福岡高等裁判所那覇支部 平成8年(ネ)16号 判決 1997年1月28日
主文
一 当番における追加的請求について
1 控訴人やんばる農業協同組合は、被控訴人比嘉柳孝に対し、本判決中同被控訴人と控訴人當山剛に関する部分が確定したときは、一五三六万二二三五円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人比嘉柳孝の控訴人やんばる農業協同組合に対するその余の追加的請求を棄却する。
二 原判決について
原判決を左のとおり変更する。
1 控訴人當山剛は、被控訴人比嘉柳孝に対し、四〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一一月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人やんばる農業協同組合は、被控訴人仲田ウシに対し、二五七五万四九三七円及びこれに対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 控訴人當山剛は、被控訴人仲田ウシに対し、控訴人やんばる農業協同組合と連帯して七五六万二二三五円及びこれに対する平成七年一〇月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人比嘉柳孝と同仲田ウシの間において、同仲田ウシが、控訴人當山剛に対し、別紙交通事故目録記載の交通事故に基づく七五六万二二三五円の損害賠償請求権を、控訴人やんばる農業協同組合に対し、右交通事故に基づく二三五五万四九三七円の損害賠償請求権をそれぞれ有することを確認する。
5 被控訴人比嘉柳孝の控訴人當山剛及び控訴人やんばる農業協同組合に対するその余の請求並びに被控訴人仲田ウシの控訴人ら及び被控訴人比嘉柳孝に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用
訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人仲田ウシに生じた分はこれを二分し、その一を被控訴人比嘉柳孝の、その余を控訴人らの各負担とし、被控訴人比嘉柳孝及び控訴人らに生じた分は控訴人らの負担とする。
四 この判決は、第一項の1、第二項の1ないし3に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの控訴人らに対する請求(被控訴人比嘉柳孝の控訴人やんばる農業協同組合に対する当審における追加的請求を含め)をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二当事者の主張
(以下、被控訴人比嘉柳孝(以下「被控訴人比嘉」という。)が控訴人當山剛(以下「控訴人當山」という。)及び同やんばる農業協同組合(以下「控訴人農協」という。)に対して提起した那覇地方裁判所名護支部平成六年(ワ)第一〇五号交通損害賠償請求事件を「第一事件」と、被控訴人仲田ウシ(以下「被控訴人ウシ」という。)が右事件の参加人として被控訴人比嘉、控訴人當山及び同農協に対して提起した同裁判所平成七年(ワ)第五八号独立当事者参加事件を「第二事件」という。)
(第一事件について)
一 請求原因(被控訴人比嘉)
1 事故の発生
別紙交通事故目録記載の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
2 責任原因(控訴人當山関係)
控訴人當山は、加害車両(以下「本件加害車」という。)を所有し、自已のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務がある。
3 損害
(一) 逸失利益 二七三六万二五八〇円
仲田肇(以下「肇」という。)は、本件事故当時、満六一歳であり、株式会社エイデン及び合資会社名護電気工業を経営し、少なくとも年間四九二万円の収入を得ていた。
したがって、肇は、本件事故により死亡しなければ、一〇年間就労可能であり、その間、少なくとも年四九二万円の収入を得られたはずであるから、妻子及び母親を扶養し、一家の支柱であったことを考慮し、生活費として三割を控除し、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、肇の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、二七三六万二五八〇円となる。
492万×0.7×7.945=2736万2580円
(二) 肇が死亡したことによる慰謝料 二六〇〇万円
(三) 相続
肇には、妻芙美、長女利美子、二女ひとみ、三女純子及び長男敬の相続人がいたが、同人らが、平成五年一二月一六日那覇家庭裁判所名護支部に相続放棄の申述をして相続放棄をしたことにより、肇の母である被控訴人ウシが相続人となり、肇の右(一)、(二)の損害賠償請求権を相続した。
(四) 転付命令
(1) 被控訴人比嘉は、被控訴人ウシに対する那覇地方裁判所名護支部平成六年(ワ)第五七号事件の判決の執行力ある正本に基づいて、同支部に対し、別紙債権目録記載一の債権(以下「本件一債権」という。)の差押え及び転付の申立て(同庁平成六年(ル)第一四六号、同年(ヲ)第六〇号)をしたところ、同支部は、同年一〇月一九日、本件一債権を差し押さえ、支払に代えて券面額で本件一債権を被控訴人比嘉に転付する旨の命令(以下「本件転付命令」という。)を発した。
本件転付命令正本は、同月二一日第三債務者である控訴人當山に、同年一一月一日債務者である被控訴人ウシの特別代理人弁護士崎原盛治にそれぞれ送達された。
(2) したがって、被控訴人比嘉は、控訴人當山に対し、四〇〇〇万円の限度で損害賠償請求権を有する。
(五) 弁護士費用 四〇〇万円
被控訴人比嘉は、控訴人當山が任意の支払をしないので、同被控訴人訴訟代理人に対し、弁護士費用を認容額の一割と約して本訴の提起及び追行を委任したが、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用としては、四〇〇万円が相当である。
4 控訴人農協関係
(一) 自動車共済契約に基づく被害者の直接請求
(1) 控訴人農協は、控訴人當山との間で、本件加害車につき、同控訴人を被共済者とし、本件事故発生日を共済期間内とする共済金額無制限の自動車共済契約を締結している(以下「本件自動車共済契約」という。)。
(2) 本件自動車共済契約の約款二三条において、被共済者が損害賠償請求権者に対して負う法律上の損害賠償責任の額について、被共済者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したとき等の場合には、損害賠償請求権者は、組合が被共済者にてん補責任を負う限度において、組合に対して損害賠償額の支払を請求できる旨規定されているところ、被控訴人比嘉は、本件転付命令により本件一債権を取得したものであるから、右約款二三条に定められている損害賠償請求権者に当たる。
したがって、控訴人農協は、自動車共済約款二三条に基づき、控訴人當山の損害賠償責任の額が本判決により確定したときは、被控訴人比嘉に対し、本件事故により生じた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 本件自動車共済契約に基づき控訴人當山が有する共済金請求権の代位行使(当審における新たな請求であり、(一)と選択的に請求する。)
(1) 本件自動車共済契約の約款一八条において、被共済者は、損害賠償責任の額が確定したときは、共済金の支払を請求できると規定されている。
(2) 被控訴人比嘉は、控訴人當山に対し、本件転付命令により本件一債権を有しているところ、控訴人當山は、本件一債権を弁済する資力がないので、本件自動車共済契約に基づく控訴人當山の控訴人農協に対する共済金請求権を代位行使する。
(三) 自賠法一六条一項に基づく被害者の直接請求(右(一)又は(二)によっては請求額に満たない場合の請求)
(1) 控訴人農協は、控訴人當山との間で、本件加害車につき、同控訴人を被保険者とする自動車損害賠償責任共済契約を締結している(以下「本件自賠責共済契約」という。)。
(2) 被控訴人比嘉は、本件転付命令により本件一債権を取得したものであるから、自賠法一六条一項に基づき、控訴人農協に対し、損害賠償請求権を有する。
5 よって、被控訴人比嘉は、控訴人當山に対し、本件事故による損害賠償として四四〇〇万円(弁護士費用四〇〇万円を含む。)及びこれに対する本件事故の日の後である平成六年一一月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、控訴人農協に対し、控訴人當山に対する本判決の確定を条件に、右損害賠償金及び遅延損害金もしくはこれと同額の共済金の支払をそれぞれ求める。
二 控訴人らの本案前の主張
那覇地方裁判所名護支部は、平成六年五月二五日、有限会社白金商事(以下「白金商事」という。)の申請により別紙債権目録記載二の債権(以下「本件二債権」という。)を差し押さえる旨の差押命令(以下「本件差押命令」という。)を発し、本件差押命令は、間もなく、債務者及び第三債務者に送達された。したがって、民事執行法一五九条三項により、本件転付命令は効力を生じない。
そうすると、被控訴人比嘉は、当事者適格を欠くから、同被控訴人の本件訴えは不適法である。
三 本案前の主張に対する答弁(被控訴人比嘉)
1 白金商事の被控訴人ウシに対する那覇地方裁判所名護支部平成六年(三―ワ)第二号約束手形金、小切手金請求事件の訴状、判決正本及び本件差押命令正本が、被控訴人ウシに送達された当時、同被控訴人は、高齢と病気のため意思能力がなかったから、右事件の判決及び本件差押命令は無効である。
2 仮に、本件差押命令が有効であるとしても、その被差押債権は、被控訴人ウシが控訴人農協に対して有する四九二万三〇七六円の損害賠償債権であるから、本件転付命令に係る債権額四〇〇〇万円と合計しても、本件損害額を下回り、本件差押命令と本件転付命令とが競合することにはならない。
3 仮に、本件転付命令が無効であるとしても、差押命令は有効であるから、被控訴人比嘉は、控訴人らに対し、民事執行法一五五条一項に基づく取立権を有する。
四 請求原因に対する認否(控訴人ら)
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、控訴人當山が本件加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたことは認める。
3(一) 同3(一)のうち、肇が本件事故当時満六一歳であり、少なくとも年間四九二万円の収入を得ていたこと、肇は、本件事故により死亡しなければ、一〇年間就労可能であったこと、同人が一家の支柱であったことは認めるが、その余は争う。
(二) 同3(二)は争う。
(三) 同3(三)は、被控訴人ウシが同3(一)、(二)の肇の損害賠償請求権を相続したことを除き認める。
(四) 同3(四)(1)は認める。
(五) 同3(五)は争う。
4(一) 同4(一)(1)は認める。
同4(一)(2)は争う。被控訴人比嘉のように被害者の加害者に対する損害賠償請求権につき転付命令を受けた者は、自動車共済約款二三条にいう損害賠償請求権者には含まれない。
(二) 同4(二)(1)は認める。
同4(二)(2)は否認ないし争う。被害者の加害者に対する損害賠償請求権の特定承継人は、被害者救済の充実を図る見地から、共済金請求権の代位行使をすることはできない。
(三) 同4(三)(1)は認める。
同4(三)(2)は争う。
三 抗弁(控訴人ら)
自賠責共済から肇の妻子らに固有の慰謝料として六四四万五〇六三円が支払われた。
四 抗弁に対する認否
抗弁は認める。
(第二事件)
一 請求原因(被控訴人ウシ)
1 事故の発生
第一事件の請求原因1のとおり
2 責任原因(控訴人當山関係)
第一事件の請求原因2のとおり
3 損害
(一) 逸失利益
第一事件の請求原因3(一)のとおり
(二) 慰謝料
同3(二)のとおり
(三) 相続
同3(三)のとおり
(四) 弁護士費用 二三五万円
被控訴人ウシは、控訴人らが任意の支払をしないので、同被控訴人訴訟代理人に対し、本訴の提起及び追行を委任したが、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用としては、請求額二三五五万四九三七円の一割内である二三五万円が相当である。
4 控訴人農協関係
(一) 第一事件の請求原因4(三)(1)のとおり
(二) 肇の相続人である被控訴人ウシは、控訴人農協に対し、自賠法一六条一項に基づく損害賠償請求権を有する。
5 被控訴人比嘉は、被控訴人ウシが、控訴人ら各自に対し、本件事故に基づく二三五五万四九三七円の損害賠償請求権を有することを争っている。
6 よって、被控訴人ウシは、控訴人ら各自に対し、本件事故による損害額のうち自賠責共済の死亡共済金三〇〇〇万円から肇の妻子らに固有の慰謝料として支払われた六四四万五〇六三円を控除した残額である二三五五万四九三七円及び弁護士費用二三五万円並びにこれらに対する本件事故の日の後であり、独立当事者参加申立書が送達された日の後である平成七年一〇月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被控訴人比嘉に対し、被控訴人ウシが前項記載の債権を有することの確認をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
(控訴人ら)
1 請求原因1及び2は、第一事件の請求原因1及び2に対する認否のとおり
2(一) 同3(一)ないし(三)は、第一事件の請求原因3(一)ないし(三)に対する認否のとおり
(二) 同3(四)は争う。
控訴人農協は、平成六年二月二四日、被控訴人ウシから自賠法一六条に基づく請求を受けたが、その当時既に、同被控訴人は、禁治産宣告を受けるような状況であったこと等から、支払を留保していた。同年五月二五日、白金商事が本件差押命令を得たが、その後、同年一〇月一九日、被控訴人比嘉が本件転付命令を得て、控訴人農協に訴えを提起したことから、誰に支払うべきか不明であったので、控訴人農協としては、被控訴人ウシに支払うことができなかったのである。したがって、このような事情がある場合には、弁護士費用を支払う義務はない。
3(一) 同4(一)は、第一事件の請求原因4(三)(1)に対する認否のとおり
(二) 同4(二)は争う。
(被控訴人比嘉)
1 請求原因1は認める。
2 同2は認める。
3(一) 同3(一)ないし(三)は認める。
(二) 同3(四)は不知。
4(一) 同4(一)は認める。
(二) 同4(二)は争う。
5 同5は認める。
三 抗弁(被控訴人比嘉)
第一事件の請求原因3(四)のとおり、被控訴人比嘉は、本件転付命令により被控訴人ウシの控訴人當山に対する損害賠償債権を四〇〇〇万円の限度で取得した。これにより、被控訴人ウシは、本件転付命令の限度で、控訴人らに対する各損害賠償請求権を喪失した。
四 抗弁に対する認否
抗弁は争う。
第三証拠
証拠は、原審及び当審における証拠関係目録記載のとおりである。
理由
一 第一事件に関する本案前の主張について
証拠(乙一、三、四、五の1、2)によれば、那覇地方裁判所名護支部は、平成六年五月二五日、白金商事の申請により本件差押命令を発し、本件差押命令は、同月二七日第三債務者である控訴人農協に、同年六月一日債務者である被控訴人ウシにそれぞれ送達されたことが認められる。
ところで、給付の訴えにおいては、通常自己に給付請求権があると主張する者に原告適格があり、その者が当該給付請求権を有するかどうかは本案請求の当否にかかわる事柄であると解すべきである。しかるところ、仮に控訴人らの主張するように本件転付命令が無効であるとしても、被控訴人比嘉は、被転付債権を取得できないことにより給付請求権を有しないことになるだけであるから、原告適格を欠くということにはならない。したがって、控訴人らの本案前の主張は失当である。
なお、控訴人らが、本案の主張としても同様の主張をしているものと解するとしても、白金商事が差し押さえた本件二債権と本件転付命令に係る本件一債権とは別個の債権であるうえ、被差押債権である損害賠償債権額は、後記のとおり四五三六万二二三五円であって、本件転付命令及び本件差押命令の各執行債権の総額は、四五〇二万四六四二円であるから、差押えの競合はなく、いずれにしても本件転付命令は有効である。
二 事故の発生
第一事件及び第二事件の各請求原因1の事実は、被控訴人ら及び控訴人らの間において争いがない。
三 控訴人當山の責任原因
第一事件及び第二事件の各請求原因2の控訴人當山が本件加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは、被控訴人ら及び控訴人らの間において争いがない。したがって、控訴人當山は、自賠法三条に基づき、本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務がある。
四 損害
1 第一事件及び第二事件の各請求原因3(一)(逸失利益) 二七三六万二二三五円
肇は、昭和七年三月二一日生まれの男子(甲二)で、本件事故当時満六一歳であり、株式会社エイデン及び合資会社名護電気工業を経営し、少なくとも年間四九二万円の収入を得ていた。また、肇は、妻子及び母を扶養し、一家の支柱であった(甲二により認定した事実以外の事実は、被控訴人ら及び控訴人らの間において争いがない。)
右の事実に、肇の平均余命年数等を勘案すると、肇は、本件事故により死亡しなければ、少なくとも一〇年間就労可能であり、その間前記年収と同額の収入を得られたものと推認することができるから、右金額を基礎に生活費として三割を控除し、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、肇の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、二七三六万二二三五円となる。
492万円×0.7×7.9449(ホフマン係数)=2736万2235円(円未満切り捨て)
2 第一事件及び第二事件の各請求原因3(二)(慰謝料) 一八〇〇万円
本件事故態様、肇の年齢その他本件において認められる諸般の事情に、自賠責共済金から肇の妻子に固有の慰謝料として合計六四四万五〇六三円が支払われていること(被控訴人ら及び控訴人らの間において争いがない。)等を考慮すると、肇の死亡による慰謝料としては、一八〇〇万円をもって相当と認める。
3 第一事件及び第二事件の各請求原因3(三)(相続)
被控訴人ウシが肇の唯一の相続人であることは、被控訴人ら及び控訴人らの間において争いがないから、同被控訴人は、右1及び2の損害合計額四五三六万二二三五円の損害賠償請求権を相続により取得したことになる。
なお、控訴人らは、自賠責共済から肇の妻子らに固有の慰謝料として支払われた六四四万五〇六三円を損害額から控除すべきであると主張する。
しかし、被控訴人ウシは、相続により前記損害賠償請求権を取得したものであるから、自賠責共済から肇の妻子らの固有の慰謝料が支払われたとしても、被控訴人ウシの損害賠償請求権に充当すべきものではない。
4 第一事件の請求原因3(四)及び第二事件の抗弁(転付命令)甲第三号証及び弁論の全趣旨によれば、第一事件の請求原因3(四)(1)の事実(第二事件の抗弁中右事実に相当する部分)が認められる(右の事実は、被控訴人比嘉と控訴人らとの間においては争いがない。)。
右事実によれば、被控訴人比嘉は、本件転付命令により、被控訴人ウシの控訴人當山に対する損害賠償請求権を四〇〇〇万円の限度で取得したことになる。そうすると、控訴人當山に対し、被控訴人比嘉は、前記四1及び2の損害額合計四五三六万二二三五円のうち四〇〇〇万円の損害賠償請求権を、被控訴人ウシは、残額の五三六万二二三五円の損害賠償請求権をそれぞれ有するというべきである。
五 控訴人農協関係
1 第一事件の請求原因4(二)について
(一) 第一事件の請求原因4(二)(1)の事実は、被控訴人比嘉と控訴人らとの間において争いがない。
(二) 前記のとおり、被控訴人比嘉は、本件転付命令により控訴人當山に対し、本件事故による四〇〇〇万円の損害賠償請求権を有している。
(三) 証拠(乙一二、一三)によれば、控訴人當山は、沖縄県国頭郡恩納村に土地(宅地、二六〇・四九平方メートル)、建物(鉄筋コンクリートブロック造平家建、九二・八五平方メートル)を所有していることが認められる。
しかしながら、前認定のとおり控訴人當山(昭和七年生まれ、甲一)は、被控訴人らに対し、合計四五三六万二二三五円の損害賠償義務(弁護士費用を除く。)を負っていること、右土地の資産価値は必ずしも明らかではないが、昭和五二年に金銭消費貸借契約に基づく債権額二〇〇万円の抵当権が設定されているところ、現在に至るまで弁済されていないこと(乙一三)、また、右建物は、昭和四九年建築であり、築後二〇年以上経過していること(乙一二)、控訴人當山は、反証として、右土地、建物を資産として有しており資力があることを立証するものの、職業、収入等を明らかにしていないこと等を総合すると、前記のような四〇〇〇万円という多額の金員を支払う資力がないと認められ、右土地、建物を所有していることをもってしては未だ右認定を覆すに足りない。
(四) そして、本件におけるごとく、転付命令により被害者の加害者に対する損害賠償請求権を取得した被控訴人比嘉が、同一訴訟手続で、被共済者である控訴人當山に対する損害賠償請求と保険者である控訴人農協に対する被共済者の共済金請求権の代位行使による請求とを併せて訴求し、同一の裁判所において併合審判されている場合には、被共済者が負担する損害賠償額が確定することによって、右共済金請求権に付されている被共済者と損害賠償請求権者との間の損害賠償額が確定するという停止条件が成就することになるから、裁判所は、被共済者である控訴人當山に対する損害賠償請求を認容するとともに、認容する損害賠償額に基づき被控訴人比嘉の保険者である控訴人農協に対する共済金請求は、予めその請求をする必要のある場合として、これを認容することができるものと解するのが相当である(最高裁昭和五七年九月二八日第三小法廷判決・民集三六巻八号一六五二頁参照)。
控訴人らは、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の特定承継人は、被害者救済の充実を図る見地から共済金請求権の代位行使をすることはできないと主張するが、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の差押えは禁じられていないから、これを差押え、転付を受けた者が債権者代位権を行使することが許されないと解すべき理由はなく、控訴人らの右主張は採用できない。
ところで、本件自動車共済契約の約款八条によれば、共済金の支払額は、損害賠償金の額から自賠責共済(保険)契約により支払われる額を控除したものであると規定されている(乙一一)ので、被控訴人比嘉は、損害賠償金四五三六万二二三五円から本件自賠責共済契約の死亡共済金三〇〇〇万円を控除した一五三六万二二三五円の共済金請求権を代位行使することができることになる。
なお、第一事件の請求原因4(一)の本件自動車共済契約に基づく転付債権者の直接請求については、別件判決(乙一〇)と同じ理由で、自動車共済契約約款二三条にいう「損害賠償請求権者」に転付債権者が含まれるとは解されないから、被控訴人比嘉が控訴人農協に対する損害賠償の直接請求権を取得するとはいえない。
2 第一事件の請求原因4(三)について
第一事件の請求原因4(三)(1)の事実は、被控訴人比嘉と控訴人らとの間において争いがない。右事実によれば、控訴人農協は、肇の相続人である被控訴人ウシに対し、自賠法一六条一項に基づき、自賠責共済金三〇〇〇万円の限度において損害賠償義務を負うことになるところ、被控訴人ウシの債権者である被控訴人比嘉は、本件転付命令により、同法一六条一項に基づく損害賠償請求権を取得したと主張する。
しかしながら、被害者保護の見地から、同法一八条において、同法一六条一項に基づく損害賠償請求権の差押えが禁止されているところ、同法一六条一項において、保険会社に対し、直接請求権を行使できるものは「被害者」と規定されていること、本件のように被害者(相続人)の自動車の保有者に対する同法三条に基づく損害賠償請求権を転付命令により取得した者が同法一六条一項に基づく損害賠償請求権を取得し、これを行使できるということになると、実質的には、同法一六条一項に基づく損害賠償請求権を差し押えたことと同じことになり、同法一八条の規定が潜脱されることになるから、被控訴人比嘉は、同法一六条一項に基づく損害賠償請求権を取得することはできないというべきである。
被控訴人比嘉は、被害者が死亡し、その相続人が同法一六条一項に基づく損害賠償請求権を相続した場合には、差押禁止の対象とならないと主張するが、同法一六条一項にいう被害者には、相続人も含まれると解されるから、同被控訴人の主張は理由がない。
また、被控訴人比嘉は、同法一八条は、被害者(相続人)が加害者に対して有する損害賠償請求権の差押えまでは禁じているものではないから、加害者が差押債権者に損害金を支払った後、保険会社に対し、自賠責保険金の請求をすることになるが、保険会社が被害者に損害金を支払ってしまうと保険金の支払を受け得ないことになるので、被害者の加害者に対する損害賠償請求権が差し押さえられたり、譲渡されたときは、保険会社は、同法一六条二項の「被保険者が被害者に損害の賠償をした場合」と同視して、被害者への支払いを拒絶できると解すべきであり、加害者の債権者である被控訴人比嘉に支払うべきであると主張する。しかし、同法一六条二項により保険会社が被害者に対する損害賠償義務を免れるのは、被害者保護のため現実に損害賠償額が支払われた場合をいうものと解され、これは、本件のように被控訴人比嘉が加害者に対する請求と共済組合に対する請求を併合提起している場合も同様である。また、被控訴人比嘉の右主張は、加害者の保険金(共済金)請求権と被害者の直接請求権が競合した場合であればともかくとして、同法一六条一項に基づく損害賠償請求権を差し押さえることができるということの理由には必ずしもなり得ない。したがって、同被控訴人の右主張も採用できず、被控訴人ウシは、同法一六条一項に基づき、本件事故による自賠責共済金を請求することができるものである。
3 第二事件の請求原因4について
(一) 第二事件の請求原因4(一)の事実は、被控訴人ら及び控訴人らの間において争いがない。
(二) 被控訴人比嘉の抗弁が理由がないことは、前記五2において述べたとおりである。
(三) したがって、肇の相続人である被控訴人ウシは、自賠法一六条一項に基づき、控訴人農協に対し、自賠責共済の死亡共済金三〇〇〇万円から肇の妻子に支払われた六四四万五〇六三円を控除した残額二三五五万四九三七円の損害賠償請求権を有する。
六 第一事件の請求原因3(五)及び第二事件の請求原因3(四)(弁護士費用)
被控訴人比嘉は、不法行為と相当因果関係がある損害として認められる弁護士費用は、被害者の一身専属的な損害とみるのは相当でないから、本件のように被害者の加害者に対する自賠法三条に基づく損害賠償請求権を転付命令により取得した同被控訴人が、加害者に対し損害賠償を請求する場合においても、同被控訴人の固有の損害として、弁護士費用を請求できると主張する。
しかしながら、不法行為と相当因果関係のある損害として弁護士費用が認められるのは、相手方の故意又は過失によって自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴えを提起することを余儀なくされた場合において、一般人は弁護士に委任するのでなければ、十分な訴訟活動をなし得ないからである。そうすると、本件のように転付債権者の固有の損害として請求する弁護士費用は、右不法行為と相当因果関係のある損害とは認められないというべきである。したがって、被控訴人比嘉の右主張は採用できない。
被控訴人ウシに関しては、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、同被控訴人に認められる右損害賠償債権の額及び本件事故後の一定の日からの遅延損害金を請求しているので、通常考えられるその支払時期までの中間利息の控除を考慮して、二二〇万円と認めるのが相当である。
控訴人らは、第二事件の請求原因に対する控訴人らの認否2(二)記載のとおりの事情により控訴人農協が支払を拒絶していたわけではないから、弁護士費用の支払義務はないと主張するが、たとえ控訴人らの主張するような事情があったにせよ、控訴人農協からの支払がないため、被控訴人ウシは、自己の権利擁護のため訴えを提起することを余儀なくされ、その訴訟追行を弁護士に委任せざるを得なかったのであるから、自賠法三条もしくは同法一六条一項に基づく損害賠償請求権と相当因果関係に立つ損害というべきである。
七 第二事件の請求原因5の事実(争いの存在)
被控訴人比嘉において、被控訴人ウシが、控訴人當山及び同農協に対し、本件事故による損害賠償請求権をそれぞれ有することを争っていることは、被控訴人らの間で争いがない。
八 結論
以上によれば、当審で選択的に追加された被控訴人比嘉の控訴人農協に対する請求は、主文一項の1の限度で認容し、その余は失当として棄却することとし、また、被控訴人比嘉の控訴人當山に対する請求は、主文二項の1の限度で認容し、その余は失当として棄却し、控訴人農協に対するその余の請求は失当として棄却し、被控訴人ウシの控訴人農協に対する請求は主文二項の2の限度で(独立当事者参加申立書が平成七年一〇月六日控訴人農協に送達されたことは記録上明らかである。)、控訴人當山に対する請求は主文二項の3の限度で、被控訴人比嘉に対する請求は主文二項の4の限度でそれぞれ認容し(なお、被控訴人ウシの控訴人農協に対する損害賠償請求権は、前記のとおり二五七五万四九三七円であるが、同被控訴人は、その一部である二三五五万四九三七円の損害賠償請求権を有する旨の確認を求めているので、その限度で認容する。)、その余は失当として棄却すべきであり、これと異なる原判決は正当でないから、これを右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条但書、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して(被控訴人ウシの主文二項の4についての仮執行宣言の申立ては相当でないからこれを却下する。)、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩谷憲一 角隆博 伊名波宏仁)
交通事故目録
(一) 発生日時 平成五年九月三〇日午前一〇時五分ころ
(二) 発生場所 沖縄県国頭郡恩納村字谷茶一四九六番地リザンシーパークホテル谷茶ベイ付近の国道五八号線上
(三) 加害車両 特殊自動車(沖八八さ二四二八)
右運転者 控訴人當山剛
(四) 被害車両 普通乗用自動車(沖三三せ三八二二)
右運転者 仲田肇
(五) 事故の態様 仲泊方面から名護方面に向かって国道五八号線を走行していた加害車両が、対向車線に進入したため、対向車線上を直進してきた被害車両に衝突した。
(六) 結果 仲田肇は、右同日、本件事故による受傷により死亡した。
債権目録
一 債務者仲田ウシが第三債務者當山剛に対して有する左記債権で四〇〇〇万円に満つるまでのもの
記
仲田ウシの被相続人仲田肇を平成五年九月三〇日沖縄県国頭郡恩納村の国道五八号線において交通事故で死亡させた加害者當山剛に対し、仲田ウシが有する損害賠償請求権
二 債務者仲田ウシが第三債務者やんばる農業協同組合に対して有する左記債権で五〇二万四六四二円に満つるまでのもの
記
仲田ウシの被相続人仲田肇を平成五年九月三〇日沖縄県国頭郡恩納村の国道五八号線において交通事故で死亡させた加害者當山剛が加入していた自動車共済の保険者であるやんばる農業協同組合に対し、自動車共済約款二三条一項に基づき仲田ウシが有する損害賠償額の支払請求権