福岡高等裁判所那覇支部 平成20年(ネ)43号 判決 2008年10月28日
控訴人
X
同訴訟代理人弁護士
大田朝章
被控訴人
琉球放送株式会社
同代表者代表取締役
A<他1名>
上記両名訴訟代理人弁護士
竹下勇夫
玉城辰彦
平良卓也
被控訴人
沖縄テレビ放送株式会社
同代表者代表取締役
B
同訴訟代理人弁護士
阿波連本伸
赤嶺真也
被控訴人
日本放送協会
同代表者会長
C
同訴訟代理人弁護士
梅田康宏
津浦正樹
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決中、控訴人の被控訴人らに対する、連帯して五〇〇万円及びこれに対する平成一九年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分を取り消す。
二 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して五〇〇万円及びこれに対する平成一九年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
第二審理の経過等
一 沖縄県の中学校教員であった控訴人は、同人が少女(当時一五歳)とみだらな行為をしたとして沖縄県青少年保護育成条例違反被疑事件により逮捕されたことについて、報道機関(テレビ局)である被控訴人らが実名報道をしたことによって名誉を毀損され、教員としての職を辞任することを余儀なくされたと主張して、被控訴人らに対し、民法七〇九条、七一九条に基づき、連帯して損害金四六三五万二一一八円及びこれに対する不法行為の日である平成一九年三月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
二 原判決は、被控訴人らが実名報道をしたことは、控訴人の社会的評価を低下させるものであり、その名誉を毀損する行為に該当するが、社会的に許容されるものであるから違法性を欠き、また、被控訴人らの本件各報道は、公共の利害に関する事実に係り、かつ、専ら公益を図る目的で行われたものであって、被控訴人らにおいて本件被疑事実が真実であると信ずるについて相当の理由があるから故意又は過失が否定されるとして、不法行為の成立を認めず、控訴人の請求を棄却した。
三 控訴人は、原判決に対する不服の範囲を五〇〇万円及び遅延損害金の支払を求める範囲に限定して控訴した。
第三事案の概要
事案の概要は、原判決一三頁一三行目文末に、「ただし、被控訴人らは、控訴人が起訴猶予処分とされたことについて報道していない。」と加入するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
一 本件各報道が控訴人に対する名誉毀損に当たるかについて
当裁判所は、被控訴人らによる本件各報道は、控訴人の社会的評価を低下させるものであり、その名誉を毀損するものであると判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」の「第三 判断」の一項(1)に記載のとおりであるから、これを引用する(なお、原判決中、被控訴人らが実名報道をしたことの違法性について説示する部分は、後記のとおり、プライバシー侵害による不法行為の成否の問題としてとらえるべきであり、名誉毀損に当たるか否かとは直接に関係するものではない。)。
二 本件各報道について責任阻却事由があるかについて
当裁判所は、本件被疑事実は公共の利害に関する事実に係り、本件各報道はその目的が専ら公益を図ることにあって、被控訴人らが本件被疑事実を真実と信ずるについて相当の理由があるから、被控訴人らには故意又は過失がなく、不法行為は成立しないと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」の「第三 判断」の二項に記載のとおりであるから、これを引用する。
三 実名報道が控訴人のプライバシーを侵害するものかについて
(1) 上記のように、事実の公共性、報道目的の公益性、報道内容の真実性ないし真実であると信ずるについての相当性が証明されたことにより免責となる名誉毀損とは別個の問題として、人には、たといそれが真実であったとしても、他人に知られたくない私生活上の事実又は情報をみだりに公表されないという利益(いわゆるプライバシーの権利)があり、その法的保護が問題となる(最高裁平成一五年三月一四日第二小法廷判決・民集五七巻三号二二九頁参照)。そして、逮捕されたという事実は人の社会的評価に直接かかわる私生活上の情報であるから、これを実名をもってみだりに公表されないことは、プライバシーの一環として法的保護を受けるものであり、逮捕された事実を正当な理由なく実名で報道されないという利益は、不法行為法による保護の対象となると解される。したがって、本来、本件においては、実名報道がされた結果としての名誉毀損による不法行為の成否を問題とする前に、そもそも、実名報道自体が控訴人のプライバシーの侵害として不法行為に当たらないかどうかを検討する必要があったと考えられる。
この点、控訴人の主張は、本件各報道によって名誉を毀損されたというものであるが、控訴人が実名で報道された点を特に問題としていることからすれば、控訴人は、本件各報道による不法行為として、実名をみだりに報道されないというプライバシーの侵害をも併せて主張しており、被控訴人らは、この控訴人の主張を争っているものと解される(原判決も、名誉毀損の違法性という観点からではあるが、実名報道の許否について、以下と実質的に同趣旨の利益衡量を行っている。)。そこで、当事者双方による主張・立証の機会を改めて設けることなく、以下、名誉毀損による不法行為の成否とは別個に、プライバシーの侵害による不法行為の成否について判断を加えることとする。
(2) 以上のとおり、控訴人が逮捕された事実についてみだりに実名を公表されないことは、プライバシーとして法的保護を受けると解されるところ、本件各報道は、控訴人の承諾なしに控訴人の実名を報道しているから、プライバシーの侵害に該当するものである。そして、プライバシーの侵害によって不法行為が成立するか否かについては、実名を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するものと解される(最高裁平成六年二月八日第三小法廷判決・民集四八巻二号一四九頁参照)。そこで、次に、実名を公表されない法的利益(公表されることによる不利益)とこれを公表する理由のそれぞれについて、検討をする。
まず、実名を公表されない法的利益に関しては、① 控訴人は、病気のため休職中ではあったものの、中学校教員として社会生活を営んでいたこと、② 本件各報道は、沖縄県全域を対象に行われていること、③ 本件各報道は、一般の視聴者に対し、控訴人が逮捕されたということにとどまらず、控訴人が本件被疑事実である本件条例違反の罪を犯したとの印象を与えかねないものであること、④ したがって、逮捕された事実が実名で報道された場合には、控訴人が、事後的にその名誉を回復することは、実際上、極めて困難であること、⑤ 実名報道がされた場合には、その影響が本件被疑事実とは無関係な控訴人の家族らの生活にも及ぶこと、などの点を考慮する必要がある。そして、これらの事情から判断する限り、控訴人は、本件被疑事実により逮捕されたことが実名で報道されると、職場への復帰が事実上困難になるなど、社会生活上、重大な影響を被ることになるから、実名報道より、匿名報道の方が相当であるといえる。
これに対し、実名を公表する理由に関しては、① 刑事事件については、手続を密室化しないという社会的要請があること(刑事事件については、非公開を原則とする少年事件に関する少年法六一条のような規定は設けられておらず、同規定の反対解釈からしても、一定の範囲で実名による報道が許容されているといえる。)、② 控訴人は中学校教員であるところ、学校教育及び教員に関しては、教育基本法において、「法律に定める学校は、公の性質を有するものであって」(六条一項)、「法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」(九条一項)、「教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない」(同条二項)と規定されていて、教員は、青少年を教育指導する立場にある者として、その身分が尊重されること等の反面、一般の公務員より一層高い倫理性が要求されており、これを保持すべき責務を負っていること、③ このような教員としての特殊性からすれば、中学校教員が女子中学生とみだらな行為をしたということ(本件条例違反)は、仮にこれが事実であるとすれば、ある意味で、最も教員としての責務に反する行為であるとの評価も成り立ち得る性質の犯罪であること、④ 本件被疑事実により教員が逮捕されたということは、公共の利害に関する事実に係るものであって、一般に社会的な関心が高い事実であること、⑤ 報道機関は、公共の利害に関する事実については、国民の知る権利にこたえるためにも、これを正確に報道することが求められているところ、報道の正確性・客観性を期するためには、匿名報道ではなく、被疑者の氏名を特定した実名報道の方が適当であること、などの点を考慮する必要がある。そして、これらの事情からすれば、本件被疑事実により控訴人が逮捕されたことを実名で報道すべき必要性も、十分に肯認することができる。
(3) 以上の事情を総合して比較検討すると、一方において、実名で報道されることにより控訴人が被る不利益は大きく、実名を公表されない法的利益も十分に考慮する必要があるけれども、他方において、特に、青少年を教育指導すべき立場にある中学校教員が女子中学生とみだらな行為をしたという本件被疑事実の内容からすれば、被疑者の特定は被疑事実の内容と並んで公共の重大な関心事であると考えられるから、実名報道をする必要性は高いといわなければならず、実名を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越していると認めることはできない。
この点に関し、控訴人は、本件逮捕当時、控訴人が精神病のため休職中であったから実名報道をすべきではなかったと主張しているが、その主張が採用できないことは、原判決「事実及び理由」の「第三 判断」の一項(3)に記載のとおりであるから、これを引用する。
したがって、本件各報道については、プライバシーの侵害を理由とする不法行為の成立も認められない。
(4) なお、本件において実名報道をすることが不法行為に該当しないとしても、実名報道により控訴人が被る不利益は非常に大きいものであるから、改めて言うまでもなく、被控訴人らとしては、実名報道をするに際しては、控訴人が被る不利益について十分な配慮をする必要がある。したがって、報道の内容としては、もとより、逮捕されたという客観的な事実の伝達にとどめるべきであって、逮捕された者が当然に罪を犯したかのような印象を与えることがないように、節度を持って慎重に対処する必要がある。この点、被控訴人RBCにおいて本件被疑事実を報道するに際し、男性アナウンサーが、「あきれた。しかもよりによって。」と発言したこと(前提となる事実(7)(イ))などは、配慮に欠ける報道であったと指摘せざるを得ない。また、さきにも述べたように、逮捕された事実が一度実名で報道されると、後に、その事実について無実であったことが判明し、あるいは、起訴されずに手続が終了したような場合に、事後的に名誉を回復することは極めて困難であるから、このような観点からすれば、逮捕された事実を報道しておきながら、その後の手続経過(控訴人が本件被疑事件について起訴猶予処分とされた事実など。前提となる事実(10)参照)については、もはやニュースバリューがないとしてこれを報道しないという姿勢にも、報道機関の在り方として考えるべき点があるように思われる。
第五結論
よって、控訴人の請求を棄却した原判決は結論において相当であり、本件控訴には理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河邉義典 裁判官 唐木浩之 木山暢郎)