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福岡高等裁判所那覇支部 平成9年(ラ)24号 決定 1998年3月13日

抗告人 国

代理人 星野敏 林田雅隆 新垣栄八郎 武藤彰 玉栄朋樹

相手方 安里博文

主文

原決定を取り消す。

相手方の本件申立てを却下する。

抗告費用は、相手方の負担とする。

理由

第一  本件抗告の趣旨は、主文と同旨である。抗告の理由は別紙一、二のとおりであり、これに対する相手方の反論は別紙三のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  頭書の本案事件に至る事実及び同事件の概要等は原決定の理由の「第二 当裁判所の判断」の一1ないし5に認定するとおりであるから、これを引用する。

本件記録によれば、相手方は、改正前の民事訴訟法(以下「旧民事訴訟法」という。)三一二条三号後段に基づき、文書の表示を「原告(相手方)に対する強制わいせつ被疑事件(被害者K女(仮名))についての、被害者K女の供述調書その他原告(相手方)に対する平成八年一月一九日付勾留請求の疎明資料一切及び右被疑事件についての右勾留請求当時捜査機関が所持していた証拠資料一切」として、文書提出命令の申立てをしたこと、抗告人は、原決定添付の別紙文書目録二記載の文書を証拠として提出したが、被害者K女の右供述調書(以下「本件文書」という。)は提出されていないこと、本件文書は存在し、那覇地方検察庁がこれを所持していることが認められる。

二  本件文書が、民事訴訟法二二〇条三号後段(改正された現行民事訴訟法附則三条により、本件に右法条号が適用される)の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」ものであるか否かについて検討する。

右民事訴訟法二二〇条一号ないし三号の規定は、改正に当たって、旧民事訴訟法三一二条一号ないし三号をそのまま存置したものであるが、民事訴訟法二二〇条は、同条一号ないし三号に定める文書のほかに、四号を設けて、同号のイ、ロ及びハに掲げるもののいずれにも該当しない場合には、文書の所持者はその提出を拒めないとして、広く文書の一般的提出義務を定めている。このような一般的提出義務を認める文書に例外がなければ、重複を避けて、同条一号ないし三号の規定は限定的に解釈されるべきであるとの考えが生じうる可能性がある。しかし、右四号では、「公務員又は公務員であった者がその職務に関して保管し又は所持する文書は除く」として、いわゆる公文書を除外したうえ、公文書の提出命令については、民事訴訟法の公布後二年を目途として、総合的な検討を加え、必要な措置を講ずることとした(附則二七条)。したがって、公文書については、右一号ないし三号所定の文書である場合にのみその提出義務があることになるが、右一号ないし三号は旧民事訴訟法三一二条一号ないし三号をそのまま承継したこと、公文書については一般的提出義務を留保したことから、民事訴訟法二二〇条一号ないし三号は、現在のところ、旧民事訴訟法三一二条ないし三号とその法意において変更はないものと解するのが妥当である。

そうすると、民事訴訟法二二〇条三号にいう「法律関係」には、契約以外の私法上の法律関係(不法行為など)及び公法上の法律関係を含み、この「法律関係について作成された」文書とは、当該法律関係そのもの及び当該法律関係を構成する要件たる事項を記載された文書で、当該法律関係を基礎づけ又は裏づける事項を明らかにする目的で作成された文書であると解せられる。

ところで、先に引用したように、本案事件は、国家賠償法一条一項に基づき、相手方が抗告人に対し、損害賠償を求めるものであって、その事実関係は、那覇地方検察庁検察官の請求により発付された勾留状に基づき相手方が勾留され、続いて、担当検察官の請求により右勾留期間が延長されたというものであって、その主たる争点は、右勾留及び期間延長の請求が違法であるか否かであるが、右事実によれば、挙証者である相手方と本件文書の所持者である那覇地方検察庁との間には、那覇地方検察庁において、法令に基づき相手方を強制的に拘束することが許され、被疑者である相手方はこれを受忍する義務があったという公法上の法律関係が形成されていたというべきである。そして、本件文書が被害者の供述を録取したものであることによれば、本件文書は、右勾留及び期間延長の請求をする前に作成されたものである限り、右法律関係を基礎づけ、裏づける目的で作成され、少なくともこれに関係する事項を記載した文書であると認められるから、民事訴訟法二二〇条三号後段所定の文書であるというべきである。

三  前引用の事実によると、那覇地方検察庁は、前記被疑事件(以下「本件被疑事件」という。)について相手方を不起訴(起訴猶予)処分にしたのであるから、同事件については訴追がされておらず、本件文書は、那覇地方検察庁が不起訴記録の一部として所持しているものである。

刑事事件の訴訟に関する書類は、これを公判で公にされる前に公開すると、被告人や被疑者その他の訴訟関係人の名誉やプライバシーその他の利益を不当に侵害したり、もしくは裁判に不当な影響を及ぼすおそれがあるため、これを防止しようと、刑事訴訟法四七条本文は、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公けにしてはならない。」と定めており、右法の趣旨に従えば、右「訴訟に関する書類」には、不起訴記録中の書類も含まれ、その所持者は、刑事訴訟法四七条ただし書に当たる場合を除いて、不起訴記録中の書類、本件でいえば被害者の前記供述調書(本件文書)について守秘義務を負っているのである。

そして、文書の所持者がこの文書について法定の守秘義務を負う場合は、当該文書の提出義務を負わないと解すべきである。なんとなれば、民事訴訟法が定める文書提出義務は、当事者が裁判所の審理に協力しなければならないという公法上の義務であって、その意味では、この義務は証人義務や証言義務(同法一九〇条、一九六条、一九七条、二〇〇条参照)と軌を一にするものであり、同法一九一条、一九七条の規定が類推適用されるべきであると考えるからである。

他方、刑事訴訟法四七条ただし書は、「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」として、このような場合には右守秘義務が解除されることを定めている。

右のように右守秘義務が解除されるか否かの判断に当たっては、刑事訴訟法四七条の前記立法趣旨と右公益上の必要性、相当性とを比較検討しなければならず、この検討にあっては、当然、未だ公開されていない刑事事件の内容、書類開示によって被告人(又は被告人となるべき者)、被害者その他の関係者が受ける不利益の内容と程度、刑事裁判に対する直接、間接の不当な干渉の可能性及び公益がどのようなものであるか、開示の必要性の程度等の諸事情を子細にかつ慎重に考慮しなければならず、さらには、文書提出命令の申立てにおいて、仮に、裁判所が右公益上の必要性や相当性を判断するとしても、事前に当該文書を見分することができる手続が保障されていない現状では、文書の開示前には、当該文書の内容はその所持者しか知りえないのであるから、当該文書の所持者、本件でいえば、那覇地方検察庁以外には、開示の要否について的確な判断をすることはできない。

そうすると、右公益上の必要性や相当性の判断については、本件文書を所持する那覇地方検察庁の判断が尊重されるべきであり、那覇地方検察庁は、本件文書を開示する相当性がないと判断しているのであるから、この判断が合理性を欠く場合は別として、抗告人に本件文書の提出を命ずることはできないと解する。

四  確かに、本件においては、相手方の本件被疑事件については不起訴(起訴猶予)処分がされているのであるが、前引用のように、本件被疑事件の犯罪行為は平成八年一月一六日の強制わいせつ行為であるというのであるから、まだ公訴時効は完成していない(刑事訴訟法二五〇条四号、二五三条一項、刑法一七六条)のであって、今後における本件被疑事件に関する捜査や証拠等の追加の結果、訴追請求をすることも全くありえないわけではなく、現段階では、本件被疑事件については公判の開廷前(刑事訴訟法四七条)の状態にあることには変わりがない。

相手方は、相手方を被告人とする別件の刑事事件の公判において、検察官が本件被疑事件について公訴を提起しないと言明したと主張するが、このような事実を認めうる証拠はなく、仮に、かかる事実があったとしても、この事実をもって直ちに、訴追権限を有する者が本件被疑事件につき公訴権を放棄したとはいえない。

本件被疑事件に関するこのような状況、相手方が犯行を否認していること、本件被疑事件の内容、被害者が女性であることに鑑みると、被害者の供述調書である本件文書が開示された場合、相手方やその関係者が被害者に対し、その供述内容等に関して、確認や問い合わせをしたり、時には疑問を呈示するなどして、直接又は間接に被害者に接触し、これによって保護されるべき被害者の精神的安定が乱される可能性を否定しきれない。

そして、本件文書の所持人である那覇地方検察庁が、刑事訴訟法四七条に従い、これを開示するのは相当でないとした判断が明らかに不合理性であると認めうる証拠はない。

五  以上のとおりであって、抗告人に対し、本件文書の提出を命じることはできないから、相手方の本件文書提出命令を認めた原決定は不当である。

よって、原決定を取り消したうえ、本件文書提出命令の申立てを却下し、抗告費用は相手方に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 岩谷憲一 角隆博 吉村典晃)

(別紙一)

抗告の理由

一 原決定の趣旨

別紙文書目録一記載の文書(被害者作成の警察官面前調書及び検察官面前調書)を当裁判所に提出せよ。

二 原決定の理由の要旨

原決定の理由とするところは、大要、本件被害者調書は、民訴法三一二条三号後段所定の法律関係文書に該当し、相手方(抗告人)は、被害者調書が公開された場合の被害者の名誉その他の利益について具体的に主張するものではないから、提出を拒む文書保管者の判断に合理性がなく、刑訴法四七条本文による守秘義務を理由に文書提出義務を免れることはできないというにある。

三 原決定の不当性

しかし、原決定には、以下述べるように、民訴法三一二条三号後段及び刑訴法四七条の解釈・適用を誤った違法がある。

1 民訴法三一二条三号後段所定の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付」き作成された文書とは、挙証者と文書の所持者との間の法律関係自体を記載した文書及びその法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載されている文書で、当該法律関係自体の発生、変更、消滅を直接に証明することができる文書については、その作成目的を問わないが、法律関係の発生、変更、消滅を間接に証明するにすぎない文書については、特に、その法律関係を明らかにするために作成された文書に限るというべきである。

本件被害者調書は、申立人と相手方との間の国賠法上の損害賠償請求権という法律関係自体を記載した文書ではなく、また、右法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載されていて、法律関係自体の発生、変更、消滅を直接に証明することができる文書にも該当しない。もっとも、本件被害者調書は、右法律関係の存否を間接的に証明する文書と解する余地はあるが、特に、右法律関係の存否を明らかにするために作成された文書ではない。

したがって、本件被害者調書は、同条号後段の法律関係文書に該当しないから、これに該当するとした原決定の判示には、同条号後段の解釈・適用を誤った違法がある。

2 仮に、本件被害者調書が右法律関係文書に該当するとしても、訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならず(刑訴法四七条本文)、文書保管者たる那覇地方検察庁検察官は、本件被害者調書について守秘義務を負い、したがって、民訴法三一二条三号後段に基づく提出義務を負わない。

刑訴法四七条ただし書は、文書保管者が右守秘義務から免れることができる場合として、<1>公益上の必要その他の事由があって、かつ、<2>相当と認められることを要件としており(なお、不起訴処分に付されても、検察官の公訴権自体が消滅するものでないから、不起訴処分に付されたことのみをもって守秘義務が消滅するものでない。)、その判断は文書保管者たる検察官の裁量にゆだねられている。したがって、検察官に守秘義務が課されていることを無視し、右裁量にかかる文書の公開を義務づける原決定は、同条の解釈・適用を誤った違法がある。

なお、本件は強制わいせつ事犯であり、特に、被害者が当時未成年者であったことから、被害者の名誉・プライバシーを十分に保護する必要性が認められる上、被害者の住所・家族関係等のプライバシー事項が公開されれば、被害者に対するいわゆるお礼参り等の威迫がなされる危険が認められること、さらには、不起訴事件における被害者調書が民事訴訟の過程において公開されることを一般的に許容してしまうと、この種の事犯において被害者からの捜査協力が得難くなること等の諸事情に照らすと、本件文書保管者のした判断が相当であることも明らかである。

(別紙二)

抗告人は、平成九年一一月一三日付けをもってした即時抗告の申立てにつき、以下のとおり申立理由を整理して主張する。

第一はじめに

一 原決定は、那覇地方検察庁検察官が被抗告人を被疑者として勾留請求及び勾留延長請求をした時点までに作成されていた司法警察員及び検察官作成の被害者の供述調書(以下「本件文書」という。)は、平成八年六月二六日法律第一〇九号による改正前の民訴法(以下「旧民訴法」という。)三一二条三号後段に規定する文書(以下「法律関係文書」という。)に該当するとして、抗告人に対して本件文書の提出を命じた。

しかし、原決定には、<1>旧民訴法三一二条三号の「法律関係ニ付作成セラレタ」との規定の解釈適用を誤った違法及び<2>検察官において刑訴法四七条により非公開義務を負う本件文書につき提出義務を認めた違法がある。

本抗告審においては、民訴法附則三条に基づき、現行民訴法が適用されることになるが、現行民訴法によっても、本件文書は、<1>民訴法二二〇条三号の「法律関係について作成されたとき」との要件に該当せず、また、<2>検察官において刑訴法四七条により非公開義務を負っていることから抗告人において提出義務を負わない文書であって、他に抗告人において提出義務を負う根拠はないことから、いずれにしても原決定は取消しを免れないものである。

以下、右各<1>の点につき後記第二において、各<2>の点につき後記第三において、それぞれ詳述する。

二 ところで、民訴法二二〇条は、同条四号において、文書(公務員又は公務員であった者がその職務に関し保管し、又は所持する文書を除く。)が同号のイ、ロ及びハの文書のいずれにも該当しない場合には、文書の所持者は提出義務を負うものとし、文書提出義務を一般義務化した。

しかしながら、民訴法二二〇条一ないし三号は、旧民訴法三一二条一ないし三号を現代語化しただけでその趣旨に変更はないとされている(法務省民事局参事官室編・一問一答新民事訴訟法二五三ページ)。したがって、民訴法二二〇条一ないし三号による提出義務は、旧民訴法三一二条一ないし三号と同様に、当該文書が民訴法二二〇条の右各号に該当することによって初めて認められる限定的な義務である。このように民訴法二二〇条一ないし三号による文書提出義務が限定的な義務とされているのは、文書の提出を命じることは、所持者の文書に対する所有権ないし処分権を侵害するおそれがあること、証人義務と異なって文書の記載内容はしばしば不可分であって本来不必要な部分まで公にされるおそれがあり、証人義務に比して所持者に与える不利益が大きいこと等にある。したがって、文書所持者が提出義務を負うか否かについては、訴訟における真実発見や挙証者の利益のみではなく、このような文書所持者の不利益にも充分配慮する必要があるのであって、かかる解釈態度こそ同条の要請するところといわなければならない。

第二民訴法二二〇条三号後段の「法律関係について作成されたとき」の意義と原決定の誤り

一 原決定の要旨

原決定は、旧民訴法三一二条三号後段にいう「法律関係」とは、契約を発生原因とする法律関係に限定されるものではなく、契約以外の原因に基づく私法上の法律関係や公法上の法律関係をも含み、また、法律関係文書とは、右法律関係それ自体を記載した文書のみならず、その法律関係に関連のある事項を記載した文書をいうとした上、申立人(被抗告人)と相手方(抗告人)との間には、「逮捕、勾留により、身体の自由を制約され、被疑者として、その捜査を受忍するという法律関係が存在し」、本件文書は、「担当検察官が本件勾留請求及び勾留延長請求に際し、証拠資料としたものであり、しかも、本件被疑事実の日時場所及び被害状況等を特定する事項、申立人を本件被疑事件の被疑者と特定する事項等が記載されていると思われるから、右法律関係に関連のある事項を記載した文書であ」り、旧民訴法三一二条三号後段所定の法律関係文書に該当するとしている。

しかし、原決定には、以下に述べるとおり、旧民訴法三一二条三号後段の「法律関係ニ付作成セラレタ」との規定の解釈・適用を誤った違法がある。

二 旧民訴法三一二条三号後段にいう「法律関係」の意義

1 旧民訴法三一二条三号後段の「法律関係ニ付作成セラレタ」文書の意義を検討するに当たっては、まずそこにいう「法律関係」とは、いかなる関係をいうのかが問題となる。

ところで、そもそも旧民訴法三一二条三号後段は、大正一五年法律第六一号による改正前の民訴法(以下「旧々民訴法」という。)三三六条二号が「証書カ其旨趣ニ因リ挙証者及ヒ相手方ニ共通ナルトキ」に文書提出義務を負うと規定していたのをドイツ民法及びドイツ民訴法の改正にならって前記のように改正されたものである。

もともと、旧々民訴法は、ドイツ訴訟法統一のために作成された一八六六年のいわゆるハノーヴァー草案三八〇条が、「その文書が、内容上挙証者と相手方当事者にとり共通なもの」であるときに提出義務を認め、「文書は、その者等の利益のために作成された者、または、その者等の相互的法律関係が記載されている者にとって、共通なものとみなされる。法律行為に関し、その当事者間で行われた交渉の書面もまた、同様である。」としていたのを参考にしたものである。しかして、一八七七年に制定されたドイツ民訴法三八七条も右ハノーヴァー草案を参考に制定されたものの、ドイツ民法の制定に伴う一八九八年の改正によって、同条は「挙証者が民法の規定に従い文書の引渡し又は提出を請求し得るとき」等に文書提出義務がある旨のドイツ民訴法四二二条に改正されるとともに、これを受けてドイツ民法八一〇条に「文書がその閲覧を請求する者の利益のために作成され、または文書にその閲覧を請求する者と他の者との間に存する法律関係が記載されているとき」と規定されるに至ったものである。この際、ドイツ民法の起草者達は、提出義務の基本思想を変更する意図はなく、ただ、「挙証者と相手方当事者にとって共通の文書」という概念は、挙証者のみの利益に関する文書や挙証者と第三者にとって共通な文書を包含させるには狭すぎるとして右ドイツ民法八一〇条の表現に改められたものといわれている(以上のことにつき、竹下守夫ほか・判例評論二〇六号一一六ページ以下)。

このような経緯からすれば、旧々民訴法三三六条二号の「証書カ其旨趣ニ因リ挙証者及ヒ相手方ニ共通ナルトキ」との規定が想定しているのが前記ハノーヴァー草案三八〇条にいう「共通文書」であることは明らかであり、これがドイツ民法八一〇条において前述のように表現が変えられたことにならって、我が国の旧民訴法三一二条三号のいわゆる利益文書と法律関係文書とに受け継がれたものである。旧民訴法の立法担当者は、この点に関して、旧民訴法三一二条は旧々民訴法三三六条とほぼその趣旨を同じくするとし(司法省編纂・民事訴訟法中改正法律案理由書一六二ページ)、また、旧民訴法三一二条三号前段も含めて、「第三号は現行法の三百三十六条の第二号に当たるところでありまして、現行法では共通と言うようなことになって居りますけれども、何も共通に限る訳ではありませんので、矢張り挙証者の利益の為めに作成せられたときは、其の提出を拒むことはできないことにした方が穏当でありますから斯る趣旨の規定を設けたのであります。」と説明している(民事訴訟法改正調査委員会速記録六一五ページ)。

前述した「共通文書」とは、挙証者と所持者の共同の利益のために、あるいは共同の事務遂行の過程で作成された文書をいうが、結局、これが利益文書及び法律関係文書の基礎概念であり、逆に利益文書及び法律関係文書は共通文書の説明概念にほかならない(兼子一ほか・条解民事訴訟法一〇五二ページ)。そして、以上のことから明らかなように、旧民訴法三一二条三号後段の「法律関係」とは、もともと、その発生原因が両者間の契約関係である場合を予定して設けられたものである(斎藤秀夫・注解民事訴訟法(5)二〇二ページ、伊藤螢子「証拠保全手続における診療録提出命令」別冊ジュリスト七六号二二一ページ)。また、従来、法律関係文書の具体例として挙げられていたのも、商業帳簿や判取帳(大審院昭和七年一〇月二四日判決・民集一一輯一九一二ページ)、契約書、契約申込書、承諾書、売買に際し授与された印鑑証明書(仙台高裁昭和三一年一一月二九日決定・下級民集七巻一一号三四六〇ページ)、契約解除通知書、法律行為取消通知書、契約締結の過程で交渉について当事者間に交換された手紙、貯金局の貯金原簿、家賃通帳、当事者間の訴訟の判決正本などであり、事実上、契約関係又はそれに準ずるものに限られていた(前掲・条解民事訴訟法一〇五七ページ)。

2 ところが、その後の学説や裁判例で、旧民訴法三一二条三号後段の「法律関係」については、現に裁判所に提起される訴訟は契約関係に基づく紛争のみに限られず、それらの訴訟においても立証のため相手方又は第三者の所持する文書の提出を求める必要性を否定し得ないとの実際的理由から、同号後段の「法律関係」には、不法行為関係も含むとし(菊井維大ほか・全訂民事訴訟法II六一八ページ)、さらには、同号後段は、行政事件訴訟法にも包括的に準用されていることから(同法七条)、同号後段の「法律関係」には公法関係をも含むとの見解がむしろ有力とさえいえる状況となった。

これは、右論者らによって説明されているように、訴訟における真実発見の要請や挙証者の利益を重視する結果であると思われるが、立法の経緯からみれば明らかに拡大解釈であり、冒頭に述べた文書所持者の被る不利益に対する配慮を欠くものといわなければならない。前記共通文書のようなものであれば、所持者も文書の内容が公開されることを予期しているであろうし、そのことによる不利益を甘受すべきものとも考えられるが、右法律関係をこのように歯止めなく拡大解釈するときには、文書所持者の被る不利益は予期し難いものとなる。

確かに旧民訴法三一二条三号は、文言上「法律関係」を限定していないし、また、これを拡大解釈しようとする前記学説や裁判例にも相応の理由があることからすれば、右「法律関係」を契約関係に限定することは狭きに失するかもしれないが、文書所持者の不利益にかんがみるならば、百歩譲っても、右「法律関係」とは、明確な権利・義務の関係を意味するものと解すべきである。この点は、次に述べる「ニ付作成セラレタ」との文言の解釈とも関連するが、原決定がいうような「捜査を受忍するという法律関係」といったような漠然とした関係では文書提出義務を限定的な義務とする趣旨に反する。したがって、提出義務が課せられるのも捜査関係文書全般(被抗告人の平成九年四月一五日付け意見書第一、一〇参照)ではなく、逮捕という法律関係「ニ付作成セラレタ」文書なり、勾留という法律関係「ニ付作成セラレタ」文書に限られるというべきである。

三 旧民訴法三一二条三号後段にいう「ニ付作成セラレタ」の意義

旧民訴法三一二条三号後段は、法律関係文書について、法律関係「ニ関シ作成セラレタ」とは規定せず、「ニ付作成セラレタ」と規定している。これは、前述したとおり、右規定がドイツ民訴法四二二条やドイツ民法八一〇条の影響を受けていることによるものであり、もともとハノーヴァー草案三八〇条が共通文書という概念を基本とし、また、ドイツ民法八一〇条が正に法律関係そのものを記載した文書と規定していることや、旧民訴法三一二条三号後段の文言上も作成行為が重視されていることからすれば、右「ニ付作成セラレタ」とは元来既に存在する法律関係を明らかにする目的で作成された場合を意味していたものと思われる。したがって、右「ニ付作成セラレタ」の意味について、単に、結果として法律関係に関係していれば足りるとするような見解もあるが、作成目的の点を度外視している点や、記載内容が法律関係と関連していれば足りるとする点で、右立法の趣旨からすれば極めて疑問である。

もっとも、この点に関しても前記「法律関係」の解釈と同様に一定限度の拡大解釈に相応の合理性があるとすれば、このような立法の趣旨を踏まえ、また、挙証者の利益、実体的真実発見の要請と文書所持者の被る不利益との調和という観点から一定の合理的解釈が要請されよう。そして、このような観点から旧民訴法三一二条三号の法律関係「ニ付作成セラレタ」との規定を解釈するとすれば、右「ニ付作成セラレタ」とは、<1>挙証者と文書の所持者との間の法律関係自体、ないしは、その法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載され、かつ、<2>当該法律関係自体の発生・変更・消滅を直接に証明することができる場合には作成目的を問わないが、法律関係の発生・変更・消滅を間接に証明することができるにすぎない場合には、特に、その法律関係を明らかにする目的で作成されたことを要すると解するのが相当である。右見解は、多くの学説・裁判例において採用されている見解でもある(東京高裁昭和五三年一一月二一日決定・判例時報九一四号五八ページ、大阪地裁昭和五四年五月一八日決定・判例タイムズ三八八号一〇二ページ、松山恒昭「賃金台帳と文書提出命令の許否(下)」判例タイムズ四三八号五九ページ、菊井・前掲民事訴訟法II六二〇ページ、中込秀樹ほか・行政事件訴訟の一般的問題に関する実証的件数二一一ページ等)。このように、文書作成の目的を法律関係文書の一要件としてとらえることは、旧民訴法三一二条三号が、挙証者が当該文書について特別の関係を有するときにのみ、右文書所持者の文書処分権を制限し、挙証者の証拠蒐集権能を優先させようとする趣旨に合致し、また、同条三号後段が、当該文書を規定するについて、単に法律関係を記載した文書とするのではなく、「法律関係ニ付作成セラレタ」として作成行為に重点をおいて規定しているところにも適うところであり、挙証者の証拠蒐集権能の拡張と文書所持者の文書処分権に対する保護との調整点としても合理的であり、妥当なところというべきである(松山・前掲判例タイムズ四三八号五九ページ参照)。

四 原決定の誤り

以上のことから原決定を検討すると、まず、原決定は、申立人(被抗告人)と相手方(抗告人)との間には、「逮捕、勾留により、身体の自由を制約され、被疑者として、その捜査を受忍するという法律関係が存在」するという。この関係が旧民訴法三一二条三号後段の「法律関係」ということであるが、そもそも、本件における逮捕は、検察官の指示によるものではなく、司法警察員がその独自の権限と判断によって行ったものであるから、申立人(被抗告人)と相手方(抗告人)との間に生じた法律関係ではない。次いで、勾留請求、勾留状の執行、勾留延長の請求及びその執行は、いずれも検察官が行ったものであり、これによる「身体を制約され、被疑者としてその捜査を受忍するという法律関係」は基本的には裁判官の判断によるものであるが、その関係を記載した勾留状等は一応当該勾留に係る法律関係文書ということはできよう。しかし、本件文書は右の勾留にかかる法律関係自体が記載された文書でないことはもとより、右法律関係の構成要件事実の全部又は一部が記載されたものでも、また、これを明らかにする目的で作成された文書でもない。

原決定は、前記のとおり、本件文書は、<1>担当検察官が本件勾留請求及び勾留延長請求に際し、証拠資料としたものであり、<2>本件被疑事実の日時場所及び被害状況等を特定する事項、申立人を本件被疑事件の被疑者と特定する事項等が記載されているから、本件文書は法律関係に関連のある事項を記載した文書であり、法律関係文書に該当するとする。しかし、本件文書に右勾留関係に関する記載のないことはもとより、これを基礎づけるような事実の記載も全くない。したがって、原決定のこの論理は、ある法律関係が形成されるについて、その資料となったにすぎない文書であっても当該法律関係に「関連がある」ならば、当該文書に法律関係自体、あるいは、これを間接的に示す事実が記載されていなくても、「法律関係ニ付作成セラレタ」文書に該当するというに等しいものであって、明らかに解釈論の域を超えるものというべきである。このように当該法律関係自体に関する記載の有無を問題とすることなく、その法律関係に関連する記載があれば足りるというのであれば、その範囲は極めてばく然としたものとなり、解釈次第では提出義務の範囲は際限なく拡大していくのであって、旧民訴法三一二条一ないし三号が一定の要件の下に文書提出義務を限定的な義務とした趣旨は完全に失われるものといわなければならない。

原決定の誤りは明白である。

しかして、旧民訴法三一二条三号と民訴法二二〇条三号とは同趣旨の規定であるから、本件文書が同号後段の「法律関係について作成された」文書に該当しないことも、また、明らかである。

第三非公開義務を負う文書について提出義務を認めた原決定の誤り

一 原決定の要旨

原決定は、刑訴法四七条本文が「訴訟に関する書類」の非公開を定めた趣旨について、<1>訴訟関係人の名誉その他の利益の保護、<2>刑事裁判への不当な影響の防止、<3>当該捜査の密行性の保持を挙げた上、本件では不起訴処分がされていることを理由に、<2>及び<3>の理由を「考慮する必要がない」とした。そして、同条ただし書の「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合」の相当性の判断につき、第一次的には、文書保管者の裁量にゆだねられているとしながらも、「それは、公益上の必要にも十分配慮した合理的なものでなければならない。」とした上、本件文書については強制わいせつ事犯の被害者のプライバシー保護の見地から証拠として提出するのが相当でない旨の抗告人の主張については、「強制わいせつ事犯においては、被害者の供述調書が公開されることにより被害者の名誉その他の利益に対する影響があるという一般的な懸念を表したものにすぎず、本件において、右被害者の供述調書の取調べを行った場合、被害者の名誉その他の利益がどのように侵害されるのかを具体的に主張するものではないから、相手方のした相当性の判断には、合理的な理由があるとはいえない。」と説示している。

しかし、検察官は、刑訴法四七条により本件文書について非公開とすべき、一種の守秘義務を負っているものであり、かかる文書につき提出義務があるとすることは誤りである。

二 刑訴法四七条の趣旨

刑訴法四七条は、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」と規定している。

この刑訴法四七条の趣旨について最高裁判所昭和二八年七月一八日第三小法廷判決(刑集七巻七号一五四七ページ)は、「刑訴法四七条本文の規定は、訴訟に関する書類が公判開廷前に公開されることによって、訴訟関係人の名誉を毀損し公序良俗を害しまたは裁判に対する不当な影響を引き起こすことを防止する趣旨であ」ると判示している。右最高裁判決は、刑訴法四七条本文の趣旨を判示したものではあるが、右判示は、同条本文の趣旨を右に列挙している点に限定するものではなく、同条本文は、そのほかにも一般的に刑事責任の追及という範囲で捜査に協力しすべてを供述してきた関係人の信頼を裏切り、将来の検察運営上協力を得られなくなるおそれを防止するとの趣旨をも含むものと解されている(藤永幸治「訴訟に関する書類の公開」実例法学全書続刑事訴訟法一〇ページ)。すなわち、刑訴法四七条の規定する訴訟に関する書類は、捜査機関が国家刑罰権の行使の目的のために強大な捜査権を使って収集したものであり、これが他の目的に利用されることが一般に許されることになれば、検察権の行使に対する国民の信頼や協力に影響するところが大きく、将来の検察運営そのものに支障を来すことにもなりかねない問題を含んでいる。強制力を用いて個人の秘密に介入することが職務の常態であり、これを秘匿することが信頼の基礎となっている検察実務においては、これを公開することが将来の検察運営に支障を来すおそれがある場合には、具体的な捜査の内容そのものを職務上の秘密として強く保護する必要がある。したがって、捜査の秘密として秘匿されるべき範囲は、単に個人の名誉、秘密に関する事項にとどまらず、捜査の内容全般に及ぶと解さなければならない。

また、刑訴法四七条ただし書は、立法担当者の説明によると、国政調査権に基づく捜査書類の提出要求(憲法六二条、国会法一〇四条)や民事訴訟あるいは行政訴訟における裁判所の証拠決定による刑事事件記録の取寄請求との関係が考慮されて設けられたものである(昭和二三年六月一〇日参議院司法委員会における政府委員宮下明義説明・同委員会会議録三九号五ページ)。同条ただし書は、「公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合」に訴訟に関する書類の公開を認めているが、これは、捜査書類の保管者が、国会の要求や裁判所の取寄請求に応じることによって得られる公益と訴訟に関する書類を非公開とすることによって得られる公益とを比較衡量し、前者が後者に優越していることから公開が相当と認められる場合には公開することを認めたものである(藤永・前掲続刑事訴訟法一〇ページ、一三ページ)。

三 刑訴法四七条による検察官の義務と文書提出義務との関係

1 旧民訴法三一二条所定の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であって、基本的には、証言義務と同一の性格のものである。しかして、文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号の規定が類推適用され、文書所持者に法定の守秘義務がある場合は、その限度で文書提出義務を負わないと解されており、このこと自体については異論がないといってよい(菊井・前掲全訂民事訴訟法Ⅱ六二一ページ等)。

そうすると、問題は、刑訴法四七条は検察官に非公開義務(守秘義務)を課す一方で、一定の場合にその義務を免除している点にある。この点は、前述のとおり、訴訟に関する書類を公にすることによって得られる利益がこれを非公開にすることにより得られる利益に優越するか否かの判断を文書保管者たる検察官の裁量にゆだねる趣旨と解され、立法担当者も「第四十七條は現行法を変えまして、公判前の訴訟記録の公開について但書を設けて、公益上の必要がある場合には、捜査官の判断によりまして相当と考えられる場合には公開してもよろしいという但書を附けたわけでございます。」と説明している(昭和二三年六月一〇日参議院司法委員会における政府委員宮下明義説明・前掲会議録三九号五ページ)。原決定も文書を公にするか否かにつき文書保管者たる検察官が一定の裁量を有することは認めている。

2 ところで、本件文書は、強制わいせつ被疑事件に関して作成された書類であり、不起訴記録中の書類であって、公判廷に提出された書類ではないから、刑訴法四七条本文の訴訟関係書類に該当し、検察官が公開してはならない義務、すなわち一種の守秘義務を負う文書である。

そして、本件は、本件文書を含む一連の捜査関係書類の保管者たる那覇地方検察庁次席検事において、本件本案訴訟の適切な追行という公益上の必要に照らして右一連の書類を提出することが刑訴法四七条ただし書の場合に該当するか否かを慎重に検討した結果、原決定別紙文書目録二記載の各文書を提出することは右ただし書の場合に該当するが、本件文書は後に述べる被疑者のプライバシー等の点から問題が多く右の場合には該当しないと判断した事案につき、その提出義務の存否が争われているものである。つまり、前記裁量判断が既に行われた事案ということができる。

そこで、このような場合における文書提出義務の存否をいかに解するかが問題となるが、前述のように、旧民訴法下において文書提出義務に関して同法二七二条、二八一条一項一号の規定が類推適用されると解される理由は、職務上の秘密に属するなどの理由で所持者が守秘義務を負う文書を公にすることは、右秘密に係る事項について証言すると同じく、あるいは場合によってはそれ以上に国家ないし公共の利益を害する点に求められる。そうだとすれば、守秘義務を理由として文書提出に応じられないとの判断が示された場合の処理も、右職務上の秘密を理由として証言が拒絶された場合と同様に考えるべきである。すなわち、公務員の職務上の秘密を理由とする証言拒絶の場合には、受訴裁判所は、その当否の裁判をすることができず(旧民訴法二八三条一項)、尋問事項が職務上の秘密に関するかどうかの判断権は裁判所にはなく、その点の判断は承認を求められた監督官庁にゆだねられていると解されているのであるから(井口牧郎「公務員の証言拒絶と国公法一〇〇条」実務民事訴訟講座1三〇六ページ)、本件でも文書保管者(那覇地検次席検事)が刑訴法四七条ただし書きの場合に該当しないとの理由で本件文書の提出を拒否する以上、裁判所は、右文書保管者の判断を尊重して文書提出命令を発出することはできず、申立てを却下すべきということになる。以上のことは、東京高等裁判所昭和六〇年二月二一日決定(判例時報一一四九号一一九ページ)、神戸地方裁判所平成五年九月八日決定(判例地方自治一二〇号一〇一ページ)、福岡高等裁判所宮崎支部昭和五四年三月二七日決定(訟務月報二五巻七号一七八七ページ)、大阪地方裁判所昭和六〇年一月一四日決定(判例タイムズ五五二号一九七ページ)が等しく説示するところである。

原決定は、この点において既に誤っているといわなければならない。

3 原決定は、検察官の刑訴法四七条ただし書の場合に該当するか否かの判断について一定の裁量があることは認めるものの、「それは、公益上の必要にも配慮した合理的なものでなければならない」として、その当否につき裁判所が判断し得るとするようであり、その趣旨の決定例もないではない(東京高裁昭和六二年六月三〇日決定・判例時報一二四三号三七ページ、大阪高裁昭和六三年七月二〇日決定・判例タイムズ六八一号一九八ページ)。

しかし、前記2で述べたところに照らせば、このような見解は明確な根拠を欠くものというべきであって、採り得ない。そして、仮にこのような見解に立脚するとしても、刑訴法四七条ただし書の文言及びそもそも刑訴法が同法四七条ただし書の場合に該当するか否かの判断を検察官の裁量にゆだねた趣旨に徴するならば、文書提出義務の存否を判断する裁判所において、自らを当該文書保管者たる検察官と同様な立場に置いて、右ただし書該当性を判断するとする、いわゆる判断代置の手法によることは誤りというべきである。すなわち、まず、刑訴法四七条ただし書の文言が「相当の場合」ではなく、「相当と認められる場合」と規定されていることに注意する必要がある。また、刑訴法が同法四七条ただし書の場合に該当するか否かの判断を検察官の裁量にゆだねた趣旨は、その判断内容が、前述のとおり、訴訟関係人の名誉や公序良俗の保護、裁判に対する不当な影響の防止、さらには、捜査協力者の信頼ないし将来の検察運営への協力を確保するという観点を踏まえたものであり、かつ、公にした場合としなかった場合の利益状況の比較考量といった微妙かつ広範な事項にわたるため、そのような判断は、検察の現場にあって刑事裁判や将来の検察運営への影響等を的確に判断でき、しかも当該訴訟に関する書類を充分に検討し得る立場にある検察官の判断を尊重しようという点にあることに留意しなければならない。そうだとすれば、当該訴訟に関する書類の内容すら充分に把握する方法を有しない裁判所において、右検察官と同様の立場で当該書類を提出することが刑訴法四七条ただし書の場合に該当するか否かの判断を行い、その当否を論じることは、刑訴法がその判断を検察官にゆだねた右の趣旨を没却することにもなりかねない。したがって、仮に検察官の判断の当否を裁判所において判断し得るとしても、それは検察官がした判断が明らかに合理性を欠き、その裁量権の行使に逸脱・濫用があるか否かという観点からのものに止まるというべきであって、そのような場合にのみ文書の提出を命じ得ると解すべきである。

4 以上の観点に基づいて原決定を検討してみる。

原決定は、前記一のとおり、刑訴法四七条本文の趣旨を、<1>訴訟関係人の名誉その他の利益の保護、<2>刑事裁判への不当な影響の防止、<3>当該捜査の密行性の保持の三点に要約している。この要約自体問題なしとしないが、取りあえずこれに沿って検討すると、まず、原決定は、本件では不起訴処分がされたことを理由に、刑事裁判への不当な影響の防止及び当該捜査の密行性の保持を「考慮する必要がない」としている。しかし、不起訴処分(刑訴法二四八条、二五九条)は、検察官が内部関係においてする処分であって、既判力を有さず、これにより検察官の公訴権を消滅させるものではない。検察官は、一旦不起訴処分にした事件についても、再起して捜査を遂げた上、公訴を提起することも法律上可能である。したがって、不起訴処分がされたからといって、刑事裁判への不当な影響の防止や当該捜査の密行性の保持、すなわち、適正な捜査と公平な裁判に対し不当な影響が及ぶことを防止しようという公益上の必要が直ちに消滅するものではない。この点は事案にもよるが、正に事情に通じた検察官においてよく判断し得るところであって、不起訴処分のされた事件について検察官が<2>、<3>の点を考慮することを一概に不当ということはできない。

次に、右<1>の点について、原決定は、(被害者のプライバシーの保護等について)「一般的な懸念を表したものにすぎず、右被害者の供述調書の取調べを行った場合、被害者の名誉その他の利益がどのように侵害されるのかを具体的に主張するものではないから、相手方のした相当性の判断には、合理的な理由があるとはいえない。」と説示している。原決定の右説示の趣旨は必ずしも明確ではないが、本件文書を公にした場合の影響というものは、利益、不利益を問わずいずれにしても将来の予測に係ることである。原決定の右説示の趣旨が、公表前から、いかなる形で、どの程度の不利益が被害者に及ぶということが具体的に想定できないような場合は、公にした場合に生じるであろう問題状況をあまり重視する必要がないとのことであれば、これは明らかに誤りである。

そもそも、一般的に考えてみても、この種強制わいせつ事案における被害者の調書に記載されている内容というものは、それが公にされるだけで被害者の名誉感情又はプライバシーを侵害するであろうことは容易に理解できるところであり、また、この種調書に一般的に記載されている被害者の住所・家族関係等が公にされれば、被害者に対するいわゆるお礼参り等の威迫がなされる危険性さえも否定することができない。さらに、被害者はかかる調書が刑事公判に使用されることは承諾していても、これが民事訴訟において使用されることまでを承諾しているものとはいえず、不起訴事件における被害者調書が民事訴訟の過程において公開されることを一般的に許容してしまうと、この種の事犯において被害者による告訴あるいは捜査機関に対して被害状況を詳細に供述する等の捜査協力が得難くなることはみやすい道理である。これは、原決定がいうような単なる「一般的な懸念」といった問題ではなく、十分に合理性、客観性のある判断である。そして、このような判断の域を越えて、さらに具体的な問題状況が想定されなければ検察官は刑訴法四七条ただし書の場合に該当するか否かの判断をすることができないという原決定は同条の立法趣旨等に照らし、明らかに誤りである。

このようにみてくれば、本件文書を提出することは刑訴法四七条ただし書の場合に該当しないとした検察官の判断は合理的であり、何の誤りもないし、ましてや、右の判断が明らかに不当であり、裁量権を逸脱・濫用したものとする余地はない。

5 以上、原決定を旧民訴法に照らして検討し、その誤りを明らかにしたが、これを現行民訴法に照らしてみても、抗告人において検察官が刑訴法四七条に基づいて非公開義務(守秘義務)を負っている本件文書について提出義務を負わないと解すべきことは同様である。すなわち、前述のとおり、民訴法二二〇条三号後段は旧民訴法三一二条三号後段を現代語化しただけであるから、旧民訴法三一二条三号後段にかかる解釈論は、証言拒絶権、証言拒絶事由の類推適用の点を含めて同様に解される(研究会「新民事訴訟法をめぐって」ジュリスト一一二五号一一六ページ)。したがって、本件文書の提出義務については、民訴法一九七条一項一号、一九一条一項が類推適用される結果、抗告人においてその提出義務を追うことはないと解すべきことになるのである。そして、刑訴法四七条ただし書との関係についても、本件文書の保管者たる那覇地方検察庁次席検事において右文書を提出することは同条ただし書の場合に該当しないと判断している以上はその提出を命じることはできず、仮に右判断の逸脱・濫用を問題とし得るとの見解に立つとしても、右検察官の判断に何の誤りもないことは前述したとおりである。

第四結論

以上により、本件文書について文書提出命令を発出した原決定は速やかに取り消されるべきである。

(別紙三)

抗告人の主張に対する反論

一 はじめに

1 抗告人は、抗告の理由として、即時抗告申立書(以下「申立書」という)及び平成一〇年一月一四日付即時抗告理由補充書(以下「理由補充書」という)において、原審決定には、<1>旧民事訴訟法三一二条三号の「法律関係ニ付作成セラレタ」との規定の解釈適用を誤った違法、及び<2>検察官において刑事訴訟法四七条により非公開義務を負う本件文書について提出義務を認めた違法がある旨主張し、原審の判断を非難する。

しかし、原審決定は正当であり、何らの違法もない。捜査関係書類が文書提出命令の対象となることは近時の判例の大勢であり、判例上ほぼ確立したものと言える。抗告人の主張は、独自の見解によるものであり失当である。

以下、抗告人の右<1><2>の主張についてそれぞれ反論する。

2 なお、本件抗告審においては、民訴法付則三条により、現行民訴法(平成八年六月二六日法律第一〇九号)が適用されることになるが、現行民訴法(以下単に「民訴法」という)二二〇条三号の「法律関係について作成されたとき」との規定は、旧法を踏襲しており、その解釈・運用については右平成八年六月二六日法律第一〇九号による改正前の民訴法(以下「旧民訴法」という)の解釈・運用が妥当することになる。

二 捜査関係文書と旧民訴法第三一二条三号後段の法律関係文書

1 旧民訴法第三一二条三号後段は文書提出命令の対象文書として、「文書ガ挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニツキ作成セラレタル」文書、いわゆる法律関係文書を規定していた。

同様に、民訴法二二〇条三号は、文書が「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき」、すなわち法律関係文書については、文書の所持者はその提出を拒むことができないと規定している。

2 この法律関係文書については、事案解明の要請、個人の権利保護、適正迅速な裁判の実現という民事裁判の理念の実現のため、その対象を広く解すべきであるというのが判例の基本的考えである。

すなわち、「法律関係」とは契約を発生原因とする法律関係について作成されたものに限定することなく、不法行為などの契約以外の法律関係も含まれるのであり、また「ニ付キ作成セラレタ」とは契約書など法律関係自体を記載した文書のみでなく、「法律関係に関係のある事項を記載した文書」(東京高決昭和五四年九月一九日)や「法律関係の形成又は生成過程において作成された文書」(大阪高決昭和五三年三月六日)をも含むものとされており、より具体的には原審決定の示すとおり、個人の権利・自由の制約が「法律関係」にあたるとするのが判例の立場である。

右のような判例の立場は民訴法が文書提出命令の制度を設けた趣旨に合致するものである。

民事訴訟の理念である、紛争の適正・迅速な解決のためには、両当事者が実質的な対等の立場で攻撃・防御を尽くことが必要となるが、そのための手段として認められたのが文書提出命令の制度である。

しかるに、現代社会においては、構造的な証拠の偏在という事実が存在する。この偏在した証拠をできるかぎり、両当事者が対等に利用できなければ訴訟における当事者の対等性を回復することはできない。判例の立場は、右のような現代社会の現実を踏まえて、可能な限度で当事者の対等性を回復しようとするものであり、文書提出命令を設けた法の趣旨に合致するものである。

3 このような判例の立場は目新しいものではなく、昭和四〇年代以降の判例の趨勢である。

例えば、原子炉の設置により生命、身体、財産の制約を受ける周辺住民と国との間では法律関係が発生したとして文書提出命令が認められているし(三菱原子炉撤去請求事件文書提出命令第一審決定、浦和地決昭和四七年一月二七日、判時六五五号一一頁、伊方原子炉設置許可取消請求事件文書提出命令第一審及び抗告審決定、松山地決昭和五〇年五月二四日、高松高決昭和五〇年七月一七日判時七八六号三頁)、教科書検定について著作に対する所管行政庁の検定という方式をとおして表現の自由を制約する法律関係が存在するとして、文書提出命令が認められている(家永教科書訴訟、東京高決昭和四四年一〇月一五日、判時五七三号二〇頁)。また、ジェット戦闘機の墜落事故により死亡したパイロットの遺族を原告とする国家賠償請求訴訟において、右事故の調査の結果を記載した航空自衛隊の事故調査報告書も法律関係文書と認められているのである(東京高昭和五〇年八月七日、判時七九六号五八頁)。

4 捜査関係文書についても、判例は捜査により個人の権利、自由が制約されるという法律関係が形成されたのであって、捜査関係文書は法律関係文書に該当すると判断している(大阪高決昭和六三年七月二〇日判タ六八一号一九八頁、東京高決昭和六二年六月三〇日・判時一二四三号三七頁、及び右判例の原審である東京地決昭和六二年三月三一日)。

以上のように、捜査関係文書が民事訴訟法第三一二条三号後段の法律関係文書に該当することは判例上ほぼ確定しているのであり、抗告人の主張は失当である。

三 文書提出命令と刑事訴訟法四七条について

1 刑訴法四七条は、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公開してはならない。」と規定している。そこで、抗告人は、本件文書は刑訴法四七条本文の訴訟関係書類に該当し、検察官が公開してはならない義務、一種の守秘義務を負う文書である旨主張している。

しかし、同条但書は、「但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りではない。」と規定している。よって、右但書に該当する場合、すなわち「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合には」守秘義務は存在しないことになる。

2 まず、民事訴訟における適正迅速な裁判の実現ということは重要な公益であることは疑いないところであり、原審決定が述べるように、本件被害者の供述調書が、担当検察官のした勾留請求及び勾留延長請求の適法性を判断するための最も直截かつ適切な証拠方法であることからすると、これが証拠として提出されない場合は、適正かつ迅速な民事裁判の実現を妨げる結果となることは明らかであるから、本件において「公益上の必要」が認められることは明らかである。

3 次に、「相当と認められる場合」について検討するに、刑訴法四七条本文の趣旨は、原審決定が正確に示しているように、<1>訴訟関係人の名誉その他の利益の保護、<2>刑事裁判への不当な影響の防止、<3>当該捜査の密行性の保持を図ることにある。

本件の場合、これも原審決定が示しているとおり、那覇地方検察庁は、本件被疑事件について、相手方を不起訴(起訴猶予)処分にしているし、また、抗告人は原審決定書記載別紙目録二1ないし17の各文書を証拠として提出していることからすれば、<2>、<3>の理由は消滅したものと認められる。

また、<1>の理由についても、原審決定が述べているように、抗告人の主張は、「被害者の供述調書が公開されることにより被害者の名誉その他の利益に対する影響があるという一般的懸念を表したものにすぎず、本件において、右被害者の供述調書の取り調べを行った場合、被害者の名誉その他の利益がどのように侵害されるのかを具体的に主張するものではないから、抗告人のした相当性の判断には合理性があるとは言えない」ことは明らかである。

そして、本件事件に即して付加して述べれば、本件事件は罪名こそ強制わいせつとなっているが、その被疑事実は個人の名誉やプライバシーにかかわるものでは全くないのである。原審決定にも述べられているとおり、本件逮捕・勾留の基礎となった本件被疑事実の要旨は、「路上を通行中の被害者K女(仮名)(当時一八歳)を認めるや、いきなり後方から来て同女の前に立ちふさがり、右腕を捕まえて引き寄せ『遊びに行こう』等と申し向けて抵抗しいやがる同女の左乳房を握り、もって強制わいせつの行為をした」というものである。右被疑事実の要旨から明白なとおり、人通りのある路上において、衣服の上から、女性の乳房に一回ふれたというものであり、わいせつ行為の内容は極めて希薄であり、現に別件の被疑事実(相手方安里は、三件の被疑事実により連続して逮捕・勾留されたものの、本件を含めて内二件は不起訴処分となり、一件のみが公訴提起となった)は暴行罪での起訴となっているのである。このような、本件の事実関係に即して判断した場合、抗告人の、強制わいせつ事案を根拠として被害者のプライバシー保護を理由とする非開示の判断が合理性を欠くことは明らかであろう。

4 なお、抗告人は「不起訴処分(刑訴法二四八条、二五九条)は、検察官が内部関係においてする処分であって、既判力を有せず、これにより検察官の公訴権を消滅させるものではない。検察官は、一旦不処分にした事件についても再起して捜査を遂げた上、公訴を提起することも法律上可能である。」(理由補充書三二頁)と述べている。

しかし、公益の代表者である検察官が捜査を遂げた不起訴処分にした以上、事実上右被疑事件は終結したものとして事実上取り扱われるべきであるし、現にそのように取り扱われている。のみならず、本件事件に即して言えば、本件被疑事件については、公訴提起された別件の刑事事件の公判において、立会検察官自らが、公訴を提起しない旨を言明しているのである。このように、検察官自らが、裁判官を前にした公判廷において、公訴提起しない旨を明言している事実が存在しながら、再起による起訴の可能性を主張するのは、公益の代表者として信義にもとるものであり、不正義と言わざるを得ない。このような不正義を招く主張が容認できないことは明らかである。

また、抗告人は、刑訴法四七条本文について、「同条本文は、そのほかにも一般的に刑事責任の追求という範囲で捜査に協力しすべてを供述してきた関係人の信頼を裏切り、将来の検察運営上協力を得られなくなるおそれを防止するとの趣旨を含む」と主張する。

しかし、最高裁判例は、刑訴法四七条本文の趣旨について「刑訴法四七条本文の規定は、訴訟に関する書類が公判開廷前に公開されることによって、訴訟関係人の名誉を棄損し公序良俗を害しまたは裁判に対する不当な影響を引き起こすことを防止する趣旨」であると明言しているのであり、抗告人の右主張に理由のないことは明らかである。そして、判例は、抗告人の右主張と同一の主張に対し、刑訴法四七条本文は、抗告人の主張するごとき「一般的利益の保護を目的とするものとは、到底理解しえない」から、その主張は理由がないと明確に述べているのである(前記大阪高決昭和六三年七月二〇日)。

5 抗告人は文書提出命令についても、証人尋問に関する旧民訴法第二七二条、第二八一条一項一号(職務上の守秘義務ある場合の公務員の証言拒絶権)を準用ないし類推適用し、さらに同法二八三条一項を類推適用し、民事裁判所は、右提出義務の存否について判断できない旨主張している。

しかし、証言拒絶権は国民の一般的証言義務を例外的に免除する規定であるから、厳格に解すべきであり、その適用範囲を安易に拡張すべきではない。

証人と文書ではその性質が異なるのであるから、明文規定のない以上文書提出命令にまで旧民訴法第二七二条・第二八一条一項一号、同法二八三条一項を準用ないし類推適用することはできないものと解すべきである。

実質的にも、このような場合に、民事裁判所の判断権を否定するとするならば、本件のように捜査の違法を争うことが事実上不可能となり、国民の裁判を受ける権利を否定することになる。また、本件のような、書類保管者が民事訴訟の一方当事者であり、書類の内容しだいでは書類保管者の側に民事訴訟で不利益が生じかねない場合には、公平な裁量によって判断しているのか第三者からは疑問が生じうるのであり、公平な第三者たる裁判所の判断を待つのが適切であることは明白である。

判例においても、例えば、「証人に関する右すべての規定が、当然に類推適用されるものと解すべきものではなく、当該文書の性質等に鑑み、個々の規定の類推適用の可否についてはなお検討を要する。そして、前記文書は、刑訴法四七条本文の『訴訟に関する書類』に含まれるものであるから、同条但書により、公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合には、公開が許されるところ、文書提出命令申立の採否にあたり、裁判所が右守秘義務の範囲を具体的に画することを否定するものでないと解すべき」(前記大阪高決昭和六三年七月二〇日)と明言するなど、裁判所に判断権が存在することを当然の前提としているのである(前記東京高決昭和六二年六月三〇日等)。

四 以上のとおり、原審決定は正当であり、抗告人の主張に理由のないことは明白であるから、本件抗告は直ちに棄却されるべきである。

【参考】原審(那覇地裁 平成八年(モ)第一〇六六号 平成九年一一月七日決定)

主文

相手方は、別紙文書目録一記載の文書を当裁判所に提出せよ。

理由

第一 本申立ての趣旨及び理由は、別紙「文書提出命令申立書」及び別紙「平成九年四月一五日付け意見書」記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は、別紙「同年二月七日付け意見書」及び別紙「同月一八日付け上申書」記載のとおりである。

第二 当裁判所の判断

一 本件記録によれば、次の各事実が認められる。

1 申立人は、平成八年一月一六日午後八時四五分、沖縄県那覇警察署警察官に、「同七年六月三〇日午後六時五分ころ、那覇市泊一丁目二〇番地の一美容の店コーナー先路上を通行中の被害者K女(仮名)(当時一八歳)(以下「被害者」という。)を認めるや、いきなり後方から来て同女の前に立ちふさがり、右腕を捕まえて引き寄せ「遊びに行こう」等と申し向けて抵抗し嫌がる同女の左乳房を握り、もって強制わいせつの行為をした」との被疑事実(以下「本件被疑事実」といい、本件被疑事実により、捜査機関が捜査した事件を「本件被疑事件」という。)により、逮捕された。

2 申立人は、右逮捕に引き続き、那覇地方検察庁検察官(以下「担当検察官」という。)がした勾留請求に基づき発付された勾留状により、同月一九日から同月二八日まで、本件被疑事件の被疑者として勾留され、右勾留期間は、担当検察官の請求により、同年二月七日まで延長された。

3 申立人は、右勾留期間の満了日である同日、本件被疑事件につき処分保留のまま釈放された。

4 申立人は、同月一三日、担当検察官の勾留請求及び勾留延長請求により、違法にその身柄を拘束され、精神的苦痛を被ったとして、相手方に対して慰謝料等の支払いを求める訴えを提起し(以下、この訴えに係る事件を「本件」という。)、同年一一月一五日、本件において、本申立てをした。

5 那覇地方検察庁は、同年一二月二六日、本件被疑事件につき、申立人を不起訴(起訴猶予)処分にした。

6 相手方は、同九年一月一四日の本件第七回口頭弁論期日において、別紙文書目録二(以下「別紙目録二」という。)1記載の文書を、同年六月一七日の本件第一〇回口頭弁論期日において、別紙目録二2ないし17記載の各文書の謄本をそれぞれ証拠として提出した。

7 相手方の同月一三日付け準備書面及び別紙目録二4記載の文書には、本件勾留請求時までに、本件被疑事件につき、日時場所及び被害状況等が特定された被害者の供述が得られており、また、被害者に対して、いわゆる写真面割を実施して、申立人を本件被疑事件の被疑者として特定するに至った旨の記載がある。

二 右認定の各事実によれば、担当検察官は、別紙目録二2ないし10記載の各文書に基づき申立人を本件被疑事件の被疑者として勾留請求をし、さらに、別紙目録二1ないし16記載の各文書に基づき、勾留延長請求をしたこと、右勾留請求及び勾留延長請求当時、右各文書のほか少なくとも被害者の供述調書(警察官面前調書及び検察官面前調書)が、担当検察官手持ちの証拠資料として存在していたことが認められる。

そして、申立人は、本件被疑事実の犯行日時には、犯行現場におらず、本件被疑事件の犯人でないと主張しているところ、担当検察官が申立人を本件被疑事件の被疑者として特定するに至ったのは、被害者に対するいわゆる写真面割を含む事情聴取の結果であることは前認定のとおりであって、また、申立人は、相手方が別紙目録二1ないし17記載の各文書を提出した後も、本申立てを撤回していないことからすれば、申立人は、相手方に対し、本申立てにより、なお右勾留請求及び勾留延長請求当時、担当検察官手持ちの証拠資料であった被害者の供述調書(警察官面前調書及び検察官面前調書)の提出を求めているものと解される。

三 そこで、まず、右被害者の供述調書が、民事訴訟法三一二条三号後段所定の「挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニ付」き作成された文書(以下「法律関係文書」という。)に該当するか否かにつき判断する。

右挙証者と文書の所持者との間の法律関係は、契約を発生原因とする法律関係に限定されるものではなく、契約以外の原因に基づく私法上の法律関係や公法上の法律関係も含み、また、右法律関係文書とは、右法律関係それ自体を記載した文書のみならず、その法律関係に関連のある事項を記載した文書をいうと解される。

本件に関して、申立人は、相手方との間で、逮捕、勾留により、身体の自由を制約され、被疑者として、その捜査を受忍するという法律関係が存在していたということができる。

そして、右被害者の供述調書は、担当検察官が本件勾留請求及び勾留延長請求に際し、証拠資料としたものであり、しかも、本件被疑事実の日時場所及び被害状況等を特定する事項、申立人を本件被疑事件の被疑者と特定する事項等が記載されているものと思われるから、右法律関係に関連のある事項を記載した文書であると考えられる。

よって、右被害者の供述調書は、同号後段の法律関係文書に該当する。

四 次に、相手方の各主張につき検討する。

1 相手方は、本申立ては同法三一三条二号及び四号に照らし不適法である旨主張する。

しかしながら、同条が、文書提出命令の申立てにあたり、文書の趣旨(二号)及び証すべき事実(四号)を明らかにしなければならないとするのは、同条所定の他の事項とあいまって、裁判所に当該文書について提出義務の存否及び証拠としての必要性の判断を可能ならしめるためであるところ、かかる同条の趣旨にかんがみれば、本申立てをもって不適法とすべきではないから、相手方の右主張は採用できない。

2 また、相手方は、被害者が本件被疑事実に沿う内容の供述をしたことは、担当検察官を証人として尋問することにより明らかにすることが適切であり、本件申立ては必要性及び相当性を欠く旨主張する。

しかしながら、申立人は、本件被疑事実の犯行日時には、犯行現場におらず、本件被疑事件の犯人でないと主張しているが、担当検察官が申立人を本件被疑事件の被疑者として特定するに至ったのは、被害者に対するいわゆる写真面割を含む事情聴取の結果であることは前認定のとおりである。そうだとすれば、右被害者の供述内容を明らかにし、担当検察官のした勾留請求及び勾留延長請求の適法性を判断するためには、右被害者の供述調書を提出させてその内容を検討することが最も直截かつ適切というべきであるから、相手方の右主張は採用できない。

3 さらに、相手方は、被疑事件の捜査関係書類は刑事訴訟法四七条所定の「訴訟に関する書類」に該当し、右書類の所持者は、同条により守秘義務を負わされているから、民事訴訟法三一二条に基づく文書提出義務を負うことはなく、右書類は同条所定の文書には含まれない旨主張する。

しかしながら、刑事訴訟法四七条本文が、訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、公にしてはならないと規定する理由は、<1>訴訟関係人の名誉その他の利益の保護、<2>刑事裁判への不当な影響の防止、<3>当該捜査の密行性の保持を図ることにあると解されるところ、前認定のとおり、那覇地方検察庁は、同八年一二月二六日、本件被疑事件につき、申立人を不起訴(起訴猶予)処分にしたこと、また、相手方は、別紙目録二1ないし17記載の各文書を証拠として提出していることからすれば、本申立てにおいては、右理由のうち<2>及び<3>の理由は格別考慮する必要はないというべきである。

そこで、右<1>の理由につき検討するに、同条ただし書は、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、右書類の公開を妨げられない旨規定するところ、右相当性の判断は、右書類の保管者が同条本文により原則として守秘義務を負うことに照らし、第一次的には、右書類の保管者の裁量に委ねられるのであるが、それは、公益上の必要にも十分配慮した合理的なものでなければならない。

本件において、右被害者の供述調書が、担当検察官のした勾留請求及び勾留延長請求の適法性を判断するための最も直截かつ適切な証拠方法であることは、前判示のとおりであり、これが証拠として提出されなければ、適正迅速な民事裁判の実現を妨げる結果となることは明らかであるところ、右適正迅速な民事裁判の実現は、重大な公益上の必要にほかならない。そして、相手方は、本件被疑事実が強制わいせつ事犯であって、被害者のプライバシー保護の見地を重視せざるを得ないから、右被害者の供述調書を証拠として提出することは相当でないと主張する。しかしながら、右主張は、強制わいせつ事犯においては、被害者の供述調書が公開されることにより被害者の名誉その他の利益に対する影響があるという一般的な懸念を表したものにすぎず、本件において、右被害者の供述調書の取調べを行った場合、被害者の名誉その他の利益がどのように侵害されるのかを具体的に主張するものではないから、相手方のした相当性の判断には、合理的な理由があるとはいえない。

したがって、右被害者の供述調書につき、同条本文による守秘義務があることを理由として、民事訴訟法三一二条に基づく文書提出義務を負わない旨の相手方の主張は採用できない。

五 以上の次第で、本申立ては理由がある。

(裁判官 原敏雄 近藤昌昭 高木陽一)

文書目録

一 本件被疑事件につき、那覇地方検察庁検察官が申立人を被疑者として勾留請求及び勾留延長請求をした時点までに作成されていた被害者の供述調書(警察官面前調書及び検察官調書)

二1 勾留状

2 通常逮捕手続書(甲)

3 平成八年一月一六日付け弁解録取書

4 同日付け被疑者判明捜査報告書

5 同七年一二月一日付け強制わいせつ被疑事件発生報告書

6 同月三日付け被害日時特定捜査報告書

7 同日付け現場確認捜査報告書

8 同八年一月一一日付け写真撮影報告書

9 同月一七日付け申立人警察官面前調書

10 同月一八日付け弁解録取書

11 同月一九日付け勾留請求書

12 同日付け勾留質問調書

13 同月二四日付け写真入手報告書

14 同月一九日付け資料入手報告書

15 同月二六日付け申立人検察官面前調書(四丁)

16 同日付け同調書(二丁)

17 同年二月一六日付捜査報告書

文書提出命令申立書

前記当事者間の頭書事件について、原告は次のとおり文書提出命令の申立をする。

一 文書の表示

原告に対する強制わいせつ被疑事件(被害者K女(仮名))についての、被害者K女の供述調書その他原告に対する平成八年一月一九日付勾留請求の疏明資料一切及び、右被疑事件について右勾留請求当時捜査機関が所持していた証拠資料一切。

二 文書の趣旨

前記各文書は、原告に対する勾留請求の疎明資料として使用されたものであり、捜査機関が原告を本件容疑事実についての犯人であると判断した資料である。

三 文書の所持者

被告

(所管庁)

那覇市樋川一丁目一五番一五号

那覇地方検察庁

四 証すべき事実

前記各文書により、原告を本件容疑事実についての犯人と判断しているが、捜査機関が原告が犯人であると特定するに致った根拠の不合理性を右各文書によって明らかにし、原告を犯人と判断して勾留請求並びに勾留延長したことに過失(誤り)があることを証する。

五 文書提出義務の原因

民事訴訟法三一二条三号後段

意見書

原告(申立人)は、被告(相手方)の平成九年二月七日付意見書に対し、次ぎのとおり認否、反論する。

第一同書面についての認否

一 同書面第一の第一項のうち、原告の平成八年一一月一五日付文書提出命令申立書の、「文書の表示」、「文書の趣旨」、「証すべき事実」についての記載内容については認め、その余の主張は争う。

二 同第一の第二項のうち、民事訴訟法によれば、当事者が文書提出命令に従わない場合は、裁判所において、当該文書に関する相手方の主張を事実と認めることができる(三一六条)とされ、文書提出命令の申立に際しては、「文書の表示」、「文書の趣旨」、「文書の所持者」、「証すべき事実」、及び「文書提出義務の原因」を明らかにすることを要する(三一三条)とされていることは認め、その余の主張は争う。

三 同第一の第三項は争う。

四 同書面第二の第一項は認める。

五 同第二の第二項のうち、勾留請求及び勾留延長請求に関する刑事訴訟法の規定内容及び被告が引用する原告の訴状並びに準備書面の内容については認め(ただし、原告主張する違法事由は右の点に止まらない。)、その余は争う。

六 同第二の第三項の主張は争う。

被告は、検察官の勾留請求及び勾留延長請求は、検察官が職務上遵守すべき基準、すなわち行為規範に対する違反がある場合に、初めて国家賠償法上違法と評価されるべきものである旨主張するが、国家賠償法上の違法は損害賠償の可否という側面における公務員の加害行為の評価の問題であるから、結果の違法という側面を中心に判断すべきである。

また、被告は本件勾留請求及び勾留延長請求は、裁判官に是認されているのであるから、検察官に合理性を欠く過誤があるはずはなく国家賠償法上も適法なものである旨主張する。

しかし、形式的には勾留請求の要件を具備する証拠資料が整っていてもその証拠資料作成過程に問題がある場合や捜査機関が被疑者(被告)の弁解に耳を傾け一定の捜査をすれば容易に嫌疑がはれる場合もありうるし、さらには裁判官の判断自体に過誤があることも考えられるのであるから(なお、この場合裁判官の責任を追求するか否かは原告の選択の問題である)、裁判所の審査を経たからと言って、勾留請求及び勾留延長請求が当然に適法となるものでないことは明らかである。

本件は最終的には、平成八年一二月二六日、不起訴処分となっているが、不起訴処分がなされた場合、検察官による本件勾留請求及び勾留延長請求は事後的客観的には違法であったことになるのであるから、国家賠償法上、検察官による勾留請求及び勾留延長請求は違法性を帯び、ただ被告により検察官の勾留請求及び勾留延長請求について合理性根拠の存在することが立証された場合に限り違法性を阻却するものと解すべきである。

七 同第二の第四項の主張は争う。

被告は担当検察官を証人として尋問するという代替的な証拠方法が存在するので、捜査関係文書についての証拠調べを実施することはその必要性を各旨主張するが、本件では本来的な証拠方法である捜査関係文書が存在するのであるから、当該捜査関係文書について証拠調べを実施すべきことは当然であろう。

また、本件では担当検察官の判断の過誤の有無自体が争われているのであるから、担当検察官の証人尋問で代替することが不適切であることは明白である。

八 同書面第三の第一項の主張は争う。

九 同第三の第二項の主張は争う。

一〇 同第三の第三項は争う。

被告は、被害者の供述書面は民事訴訟法三一二条三号後段の法律関係文書に該当しないと主張するが、判例上、捜査関係文書が民事訴訟法三一二条三号後段の法律関係文書に該当することほぼ確定しているのであり(東京高裁昭和六二年六月三〇日決定・判時第一二四三号三七頁)、被告の主張は失当である。

一一 同第三の第四項のうち、刑事訴訟法四七条の規定の存在および規定内容については認め、その余は争う。

一二 同第三の第五項は争う。

一三 同第三の第六項は争う。

一四 同書面第四は争う。

第二原告の主張

一 捜査関係文書と民事訴訟法第三一二条三号後段の法律関係文書

民事訴訟法第三一二条三号後段は文書提出命令の対象文書として、「文書ガ挙証者ト文書ノ所持者トノ間ノ法律関係ニツキ作成セラレタル」文書、いわゆる法律関係文書を規定している。

この法律関係文書については、事案解明の要請、個人の権利保護、適正迅速な裁判の実現という民事裁判の理念の実現のため、その対象を広く解すべきであるといのが判例の基本的考えである。すなわち法律関係文書とは契約書など法律関係自体を記載した文書のみでなく、「法律関係に関係のある事項を記載した文書」(東京高決昭和五四年九月一九日)や「法律関係の形成又は生成過程において作成された文書」(大阪高決昭和五三年三月六日)をも含むものとされており、より具体的には個人の権利・自由の制約が「法律関係」にあたるとするのが判例立場である。例えば、原子炉の設置により生命、身体、財産の制約を受ける周辺住民と国との間では法律関係が発生したとして文書提出命令が認められているし(松山地決昭和五〇年五月二四日)、またいわゆる家永教科書訴訟では教科書検定により表現の自由を制約する法律関係が存在するとして文書提出命令が認められているのである(東京高決昭和四四年一〇月一五日)。

そして、本件における捜査関係文書についても、判例は捜査により個人の権利、自由が制約されるという法律関係が形成されたのであって、捜査関係文書は法律関係文書に該当すると判断している(東京高決昭和六二年六月三〇日・判時一二四三号三七頁、及び右判例の原審である東京地決昭和六二年三月三一日)。

以上のように、捜査関係文書が民事訴訟法第三一二条三号後段の法律関係文書に該当することは判例上ほぼ確定しているのであり、被告の主張は失当である。

二 文書提出命令と刑事訴訟法四七条の関係

次ぎに、被告は文書提出命令についても、証人尋問に関する民事訴訟法第二七二条・第二八一条一項一号(職務上の守秘義務ある場合の公務員の証言拒絶権)を準用ないし類推適用し、刑事訴訟法四七条の規定により提出義務を免れる旨主張するが、右の証言拒絶権は国民の一般的証言義務を例外的に免除する規定であるから、厳格に解すべきであり、その適用範囲を安易に拡張すべきではない。

証人と文書ではその性質が異なるのであるから、明文規定のない以上文書提出命令にまで民事訴訟法第二七二条・第二八一条一項一号を準用ないし類推適用することはできないものと解すべきである。

また、仮に右条項の準用ないし類推適用が認められるとしても、刑事訴訟法四七条但書は「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合」には捜査関係文書の公開を認めている。

そして、民事訴訟における適正迅速な裁判の実現ということは重要な公益であることは疑いないところであるから、本件のごとく民事裁判で検察官による勾留請求及び勾留延長請求の違法性が争われており、その違法性判断のためには勾留請求及び勾留延長請求の基礎となった捜査関係書類の証拠調べが不可欠である場合は、刑事訴訟法四七条但書に該当することは明らかであり、文書提出命令の対象となるものと解すべきである(東京高決昭和六二年六月三〇日・判時一二四三号三七頁)。

三 文書申立の方式について

被告は、原告の平成八年一一月一五日付文書提出命令申立書の方式について、「文書の表示」、「文書の趣旨」、「証すべき事実」が概括的に過ぎ特定性を欠き不適法である旨主張する。

しかし、本件のような事案においては、右文書提出命令の記載事項は十分特定しており、適法な申立である。

すなわち、本件文書提出命令申立の対象は被告が保有する捜査関係文書であり、被告が専権的に管理保有しているものである。本件捜査関係文書はいわば被告の排他的管理領域にある文書であり、かつ原告に対する開示を拒んでいる文書である。

このように、原告としては、その文書の具体的な内容等を知ることは不可能である以上、文書提出命令の申立においても可能な限度で特定すれば足りるというべきであり、本件文書提出命令申立書の記載事項はその特定性において欠けるところはないと言うべきである。

判例上も、相手方の支配領域にある文書について、申立人がその内容を知ることができない場合は、可能な限度で特定すれば足りるとされており(東京高判昭和五四年一〇月一八日・判時九四二号一七頁・自衛隊機墜落事故事件控訴審判決、大阪高決昭和五三年三月六日・判時八八三号九頁・多奈川火力発電所公害訴訟文書提出命令申立事件)、本件文書提出命令申立が適法であることは明らかである。

以上

意見書

右当事者間の御庁平成八年(ワ)第一〇八号損害賠償請求事件(以下「本件訴訟」という。)について、申立人(以下「原告」という。)からされた文書提出申立て(御庁平成八年(モ)第一〇六六号。以下「本件申立て」という。)に関し、意見を述べる。

第一文書提出申立ての方式について

一 原告の平成八年一一月一五日付け文書提出命令申立書によれば、本件申立ては、「文書の表示」を、原告に対する強制わいせつ被疑事件について、被害者(匿名で表示し、以下「被害者K女」という。)の供述調書その他、原告に対する平成八年一月一九日付け勾留請求の疎明資料一切及び右被疑事件について右勾留請求当時捜査機関が所持していた証拠資料一切とするほか、「文書の趣旨」を、原告に対する勾留請求の疎明資料として使用され、捜査機関が本件被疑事実についての犯人であると判断した資料であるとし、さらに、捜査機関において原告が犯人であると特定するに至った根拠の不合理性と、勾留請求及び勾留延長請求をしたことに過失があることを、「証すべき事実」とするものである。

しかし、本件申立ては、「被害者の供述調書」はともかくとして、その余の文書については、余りにも概括的に表示され、個々の文書を表示しているものとはいえない。また、「文書の趣旨」の表示も余りに概括的であり、「証すべき事実」に至っては極めて抽象的で、原告が当該の個々の文書により直接認定できるとする具体的な事実(立証命題)を示してもいない。本件申立ては、「被害者の供述調書」については民事訴訟法三一三条二号ないし四号に照らし、それ以外の文書については、さらに文書の表示としての特定性に欠くなど、同法三一三条一号ないし四号に照らし、いずれも不適法な申立てであるといわざるを得ない。

二 ちなみに、民事訴訟法によれば、当事者が文書提出命令に従わないときは、裁判所において、当該文書に関する相手方の主張を真実と認めることができる(三一六条)とされ、文書提出命令の申立に際しては、「文書の表示」、「文書の趣旨」、「文書の所持者」、「証すべき事実」及び「文書提出義務の原因」を明らかにすることを要する(三一三条)とされている。そして、特に「挙証者と文書の所持者との間の法律関係につき作成せられた文書」(三一二条三号後段)も、その法律関係に何らかの意味で関連ありと考えられる一切の文書をいうものではない。

そもそも、証拠調べの必要性(二五九条)が認められるためには、「証すべき事実」との関係が、個々の証拠ごとに明らかにされる必要があるから、文書提出命令の申立てにおいても、「証すべき事実」を明確にし、申立てに表示された個々の文書と「証すべき事実」との関係が明らかにされなければならない。また、文書の所持者に文書提出義務の原因事由(三一二条一号ないし三号)があるかどうかも、個々の文書ごとに判断されることがらである。

したがって、「証すべき事実」は、当該文書による具体的な立証命題を明らかに表示するものでなければならないし、「文書の表示」は、文書の種別、標題、作成者、日付けなどにより、他の文書と識別できるように特定される必要がある。例えば相手方所持の文書など、文書提出命令の申立人にとって詳細が不明なものであっても、当該文書の具体的な立証命題としての「証すべき事実」との関係が明らかになる程度に特定される必要があるから、その「文書の表示」は、少なくとも、個々の文書を表示していると認められる程度のものでなければならない(大阪高等裁判所昭和六三年七月二〇日決定・判例タイムズ六八一号一九八ページ参照。)。

三 本件申立てについては、文書の表示、文書の趣旨、証すべき事実のいずれを見ても、概括的、かつ、抽象的であるため、個々の文書ごとに判断をすることができないはずである。

第二本件訴訟の争点及び証拠調べの必要性について

一 原告は、平成八年一月一九日から同年二月七日まで、裁判官が同年一月一九日に発付した勾留状及び同月二七日にした勾留延長の裁判に基づいて、沖縄県那覇警察署留置場に勾留された。右勾留に係る被疑事実の要旨は、原告が、平成七年六月三〇日午後六時五分ころ、那覇市泊一丁目二〇番地の一美容の店コーナー先路上を通行中の被害者K女を認めるや、いきなり後方から来て同女の前に立ちふさがり、右腕を掴まえて引き寄せ、「遊びに行こう」等と申し向けて、抵抗し嫌がる同女の左乳房をにぎり、もって強制わいせつの行為をしたというものである(以下「本件勾留」という。<証拠略>)。そして、検察官は、平成八年一二月、原告に対する右被疑事件について、公訴を提起しない旨裁定し、その旨を原告に告知した。

原告は、本件訴訟において、検察官がした勾留請求及び勾留期間延長請求が違法であるとし、無実であるにもかかわらず身柄を拘束されて自由を侵害されたため、精神的苦痛を受けたとして、被告に対し国家賠償法一条に基づく損害賠償を求めている。

二 しかしながら、検察官は、被疑者が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」がある場合(刑事訴訟法法二〇七条一項、六〇条一項柱書き)であって、「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」、あるいは、「逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由」(同法二〇七条一項、六〇条一項二号及び三号)などの要件を充たす場合に、裁判官に勾留状の発付を請求することができるとされ、また、「やむを得ない事由」があるときは、勾留の延長をすることができる(同法二〇八条二項)とされている。そうすると、勾留請求及び勾留期間延長請求の各時点において、右の意味で、「犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められるかぎり、勾留請求等が適法であることは明らかである。勾留状の発付請求は、公訴を提起し又は公判を維持するに足る証拠資料を収集するためにされるのであるから、当然のこと、その程度の証拠資料が既に収集されているまでの必要は存しない。

そうであるにもかかわらず、原告の平成八年二月一三日付け答弁書及び同年四月三〇日付け準備書面を見ても、検察官がした勾留請求及び勾留期間延長請求の違法事由として主張されている内容は、「証拠としては犯行後半年程度経過した後に作成された被害者の告訴状と供述調書等しかなく、従って、原告を犯人と断定して、公訴を提起し、あるいは公判を維持するに足る証拠資料がないことは、明白であった」、「原告は、第一項の犯行時刻とされている時間と近接する平成七年六月三〇日の午後六時三〇分頃、犯行現場から直線距離にして約一・五キロ程度離れた沖縄海邦銀行本店において預金を降ろしているのであり、常識的に考えて犯行現場に居たとは考えられない。」、「本件の勾留の延長請求に際しては、原告側代理人から、犯行時に近接する時間に銀行に居たという客観的なアリバイが示されていた(その証拠には、銀行のキャッシュカードの防犯カメラに写された原告の写真もあった)。従って、既にほとんど容疑は晴れていた筈であるが、検察官は、実況見分未了、参考人取調未了、被疑者取調未了を理由に勾留延長の申請をなした。」などと主張されているにすぎない。

したがって、原告の主張は、勾留請求及び勾留期間延長請求の要件として、刑事訴訟法が定める以上のことを必要とするもので、独自の見解に基づくものにほかならず、その主張それ自体に失当なところがある。

三 さらに、検察官の勾留請求及び勾留延長請求は、仮に無罪判決が確定した場合であっても、国賠法一条一項上直ちに違法と評価されるべきではなく、検察官が職務上遵守すべき基準、すなわち行為規範に対する違反がある場合に、初めて国家賠償法上も違法と評価されるべきものである(最高裁判所昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決〔芦別国賠最高裁判決〕・民集三二巻七号一三六七ページ、最高裁判所平成元年六月二九日第一小法廷判決〔沖縄ゼネスト国賠最高裁判決〕・民集四三巻六号六六四ページ)。

そして、検察官がした勾留請求及び勾留延長請求については、当該手続に内在する裁判官の審査という手続を経ること、しかも勾留及び勾留延長の裁判の結果については、適法な不服申立手続を経れば変更されることが、いずれも制度上予定されている(刑事訴訟法四二九条一項、四三三条一項)。本件勾留については、検察官の勾留請求に対する裁判を経て、裁判官が発布した勾留状が執行されたものであるし、検察官の勾留延長請求に対しても、勾留延長の裁判を経ており、さらに那覇地方裁判所は、原告の弁護人らからされた準抗告の申立てを棄却するに際し、「被疑者のアリバイに関する主張を考慮しても、なお相当の嫌疑は存在するというべきであるし、罪証隠滅及び逃亡の虞れも認められる。」と判断した(<証拠略>)。

したがって、本件勾留についての勾留請求及び勾留延長請求は、刑事訴訟法上の要件を具備して適法なものであることが裁判所によって是認されているのであるから、検察官に合理性を欠く重大な過誤(東京地裁平成二年六月一二日判決・判例時報一三六二号八〇ページ)があるはずはなく、国家賠償法上も適法なものであることは明白である。本件勾留について、原告の本訴請求に理由の存しないことは、既に明らかであるといわざるを得ないのである。

四 なお、本件勾留について、被害者K女が被疑事実に沿う内容の供述をしたことは、担当検察官を証人として尋問することによって、明らかにすることができる。その他、検察官のした勾留請求及び勾留延長請求における判断要素について、<証拠略>のほか、さらに証拠調べの必要があるとしても、その場合には、担当検察官を証人として尋問することこそが、最も適切、かつ、必要十分な証拠方法であると解される。

そして、そのような代替的な証拠方法が存在している以上、原告の本件申立てに係る「証すべき事実」や「文書の表示」があいまいなままで、すべての捜査関係文書(本件申立てでは、特定されていない。)について証拠調べを実施することは、その必要性を欠くばかりでなく、相当性も存在しないと思料する。

第三民事訴訟法三一二条三号後段の意義について

一 文書提出命令の制度は、元来文書所持者が原則的に有すべき処分の自由を特に制限し、民事訴訟法三一六条以下の不利益ないし制裁の威嚇のもとに文書を訴訟の場に提出させるものであるから、民事訴訟法三一二条三号後段にいう「挙証者ト文書ノ所持者トノ法律関係ニ付作成セラレタ」文書とは、契約書、地代家賃通帳など、挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたものや、印鑑証明書など、挙証者と文書の所持者との間の法律関係と密接に関連する事項について作成されたものをいうと解されるが、その具体的範囲がどのように画されるか、必ずしも明確でないところがある(東京高裁昭和六〇年二月一四日決定・判例タイムズ五六〇号一四二ページ)。

二 しかしながら、内容上は挙証者と文書の所持者との間の法律関係に関係のある文書であっても、その内容が公表を予定していないような内部的文書や、文書の所持者の内部的な自己使用の目的で作成された文書などは、作成者の職業上の秘密に関する事項、関係者の個人的秘密に関する事項、あるいは作成者等の個人的意見に関する事項等が記載されることが多く、これが後に作成者等の意思に反して公表されることになった場合に、作成者等が不利益を被り、その自由な活動が不当に阻害される結果を招来するおそれがあり、少なくとも、そのような結果は到底法の予定するところではないと解される。したがって、このような文書は、民事訴訟法三一二条三号後段所定の文書には含まれないと解するのが相当である(前記東京高裁昭和六〇年二月一四日決定のほか、東京高裁昭和五八年一二月一三日決定・判例時報一一〇五号五四ページ、菊井維大・村松俊夫「全訂民事訴訟法II」六一七ページ及び六二〇ページ参照。)。

三 被疑者である原告の供述書面ならば、本件勾留に基づく原告と検察官との間の刑事訴訟法上の法律関係について作成されたもの又はその法律関係と密接に関連する事項について作成されたものであるということができるであろう。

しかしながら、被害者K女の供述書面は、仮に、本件勾留に係る被疑事実について公訴の提起がされたとしても、被害者K女の供述書面すべての取調請求がされ、そのすべてが証拠として公判廷で取り調べられるに至るとは限らないものである(刑事訴訟法二九七条、二九八条、三〇〇条ないし三〇二条、三一九条ないし三二三条及び三二六条参照。)から、民事訴訟法三一二条三号後段の文書には該当しないというべきである(千葉地裁昭和五九年六月七日決定・判例時報一一三三号一三九ページ参照。)。

四 また、そもそも刑事訴訟法によれば、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」とされており(四七条)、これは、訴訟に関する書類が、公判開廷前に公開されることによって、訴訟関係人の名誉を毀損し、公序良俗を害し、また、当該被疑事件又は被告事件に限らず、他の事件の裁判一般に対し不当な影響を引き起こすことを防止するため、当該書類の所持者に対し、守秘義務を負わせた規定である(最高裁昭和二八年七月一八日第三小法廷判決・刑集七巻七号一五四七ページ参照。)。

また、仮に、刑事事件につき公訴時効が完成し公訴が提起されることがなくなったからといって、右事件の捜査関係書類が「訴訟に関する書類」に該当しなくなり、刑事訴訟法四七条に基づく公開の禁止が全面的に解かれるわけのものではない(福岡高裁宮崎支部昭和五四年三月二七日決定・訟務月報二五巻七号一七八七ページ)。

さらに、検察官がした原告に対する被疑事件について公訴を提起しない旨の裁定(刑事訴訟法二四八条、二五九条参照。)は、検察官が内部関係においてするものであって、その方式について法律上の定めはないし、これにより検察官の公訴権を消滅するものではなく、改めて公訴の提起をすることも法律上は可能なのであるから、不起訴裁定がされた後であっても、「訴訟に関する書類」が公開されることによって、訴訟関係人の名誉を毀損し、公序良俗を害し、また裁判に対する不当な影響を引き起こすことを防止する必要は失われないのである。

五 そもそも、民事訴訟法三一二条に基づく文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であって、基本的には証人義務、証言義務と同質のものであるから、それらと同様の限界が存するのであって、文書所持者に法定の守秘義務のあるときは、その限度で文書提出義務を負うこともないと解するのが相当である(同法二七二条、二八一条一項一号)。

そうすると、刑事訴訟法四七条所定の「訴訟に関する書類」とは、被疑事件又は被告事件に関して作成された書類をいうところ、それらの書類の所持者は、同条により守秘義務を負わされているから、民事訴訟法三一二条に基づく文書提出義務も負うことはなく、そのような書類は同条所定の文書に含まれないというべきである。

そして、刑事訴訟法四七条所定の「訴訟に関する書類」について、公益上の必要その他の事由があって相当と認められる場合は、これを公にすることが例外的に許されているものの、果たして「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合」に当たるか否かは、当該書類の内容を把握した上でなければ的確に判断することができない。したがって、その判断は、文書の保管者の裁量に委ねられているといわざるを得ない。

六 なお、那覇地方検察庁は、被告指定代理人に対し、本件勾留についての捜査関係書類の任意に提出することを求められても、<証拠略>を除き、提出に応ずることはできないという判断結果を示した。本件勾留に係る被疑事実が強制わいせつ事犯であって、被害者のプライバシー保護の見地を重視せざるを得ないという特質を有する事案であることに照らすと、たとえ本件申立上で特定表示された被害者の供述調書に限定してみても、その任意提出に応ずることができないとした同検察庁の判断に、不合理かつ不相当なところはないと思料する。

第四結論

以上のとおりであるから、本件申立てはすべて不適法なものであるといわざるを得ないし、仮に適法な申立て部分が含まれているとしても、申立ての理由を欠くものといわざるを得ない。

上申書

平成九年二月七日付け相手方(被告)意見書について、次のとおり訂正いたします。

一 六ページ七行目の「公訴を提起しない旨裁定し、その旨を原告に告知した。」を、「公訴を提起しない旨裁定した。」に訂正する。

二 七ページ七行目の「勾留の延長をすることができる」を、「検察官の請求により勾留の延長をすることができる」に訂正する。

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