福島地方裁判所 平成12年(行ウ)1号 判決 2000年9月12日
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告らは、福島県に対して、それぞれ金一二〇万円及びこれに対する平成一二年三月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告らに対する当庁平成一〇年(行ウ)第二号損害賠償住民訴訟事件(以下「二号事件」という。)が請求の放棄により終了したことに対し、福島県が、地方自治法二四二条の二第八項に基づき、被告らが同事件につき委任した弁護士三名に対して支払うべき報酬として、被告一人当たり金一二〇万円、合計金三六〇万円を負担し、被告らに支払ったことは、「確定した勝訴判決」により終了していないか、そうでなくとも右金額は「相当と認められる額」ではないから、違法であるとして、同法二四二条の二第一項四号後段に基づき、原告らが福島県に代位して被告らそれぞれに対し、右弁護士報酬に係る負担金について損害賠償又は不当利得返還の請求をした事案である。
一 争いのない事実及び裁判所に顕著な事実
1 原告適格
原告らは福島県の住民である。
2 二号事件の内容及び審理経過
(一) 平成一〇年三月五日、二号事件原告A外四名(以下「二号事件原告ら」という。)は、平成九年六月に福島県で開催された第三八回北海道・東北六県県議会議員軟式野球大会及び同年八月に大阪府で開催された第四九回全国都道府県議員軟式野球大会(以下、各野球大会を合わせて「本件野球大会」という。)に参加した福島県議会議員に対し、福島県が旅費を支給したのは公務に該当しないにもかかわらず公金を支出したもので違法であるとし、被告らはいずれも右公金の支出が違法であることを知りながら、又は知らないことにつき重大な過失をもって、被告Bは福島県知事として違法な公金支出をしないように指揮監督すべきなのにこれを怠り、被告Cは県議会事務局長として同事務局を指揮統括する責任者でありながら、違法な公金支出を防止する責任を怠り、被告Dは県議会事務局総務課長として違法な公金支出を行ったとして、地方自治法二四二条一項四号前段に基づき、被告らに対し、右公金支出相当額である金二九五万四一〇五円の損害賠償を求め二号事件を提起した。
(二)(1) 被告らは、平成一〇年四月二〇日、弁護士今井吉之、同渡辺健寿、同菅野晴隆に対し、二号事件について民事訴訟法五五条一、二項に定める一切の行為を委任した。
(2) 今井弁護士らは、二号事件被告ら訴訟代理人として、四月二〇日付答弁書を提出した。右答弁書において、①本件野球大会への参加は公務であり、県議会議長の旅行命令には違法性がない、②旅費の支出につき県知事から専決を任された県議会事務局総務課長である被告Dは、県議会議長の適法な旅行命令に基づき専決処理したもので、財務会計法規上の義務違背はない、③県議会事務局総務課長に専決させた県知事である被告Bは、県議会議長の旅行命令を尊重すべきであり、右旅行命令に従って支出された旅費について介入阻止することは許されず、指揮監督上の義務違反もない、④県議会事務局長である被告Cは財務会計上の行為を行う権限を有する地位にないなど、裁判例を摘示した上、二号事件原告らに対する反論を展開した。
(三) 平成一〇年四月二七日、第一回口頭弁論期日が開かれ、訴状と答弁書の陳述、二号事件原告本人の意見陳述がなされ、二号事件原告らは、本件野球大会の日程、参加者名、本件支出の内訳について釈明を求めた。第二回口頭弁論期日は、六月二二日と指定された。
(四) 今井弁護士らは、期日間に、平成一〇年五月二〇日付準備書面を提出し、最高裁昭和六一年(行ツ)第一三三号平成四年一二月一五日第三小法廷判決(民集四六巻九号二七五三頁)の判示に則って、被告らに財務会計法規上の義務違反がないとの答弁書で述べた論旨を敷衍し、「当該職員に対する損害賠償代位請求訴訟において、右職員に損害賠償責任を問うことができるのは、先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてなされた右職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られる。本件において違法事由が存するとされる原因行為は、県議会議長の本件野球大会についての参加議員に対する旅行命令であり、旅行命令は非財務会計上の行為としての性質を有する行政処分であって、その行為主体は普通地方公共団体の長から独立した機関としての地位を有する県議会議長である。原告らが本件旅費の支出決定の違法事由として主張するところは、要するに非財務会計上の行為である旅行命令が県議会の議員の報酬等に関する条例一条二項に違反するものであり、このため、被告らがこの旅行命令によって行った旅費の支出決定が違法になるというものである。しかし、地方公共団体の長は、関係規定に基づき予算執行の適正を確保すべき責任を地方公共団体に対して負担するものであるが、反面、独立した機関としての県議会議長の有する固有の権限内容にまで介入しうるものではなく、このことから、地方公共団体の長の有する予算の執行機関としての職務権限には、おのずから制約が存するのであるから、本件において被告Bに財務会計法規上の義務違反はない。県議会事務局長であった被告C、総務課長である被告Dは、地方自治法二四三条の二第一項後段により、本件支出行為をするにつき故意又は重大な過失があった場合に限り県に対して損害賠償責任を負うものである。同被告らは議長や上司の命を受け、その指揮監督の下で支出をしたのであるから財務会計法規上の義務違反はない。」と主張した。
(五) 二号事件原告らは、平成一〇年六月一八日、第二回口頭弁論期日の期日変更を申請し、同期日は九月二一日に変更された。
右期日変更申請書は、その理由として、「原告らの間で取下げを含め、検討中のため。即ち、今年度の東北県議野球大会は中止しようとする動きがあり、もし中止するとなれば、その目的を達したことになる。また、強行しようとするのならば今年度野球大会について新たな監査請求及び訴訟をすることになり、いずれにせよ昨年度の野球大会について取り下げた方がよいのではないかと議論をしており、その検討をしたいため。」と記載されている。
(六) 二号事件原告らは、平成一〇年九月一一日、訴えの取下書を当庁に提出した。
九月二八日、E及びFは、第四九回全国都道府県議員軟式野球大会に参加した福島県議会議員二四名に対して、旅費の支出が違法であるとして、旅費相当額の福島県への返還を求めて当庁平成一〇年(行ウ)第九号損害賠償代位訴訟事件(以下「九号事件」という。)を提起した。
九月二一日に開かれた第二回口頭弁論期日は、当事者双方不出頭により延期となり、期日は追って指定とされた。
二号事件被告らは、九月二五日、訴えの取下げについて異議を述べた。第三回口頭弁論期日が一二月一四日に開かれ、次回期日が平成一一年三月二日と指定された。
期日間に、第四回口頭弁論期日が取り消され、第一回弁論準備手続期日が平成一一年三月二日と指定された。
二号事件原告らは、第一回弁論準備手続期日において請求を放棄した。
3 弁護士報酬に係る負担金の支出
平成一一年九月二八日、二号事件につき被告らが今井弁護士らに支払った弁護士報酬を地方自治法二四二条の二第八項に基づき福島県が負担することについて、議会の議決を求める議案が提出され、一〇月一四日の福島県議会本会議において、弁護士報酬三六〇万円(一人一二〇万円ずつ)を福島県が負担し、被告らに支払うことが可決された。
右議決に基づき、被告Bに対しては、一〇月二七日に支出負担行為がなされ、一一月五日に一二〇万円が支出され、被告C及び同Dに対しては、一一月九日に支出負担行為がなされ、一一月一九日にそれぞれ一二〇万円が支出された。
4 住民監査請求
平成一二年一月一三日、原告らは、福島県監査委員に対して、右弁護士報酬に係る負担金三六〇万円の支出の内三〇万円を超える部分は違法であるとして、被告らから三三〇万円の返還を求めることを請求する旨の住民監査請求を行ったところ、二月二五日付で右請求は棄却された。
二 原告らの主張
1 本件弁護士報酬に係る負担金の支出は違法である。
(一) 地方自治法二四二条の二第八号に規定する「勝訴(一部勝訴を含む。)」とは、確定した勝訴判決をいう。したがって、二号事件は、「確定した勝訴判決」により、終了したものではないから、弁護士報酬を右規定に基づいて支出することはできない。
(二) 二号事件原告らは、福島県が本件野球大会に参加した福島県議会議員の氏名を公表していれば、当初から本件野球大会に参加した福島県議会議員を被告として旅費の返還を求める住民訴訟を提起し、二号事件を提起しなかった。したがって、二号事件は不要な訴訟である。
(三) 二号事件の実質的争点は、公費による議員野球大会への参加の是非であり、全く同一争点の九号事件が提起された以上は、被告らには二号事件の審理を継続する実益は全くなく、二号事件について訴えの取下げに対する異議を申し立てる訴訟上の理由は全くない。被告らは、何らの合理的理由がないにもかかわらず、県費による弁護士報酬の負担のみを目的として、訴えの取下げに対し異議を申立てたものである。被告らが違法な異議の申立てをしなければ、公費による弁護士費用の負担は行われなかった。
(四) 地方自治法二四二条の二第八項の規定は、同第七項の規定と平衡して理解されるべきであり、第七項の規定では地方公共団体が受けた経済的利益が、第八項の規定では支出の適法性が訴訟上確認されることによる行政執行上の利益が得られたことを前提としている。ところが、二号事件の争点である本件野球大会への福島県議会議員の参加が公務か否かについては、九号事件において審理され、解決を見ていない。支出の適法性が訴訟上確認されておらず、行政執行上の利益は全く存在しない。
2 二号事件の弁護士報酬に係る負担金として三六〇万円は、地方自治法二四二条の二第八号に規定する「相当と認められる額」を超えており違法である。
(一) 日本弁護士連合会の見解では、地方自治法二四二条の二第一項四号に係る請求においては、着手金及び報酬金の算定の基準となる被告の経済的利益は、着手金については請求額、報酬金については請求棄却額とすべきであるとされているところ、二号事件の弁護士報酬に係る負担金額三六〇万円は、同事件の請求金額の一・二一八六倍であり、極めて高額である。
(二) 二号事件は、四回の期日により終了しているが、そのうち二回は九号事件と同日に行われているから、二号事件のみが単独で開廷された期日は二回に過ぎない。
(三) 二号事件において、今井弁護士らが提出した書面は、実質B4版で六枚のみである。
(四) 本件では、三名の弁護士分の報酬が支払われているが、仮に弁護士の数に応じた機械的ともいえる弁護士報酬の支払が正当化されるならば、住民訴訟の当事者は、膨大な数の弁護士を選任し、あるいは勤務弁護士の名を連ねることにより、弁護士の人数分に応じた報酬を地方公共団体に請求することが可能となる。
三 被告らの主張
1 本案前の主張
原告らが福島県監査委員に対して行った住民監査請求における監査請求の理由は、二号事件の弁護士報酬に係る負担金三六〇万円の内三〇万円を超える部分の違法・不当を主張し、三三〇万円の返還を求める措置を請求するというものであった。したがって、本件訴えの対象である二号事件報酬に係る負担金三六〇万円の支出については、監査請求を前置していない。よって、本件訴えは不適法である。
2 請求の放棄は、調書に記載されたときには、確定判決と同一の効力を有する。したがって、請求の放棄がなされ調書が作成されたときは、地方自治法二四二条の二第八項の「勝訴した場合」に当たるから、福島県は被告らが支払うべき弁護士報酬を負担することができる。
二号事件において被告らは、知事又は議会事務局職員として職務上の立場から被告とされたもので、二号事件は実質的には福島県の財務会計行為の適法性が争点となったものである。したがって、被告ら個人に二号事件における弁護士報酬を負担させるべきではなく、福島県が全額を負担すべきとして、右弁護士報酬を福島県が負担して被告らに支払うことを決定したものである。
3 二号事件における被告一人当たり金一二〇万円とする弁護士報酬は妥当なものである。
(一) 二号事件において被告らは、民法又は地方自治法二四三条の二第一項に基づき、福島県に対し、二九五万円余の損害賠償支払義務があるとしてその支払を請求されたものであるから、財産上の請求である。他面、二号事件において被告らが敗訴すれば、損害賠償として請求された金二九五万円余の支払義務を負うばかりでなく、知事や議会事務局職員として違法な財務会計行為を行ったとして、懲戒責任や刑事責任を負担するおそれがある。
したがって、被告らにとって二号事件による勝訴の利益は、単に損害賠償責任としての金銭債務を免れるだけではないので、算定不能として評価すべきである。
(二) また、二号事件の法律問題としては、被告らに係る財務会計法規上の義務違反の有無のみならず、福島県議会議長の旅行命令の適法性、福島県議会議員の本件野球大会参加の公務性等の重要かつ難解な争点があった。二号事件の重要性、困難性に鑑み、複数の弁護士による訴訟追行が必要と考えた被告らは、各々がその意思に基づき三名の弁護士に対して事件の処理を委任した。
(三) 以上のような事案の内容に鑑み、二号事件における弁護士報酬については、福島県弁護士会報酬規程により、被告らの経済的利益の算定は不能であるとみて右規程一五条一項により金八〇〇万円とし、右規程一六条の範囲内で被告一人当たり金一二〇万円と算定したものである。
第三判断
一 被告らの本案前の主張について
被告らは、本件監査請求の対象と本件訴えの対象との間に同一性がない旨主張する。
しかしながら、甲第三号証(福島県監査委員作成の「福島県知事措置請求について(通知)」と題する書面」)によれば、本件監査請求の対象とされた財務会計上の行為は、二号事件につき被告らが支払うべき弁護士報酬について地方自治法二四二条の二第八項の規定により福島県が負担したことに基づく公金の支出であることは明らかであり、本件訴えの対象とされた財務会計上の行為と同一である。本件監査請求において主張された違法事由と本件訴えにおけるそれとが異なること、本件監査請求において講ずべきことを請求した措置と本件訴えにおける請求の内容とが、返還すべき金額において差があることは、両者の対象の同一性には影響しない。
したがって、被告らの本案前の主張は理由がない。
二 地方自治法二四二条の二第八項に定める「勝訴した場合」に該当するか、否かについて
1 二号事件の審理経過は、前記第二、一2のとおりであり、二号事件原告らは、同事件被告らが訴えの取下げについて異議を述べたため、第一回弁論準備手続期日において請求を放棄し、二号事件被告ら(本件被告ら)及び裁判所においても、これを是認し、訴訟を終了させたものである。
2 地方自治法二四二条の二第八項は、「第一項第四号の規定による訴訟の当該職員が勝訴(一部勝訴を含む。)した場合において、弁護士に報酬を支払うべきときは、普通地方公共団体は、議会の議決によりその報酬の範囲内で相当と認められる額を負担することができる。」と規定している。
同規定は、平成六年法律第四八号による地方自治法の一部改正の際に追加された条項であり、当該職員に対する損害賠償又は不当利得返還の請求が訴訟で認められなかった場合に、当該職員に弁護士費用を負担させることは酷であり、そのような取扱いでは、被告となる可能性のある地方公共団体職員の士気が低下して公務が停廃し、ひいては公益を害することにもなりかねないことから、被告職員が勝訴した場合にあっては、被告職員の応訴費用は職務行為に関して生じた費用と位置付け、地方公共団体が負担することとしたのである。
請求の放棄を調書に記載したときは、その記載は、確定判決と同一の効力を有する(民事訴訟法二六七条)のであるから、二号事件原告らが平成一一年三月二日第一回弁論準備手続期日で行った請求の放棄が有効であることを前提とする限り、請求棄却の確定判決と同一の効力を生じ、訴訟上二号事件被告らに対する損害賠償請求権の不存在が確定したというべきであるので、同法二四二条の二第八項にいう「勝訴した場合」に該当するものと解するのが相当である。
したがって、福島県は、福島県議会の議決により被告らに対して弁護士に支払うべき報酬額の範囲内で相当と認められる額を負担することができるものというべきである。
3 なお、原告らは、福島県が本件野球大会に参加した福島県議会議員の氏名を公表していれば、当初から本件野球大会に参加した福島県議会議員を被告として旅費の返還を求める住民訴訟を提起し、二号事件を提起しなかったもので、二号事件は不要な訴訟であるなどと主張する。
二号事件は、地方自治法二四二条の二第一項一号前段に基づく「当該職員」に対する損害賠償請求であり、福島県議会議員を被告とする九号事件は、同法同条同号後段に基づく「相手方」に対する損害賠償あるいは不当利得返還請求であり、両者はその訴訟物を異にする全く別個の訴訟であるから、九号事件を提起することができれば、二号事件は不要であるという主張は、本件における違法事由とはおよそなり得ない。
4 また、原告らは、二号事件は本来訴え取下げにより終了し、公費による弁護士報酬の支出の必要がなかったにもかかわらず、被告らが何らの合理的理由もなく、もっぱら公費により弁護士報酬を支出させることのみを目的として、訴えの取下げにつき異議を述べたものであるとし、訴えの取下げに異議を述べた点も違法事由として主張する。
しかしながら、そもそも、原告が訴えを取り下げても、被告がこれに異議を述べ本案判決を求めることは、当然の訴訟法上の権利であり、原則として右権利の行使が違法の誹りを受けることはない。しかも、二号事件において、被告らは、前記第二、一2(一)のとおり、公金の支出につき、財務会計法規上の義務違反があるとして損害賠償の責任を問われたのに対して、同(二)(2)のとおり、職務行為の適法性を主張して、真摯に争っていたもので、取下げによる訴訟の終了に同意せず、最終的な司法判断を求めたことには、十分な理由が認められる。
原告らは、公費による議員野球大会への参加の是非という争点を同じくする九号事件が提起された以上、二号事件の審理を継続する実益はなくなったなどと主張するが、両事件の原告の立場にあった者らの関心事が右の点のみにあり、九号事件の提起によって、二号事件を遂行する熱意を喪失したとしても、被告らにとっては、右争点のみならず、あるいは右争点以上に、被告らに財務会計法規上の義務違反があったか否かが関心事であったであろうことは想像に難くなく、原告らの右主張は独自の見解といわざるを得ない。
以上のとおり、被告らが二号事件の訴え取下げに異議を述べたことに何ら違法、不当の点はなく、原告らの主張は前提を欠く。
5 原告らは、地方自治法二四二条の二第八項の規定は、同第七項の規定と平衡して理解されるべきであるなどと主張するが、前記第三、二2のとおり、同条第八項の規定は、地方公共団体が現実に受ける又は受けると考えられる経済的利益との衡平の観点に立つ同条第七項の規定とその趣旨を全く異にし、現実に行政執行上の利益が得られたことを前提とするものではない。
三 本件負担金の金額が地方自治法二四二条の二第八項に定める「相当と認められる額」か、否かについて
1 甲第三号証によれば、被告らはそれぞれ、平成一〇年四月二〇日、福島弁護士会に所属する弁護士今井吉之、同渡辺健寿及び同菅野晴隆との間に、二号事件について訴訟委任契約を締結し、同日、被告らそれぞれが、着手金として三人の弁護士に合計四〇万円を支払ったこと、平成一一年四月二日に、被告らそれぞれが、報酬金として三人の弁護士に合計八〇万円を支払ったことが認められる。
2 福島弁護士会報酬規程一二条は、民事事件の着手金及び報酬金については、着手金は事件等の対象の経済的利益の額を、報酬金は委任事務処理により確保した経済的利益の額をそれぞれ基準として算定する旨規定する。
そして、二号事件のような地方自治法二四二条の二第一項四号前段に基づく当該職員に対する損害賠償請求訴訟において、被告側にとっての経済的利益とは、原告側が住民全体の利益のために、いわば公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張する立場にあるのとは異なり、損害賠償請求権の存否が訴訟物として審理の対象となり、個人として損害賠償金の支払義務を負うか否かを巡って争われ、勝訴することにより一定額の損害賠償金の支払請求を排斥することができるというのであるから、同規程一三条一号の金銭債権に該当し、同条により、その経済的利益の額は債権総額(利息及び遅延損害金を含む。)となるものと解するべきである。具体的には、着手金については訴訟の請求金額、報酬金については請求を棄却された金額となるものと解するのが相当である。
訴訟事件の着手金及び報酬金の具体的算定方法について、同規程一六条一項は、経済的利益の額が三〇〇万円以下の場合には、着手金はその八パーセント、報酬金はその一六パーセントとする旨規定し、同条二項は、着手金及び報酬金は、事件の内容により、三〇パーセントの範囲内で増減することができると規定する。
また、同規程五条二項は、複数の依頼者から同一の機会に同種の事件等につき依頼を受け、委任事務処理の一部が共通であるときに該当することにより、一件あたりの執務量が軽減されるときは、弁護士報酬を適正妥当な範囲内で減額することができると、同条三項は、一件の事件等を複数の弁護士が受任したときは、各弁護士による委任が依頼者の意思に基づくとき、複数の弁護士によらなければ依頼の目的を達成することが困難であり、かつその事情を依頼者が認めたときに限り、各弁護士は、依頼者に対し、それぞれ弁護士報酬を請求することができると規定する。
3 二号事件は、前記第二、一2(一)のとおり、本件野球大会に参加した県議会議員に福島県が旅費を支出したことが違法であるとし、右公金の支出につき、県知事、県議会事務局長及び県議会事務局総務課長の地位にあった者として財務会計法規上の義務違反があると主張して、被告らに対して損害賠償を請求した事件であり、本件野球大会への参加が公務といえるか、被告ら各人に財務会計上の行為を行う権限があるか、被告ら各人が尽くすべき財務会計法規上の注意義務の程度はどのようなものかなど、多くの難解な法律上の論点を含む住民訴訟であった。
原告側でも四名の弁護士が訴訟代理人として訴訟活動を行ったこと、二号事件が右のとおり困難な住民訴訟であったことからして、被告らがその意思に基づき三名の弁護士に訴訟遂行を委任したことは十分に推認することができる。
そして、被告らの委任を受けた今井弁護士ら三名の弁護士は、前記第二、一2(二)、(四)のとおりの答弁書や準備書面を提出するなどして訴訟活動を行ったものであり、その書面の内容自体からして、法律問題の丁寧な検討、判例の調査分析、事実調査を踏まえ、事案の困難性に即した的確な防禦活動がなされていることは明らかである。
4 二号事件の請求額は二九五万四一〇五円及び遅延損害金額であり、請求放棄された額も同じである。右元本額を、福島弁護士会報酬規程一六条一項の算定方式に当て嵌めると、着手金は二三万六三二八円、報酬金は四七万二六五六円となる。そして、事案の困難さ、被告らにとって二号事件の帰趨の重大さ、これに比較して請求額が低額であることに鑑みると、実質審理期間が必ずしも長期間ではなかったこと、人証の取調べを行っていないこと、終局の経緯を考慮に入れても、同規程一六条二項を適用して、二五パーセントの増額をすべきである。そうすると、着手金は二九万五四一〇円、報酬金は五九万〇八二〇円となる。
そして、二号事件では、被告らはそれぞれ三名の弁護士に委任しており、前記3のとおり、事案に鑑み複数の弁護士による訴訟遂行には十分な合理性、必要性が認められ、かつ被告らがその意思に基づき三名の弁護士に訴訟遂行を委任したものと認められるのであるから、同規程五条三項により三名の各弁護士はそれぞれ右金額の報酬を請求することができるのであるが、他方、三名の被告らは財務会計行為を行う権限との関係ではそれぞれ事情を異にし、防禦の方法も異なるものではあるものの、共同被告とされ防禦方法を共通にする点も多々あることから、同規程五条二項を適用して減額するのが相当である。一人の弁護士による訴訟追行の場合、着手金につき二九万円余、報酬金につき五九万円余という金額が相当報酬額と認められることを前提に、右のとおりの増減額事由を考慮して検討すると、三名の弁護士に対する相当報酬額は、着手金につき合計四〇万円を、報酬金につき合計八〇万円をそれぞれ下回ることはないものと認められる。
以上のとおり、福島弁護士会報酬規程に則って検討すると、二号事件において、被告ら一人につき、三名の弁護士に対する着手金として合計四〇万円、報酬として合計八〇万円という金額は、相当と認められる額というべきである。
四 以上のとおりであるから、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法六一条、六五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 主島弘泰 裁判官 高橋光雄 裁判官 久保孝二)