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福島地方裁判所 平成14年(行ウ)1号 判決 2003年6月17日

原告

X1

(ほか7名)

原告ら訴訟代理人弁護士

広田次男

被告

(大越町長) 宗像紀人

同訴訟代理人弁護士

斎藤利幸

主文

1  被告は、大越町に対し、14万6600円及びこれに対する平成14年9月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを15分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第3 争点に対する判断

1  争点1(本件監査請求の適法性)について

「大越町々長措置請求書」と題する書面(〔証拠略〕。以下「本件監査請求書」という。)には、違法な行為として、大越町が本件ソフトボール大会の経費として弁当代金8330円、懇親会の経費不足分として5万円をそれぞれ一般会計から支出したことと特定し、違法な理由として、本件ソフトボール大会及び懇親会は、大越町議会議員としての公務とは無関係であることを指摘している上、監査委員をして、被告に大越町に上記支出額に相当する5万8330円を返還させることの勧告を求めていることは、その記載から明らかである。さらに、本件監査請求書には、昼食代及び懇親会費用の支出(命令)票兼領収書などの支出関連資料(〔証拠略〕)が添付されていたから(〔証拠略〕)、これらを併せ考慮すれば、本件監査請求が、本件ソフトボール大会及び懇親会が町議会議員としての公務とは関係のないことを前提として、弁当代及び懇親会費を大越町の一般会計予算から支出した行為が違法であることを主張するものであることは明白である(地方財政法4条1項、地方自治法2条14項に反して違法であるとまで、法令を特定する必要はない。)。したがって、本件監査請求における程度まで、違法行為の特定がなされ、違法の内容が具体化されていれば、監査請求として、欠けるところはないというべきである。そうすると、大越町監査委員は適法な監査請求を却下したものというべきであるから、結局、監査委員が請求をした日から60日を経過しても監査又は勧告を行わない場合(地方自治法242条の2第2項3号)に該当することになり、本件は適法な訴えである。

なお、被告は、本件ソフトボール大会及び懇親会は議員研修の一環として、一体的に行われており、本件ソフトボール大会及び懇親会が公務とは無関係であることを裏付ける具体的事実についても主張する必要があると主張する。しかしながら、ソフトボール大会及び懇親会は、それ自体は一般に公務とは関係ないものであるから、これらに要する経費を支出したことが違法である旨の主張をもって、具体的違法性の主張としては十分である。したがって、それ以上の主張をしなければ具体的違法性の主張として不十分であるということはできない。

2  争点2(本件支出の違法性)について

(1)  前記前提事実、〔証拠略〕によれば、田村東部3町である大越町、滝根町、小野町は昭和50年代ころから議会議員の合同研修を行っていたこと、本件研修は、議員の見識拡大等の資質向上、情報交換、広域的連帯を目的としていたこと、懇親会は、各議会の正副議長会の主催で、3町の議員のほか大越町の町長、収入役、教育長及び議会事務局3名が参加し、特に歓談の内容を記録として残したり、議会、町民に報告するものでもないこと、ソフトボール大会、本件研修及び懇親会は、前記前提事実に記載のとおりの日程で行われ、午後6時30分ころ終了したことが認められる。

(2)  地方自治法2条14項は「地方公共団体は、その事務を処理するに当っては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と規定し、地方財政法4条1項は「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。」と規定する。したがって、当該地方公共団体の公務とは無関係の行為に対して公費を支出することは、上記の規定に反して違法である。

ところで、普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の議決機関として、その機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有している。普通地方公共団体の施策を適切に実現するため、又は議会の構成員である議員の知識・経験の向上を図るため、他の普通地方公共団体の実情把握・意見交換あるいは相互交流等を目的として、他の地方公共団体と合同の研修会を行うこと及び研修の一環として研修の効果が上がるような行事を行うことも、議会の機能を適切に果たすために合理的な必要性がある場合には許される。このような場合に行われた研修会及びそれに一環する行事(以下「研修会等」という。)に議員が参加した場合には、その行為は当該普通地方公共団体の議会の議員の公務に当たる。

研修会等を開催するか否か、研修会等をいかなる内容とするかを決定するにあたり、その必要性については、議会の合理的な裁量が尊重されなければならない。しかしながら、もとよりその裁量権にも自ずから限界があるのであって、研修会の目的、態様等に照らして著しく妥当性を欠くときは、裁量権の行使に逸脱又は濫用があるものとして違法となるものと解するのが相当である。

(3)  そこで、前記認定事実に基づき、本件研修等の内容が著しく妥当性を欠くものか否かを検討する。

当日午後2時から3時30分まで行われた講演については、その議題等に照らして、議員の見識拡大等の資質向上につながるものということができるし、それを3町合同で行うことも情報交換や広域的連帯に役立つということができるから、妥当なものである。

そこで、講演に加えてその一環として、ソフトボール大会及び懇親会を行うことが本件研修の目的達成のために効果があるか否かを検討する。

ア  ソフトボール大会について

被告は、本件研修等において、本件ソフトボール大会を実施したのは、ソフトボールを行うことによって、3町の議員相互に対抗意識及び共同意識が生まれ、これが相まって、続く講演の効果、懇親会での相互理解による広域的連帯が高まるので、これらを一体としてプログラムする必要があったからであると主張する。

しかしながら、ソフトボール大会を開催することによって参加した町議会議員の間の親睦が深まる可能性があることは想像に難くないが、そうであるからといってそのことにより直ちに公務との関連性が肯定されるわけではない。しかも、本件ソフトボール大会によって講演での知識の獲得の効果が高まったこと、あるいは、高まるような特別の工夫がなされたことを認めるに足りる証拠はないのみならず、そもそも、ソフトボールを行うことによって、参加者相互間に対抗意識や共同意識が生まれるとしても、それによって講演での知識の獲得の効果が高まるということは、通常は考えられない。したがって、講演の一環として本件ソフトボール大会を行うことの必要性があったとは認められない。

イ  懇親会について

被告は、懇親会は、和やかな雰囲気の中で大いに語り3町の議員同士が有益な意見交換をして議員の資質を向上し、相互理解を深め、より広域的連帯を図るために、本件ソフトボール大会及び講演に引き続いて行う必要があったと主張する。

しかしながら、懇親会の場で飲食しながらお互いに歓談することによって、参加者相互の親睦が深まり、有益な意見を交換でき、さらに参加者らが講演の内容につき意見交換等をしたとしても、歓談の内容を記録として残したり、議会、町民に報告するものでもないことからすれば、懇親会は相互親睦の域を超えるものではない。したがって、懇親会を行うことにより、講演の効果が高まり議員の資質向上等につながるとはいえず、懇親会が行われたことにより本件研修の目的達成のために効果があったともいい難い。

そして、ソフトボール大会・講演・懇親会の3つが連続して行われたことを考慮しても、ソフトボール大会及び懇親会に本件研修の目的、すなわち講演の効果の獲得、共同意識の高揚、相互理解と有益な意見交換等に効果があるとは認め難い。

(4)  以上によれば、ソフトボール大会及び懇親会を行うことに本件研修の目的達成のための効果はなく、参加した町議会議員間の親睦をはかる域を出るものではないから、本件ソフトボール大会及び懇親会への参加は、大越町の町議会議員の公務とはいえず、したがって、大越町による本件ソフトボール大会の参加者に対する弁当代の支給及び懇親会費の負担は、著しく妥当性を欠き、裁量権の行使を逸脱又は濫用した違法があるといわなければならない。なお、被告は、本件支出は、目的において本件研修の一環として、わずかな弁当代と懇親会費のごく一部を負担したにとどまるものであるから、裁量権の逸脱がない旨主張するが、公務と認められない行為に対して支出している以上、支出の目的や金額に関係なく裁量権を逸脱しているものとして違法とならざるを得ない。被告の主張は採用できない。

また、被告は、本件支出のうち弁当代8330円については講演に出席するための昼食としての出費であり、ソフトボール大会のための支出ではない旨主張する。しかし、講演の開始時刻は午後2時であり、講演に参加するために昼食(弁当)を用意する必要はない。そもそも、3町の正副議長会・事務局長会議において、昼食は本件ソフトボール大会が雨天中止となった場合に分散して購入した方がキャンセルをしやすいので各町が準備することとなったのであり(〔証拠略〕)、昼食の弁当が本件ソフトボール大会の参加者のために用意されたことは明らかである。被告の主張は採用できない。

3  争点3(被告の責任>について

(1)  普通地方公共団体における長と議会との関係は、国権における内閣(ないし内閣総理大臣)と国会との関係に準じ、長は、立法機関である議会の自律性・独立性を尊重しなければならず、議会を指揮監督し、議会の自律的行為を是正する権限を有しないのであるから、議会がその裁量の範囲内で決定した事項については、これが著しく合理惟を欠き、そのために予算執行の適正確保の観点から看過しえない瑕疵がある場合でない限り、議会の決定を尊重しその内容に応じた財務会計上の措置を執る義務があり、これを拒むことはできないと解される。

本件において、議会が構成員である議員の研修のために研修会を開催することを決め、その研修の一環として、講演のほかにソフトボール大会や懇親会を行うこと自体については、普通地方公共団体の長である被告は議会の決定を尊重しなければならない。しかし、ソフトボール大会や懇親会を行うことと、参加者の弁当代や飲食代を負担することとは、事柄としては別個であり、後者については、その支出が議会の予算(食糧費)の範囲内であっても、その当否の判断は被告が行うべきものであり、議会の裁量は及ばない。旅行命令に基づく議員の出張については、旅費を必要的に支給しなければならず、旅費の支給を拒むことは、議会の裁量の範囲内で決定した旅行命令自体の当否を判断し、議会の裁量を脅かすこととなるが、ソフトボール大会ないし懇親会の開催と参加者の弁当代ないし飲食代を負担することの間には、先行行為とこれに基づく必要的な支出という関係はないので、旅費の支出が問題となる場合と事案を異にする。ソフトボール大会参加者への弁当代及び懇親会参加者の飲食代は、金額の多寡にかかわらず参加者が自己負担すべきものであり、これに公金を支出することは著しく合理性を欠き、予算執行の適正確保の観点から看過しえない瑕疵に該当する。したがって、本件における財務会計上の行為はいずれも違法である。

以上を前提に、以下に、おいて、被告の責任につき検討する。

(2)  前記前提事実のとおり、本件で問題となっている、弁当代(8330円)、懇親会費(9万6600円)、懇親会費の不足分に関する補助(5万円)について、その支出負担行為及び支出命令は、懇親会費を除き、いずれも、議長や総務課長の専決事項とされ、被告は直接は財務会計上の行為を行っていない。懇親会費の不足分に関する補助については、支出命令自体は、助役の代決により決裁されているが、もともとの支出負担行為は被告において決裁されており、被告が直接財務会計上の行為を行っているので、当該支出については、直接被告の責任を問うことが可能である。

これに対し、専決された事項について、責任を問うには別の考察が必要である。ここにおいて、専決とは、被告の権限に属する特定の事項につき、権限を委譲せずに、あくまでも対外的には被告の名において事務処理を行うが、内部的には恒常的に意思決定を含めて補助職員に処理させることをいう。専決による処理方法は、大越町財務規則(昭和57年12月22日規則第21号)(〔証拠略〕)に定められた方式によるものである。補助職員によって財務会計上の行為が専決された場合においても、当該財務会計上の行為をする権限を被告は本来的に有しているから、本件代位請求住民訴訟において、平成14年法律第4号による改正前の地方自治法242条の2第1項4号の当該職員に該当する。そして、専決を任された補助職員が管理者の権限に属する当該財務会計上の行為を専決により処理した場合は、被告は、上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により上記補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、大越町に対し、上記補助職員がした財務会計上の違法行為により大越町が被った損害につき賠償責任を負うものと解される。専決により財務会計上の行為がなされるときは、内部的には当該財務会計上の行為をする権限は、専ら補助職員に委ねられ、自らの判断において当該行為をするのであるから、補助職員が専決を任された財務会計上の行為につき、違法な専決処理を行い、これにより大越町に損害を与えたときは、かかる損害は、自らの判断において行為を行った補助職員が賠償すべきものであり、被告に指揮監督上の帰責事由が認められない限り、補助職員が専決して行った財務会計上の違法行為につき、損害賠償責任を負うことはない。

そこで、補助職員の指揮監督につき、被告に義務違反があったか否かを検討する。被告は、普通地方公共団体の長として、膨大な事務を能率的かつ合理的に処理しなければならないから、専決に委ねられた事項について、個別にその当否を判断することまで義務の内容として求めることはできない。専決の基準・要件を具体的・合理的に定め、その運用が適切になされていることを検証・確認する適切な制度的措置を講じていれば、瑕疵ある財務会計上の行為が行われることを知っていた、あるいは容易に知り得た等の特段の事情のない限り、指揮監督上の義務違反があったとはいえない。前記前提事実のとおり、本件における専決は、いずれも大越町財務規則に定められた方式によるものであり、規則に定められた専決の方式が合理性を欠いているとか、検証方法に問題がある等の事情は窺われない。したがって、被告において、専決により違法な財務会計上の行為が行われることを知っていた、あるいは容易に知り得た等の事情があったか否かを検討する。

以上の観点から考察するに、懇親会費については、その不足分を支出することについて、被告が支出負担行為を自ら行っていること、懇親会に現実に参加していること、懇親会費が町の費用で賄われていることを認識していたこと(被告本人)を総合すれば、被告は違法な財務会計上の行為が行われることを容易に知り得たと評価することができ、被告は補助職員に指揮して、違法な財務会計上の行為がなされることを防止すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったものというべきである。したがって、被告は、上記義務違反により、懇親会費及びこれの不足額の補助金の合計額相当額14万6600円の損害を町に被らせたことになり、上記金額について賠償責任を負っている。

他方、弁当代については、被告は全く関与しておらず、弁当代が支払われることを認識していたとか、容易に認識しえたとの事情は窺えず、他に補助職員を指揮監督する契機となる事情も見出せないので、被告に補助職員を指揮監督する上で義務違反があったとは認められず、ほかに被告に義務違反があったことを認めるに足りる証拠はない。したがって、弁当代につき、被告が賠償責任を負担すべき理由はない。

4  以上によれば、原告らの請求は、14万6600円及びこれに対する不法行為後の日である平成14年9月28日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこの限度で認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、64条本文、65条1項本文を適用し、仮執行の宣言については必要がないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田徹 裁判官 本間健裕 中原淳一)

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