福岡高等裁判所那覇支部 平成21年(ネ)20号 判決 2009年7月21日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は、控訴人に対し、1713万4000円及びこれに対する平成20年7月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを2分し、その1を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
5 この判決の第2項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、3590万円及びこれに対する平成20年7月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2審理の経過等
1 請求の骨子
控訴人(工務店経営)は、被控訴人(貸金業者)の元従業員であるA(以下「A」という。)に対し、平成16年3月から平成18年3月にかけて合計3100万円を交付した。
上記工務店の従業員であるB(以下「B」という。)は、Aに対し、平成18年5月9日までに190万円を交付した。
Aは、控訴人が発起人である模合(頼母子講ないし無尽に類似する金融互助組織)に加入し、掛金合計60万円を支払った段階で、平成18年2月に360万円を落札した。
控訴人は、上記金員の交付ないし落札に当たり、Aから、真実は被控訴人に対する横領金の穴埋め目的であったのに、資金調達(被控訴人による貸金業の原資に充てる)目的であると説明され、その旨誤信させられていたとして、被控訴人に対し、民法709条(詐欺)及び715条(使用者責任)に基づき、上記金員合計3590万円(上記190万円、上記落札金360万円と掛金60万円の差額300万円は、いずれも控訴人が代位弁済)及びこれに対する弁済期の後の日である平成20年7月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
これに対し、被控訴人は、上記金員交付及び落札は被控訴人の事業に関係がないし、控訴人及びBもAの個人的な取引と認識していたなどとして、その責任を争った。
2 原判決
原判決は、上記金員交付及び落札は、客観的、外形的にみて、被控訴人の被用者の職務の範囲内に含まれるものとはいい難いし、控訴人及びBもAの個人的な取引であると認識していたとして、控訴人の請求を全部棄却した。
3 不服申立て
控訴人は、原判決を不服として控訴した。
第3事案の概要
1 当事者の主張は、次項において、付加、訂正し、当審における主張を付加するほかは、原判決「事実」の「第2 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 付加、訂正部分
原判決2頁24行目に「支払わなかった。」とあるのを「支払わなかったため、発起人である控訴人が、そのころ、上記掛金合計300万円を立て替えて支払った。」と改める。
3 当審における控訴人の主張
ア 原判決は、Aが控訴人に交付した3100万円に係る預り証(甲1ないし8)に、被控訴人の商号の記載があるものの、電話番号の記載や社判の押捺がなく、かえってAやその母親の住所等が記載されたものがあること、控訴人が、Aに上記金員の返還を求めた後、しばらく経ってから被控訴人へ返還を求めたことなどの事実から、上記3100万円及びBに係る190万円の交付について、被控訴人の被用者の職務としての外形があるとはいい難いし、控訴人及びBもAの個人的な取引であると認識していたとした。
しかし、真に個人的な取引であれば、被控訴人の商号の入った預り証を利用すること自体が不自然であるし、上記のとおり高額の金員を授受するはずがない。
また、上記金員は、直接には控訴人及びBとAとの間で授受されていたものであるから、控訴人が、その返還を求める交渉相手としてAを選択するのは当然であり、控訴人及びBが被控訴人の被用者の職務としての外形を信頼して上記金員を交付していたとの認識と矛盾するものではない。
イ 原判決は、Aの模合への加入及び落札が被控訴人の事業と関連することを疑わせる外観が全くないとしている。
しかし、Aによる模合の落札時期(平成18年2月25日)がAの破綻時期(平成18年3月末)と近接していること、模合の掛金(月額30万円)がAのような給与所得者にとっては高額にすぎることを適切に評価していない。
ウ むしろ、控訴人やBは、Aに対し、その個人的な信用ではなく、被控訴人(沖縄県内では有力な貸金業者)の信用に基づいて3100万円及び190万円を交付したのであるし、模合への加入及び落札を認めたのであるから、控訴人は、被控訴人の被用者の職務としての外形を信頼して、これらの金員交付等をしたものであるというべきである。
4 当審における被控訴人の主張
(1) 当審における控訴人の主張に対する被控訴人の反論
控訴人は、Aではなく、被控訴人への信頼を基礎として、上記金員の授受ないし落札がされたと主張するが、控訴人は、Aの破綻後、同人に対する債権を他人に譲渡したり(乙4)、A及びその家族に対して責任を追及し、現に相当額の金員の弁済を受けている(乙3、5ないし7)。これらの事実は、控訴人が、A個人の信用を基礎に上記金員を授受していたことを示すものである。
(2) 当審における被控訴人の主張(弁済の追加主張)
Aは、控訴人に対し、平成18年8月10日から平成19年8月8日にかけて、合計27万6000円を弁済し(乙6)、Bに対し、平成18年8月10日から平成19年12月6日にかけて、合計22万5000円を弁済した(乙7)。
第4当裁判所の判断
1 判断の骨子
当裁判所は、Aが、控訴人から3100万円の交付を受けたことには、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形があり、控訴人もこの外形に対する信頼を基礎として上記金員を交付していたと認められるから、被控訴人に対し、使用者責任を追及することができるが、Aが、控訴人が発起人である模合に加入し、落札したこと(300万円)には、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形がなく、BがAに190万円を交付したことには、そもそも控訴人がその代位弁済をしたと認めるに足りる証拠がないから、これらの点について、被控訴人に対して使用者責任を追及することができないと判断する。
2 判断
(1) 当事者について
被控訴人が貸金業等を目的とする株式会社であり(請求原因(1))、Aが、その従業員であったこと(同(2))は、当事者間に争いがない。
(2) 金員の授受等について
証拠(甲1ないし9、証人A、控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が、Aに対し、平成16年3月31日から平成18年3月10日にかけて3100万円を交付したこと(請求原因(3)の一部)、Bが、Aに対し、平成18年5月9日までに190万円を交付したこと(同(4)の一部)、Aが、控訴人が発起人である模合(掛金1口30万円、毎月25日開催、12回)に加入し、2回の掛金(60万円)を払った段階で、平成18年2月25日に360万円を落札したが、その後、同年12月25日までに支払うべき10回分の掛金合計300万円を支払わず、発起人である控訴人がこれを立て替えて支払ったこと(同(5)の一部)が認められる。
しかし、控訴人が、Bに対し、平成18年5月9日までに、上記190万円を代位弁済した事実については、領収証その他の的確な裏付け証拠がない。控訴人は、Bから領収証を受領せずに上記190万円を代位弁済したと供述するが、かえって、証拠(乙7)及び弁論の全趣旨によれば、Aが、Bに対し、その後である同年8月10日から平成19年12月6日まで、15回にわたり合計22万5000円を支払っていることが認められるから、上記供述は採用できず、その他これを認めるに足りる証拠はない。
(3) Aの意思及び上記金員の費消について
証拠(甲11、証人A)及び弁論の全趣旨によれば、Aは、真実は被控訴人からの横領金の穴埋め資金に充てる意図を有していたのに、これを秘して資金運用名目で控訴人及びBから上記金員合計3290万円の交付を受け、控訴人が発起人である模合に加入して落札し(掛金との差額300万円)、実際に上記横領金への穴埋めに充てて費消したことが認められる。
(4) 上記金員を授受した経緯等について
ア 控訴人は、上記金員の交付や、模合への加入及び落札は、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形を有していたものであり、現にその外形に対する信頼を基礎としていたものであると主張する。
これに対し、被控訴人は、控訴人及びBが、上記金員の交付や、模合への加入及び落札につき、Aの個人的な取引と知っていた(Aの職務の範囲内に属する行為ではないと知っていた)のであって、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形に対する信頼を基礎としたものではないと主張する(控訴人はこれを積極的に争う。)。
イ 控訴人は、その主張に沿って、陳述書(甲12)において、Aから今使う予定のない金を被控訴人に回してほしい(資金を運用させてほしい)と申し向けられて金員を交付した旨、当事者尋問において、被控訴人と関係ないのであればA個人に金員を交付することはない旨、それぞれ供述している。また、金員の受領に係る預り証8通のうち7通(甲1ないし7)には、「(株)手形情報センター沖縄」(被控訴人の当時の商号)、「代表取締役 C」という記載もされている。
前記認定のとおり、被控訴人は貸金業を営んでいるから、貸付金の原資を調達すること自体は客観的、外形的にみて被控訴人の被用者の職務に含まれるものである。また、前記のとおり、現に被控訴人の商号の記載がされている預り証が授受されていたこと、その金額が3000万円を超える高額なものであったことにかんがみれば、控訴人とAとの間における金員の授受は、単なる個人的な取引とは考え難く、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形を備えていたというべきである。
ウ 確かに、上記預り証のうち1枚(甲8)には、被控訴人の商号の記載すらなく、その余の7枚(甲1ないし7)についても、被控訴人の商号の記載があるにせよ、いずれも被控訴人の電話番号の記載や社判の押印がなく、かえって、Aが自らの住所を記載して(甲1、4、5、6)、署名押印しており(甲1ないし7。ただし、甲7にだけ押印がない。)、中にはAの母親の氏名と連絡先が記載されたもの(甲4)も存在することにかんがみれば、上記預り証は杜撰なものであったと指摘せざるを得ない。
しかし、Aは、預り証の書式等をパソコンで自由に作成できたと供述しているから、控訴人から上記金員の交付を受けるに当たり、被控訴人の商号の記載されていた書式を用い続けてきたのは、あえて被控訴人の信用を利用しようとする意図を有していたものと推認せざるを得ない。したがって、上記預り証の記載は、上記認定を左右するものとはいえない。
エ 被控訴人は、控訴人が、Aに対し、個人的に資金運用を依頼したと主張し、Aもこれに沿う供述をするが、個人的な信用を基礎に3000万円を超える金員を預託することは不自然であるから、上記供述は採用することができず、その他、上記主張を裏付ける証拠はない。
オ 被控訴人は、Aの破綻後、控訴人が、まずAの責任を追及し、しばらく経ってから被控訴人の責任追及に向かったこと、Aに対する債権を他人に譲渡したり(乙4)、A及びその家族から相当額の弁済を受けていること(乙3、5、6)から、控訴人が、上記金員の交付に当たり、被控訴人ではなくA個人の信用を基礎としていた(控訴人とAとの個人的取引である)と主張する。
しかし、上記金員は、直接には控訴人とAとの間で授受されていたものであるから、控訴人が、その返還を求める交渉相手としてまずAを選択するのは不自然ではない。また、Aが、控訴人から交付された金員を被控訴人に対する横領金の穴埋めに使用したのであれば、使用者責任の成否にかかわらず、Aは不法行為者として不法行為責任を負うのであるから、控訴人が、Aの責任を追及すること自体は不自然ではなく、控訴人が、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形を信頼して、上記金員を交付したとの事実と矛盾するものではない。
カ そうすると、控訴人による上記金員の交付は、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形を信頼して行ったものであって、真実は被控訴人に対する横領金の穴埋め目的であったと知っていたと認めるに足りないというべきである。
キ その反面、証拠(甲9)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人が主催した模合は、個人を構成員とする相互金融を目的としたものであったこと、模合帳にも被控訴人の商号の記載がされていなかったことが認められるから、控訴人が、Aを模合に加入させ、落札させたことが、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形を有していたとはいえないし、被用者の職務(資金調達)としての外形を信頼して行ったものであるとは認められないというべきである。
控訴人は、Aの模合の落札時期(平成18年2月25日)と破綻時期(同年3月末)が近接していること、模合の掛金(月額30万円)がAのような給与所得者にとっては高額にすぎることを指摘するが、たとえそうであったとしても、個人を対象とする金融互助組織に個人で加入し、落札することが、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形を有することとなるものではない。
(5) 選任監督についての相当の注意について
被控訴人は、Aと控訴人との取引の過程で、Aが所定の手続を経ておらず、被控訴人において行動を監督することが不可能であったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
(6) 損害について
上記のとおり、控訴人は、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形を信頼した上で、合計3100万円を交付したことが認められる。そして、証拠(乙1)によれば、控訴人は、上記金員の利息の名目で1319万円を受領していたことが認められる。
上記のとおり、控訴人は、事業者であり、相当額の資金を保有していたこと、控訴人の交付した金員の額と上記利息名目で受領した額とが極端に釣り合わないとまではいえないことにかんがみれば、Aから支払われた上記利息を控訴人の損害額から控除することは、民法708条の趣旨に反するものではないというべきである。したがって、控訴人が、上記金員の交付によって被った損害は、3100万円から1319万円を控除した1781万円というべきである。
また、証拠(乙3、6)及び弁論の全趣旨によれば、Aは、控訴人に対し、上記損害につき、67万6000円を弁済したと認められる。
したがって、損害賠償額の残額は、1713万4000円と認められる。
3 まとめ
以上のとおり、Aが、控訴人から3100万円を受領し、運用していたことには、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形があり、控訴人もこの外形に対する信頼を基礎として上記金員を交付していたと認められるから(控訴人がAの個人的な取引であったと知っていたと認めるに足りないから)、被控訴人に対し、使用者責任を追及することができる。
しかし、Aが、控訴人が発起人である模合に加入し、落札したこと(300万円)には、被控訴人の被用者の職務(資金調達)としての外形がなく、BがAに190万円を交付したことには、そもそも控訴人がその代位弁済をしたと認めるに足りる証拠がないから、これらの点について、被控訴人に対して使用者責任を追及することができない。
そして、控訴人は、Aから利息名目での支払(1319万円)及び損害の弁済(67万6000円)を受けているから、これらを控除した残額である1713万4000円の限度で、被控訴人に対し、損害賠償を請求することができる。
第5結論
以上のとおり、控訴人の被控訴人に対する請求は、1713万4000円及びこれに対する弁済期の後の日である平成20年7月15日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がない。
したがって、これと異なる原判決を上記のとおり変更することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河邉義典 裁判官 森鍵一 山﨑威)