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福島地方裁判所 平成14年(行ウ)2号 判決 2003年3月25日

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告らは,大越町に対し,各自10万円及びこれに対する平成14年2月5日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,福島県田村郡大越町の町議会議員である被告らが行政視察研修という名目で平成13年5月30日から同年6月6日までの8日間,スイス・フランスを旅行した際,大越町が被告らに対し1人当たり10万円の補助金を支出したことは違法であり,被告らはその支出が違法であることを知り,仮に知らなかったとしても重大な過失があったとして,大越町の住民である原告らが,大越町に代位して,被告らに対し,不法行為に基づく損害賠償として各10万円及び遅延損害金を請求した住民訴訟の事案である。

1  前提事実(争いがないか掲記の証拠により容易に認められる事実)

(1)  原告らはいずれも大越町の住民である。

(2)  被告らは大越町の町議会議員である。

(3)  本件スイス・フランス旅行は別紙のとおりの日程で行われ(乙4),大越町の町議会議員のうち被告ら7人が参加し,残りの7人の町議会議員は参加しなかった(乙5,12,14,被告A,弁論の全趣旨)。その費用としては,1人当たり46万5000円であった(乙4,弁論の全趣旨)。

(4)  大越町は,本件スイス・フランス旅行に参加した被告ら7人に対し,打切旅費として1人当たり10万円を支給した(以下「本件支出」という。)。

(5)  原告らは,平成13年11月13日,大越町監査委員に対し,本件支出が違法であるとし,被告ら7人に各自10万円を大越町に返還するよう勧告することを求めて監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)。

(6)  大越町監査委員は,平成14年1月7日,監査対象となる財務会計上の違法な公金支出の事実が具体的に摘示されていないとして,本件監査請求を却下した。原告らは,これを不服として平成14年1月29日,本件訴訟を提起した。

2  主たる争点

被告らは,本案前の申立てにおいて,本件監査請求が違法な公金支出の事実を具体的に摘示しないとして大越町監査委員によって受理前却下されたため,本件訴えは適法な監査請求を前置しておらず,不適法であるから却下されるべきであると主張している。そこで,本件監査請求が違法な公金支出の事実を具体的に摘示したかどうかをまず検討する(争点1)。本件訴えが適法であると判断されたときは,本件スイス・フランス旅行は大越町議会議員としての公務と無関係であり,本件支出が違法なものかどうかを検討することになる(争点2)。

(1)  争点1(具体的に違法な公金支出の事実を摘示したか)について

(被告らの主張)

ア 住民監査請求の対象となるのは一定の具体的な違法・不当な財務会計行為に限られると解されるので,住民監査請求においては,違法性・不当性が主観的に思料されるだけでなく,具体的な理由により当該行為が法令に違反し,又は行政目的上不適当であることを指摘して初めて請求の要件を満たすものである。

イ 原告らは本件監査請求の際,海外視察の事実を主張するのみで,これが公務と無関係の観光旅行であることを裏付ける具体的事実の主張をせず,それを証するものも提出していない。したがって,具体的違法性を指摘していないというべきである。

ウ 大越町監査委員は,本件監査請求を住民監査請求の要件を具備していないとして受理前却下しており,本件訴えは,住民監査請求を前置していないから,不適法として却下されるべきである。

(原告らの主張)

ア 原告らは,本件監査請求において,観光旅行は,大越町議会議員としての公務とは全く無関係であり,観光旅行への補助金ないし餞別を町の一般会計予算から被告ら7人の議員に支払うことの違法性は明らかである旨主張しており,具体的違法性を指摘している。

イ 公務と無関係な行為に公金を支出することが違法であることは明白である。

(2)  争点2(本件スイス・フランス旅行は公務と無関係で本件支出は違法か)について

(原告らの主張)

ア 本件スイス・フランス旅行の実体は観光旅行にすぎない。チューリッヒのごみ処理施設及びパリの下水道施設を視察しているが,それが旅行全体の占める割合はごく一部である。残りの町並み視察等は観光旅行にほかならない。

イ チューリッヒのごみ処理施設及びパリの下水道施設の視察にしても,事前に十分に調査した上で視察したものではなく,単なる見物にすぎず,本件スイス・フランス旅行の本質が観光旅行であることを隠蔽するためにこの2つの施設に行ったにすぎない。

ウ 本件スイス・フランス旅行は大越町議会議員としての公務とは全く無関係であるから,本件支出は違法である。

(被告らの主張)

ア 地方公共団体の議会は,必要があるときはその裁量により議員を海外に派遣することもできる。

イ 大越町では環境に配慮したごみ処理施設及び下水道施設の設置が重要な課題となっているところ,同町議会は,これら施設を調査することを主たる目的とし,街づくり等を調査することを副次的な目的として,視察研修のため本件スイス・フランス旅行を実施したものであって,大越町の課題である事項についての調査という目的は正当なものであり,視察先や日程等も調査事項との関係で合理性を欠くということはあり得ない。

しかも,その日程等は12回にわたる各種会議を経た後,議会が決議したものであり,この議会の決議に裁量権の逸脱や濫用はない。

第3争点に対する判断

1  争点1(本件監査請求の適法性)について

原告らが提出した本件監査請求書には,違法な行為として,大越町が被告ら7人の町議会議員に本件スイス・フランス旅行の補助金として1人当たり10万円計70万円を一般会計から支出したことと特定し,違法な理由として,本件スイス・フランス旅行は大越町議会議員としての公務とは無関係であることを指摘している上,監査委員をして,被告らに大越町に上記支出額相当分の各10万円を返還させることの勧告を求めている(甲1,弁論の全趣旨)。さらに,本件監査請求書には,事実を証する書面として,欧州(スイス,フランス)行政視察研修出席者名簿,旅行日程表という旅行の内容を明らかにする書面や経費精算報告,支払明細書等の本件支出関連資料が添付されていたから(甲1,弁論の全趣旨),これらを併せ考慮すれば,本件監査請求が,本件スイス・フランス旅行が町議会議員としての公務とは関係のないことを前提として,出席議員に対して各10万円を大越町の一般会計予算から支出した行為が違法であることを主張するものであることは明白である(地方財政法4条1項,地方自治法2条14項に反して違法であるとまで,法令を特定する必要はない。)。したがって,本件監査請求における程度まで,違法行為の特定がなされ,違法の内容が具体化されていれば,監査請求として,欠けるところはないというべきである。そうすると,大越町監査委員は適法な監査請求を却下したものというべきであるから,結局,監査委員が請求した日から60日を経過しても監査又は勧告を行わない場合(地方自治法242条の2第2項3号)に該当することになり,本件は適法な訴えである。

なお,被告らは,本件スイス・フランス旅行が公務とは無関係であることを裏付ける具体的事実についても主張する必要があると主張するが,原告らは,行政視察研修と銘打っているもののその実態は観光旅行に他ならないと主張し,旅行日程表を書面として添付していたのであるから,それに対して各10万円を支出したことが違法である旨の主張をもって,具体的違法性の主張としては十分である。それ以上の主張をしなければ具体的違法性の主張として不十分であるとはいえない。

2  争点2(本件支出の違法性)ついて

(1)  普通地方公共団体の議会は,当該普通地方公共団体の議決機関として,その機能を適切に果たすために必要な限度で広範な権能を有し,合理的な必要性があるときはその裁量により議員を海外に派遣することもできるが,その裁量権の行使に逸脱又は濫用があるときは,議会による議員派遣の決定が違法となる場合がある(最高裁判所第一小法廷昭和63年3月10日判決,裁判集民事第153号491頁参照)。

(2)  そこで,大越町議会が行政視察として本件スイス・フランス旅行に被告ら7人の町議会議員を派遣したことに,裁量権の逸脱又は濫用があるか否かを検討する。前記前提事実,証拠(乙1ないし4,7ないし12,被告B,被告A)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 被告らを含む大越町議会議員は平成12年4月25日に行われた議会議員親和会総会において,公費を受けて議員海外視察研修を平成13年度に実施することを協議した。海外視察研修につき,その後,同年12月8日まで全員協議会を4回開催し,同月18日の正副議長・各委員長会議において,視察研修先をスイス,フランス,イタリアを中心にすること,研修事項としてごみ処理とリサイクル,下水道事業等5項目のうち2項目以上を計画することとした。その後平成13年1月18日から同年3月16日まで全員協議会を4回,正副議長・各委員長会議を1回それぞれ開催し,海外視察研修の日程,視察先,補助金額等についてを協議を重ねた。

イ 平成13年3月16日の3月議会定例会,本会議において,大越町議会議員被告Aが提出者,大越町議会議員C及び同Dが賛成者となり,議員提案として本件スイス・フランス旅行が提案され議決された。その提案理由は「国際交流を深めるとともに,広域的な行政等を視察して見聞を広め,より一層の議会活動を図るため」とされ,目的は「欧州(スイス・フランス)の環境衛生施設(ごみ処理施設・下水道施設)の状況を広く研修し,国内情勢及び国民生活の実態を視察研修するもの」とされ,日程は別紙のとおりであった。

ウ 平成13年5月30日から同年6月6日にかけて,上記町議会で議決された日程のとおりに行政視察(海外)研修として本件スイス・フランス旅行が実施され,当初は大越町議会の議員14人が参加する予定であったが,実際に参加したのは被告ら7人であった。

(3)  大越町議会に提案された本件スイス・フランス旅行の目的は欧州の環境衛生施設(ごみ処理施設,下水道施設)の状況を広く研修するというものであるところ,ごみ処理や下水道問題というのは地方公共団体にとっては重要な問題・課題であるから,町議会議員がこれらの施設を訪問して,一般的な知識・経験を得ることは,公務に関連するものとして,その目的は正当なものである。そして,本件スイス・フランス旅行において,平成13年5月31日午前にチューリッヒのごみ処理リサイクルプラントAWZを,同年6月4日午後にパリ下水道局の下水道施設を視察しており,いずれも当該予定日の午前あるいは午後に他の予定は組んでおらず視察に必要な時間を用意していたものであり,上記目的を達成するために必要な日程を組んでいる。

他方,本件スイス・フランス旅行の日程におけるごみ処理施設及び下水道施設視察を除く部分であるルツェルン市内視察,パリ市内視察,ルーブル美術館視察等については,一般人が観光旅行をする場合と特に異なる視察をしたことが窺われないから,これらについては観光旅行と同視できるものというべきである。

以上のように本件旅行には,海外視察の側面と議員個人の観光旅行の側面が併有されている。このような場合において,海外視察旅行の旅費の一部が支給されるにとどまり,個人負担が相当程度あるときは,支給された補助金額と公務関連の視察との間の均衡が著しく失われていなければ,旅程に個人の観光旅行の部分が含まれていても,直ちに違法であるとまではいえない。

本件旅行に支給された補助金は10万円であり,旅行全体の費用46万5000円の4分の1以下であること,前述のとおり2都市において実際にゴミ処理プラントや下水道施設の視察が行われたことに照らせば,支給された補助金額と実際に行われた公務関連の視察との間の均衡が著しく失われているとまでは認められず,補助金の支給が違法であるとはいえない。もっとも,公金(補助金)を受けて海外視察を行ったにもかかわらず,事前・事後に海外視察の結果を十全なものとしようとする努力や研究が十分になされた形跡はなく,批判を受ける余地はある。しかし,視察行為自体は,議会で定められた旅程に基づき,参加した議員全員が実際に行っており,その際,被告ら個々の議員について,海外視察の趣旨を逸脱したような行為があったとまでは認めるに足りる証拠はない。これらの批判は,個々の議員の海外視察に対する姿勢や心構えに対する道義的・政治的な非難の対象となるにとどまり,法的に賠償義務を生じさせる違法な行為とまではいえない。

なお,原告らは,ごみ処理施設及び下水道施設の視察も,事前に十分に調査した上で視察したものではなく,単なる見物にすぎず,本件スイス・フランス旅行の本質が観光旅行であることを隠蔽するためにこの2つの施設に行ったにすぎない旨主張するが,実際に支給された補助金の額と公務関連の視察の旅程との間に均衡は失われておらず,補助金を受け取るために形式的に公務関連の視察を組み込んだと評価することはできないので,原告らの主張は採用できない。

3  したがって,原告らの請求は理由がないのでこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条1項本文を各適用し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田徹 裁判官 本間健裕 裁判官 中原淳一)

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