福岡高等裁判所那覇支部 昭和57年(う)2号 判決 1982年5月21日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人松永光信作成の控訴趣意書(弁護人は、第一回公判期日において、同書第二の三行目「本件地裁判決に影響したとすれば」とあるのを「本件地裁判決に影響したものと考えられ」と訂正し、同九行目の「(そう仮定して)」を削除した。)に、これに対する答弁は、検察官新城長栄作成の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これらを引用する。
一 不告不理の原則違反等の論旨について
所論は、原判決は、起訴もされておらず、証拠としては被告人の自白があるにすぎない別件の大麻輸入の事実を量刑の資料としたけれども、右は刑訴法上の不告不理の原則に違反し、二重処罰の禁止の原則、刑訴法三一七条、三一九条二項にも違反する、というのである。
そこで検討するに、起訴されていない犯罪事実で被告人の自白の外に証拠がないものをいわゆる余罪として認定し、これをも実質上処罰する趣旨で重い刑を科することが許されないことはいうまでもないが、単に被告人の性格及び犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、必ずしも禁じられるところではないのであって、このように解しても不告不理の原則違反等所論指摘のような違法の問題は生じない(最高裁判所昭和四一年七月一三日大法廷判決・刑集二〇巻六号六〇九頁、昭和四二年七月五日大法廷判決・刑集二一巻六号七四八頁参照)。
本件についてこれをみるに、原判決は、量刑の理由のなかで、「被告人の本件大麻輸入は、共犯者スワンの勧誘の文言、輸入量、及び第二回目の輸入の際の被告人の処分方法等からみて、自己使用目的のみならず、大麻を販売して利益を得る目的を有していたと考えられる。」と判示しているのであり、右判決の趣旨が、本件犯行後に第二回目の大麻輸入をし販売した旨の被告人の自白を、本件犯行の輸入の目的を推知する一資料として利用したものであることは、その文言からも明らかであって、審判の対象とならない事実を認定し、これによって重く量刑したものとは認められないのであるから、原判決に所論のような違法はない。論旨は理由がない。
二 事実誤認又は法令適用の誤りの論旨について
所論は、本件大麻はアメリカ合衆国から千葉県成田市所在の新東京国際空港(いわゆる成田空港)を経由して那覇空港に送付されたものであるから、本件大麻の輸入は大麻が成田空港に到達した時に既遂に達したと解すべきところ、原判決は、本件大麻が那覇空港に搬入された時点を既遂時期としており、この点事実誤認又は法令適用の誤りの違法がある、というのである。
よって、検討するに、原審の取調べた証拠及び当審における事実調べの結果によると、本件大麻を運送したノースウエスト航空機〇〇三便は、アメリカ合衆国からいわゆる成田空港、那覇空港を経由して最終地フイリッピン共和国のマニラ空港へ向かう週一回の定期便で、成田空港に着陸しても、荷物の積み替えはなく、成田までの乗客とその荷物を降ろすだけであり、その際同機の扉は開閉されるけれども、荷物はすべてコンテナーに詰められ封印されていて、成田までと表示のあるコンテナーだけが降ろされるのであって、那覇空港向けのコンテナーが開かれることはないことが認められ、右事実に徴すると、本件大麻は、那覇空港向けの表示のある封印されたコンテナーに他の荷物と共に詰められていて、成田空港においては、機外に搬出され得る状況にはなかったことが認められる。
ところで、大麻取締法四条一号及び二四条二号にいう輸入は、本件のように空路による場合、貨物として積み込まれているときには、航空機が着陸し、人の乗降や荷物の積み降ろしが開始され、機外に搬出され得る状態になった時点で、既遂に達すると解するのが相当と考えられるところ、前記認定のとおり、成田空港においては、大麻が機外に搬出され得る状況になかったのであるから、成田空港に到着した時点では未だ輸入が既遂に達したとみることができず、従って那覇空港に本件大麻が搬入された時点をもって輸入の既遂に達したとみるべきであって、これと同趣旨の原判決は正当である。原判決には所論指摘の違法はなく、論旨は理由がない。
三 量刑不当の論旨について
所論は、要するに、被告人に対し懲役一年を科した原判決の量刑は重きに失する、というのである。
そこで記録を精査し、当審における事実調べの結果をも加えて検討するに、原判決が量刑の理由として説示するとおり、被告人は、共犯者ジェームス・エイ・スワンが大麻取締法違反により日本の裁判所で処罰されたことを昭和五六年六月ごろ知るに至ったのに、大麻を輸入しようとの同人の勧誘に安易に応じ、営利の目的で本件を敢行するに至ったこと、輸入量も約一七四グラムと多量であって、若し一度被告人の手に渡っていれば、その輸入目的からみて害悪の拡散の危険が大きかったであろうと考えられることから、その犯情は悪質であり、被告人の刑責は重いといわなければならない。
従って、本件大麻が幸い被告人の手中に届く以前に税関で発見され、差押えられていて害悪の拡散には至らなかったこと、被告人は結果的には本件により何らの利益も得ていないこと、被告人は本件大麻の送付等について積極的に関与したことはなく、右スワンから郵送された大麻の量についても必ずしも十分な認識がなかったこと、前科前歴もなく、平素は空軍兵として真面目にその職務を遂行していて上官からの信頼も厚いこと、反省の態度を示していること、その他被告人にとって有利若しくは同情すべき諸事情を考慮しても、原判決の量刑はやむを得ないところであって、重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。
そこで、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき、同法一八一条一項但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 新海順次 裁判官 上間敏男 近江清勝)