福島地方裁判所 平成13年(ワ)33号 判決 2002年4月24日
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 33号事件
(1) 被告は,33号事件原告に対し,福島市a区平成9年度一般会計及び同特別会計の決算書並びに金銭出納簿を閲覧させよ。
(2) 被告は,33号事件原告に対し,福島市a区平成9年度一般会計決算書の「款 事務所費」中「項 費用弁償」及び「項 事務費」の支出の根拠と理由,支出年月日,支出対象者,支出金額の算出根拠を示せ。
2 153号事件
(1) 被告は,153号事件原告に対し,福島市a区平成9年度から平成12年度の間の一般会計及び同特別会計の決算書並びに金銭出納簿を閲覧させよ。
(2) 被告は,153号事件原告に対し,福島市a区平成9年度から平成12年度の間の一般会計決算書の「款 事務所費」中「項 費用弁償」及び「項 事務費」の支出の根拠と理由,支出年月日,支出対象者,支出金額の算出根拠を示せ。
第2事案の概要等
1 争いのない事実
(1) 被告は,「先祖より(a区に)在住した世帯の世帯主」などを構成員とし,区長・会計・書記・協議会を有するなど,意思決定や運営,財産管理の方法が定められ団体として組織が整っており,また,構成員個人から独立した団体自体の財産を有しており,法人格を欠くものの,一個の取引主体として存在し,社団としての実体を有する権利能力のない社団である。
(2) 33号事件原告(以下「原告A」という。)は,平成5年10月から福島市aに居住し,同6年度より被告に加入し,年4500円の区費を納めてきた。原告Aは平成9年8月3日に2300円,同年12月7日に2200円の合計4500円の平成9年度の被告区費を納めた。また,原告Aは平成10年度の被告区費4500円も納めている。
原告Aは平成10年8月1日,被告に対して脱退届を提出し,更に翌11年5月6日付け書面をもって被告に対し再度脱退の意思表示をした。
(3) 153号事件原告(以下「原告B」という。)は,20年以上前から現在に至るまで福島市aに居住し,この間継続して被告に加入し,毎年区費を納めてきた被告の構成員(区民)である。
2 本件は,原告らが被告に対し,条理,被告の規約及び民法の委任ないし準委任の規定の趣旨等に基づき,原告Aにつき平成9年度の,原告Bにつき平成9年度から平成12年度の,被告の一般会計及び特別会計の決算書並びに金銭出納簿の閲覧と一般会計決算書の「款 事務所費」中「項 費用弁償」及び「項 事務費」の支出の根拠と理由,支出年月日,支出対象者,支出金額の算出根拠の説明を求めた事案である。
3 本件における争点及びこれに対する当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点1(本訴請求は司法審査の対象となるか)
ア 原告らの主張
(ア) 権利能力なき社団も現行の法秩序の下でその存立が認められるものであり,その一方で裁判所の審査を排除できるほどに高度の自治能力が権利能力なき社団に保障されていると解すべき根拠もないのであるから,決算書及び金銭出納簿の閲覧請求権と決算内容の説明請求権の存否という一般の法秩序と関係を有する事項については,それが団体内部の問題であっても,現行法令の適用・解釈によって解決されるべきものであり,当事者間の権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争に該当する。
(イ) 構成員が,経理・決算に関する情報をどのような方法によりどのような範囲で提供を受けることができるかについては,当該団体の自律的規範に任される部分があることは否定できないが,帳簿類の閲覧請求権及び決算についての説明請求権の存否も含め,決算報告の適否の判断に必要な情報が提供されなければならないということは団体運営に関する一般的法規範であり,自律的規範はこの一般的法規範に服すべきものである。したがって,本件訴訟の訴訟物は,結社の内部的規範に委ねられるべきものではなく,法令の適用により終局的に解決されるべきものである。
イ 被告の主張
(ア) 一般に,団体の機関の業務執行についての調査の方法は多様であるから,その構成員にいかなる調査方法を認めるかは,本来,当該団体の自律に任すべきであり,具体的には,当該団体の規則等により明文上定められた方法によるべきである。また,被告は,地域の振興と地区民相互の親睦を図るとともに地区民連帯の福利増進を目的とする権利能力なき社団であり,親睦団体である以上,被告に公権力が介入することはそぐわず,被告の規約等による自律が尊重されるべきである。
(イ) 被告の規約(甲6。昭和46年4月1日に施行された被告の規約(甲1。以下「旧規約」という。)は廃止され,平成8年4月1日から新規約(以下「新規約」という。)が施行されている。)は簡単な内容のものとはいえず,被告の意思決定及び監査に関して,緻密かつ合理的な組織関係を定めているのであるから,前記のとおり団体の自律権を尊重すべきとの観点に照らして,その明文上の規定が尊重されるべきであり,被告の業務執行(財産関係を含む)についての調査方法は,明文が規定する「協議会の選任する監事による監査」(新規約5条,6条)という方法によってのみ認められるものであり,明文の規定によらずに各区民が直接に決算書及び帳簿類を閲覧し,また被告に説明を求めてまで上記調査をすることはできないものというべきである。
仮に新規約に規約改正の効力が認められず,旧規約が効力を有するとしても,旧規約においては,被告の業務執行(財産関係を含む)についての調査方法は,明文で規定する「協議会の選任する会計監査による監査」(旧規約8条)という方法によってのみ認められるものであり,明文の規定によらずに各区民が直接に決算書及び帳簿類を閲覧し,また被告に説明を求めてまで上記調査をすることはできないものというべきである。
(2) 争点2(決算書及び金銭出納簿の閲覧請求権並びに決算書の説明義務の存否)
ア 原告らの主張
(ア) 被告の運営は,被告構成員(区民)から徴収される区費に依存しており,被告の経理・決算等がどの様に処理されるかはこの区費を支払う原告ら区民にとって重大な関心事であり利害関係事であることからすると,少なくとも決算を含め被告の経理に関する事項について,条理上当然に,当該年度の区費を支払った区民は被告に対して当該年度の経理状況を明らかにすること,すなわち決算書など経理諸帳簿を閲覧することを求めることができ,かつ,少なくとも支出した当該年度の区費がどの様に使用されたかに関して,当該年度の決算につき区民は被告に対してその内容を明らかにすることを求めることができるというべきである。
(イ) 被告の規約上,被告は経理諸帳簿及び決算書を備え置く義務を負担しているところ(旧規約17条),この備付けは何人かの上記諸帳簿の閲覧を予定したものと考えられるところ,この閲覧の主体は被告構成員,すなわち区費を支出した原告ら区民であると解すべきであり,上記の被告の規約上の規定は,上記(ア)の条理を受けて規定されたものであり,原告ら区民の帳簿閲覧請求権を認めるものと解すべきである。そして,旧規約15条により,被告代表者は,毎年度末に決算を区民に報告する義務を負担するが,この報告は,区民に自己の支出した当該年度の区費が適切に使用されたか否かを判断させる資料を提供するとの趣旨に基づくところ,報告内容についての質疑応答や被告代表者からの当該年度の決算についての説明が十分になされなければ,この趣旨は貫徹されない。したがって,被告の旧規約15条,17条は,決算について被告代表者が区民に説明する義務をも定めるものと解されるのであり,同規約により,当該年度の区費を支払った区民は被告に対して当該年度の決算内容の説明を求める権利を有すると解される。
旧規約19条は,区民の総会開催要求権を規定しているが,決算書や経理諸帳簿の閲覧やその内容の説明がなされて初めて,区民は被告の運営についての十分な情報が与えられるのであり,区民は総会の開催の要否を判断できるのであり,また,閲覧や説明がなされて初めて区民総会開催要求の濫用が防止され得るのであるから,上記区民の総会開催要求権は,その前提として,区民に決算書や経理諸帳簿の閲覧請求権及びその内容の説明要求権をも与える趣旨であると解される。
なお,旧規約18条によれば,規約の改廃は協議会の決議により総会の承認を経てなされるが,同規約を改廃する協議会も総会も開催されておらず,新規約は適正な手続を経て制定されたものではないから,無効なものである。
(ウ)a 被告の執行部(区長)は,民法の委任ないし準委任の規定(644条,656条)の趣旨に則り,被告の目的(旧規約1条)達成のために,区民の支出した金員を使用し,かつ,被告を適切に運営すべき義務(善管注意義務)を,被告が権利能力なき社団で法人格がないことに鑑み,個々の区民に対して直接負担するものと解される。すなわち,被告の法人格があれば,被告執行部は被告自体に対して目的達成のために区民の支出した金員を使用しかつ被告を適切に運営すべき義務(善管注意義務)を負担することとなるが,被告に法人格がない以上,被告執行部(区長)はかかる義務(善管注意義務)を被告構成員各自に対して直接負担すると解される。したがって,執行部が,この目的以外に区費等を使用し,あるいは委任の趣旨に反して業務を遂行していたとすれば,区民ないし元区民は,個人として,その支出した区費及び不当な業務執行による精神的苦痛に対する慰謝料の限度で,執行部個人の債務不履行責任を追求できる。そして,この責任追求の判断資料として,元区民も自己が区民であった年度の会計に関しては決算書,帳簿類の閲覧とその説明を求めることができる(いったん現区民として取得した当該年度の会計に関する帳簿等閲覧請求権,その説明要求権は,区民の地位をなくしても失われない。)と解すべきである。なぜなら,現に区民でなければ,区民であったころに如何に不当な業務執行をされて精神的苦痛を受け,目的外に自己が支出した区費が使用されようとも(善管注意義務違反),債務不履行責任追求の資料・手段が与えられず,法的措置を採れないとすることは,衡平の観点からも許されない。
b さらに,上記債権債務関係が区民・元区民と被告執行部間に認められないとしても,被告の代表である区長がその職務を執行するにあたり他人(被告構成員も含む)に損害(精神的苦痛)を与えた場合は,目的外の区費使用や不当な業務執行による精神的苦痛について,区民・元区民は被告執行部(区長)に対し不法行為法理に基づき損害の賠償を求め得る(民法44条1項類推)。
c 仮に被告執行部が被告構成員に対して善管注意義務を負担するとの主張が認められないとしても,被告の執行部(被告代表たる区長)は,被告の職務を執行するにあたって,被告と執行部(区長)間に委任ないし準委任契約が存在することから,善良な管理者の注意義務を被告に対して負担している。したがって,被告の目的を逸脱する被告執行部の業務執行・金員の支出があれば,被告は被告執行部(区長)に対し債務不履行による損害賠償を求められる。そして,被告の構成員は,被告の目的(旧規約1条)に賛同して被告に加入したものと考えられ,この目的達成のため区費などの支出に応じたのだから,被告はその構成員に対し構成員の拠出した区費を被告の目的に沿って使用すべき債務を負担していると解され,被告の目的を逸脱する被告執行部の業務執行や金員支出があれば,被告構成員は被告に対してその業務執行や金員支出による上記債務不履行に基づく損害の賠償を求め得る。また,被告を脱退しても,構成員であった当時に発生した上記損害賠償請求権が失われるべき理由はない。よって,被告の元構成員は,構成員であった当時の被告に対する上記損害賠償請求権を被保全権利として,被告の善管注意義務違反に基づく被告執行部に対する上記債務不履行による損害賠償権に代位し得る。
d したがって,元区民であっても,上記債務不履行責任ないし不法行為責任追求の資料を得るために,自己が区民で有った当時の帳簿の閲覧及びその説明を求める権利があると解すべきである。
イ 被告の主張
(ア) 各区民について,支出した区費が被告の経費支出の動機となった目的に沿って適正に使用されたか否かを直接に確認する権利が条理上当然に認められるとはいえない。
一般に,団体の機関の業務執行についての調査の方法は多様であるから,その構成員にいかなる調査方法を認めるかは,本来,当該団体の自律に任すべきであり,具体的には,当該団体の規則等により明文上定められた方法によるべきである。
また,被告は,地域の振興と地区民相互の親睦を図るとともに地区民連帯の福利増進を目的とする権利能力なき社団であり(甲6),親睦団体である以上,被告に公権力が介入することはそぐわず,被告規約等による自律が尊重されるべきである。
a 新規約によれば,区民の決算書及び帳簿類の閲覧を認めた明文の規定はない。
b 新規約においては,各町会から代表たる協議員を選出し(第8条),その協議員により構成される協議会は,区民総会に代わるべきものとし,その決議をもって区民の総意とみなされる(第11条)。
また,区民は一般会計の決算について報告を受けるが(第16条),区民は予算及び決算の承認権は有しない。すなわち,区民は被告の意思決定に対して,直接に参加することはなく,協議員という代表者を媒介して間接的に参加するものである。
c 更に,新規約によれば,会計事務の公正を期するため,協議員外の区民より2名,協議員より1名の監事を選任することとし(第5条),監事は随時監査を行うものとされる(第6条)。
よって,被告は,区民が被告の意思決定に対して間接的に参加するという制度を前提として,会計事務の公正を期するための監事による監査という制度を採用しているものである。
以上によれば,被告規約は簡単な内容のものとはいえず,被告の意思決定及び監査に関して,緻密かつ合理的な組織関係を定めている。
このように緻密かつ合理的な組織関係を定めている被告規約においては,前記のとおり団体の自律権を尊重すべきとの観点に照らして,その明文上の規定が尊重されるべきであり,被告の業務執行(財産関係を含む。)についての調査方法は,明文が規定する「協議会の選任する監事による監査」という方法によってのみ認められるものであり,明文の規定によらずに各区民が直接に決算書及び帳簿類を閲覧し,また被告に説明を求めてまで上記調査をすることはできないものというべきである。
(イ) 被告においては,平成8年4月1日の新規約施行以降,実際に新規約による運営がなされており,現区民からこれまでに何らの異議も出されておらず,また,原告も,本件紛争に至るまで,新規約の施行について何ら異議を申し立てたことはなかったのであるから,新規約制定の手続的な瑕疵は既に治癒されているというべきであるが,仮に旧規約を前提としても,旧規約に区民の決算書及び帳簿類の閲覧を認めた明文の規定はなく,被告は,区民が被告の意思決定に対して間接的に参加するという制度を前提として,会計事務の公正を期するための会計監査による監査という制度を採用していると解すべきであり,被告の規約は簡単な内容のものとはいえず,被告の意思決定及び監査に関して合理的な組織関係を定めている。このように合理的な組織関係を定めている被告の規約においては,団体の自律権を尊重すべきとの観点に照らして,その明文上の規定が尊重されるべきであり,被告の業務執行(財産関係を含む。)についての調査方法は,明文が規定する「協議会の選任する会計監査による監査」(旧規約8条)という方法によってのみ認められるものであり,明文の規定によらずに各区民が直接に決算書及び帳簿類を閲覧し,また被告に説明を求めてまで上記調査をすることはできないものというべきである。
第3判断
1 争点1(本訴請求の司法審査の対象性)
(1) 裁判所法3条にいう「法律上の争訟」とは,当事者間の具体的権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られると解される。
本件訴訟の訴訟物は決算書及び金銭出納簿の閲覧請求権並びに決算書の説明請求権の存否であり,当事者間の具体的権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であると解することができる。
(2) そこで,本件紛争が法令の適用により終局的に解決することができるかについて検討する。
ア 本訴請求が法律上の争訟に該当するか否かを検討する前に,本件においては旧規約の効力が問題となっているので,この点を検討しておく。
証拠(甲1,6)によれば,被告には昭和46年4月1日施行の旧規約(甲1)が存在し,それによれば,区(被告)には協議会が設置され,その協議員は各部落から選出されること(旧規約9条,10条),規約の改廃は,協議会の決議により総会の承認を経ることになっていること(旧規約18条),新規約(甲6)によれば,同規約は平成8年4月1日より施行され,旧規約は廃止されたことになっていることが認められる。
被告は,新規約施行以降,実際に新規約による運営がなされており,現区民からこれまでに何らの異議も出されておらず,また,原告らも,本件紛争に至るまで,新規約の施行について何ら異議を申し立てたことはなかったのであるから,新規約制定の手続的な瑕疵は既に治癒されている旨主張する。
しかしながら,旧規約の改廃のために協議会の決議により総会の承認を経る手続がとられたことを認めるに足りる証拠はなく,新規約が被告の構成員に周知されていたことを認めるに足りる証拠もないのであるから,新規約が被告の構成員に周知されていたと認められない以上,新規約制定の手続的瑕疵が治癒される前提を欠くものというべきである。したがって,依然として旧規約が被告の規約として有効に存続しているというべきである。
イ 上記争いのない事実及び証拠(甲1,4,16,17)によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 被告は,協力一致して区民の親善をはかり福祉を向上することを目的とし,「先祖より(a区に)在住した世帯の世帯主」などを構成員とし,区長・会計・書記・協議会を有するなど,意思決定や運営,財産管理の方法が定められ団体として組織が整っており,また,構成員個人から独立した団体自体の財産を有しており,法人格を欠くものの,一個の取引主体として存在し,社団としての実体を有する権利能力のない社団である。
しかしながら,原告Aは平成5年10月から福島市a字bに居住するようになったところ,平成6年7,8月ころ,b町会長Cから被告の区費上期分として2300円の支払を求められ,被告が町会の上部団体であろうと考え,その集金に応じ,原告Bは昭和42年にc地区からa地区内に移り住んだところ,特に被告に加入する意思を表示したわけでもないのに同原告が所属するd町会長から被告の区費の支払を求められた。また,原告Aは,区費の使途に疑問を抱き,b町会長Dから平成10年度上期分の区費の集金に来た際,上記のように疑問のある区費の支払には応じられない旨述べたところ,同町会長から,それでは被告からb町会に区費完納奨励金が出ないので,同奨励金を支払うか,区費を支払って欲しいと言われたため,同原告は平成10年8月1日,被告に対して脱退届を提出した。
(イ)a 被告の機関として各部落より選任された協議員を構成員とする協議会が設置され,協議会は区長の提案する重要事項を審議し,規約の改廃は,協議会の決議により総会の承認を経なければならない。
b 被告には,役職員として区長,区長代理,会計及び書記として各1名を置くことになっており,区長は協議会で選任され,区長代理は,区長が選任し,協議会の承認を受けることになっており,会計及び書記は,協議員中より区長が選任(推薦)し,協議会にはかって任命することになっている。
c 会計は一般会計と特別会計に分けられ,一般会計は恒常的収支を経理し,予算によって執行し,特別会計は,基金より生ずる収支を経理し,その収支については,区長は協議会の承認を受けなければならず,区長は毎年始めに予算を,年度末に決算を区民に報告することになっている。また,会計の公正を期するため,協議会で選任された会計監査2名がおかれ,区有財産及び会計の監査をする。そして,経理諸帳簿,決算書は被告に備え置くことになっている。
d 区に必要な経費は(運営)区民の分賦負担金並びに財産より生ずる収入その他雑収入による。
上記認定の事実によれば,被告は権利能力のない社団として,自らの組織規範を有し,これに則って運営されることが予定された自治的,自律的団体であるということができる。したがって,当該団体において生じた紛争が一般法秩序と関係を有せず,内部的な問題にとどまる限り,その団体の自治的,自律的な解決に委ねるべきであって,裁判所の司法審査の対象にはならないと解すべきである。
しかしながら,団体内部の紛争であっても,それが一般法秩序と関係を有するに至ったときは当該団体の自律権は国法による制約を受けることとなり,かつ,いかなる態様の制約を受けるかは,団体の目的,性格,機能等を考慮して決定されるべきである。
ところで,被告が区民の納める区費等を主要な財源として運営されていることは上記認定のとおりであるところ,このような場合,区費がどのように使用されているかは区費を納めた個々の区民にとって重要な事項であることは明らかであり,他方,区費を区民から徴収して事務処理を行う被告にはこれを適切に管理・処分する義務があるというべきである。したがって,団体の目的,性格,機能等に照らし,団体がその構成員に決算書や金銭出納簿を閲覧させ,決算書についての説明義務を負う場合があることは否定できず,権利能力なき社団であっても,それが現行法秩序のもとで認められるものである以上,同様の制約に服するものというべきである。したがって,本件における閲覧及び説明請求権の存否は一般法秩序と関係を有し,法令の適用により終局的に解決すべき事項であると解すべきである。
2 争点2(決算書及び金銭出納簿の閲覧請求権並びに決算書の説明義務の存否)
(1) 被告は自治的,自律的団体であり,構成員の被告への関与の仕方については,まず,内部規範すなわち旧規約が重視されるべきところ,前記1(2)イ(イ)のcに認定したとおり,被告の旧規約においては,区長が毎年始めに予算を,年度末に決算を区民に報告することになっているほか,構成員に決算書及び金銭出納簿の閲覧請求権並びに決算書の説明請求権を認める規定は存せず,しかも,旧規約によれば,区の会計は一般会計と特別会計に分けられ,一般会計は恒常的収支を経理し,予算によって執行され,特別会計は,基金より生ずる収支を経理し,その収支については区長が協議会の承認を受けることになっていること,区には会計が置かれるほか,会計の公正を期するために会計監査2名が置かれ,区有財産及び会計の監査をすることになっている。
そうすると,被告においては,その会計処理が適正に行われたか否かを調査する方法として,協議会による承認,会計監査による監査,決算報告に際しての区民による質問等によるものとされているというべきである。そして,このように考えたとしても,区民は総会の開催を要求したり,各部落から選出された協議員による協議会を通じて被告の会計処理の適正さを監視することが可能であり,地域の親睦団体的色彩の強い被告の目的,性格,機能等に照らすと,旧規約は,個々の区民に上記閲覧請求権,説明請求権を認めてはいないと解するのが相当である。
原告らは,旧規約が区に経理諸帳簿,決算書を備え置くことになっていること等を捉え,区民に帳簿の閲覧請求権等を認めている旨主張する。しかしながら,旧規約に基づく会計処理の適正さを調査する方法は前記のとおりであって,原告らの上記主張は採用することができない。
(2) ところで,原告らは,区民ないし被告が被告執行部に対して債務不履行ないし不法行為による損害賠償を求めうること等を理由に,その責任追及の前提として帳簿の閲覧やその説明を求める権利がある旨主張する。しかしながら,仮に債務不履行ないし不法行為による損害賠償を求めうる場合があるとしても,そのことと帳簿等の閲覧請求権の存否とは別個の問題であることは明らかであって,原告らの主張は理由がない。
3 よって,原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないので棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条,65条1項本文を各適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 吉田徹)