縦断しており,本線が本地区と国道及び県道を連絡する唯一の道路である。又,本線は林道としては整備済であるが,幅員が4メートル(有効3.0メートル)と小さく,本地区の幹線農道として利用するには,改修の必要がある。λ地区と国道η線(ε)の間の約2.2キロメートルについては団体営農道として,国頭村の改修計画(昭和63年頃)がある。

エ 地域農業の動向

国頭村における農業人口は,昭和50年から55年にかけてわずかではあるが増加している。農業戸数の減少は兼業農家が中心で近年のほ場整備や農地開発等の進展により専業農家は増え,農家の規模拡大のきざしは見えるが,それでも戸当り平均面積0.8ヘクタールと小さい。

オ 受益農家の農業経営改善の構想

本地区は,基盤整備の立ち遅れから経営規模が小さく農業経営不安定であり,労働生産が低く,農業所得が少ないという農業経営の問題点があり,本地区の造成により農業経営の安定を計り,経営規模の拡大と労働生産性を高めるために機械化体系に即したほ場を造成することにより経営改善を図る。

現状の受益農家13戸は個別経営であり,うち2戸が専業農家で経営耕地は1.5から2ヘクタール,うち1戸が第1種兼業農家で経営耕地が50アールから1ヘクタール,うち10戸が第2種兼業農家で,経営耕地は,9戸が50アール未満,1戸が50アールから1ヘクタールとなっている。

カ 作付計画

サトウキビを主として,その更新時期に,大根,ピーマン,カボチャ,菊などの野菜等を作付し,サトウキビと野菜の輪作体系とする。

キ 農地造成計画

本地区は山谷の発達した起伏の多い急傾斜地となっており,その複雑な波状地形が造成上大きな制約要因となっている。本地区はサトウキビを対象作物とするのでこれらの地形条件と営農条件(サトウキビの機械化作業体系に合致したほ場面が必要である)から連続的に平滑なほ場面の確保が必要であり,土地利用率の高い改良山成工を造成工法として採用するが,造成費の経済性も考慮して,一部テラス工法も取り入れる。造成面勾配はサトウキビの営農体系及び農地保全上の配慮から耕区の短辺方向5度未満,長辺方向3度未満とする。

ク 土壌改良計画

本地区の土壌はPH(H2O)4.9から5.1の強酸性土壌でサトウキビの適正限界下限がそれを下回っている。本地区ではサトウキビの適正PHを確保するためPH6.5まで酸性矯正を行うものとする。一方開発当初のほ場は一般的に地力が低く,リン酸分が不足するので熔リン有機肥料を施用することにより地力の向上をはかる。

ケ 排水計画

排水計画は,土砂流出防止を考えた排水計画とし,ほ場承水路(草生水路)の流出水を集水し,沈砂池,砂防ダムへの導水が速やかに行われるよう配置する。排水路の断面はそれぞれの水理計算により決定されるが構造は排水量を安全に流下させ,流出水の侵食に耐え,かつ機械化作業の支障にならない構造とする。排水経路において,土砂溜桝と沈砂池に流出した土砂はほ場に還元する。

コ 侵食(崩壊)防止工

ほ場侵食防止のため,ほ場承水路(1万2105メートル),地区外への土砂流出防止及び侵食土砂のほ場への還元のため,土砂溜桝(190個)及び沈砂池(18個),地区近傍の河川,海岸への土砂流出防止のため,砂防ダム(2基),土砂フトン篭(4基)及び粗朶柵(225メートル)を設ける。

サ 事業費及び資金計画

事業費は,工事費6億4550万円,測量試験費2300万円,工事雑費3150万円,地方事務費3150万円で,合計7億3150万円で,その資金計画は,地方事務費を別とした7億円のうち,75パーセントの5億2500万円を国が,12.5パーセントの8750万円を県が,6.25パーセントの各4375万円をそれぞれ市町村及び受益者が負担する。

(6)  国頭村の本件事業の申請手続

国頭村は,基本計画書に基づいて,土地改良事業計画概要書(甲25,以下「事業計画概要書」という。)を作成し,昭和60年3月12日,議会の承認を求める議案を国頭村議会に提出し,同月15日,同議会において,原案が可決され(甲20),同年10月1日から同月5日まで,本件事業の施行認可申請のため公告を行った(甲21)。

本件公告を受けて,参加申出をした土地改良法3条の資格者13名のうち12名がαの住民であり,1名は名護市の住民であった(甲22,23)。

国頭村は,昭和60年10月17日,県に対して,本件事業計画について申請した。

事業計画概要書の内容は,α地区の地形,土質及び土壌について「本地区は,α部落の南東部約1.5キロメートル付近に位置し,北西から南東方向向けで標高は,167メートルから232メートルの急峻な地形である。地区の中央を縦走する林道を尾根とし,両側に傾斜をなしている。土壌統は,屋良統,土性はLic,PH(H2O)は,4.9から5.1の強酸性である。」と指摘するほか,目的,排水状況(添付の「現況排水系統図」を含む。)及び道路状況等については,基本計画書と同一であり,事業計画の要旨を「本事業により農用地造成32.3ヘクタール(道路工7080メートル(幹線1720メートル,支線5360メートル)排水工7145メートル,土壌改良工32.3ヘクタール,防災工一式)を施行する。」とし,営農計画の概要,計画作付体系,農用地造成のための開墾,土壌改良等の内容も基本計画書に沿ったものである。費用の概算については,地方事務費を1050万円とするほかは,工事費,測量試験費,工事雑費の合計額及びその内訳は基本計画書と同一である。効用については,作物生産効果(4406万3000円)と維持管理費節減効果(-600万円)の増加見込純益(3806万3000円)を基に算出した妥当投資額7億4697万6000円を総事業費7億3150万円で除した投資効果を1.02としている。

事業費の細目及び資金計画書(甲24)では,事業費の細目は,工事費6億4550万円,測量試験費2300万円,工事雑費3150万円,地方事務費1050万円,合計7億1050万円とし,その資金計画は,国庫補助金5億3025万円,県費補助金9012万5000円,地元分担金9012万5000円とし,地元分担金の内訳は,国頭村負担金4506万3000円,受益者負担分4506万2000円として,受益者負担分は水源基金を充てるものとした。

(7)  県知事の認可手続

県は,昭和60年10月17日の国頭村からの本件事業の申請を受けて,土地改良事業計画に係る調査結果報告書を作成することとなり,県農林水産部農林建設課のe(昭和60年4月同課配属,自然的条件・事業の技術的意見・事業費部分を分担)と,県農林水産部耕地課のhによって,調査及び報告書作成がなされ,同年12月3日,県知事に対して同調査報告書が提出された。

土地改良事業計画調査報告書(甲26,以下「当初計画調査報告書」という。)の内容は大要以下のとおりである。

ア 事業施行の必要性

必要な理由及びその程度の自然的条件については,本地区は,沖縄本島の最北端α部落の南東部約1.5キロメートルに位置し,標高167メートルから232メートルの傾斜地帯である,土壌は国頭マージで土壌統は屋良統である,未利用山林原野が99パーセントを占めておりこれらの山林原野を農地造成することにより,農業経営規模の拡大による中核農家の育成を図る。社会的経済的条件については,本地区は,βの西部,辺野喜川の南に位置する受益面積52.9ヘクタール地域である,本地区周辺農家の農業意欲は盛んであるが,経営耕地面積が小さく自立経営に支障をきたしている,よって,本事業により農用地の造成をおこない経営耕地面積を拡大し,農業経営の安定を図る必要がある。不必要な理由は自然的条件にも社会経済的条件にもない。

イ 事業施行の可能性

可能なる理由の自然的条件については,計画内容は自然的条件にも適合しており事業施行は可能である。社会経済的条件については,本事業の施行については,受益者全員100パーセント(13人中13人)の同意があり,事業費の地元負担分については,受益者が負担するので事業施行は可能である。不可能なる理由は自然的条件にも社会経済的条件にもない。

ウ 事業主体がこの事業を行うことに対する技術的意見

村の当事業に対する技術的対応は,十分と思慮するが土砂流出対策には入念な施行計画等に留意する。

エ この事業によって生ずる経済効果

効用及びその算出基礎は,作物生産効果,営農労力節減効果,維持管理費節減効果とも事業計画概要書どおりの数値であり,事業費の積算においては,県設定の歩掛表及び単価表を使用して算出してある。

投資効率は1.02である。

オ この事業施行によって生ずる施設がある場合,その管理方法に対する技術的意見

防災施設は,土砂桝等からの土砂排除を定期的に行う。道排水路施設は,車両の通行,流出水等に支障をきたさないよう降雨前後の流石等の除去及び補修を遅滞なく処理すること。

カ 事業計画書に記載された事項についての技術的意見

記載されている事項については妥当である。

キ 結論及び勧告

本事業については,自然的,社会的,経済的条件とも支障がなく,早急に事業の施行が望まれる。

作成者の1名であるeは,前記のとおり,主として自然的条件に関する分野を担当していたが,当初計画調査報告書の作成に当たり,本件事業予定地を見分するなどの現地の調査は行わず,基本計画書及び国頭村提出の書類である事業計画概要書,同意書,権利関係調査簿等を資料として,国頭村の申請が基本計画書に基づいてなされているかを書面上検討し,造成勾配等が土地改良の設計基準内にあったことから自然的条件は適応であると判断したものである。また,維持管理費の算出に当たっては,砂防ダムに関し,効用期間中に砂が堆積して除去作業が必要になり,別途維持管理費を要するという点や,赤土対策に関し,α地区の土質等の点を特に考慮することなく,あくまでも全国基準に基づいて判断し,国の土地改良設計基準の指針に従った。そして,走行経費や農産物搬出の経費は生産効果で算入したが,本件事業により造成される農地には灌漑施設がなく,農業用水をどのように確保するかという点については,検討がなされなかった。

県知事は,昭和60年12月14日,国頭村申請の本件事業につき,適当であるとの決定を行い,昭和60年12月20日から昭和61年1月8日,国頭村役場において縦覧手続が行われた。

昭和61年2月7日,当時の県知事cが,本件事業につき,総事業費7億円で,計画を認可した。なお,この手続は,農林水産部長の専決事項として処理された。

(8)  第1回計画変更

昭和63年5月,既設道を線形変更し,幹線農道として計画したことに伴い,電柱22本の移設が必要となり,電力会社に対する電柱移設の補償費が必要になったことから,事業費が1200万円増額し,平成4年度,赤土流出防止対策として,作物の植付けまで裸地状態となる畑面への植生工の追加工事(27.1ヘクタール)及び側溝周辺にススキを敷き詰め畑面から側溝への土砂流出を防止するススキマルチ工事(2.7ヘクタール)のために5246万4000円,沈砂池内に仕切及び立樋を追加設置する沈殿池の強化工事のために2813万6000円の合計8060万円事業費が増加し,物価上昇分の自然増と併せて総事業費が8億9400万円に増額した。

この事業費の増額を伴う計画変更について,土地改良法所定の計画変更の手続は事前になされないまま,変更された工事が平成元年度から平成7年度にかけて実施され,その工事代金は,平成元年から平成9年5月3日までの間支出された。

ア 第1回計画変更の認可手続

第1回計画変更の土地改良法上の変更手続として,平成9年8月29日,国頭村議会に,事業変更の議案が提出された。議会においては,手続がなされなかった理由について質疑応答がなされ,担当者(建設課長)により,計画変更当時から,手続が必要であることは理解していたが,事業の最終時点でまとめて計画変更手続をとる考えであったと説明された。また,住民訴訟の裁判で県が敗訴した場合の村への影響について,担当者(助役)が,補助金の返還の問題となって村にも相当の影響があると述べるなどし(甲36の9),同日原案が可決された(甲36の8)。

平成9年9月1日から同月5日まで,国頭村役場掲示場において,α地区団体営農地開発事業変更計画概要書(甲36の10)等が公告された(甲36の6,7)。

本件公告を受けて参加申出した土地改良法3条の資格者は,αの住民が2名,同μの住民が1名,同νの住民が1名,同ξの住民が1名,同εの住民が1名,同πの住民が1名,同σの住民が1名,名護市の住民が1名の合計11名であり(甲36の5),うちαの住民であるi及びj,名護市の住民であるkの3名のみが,当初計画より参加していた者であった。

平成9年9月16日,国頭村から県知事に対する土地改良事業計画変更認可申請書が提出され,同月17日,県北部農林土木事務所が申請書を収受し(甲36の2),同月19日,県農林水産部が申請書を収受し(甲36の1),同部農地建設課のf(平成8年4月同課配属,自然的条件・技術的意見・事業費部分分担)と,農地水利課のl(社会的経済的条件部分分担)によって,同日付けで土地改良事業計画変更調査報告書(甲35,以下「第1回計画変更調査報告書」という。)が作成された。

第1回計画変更調査報告書の内容は,大要以下のとおりである。

(ア) 事業施行の必要性

自然的条件は当初計画調査報告書と同一

社会的経済的条件については,本地区のある国頭村の平成7年度国勢調査における就業人口は2675人でうち第1次産業で738人,第2次産業512人,第3次産業1422人である。本地区は,サトウキビをはじめサヤインゲン等の野菜を作目としているが,耕地が小規模であるため農業経営に困難をきたしている。本事業を行うことにより勅令貸付国有林を農地として活用し,経営耕地面積を拡大することにより,安定した農業経営を営む。

(イ) 事業施行の可能性

可能なる理由の自然的条件については,計画変更内容は,赤土等流出防止対策の強化が主であり,当初の計画内容より自然的条件により配慮されたものとなっている。社会経済的条件については,本事業においては,受益者11名全員の同意があり,事業の施行は十分可能である。不可能なる理由は自然的条件にも社会経済的条件にもない。

(ウ) 事業主体がこの事業を行うことに対する技術的意見

赤土流出防止対策の強化については,今後とも現場で可能な限り務めてほしい。

(エ) この事業によって生ずる経済効果

効用及びその算出基礎につき,作物生産効果6060万2000円,維持管理費節減効果-179万7000円,増加見込効果額5880万5000円,事業費8億9400万円,事務費1341万円,総事業費9億741万円,妥当投資額9億8500万8000円とし,事業費の積算においては,県農林水産部設定の歩掛表及び単価表を使用して適正に算出してある。

投資効率は1.05である。

(オ) この事業施行によって生ずる施設がある場合,その管理方法に対する技術的意見

沈砂池等の防災施設については,定期的に巡回し,その機能が最大限発揮出来るよう維持管理を徹底してほしい。

(カ) 事業計画書に記載された事項についての技術的意見

記載されている事項については妥当である。

(キ) 結論及び勧告

本事業については,自然的,社会的,経済的条件とも支障がなく,今後とも円滑な事業の推進が望まれる。

当時の県知事控訴人bは,第1回計画変更調査報告書に基づき審査を行い,平成9年10月9日,適当との決定を行い(甲32ないし34),同年10月20日から同年11月10日まで,土地改良事業変更計画書の写しが国頭村役場の掲示場において縦覧され(甲31),その間,異議の申出はなかった(甲29,甲30)。

控訴人bは,平成9年12月2日,変更計画の認可をした(甲27)。

(9)  第2回計画変更

平成7年度,「造成地区の一部が,αの簡易水道の流域内にあり赤土汚染のおそれがあるためその区域を削除した。又,特に急峻できびしい地形のケ所を除外した。」との理由により,農用地造成面積を減らしたため,事業費が3200万円減額となり,平成8年度,調査測量費として事業費が690万円増額となり,物価上昇分の自然増と併せて総事業費が9億350万円に増額した。この各計画変更に関する工事等の調査・設計は平成8年度以降になされ,工事の実施及びその工事代金の支払は,平成8年度から同9年度までになされたが,それに先だって,土地改良法の計画変更手続はなされなかった。

(10)  第2回計画変更の認可手続

第2回計画変更の土地改良法上の変更手続として,平成10年3月12日,国頭村議会に,本件事業の受益面積増減が10パーセントを超えるため,その変更認可申請を行うとして,事業変更の議案が提出され,同月23日,国頭村議会において可決された(乙16の1)。

事業変更計画概要書等は,国頭村役場掲示場で平成10年3月24日から28日まで,公告された(乙16の2)。

平成10年6月1日,国頭村から県知事に対する土地改良事業計画変更認可申請書(乙16の4)が提出され,同月2日,収受され,県農林水産部農地建設課のg(平成10年4月同課配属,自然的条件,技術的意見,経済的効果の部分担当)と農地水利課のmによって,同月22日付け土地改良事業計画調査報告書(乙16号証の5,以下「第2回計画変更調査報告書」という。)が作成された。

第2回計画変更調査報告書の内容は,大要以下のとおりである。

ア 事業施行の必要性

第1回計画変更調査報告書と同一

イ 事業施行の可能性

第1回計画変更調査報告書と同一

ウ 事業主体がこの事業を行うことに対する技術的意見

第1回計画変更調査報告書と同一

エ 事業によって生ずる経済効果

効用及びその算出基礎につき,作物生産効果6056万9000円,維持管理節減効果-182万9000円,事業費9億3104万8000円,事務費4113万2000円,総事業費9億7218万円とし,費用及びその算出基礎は,沖縄県の統一歩掛及び単価を使用しており事業費は妥当である。

投資効率は1.01である。

オ この事業施行によって生ずる施設がある場合,その管理方法に対する技術的意見

第1回計画変更調査報告書と同一

カ 事業計画書に記載された事項についての技術的意見

第1回計画変更調査報告書と同一

キ 結論及び勧告

第1回計画変更調査報告書と同一

当時の県知事控訴人bは,第2回計画変更調査報告書に基づき審査を行い,平成10年7月9日,適当との決定を行い(乙16の6),7月21日から8月10日まで土地改良事業変更計画書が国頭村役場において縦覧され,その間,異議の申出はなかった(乙16の7)。

控訴人bは,平成10年9月28日,変更計画の認可をした(乙16の8)。

(11)  平成12年9月29日(検証日)の状況

平成12年9月29日の原審裁判所による検証実施時,本件事業により造成された農用地において,耕作されずに草木が茂った状態にある箇所(検証調書写真番号5ないし9,33,34,69,70),裸地の状態の箇所(同写真番号10ないし12,28ないし32)があり,観葉植物が作付けされている箇所(同写真番号22,23),サトウキビが作付けされている箇所(同写真番号24,25,60ないし62),茶が作付けされている箇所(同写真番号41ないし44),ミカンの木が作付けされている箇所(同45ないし48)もあったが,その多くは,周囲に草木が茂るなどの状況にあった。

2  争点1(本件補助金支出が財務会計上違法な行為であるか,否か。)について

(1)  本件事業の内容に関連する違法の主張について

ア 本件事業の必要性について

国頭村において,地形的な制約から小規模な農用地が広範囲に散在しており,そのため土地基盤整備が遅れ,近代的農業の推進を阻んでいたため,広大な面積を有している国有林野を農用地として造成開発し,農地の拡大,集団化を図り,農業生産を向上させることなどを企図して本件事業が計画されたものであること,実際,当初計画において,土地改良法3条所定の資格者13名の参加申出があったことはいずれも前記に認定したとおりであって,これら諸事実からすると,本件事業はそれなりの合理性,必要性に基づくものであると認められる。なるほど,原審裁判所による検証の時点において,本件事業により造成された農用地における農業が必ずしも計画どおりには実施されておらず,耕作されずに草木が生い茂った箇所も散見されるなどの状況があったことは先に認定したとおりであるが,当初計画時における予想と現実の結果との間に異なる部分が生じているということから直ちに,計画時における必要性の判断が不合理であったとか,本件事業の計画,実施が違法であるとまでいうことはできない。また,被控訴人らが指摘する本件事業対象地の地理的要因から生じる耕作や農作物の搬出のための時間的・経済的負担や,灌漑施設が設置されていないこと,酸性度の高い土壌の改善維持のための費用と労力などの点を考慮しても,本件事業の必要性が欠けているとまでは認められない。

イ 本件事業の経済性(費用対効果)について

被控訴人らは,本件事業には土地改良法施行令2条3項に規定する「すべての効用がそのすべての費用をつぐなうこと」の要件が欠けているから違法であると主張する。そこで検討するに,農林水産省構造改善局計画部監修「土地改良の経済効果」(甲57,乙24)によれば,土地改良事業における経済効果の測定については,効果測定の基本事項,効果額の算定方法,効果算定に使用する係数等に関する通達により規定されており,年総効果額を資本還元した妥当投資額を総事業費で除した投資効率が1.0以上であれば,土地改良法施行令2条3項の「すべての効用がそのすべての費用をつぐなうこと」という経済性の要件が肯定できるとされる。そして,効果と費用についてはでき得る限りすべて把握することとされ,農地造成事業の場合に計測すべき効果項目について,作物生産効果,維持管理費節減効果,走行経費節減効果,災害防止効果等が挙げられている。作物生産効果の算定においては,計画作付面積の算定は,計画における自然立地・社会経済条件,営農技術水準,受益農家の意向,農産物の需給動向,行政施策を踏まえて作成した土地利用計画及び営農計画に基づいて算定すること,作物の単収は農林統計資料に基づくこととされている。

このような手法により上記の土地改良法施行令2条3項所定の要件を判断することには,合理性があるものと解されるから,以下ではこの観点から本件事業の経済性を検討する。

本件事業における計画概要書及び専門技術者による調査報告書のいずれも,費用対効果の検討において,作物生産効果と維持管理費節減効果の具体的数値を記載し,具体的な妥当投資額及び総事業費から投資効率を算出して1.0以上であることを示しており,一応の検討及びその結果の記載がある。確かに,算定の根拠とした資料,算定の過程が明示されていないことや,当初計画調査報告書を作成した証人eの供述によれば,本件事業の対象地には灌漑設備がないという事情があるにもかかわらず水の確保の観点を十分に考慮していないことが認められるなど,本件事業の費用対効果の検討に不十分な点が全くないとはいい難いが,これらの検討は,事業計画策定時における合理的予測としてなされるものであって,その時点において行政庁が把握している情報及び行政施策等に従って費用と効果を把握して算出すべきものであるから,これに沿って作成された上記調査報告書等における費用対効果の検討が明らかに不合理であるとか,本件事業の経済性が欠如しているとまでいうことはできない。また,本件事業が当初計画時における予想と異なる部分を生じているということから,直ちに,本件事業が経済性を欠いて土地改良法に違反する違法な事業であるということはできない。

ウ 自然環境関連法令違反の主張について

前記認定のとおり,本件事業においては,基本計画書の段階から,河川,海岸への土砂流出防止のため,砂防ダム等の設備を設けることとし,それに沿った土砂流出防止の方策がとられたものであり,自然環境に対する配慮を著しく欠いていたとは認められず,被控訴人らの各法令違反等の主張も,以下に述べるとおり,採用することができない。

(ア) 文化財保護法違反の主張について

被控訴人らは,本件事業がやんばるの天然記念物の保存に影響を及ぼすとして,文化財保護法80条1項により,天然記念物の保存に影響を及ぼす行為をしようとするときは,文化庁長官の許可を受けなければならないのに,その許可を受けていないとして,本件事業の同法違反を主張するが,本件事業が,文化庁長官の許可を得る必要のあるほどにやんばるの天然記念物の保存に影響を及ぼすものと認めるに足りる証拠はなく,同条項但書においてその影響が軽微である場合には許可を要しないとされていることからして,被控訴人らの主張は採用し得ない。

(イ) 種の保存法違反の主張について

被控訴人らは,本件事業が国内希少野生動植物種の生きている個体の捕獲等(捕獲,採取,殺傷又は損傷)をしようとするときに該当するとして,種の保存法54条2項により,環境庁長官に協議しその同意を得なければならないのに,その同意を得ていないとして,本件事業の同法違反を主張するが,農地開発事業である本件事業は,生きている個体の捕獲等をしようとするときに該当するとはいえないことは明らかであるから,被控訴人らの主張は採用し得ない。

(ウ) 人格権,環境権等の侵害の主張について

被控訴人らが主張する環境権,自然享有権は,その内容,範囲,効果などが明確なものではなく,本件事業を違法とするような個人の具体的権利として実定法上確立したものとはいえず,また,本件事業によって,被控訴人らの人格権,財産権等が現に侵害され,又は将来侵害されようとしていると認めるに足りる証拠はないから,本件事業がこれら権利を侵害するもので違法であるとの主張は採用し得ない。

エ 以上のとおり,本件事業の内容が,土地改良法に規定する必要性等の要件を欠き,又は,自然環境に影響を及ぼすことから自然環境保護関連法令に違反し,被控訴人らの環境権等を侵害して違法であることを前提に,本件事業に対する本件補助金支出が違法であるとの被控訴人らの主張は,そもそも,本件事業の内容に被控訴人らの主張する違法事由があるとは認められないから,その前提を欠き,理由がない。

(2)  本件事業の手続的違法の主張について

ア 本件事業の計画変更手続の違法について

(ア) 本件事業において,昭和63年度に電柱移設の補償費が必要となり,平成4年度に赤土流出防止のための防災工を追加することとなり,平成7年度に施行地域を縮小することとし,平成8年度に調査測量費が必要となるなど,それぞれ当初計画の内容と異なる内容の工事等がなされたこと,その実施に先立って事業計画の変更手続がされず,事前に県知事の認可を得ていなかったことの各事実は,いずれも前記に認定したとおりである。

(イ) 土地改良法は,市町村は,土地改良事業を行う場合には,都道府県知事の認可を受けなければならない(土地改良法96条の2)と規定し,認可された事業計画を変更し,又は当該土地改良事業を廃止しようとする場合は,省令の定めるところにより,当該市町村の議会の議決を経て必要な事項を定め,都道府県知事の認可を得なければならないと規定していた(同法96条の3。なお,法律第87号改正により,都道府県知事の認可に代えて,都道府県知事に協議し,その同意を得ることを要するとされた。)。同法96条の3が,既に都道府県知事の認可を得た土地改良事業について,その事業計画を変更しようとする場合にこれにつき都道府県知事の認可を得なければならないと規定した趣旨は,当初計画に基づき基本的要件適合性等を満たすものとして事業計画が認可された場合であっても,事後に計画内容が変更された結果,当初予想された費用又は経済的効果自体が変動する結果,投資効率が1.0を下回るなど基本的要件適合性その他の要件を満たさなくなる場合もあり得るから,事業計画の変更に際して改めて都道府県知事による認可を得させることが適当と考えられるからであると解される。

上記の事業計画変更の際の都道府県知事の認可について,控訴人らは,土地改良法は必ずしも事前に認可を得ることを要求しているものではなく,事後的に変更手続を行うことも許容していると解すべきであると主張する。しかし,認可された事業計画を変更しようとする場合には都道府県知事の認可を得なければならないとの土地改良法の規定文言からして,変更計画の実施に先立って変更手続及び都道府県知事の認可を得ることが要求されているものと解するのが自然であること,災害のため急速に農用地又は土地改良施設の災害復旧を行う必要がある場合についてさえ,事前に都道府県知事の認可を得ることが求められていること(同法96条の4,49条),上記のとおり,事業計画の変更内容如何によっては,投資効率が1.0を下回るなど基本的要件適合性を欠く事態に至ることもあり得るところ,そのような場合には結局都道府県知事の認可を得ることができず,既に実施された変更後の計画に基づく工事の全部又は一部が無駄になってしまうということも考えられるから,事前に都道府県知事の認可を得るべきものとすることに合理性があることなどからすると,土地改良法は,事業計画を変更しようとする場合には,変更実施に先立って事前に都道府県知事の認可を得るべきことを要求しているものと解するのが相当である。控訴人らは,計画と施行との間に若干の異同を生ずることは不可避であり,常に工事実施とその代金支払より前に変更計画の認可の変更手続を要求することは,事業の遂行に重大な支障を与えるもので非現実的であると主張するけれども,本件においては,第1回計画変更の対象とされた事業費の増加は合計8060万円であり,第2回計画変更の対象とされた事業費の増加は690万円,農用地造成面積の減少等による事業費の減額が3200万円であって,そもそも本件における事業計画の変更が若干の異同に過ぎないとはいえないから,控訴人らの上記主張を採用することはできない。

したがって,2回にわたる本件事業計画の変更に際し,事前に変更手続をとらず,都道府県知事による認可を得ることなく変更後の計画に基づいて工事を実施したことは,土地改良法の規定に違反したものといわざるを得ない。

(ウ) もっとも,事業計画の変更につき都道府県知事の認可を欠いたまま変更後の計画に基づく事業が実施されたことが違法であるとしても,これは,土地改良法の規定する手続を履践しなかったという手続的な瑕疵であって,同法が都道府県知事による認可を必要とした趣旨に照らすと,その性質上瑕疵の治癒が許されないものではないと解される。したがって,当該事業計画の変更について事後的に都道府県知事による認可がされた場合には,その認可が有効である限り,事前に認可を得なかったことによる瑕疵は治癒されて当該事業計画の変更実施は適法となるものと解すべきである。この点につき,被控訴人らは,瑕疵が治癒されるには,変更工事を含む新たな計画変更手続が適法有効になされ,既にされた公金支出等の瑕疵を明示的に認めた上で,これを是正する新たな財務支出承認行為がなされなければならないと主張する。被控訴人らの上記主張が,仮に,事業計画の変更について事後的に県知事による認可がされ,かつ,当該認可が法的に有効と評価される場合であっても,それだけでは事前の認可手続を欠いたという瑕疵は治癒されず,更に,既にされた公金支出等の瑕疵を明示的に認めた上で新たな財務支出承認行為がされるのでなければ瑕疵が治癒されないという趣旨であるとすれば,そのように解すべき根拠はなく,採用することができない。

そこで検討するに,第1回計画変更については,平成9年9月16日,国頭村から県知事に対して計画変更の認可申請がされ,同年12月2日,当時の県知事控訴人bがこれを認可したこと,第2回計画変更については,平成10年6月1日,国頭村から県知事に対し,計画変更の認可申請がされ,同年9月28日,当時の県知事控訴人bがこれを認可したことの各事実は,いずれも前記に認定したとおりである。

県知事による上記各認可の有効性に関し,被控訴人らは,上記各計画変更手続は,いずれも,控訴人らが,本件訴訟提起後,被控訴人らから指摘されて手続の必要性に気付き,事業完了間近になって慌てて行ったものであること,第1回計画変更手続の必要書類である「団体営土地改良事業変更計画書」(甲36の4)に変更内容が記載された図面の添付がないことや,知事が詳細な審査を行う際の基礎資料となるべき専門技術者による「土地改良事業計画変更調査報告書」(甲35)がわずか1日で作成されたものであること,第2回計画変更手続において公告された「土地改良事業計画変更概要書」(乙16の2)は,第1回計画変更手続のものをほとんど引き写したものであり,専門技術者による調査においても,現地を調査することなく,変更の理由,必要性,費用対効果の算出根拠等の調査及び吟味がなされたとはいえず,誤記,記入漏れ等形式的不備もある杜撰なものであることを理由に,県知事による計画変更の認可は不存在又は無効であると主張する。

しかしながら,仮に,上記各計画変更の認可が,被控訴人らから指摘を受けてされたものであったとしても,そのことによって県知事による認可が不存在又は無効になると解すべき理由はない。また,専門技術者による報告書が1日で作成されたとか,専門技術者が現地を調査しなかったことなどに関しては,仮に,検討が不十分であった結果,変更後の事業計画が明らかに基本的要件適合性を満たしていないなど認可すべきでない事由の存在が明白であるのに県知事がこれを看過して計画変更を認可したというのであれば,県知事による認可が無効と評価される余地もあるけれども,単に,認可に至る検討期間が短か過ぎるとか,検討の仕方が不十分ないし杜撰であったというのみでは,県知事による上記各認可につき客観的に重大かつ明白な瑕疵があるとまでいうことはできないし,上記各認可が不存在であるということもできない。必要書類に誤記,記入漏れ等の形式的不備があったとしても,このことから直ちに県知事による上記各認可が無効であるとか不存在であるということはできない。そして,他に,県知事による上記各認可について,変更後の事業計画が基本的要件適合性を満たしていないのにこれを看過して認可したなど,客観的に重大かつ明白な瑕疵があることを認めるに足りる証拠はない。

したがって,本件事業における2回の計画変更につき,事後的に県知事がした各認可はいずれも有効というべきであるから,事前に県知事の認可を得ることなく変更後の計画に基づく事業を実施したことによる上記の手続的瑕疵は,これによって治癒されたものというべきである。

(エ) 上記(ア)ないし(ウ)の判断を前提に,本件補助金支出が財務会計上違法であるか否かについて検討する。

A 県が本件事業について補助金を支出することのできる法令上の根拠は,普通地方公共団体は,その公益上の必要がある場合においては,寄附又は補助をすることができるとする地方自治法232条の2の規定にあると解されるから,本件補助金支出に公益上の必要が認められなければ,本件補助金支出はその法令上の根拠を欠き,違法な財務会計行為となる。

この点に関し,被控訴人らは,事前に県知事による認可を受けずに変更後の計画に基づく事業を実施することが違法である以上,本件事業は全体として違法なものになるから,本件事業に補助金を支出することに「公益上の必要」があるとはいえないと主張する。しかしながら,本件事業計画変更の内容は,いずれも,主として造成面積の増減や赤土流出防止対策に要する事業費の増加,物価上昇による自然増等に伴うものにとどまり,事業内容自体に根本的な変更を加えるものではないこと,本件においては,変更後の計画について県知事の認可を得るのに必要な基本的要件適合性に欠けていたというような事情は見当たらず,本件事業における違法は,事前に行うべき変更手続及び県知事による認可を得ないまま変更後の計画に基づく事業に着手したという専ら手続的な瑕疵に過ぎないこと,上記瑕疵は,その性質上これを治癒することが可能なものであって,実際にも,事後的に変更手続及び県知事の認可を得たことにより瑕疵は治癒されたと認められることなどを勘案すれば,本件事業の実施に関して上記の手続的違法が存在したからといって,そのことのみから直ちに,本件事業が全体として違法なものになるとか,本件事業に補助金を支出することに「公益上の必要」がないということはできない。

そして,本件補助金支出の対象である本件事業自体に公益性,必要性があると認められることは先に認定判断したとおりであるから,本件事業に補助金を支出することには「公益上の必要」があったものと認められ,他に,上記判断を左右するに足りる証拠はない。

B なお,被控訴人らは,本件事業の実施が土地改良法に違反する以上,本件補助金支出は,補助金適正化法の規定(法令の定め及び補助金等の交付の目的又は間接補助金等の交付の目的にしたがって誠実に補助事業等又は間接補助事業等を行うことを規定した同法3条,他の法律又はこれに基づく命令も若しくはこれを実施するための命令に特別な定めがあるときはこれをも遵守すべきことを規定した同法4条)に違反するから違法な財務会計行為であると主張する。しかしながら,補助金適正化法は,国が国以外の者に対して交付する補助金について規制する法律であるところ,本件で財務会計上の違法性が問題となっている本件補助金は,県がその負担分として支出した補助金であるから,本件補助金支出に関する限り,これが補助金適正化法の規定に違反するか否かを問題とする余地はない。

C 被控訴人らは,また,公金支出手続自体が違法である場合のほか,当該公金支出の目的ないし根拠となる支出の原因行為(先行行為)が不存在又は違法・無効である場合にも当該公金支出は違法となるところ,本件事業には,計画変更に係る事業を適正な変更手続を経ずに実施した重大かつ明白な違法があり,その瑕疵は財務会計行為の適正な執行確保という視点から看過することのできない瑕疵であって,先行行為が後行行為の直接の原因といえるような密接かつ一体的な関係がある場合に該当するから,本件補助金支出は財務会計上違法となると主張する。

そこで検討するに,地方自治法242条の2に規定する住民訴訟制度は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会計上の行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから,これを防止するため,地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とした制度であって,地方行政一般の非違を対象とするものではないから,同条に基づいて普通地方公共団体の職員に損害賠償を請求することができるのは,当該職員の財務会計上の行為が財務会計法規上の義務に違反する違法な行為である場合に限られるものである。本件においては,違法性が問題とされている財務会計上の行為は本件補助金支出であるから,同条に基づき損害賠償の対象となりうるためには,本件補助金支出が財務会計法規上の義務に違反したものであることを要する。

もっとも,財務会計行為それ自体が直接会計法規に違反するところがないとしても,その原因ないし目的となった行為の違法の内容,効果,程度及び財務会計行為との関連性等に照らし,当該行為によって当該普通地方公共団体に財産的な損失を与えることが予算の適正執行という見地からみて法的に許容されないと評価しうる場合には,当該職員は,当該普通地方公共団体に対する関係で,そのような財務会計上の行為をして普通地方公共団体に損失を与えてはならないという財務会計法規上の義務を負担し,当該行為を行うことが財務会計法規上の義務に違反して違法となるものと解される。

本件についてこれをみるに,本件補助金支出の対象である本件事業について,事業計画変更に際し,事前に必要な変更手続及び県知事による認可を得なかったことが土地改良法に違反することは,先に認定判断したとおりである。しかしながら,上記に述べたとおり,本件事業計画変更の内容は,いずれも,主として造成面積の増減や赤土流出防止対策に要する事業費の増加,物価上昇による自然増等を原因とするものにとどまるのであって,事業内容自体に根本的な変更を加えるものではないこと,本件においては,計画変更後の事業計画について県知事の認可を得るのに必要な基本的要件適合性その他の要件に欠けるところはなく,実際にも,事後的に変更手続を行い有効に県知事の認可を得ていることからすれば,事前に変更手続を履践してさえいれば県知事による認可を得られたであろうと認められるから,本件事業における上記の土地改良法上の違法は,事前に踏むべき手続を履践せずに変更後の計画に基づく事業に着手したという専ら手続的な瑕疵に過ぎないということができる。このことに加えて,上記のとおり,本件補助金支出については「公益上の必要」があったと認められることをも併せ考慮すれば,本件補助金支出の対象である本件事業を実施する過程で,事業計画変更に際して事前に県知事の認可を得なかったという違法があったとしても,それはいまだ一般行政法上の手続的違法にとどまり,このことから直ちに,本件事業が全体として違法性を帯びるとか,本件事業に補助金を支出することが県の予算の適正執行という見地からみて法的に許容されないものと評価することはできない。したがって,本件補助金支出が財務会計法規上の義務に違反する違法な行為であるということはできない。

イ 環境アセスメントの欠如による手続違反の主張について

被控訴人らは,土地改良法が環境アセスメントの実施を当然に予定しているものとして,本件事業計画及びその実施に当たって,その手続を経ていないことが違法であると主張する。

しかし,土地改良法が,土地改良事業の計画等に当たって,環境アセスメントの手続を経ることを法的に義務付けたものとまでは解することはできず,県の環境影響評価規程(甲12別表第1の12)においても,土地改良事業としての農用地の造成については,地区面積100ヘクタール以上のものについて環境アセスメントを行うとしているものであり,本件事業において,環境アセスメントを法的に義務付ける根拠はなく,この点をもって,違法であるということはできない。

ウ 以上によれば,本件事業に手続的違法があることにより本件事業に対する本件補助金支出が違法であるとの被控訴人らの主張は,いずれも理由がない。

3  争点2(控訴人bの責任)及び争点3(損害の有無及び額)については,いずれも判断する必要がない。

第7結論

以上の次第で,被控訴人らの本件訴えのうち,平成7年8月25日及び同8年10月4日の各支出分に関する損害賠償代位請求及びその不行使の違法確認の訴えは,不適法であるからこれをいずれも却下すべきであり,その余の請求は理由がないからこれをいずれも棄却すべきところ,当裁判所の上記判断と一部結論を異にする原判決はその限度で不当であるから,その限度でこれを取り消した上,上記取消部分につき被控訴人らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 窪田正彦 裁判官 永井秀明 裁判官 増森珠美)

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