福岡高等裁判所那覇支部 昭和59年(う)41号 判決
被告人比屋定利夫(以下「被告人利夫」という。)は,昭和56年12月ころ,当時ポーカーゲーム機を店内に設置して利益を上げていたスナツク等が多かったことから,自らも,同遊技機を利用して一儲けしようと考え,友人の外間政石及び渡己善行並びに同被告人の実弟比屋定理光と語らい,各自約60万円宛出資し合って沖縄県沖縄市字山里467番地所在の2階建家屋を借り,その1階部分にポーカーゲーム機4台を設置して,「スナツク凱旋門」の看板を掲げ,スナツク営業を始めた。設置に当たり,もとより同被告人らは,右ポーカーゲーム機については,これを利用する客が,同被告人ら設置者との間で,遊技機が作用する全くの偶然により金銭の得喪を争うことができ,かつ,不特定多数の客を対象とすることにより反覆して行うことができる賭博の道具たる機能を有する賭博遊技機というべきものであることを十分に認識しており,また,外観は前示のとおりスナツクを装ってはいたけれども,飲食物の提供等本来のスナツク営業だけでは経営が成り立たないことは目に見えていたのであって,その実体は,右のような賭博遊技機を設置して客に金銭を賭けさせ,それによる利益の獲得を狙った賭博営業といって差し支えないものであった。
本件「スナツク凱旋門」に設置された遊技機はいずれも高度の賭博性を有するもので,右スナツク営業の実体は不特定多数の客を相手とした賭博営業であること,被告人利夫は一時期を除き昭和56年12月ころから右営業を継続して来ており,また,被告人比屋定米子(以下「被告人米子」という。)も昭和58年7月ころから営業の実体を十分認識しながら共同経営者となり,前示のとおり右賭博営業に次第に積極的な関与をして来ていること,右営業の規模,多額の資金の投下,本件賭博営業に対する被告人両名の経済的依存性等に照らせば,被告人利夫についてはもとより被告人米子についても,本件賭博営業を通じて次第に賭博に対する人格的偏向が定着化し,賭博を反復累行する習癖が形成されていったと認められるのであって,本件公訴事実である江川秀行に対する賭博行為も右習癖の発現として,すなわち常習性の一環としてなされたものと認めるに十分である。被告人両名に賭博の前科,前歴がなく,また,本件検挙後は賭博営業を廃止し,再び賭博行為に及んでいないこと等は何ら右認定の妨げとなるものではない。