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福岡高等裁判所那覇支部 平成16年(う)41号 決定 2005年1月27日

主文

本件控訴の申立てを棄却する。

理由

1  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  当裁判所が、平成16年9月27日に受理した本件の一件記録中には、被告人作成名義の平成16年7月22日付けの、原審裁判所が同庁平成14年(わ)第592号強姦未遂、器物損壊被告事件について平成16年7月8日に言い渡した判決に対する控訴申立書と題する書面が存在する(以下この書面を「本件控訴申立書」という。)。なお、一件記録中には、本件控訴申立書の他には控訴申立書と解される書面は存在しない。

本件控訴申立書は、それに押捺された受付印によって、同年7月22日の夜間、原審裁判所の当直に提出され、受け付けられたものであることが認められ、これに疑いを生じさせる証蹟は存在しない。

本件控訴申立書は、全体がコピーによって作成されたものであり、被告人の氏名の記載と思料される部分もコピーであることが、外見上一見して明らかであり、このことに疑いを生じさせる証蹟は存在しない。

(2)  一件記録が当裁判所に送付されるまでの経過は以下のとおりである。

被告人は、平成14年12月19日、犯行場所が2か所に渡る強姦未遂と器物損壊の公訴事実により、本件公訴を提起された。

上記事件の主要な争点は、<1>本件は、日本国には本件について裁判権行使権がないこと又は有効な告訴がないこと等の理由により、公訴棄却されるべきか、否か、<2>被害者の検察官調書は、その日本語能力、地位協定との関係等で証拠能力があるか、否か、<3>強姦未遂罪の成否、特に、被害者の同意がなかったか、否かの3点であった。原審裁判所は、争点<1>については、日本国には本件について裁判権行使権があり、有効な告訴が存在し、その他本件を公訴棄却すべき理由はないと判断し、争点<2>についても、被害者の日本語能力には問題はなく、検察官調書を証拠として採用することは地位協定に反するものではないから、被害者の検察官調書には証拠能力があると判断し、争点<3>については、第1現場における行為については、被告人において被害者が被告人の行為に同意するものと認識していた疑いが残り、強姦・強制わいせつの故意があったと認めるにはなお合理的な疑いが残るものの、第2現場における、被告人が被害者の頭部を掴んで自己の下腹部に引き寄せるなどして強いて同女に口淫させようとした行為には強制わいせつの事実、故意が認められるとして、第2現場における強制わいせつ未遂罪の限度で犯罪が成立すると判断し、平成16年7月8日、被告人に対し、原審主任弁護人高江洲歳満、副主任弁護人高野隆出頭の下で、「被告人を懲役1年に処する。この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。」との判決を言い渡した。

被告人は、本件控訴申立書の提出の日の前日である同年7月21日付けの弁護士高江州歳満を弁護人に選任する旨の弁護人選任届を作成し、同年8月27日に、上記の弁護人選任届が原審裁判所に提出されている。同弁護人選任届は、その外観上一見して、原本であり、被告人の署名と認められるものの記載がある。

2  コピー書面による控訴申立ては有効であるか、否か。

(1)  コピーによる控訴申立ての適法性

刑事訴訟法374条は、「控訴をするには、申立書を第一審裁判所に差し出さなければならない。」と定め、刑事訴訟規則60条は、「官吏その他の公務員以外の者が作るべき書類には、年月日を記載して署名押印しなければならない。」と定めている。したがって、控訴をするには、年月日の記載と控訴申立人の署名押印のある控訴申立書を第一審裁判所に差し出すことが必要になる。

ところで、同規則60条にいう署名とは、自署による筆跡そのもの、すなわち原本であることを要し、コピーは含まないと解される。そもそも、法及び規則は、上訴申立書や上訴趣意書の提出など、書面によって訴訟行為をなすべき場合について、コピーによることを認めた規定をおいておらず、原本によることを当然の前提としているものと解されるし(規則241条、242条、266条等参照)、最決昭和58年10月28日刑集37巻8号1332頁もこれを当然の前提としている。

したがって、コピーである本件控訴申立書の被告人の氏名の記載部分は規則60条の「署名」には該当しないというべきであるから、本件控訴申立書は規則60条に違反し、方式違背の瑕疵が存在する。

(2)  規則60条違反の効果

規則60条が署名押印を要求する趣旨は、当該書面の記載自体から何人が作成者であるかを明らかにし、当該書面による訴訟行為の主体を明確にさせるとともに、当該書面がその作成者本人の意思に基づいて真正に作成されたかどうかを確認する手立てとすることにあり、これによって当該書面を作成提出する者に慎重な行為を期待しうることにもなるものと解される。

規則60条は、一般に報告的文書については訓示規定と解されているが、意思表示的文書に関しては、上記の規則60条の趣旨によれば、その文書自体に当該意思主体による真意に基づく申立てであることが明らかにされていることが必要、不可欠であり、署名押印を要求することによって、その点を担保し、確実さを期す必要があるのであって、当該文書に署名押印があることが当該文書の有効要件であり、これを欠く書面による訴訟行為は無効であると解するのが相当である。本件においては、当該書面上コピーであるとはいえ被告人の署名と認識しうる署名が転写されていることが問題となる。

この点に関し、上記の最決昭和58年10月28日刑集37巻8号1332頁は上告趣意書について、「コピーであって作成名義人の署名押印のない上告趣意書は、規則60条の規定に違背するが、作成名義人の署名押印も複写されており、これを封入した郵便の封筒には作成名義人によるものと認められる氏名の記載があって、権限のない者がほしいままに作成し提出したなどの特段の事情は窺われず、右作成名義人の意思に基づいて作成され提出されたものと認められるときは、これを有効なものとして判断の対象とすべきである。」としている。

そこで検討するに、上記のとおり、規則60条が署名押印を要求する趣旨は、何人が当該書面の作成者であるかを明らかにして当該書面による訴訟行為の主体を明確にさせるとともに、当該書面がその作成者本人の意思に基づいて真正に作成されたかどうかを確認する手立てとし、当該書面による申立てが当該意思主体による真意に基づく申立てであることを明らかにすることにあるというべきところ、電子複写機によるコピーは、原本を科学的機械的正確性をもって転写し再現したものとして広く利用されているものではあるが、必ずしも原本と同様のものとして利用されているわけではなく、原本の存在及びその内容の証明手段として利用されているのであり、原本作成者以外の者も作成することが可能なものであり、かつその作成過程で工作を加えるなどして作為的に再現内容を改ざんすることも容易であることなどから、その信用力には一定の限界があることにかんがみれば、意思表示的文書については、コピーによることは原則として許されず、コピーによるものは無効であると解すべきであり、訴訟手続や法律知識に疎い者などの権利保護の観点から、例外的に、文書の性質を勘案した上で、記録と対照するなどして容易に作成名義人によって真正に作成され提出されたものと認めることができる場合に限ってこれを有効として扱う余地があると解するのが相当である。

このような立場から考察すると、上記決定は、上訴申立書について判断したものではなく、それを前提とした上訴趣意書(上告趣意書)について判断したものであるところ、上告趣意書は、既に適法な上告申立書によって適法に上告が申し立てられている場合に、その上告申立書と不可分一体となって、審判の対象を具体的に提示し、上告審の審判を求めるためのものに過ぎないから、上告趣意書たる当該書面に適式な署名押印がない場合であっても、上告申立書との一体性が確認できるときは、当該書面が封入されていた封筒上の記載や記録という当該書面以外の資料によって、提出権限を有する者の意思により作成、提出されたものであることが認められるならば、これを有効なものとして扱うこととしたとしても、必ずしも手続の確実性あるいは厳格性の要請に反することになるものではないことが根拠となっているものと解され、上記決定の判断は、本件控訴申立書のごとく、上訴申立書自体がコピーであった場合にはそのままには当てはまらないというべきである。

そして、上訴申立ての有効・無効には、原裁判の確定の有無等訴訟上極めて重大な効果が結びつけられているから、上訴申立書においては、手続の確実性あるいは厳格性の要請を損なうようなことが少しでもあってはならず、その要請を満たすためには、上記のとおり、なお、それ自体のみから当該意思主体による真意に基づく申立てであることが明らかにできることが必要、不可欠であり、署名押印を要求することによって、当該意思主体による真意に基づく申立てであることを担保し、確実さを期す必要があるとの解釈を堅持する必要があり、その判断の資料の範囲を当該書面以外のものに拡大することは、手続の確実性あるいは厳格性の要請に反して許されないというべきである。すなわち、上訴申立書の有効性の判断の資料は当該申立書に限定されるべきであり、それ以外のものはたとえ一件記録中に現れているものであってもこれをもって判断の資料とすることはできないし、もとより、一件記録中に現れていない事実調べの結果を判断の資料にすることは論外であるというべきである。

なお、念のため、仮に上訴申立書についても、上告趣意書についての上記決定の判断と同様の見解をとるとして、本件において、記録を対照することにより容易に本件控訴申立書が作成名義人により真正に作成され、提出されたものと見ることのできる例外的事情が存したといえるかについても検討すると、上記のとおり、本件控訴申立書には被告人の署名と思料されるものが複写されている上に、控訴申立期間の最終日たる本件控訴申立書の提出日の前日を作成日付とする被告人の自署のある弁護人選任届が作成されていて、本件控訴申立書提出後の平成16年8月27日にそれが原審裁判所に提出されている事実がある。そして、刑事訴訟法355条によれば、原審弁護人は被告人のため控訴することができるから、控訴申立てをするのであれば控訴申立期間満了の前日である7月21日の時点では弁護人を選任する必要はないが、本件においてその時点で刑事訴訟法355条によって原審弁護人がなし得ること以外の訴訟行為をする必要性が存在したことも窺われず、それにもかかわらず被告人が同日敢えて弁護人を選任した理由は、被告人において、控訴を申立てることを前提に、弁護人にその後の控訴審における弁護活動を委任すること以外には考えられないところであるから、上記の事実は、同年7月21日の時点では、被告人において控訴申立ての意思を有していたことを推認させるものではある。しかし、同弁護人選任届が本件控訴申立書と同一の機会に提出されたような場合には、その状況を勘案して、本件控訴申立書が被告人の意思に基づいて作成され、提出されたと判断する余地があり得るけれど、本件のごとく、本件控訴申立書提出から1か月以上の後に同弁護人選任届が提出されたとの事実のみをもってしては、本件控訴申立書が被告人の意思に基づいて提出されたとは容易には認められないというべきであり(提出日からすれば、同弁護人選任届がその作成日付に作成されたこと自体も断定しがたいといわざるを得ない。)、上記のような事実までを、上訴の申立てが被告人による真意に基づく申立てであるか否かの判断の資料とすることができる例外的事情に該当するという解釈を採用すると、結局は、その判断が、弁護人選任届が作成された時期、その時点において刑事訴訟法355条によって原審弁護人がなし得ること以外の訴訟行為が存在したか否か、弁護人選任届の作成時期と控訴申立書のコピーの提出時期の間に経過した期間の長短などの具体的な事実とそれに対する評価によって左右されることになるのであり、これは、上訴申立ての手続の確実性あるいは厳格性を著しく害するものであって、このような事態こそが正に規則60条が書面に作成者の署名押印を必要として、その書面の作成の当事者の真意に基づくものであることが不明確になるのを防止しようとした本来の趣旨に反するところのものであるから、上記のような解釈は到底採用することができないものであるといわざるをえない。他にも本件記録中に、本件控訴申立書が被告人の意思に基づいて作成されたと容易に窺うことのできる証蹟はない。したがって、本件においては、上記の例外的事情が存したとは認められない。

以上によれば、本件控訴申立書は全体がコピーであり、被告人の署名部分もコピーであって、コピーは何人でも作成できるものであるから、これによっては、本件控訴申立書が被告人の意思によって作成、提出されたことは明らかであるとはいえず、本件控訴申立書によっては、本件控訴の申立てが被告人による真意に基づく申立てであることが明らかにできるとはいえないから、本件控訴申立書は無効であるといわざるを得ない。なお、文書偽造罪の成否に関しては、コピーは原本と同一の意識内容を保有する原本作成名義人作成の文書であると解することが確立した判例となっているが、これはコピーに対する社会的信用保護の見地からされた判断であり、訴訟手続の安定性、確実性が問題となる本件の場合とは局面を全く異にするから、上記のような解釈をとることが上記の判例に反するものではないことは明らかである。

したがって、本件控訴の申立ては、刑事訴訟法374条、刑事訴訟規則60条に違反する無効なものであると認められる。

(3)  追完の可能性

訴訟行為について不変期間が定められている場合は、補正による追完をなし得るのはその期間内に限られると解するべきである。特に、上訴に関しては、刑事訴訟法56条1項が法定期間の延長について定めながら、同条2項が上訴提起期間については1項を適用しないと定め、上訴権回復の制度が設けられている(刑事訴訟法362条以下)ことに照らしても、その理は明らかである。最一決昭和45年9月24日刑集24巻10号1399頁は、原審弁護人でない弁護士名義の控訴申立書のみが控訴提起期間最終日に差し出されても不適法であり、その翌日同弁護士を弁護人に選任する旨の届出が追加提出されたとしても、これにより右不適法な控訴申立てが適法有効となるものではないとしている。

そうすると、本件においては、控訴申立期間は、本件控訴申立書が提出された日の経過をもって満了しているから、追完の余地はない。

(4)  具体的妥当性について

なお、上記のような判断が具体的妥当性を著しく損なうものではないかについて付言するに、そもそも、一般的に、裁判告知の日の翌日から起算して14日以内に署名押印のある控訴申立書を差し出すことを必要とすること自体が当事者に困難を強いるものではないことは明らかであるし、本件においては、被告人は沖縄県内に在住しているから、被告人が上記の期間内に署名押印のある控訴申立書を差し出すことについては困難はないし、既に言及したように控訴の申立ては原審弁護人においてこれをなしうるところ、原審主任弁護人も沖縄県内に事務所を開設しているのであるから、原審主任弁護人が上記の期間内に記名押印(刑事訴訟規則60条の2第2項)のある控訴申立書を差し出すことについても何らの困難はなかったものと認められる。その上、本件は、原審において、判決宣告までに27回の公判期日を要し、その間、上記1(2)に説示したように、被告人、弁護人は、多数の争点について検察官と激しく対立する主張を重ね、多数の証拠の取調べを請求するなどして積極的かつ広範な防御活動を展開していたところ、原判決は、第2現場における被告人が被害者の頭部を掴んで自己の下腹部に引き寄せるなどして強いて被害者に口淫させようとした行為以前の行為について、被告人に強姦・強制わいせつの故意があったと認めるにはなお合理的な疑いが残ると判断した以外は、被告人、弁護人の主張をほぼ全面的に斥けたものであることが明らかであり、強制わいせつ未遂の犯罪事実を認定し、刑の執行猶予の言渡しがあるとはいえ懲役刑の言い渡しをするという被告人にとって極めて不名誉な内容なものであるから、被告人、弁護人が自らの主張に確信を持ち、真摯にこれを貫こうというのであれば、検察官の対応などとは無関係に、控訴申立期間の早期の段階において控訴を申し立てることには何らの障害はなかったはずである。被告人、弁護人においてそのような対応をとっていれば、控訴申立てにコピーを提出する過誤があったとしても、控訴申立期間内にその瑕疵を補正、追完することが可能であったのに、本件においては、被告人、弁護人においてそのような対応をせずに、控訴申立てをその期間の最終日まで遷延させ、剰え控訴申立てにコピーを提出する過誤を犯した結果、瑕疵を補正、追完する機会もなかったというのであって、控訴審において審理・判断を受ける機会を失う結果に陥った原因は挙げて被告人、弁護人側の行動にあるというべきであるから、上記の判断が実質的に具体的妥当性を欠くものでないことは明らかである。

3  よって、刑事訴訟法385条1項により本件控訴の申立てを棄却することとし、主文のとおり決定する。

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