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福島地方裁判所 平成17年(行ウ)10号 判決 2008年8月05日

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,Aに対し,2億0168万6744円及びこれに対する平成16年2月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。

第2事案の概要

本件は,郡山市長であったA(以下「A」という。)が,郡山市による学校法人B大学(以下「B大学」という。)薬学部設置の誘致に伴い,同学部設置用地を無償貸与に供するため,同用地上に存在した郡山市の普通財産で1億6271万4944円の残存価値を有する建物等を廃棄し,撤去費用3897万1800円を支出したことは違法であり,これにより郡山市は上記合計2億0168万6744円の損害を被ったとして,郡山市の住民である原告らが,被告に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,Aに対して上記損害2億0168万6744円及びこれに対する上記建物取壊後で公金支出の日である平成16年2月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金について,損害賠償請求を行うよう求めた住民訴訟である。

1  前提事実(争いがないか掲記の証拠により容易に認められる事実)

(1)  当事者

原告らはいずれも郡山市の住民であり,被告は郡山市の執行機関である。

(2)  条例等の規定

郡山市議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例2条は,地方自治法96条1項5号の規定により議会の議決に付さなければならない契約として,予定価格が1億5000万円以上の工事又は製造の請負を掲げ,同条例3条は,地方自治法96条1項8号の規定により議会の議決に付さなければならない財産の取得又は処分として,予定価格が2000万円以上の不動産若しくは動産の買入れ若しくは売払い(土地については,その面積が1件5000平方メートル以上のものに係るものに限る。)又は不動産の信託の受益権の買入れ若しくは売払いを掲げている。(乙23)

郡山市事務決裁規程(平成6年3月31日郡山市訓令第3号)3条,別表第2及び第3は,おおむね工事請負のうち2000万円以上5000万円未満の起工の決定及び変更については助役の専決,普通財産(建物)の廃棄は財務部管財課長の専決としている。(乙24,29の1)

(3)  経緯等

ア 郡山市長であったAは,平成15年7月16日,平成17年4月の薬学部開設を目指していたB大学に陳情書を持参して,同大学薬学部設置の誘致を行った。(乙17)

郡山市は,平成15年8月18日,郡山市議会議員に対し,同大学薬学部誘致について,「B大学「薬学部」設置基本計画」(乙10の3)を配布するなどして,説明会を行い,翌19日,同大学とともに合同記者会見を行った。

イ 郡山市は,同大学に対し,同大学薬学部設置用地として,市有地である郡山市ab丁目c番d宅地4772.85平方メートル及び同市ef番g宅地1512.79平方メートルの両土地(以下「本件土地」という。)を無償貸与するため,本件土地上の郡山市の普通財産である別紙物件目録記載の建物及び附属建物(以下「本件建物」という。)を廃棄し撤去することとし,同年9月10日,本件建物の解体工事等に要する経費として,役務費94万4000円及び工事請負費3900万円の合計3994万4000円等が計上されている「議案第120号 平成15年度郡山市一般会計補正予算(第2号)」を郡山市議会に提出し,同月26日,可決成立した。(乙18)

郡山市財務部管財課長Cは,同月26日,本件建物を撤去することについて,普通財産の廃棄として決裁を行った。(乙29の2)

郡山市は,同年10月14日,株式会社D工務店との間で,請負代金を3675万円(消費税を含む。)とする本件建物の撤去工事請負契約を締結し,平成16年1月7日,上記撤去工事請負契約の請負代金を222万1800円(消費税を含む。)増額する変更契約を締結した。

上記撤去工事は,同月15日に完了し,本件建物は廃棄された。Aは,同月23日,その契約代金である3897万1800円について支出命令を発し,同年2月10日,上記代金が支払われた(以下「本件支出」という。)。

本件建物の廃棄当時の残存価値は,1億6271万4944円であった。

ウ 郡山市は,平成15年12月18日,B大学との間で,郡山市による同大学薬学部設置に際し,本件土地を30年間無償で貸し付けること,設置に要する費用の一部として9億円を補助することなどを内容とする「B大学薬学部設置に関する基本協定書」を取り交わし,本件土地を,期間を平成16年1月1日から平成45年12月31日までとして無償で貸与するとの契約を締結した。(乙13の1・2)

エ その後,郡山市は,同大学薬学部誘致を断念し,平成16年6月2日,同大学との間で,「B大学薬学部設置に関する基本協定及び土地使用貸借契約の解消及び清算契約書」を取り交わし,同大学は,郡山市に対し,損害賠償金として2億0168万6744円の支払義務があることを確認した。(乙27)

オ 同大学は,同月21日,東京地方裁判所に対し,民事再生手続の開始を申し立てた。郡山市は,上記民事再生事件において,2億0168万6744円を再生債権として届け出た。その後,認可された再生計画において,上記再生債権のうち1億9112万7407円を免除するものとされた。(乙6)

(4)  監査請求等

原告らは,平成16年12月8日付けで,郡山市監査委員に対し,「B大学薬学部設置に関する基本協定」の解消により,郡山市に生じた損害をAが填補することを措置請求の内容として,監査請求をした。郡山市監査委員は,平成17年2月1日付けで,原告らの措置請求は理由がないとして,上記監査請求を棄却した。(甲1)

平成17年(行ウ)第10号事件原告らは,平成17年3月1日,平成17年(行ウ)第11号事件原告は,同月2日,それぞれ本件訴えを提起した。

2  争点

本件における争点は,Aが,B大学薬学部誘致に際し,本件建物の廃棄や本件支出(以下「本件支出等」という。)をしたことについて,同大学の財政,財務状況等の調査義務を怠った違法があるか(争点1),本件支出等が違法である場合,郡山市が被った損害額はいくらか(争点2)という点にある。

(1)  争点1(調査義務違反の有無)について

(原告らの主張)

ア 郡山市は,B大学薬学部を郡山市に誘致するに際し,計算書類や貸借対照表などの書類を同大学に提出させ,財政・財務状態を調査すべき義務があった。同大学は経理会計上不正を行い,不健全な財政の大学であったから,これを誘致すべきではなく,誘致のために多額の費用をかけて高額な残価のある本件建物も廃棄すべきではなかった。このことは調査により容易に発見することができたが,Aは上記調査義務を怠って,本件支出等を行い,郡山市に損害を与えた。このため,Aは,郡山市に対し,損害賠償責任を負う。

イ B大学の財務状況の調査経緯について

被告は,郡山市が,平成15年7月7日,同大学から,監査報告書,消費収支計算書,貸借対照表の総括表の各写し(乙2の1・2,3)を受け取った旨主張するが,これらの書類を受領していたとの主張は信用できない。また,郡山市が,「学校法人B大学「薬学部」新設基本計画」(乙7)を受け取ったとの主張も信用できない。

仮に,Aが同大学から提出を受けた上記監査報告書等を受領していたとしても,被告は,計算書類につき,同大学から提示を受けたが公表制度がないなどの理由で提出を受けなかったと主張しているところ,上記監査報告書等に加え,計算書類の提出を求めてこれらの書類に基づき調査をすべき義務があるのに,これを怠った。

しかも,郡山市が,同大学から提出を受けた上記監査報告書等の記載に照らせば,①消費支出計算書の記載からは,通常年度の経営は赤字経営であったと見込まれたこと,②平成13年度と平成14年度の貸借対照表の記載などからは,長期借入金によって不動産などの固定資産を増加させたことが推測されるから,次年度以降,固定資産の減価償却によって資産が減少し,収支が悪化することが容易に予測できること,③平成13年度から平成14年度にかけて長期借入金が約44億円も増加していることから,これらの返済が困難になると予測できること,④大学校舎を新設するための資金の調達可能性について疑問があるというべきことなどが認められるから,Aは,これらの点について調査をすべきであった。しかし,同大学の財産状況に問題があることについて予見可能性もあったというべきであるにもかかわらず,調査を怠った。

Aは,郡山市議会議員に対し,平成15年8月18日,B大学薬学部設置に必要な55億5500万円のうち,郡山市と福島県からの補助金を除いた41億5500万円は,すべて寄付金で賄う旨説明したが,この説明内容自体,同大学の財政負担なくして薬学部を設置するという不自然なものであり,この点からも,Aは十分な調査をすべき義務があったにもかかわらず,これを怠ったというべきである。

ウ B大学から資金収支計算書の開示閲覧と提出を受けなかったことの問題

資金収支計算書は,当該会計年度に行った諸活動に対応する全ての資金の動きを記録することによって,当該年度の収入と支出の内容を明らかにし,支払資金(現金及び預貯金)のてん末を表すものである。学校法人会計では,計算書類によって財務の面から教育研究活動が円滑に遂行されたか否かを知ることが大切になるので,企業会計の損益計算書に相当する消費収支計算書よりも,資金収支計算書が重視される。

ところが,Aは,同大学から学校法人会計においてもっとも重視されるはずの資金収支計算書の開示閲覧も提出も受けていない。省令上作成が義務づけられている計算書類のうち一部の,しかももっとも重視されるべき計算書類の開示閲覧及び提出を受けなかったことは重大な調査義務の違反である。

エ B大学から計算書類につき複数年度分の開示閲覧あるいは提出を受けなかったことの問題

計算書類は,単年度分だけを見るよりも,前後の複数年度分を比較しながら見た方が問題点を把握しやすい。なぜなら,当該費目についてどうしてそのような数字になったのかについて説明を受けても,単年度分の計算書類しか見ていなければその説明を鵜呑みにするほかないが,複数年度分を見ていれば,相互の数字の比較によりその説明に合理性があるかどうかを検証し,正しいか正しくないかについて推測することができるからである。

Aは,計算書類については,同大学に対して,複数年度分の提出を求めるべきであったにもかかわらずそれを行っておらず,Aには重大な調査義務違反がある。

オ 財団法人E事業団(以下「振興事業団」という。)の解散経過について

郡山市は,昭和59年8月23日に設立した振興事業団に大学誘致事業を行わせており,結果的に失敗しているものの,大学誘致に必要な調査や研究を行っていた実績があったという経緯や慣行に照らせば,Aは,振興事業団にB大学薬学部誘致に関して必要な調査や研究をさせるべき義務があったというべきである。それにもかかわらず,振興事業団の理事長であったAは,同大学薬学部誘致に関し,平成15年6月には同大学と接触していながら,同年6月10日,振興事業団を同年7月に解散するとの理事会決議を容認し,これを解散させることにより,従前行われていた振興事業団による大学誘致の調査・研究を妨害したのであるから,調査義務に違反したというべきである。

(被告の主張)

ア 原告らは,郡山市がB大学の誘致に際し,財政財務状態の調査義務を怠った過失があるとして損害賠償義務があると主張するが,大学誘致に際し調査を行うか,行う場合の調査の程度については,執行機関の長の自由裁量であるから,原告らが主張するような義務も過失もない。

イ B大学の財務状況の調査経緯等について

(ア) 同大学F理事長(以下「F」という。)ほか2名は,平成15年7月7日,郡山市役所を訪れ,市長,助役,収入役らと面会した。この際,Aらは,同大学薬学部設置計画について説明を受け,また,同大学の財務状況について,独立監査人が財務状態を適正に表示しているとする監査報告書,平成14年度計算書類(資金収支計算書,資金収支内訳表,人件費支出内訳表,消費収支計算書,消費収支内訳表,貸借対照表,固定資産明細表,借入金明細表,基本金明細表)に基づいて説明を受け,上記書類のうち,監査報告書,消費収支計算書,貸借対照表の総括表の各写し(乙2の1・2,3)と「学校法人B大学「薬学部」新設基本計画」(乙7)を受け取った。

郡山市G企画部長は,平成15年7月8日,庁議において,上記監査報告書,消費収支計算書,貸借対照表の総括表の各写し(乙2の1・2,3)と「学校法人B大学「薬学部」新設基本計画」に基づき説明を行うなどした後,郡山市において,同大学の誘致を行うこととなり,同月16日,同大学に対して,同市への同大学薬学部設置について陳情を行った。

郡山市は,同大学に対する質疑,調査を通して,同大学について,平成14年度計算書類に対し,独立監査人である公認会計士から経営状況及び財産状態の重要な点について適正に表示されている旨の報告があったこと,文部科学省から平成11年度の大学開設以来平成15年度まで毎年経常費補助金が交付されていることを確認するなど同大学の財務状況を調査確認したほか,薬学部設置の実現性においても教員確保が予定どおり進んでいるとの説明を聞くなどして,同大学薬学部の学生確保の見通しについて必要な調査を行ったのであるから,調査を怠った過失はない。

(イ) また,同大学薬学部誘致が取りやめに至った原因は,同大学における架空寄付や二重帳簿等の不正経理が行われていたことによるものであるが,これらの不正行為は大学設置認可申請に際し,認可要件を充たしているよう装うために行われたものである。これらの不正行為が明らかになったのは,平成16年4月ころに不正経理に関する疑惑報道がされた後,同大学内に設置された調査委員会や文部科学省による調査によって初めて明らかになったものである。郡山市が不正経理等を知ったのは同年5月19日であり,誘致を決定した当時,郡山市は,これらの事実を知る状況になく,また通常の注意義務をもってしてもそのような状況にあることを予測することは不可能であったから,過失もない。

郡山市が損害を被った原因は,同大学の大学設置認可申請に際しての不正経理が明らかとなり,同大学が新学部を設置できる状況ではなくなったことにあり,郡山市による調査義務と損害との因果関係もない。

ウ 振興事業団の解散経過について

振興事業団は,平成14年度から解散に向けて検討されていたのであって,振興事業団による調査を妨害したなどという原告らの主張は憶測にすぎない。

エ B大学における財政状態の調査の違法と本件支出との関係について

そもそも,同大学の財政財務状態の調査は,大学誘致施策の判断材料の一つであったにすぎず,その後の普通財産撤去工事に伴う公金の支出といった財務会計行為の直接の原因にはなっていない。

仮に,上記調査という非財務会計上の行為が財務会計上の行為の原因であるとしても,地方自治法242条の2第1項4号の規定に基づく当該職員に対する損害賠償請求訴訟は,財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対し,職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人としての損害賠償義務の履行を求めるものにほかならないから,当該職員の財務会計上の行為をとらえて損害賠償責任を問うことができるのは,これに先行する原因行為に違法事由が存在する場合であっても,この原因行為を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する違法なものであるときに限られると解するのが相当であるが,原告らは財務会計上の行為について何ら違法である事実の主張をしていない。

(2)  争点2(損害額)について

(原告らの主張)

郡山市が,本件支出等により被った損害は,撤去された本件建物の残存価値である1億6271万4944円と本件建物の撤去費用(すなわち本件支出額)3897万1800円の合計2億0168万6744円である。

(被告の主張)

平成17年1月27日に確定したB大学を再生債務者とする再生手続開始申立事件の再生計画に基づき,原告らが主張する2億0168万6744円のうち,平成17年4月末日までに100万円,平成21年4月末日までに955万9337円が,郡山市に弁済されることから,合計1055万9377円は,損害には当たらない。

第3争点に対する判断

1  前提事実に加え,証拠(甲1,3,5ないし7,12,13,乙2の1・2,3ないし7,8の1・2,9,10の1ないし3,12,14ないし17,22,27,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。

(1)  B大学薬学部誘致の決定について

Aは,厚生労働省の平成12年薬剤師調査等の結果(乙8の1・2)及び薬剤師の業務が多様化(医薬分業の進展に加え,調剤だけではなくチーム医療に参画するなど)していることから,福島県内において薬剤師の数が不足していると考えられたこと,また,当時,地方における薬剤師不足が叫ばれ,薬学部に対する人気も高まっており,国の薬学部設置に係る規制緩和が行われ,平成15年度に岡山市のH大学,延岡市のI大学が薬学部を開設したのをはじめ,16年度には2つの大学が新設(埼玉県のJ大学,銚子市のK大学)され,そのほか5つの大学で学部増設が計画されており,平成15年当時,薬学部新設の認可申請のピークを迎えることが予測されたことなどから,B大学の意向を受け,郡山市に同大学薬学部を誘致することを検討した。

Aは,平成15年8月18日の市長コメントや9月定例会提案理由でも述べているとおり,同薬学部を郡山市に誘致することにより,地域における保健医療,教育文化の向上,さらには,地域経済に及ぼす大きな効果が期待できると考えた。

すなわち,郡山市としては,市内の医療体制と連携した医療の高度化に対するまちづくりが推進され,周辺地域の保健医療の向上や,同大学の公開講座等の開催による市民の生涯学習の推進等,教育・文化の向上につながることが期待でき,また,学部開設に伴うアパート等住宅の新築などの民間投資額が約二,三十億円,学校建設費や基本機器整備が約四,五十億円,併せて約70億円の臨時的な経費に加え,960名の学生及び50名程度の教職員の生活費など,今後の経常的な経費は年間約19億円と見込まれ,地域経済に及ぼす効果も期待できること,さらに,同大学を中心市街地の一角に誘致することにより,教員・学生が生活することになれば中心市街地ににぎわいが戻り,活性化につながること,市内に設置されることによる親の経済的負担の軽減により,市内高校生の進路選択肢が拡大すること,若い世代の交流・定住が都市の活気をもたらし,少子高齢・人口減少社会の到来に向けた活力あるまちづくりが推進されること,産・学・官連携による新たな産業の立地が促進されること,地方における薬剤師不足は深刻な状況にあり,同大学の薬学部設置は市はもとより福島県における薬剤師不足の解消に大いに寄与することなどが期待できると考えた。

(2)  郡山市の調査の経緯について

ア B大学側から提出があった書類及びその調査方法等

(ア) Fらが郡山市を訪れた平成15年7月7日,同大学側は,新設基本計画(設置計画の基本計画),平成14年度の消費収支計算書及び貸借対照表,独立監査人の監査報告書等を郡山市に提示した(乙2の1・2を含む)。郡山市側は,A,助役,収入役,企画部長をはじめ関係職員が出席し,同大学側から消費収支計算書,その結果を監査した独立監査法人の公認会計士作成にかかる監査報告書の説明がされた上,質疑応答等が行われた。郡山市は,これら以外の計算書類等の提出を求めることはしなかった。

(イ) 平成15年5月31日付け「独立監査人の監査報告書」(乙3)は,同大学の平成14年度の計算書類,すなわち資金収支計算書(人件費支出内訳表を含む。),消費収支計算書及び貸借対照表(固定資産明細表,借入金明細表及び基本金明細表を含む。)について監査を行ったものであるが,上記の計算書類につき,学校法人会計基準に準拠して,同大学の平成15年3月31日をもって終了する会計年度の経営の状況及び同日現在の財政状態をすべての重要な点において適正に表示しているものと判断されている。

(ウ) 私立大学等経常費補助金取扱要領3条(乙4)は,(1)法令の規定,法令の規定に基づく所轄庁の処分又は寄附行為に違反したもの,(2)事業団からの借入金の償還(利息・延滞金の支払を含む。)又は公租・公課(私立学校教職員共済法による掛金を含む。)の納付を1年以上怠っているもの,(3)破産宣告を受け,若しくは負債総額が資産総額を上回り,又は銀行取引停止処分を受ける等,財政事情が極度に窮迫しているもの,(4)経理その他の事務処理が著しく適正を欠いているもの,(5)役員若しくは教職員の間又はこれらの者の間において,訴訟その他の紛争があるもの,(6)7条5項3号の補助金の減額(私立学校振興助成法5条4号の事由に基づく減額を除く。以下この号において「補助金の減額」という。)事由に該当するもので,補助事業を実施する年度(以下「当該年度」という。)の前年度まで引き続き3か年度にわたり補助金の減額を受けたもの,(7)その他管理運営が著しく適正を欠いているものについて,これらに該当する学校法人は,原則として補助金の交付の対象から除外することとしているが,同大学は,補助金の交付を受けており,交付の対象から除外されていたという事実は認められなかった。

(エ) 郡山市において,大学誘致を担当していた企画部は,同大学及び大学誘致に関する情報についての調査を行った上,上記計算書類の検討を行った。そして,仙台市,文部科学省から同大学に対して補助金が交付されているから経営状況等には問題がないと判断し,監査報告に記載されたとおり,財政状況については適正に処理がされており,財政上問題はないと判断した。

イ 振興事業団について

振興事業団は,地域社会における高等教育の学習機会の充実を図るため必要な事業を行うとともに,教育・文化の振興と高等教育の機会拡充に努め,地域社会の教育・文化の向上に寄与することを目的として,昭和59年8月23日,郡山市に東海大学を誘致する過程の中で,福島県教育委員会の許可を受けて設立された。しかし,設立以来,実質的な活動はしておらず,L大学郡山校を誘致する際に多少関与した程度であり,郡山市の行革大綱においては,振興事業団については在り方を検討し,解散した方がよい旨示されており,振興事業団が実施する調査は,全て市の企画部が担当していたことなどから,平成14年ころ,振興事業団の廃止について方向付けをするよう勧告も受けていた。

振興事業団は,市長が理事長に就任し,11人の理事のうち5人は市の職員,市の教育委員,県の教育委員が含まれ,事務局はすべて郡山市の職員である上,企画部の部長は理事に就任し,同次長が事務局長になるなど,その事業はすべて市(企画部)で行うことが可能であった。そこで,少子化による大学入学者数の減少や長引く景気の低迷など,大学等を取り巻く環境の変化に伴い,主たる目的であった高等教育機関の誘致事業が現実的には達成不能な状況となったこと,実施している諸事業については,郡山市に引き継ぐことが可能であること,郡山市から行財政改革の一環として財団等外郭団体の統廃合を推進する旨の方針が出されたことから,振興事業団は,平成15年7月16日付けで解散を申請し,同月28日付けの福島県教育委員会の許可を得て解散した。(甲5,7)

(3)  郡山市議会等における検討等

ア 郡山市は,平成15年7月8日,平成15年度第4回庁議を開催し,B大学薬学部設置について,Aが説明を行い,同大学には文部科学省等から補助金が交付されていること,独立監査人の監査報告書があること,平成14年度消費収支計算書・貸借対照表等を検討した結果,郡山市は同市への同大学誘致を決定した。

同月16日,第5回庁議が開催され,陳情書を提出した旨の報告がされ,同月25日に開催された第6回庁議において,薬学部誘致に関し,普通財産の貸与及びこれに伴う既存建物の解体作業等について,また,同年8月4日に開催された臨時庁議において,普通財産の貸付け,本件建物解体工事の工程等について,それぞれ協議された。

また,郡山市議会議員による視察が行われ,同年9月8日に6名,同年10月2日に22名(他に収入役,各部長も同行した。),同年11月10日に3名が,それぞれ同大学の視察を行った。

この間,同年9月26日の9月定例市議会において,本件建物解体の費用に関する補正予算が可決され,同年10月14日には本件建物撤去の工事請負契約が締結された。

同年11月21日,郡山市議会全員協議会が開催され,郡山市側から,薬学部設置に要する経費,基本協定の概要について説明がされた。

同年12月1日,第12回庁議が開催され,基本協定の概要説明が行われた。Aは,翌2日,9億円の債務負担行為を内容とする「議案第210号平成15年度郡山市一般会計補正予算(第5号)」を郡山市議会に提出し(乙12),同月16日,賛成多数で可決された。

同月17日,第13回庁議が開催され,県からの補助金が見込まれ次第,3月定例会で債務負担行為の増額補正を行う予定であること,債務負担行為9億円が可決されたことを受け,同月18日,基本協定の締結を行うことが報告された。

イ 平成16年2月4日,B大学のF理事長が所得税法違反の疑いで仙台国税局の査察を受けたとの報道がされ,翌5日,Fは,郡山市に対し,仙台国税局による自身の所得税法違反容疑についての強制調査について,その経過とともに,「全く私個人に関することであり,新しい理事長の下で薬学部開設に全力を傾注していく」旨説明した。郡山市は,この説明を受けて薬学部開設には影響がないものと考えた。

同月12日,同大学の理事会において,Fが理事長を辞任し,M学長が理事長に就任した。

Aは,同年3月1日,債務負担行為を9億円から14億円に変更する「議案第2号平成15年度郡山市一般会計補正予算(第6号)」及びB大学薬学部設置費補助金14億円,〔歳入〕大学開設等地域支援事業費県補助金5億円とする「議案第23号平成16年度郡山市一般会計予算」を郡山市議会に提出し,同月11日,賛成多数で可決された。

同大学においては,同月13日,M理事長を委員長とする薬学部設置準備委員会が発足し,同年4月9日,薬学部設置補助金交付申請・指令前着工申請が行われた。また,同月12日,薬学部校舎指令前着工が承認され,同月15日,薬学部校舎建設工事の起工式が行われた。

ところが,同大学は,同月26日,自身が行った調査において,二重帳簿の存在,虚偽申請の事実が判明した旨を文部科学省へ報告し,翌27日,郡山市に対しても同様の報告を電話で行った。また,同日,衆議院文部科学委員会において,同大学の寄附53億円の虚偽申請,二重帳簿の存在についての質疑が行われた。同月29日,大学調査委員会委員長N常務理事,建設担当O理事が郡山市役所を来庁し,一連の疑惑報道に関する調査結果が報告され,郡山市は,同大学に対し,薬学部設置計画について早急に学内における意思決定を図るよう申し入れた。

ウ B大学は,同年5月7日,大学緊急理事会を開催し,①文部科学省への薬学部設置認可申請を正式に断念すること,②郡山市との基本協定書を解消すること,③郡山市が設置準備にかかった費用の損害を大学が補てんすることを決定し,M理事長は辞任した。また,同日,郡山市議会全員協議会が開催され,M理事長より薬学部設置計画断念の報告がなされた後,Aから薬学部誘致の経過の報告と同大学側で薬学部設置を断念する決定が行われた以上,郡山市としてもこれ以上薬学部の誘致を進めるわけにいかず,基本協定を解消する旨の説明を行った。

Aは,同月20日の郡山市議会議員説明会において,基本協定の解消及び同大学側に損害額の支払を求めることについて説明した。同大学のP理事長代理は,同月24日,郡山市役所を訪れ,基本協定を解消すること及び損害賠償金の説明等を行った。同月28日に開催された郡山市議会全員協議会において,同大学に対し,損害賠償金2億0168万6744円(残存価額1億6271万4944円,解体費用3897万1800円)を求めること,今後,速やかに損害賠償額の提示を行い,薬学部設置に関する基本協定及び土地使用貸借契約の解消,さらには郡山市の損害賠償額について同大学が支払う旨を明記した契約を締結し,薬学部の誘致を解消することが合意された。

同年6月1日,同大学のP理事長代理が郡山市役所を訪れ,郡山市から同大学に対し清算契約書が提示され,同大学から郡山市に対し緊急調査委員会第一委員会最終報告書がFAXにより送付された。翌2日には,郡山市と同大学において,大学側が損害賠償として郡山市に契約締結の日から24日以内に2億0168万6744円を支払うという「B大学薬学部設置に関する基本協定及び土地使用貸借契約の解消及び清算契約書」が締結された。

Aは,同月10日,補助金14億円を削減する「議案第76号平成16年度郡山市一般会計補正予算(第1号)」を郡山市議会に提出した。

同年6月21日,B大学は,東京地方裁判所に対して民事再生手続開始の申立てをした。

同年12月3日,12月定例市議会において,再生計画案が送達され次第,内容を精査し議会と協議しながら郡山市の対応を決定する旨提案され,同月7日,郡山市議会全員協議会において,再生計画案に対する郡山市の対応についての説明がされた。また,同月13日,12月定例市議会において,再生計画案に示された1億9112万7407円を限度とする額及び平成16年6月29日以降の遅延利息に関する権利の放棄を内容とする議案が追加提出され,同年12月17日,可決した。

(4)  B大学の再生計画について

同大学の再生手続開始申立書等によれば,同大学が民事再生手続開始を申し立てるに至った原因としては,①平成11年の4年制大学開学に当たり必要とされた資金のうち50億円を超える部分について,大学設置基準の関係から現金及び現物による寄付であるかの如く装ったため,予定された学納金収入によって借入金返済資金が賄えなくなり,最終的には開学に必要な校舎建築代金の支払に窮することとなったこと,②Fの下で不透明な経理,経費処理に基づく杜撰な放漫経営がなされたことなどがあげられている。Fは,二重帳簿等による不正経理処理を指示し,上記問題の隠蔽に努めていたが,平成15年に入りその事実の一部が発覚するに至り,平成16年1月,Fに対する所得隠匿に関する国税局の捜索がなされ,同年4月,文部科学省と仙台市に対する会計書類の齟齬が明らかになり,同大学に対する信用力は著しく減退した。その結果,同年5月,同大学は,郡山市における薬学部設置を断念せざるを得なくなり,また,補助金の不正取得疑惑が明るみに出たことで主力銀行等から運転資金の借入れができなくなって,資金繰りが急激に悪化した。同年5月25日,教職員に対する給与支払が不可能となり,また,同年6月10日には校舎請負業者に対する支払代金の手形が不渡り処分を受けることとなり,平成16年6月21日に民事再生手続開始の申立てを行う事態となった,とされている。

(5)  監査法人等の処分状況(乙5)

金融庁は,平成16年12月17日,B大学に係る私立学校法に基づく財産目録監査(平成9年8月)及び私立学校振興助成法に基づく監査(平成11年度ないし平成13年度)に関し,当該監査証明を行った新日本監査法人及び当該監査証明に係る業務執行社員であったQ公認会計士に対し,法人につき戒告処分,同公認会計士につき平成16年12月26日から平成17年6月25日までの6か月間の業務停止とする懲戒処分等を行った。その理由としては,監査証明の内容に関し,私立学校法に基づく設置認可申請に係る財産目録監査(平成9年8月)については,現物寄附に係る確認手続の問題及び土地売却益の妥当性につき検証手続の問題が,私立学校振興助成法監査(平成11年度ないし平成13年度)については,預金口座の残高等確認手続の問題,税務関係書類の確認手続の問題及び監査意見表明に当たっての審査の問題がそれぞれ問題点として認められた。

2  争点1(調査義務違反の有無)について

(1)  B大学薬学部誘致の判断及び財政状況の調査等

ア 郡山市に同大学薬学部を開設する必要性,薬学部の開設が郡山市等にもたらす経済的利益等を併せ鑑みれば,Aが市長として,同大学薬学部の誘致を推進するという政策を採用した判断は,地域発展のために明らかな不合理性があるものではなく,市長の裁量権を逸脱したものとはいえない。

イ Aが同大学から提出を受けた計算書類は単年度分を抜粋したものであり,そのほかの計算書類の提出を求めてはいない。しかし,提出を受けた計算書類については,郡山市の企画部等において調査,検討が行われたものと認められ,さらに,同大学には補助金が交付されていること,監査報告書等に照らした判断がされていることからすると,調査自体が完全であったとはいえないにしても,相当性を欠くほど不十分であったともいえない。また,同大学薬学部の誘致を進めていた企画部において検討がされたことも著しく不相当であるとはいえない。

ウ 郡山市としては,同大学薬学部の誘致は,多額の財政的負担を伴う事業であるから,今後の市の負担等も含めて同大学の財務状況等を把握する必要があるというべきであるが,郡山市において同大学の財務状況に関する相当な調査が行われたこと,郡山市議会において上記調査を踏まえた検討が行われたこと,一般的な調査を行ったとしてもFの不正行為による財務上の問題は発見できなかった可能性が高かったこと,原告らが指摘する同大学の経理上の問題は,会計監査人の報告や補助金受給の要件を満たしているとされていた以上,直ちに本件支出等を違法とするような事情は認められなかったのであるから,ずさんな調査で違法な支出等が行われたとはいえない。

エ なお,原告らは,Aが振興事業団を解散させて,調査を不当に妨害した旨主張する。しかし,振興事業団の解散は,同大学薬学部の誘致の話以前から検討が進められていたものであり,調査を不当に妨害する意図をもって行われたものではない。

(2)  郡山市議会等における検討状況

ア 大学誘致担当は,事務部署として企画部が所管し,企画部長が所管部長として集中的にとりまとめを行っていた。また,予算については財務部が,広報等については企画部が,校舎の建設等については建設関係の部署がそれぞれ関連するため,Aは,庁議を開催してその経過等を説明し,調整しながら誘致を進めたものである。

イ また,郡山市議会においても,市議会議員への説明会が開催され,市議会議員による視察も行われ,定例市議会でも質疑がされるなどして本件支出が可決されているから,市議会においても,企画部による上記の調査結果等を踏まえて十分な検討がなされたものと認められる。

(3)  本件誘致が郡山市に損害を与えることのAの予見可能性

ア B大学においては,Fによる不正経理が行われており,これが発覚したことから薬学部新設を断念し,それを受けて郡山市も同大学薬学部の誘致を取りやめたものであるが,上記の事実は国税局の調査をきっかけとして初めて発覚したものである。

イ 同大学の理事長である掘田が国税局の査察を受けたとの報道は,貸与予定地の本件建物の取壊し及び本件支出が終わった後であり,Aは,同大学の理事長に就任したMから上記事態についての説明を受け,今後も郡山市での薬学部開設を進めていく旨説明を受けた。

同大学は,郡山市に対し,Fの所得税法違反の件につき,個人の問題であって大学とは一切関係はない,薬学部開設については,新しい理事長の下で,計画どおりに鋭意その準備を進めており,全力を傾注していくことには変わりがない旨の説明をし,郡山市は,これを受けて,郡山市が基本協定に基づく市有地の無償貸与と設置費用の一部助成を凍結することになれば,大学設置審査基準要項に定める校地面積要件や財源内訳の不備等により認可申請ができない状況となり,結果として薬学部設置計画そのものを中止させることになるため,同大学には薬学部開設に向けて万全を期すよう申し伝えるとともに,郡山市としても,これまで同様開設に向けて対応することとした。

郡山市は,同大学から基本協定書を解約する旨の申出を受け,平成16年5月28日,解約に同意し,その際,郡山市の損害2億0168万6744円を支払うという契約書を締結している。この時点においては,同大学理事長代理から,郡山市に与えた損害については,大学で責任を持って補てんする旨の説明があり,これに基づいて損害賠償の協定を結んだものであるが,約1か月後に同大学は,民事再生手続開始の申立てをしている。

ウ 前記のとおり,報道等によって,Fの不正経理が明らかになるまでは,同大学の財務状態に問題があることを把握することは困難を伴うものであったといえ,同大学の財務状況は,形式上は必ずしも大学誘致ができないほどのものとはいえず,同大学の誘致を決定し,事業を進めたことは,郡山市に損害を与えることが明らかであったとはいえないから,その一環として本件支出等を行ったことは違法性を帯びるものではない。

原告らは,同大学薬学部誘致について,同大学の財政上の見通しの問題点も指摘するが,それによる市の損失はまだ具体性がなく,本件支出等の違法性を根拠づけるものではない。

また,Aにおいては,本件支出等の後に発覚した同大学の財務状況に関するFの事件により,前記のように同大学が文部科学省への薬学部認可申請を取り下げる事態に至り,結局,本件支出等が無駄になることは,予見することができなかったというべきである。

(4)  原告らは,AがB大学薬学部の誘致を独断で強硬に進めた旨主張するが,前記のとおりの調査が行われ,市議会や庁議等において質疑等も行われていたことからすると,Aが独断で強硬に同大学の誘致を進めたとはいえない。

また,原告らは,Aは同大学の財務状況等についてより十分な調査を尽くすべきであったのであり,誘致の決定が拙速であった旨主張する。

しかし,同大学側の意向があって急いだことが窺えるが,平成17年4月の開設を目指し,薬学部設置の認可申請を平成16年6月に行い,認可申請時点で大学の校舎建設工事が並行して進んでいなければならないことなどから,同年9月には本件建物を解体し更地にするための予算を計上する必要があったといえる。また,文部科学省の薬学部設置認可の条件として,資金計画が立っていること,校舎建設が行われていること,教員の確保ができていることの3点を充たす必要があったことからすると,同年9月の段階で予算を計上したことが拙速であったとはいえず,Aにおいて,大学誘致実現のための機会を適切にとらえ,学部増設のための認可申請に向けた諸条件の整備等を早急に進めたことには合理的な理由があったというべきである。

(5)  以上のとおり,AがB大学の財政,財務状況等についての調査義務を怠ったとはいえず,本件支出等が違法であるとは認められないから,争点2について判断するまでもなく,原告らの主張は理由がない。

第4よって,原告らの請求は理由がないので,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森高重久 裁判官 岡野典章 裁判官 明日利佳)

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