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福岡高等裁判所那覇支部 昭和46年(ネ)66号 判決 1972年8月25日

控訴人

宮城昌彦

右代理人

大村修一

被控訴人

伊差川広銀

右代理人

宜保安浩

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、別紙目録記載の各土地および建物(以下「本件不動産」という。)について、那覇法務支局一九七〇年一〇月二日受付二二、七九六号抵当権設定登記、同支局同日受付二二、七九七号停止条件付所有権移転登記および同支局一九七一年一月七日受付四八一号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  控訴人は、昭和四五年九月三〇日、被控訴人から金二三、〇〇〇ドルを利息月三分、弁済期同年一二月三〇日の約定で借り受け、その際、被控訴人の右債権を担保するため、控訴人所有の本件不動産につき抵当権を設定するとともに、停止条件付代物弁済契約(以下「本件契約という。」)を締結し、被控訴人のため同年一〇月二日那覇法務支局受付第二二、七九六号の抵当権設定登記および同受付第二二、七九七号の停止条件付所有権移転仮登記をしたところ、被控訴人は、右弁済期経過後である同四六年一月七日に同支局受付第四八一号をもつて、右仮登記に基づく所有権移転の本登記を経由した。

2  本件契約は、前記消費貸借上の債権を担保するため締結されたものであるから、その実質は担保権設定契約と同視すべく、被控訴人において弁済期徒過による条件成就を原因として本登記を経由した後であつても、控訴人から債務を弁済すれば本件不動産の取戻しを請求すること(いわゆる取戻権の存在)ができるものと解すべきところ、控訴人は、被控訴人に対し、前記消費貸借上の債務につき、弁済期までの利息を月三分の割合で支払い、さらに、被控訴人において受領を拒絶することが明らかであつたから、昭和四六年三月四日、被控訴人の代理人宜保安浩に対し、元金二三、〇〇〇ドルとこれに対する同年一月一日から三月四日までの月三分の割合による遅延損害金一、四七二ドルにつき口頭による弁済の提供をしたうえ、同日、那覇法務支局に右元金二三、〇〇〇ドルと右同期間の利息制限法(一九五七年立法第八二号)所定の制限利率の範囲内で算出した遅延損害金五三一ドル五八セントを供託した。

3  したがつて、控訴人の被控訴人に対する債務は右弁済供託によりすべて消滅し、被控訴人の債権を担保するために締結された抵当権設定契約および本件契約はその効力を失つたから、被控訴人は、控訴人に対し、本件不動産についてなされた前記各登記の抹消登記手続をする義務がある。

二  請求の原因に対する被控訴人の認否

請求原因事実中、控訴人において弁済の提供をしても被控訴人がその受領を拒絶することが明らかであつたとの点は否認するが、その余の事実はすべて認める。

三  被控訴人の抗弁(取戻権の消滅)

控訴人の本件不動産に対する取戻権は、つぎの事由により控訴人の弁済供託前に消滅した。

1(一)  控訴人と被控訴人との間で、昭和四六年二月五日、那覇簡易裁判所において、控訴人主張の消費貸借上の債務につき左記内容の起訴前の和解が成立した。

(1) 控訴人は被控訴人に対し、元金二三、〇〇〇ドルと右元金に対する昭和四六年一月一日以降の利息を、同年二月一〇日までに支払う。

(2) 控訴人が前項の弁済をしたときは、被控訴人は、本件不動産について抵当権設定登記、所有権移転登記の各抹消登記手続をする。

(3) 控訴人が第一項の期日に元利金の弁済をしないときは、控訴人は、本件不動産の処分を容易にするため、同年三月一〇日かぎり、本件不動産のうち別紙目録三の建物を被控訴人に明渡す。

(4) 控訴人において第一項の期日までに元利金の弁済ができる見込みがないときは、被控訴人にあらかじめ通知することとし、互に協力して本件不動産を他に売却する。

(5) 前項の売却代金は、まず本件不動産について先順位債権者で一番抵当権者である訴外琉球銀行に対する控訴人の債務の弁済に、ついで被控訴人に対する第一項の債務の弁済に充当し、残余金は控訴人に返還する。

(二)  そして、右和解によつて本件契約に基づいて発生した従前の関係は消滅し、控訴人と被控訴人との間に、あらたな債権債務関係、すなわち、被控訴人は昭和四六年二月一〇日までは本件不動産を換価処分することはできず、一方、被控訴人は、同日までにかぎつては債務を弁済して右不動産を取り戻すことができるが、右期間経過後は取戻権を失い、右和解条項第五項の清算金請求権を取得するにとどまるという関係が発生した。したがつて、右期間経過後である同年三月四日になされた控訴人の弁済供託はその効力を生じるに由ないものである。

2(一)  右の主張が認められないとしても、つぎのとおり、控訴人の本件不動産に対する取戻権は消滅した。すなわち、被控訴人は、控訴人の弁済供託前である昭和四六年二月一二日、本件不動産を処分してその代金から債権の優先弁済をうけるため、訴外クラウン商事株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し、つぎの約定で本件不動産を売却した。

(1) 売買代金は一二〇、〇〇〇ドルとし、手付金二〇、〇〇〇ドルを契約成立と同時に支払う。

(2) 残代金は、本件不動産の引渡および所有権移転登記と同時に支払う。

(3) 売主が書面により本件不動産を引渡すべきことを催告しても買主がこれに応じない場合には、買主は手付金を放棄して契約を解除したものとみなし、また、売主が本件不動産の引渡が可能な状態になつてもその引渡と登記手続に協力しない場合において、買主が書面で催告し、なお履行がないときは、売主は、買主に対し手付金の倍額を返還する。

(二)  しかして、被控訴人は、即日、手付金二〇、〇〇〇ドルを訴外会社から受け取つた。

(三)  しかるに、控訴人の弁済供託は、右のとおり被控訴人において本件不動産の換価処分に着手し、その所有権が訴外会社に移転した後になされたものであるから、控訴人はもはや右供託によつて本件不動産を取り戻すことはできないものというべきである。

四  抗弁に対する控訴人の認否

1  抗弁1(一)の事実は認めるが、同1(二)は争う。同2(一)の事実中、被控訴人がその主張の日に本件不動産を訴外会社に売却した事実は認めるが、売買契約の内容および同(二)の事実は知らない。

2  本件のような債権担保契約においては、債務者は、債権者が目的不動産を第三者に処分した後であつても、買主である第三者が所有権移転登記を終えるまでは債務を弁済して目的不動産を取り戻すことができるとするのが判例(最高裁判所昭四六年五月一〇日判決)であるから、本件不動産につきいまだ被控訴人から訴外会社への所有権移転登記が経由されていない本件においては、控訴人は、前記弁済供託によつて被控訴人から本件不動産を取り戻すことができるものと解すべきである。

五  控訴人の再抗弁

1  (和解の無効)

(一) 被控訴人は、本件不動産の登記名義人となつたことを利用し、控訴人に対して本件債務金二三、〇〇〇ドルのほかに一〇、〇〇〇ドルを支払わなければ本件不動産を処分すると迫り、困惑した控訴人から一〇、〇〇〇ドルについて弁済期限を昭和四六年二月一〇日までとする支払誓約書を徴したうえ、二三、〇〇〇ドルについて形式的に起訴前の和解を成立させたものであつて、このように短期間に一〇、〇〇〇ドルもの利益を得ることは暴利行為というべきである。このように、本件和解は、被控訴人の暴利獲得の目的でなされたものであるから、公序良俗に反し無効である。

(二) かりに右主張が認められないとしても、控訴人は、昭和四六年一月一三日、被控訴人の要求に従つて金三三、〇〇〇ドルの債務を承認し、同年二月一〇日までに支払う旨の誓約書を被控訴人に差し入れていたから、控訴人と被控訴人との間には和解の対象となるべき民事上の争いは存在していなかつた。したがつて、本件和解は起訴前の和解としての要件を欠くもので、無効である。

2  (不動産売却についての対抗要件の欠缺)

被控訴人は、いまだ訴外会社に対して本件不動産の所有権移転登記を終えていないから、登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する第三者たる控訴人に対し、所有権の移転(訴外会社への処分)を対抗することができない。

3  (処分禁止の仮処分の存在)

控訴人は、昭和四六年二月一五日、那覇地方裁判所において、弁済を条件として発生する目的不動産の所有権移転登記請求権を被保全権利とし、被控訴人を債務者とする、いわゆる処分禁止の仮処分決定を得、同日、その執行としての登記記入がなされた。

しかるところ、被控訴人の訴外会社に対する本件不動産の処分行為は右仮処分登記の前にされたが、その処分に基づく所有権移転登記は右仮処分登記の前になされていなかつたから、被控訴人は、右処分行為をもつて控訴人に対抗することができない。

4  (信義則違反、権利濫用による処分の無効)

控訴人は、被控訴人に対し、同年一月一一日および同一三日の二回にわたり、本件債務につき口頭による弁済の提供をしたが、被控訴人は、三三、〇〇〇ドルという法外な金額の支払いを要求して、その受領を拒絶した。したがつて、控訴人は履行遅滞の責を免れた反面、被控訴人は受領遅滞の責を負うに至つたのであつて、被控訴人としては、改めて正当な金額の支払を請求し、その支払がない場合にはじめて担保権の実行が許されるものとなつたと解すべきである。そして、かかる被控訴人の地位は本件和解の成立によつて消滅したものではない。けだし、右和解はその成立の日から僅か五日以内に三三、〇〇〇ドルを支払うべきことを内容とするが、控訴人の経済的能力に照らして、その履行がおよそ不可能であることは双方が十分に知つていたのであるから、右和解における弁済期限に関する合意は効力を生じなかつたというべきだからである。

しかるに、被控訴人は暴利を得る目的で、あえて担保権の実行をしたのであつて、被控訴人の売却行為は、信義則に反し、権利の濫用にわたるものであるから、効力を生じなかつたものというべきである。

六  再抗弁に対する被控訴人の認否被控訴人が訴外会社に対し所有権移転登記を終えていないこと、控訴人主張の処分禁止の仮処分の執行がなされたことは認めるが、その余の主張は争う。

第三  証拠関係<略>

理由

一1  控訴人が、昭和四五年九月三〇日、被控訴人から二三、〇〇〇ドルを利息月三分、弁済期同年一二月三〇日の約定で借り受け、その際、右被控訴人の債権を担保するため控訴人所有の本件不動産に抵当権を設定するとともに本件契約(債務不履行を停止条件とする代物弁済契約)を締結し、そのころ、控訴人主張の抵当権設定登記および停止条件付所有権移転の仮登記を経由したこと、被控訴人が、右弁済期経過後である同四六年一月七日、右仮登記に基づく本登記を経由したこと、控訴人が同年三月四日、被控訴人の代理人宜保安浩に対し、右債務元金二三、〇〇〇ドルおよびこれに対する未払分の同年一月一日から同年三月四日までの月三分の割合による遅延損害金一、四七二ドルを被控訴人において受領を拒絶することが明らかであるとして口頭による提供をしたうえ、右元金二三、〇〇〇ドルおよびこれに対する右と同期間の利息制限法(一九五七年立法第八二号)所定の制限利率の範囲内で算出した遅延損害金五三一ドル五八セントを供託したことは、当事者間に争いがない。

2  しかして、本件契約は、被控訴人の控訴人に対する右貸金債権を担保し、被控訴人において本件不動産から債権の優先弁済を受けるために締結されたものであつて、停止条件の成就により本来の代物弁済契約を締結させるためのものではなく、担保権としての実質を有するものであること、したがつて、条件の成就により被控訴人が仮登記に基づく本登記を経由した後であつても、控訴人がその被担保債権を弁済すれば、担保に供した本件不動産の取戻しを請求することができるものであることは、当事者双方の見解の一致するところであつて、前記事実関係のもとにおいては、当裁判所もまた本件契約をもつてかかる性質を有する債権担保契約であると解するのを相当と考える。

そして、<証拠>を総合すれば、控訴人が被控訴人に対し口頭による弁済の提供をした当時、被訴人と被控訴人との間には、控訴人において支払をなすべき債務額に争いがあつたことが認められ、しかも、後記のとおり、当時被控訴人はすでに本件不動産を訴外会社に売却したあとであつたから、控訴人が前記元金とその遅延損害金の提供をしても、被控訴人においてこれを受領しないことが明らかであつたものと認めることができ、現実の提供を経ないでされた控訴人の弁済供託もそのかぎりでは適法な要件を備えていたものというべきである。

してみれば、控訴人において右供託前にいわゆる取戻権を喪失していたと認められるべき特段の事情のないかぎり、控訴人の右供託によつて本件消費貸借上の債務が消滅し、被控訴人は、前記各登記につき抹消登記手続をなすべき義務を負担するに至つたものといわなければならない。

二そこで、被控訴人主張の取戻権喪失の抗弁について検討する。

1  控訴人と被控訴人との間で、昭和四六年二月五日、被控訴人主張の内容の起訴前の和解が成立したことは、当事者間に争いがない。

被控訴人は、右和解によつて、本件契約に基づいて発生した従前の契約関係は消滅して新たな契約関係が発生し、被控訴人は、昭和四六年二月一〇日までの間本件不動産の処分を禁止され、控訴人は、同日までは債務を弁済して本件不動産を取り戻すことができる機会を与えられたが、同日の経過後は取戻権を失つて、被控訴人ら債権者において本件不動産の売却代金から優先弁済を受けた残額を清算金として支払を求めうるにとどまることとなつたと主張する。

しかし、被控訴人の右主張はたやすく採用できないのであつて、その理由はつぎのとおりである。本件において、被控訴人が自己の債権の満足を受けるために、和解で定められた右弁済期の経過後に、和解の趣旨に従つて本件不動産を第三者に処分し、その代価から優先弁済を受けて目的を達するか、右弁済期の経過後であつても、その処分前に債務者である控訴人から直接被担保債権の弁済を受けて目的を達するかのいずれの手段によるかについて被控訴人の受ける利益に差異はなく、むしろ後者によることは被控訴人にとつても簡便であり担保の目的にそうものというべきであるから、右弁済期経過後は絶対に控訴人の弁済を許さないものと解する合理的理由を見出しがたく、他面、債務者である控訴人にとつて、右弁済期経過後、被控訴人が本件不動産の処分を故意に延滞し、あるいは適切な処分先を見出せないために処分に着手できない場合等に、控訴人みずから債務を弁済して債権関係の清算をはかることが許されず、ただ拱手して被控訴人の処分代金による清算金の支払を待たなければならないという結果を是認することもまた合理的でない。かように考えるときは、本件の和解条項をもつて控訴人主張のような趣旨のものと解するのは相当ではなく、他にこれを控訴人主張の趣旨に解すべき特段の証拠はない。そして、後記三1に認定する和解成立の経緯に照らすと、本件和解の趣旨は、被控訴人が本件契約に定められた当初の弁済期の徒過を理由として本件不動産について仮登記に基づく本登記をなし、控訴人に対し本件不動産の明渡を求めてきたところから、控訴人はこれに対処し、被担保債権の弁済のため金策に奔走する一方、その金策について一応の目途が立つたため、本件和解において本件契約上の被控訴人の権利が処分清算方式による担保権であることを当事者間で確定するとともに、和解成立後五日間に限り被控訴人による本件不動産の処分を猶予してもらつてその間に被担保債権の弁済をはかることとし、右期間経過後は債権関係の清算のため被控訴人においてこれを他に処分することについて異議のないことを確定したものであり、被控訴人主張の控訴人による取戻権消滅の合意までをも含むものではない、と解するのが相当である。

2 つぎに、控訴人が右和解において定められた弁済期である昭和四六年二月一〇日までに和解条項所定の債務金の支払をせず、これを徒過したこと、被控訴人が、右弁済期後である同月一二日、訴外会社に対し本件不動産を売却したことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右売買契約は被控訴人主張のとおりの内容であつたことおよび被控訴人は、右契約成立の日に訴外会社から約定の手付金二〇、〇〇〇ドルの支払を受けたことを認めることができ、これに反する証拠はない。そして、右契約内容に照らすと、被控訴人の受領した手付金二〇、〇〇〇ドルは、代金の内払いに充当されるべきものであるとともに違約手付として授受されたものと認めるのが相当である。

しかして、被控訴人は、右のように訴外会社に本件不動産を売却したことにより、もはや控訴人は被担保債権を弁済して本件不動産の取戻しをはかることは許されなくなつたのであり、したがつて、右契約成立後になされた控訴人の弁済供託は、弁済としての効力を生じなかつたものである旨主張するところ、当裁判所もまた被控訴人の右主張を正当と考えるのであつて、その理由はつぎのとおりである。

前記和解の趣旨が、和解に定められた弁済期の経過後被控訴人の側で債権の優先弁済を受けるにあたつては、これを第三者に売却しその代金から弁済充当を受けるものとする、いわゆる処分清算方式によるべきことを確認したものであることは前示のとおりであるから、被控訴人の訴外会社に対する本件不動産の売却は、とりもなおさず、右和解における約旨に従うものであつたといわなければならない(控訴人が、被控訴人に対し、和解条項の趣旨に従つて期限までの弁済の見込がない旨の通知をした事実を認めうる証拠はないが、右条項は債権者である被控訴人の利益のため定められたもので、期限徒過後は被控訴人は控訴人の承諾がなくても売却できる趣旨であつたと解すべきである。)。そして、本件のような内容を有する債権担保のための停止条件付代物弁済契約において、債権者においてその換価代金から優先弁済を受けるため目的不動産を処分したときは、もはや債務者は被担保債権を弁済してこれを取り戻すことは許されなくなるものと解すべきである。けだし、債権者が目的不動産を他に処分するという段階に達したときは、目的不動産の処分代金から債権の満足を得るという債権者の意思が客観的、確定的に表明され、すでにその実行に移されたのであるから、かかる段階に至つてなお債務者の弁済という方法による取戻権の行使を許すことは、約旨に従つて行動する債権者の信頼を害なうことになつて法律関係を不安定ならしめるだけでなく、右のような債権者と債務者間の債権関係の清算という内部的な関係だけが存在するにとどまらず、処分の相手方である第三者が利害関係をもつに至るから、かかる第三者の利益を保護する必要があるからである。

かかる見地に立つて本件をみると、前記事実関係によれば、被控訴人は、和解の趣旨に従つて昭和四六年三月一二日に訴外会社に対して本件不動産を売却するとともに、即日訴外会社から代金の内金でありかつ違約手付としての性格を有する二〇、〇〇〇ドル(売買代金の六分の一に相当する。)の手付金を受領したというのであつて、かように第三者との間で現実に売買契約が成立し、すでに違約手付の授受まで終つたという段階に達した以上、すでに本件不動産の換価処分がなされたものと解するのが相当である。したがつて、控訴人は、右の時期以後においては、他に特段の事情のないかぎり、もはや被控訴人に対し債務を弁済して本件不動産の取戻しをはかることは許されなくなつたものといわなければならない。

この点につき、控訴人は、最高裁判所昭和四一年(オ)第六〇五号、同四六年五月二〇日第一小法廷判決を援用して、債権者が第三者に対して目的不動産を売り渡しても、第三者において所有権移転登記を終えるまでは債務者は債務の弁済をして目的不動産を取り戻すことが許されると主張し、また、控訴人は被控訴人による処分の相手方である訴外会社に対する関係では登記の欠缺を主張する利益を有する第三者にあたるところ、被控訴人は、本件売却について所有権移転登記を経由していないから、控訴人に対しては訴外会社に処分したことを対抗できないと主張する。しかして、被控訴人が訴外会社に対していまだ所有権移転登記を終えていないことは当事者間に争いがない。

しかしながら、右最高裁判決は、債権担保のため停止条件付代物弁済契約を締結した債権者が、条件の成就により代物弁済を受けて目的不動産の所有権を確定的に取得したとしてこれを第三者に転売したという事案について判示したものであることがその判文によつて窺われるから、本件のように処分清算方式による担保権であることについて債権者と債務者との間で明確な合意をしたうえ、債権者において債務者との間の約旨に従い、被担保債権の清算の手段として目的不動産を売却したという場合とは事案を異にするのであつて、右判決をもつて、本件のような場合にも処分の相手方において所有権移転登記を経由しないかぎり、なお債務者に取戻権がが存在することを認めたものと解さなければならないものではないというべきである。そして、債権担保のための停止条件付代物弁済契約上の権利者が被担保債権の弁済を得るため債務者所有の目的不動産を第三者に売却処分した場合には、目的不動産の所有権は、登記の過程に従い、所有者であつた債務者から債権者を介して買主たる第三者に移転されたことになり、債務者は第三者にとつていわゆる相次譲渡の場合における前々主にあたることになるから、債務者は民法一七七条所定の第三者にあたらず、したがつて、買主は債務者に対し登記なくしてその所有権の取得を対抗できるのである。民法一七七条を援用する所論は、控訴人による弁済供託後に被控訴人による売却がなされた事案においては相当であるが、本件においては相当ではない。右の次第で、本件のような事案については、債務者による取戻権喪失の基準時を、債権者から第三者に対する所有権移転登記の完了時と解するのは相当でないというべきであるから、控訴人の主張はいずれも採用することができない。

三そこで、すすんで控訴人のその余の再抗弁事由について検討する。

1  和解無効の主張について

(一)  (民事上の争いの欠缺による和解無効)

本件和解が成立するまでの経緯について、<証拠>によれば、当初の契約に定められた弁済期の経過後、被控訴人が本件不動産につき本登記を経由したうえ、昭和四六年一月一〇日ごろ、控訴人に対し本件不動産の明渡しを求めるに至つたので、控訴人は、債務の弁済のため金策に奔走する一方、債務額について争いを生じたので被控訴人と交渉を重ねたが、被控訴人が本来の債務元金二三、〇〇〇ドルに加えて一〇、〇〇〇ドルを支払うよう要求して譲らなかつたところから、そのころ訴外天久豪太郎を通じ被控訴人の要求する三三、〇〇〇ドルを借り受けることについて一応の目途も立つた控訴人は、不本意ながら被控訴人の要求額を諒承し、同月二一日、被控訴人の代理人冝保弁護士の法律事務所において、右被控訴人の代理人との間で本件和解の内容をなす具体的条項について合意をしたうえ、二月五日被控訴人を申立人とし控訴人および控訴人が代表者となつている別紙目録三の建物を使用中の会社を相手方として本件和解が成立したこと、その後、控訴人は、被控訴人に対し金一〇、〇〇〇ドルの支払誓約書を差し入れたが、結局、前記天久からの金策が成功しなかつたため、和解に定められた弁済期に弁済できなかつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。右に認定したところによると、控訴人と、被控訴人との間には債権の範囲について争いがあり、しかも、控訴人は、被控訴人から本件担保権実行として、本件不動産の明渡を要求され、これに対する権利を失うおそれがあつたところから、被担保債権の弁済をすべく被控訴人に対し明渡の猶予を求めた結果、互いにその権利関係について譲渡をなし、その権利関係を明確にするために本件和解の申立がなされ、和解の成立をみたものと認められるから、本件和解はその要件において欠けるところがなかつたものというべきである。控訴人の右主張は採用することができない。

(二)(公序良俗違反による和解無効)

控訴人が、被控訴人から、控訴人の負担する本件消費貸借上の債務以外に一〇、〇〇〇ドルの支払を要求され、その支払を約したことはさきに認定したとおりである。しかして、<証拠>によれば、右一〇、〇〇〇ドルは被控訴人が控訴人に対し融資したことに対する「もうけ」としてその支払を要求し承諾を得たものであることが認められるから、その実質は、本件貸金の利息ないし遅延損害金にあたるというべきであるが、さきに確定した事実関係によれば、本件消費貸借における約定利率は月三分というのであり、また、控訴人が被控訴人に対し、当初の弁済期までの間月三分の割合による利息を支払つてきたことは当事者間に争いがないから、控訴人と被控訴人との間で、前記和解による利息支払約定のほかに、さらに右一〇、〇〇〇ドルの支払を約したとしても、その支払約定は、利息制限法所定の制限利率をこえる利息ないし遅延損害金の支払を目的とするものとして無効というほかはない。しかしながら、右の事情はいまだ本件和解の効力を左右するものではないし、他に右和解が公序良俗に違反し、無効であると認めるに足りる証拠はないから、控訴人の主張は採用しない。

2  処分禁止の仮処分の存在について

控訴人が、被控訴人と訴外会社との間に本件不動産につき売買契約が成立した後、昭和四六年二月一五日に那覇地方裁判所において、本件債務の弁済を条件として発生する本件不動産の所有権移転登記請求権を被保全権利とし、被控訴人を債務者とする処分禁止の仮処分の決定を得、その旨の登記記入がなされたことは、当事者間に争いがない。しかして、控訴人が訴外会社に対する関係で登記の欠缺を主張する利益を有する第三者にあたらず、訴外会社は登記なくしてその所有権の取得を控訴人に対抗できるものであることは、前説示のとおりであるところ、不動産の譲受人がその旨の登記を経由しないうちに、右不動産について、第三者から譲渡人を仮処分債務者とする処分禁止の仮処分が執行された場合においても、譲受人が登記なくして仮処分債権者にその権利取得を対抗しうる地位にあつたときは、右譲受人は、右仮処分の執行後も、仮処分債権者に対してその所有権の取得を対抗することができるものと解すべきであるから(最高裁判所昭和四二年(オ)第四九一号、同四三年一一月一九日第三小法廷判決、民集二二巻一二号二六九二頁参照)、控訴人は、被控訴人に対しても前記仮処分の存在をもつて本件売却処分の無効を主張することは許されないものといわなければならない。したがつて、控訴人の右主張は理由がない。

3  信義則違反・権利濫用の主張について

本件和解成立の経緯はさきに認定したとおりであるから、右和解によつて定められた債務の履行が控訴人にとつて到底不可能であつたといえないことは明らかであり、また、控訴人と被控訴人との間に成立した一〇、〇〇〇ドルの支払約定は無効と解すべきであるが、右無効が本件和解の無効を来たすものでないことも前示のとおりである。そして、控訴人主張の口頭による弁済の提供が効力を生じたか否かの判断はしばらく措き、かりに有効であつたとしても、その後に成立した右和解において、あらためて被担保債権の弁済期が猶予され、その弁済期経過後の法律関係が定められたのであるから、和解成立前にされた弁済の提供によつて生じた効果は無意義に帰したというべきである。しかも、被控訴人が本件不動産を訴外会社に売却したのは、控訴人が和解によつて新たに定められた弁済期までに債務の履行をしなかつたため、被控訴人が和解の趣旨に従つてなしたものであることは、さきに説示したとおりである。かような事実関係のもとにおいては、被控訴人が訴外会社に対し本件不動産を売却したことをもつて信義則に違反するとか、権利の濫用であると解すべきいわれはない。したがつて、控訴人の右主張は採用することができない。

四以上の次第で、控訴人のした弁済供託が有効になされ、その結果被控訴人に対する債務が消滅したことを前提として本件各登記の抹消登記手続を求める本訴請求はすべて理由がないから、いずれもこれを棄却すべきである。

よつて、これと同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(吉井直昭 仲本正真 宮城安理)

物件目録

一 那覇市松山町二丁目一二〇番の一〇

宅地 八九坪八合三勺

二 那覇市松山町二丁目一二〇番の一一

宅地 一六坪

三 那覇市松山町二丁目一二〇番地の一〇所在

家屋番号 二丁目一二〇番の一〇の二

鉄筋コンクリートブロック造陸屋根二階建居宅一棟建坪一二坪一合八勺外二階一六坪

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