福岡高等裁判所那覇支部 平成22年(ネ)16号 判決 2010年11月25日
控訴人
甲野太郎
同訴訟代理人弁護士
加藤裕
被控訴人
那覇市沿岸漁業協同組合
同代表者代表理事
山川義昭
同訴訟代理人弁護士
新見研吾
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 控訴人が被控訴人の組合員たる地位にあることを確認する。
3 被控訴人は控訴人に対し,88万円及びこれに対する平成20年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 審理の経過等
1 本件請求の概要
控訴人は,被控訴人に対し,被控訴人の組合員たる地位を取得しているとしてその地位の確認を求めるとともに,被控訴人が控訴人の地位を否定し,被控訴人の組合員として控訴人に得させるべき便益を得させなかったことにより損害を被ったとして,不法行為に基づく88万円の損害賠償金及びこれに対する不法行為の後の日である平成20年8月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
これに対し,被控訴人は,控訴人は引受出資額の全額の払込みをしていないから被控訴人の組合員たる地位を取得しておらず,したがって控訴人の主張に係る不法行為も成立しないと主張して,控訴人の請求を争う。
2 原判決
次のとおり判示して控訴人の請求をいずれも棄却した。
被控訴人と控訴人との間において,出資481口を引き受ける旨の合意が成立したところ,控訴人はその全部を払い込んでいないから,被控訴人の組合員たる地位を取得しておらず,したがって被控訴人の控訴人に対する不法行為も成立しない。
第3 事案の概要
1 前提事実(証拠を挙示しない事実は当事者間に争いがない)
(1)当事者等
ア 控訴人は那覇市に住所を有する漁民である(控訴人本人,弁論の全趣旨)。
イ 被控訴人は水産業協同組合法(以下「水協法」という)に基づいて設立された漁業協同組合である。
ウ 控訴人の息子であり,いつも控訴人と一緒に漁に出ている甲野一郎(以下「一郎」という)は,「海王丸」の所有者であり,481口の引受出資額全額を履行した被控訴人の組合員かつ被控訴人内のマリン事業部会の部会員である(乙1,11,24,控訴人本人)。
(2)水協法等の定め
ア 水協法には以下の定めがある。
18条1項 組合の組合員たる資格を有する者は,次に掲げる者とする。
1号 当該組合の地区内に住所を有し,かつ,漁業を営み又はこれに従事する日数が一年を通じて九十日から百二十日までの間で定款で定める日数を超える漁民
(2号以下略)
19条1項 組合は,定款の定めるところにより,組合員に出資をさせることができる。
2項 前項の規定により組合員に出資をさせる組合(以下本章において「出資組合」という。)の組合員は,出資一口以上を有しなければならない。
(3項以下略)
25条 組合員たる資格を有する者が組合に加入しようとするときは,組合は,正当な理由がないのに,その加入を拒み,又はその加入につき現在の組合員が加入の際に附されたよりも困難な条件を附してはならない。
イ 組合定款には以下の定めがある(乙3)。
4条 この組合の地区は,沖縄県那覇市地区浦添市地区及び宜野湾市地区の区域とする。
8条1項 次の掲げる者は,この組合の正組合員となることができる。
1号 この組合の地区内に住所を有し,かつ,1年を通じて90日を超えて漁業を営み又はこれに従事する漁民
(2号以下略)
2項 次の掲げる者は,この組合の准組合員となることができる。
1号 この組合の地区内に住所を有する漁民で,前項第1号に掲げる者以外のもの
(2号以下略)
9条1項 この組合の組合員になろうとする者は,氏名又は名称,住所又は事業場の所在地及び引き受けようとする出資口数を記載した加入申込書を組合に提出しなければならない。(ただし書以下略)
2項 この組合は,前項の加入申込書を受け,これを承諾しようとするとき,その旨を申込者に通知し出資の払込みをさせた後,組合員名簿に記載するものとする。
3項 申込者は,前項の規定による出資の払込みをすることによって組合員となる。
(4項以下略)
18条 組合員は,出資1口以上持たなければならない。ただし総出資口数の4分の1を超えることができない。
19条1項 出資1口の金額は,金1500円とし,全額一時払込みとする。
2項 組合員は,前項の規定による出資の払込みについて,相殺をもってこの組合に対抗することができない。
(3)加入手続
ア 控訴人は,平成18年2月9日,被控訴人への加入申込みを行い,その際481口分(72万1500円)の出資引受を行う旨記載された加入申込書(以下「本件加入申込書」という)に,これだけの出資を引き受ける意思で控訴人自ら署名押印をして提出した(乙4,控訴人本人)。
また,控訴人は,本件加入申込書と共に,同日付で引受出資金の払込みをする旨約した加入念書(以下「本件加入念書」という)及び確約書(以下「本件確約書」という)に控訴人自ら署名押印の上提出した(乙5,6。上記の各書面の作成による控訴人と被控訴人との間の合意を「本件合意」という)。
イ 控訴人はその後81口分(12万1500円)の出資を履行した。
2 争点及び当事者の主張
(1)争点
控訴人は引受出資金の一部を払い込んだことによって被控訴人の組合員たる地位を取得したか
(控訴人の主張)
ア 水協法19条2項は組合員の要件としては出資1口以上のみを求めるにとどまる。
したがって,被控訴人への加入申込者が1口以上の出資を履行したときには,その時点で引受口数いかんにかかわらず組合員資格を取得するというべきであり,未履行部分については単に加入申込者の組合に対する未履行債務が残存するに過ぎない。
イ 本件合意の内容いかんによって組合員資格取得が左右されると考えられる場合について
控訴人が任意に481口の履行を一旦引き受けたことについては,あくまでも被控訴人からの極めて強い「要望」によってやむを得ず引き受けざるを得なかったもので,その引受口数は事実上他の組合員の加入時の条件よりも困難な条件を付されたものであるから,このような合意は水協法25条の趣旨に反するものであってその一部不履行をもって組合員資格を否認することは同条に反して違法である。
また,上記引受けは当事者の合理的意思に全く反するものであり,このような口数に関する部分は例文にすぎないものとして控訴人を拘束せず,法的な合意としては1口の出資の合意がなされたとみるべきである。
(被控訴人の主張)
ア 水協法19条2項は出資のない組合員を許さないという趣旨であり,引受口数の如何にかかわらず1口以上の出資が履行された段階で組合員として扱わなければならないものではない。そして,定款9条1項ないし3項によれば,申込者が引き受けようとする出資の全額の払込みを完了してはじめて組合員資格を取得させる扱いとしている。控訴人の解釈はこのような取り扱いに反するほか,今後加入申込者が進んで引受出資口数全額を払い込まなくなり,被控訴人の経営破綻を招きかねない等の不都合がある。
イ 本件加入申込書には,控訴人が加入時に481口を引き受け,初回に81口分を払い込み,残額を当該年度内に月額均等割で支払うことが明記され,本件確約書には完納できない場合に被控訴人のいかなる処置に対しても異議がない旨の記載がある。
なお,控訴人は,加入申込の際に本件確約書を提出しており,引受出資額の完納ができない場合,被控訴人のいかなる処置にも異議がない旨認めているから,被控訴人が控訴人を組合員として扱わないことについて水協法25条所定の「正当な理由」がある。被控訴人は,平成5年7月14日付け臨時総会における決議以後は,加入申込者には481口の引受けを要望し,合意の上で引受出資口数全額の履行をしてもらっているし,上記決議以前も引受出資口数全額の履行の後に組合員として扱っており,481口の引受自体が不当に高額であるという裏付けはなされていないから,加入につき現在の組合員が加入の際に附されたよりも困難な条件を附しているとはいえない。
(2)争点2
不法行為の成否,その損害の有無及び金額
(控訴人の主張)
被控訴人は,故意又は過失により,控訴人の組合員資格を争い,被控訴人加入により得られる諸々の便益を享受させずに控訴人に損害を与えた。すなわち,被控訴人内のマリン事業部会に加入することによって請け負うことができる作業船業務等ができないことによる収入源の喪失,漁業補償金の配分が得られないことなどから控訴人には具体的な損害が発生しており,その損害額は80万円をくだらない。
そして,控訴人が自らの損害の回復のために弁護士に依頼して提訴したことによる弁護士費用のうち少なくとも8万円は被控訴人の前記不法行為と相当因果関係がある。
(被控訴人の主張)
被控訴人は,控訴人の組合員資格が問題となった平成19年12月以降,沖縄県農林水産部水産課を訪問し,その指導を仰いだ上で,指導に従って控訴人の組合員資格を否定するに至った。したがって,被控訴人の行為は違法性あるいは故意・過失の要件を欠くことは明らかであって,不法行為が成立する余地はない。
また,控訴人の主張によれば,控訴人は被控訴人内のマリン事業部会員の資格を有しないにもかかわらず,マリン事業部会の仕事により入金を受けているようであるし,仮に控訴人と一郎がマリン事業部会員であったとしても,他の部会員と比べて多くの作業船業務に従事できるわけでもないから,現在以上の収入を得ることはなく,損害は発生していない。
3 当審における控訴人の主張
(1)本件合意の認定について
原判決は,控訴人が被控訴人の出資481口を引き受ける旨の合意をしたことを認定したが,その判断は,控訴人と被控訴人との関係が,自由で対等な能力を持つ者同士の関係ではなく,社会的弱者と強者との関係と類似の関係であることを看過した不十分なものである。
すなわち,水協法上は1口からでも加入資格が認められるのに,被控訴人の加入申込書には既に481口の出資口数とその支払方法が印刷されており,加入申込者は他の出資口数を選択し得ない状況にある。また,加入申込者は水協法の知識がなければ481口より少ない口数の引受けを申し出ることはできず,被控訴人からも481口より少ない口数の引受けが可能である旨の説明はない。そして,481口(72万1500円)という出資額は漁業者にとっては極めて負担の大きい金額である。
これらによれば,控訴人の真意は現実に出資した口数で加入を申し込んだものであり,他方,被控訴人は何口の出資といえども加入を承諾しなければならなかったものである。そうすると,本件合意は控訴人が現実に出資した金額による加入申込みとその承諾として解釈すべきである。
(2)引受出資額の一部の払込みによる組合員資格の取得の可否について
原判決は,加入申込者が被控訴人の組合員たる地位を取得するためには引受出資額の全額の払込みが必要であるとした。その判断は不当である。
まず,原判決は水産庁漁政部長の行政解釈等を判断の根拠としているが,行政解釈が最終的で公権的な解釈となるものではないから,司法が法の趣旨に基づき最終的で公権的な解釈をすべきである。
また,原判決は組合活動の財産的基盤の確保と他の組合員との公平を判断の根拠としているが,これらも理由がない。
すなわち,そもそも,水協法19条2項及び25条によれば,水産業協同組合(以下「組合」という)の組合員としての要件を充足する者が1口以上の出資を引き受けて加入申込みをした場合,組合はその加入を原則として拒めない。また,出資1口の引受けを申し込んでこれを払い込んだ者より,出資481口の引受けを申し込んでそのうち81口について払い込んだ者の方が組合の財産的基盤の確保に資することは明らかである。
そして,加入申込者が何口を出資しようと自由である以上,他の組合員との公平も問題とならない。
このように,水協法上は引受出資額の全額を払い込まなければ組合員資格を取得することができないとの解釈は採り得ないところ,本件において,被控訴人が組合員の資格取得時期を引受出資額の全額の払込時とすることも,組合自治によって許されるものではなく,水協法の強行法規に反していて無効であると解すべきである。
すなわち,出資1口の引受けでも加入が認められるのに,複数口の出資引受申込みをしてその一部を払い込んだ場合に加入を認められないのは不均衡であること,加入申込者が引受出資額の全額を払い込めない場合,既に払い込んだ口数で改めて加入申込みをすれば,被控訴人は加入を認めなければならないはずであること,加入申込者にとって一定の複数の口数の出資をしなければならない経済的利益は必ずしもないこと,出資1口の金額を異常に高くすることは実質的な加入制限となるから許されないと解されており,この理は引受出資額の全額の払込みができない場合にも当然妥当することからすると,被控訴人の組合員資格は,引受出資額の全額の払込みが完了しなくても,1口分以上に相当する金額の払込みがされた段階で発生すると解すべきである。
(3)別訴の判断について
原判決は,那覇地方裁判所平成10年(ワ)第603号,同第819号平成13年3月13日判決(甲5)と本件とは事案を異にするとして,同判決と異なる判断をした。しかし,一定の口数の出資を申し出た者が一部の払込みしか完了していない場合にどの時点で組合員資格が生じるとすべきかという点で上記の判決と本件とは判断事項が同一であり,本件において上記の判決と異なる判断をすることは許されない。
第4 当裁判所の判断
1 判断の骨子
当裁判所も,被控訴人の出資481口の全額を払込んでいない控訴人が被控訴人の組合員たる資格を取得することはできず,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。
2 争点1について
(1)水協法19条2項が同条1項を受けて出資組合においては出資をしない組合員を認めないこととして同項を実効的なものにすべく規定されたものであることはその体裁及び内容によって明らかであって,控訴人が主張するように,出資組合において1口以上の出資をすることが組合員資格取得の十分条件であるとする趣旨ではない。
(2)そして,組合定款9条3項は,同条1項及び2項を受けて,引き受けようとする出資口数を明らかにした組合加入の申込みを受けた場合にこれを承諾しようとするときは,当該出資の払込みがあることを停止条件とする承諾をするものとしており,したがって同条1項所定の出資口数に沿った出資の払込みをすることによってその条件が成就され,申込者が組合員資格を取得することになると解される。
すなわち,加入の申込みがあった場合には,組合は,水協法25条の制限を逸脱しない範囲で,これに対して承諾するかどうかあるいは承諾するとして一定の出資口数を引き受けることなど何らかの条件を付するかについての裁量を有するというべきである。
(3)被控訴人における出資等に関する意思決定の経緯
ア 被控訴人では,平成5年当時,財務的基盤強化のため約7000万円の増資計画案が策定され,同年7月14日付け臨時総会で審議された。この増資に伴い,組合員の出資口数を増額する必要が生じたため,増額分を当時の正組合員と准組合員で按分し,正組合員は1人あたり130万円余り,准組合員は1人あたり109万円余りまで平均出資口数を増加させることが目標とされた。
ただ,増資計画後の新規組合員に増額後の出資の要望はせず,とりあえず増資計画採択前の准組合員一人あたりの平均出資額相当の出資を要望することとした。このような説明が総会でなされた後,増資計画案が可決された。(以上につき,乙16の①及び②,24,弁論の全趣旨)
イ 増資計画採択前(平成5年4月1日当時)の組合員の出資口数等については,正組合員128名,出資口数7万4487口,出資金額1億1173万0500円であり,平均出資額は87万2895円であった。他方,准組合員は42名,出資口数2万0180口,出資金額3027万円であり,平均出資額は72万0714円であった。准組合員の平均出資額を1口1500円で除すると480.476になることから,これを切り上げて増資目標を1人あたり481口(72万1500円)と設定した。(以上につき,乙17,24,弁論の全趣旨)
ウ 平成5年8月9日付け理事会において,准組合員の平均出資額が72万1500円となっていることとの対比から,今後の新規加入の際の出資口数を72万1500円とする案が可決された(乙18)。
以上の経緯から,上記ウは前項(2)において述べた新規加入申込みを承諾する場合の条件を決定したものであると評価することができ,また,その内容が水協法25条に反するものでないことは以上の経緯及び内容に照らして明らかである。
(4)本件合意に関して,控訴人はほかにもるる主張するところ,以上の説示に照らしていずれも採用の限りでない。
3 そうすると,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求は理由がない。
4 当審における控訴人の主張に対する判断
前述のとおり,水協法19条2項は組合員が出資1口以上を有していなければならないことを定めたものにすぎず,これと同法25条を併せても,組合が1口以上の任意の口数による加入申込みを拒めないと解することはできない。したがって,控訴人の主張はその前提において失当である。
また,本件合意は控訴人が出資481口の引受けを合意したものと解釈するほかない。控訴人の主張に係る控訴人の真意ないし合理的意思は,加入申込書(乙4)から全く読み取ることができず,これをうかがわせる他の事情もない。そして,本件合意を上記のとおり解しても,平成5年7月14日以降に被控訴人に加入を申し込んだすべての組合員が出資481口の全額を払い込んでいることからすれば(乙24),そのような解釈が控訴人にとって特に過酷となるとはいえない。
さらに,被控訴人の定款の文言解釈並びに組合の財産的基盤の確保及び組合員間の公平の観点からすれば,被控訴人に組合員として加入を申し込む者は原則として引受出資額の全額を払い込むことによって組合員としての資格を取得すると解するのが相当である。控訴人の主張は,上記のとおり前提において失当であるのみならず,本件において被控訴人が加入申込者に出資481口の引受けを求めることは上記のとおり特に過酷であるとはいえないから,採用することができない。
そして,控訴人の引用に係る別件の判決は,原判決が適切に説示するとおり,事案を異にする上,本件の判断を当然に拘束するものでもない。
第5 結論
以上によれば,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋本良成 裁判官 森鍵一 裁判官 山崎威)