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福岡高等裁判所那覇支部 平成5年(行コ)4号 判決 1994年8月25日

控訴人 具志孝正

被控訴人 沖縄国税事務所長

代理人 久場兼政 那須誠也 屋良朝郎 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消し、本件を那覇地方裁判所に差し戻す。

2  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨。

第二事案の概要

一  以下に当審における控訴人の補充的主張を記載するほかは、原判決事実及び理由欄の「第二 事案の概要」(原判決三頁二行目から一六頁末行まで。別紙「物件目録」及び「尋問事項書」を含む。)に記載のとおりである。ただし、原判決三頁二行目の「前記」を「福岡高等裁判所那覇支部平成二年(ネ)第一四〇号」と改め、八頁三行目の「原告の裁判を受ける権利」の前に「憲法三二条で保障された」を加える。

二  当審における控訴人の補充的主張

1  処分性について

(一) 民事訴訟の当事者が証人を申請し、証言を求めることのできる訴訟法上の地位が、憲法上の裁判を受ける権利そのものではないとしても、民事訴訟制度の主要な目的が国民の裁判を受ける権利の実現にある以上、訴訟法上の当事者の右のような地位は、憲法上の保障を具体化した重要な権利ないし利益であるといえる。したがって、本件処分は、このような意味において、控訴人から裁判を受ける権利の実質的な保障を奪うものであるから、法的に保護された控訴人の権利ないし利益に影響を与えるものである。

(二) 民事訴訟制度は、正当な裁判によって私人間の紛争を解決し、社会秩序及び私法秩序を維持するという公的な目的を持つ反面、国民に対して裁判を受ける権利を具体的に保障し、裁判を通じて私人の権利を保護することをも主要な目的としている。民事訴訟法上当事者に認められた訴訟追行上の諸権能は、右の権利の保護という目的達成のために、民事訴訟制度を利用する者に与えられた地位である。したがって、当事者が自己に有利な証人の取調べを求めることのできる訴訟上の地位も、右のような目的から民事訴訟法上保護されている法的な権利ないし利益であり、証人が公法上の証人義務を負うことから派生する反射的利益ではない。

(三) 本件処分の直接的な効果は、被控訴人の職員が証人義務を免除されることにある。右職員は、一国民として負っている証人義務を免除されるのであるから、右職員との関係で、本件処分が処分性を有することは疑いない。

しかし、本件処分の効果は、右の点にとどまらず、控訴人が申請した証人の取調べができなくなるという効果をも有する。ここでの問題の核心は国家機関である被控訴人の内部の情報を開示することが許されるかどうかにあるところ、控訴人は本件処分によって右情報を利用することができなくなるのであり、これが本件処分の本質的効果である。そして、職員の証人義務が免除されることにより、適正な裁判の保障という公的な利益が損なわれるばかりでなく、それを通じて実現される私人の法的利益も侵害される結果になる。したがって、本件処分が控訴人に及ぼす影響は、単なる事実上のものではなく、法律上の効果と考えるべきである。実際上も、本件処分の結果について最も切実な利害関係を持つ者は控訴人であり、控訴人にこそ原告適格が認められるべきである。

2  訴えの利益について

第二次訴訟は、既に控訴人敗訴の判決が確定しているが、再審の可能性は残されている。控訴人は、本訴とは別に、国に対し、被控訴人が違法に職員の証言を不承認としたために控訴人が損害を受けたことを理由として、国家賠償を求める訴訟を提起し、同事件は、現在、東京地方裁判所に係属中である(同庁平成五年(ワ)第二三〇二九号)。控訴人は、右訴訟において、前記職員の証人尋問を求める予定であるが、同事件は訴訟要件が問題となることなく必ず本案の審理がされる事件であり、右職員は控訴人の主張を立証するための唯一の証人であるから、裁判所が同職員を証人として採用し、証人尋問が実施される可能性が高い。その結果、税務署の税務調査の内容が判明し、第一次訴訟において訴外安谷屋が虚偽の陳述をしたことも明らかとなる。その場合、控訴人は、訴外安谷屋の虚偽の陳述に対する過料の制裁の裁判を得て、第二次訴訟の再審を申し立てることが可能になる。

右のとおり現実に第二次訴訟の再審の可能性があり、その場合には本件処分の存在が控訴人の立証の妨げとなるので、控訴人は本件処分の取消しを求める利益を有している。

第三争点に対する判断

一  処分性について

1  行政事件訴訟法三条二項にいう行政庁の処分とは、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められるものをいう。

これを本件処分についてみるのに、民事訴訟法は、訴訟の当事者は、一定の手続に従い、証拠方法の一つとして証人尋問の申出をすることができ(二七五条)、裁判所は、原則として何人でも証人として尋問することができる(二七一条)と規定している。しかしながら、これには例外が定められており、公務員、国務大臣若しくは国会議員又はその地位にあった者(以下「公務員等」という。)が職務上の秘密に関して証言するについては、監督官庁、内閣又は議院(以下「監督官庁等」という。)の承認が必要であり(二七二条ないし二七四条)、この承認がない限り、裁判所は当該証人を尋問することはできない。また、証言が自己又は一定の範囲内の者の処罰を招くおそれのある事項等に関する場合(二八〇条)、公務員等、医師及び弁護士等の一定の職業にある者等が職務上の秘密に関して証言する場合など(二八一条)には、当該証人は証言を拒絶することができる。

そして、公務員等が証言する際の監督官庁等の承認については、承認をしない場合の理由について疏明することを必要とせず、承認をしないことに対する不服申立の方法は何も規定されていない。他方、証言を拒絶する場合には、当該証人は、その理由を疏明することを要し(二八二条)、受訴裁判所が証言拒絶の当否について裁判をし(二八三条一項)、その裁判に対しては、当事者及び当該証人は即時抗告をすることができるとされている(同条二項)のに対し、公務員等が証言拒絶をする場合には、その当否についての裁判を経ることを要せず(同条一項)、公務員等はいわば絶対的に証言を拒絶することができる。

これらの規定に照らすと、民事訴訟法上、公務員等の職務上の秘密に関する事項については、監督官庁等の承認がある場合に限って、当該公務員等の証言義務が認められるのであって、その承認が得られないときには、絶対的、不可変更的に当該公務員の証言義務は発生しないのである。そうであるとすれば、民事訴訟の当事者には、民事訴訟法上、監督官庁等の承認が得られない場合にまで、公務員等の職務上の秘密に関し当該公務員等の証言を求め得ることが権利として認められているわけではないのであるから、監督官庁等の不承認が訴訟当事者の右のような権利を侵害するということもあり得ないわけである。したがって、本件処分は、控訴人の権利義務に直接影響を与えるものではなく、行政事件訴訟法三条二項にいう行政庁の処分ということはできない。

ところで、監督官庁等の右不承認について、何らかの訟争の方法を認める余地があるとすれば、前記の証言拒絶した場合におけるその当否についての裁判及びそれに対する即時抗告のように、当該民事訴訟の手続内においてこれを認めるのが合理的であり、これと異なり、別個の行政訴訟で監督官庁等の不承認の取消を求めることができるとすることは、行政訴訟の目的である監督官庁等の不承認の取消しを得る前に、これとは関係なく、当該民事訴訟が進行し、事件の終結をみる可能性があり、まことに不合理といわなければならない。そうであるとすると、民事訴訟法上、監督官庁等の不承認に対し不服申立の方法が全く定められていないことは、とりもなおさず、当該民事訴訟の手続内はもとより、それ以外においても名目の如何を問わず、これについては訟争する途を認めていないことを示すものと解するのが相当である。

2  控訴人は、本件処分により憲法三二条で保障された控訴人の裁判を受ける権利が侵害された旨主張する。

しかしながら、憲法三二条において定められている裁判を受ける権利とは、何人も自己の権利又は利益が不法に侵害されていると認めるときに、裁判所に対し、その主張の当否を判断し、その侵害の救済に必要な措置をとることを求める権利を有することを意味し、憲法八二条と相まって、純然たる訴訟事件の裁判については、公開の法廷における対審及び判決によるべきことを保障したものであり、裁判所の組織、管轄、審級制、その他具体的な審理方法等の訴訟制度及び訴訟手続は、法律によって定められるものであるから、具体的な訴訟において、当事者が証人を申請し、証言を求めることのできる訴訟法上の地位は、憲法上保障された権利ではないといわなければならない。

したがって、本件処分によって控訴人の憲法上の裁判を受ける権利が侵害されたということはできない。

3  控訴人は、本件処分により、控訴人はその主張を裏付ける唯一の証拠である証人を尋問する機会が奪われたことになるから、本件処分は、控訴人の裁判を受ける権利又はこれと密接に関連する法律上の利益に影響を与える旨主張するところ、仮に被控訴人の職員が控訴人にとって唯一の証拠であったとしても、その監督官庁が承認しないときには、もともと当該職員の証言を求めることができないことに変わりがないのであるから、本件処分が控訴人の法律上の利益を侵害したとはいえないし、第一次訴訟及び第二次訴訟の経過等に照らすと、被控訴人の職員が控訴人にとって唯一の証拠であるとは到底いえないので、いずれにしても控訴人の右主張は採用できない。

また、控訴人は、本件処分により、被控訴人の職員が証人義務を免除されるので、右職員との関係で、本件処分は処分性を有するとしたうえ、本件処分の結果について最も切実な利害関係を有するのは控訴人であるから、控訴人にこそ本件処分の取消しを求める原告適格が認められるべきである旨主張するけれども、前述のとおり、本件処分により、被控訴人の職員については、そもそも証言義務が発生しないということになるのであるから、右職員との関係においても処分性を認めることはできず、仮に右職員との関係で処分性を肯定したとしても、右職員以外である控訴人に原告適格を認めることは困難であるから、控訴人の右主張も採用の限りではない。

以上のとおり、本件処分は取消訴訟の対象となる行政処分ではないので、その余の点について判断するまでもなく、その取消しを求める本件訴えは不適法である。

二  よって、本件訴えを却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎 坂井満 伊名波宏仁)

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