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福岡高等裁判所那覇支部 平成21年(ラ)44号 決定 2009年9月07日

抗告人(相手方)

株式会社琉球銀行

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

杭田恭二

相手方(申立人)

株式会社パシフィックトレーディング

同代表者代表取締役

同代理人弁護士

与世田兼稔

新見研吾

主文

1  本件抗告を棄却する。

2  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

1  審理の経過等

(1)  担保権の設定

相手方(再生債務者)は、主として雑貨卸を営んでいたが、平成20年2月13日、経営再建のため、業務提携先の株式会社Paltac(以下「パルタック」という。)に対し、同事業を3億円(消費税別)で営業譲渡するとともに、在庫商品を約1億8000万円(消費税別)で譲渡した(甲4、5)。

相手方は、同月27日、パルタックに対し、相手方が上記在庫商品を保管していた自社倉庫の一部(約2400平方メートル)を、期間を同年3月1日から平成22年2月28日まで(双方から異議がない限り1年ごとの自動更新)とし、賃料を月額464万円(消費税込・487万2000円)として、賃貸した(甲6。以下「本件賃貸借契約」という。)。

抗告人は、相手方に対する再生債権者であるが、平成20年3月13日付けで、相手方との間において、本件賃貸借契約に係る賃料債権等につき、譲渡担保(以下「本件譲渡担保」といい、これに係る債権を「本件譲渡債権」という。)の設定を受けた(同月26日付け内容証明郵便で、その旨の債権譲渡通知済み。)。本件譲渡債権は、そのころから、抗告人に開設された相手方名義の別段預金口座(融資一時預り金口)に振り込まれている(乙3の1ないし5)。

抗告人は、相手方に対する再生債権者である複数の金融機関及び相手方と覚書を締結し、上記預金口座に振り込まれた金員その他の金員を、抗告人を含む各金融機関に対する按分弁済の原資に充てている(乙1)。

(2)  基本事件

相手方は、平成21年6月9日、基本事件を申し立て、同月30日、再生手続開始決定がされた。

(3)  原決定

相手方は、平成21年6月22日、本件譲渡債権が相手方の年間売上高の約3割を占めており、これを事業資金に充てることにより事業の再生が容易になり、高い配当率を期待できること(再生債権者の一般の利益に適合すること)、本件賃貸借契約は長期間にわたって継続される見込みであり、一時的に本件譲渡担保の実行手続が中止されたとしても本件譲渡担保の実行による債権回収が不可能となるわけではないこと(抗告人に不当な損害を及ぼすおそれがないこと)などを主張して、本件譲渡担保の実行手続の中止命令を申し立てた。

原審は、平成21年7月17日、抗告人が、同年10月20日までの間、本件譲渡債権を取り立てること、その支払金を相手方に対する債権の弁済に充てること、抗告人が本件譲渡債権の債務者に対して本件譲渡債権について譲渡の通知をし、又は譲渡の承諾を求めることを中止する旨の決定をした(以下「本件中止命令」という。)。

(4)  本件抗告及び抗告理由の要旨

抗告人は、原決定に対して本件抗告をした。

抗告人の抗告理由は、別紙即時抗告申立書(写し)及び意見書(1)(写し)各記載のとおりあるが、その要旨は以下のとおりである。

ア  民事再生法31条1項の類推適用の可否について

民事再生法31条1項は、再生債務者に対し、別除権者との間において、事業の継続に不可欠な営業用資産につき別除権協定を締結するための交渉期間を確保させる趣旨の規定であるが、本件譲渡担保の実行によって相手方の営業用資産が流出することになるわけではなく、類推適用の前提を欠いている。

相手方は、本件譲渡債権を事業資金に充てることにより事業の再生が容易になり、高い配当率を期待できると主張するが、そのような主張は担保権実行手続中止命令の制度趣旨を逸脱する。また、相手方は、本件譲渡担保が有効であることを前提とした別除権協定の提案をしているから本件申立ては上記制度趣旨に沿ったものであるとも主張するが、そもそも相手方の提案は抗告人にとって受け入れられる内容のものではない。

イ  再生債権者の一般の利益への適合性について

相手方は、本件譲渡債権を事業資金に充てることにより事業の再生が容易になり、高い配当率を期待できると主張するが、既に本件中止命令に係る本件譲渡債権の3か月分である約1461万円にほぼ相当する資金を手元に保有しているから、相手方の主張は前提を欠く。

また、本件中止命令に対しては、他の複数の再生債権者が反対しており、これらの再生債権者の再生債権の額は、再生債権総額の約76パーセントを占めるから、再生債権者の一般の利益に適合しない。

ウ  抗告人に不当な損害を及ぼすおそれについて

本件中止命令により、抗告人は、本件譲渡債権の3か月分である約1461万円の回収が不可能となる。

(5)  相手方の主張の要旨

相手方の主張は、別紙答弁書(写し)記載のとおりであるが、その要旨は以下のとおりである。

ア  民事再生法31条1項の類推適用の可否について

抗告人は、本件中止命令の申立ては、別除権協定を締結するための交渉期間を確保させるとの民事再生法31条1項の制度趣旨を逸脱すると主張するが、相手方は、抗告人に対し、本件譲渡担保が有効であることを前提とした別除権協定の提案をしているから(甲19)、本件申立ては上記制度趣旨に沿ったものである。

イ  再生債権者の一般の利益への適合性について

本件譲渡債権を除外すると、平成22年4月まで、相手方の手元資金が250万円ないし420万円程度しか残らないと予想されるから、相手方の事業は成り立つ見込みがない(甲18の1)。本件中止命令が認められないことにより、相手方の事業が行き詰まれば、基本事件は破産手続に移行せざるを得なくなるが、それこそ再生債権者の一般の利益に反する事態である。

抗告人は、本件中止命令に対しては、主要な再生債権者が反対しているから再生債権者の一般の利益に反すると主張する。しかし、民事再生法31条1項に基づいて担保権の実行手続の中止命令を発するか否かは、再生債務者の再生の可否という観点から客観的に検討すべきものであり、特定の債権者の主観によって左右されるべきものではない。

ウ  抗告人に不当な損害を及ぼすおそれについて

そもそも、本件譲渡担保は有効性に疑義があり、抗告人の被る損害は保護に値しない。

2  当裁判所の判断

(1)  民事再生法31条1項の類推適用の可否について

担保権実行手続中止命令を規定する民事再生法31条1項は、再生債務者の事業に不可欠な財産が不用意に競売に付され、事業再生が困難となる結果、再生債権者の一般の利益に反する事態が起こり得ることを想定し、このような事態に陥ることを回避するため、競売申立人に不当な損害を及ぼさない限度で、担保権の実行手続を一時的に中止し、再生債務者と競売申立人とが被担保債権の弁済方法等について協議し、利害の調整を図る機会を付与することを目的としたものである。そして、同様の事態が想定される限り、競売の場合に限られず、本件のような債権を対象とする譲渡担保についても、同項の趣旨が妥当し、担保権実行手続中止命令の対象とすることができるというべきである。

抗告人は、本件譲渡担保の実行によって相手方の営業用資産が流出することになるわけではないし、本件譲渡債権を事業資金に充てることにより事業の再生が容易になるというだけでは、民事再生法31条1項を類推適用する前提に欠けると主張するが、同項の趣旨を不当に狭く解釈するものであり、採用することができない。

また、抗告人は、相手方による別除権協定の提案が受け入れられる内容ではないと主張するが、現実にされた提案の内容いかんによって民事再生法31条1項の類推適用の可否が定まるものではなく、その主張は採用することができない。

(2)  再生債権者の一般の利益への適合性について

証拠(甲18の1及び2)によれば、相手方は、平成21年5月から平成22年4月まで、本件譲渡債権を含め、収入月額が約1200万円から約2000万円程度で推移すること、本件譲渡債権はそのうち約24パーセントないし約39パーセントに及び、これを除外すると手元資金が約250万円ないし約420万円程度しか残らないと予想されること、本件中止命令により、仮に本件譲渡債権のうち平成21年10月20日までのものを相手方が収受することができることとなるとすると、平成21年9月末の時点で手元資金が約1750万円に及ぶことが認められる。

そうすると、相手方は、本件中止命令がなければ資金繰りに窮するおそれがあるが、本件中止命令があれば資金繰りに相当程度の余裕を持つことができると見込まれる。

したがって、本件中止命令は、相手方が資金繰りに窮して破産に移行せざるを得なくなるのを回避させ、民事再生の手続内で清算価値以上の配当を可能とさせる見込みがあるものとして、再生債権者の一般の利益に適合するというべきである。

抗告人は、相手方が既に本件中止命令に係る本件譲渡債権の3か月分である約1461万円に相当する資金を手元に保有しているから、相手方の主張は前提を欠くと主張する。

しかし、証拠(甲21)によれば、相手方は、平成21年3月27日に引き出した2000万円から、消費税554万2700円、予納金500万円、不動産鑑定料105万円などの経費を引き出し、現在は約570万円が残るのみであるから、抗告人の主張には前提に誤りがある。

また、抗告人は、本件中止命令に対しては、他の複数の再生債権者が反対しており、これらの再生債権者の再生債権の額は、再生債権総額の約76パーセントを占めると主張する。

確かに、民事再生の手続において、再生債権者の意向は尊重すべきであるが、そもそも、担保権実行中止命令は、特定の担保権者に一定程度の不利益を甘受させた上で、それでもなお再生債権者の一般の利益に適合する場合に、当該担保権の実行手続を一定期間中止させるものであるから、特定の再生債権者の意向によってその結論が当然に左右されるものではないというべきである。

抗告人の主張は、採用することができない。

(3)  抗告人に不当な損害を及ぼすおそれについて

抗告人は、本件中止命令により、本件譲渡債権の3か月分である約1461万円の回収が不可能となると主張する。

確かに、抗告人は、本件中止命令により、当該期間に係る本件譲渡債権の回収ができないこととなるが、本件賃貸借契約は、平成22年2月までを期限とするものであり、自動更新条項が付されていることにかんがみれば、本件賃貸借契約は、相当程度の期間、継続するものと推測される。そうすると、本件譲渡担保及びその前提となる本件賃貸借契約の特質にかんがみ、本件中止命令に係る3か月間が経過した後、将来にわたって継続的に賃料を収受することができると見込まれるから、抗告人が本件中止命令によって被る損害は、不当なものと認めるに足りないというべきである。

抗告人の主張は、採用することができない。

3  結論

以上のとおり、原決定は相当であるから、本件抗告は理由がない。よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 河邉義典 裁判官 森鍵一 山﨑威)

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