福岡高等裁判所那覇支部 昭和60年(う)20号 判決
原判決は,罪となるべき事実……中略……として,要旨,被告人は沖縄信販会社からクレジツトカード及びキヤツシユローンブツクの発行を受けた個人カード会員が右クレジツトカード等を同信販営業所あるいは同信販と業務提携関係にある株式会社琉球銀行に提示すれば,前者の場合は30万円,後者の場合は10万円を各限度として金員の借用ができることを知り,架空人名義で同信販の個人カード会員となり,借入れ金名下に金員を不法に入手しようと考え,このようにして借用した金員については返済する意思も能力もないのに,架空人である「仲田トモ」の名義を騙り,同信販に対し,同人名義で所定の申込書を偽造して提出し,その旨同信販を欺罔してその個人カード会員となり,同信販から同人名義のクレジツトカード及びキヤツシユローンブツク各1通の送付を受けた上,(1)同信販具志川営業所において,右クレジツトカードを利用し,同所に設置された現金自動貸出機を操作して,現金30万円を引出し,(2)更に,琉球銀行赤道支店において,同店係員に対し,右クレジツトカード及びキヤツシユローンブツクを提示して金員の借用方を申込み,同係員から10万円の交付を受けた事実を認定した上,右仲田トモ名義の申込書を作成し,これを同信販に対して提出した点を有印私文書偽造及び同行使罪とし,更に右現金30万円及び10万円の各領得についてはこれを全体として,沖縄信販株式会社に対する詐欺罪として(すなわち同信販に対する個人カード会員申込み自体を右各金員の詐欺の実行行為として捉えていることになる。),処断していることが判文上明らかである。そして,これらのうち有印私文書偽造,同行使に問擬している点は問題はないものの,沖縄信販株式会社に対する詐欺罪とした点は,以下のとおり事実を誤認し,法令の解釈適用を誤つたものといわざるを得ないのである。
原判決の見解は,案ずるに,被告人は同信販の個人カード会員になることにより,一応は同信販から前記制限限度内の現金を借受ける権利を認められたということができるところ,現金貸出機による現金の貸出しは前記クレジツトカードを同貸出機に挿入,操作するだけで右クレジツトカードの名義人の返済意思,能力の存否を確認することなく機械的に処理され,また提携銀行からの金員の貸出しも,当該銀行としては,申込者が同信販の会員であり,貸付け制限額を超過していないことがクレジツトカード及びキヤツシユローンブツクで確認された場合には,申込者の返済の意思,能力の有無に関わりなく貸付を認めるという機械的な事務処理をすることになるのであり,これらに加えて,本件において実質的な経済的損失を蒙るのは同信販であつて,本件の欺罔行為から現金の借入れに至る一連の行為は,現金を不法に領得するという目的のもとになされたものであり,その実態に着目すれば,これらは同信販を欺罔して金員を騙取したとみるのが合理的であるというにあると解される。
しかしながら,当裁判所は,右見解にはにわかに左袒することができない。まず,右提携銀行からの金員の借入れについて考えると,詐欺罪の法益は第一次的には財物の占有にあり,したがつて財物の交付それ自体を損害とみるべきところ,本件においては,琉球銀行が管理所持していた金員が不法に領得されたと考えるべき筋合いである。関係各証拠により認められる同銀行と同信販の取決めによれば,同銀行は,同信販の個人カード会員への貸付の都度,同銀行の取りまとめ店を経由する形で同信販に対し貸付金の請求をなし,手数料とともに右取りまとめ店に開設された同信販の預金口座から払戻しを受ける仕組であるが,このように事後的に払戻しを受ける結果,同銀行が実質的な経済的損失を蒙らないことも,結果的に全体財産の減少を来さなかつたというに止まるに過ぎない。また,同取決め上は,琉球銀行としては,申込者が個人カード会員であることをクレジツトカードで確認した上は,キヤツシユローンブツクをみて貸付制限限度内である限り,金員の貸付を行なうことになつているものの,本件のようにクレジツトカードの名義人が架空人であり,申込者において,借入れ金返済の意思も能力もないことが判明したような場合には,信用取引システムの根幹を危うくするものとしてもとより貸付を拒むことができると解されるし,場合によつてはそうすることが同信販に対する信義則上の義務でさえあると考えられ,その意味で,申込者の返済の意思,能力の有無は,銀行にとつても重要な関心事であるというべきである。そして,このような理解は,クレジツト制度の今一つの利用形態である信販会社の加盟店からの商品の購入の際,右クレジツトカードの名義人に代金支払いの意思も能力もなかつた場合に,一般にこれを加盟店に対する詐欺罪とする実務の取扱いと符合するものというべきである。以上の次第で,琉球銀行からの金員の借入れは,端的に,被告人と同銀行間の取引とみるべきであり,被告人の所為による刑法上の被害者は同銀行であつて,原判決とは異なり,同銀行に対する詐欺罪として把握すべきである。更に,現金自動貸出機からの現金の引出しについて検討するに,仮に原判決のような考えをとつたとすると,本件のような事案において,個人カード会員の申込みをした段階で,架空人名義であることが判明したような場合にも直ちに信販会社に対する現金詐欺の未遂とせざるを得ないように思われるが,主観的側面を重視し過ぎる余り,かえつて実態とかけ離れた擬律となるように思われるし,あるいは,また当初クレジツトカードを取得する際には,単に加盟店からの商品の購入詐欺を考えていたに止まつていたが,カードの取得後新たに犯意を生じて現金自動貸出機から借入れ金名下に金員を不法に領得した場合,どのような法的構成をとるのか疑問があること(この場合にのみ,窃盗に問擬するというのは,いたずらに法律関係を複雑にするばかりで,些か技巧的に過ぎるように思われる。)等を考えると,本件において,当初の沖縄信販に対する架空人名義による個人カード会員の申込みは,同信販のクレジツトカード及びキヤツシユローンブツク(これらの財物性については,その社会的有用性に照らし,問題はない。)騙取にむけられた欺罔行為であり(もつとも,本件においてこの点は起訴されていない。),その後の現金自動貸出機からの30万円の引出し及び琉球銀行からの10万円の借入れは,法的にはこれとは別個に処理するのが簡明直截であつて,前者については窃盗罪に,後者については同銀行に対する詐欺罪に,それぞれ問擬するのが相当である。