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福島地方裁判所 平成18年(ワ)32号 判決 2007年10月16日

原告

福島県

同代表者知事

佐藤雄平

同訴訟代理人弁護士

渡辺健寿

渡辺慎太郎

同指定代理人

青山修身

他3名

被告

郡山市

同代表者市長

原正夫

同訴訟代理人弁護士

滝田三良

同訴訟復代理人弁護士

三瓶正

主文

一  被告は、原告に対し、三九万一〇五六円及びこれに対する平成一七年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、五八万六五八四円及びこれに対する平成一七年一〇月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、郡山市立中学校教諭による生徒への体罰事件について、国家賠償法三条一項の費用負担者として上記生徒に五八万六五八四円を支払った原告が、同法一条一項に基づく責任を負う被告に対し、同法三条二項に基づく求償権の行使として、上記五八万六五八四円及びこれに対する求償金支払催告時に定めた納期限の翌日である平成一七年一〇月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  前提事実(争いがないか掲記の証拠により容易に認められる事実)

(1)  B山松夫(以下「B山教諭」という。)は、平成一三年五月二八日当時、郡山市立C川中学校(以下「C川中学校」という。)の教諭であった者であり、市町村立学校職員給与負担法一条に規定する職員(県費負担教職員)である。

(2)  B山教諭は、平成一三年五月二八日、C川中学校において、同校の生徒であるA野一郎(以下「A野」という。)に対し体罰(以下「本件体罰」という。)を行った。

(3)  A野は、平成一四年九月一七日、福島地方裁判所郡山支部に、本件体罰について、本件の原告及び被告双方に対し、連帯して二〇〇万円の損害賠償と遅延損害金の支払を求める訴え(以下「前訴」という。)を提起した(同支部平成一四年(ワ)第三三六号)。

同支部は、前訴事件について、平成一六年七月六日、原告及び被告に、A野に対し、連帯して五〇万円及びこれに対する平成一三年五月二八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を命ずる一部認容判決(以下「前判決」という。)を言い渡した。前判決は、B山教諭が、平成一三年五月二八日、A野に対し足蹴り等の暴行を加えた事実を認定し、これが学校教育法一一条が禁じる「体罰」に該当し、その経過及び態様から不法行為を構成するとして、被告は国家賠償法一条一項により損害を賠償すべき責任を負い、原告はB山教諭の給与その他の費用負担者として同法三条一項により、被告と連帯して損害を賠償すべき責任を負うものと判示した。

A野は前判決について仙台高等裁判所に控訴し(同庁平成一六年(ネ)第三五二号)、原告及び被告はそれぞれ附帯控訴をした(原告につき同庁平成一六年(ネ)第四〇一号、被告につき同第四〇三号)。

A野及び被告との間で、上記控訴審における平成一六年一〇月二五日の和解期日において、郡山市教育委員会を利害関係人としたうえ、利害関係人は、A野に対し、体罰があり学校側の指導に必ずしも適切でないと受け止められる点があったことを認め、これに遺憾の意を表する、A野は本件被告に対する本訴請求を放棄するとの訴訟上の和解が成立した。

A野は、同日、上記控訴審において開かれたA野と本件原告間の和解期日において、本件原告に対する上記控訴を取り下げた。この結果、前判決が本件原告との関係で確定した。

(4)  A野は、平成一六年一一月九日、原告に対し、前判決で認容された金員(遅延損害金を含む。)の支払を催告した。

原告は、同月一二日、A野に対し、前判決の認容額(遅延損害金を含む。)五八万六五八四円を支払った。

その後、原告は、被告に対し、求償権に基づき上記支払額を支払うよう催告し、さらに、平成一七年九月三〇日、福島県教育委員会教育長名で、納期限を同年一〇月二一日として上記求償債務の履行を催告する書面を送付した。

二  争点

本件における争点は、本件体罰に関して損害賠償義務を履行した原告が被告に対して国家賠償法三条二項の求償権を行使した場合、各当事者が負担すべき割合はいかなるものか(争点一)、また、A野と被告との間で成立した訴訟上の和解においてA野が被告に対する請求を放棄した場合、原告の被告に対する求償権は消滅するか(争点二)という点にある。

(1)  争点一(負担割合)について

(原告の主張)

ア 前判決において、原告は国家賠償法三条一項の費用負担者として損害賠償責任を負い、被告は同法一条一項による同責任を負ったが、費用負担者である原告が損害賠償義務を履行した場合、同法三条二項により、内部関係でその損害を賠償する責任がある被告に対して求償権を取得する。

B山教諭による本件体罰事件は、郡山市立中学校における体罰事件であり、体罰を行ったB山教諭に対する服務監督権は郡山市教育委員会が有するものであるから、被告が第一次的に責任を負うべきものであって、最終的には被告がすべての責任を負担すべきである。

原告は、市町村立学校職員給与負担法一条に基づき、県費負担教職員の費用を負担していることとの関係で、市町村が学校教育法五条に基づいて有する包括的な管理権のうち、任命権のみをいわば委譲されたものにすぎない。県費負担教職員の採用異動はすべて市町村教育委員会の内申に基づいて行われ、市町村立学校の教育行政は各市町村教育委員会が主体となって行うものであって、福島県教育委員会が県費負担教職員について各市町村教育委員会から離れて独自に教育行政を行うことはない。

もとより本件体罰は、B山教諭がA野の授業中の態度について指導する際に市立中学校で生じたものであるから、学校設置者である被告の運営管理の範囲で生じたものである一方、福島県教育委員会は、B山教諭による本件体罰事件が起こるまで、B山教諭に関して、体罰を含め何らの事故報告書の提出も受けたことはなく、懲戒処分を行ったこともないから、原告の任命権あるいは懲罰権の行使に注意義務違反は全くない。これらの点を総合すれば、福島県教育委員会が郡山市教育委員会以上に本件体罰を防ぐことはできないのであって、内部関係の最終負担者を原告とすべき理由は何ら存在しないというべきである。

イ 被告は、国家賠償法三条二項における求償関係について、「費用負担者」が究極的に負担すべきであると主張する。しかし、原告に本件体罰について故意・過失は何ら存在しないにもかかわらず、当然に費用負担者が負担することとなるのは極めて不合理であり、また、かような費用負担者説は、県費負担教職員の給与等について都道府県教育委員会の負担とした市町村立学校職員給与負担法の趣旨に照らすと妥当ではない。さらに、被告の主張は、国家賠償法二条の公の営造物設置管理の瑕疵に基づく損害賠償責任についてのものであって、本件には妥当しない。本件のような国家賠償法一条の公権力の行使に基づく損害賠償の内部関係については、人件費を除く当該公権力の行使として事務の執行に要する費用を負担すべき者が究極的な責任を負うべき者というべきであって、事務の執行に要する費用を負担しているのは被告にほかならないから、被告がすべて負担すべきである。

(被告の主張)

ア 負担割合については実質的な内部関係を考慮しなければならないが、B山教諭は県費負担教職員であり、原告が採用し、原告が自由に配置し、給与などの勤務条件は原告の条例で定めているのであるから、原告は任命権者として以下のような固有の実質的な責任があり、原告は、被告に対し、かような固有の責任を控除した残余の範囲を求償できるにすぎない。

原告は、単なる任命権ではなく、教員を採用し、配置し、懲戒する権限、すなわち人事権全般にわたる実質的権限を有しており、教員の採用については、原告が独断で行っているものであって、市町村が関与する余地はない。また、一般教職員の異動も形式的には被告が原告に対して内申をしているが、実質的判断は原告がすべて行っており、これらに被告が関与する余地はない。そして、原告は、教員を採用し、異動させる権限を有するものとして、教員の資質を向上させ、問題行動を起こさせないよう指導監督する義務を負うが、この義務を果たしていない。

イ 原告は、人事権を有し自らの判断で教員を市町村にいわば派遣する者である以上、派遣先の被告に対して、当該教員の性格や行動についての情報を提供する義務がある。しかし、本件体罰は、B山教諭がC川中学校に赴任した日からわずか二か月足らずの間に発生したものであって、原告から情報提供を受けていない状況の下では、被告としてはこれを未然に防ぐことはできなかった。したがって、本件体罰に関する責任は原告において負うべきである。

ウ 国家賠償法三条二項における求償関係においては、費用負担者である原告がその責任を最終的に負うべきである。

(2)  争点二(訴訟上の和解の効力)について

(被告の主張)

A野が被告との訴訟上の和解において損害賠償請求権を放棄したことにより、被告の責任は免除されたものであり、原告と連帯債務関係にはない。

(原告の主張)

不真正連帯債務である共同不法行為により損害を加えた場合において、被害者と加害者の一部の間で成立した訴訟上の和解により、当該加害者が被害者に請求額の一部につき和解金を支払うなどして、被害者が当該加害者に対して残債務を免除した場合においては、被害者が上記訴訟上の和解に際し他の加害者の残債務を免除する意思を有していると認められるときは、加害者全員に対しても残債務の免除の効力が及ぶとすべきである。

本件では、被害者であるA野に対する原告と被告の債務は不真正連帯債務であるところ、A野は被告のみとの間で訴訟上の和解をしたが、同人がその債務免除の効力を原告に及ぼす意思がないことは、前判決の確定後直ちに原告に対し確定判決に基づく支払請求をしたことからも明らかであり、不真正連帯債務者の一方である被告に対する債務の免除ないし債権の放棄はもう一方の債務者である原告の債務に影響を及ぼさないから、被告に対する求償請求を遮断するものではない。

第三  争点に対する判断

一  争点一(負担割合)について

(1)  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

ア B山教諭の経歴等

B山教諭は、平成六年四月から平成七年三月までと平成九年一月から同年三月まで中学校講師として郡山市公立学校教員に任命された後、平成九年四月一日、福島県教育委員会において、福島県耶麻郡a村公立学校教員に任命され、国語科教員として同村立D原中学校教諭に補された。また、平成一三年三月三一日、上記職を免ぜられた後、同年四月一日、郡山市公立学校教員に任命され、同市立C川中学校教諭に補され、平成一四年三月三一日、上記職を免ぜられた後、同年四月一日、須賀川市公立学校教員に任命され、同市立E田中学校教諭に補された。

福島県教育委員会は、B山教諭に対し、平成九年度から平成一二年度にかけて、初任者研修などの研修を実施した。

イ C川中学校校長であったA田竹夫は、平成一三年四月二日、B山教諭も参加する職員会議において、学校の経営方針や職員の指導監督等について「『体罰』を行わないとの決意をしっかり持って欲しい」などと話をしたりし、その後、同月三日、四日、六日、一三日、二七日、同年五月一八日、二五日にも同様に職員会議又は打合会を行った。

ウ B山教諭による体罰とこれらの行為の処分状況等

(ア) B山教諭は、C川中学校において、同校の生徒に対し以下のような行為を行った。

① 平成一三年五月一〇日午後三時五分ころ、国語の授業終了後、授業態度の悪かった生徒を廊下で指導した際、話をよく聞かせるために生徒の髪の毛をつかみ、うつむいていた顔を上げさせた。

② 同月二八日午前一一時ころ、国語の授業中、授業態度が悪かった生徒に対し、指導をするためトイレに連れて行く途中、生徒の腰を後ろから二回蹴り、その後トイレで左腕を五、六回蹴った。(本件体罰)

③ 同年七月一一日午前九時五〇分ころ、国語の授業中、服装が乱れ授業態度が悪かった生徒に対し、指導するため相談室に連れて行った際、生徒の頭髪をつかみ室内へ押しやり、右足や右膝で腰や腹部を蹴ったり、ワイシャツのボタンを引きちぎったりした。

(イ) 同校校長A田竹夫は、生徒の保護者から、同月七月一一日、C川中学校に対し、教師の中に暴力で生徒を従わせている者がいるとの電話連絡があったことから、同校内で確認するよう指示し、その結果、B山教諭が上記ア③の行為をしたとの報告を受け、さらに同月一三日には、B山教諭から事情を聞き、上記(ア)①②の行為があったことも確認した。

上記A田は、同年八月八日付けで、郡山市教育委員会教育長に対し、上記(ア)③の行為について事故発生報告を行い、この際、上記(ア)①②の行為についても合わせて報告した。郡山市教育委員会教育長は、同月一七日付けで、福島県教育庁県中教育事務所長に対し、同様の事故発生報告をした。

(ウ) 福島県教育委員会は、同年九月一二日、B山教諭に対し、地方公務員法二九条一項一号及び三号並びに福島県市町村立学校職員の懲戒の手続及び効果に関する条例四条の規定により戒告処分を行い、この懲戒事由として上記(ア)の各行為が挙げられた。

郡山市教育委員会は、同月一八日、上記A田に対し、B山教諭が上記(ア)の各行為に及んだことについて、服務監督者として為すべき十分な指導を欠き、校長として果たすべき職責を怠ったなどとして、訓告を行った。

(2)  県費負担教職員の任命権は、都道府県教育委員会に属し(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)三七条一項)、都道府県教育委員会は、市町村教育委員会の内申をまって、県費負担教職員の任免その他の進退を行う(同法三八条一項)、県費負担教職員の身分は、市町村の公務員である。

市町村教育委員会は、県費負担教職員の服務を監督し、県費負担教職員は、法令等に従い、かつ、市町村教育委員会その他職務上の上司の職務上の命令に従わなければならない(同法四三条一項、二項)。

学校の設置者は、その設置する学校を管理し、法令に特別の定めがある場合を除いては、その学校の経費を負担する(学校教育法五条)ものとされているが、市町村立の中学校の教諭の給料等は都道府県の負担とするものとされている(市町村立学校職員給与負担法一条)。県費負担教職員の給与、勤務時間その他の勤務条件については、都道府県の条例で定めるとされている(地教行法四二条)。

職員の研修は、任命権者が行うものとされているが(地方公務員法三九条二項)、県費負担教職員の研修は、市町村教育委員会が行うこともできるとされ(地教行法四五条一項)、さらに郡山市などの中核市については当該中核市の教育委員会が行うとされている(同法五九条)。

県費負担教職員の勤務成績の評定は、都道府県教育委員会の計画の下に、市町村教育委員会が行う(同法四六条)。

(3)  国家賠償法三条二項は、同条一項の場合において、損害を賠償した者は、内部関係でその損害を賠償する責任ある者に対して求償権を有するとしている。

まず、複数の者が国家賠償法により責任を負う場合に、各責任はいわゆる不真正連帯債務の関係にあり、責任の割合に従って定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償したときは、他の者の負担部分について求償することができると解される。

そして、県費負担教職員による不法行為の場合における、学校設置者である市町村と、費用負担者である都道府県との内部関係について、法は何ら規定するところではない。この点、費用負担者の負担する費用の中に賠償費用も含まれることを理由として、費用負担者が常に最終の責任者であるとする考えもあるが、費用負担をする趣旨は個々の規定によって異なることなどにも照らすと、一律に費用負担者が最終の責任者と解することはできないというべきであるから、負担割合は、費用負担の趣旨を考慮しつつ損害発生への寄与の割合などを総合的に考慮して定めるべきである。

県費負担教職員の給料等について都道府県の負担とすることを定めた市町村立学校職員給与負担法一条の趣旨について検討すると、学校設置者である市町村が配置すべき教職員の給与費は、義務的経費であるとともに相当多額なものとなるため、財政力の弱い市町村においては一定水準の教職員を確保することが困難になり、ひいては教育水準の維持向上が困難になるおそれがあることから、市町村に比べ地域的に広く、かつ、財政力が強く安定している都道府県の負担とすることによって、市町村の財政上の重圧を除くとともに、給与の水準を全国的に適正にし、教育水準の維持向上を図るためであると解されるが、この規定は、学校の設置者が、その設置する学校を管理し、その学校の経費を負担するものとした学校教育法五条の法令上の例外であることに鑑みると、直ちに費用負担者である原告が、市町村立学校職員給与負担法一条、二条に定める給料その他の給与及び報酬等以外の経費というべき国家賠償法上の賠償義務をも負担すべきであると解することはできない。

そもそも、県費負担教職員は市町村の公務員として公権力を行使するのであって、また、市町村教育委員会は県費負担教職員の服務を監督する義務を有する一方(同法四三条一項、二項)、都道府県教育委員会は県費負担教職員に対する直接の監督権を有しているものではない。そして、上記(1)認定事実によれば、本件体罰は、B山教諭が郡山市立中学校内でA野の授業態度についての指導時に生じたものであって、学校設置者である被告の運営管理上生じた事故であるから、被告の監督責任は大きいということができる。

一方、県費負担教職員の任命権は、都道府県教育委員会に属するものとされる(地教行法三七条一項)以上、内部関係の検討においては、県費負担教職員の行為について都道府県にも一定の任命責任があるというべきである。県費負担教職員の任命権が都道府県に属するとされたのは、県費負担教職員の給与等の負担と同様、都道府県内における教職員の広域的人事配置の円滑化を図り、都道府県内の教育の機会均衡と教育水準の維持向上を図るためと解され、また、かような任命権や懲罰権の行使にあたっては、都道府県教育委員会は、市町村教育委員会の内申をまって、県費負担教職員の任免その他の進退を行うとされている(同法三八条一項)ことから、かような権限は都道府県と市町村との適切な連携によって行使することが予定されているということができるにしても、あくまで市町村に代わって行使するという性質のものではなく、都道府県が最終的包括的な人事権を有していることによるものというべきである。これら事情や上記(1)の認定事実等を考慮すると、都道府県としても直ちに責任を免れるというものではなく、さらに、本件体罰は、県費負担教職員による体罰という故意による不法行為であって、単なる学校運営管理上の問題のみならずB山教諭の教職員としての資質の問題をも含んでいることにも鑑みると、原告も内部関係において一定の責任を免れないものと解される。

そして、原告と被告の内部関係における負担割合については、上記の任命、監督等の内部関係、さらに前提事実や上記(1)の認定事実等をも総合考慮すると、原告を1、被告を2とするのが相当である。

二  争点二(訴訟上の和解の効力)について

(1)  前提事実のとおり、本件体罰について、被告と被害者であるA野との間で「被害者は被告に対する請求を放棄する。」との条項を定めた訴訟上の和解が成立し、A野は被告に対し債務を免除している。不真正連帯債務については、いずれか一方がその負担部分を超えて損害賠償の支払をしたときは超過部分について他方に求償できるにとどまり、連帯債務における免除の絶対的効力を定めた民法四三七条の規定は適用されず、当然には他の債務者に対して免除の効力が及ぶものではない。しかし、被害者が加害者の一方との訴訟上の和解等により請求額の一部につき和解金を支払うとともに、残債務を免除した場合において、被害者が他方の加害者の残債務をも免除する意思を有していると認められるときは、そのものについても残債務の免除の効力が及ぶと解される(最高裁判所平成一〇年九月一〇日第一小法廷判決・民集五二巻六号一四九四頁)。

(2)  本件体罰についてのA野に対する原告と被告の債務は、上述のとおり不真正連帯債務であるところ、前提事実のとおり、被害者であるA野は、原告に対し、被告との訴訟上の和解成立後直ちに、前判決で認定された損害の全額を請求しているのであって、A野が被告との和解において原告の債務も免除する意思を有していなかったことは明らかであるから、原告に対して上記債務免除の効力が及ぶものではない。

A野は、被告には本件体罰による損害賠償を請求しないが原告には請求するとの意図から、原告と被告の負担部分について全く考慮せず、損害賠償額全額を原告に請求したものと考えられるが、不真正連帯債務には免除の絶対効が適用されない以上、原告は債務全額について責任を負っており、原告においてこれを履行したときは、A野の上記意図にかかわらず、被告に対して求償権を行使することができる。

したがって、原告は、被告に対し、公平の観点から、被害者に支払った損害賠償金全額である五八万六五八四円のうち負担割合を超える部分について、求償することができるものと解される。

三  以上によれば、原告は、被告に対し、被害者であるA野に支払った五八万六五八四円のうち、負担部分を超える三九万一〇五六円及びこれに対する求償金支払催告時に定めた納期限の翌日である平成一七年一〇月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

第四  よって、原告の請求は上記限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森髙重久 裁判官 岡野典章 遠田真嗣)

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