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福島地方裁判所 平成20年(ワ)33号 判決 2010年6月29日

原告

X1(以下「原告X1」という。)

原告

X2(以下「原告X2」という。)

原告

X3(以下「原告X3」という。)

原告

X4(以下「原告X4」という。)

上記4名訴訟代理人弁護士

安田純治

倉持惠

被告

社会福祉法人Y協会

同代表者理事

同訴訟代理人弁護士

嶋田貴文

高下謹壱

植田浩

主文

1  原告らの訴えのうち,原告らが被告に対し,本判決確定の日の翌日以降の賃金の支払を求める部分を却下する。

2  原告らが,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

3  被告は,原告X1に対し,200万9620円及び平成20年1月から本判決確定の日まで,毎月21日限り,1か月27万2500円の割合による金員を,毎年6月30日限り,57万0750円,毎年12月10日限り,61万9620円を支払え。

4  被告は,原告X2に対し,150万5620円及び平成20年1月から本判決確定の日まで,毎月21日限り,1か月19万2500円の割合による金員を,毎年6月30日限り,39万9000円,毎年12月10日限り,43万5620円を支払え。

5  被告は,原告X3に対し,164万8480円及び平成20年1月から本判決確定の日まで,毎月21日限り,1か月21万8900円の割合による金員を,毎年6月30日限り,43万9950円,毎年12月10日限り,47万2880円を支払え。

6  被告は,原告X4に対し,158万7950円及び平成20年1月から本判決確定の日まで,毎月21日限り,1か月21万2000円の割合による金員を,毎年6月30日限り,42万4430円,毎年12月10日限り,43万9950円を支払え。

7  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

8  訴訟費用は,これを10分し,その9を被告の負担とし,その余は原告らの負担とする。

9  この判決は,第3項ないし第6項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  主文第2項と同旨

2  被告は,原告X1に対し,259万4668円及び平成20年1月から毎月21日限り,39万8667円を支払え。

3  被告は,原告X2に対し,209万1408円及び平成20年1月から毎月21日限り,27万2852円を支払え。

4  被告は,原告X3に対し,220万1476円及び平成20年1月から毎月21日限り,30万0369円を支払え。

5  被告は,原告X4に対し,215万3328円及びこれに対する平成20年1月から毎月21日限り,28万8332円を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告が経営する授産施設に栄養士又は調理師(調理員)の正規職員として勤務していた原告らが,平成19年8月31日付けで被告から解雇されたこと(以下「本件解雇」という。)につき,同解雇が無効であると主張して,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び本件解雇後の賃金の支払を求めるとともに,本件解雇により精神的苦痛を被ったと主張して,不法行為に基づき慰謝料を請求した事案である。

1  前提事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠によって認められる事実)

(1)  当事者

ア 被告は,福島県浜通り地方一帯に知的障害者施設等の事業所を経営する社会福祉法人である。

イ 原告X1は栄養士として,原告X2,原告X3及び原告X4はいずれも調理師(調理員)として,いずれも被告が経営するa園において,正規職員として労務の提供をしていた(以上について,当事者間に争いがない。)。

(2)  障害者自立支援法(以下「自立支援法」という。)の施行

平成17年11月7日,他の障害者及び障害児の福祉に関する法律と相まって,障害者及び障害児がその有する能力及び適性に応じ,自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう,必要な障害福祉サービスに係る給付その他の支援を行い,もって障害者及び障害児の福祉の増進を図るとともに,障害の有無にかかわらず国民が相互に人格と個性を尊重し安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的として,自立支援法が公布され,新たな利用手続,在宅福祉サービスに係る国等の負担(義務的負担化)に関する事項,福祉サービスや公費負担医療の利用者負担の見直しに関する事項等については,平成18年4月1日に,新たな施設・事業体系への移行に関する事項等については,同年10月1日に施行された(<証拠省略>,顕著な事実)(以下,障害福祉サービスを提供する施設を利用する障害者を「施設利用者」という。)。

(3)  平成19年4月末ころまでの経緯

ア 被告の常務理事兼事務局長であったB(以下「B」という。)は,平成19年1月17日の福祉事業協会栄養士会議(以下「栄養士会議」という。)の際,原告X1を含む被告の栄養士らに対し,既に理事会で承認を得ているので変更はないと前置きをした上,同年9月以降,被告の給食部門の職員(管理栄養士,栄養士,調理師及び調理員)の雇用形態が被告臨時職員雇用規程第二章第5条(5)の契約雇用職員(以下「契約雇用職員」という。)となること,そのため,同部門の職員には同年8月末で一度退職してもらい再雇用する形となること,同年4月1日から同年6月30日までに希望退職届を出さない場合には解雇扱いとなることを告げた。

なお,Bは,上記説明に際し,平成18年4月から自立支援法が施行されることに伴い,利用料の1割負担,給食費・光熱水費寝具リース代の実費負担となり,被告の施設利用者の負担が増大していること,特に給食費,光熱費の負担が大きいため,職員の雇用形態を変更し,給食費のコストを引き下げ,被告の施設利用者の食費負担の軽減を図る計画をした旨記載された「給食業務に係わる栄養士・調理師等の雇用形態の変更について」と題する書面を配布した(以上について,<証拠・人証省略>,原告X1,弁論の全趣旨)。

イ 被告は,平成19年2月1日の栄養士会議の際,原告X1を含む被告の栄養士らに対し,同年1月17日の会議で配布した前記書面に,栄養士の人件費が利用者負担となることを前提とした記述があったがこれは間違いであった旨説明した上,全体として,被告の給食部門の職員に係る人件費の見直し計画に変更がない旨告げた。このとき,被告の栄養士らから,正職員としての身分はそのままにして,給料をいくらか下げるとの選択肢があるのではないかとの趣旨の意見が出された(<証拠・人証省略>,原告X1,弁論の全趣旨)。

ウ 被告の給食部門の職員は,平成19年2月17日,被告代表者に対し,栄養士及び調理員に対する雇用内容の説明会を同月28日までに開催するよう求めるとともに,①栄養士及び調理員に対する解雇理由の明確化,②栄養士及び調理員を解雇しなければならない客観的資料の提示,③栄養士及び調理員以外の全職員を対象とした整理解雇の具体的な計画内容等について,説明を求めた。

これを受けて,被告代表者及び被告の担当者らは,平成19年3月1日の栄養士会議の際,,原告らを含む被告の栄養士ら及び調理員らに対し,雇用形態の変更及びこれに応じなければ解雇となること等について説明を行った(以上について,<証拠・人証省略>,原告X1,被告代表者,弁論の全趣旨)。

エ 被告は,平成19年3月から4月末ころにかけて,原告らを含む被告の給食部門の職員に対し,「給食業務に係る栄養士・調理師等の雇用形態変更手続き」,「栄養士・調理師等の9月以降の労働条件について」,「意思確認書」と題する各文書を配布し,①同年9月1日から被告臨時職員雇用規程第5条(2)に定める通年雇用職員(以下「通年雇用職員」という。)とすること,②退職届について,同年6月30日までに理事長宛に施設長経由で提出すること,③退職届が提出されない場合は,同年8月31日付で解雇となることを告げるとともに,④同年8月31日で退職するか,同年9月1日以降,通年雇用職員として勤務するか等の意思を書面で明らかにするよう求めた。しかし,原告らは,それまでの被告の説明やこうした被告のやり方に納得できず,被告の求めた退職届や意思確認書を提出しなかった(<証拠省略>,原告X1,同X4,同X2,同X3,弁論の全趣旨)。

(4)  本件解雇

被告は,被告の就業規則(以下「被告就業規則」という。)45条7号に基づき,平成19年8月31日付けで,原告らを諭旨解雇した(当事者間に争いがない。)。

(5)  被告就業規則の内容

被告就業規則における解雇等の定めの概要は次のとおりである(<証拠省略>)。

ア 解雇

理事長は,職員が次の各号のひとつに該当する場合においては解雇することができる旨(15条1項),その際は,30日前に予告するか,または平均給与の1か月分(以下「予告手当」という。)を支給して解雇する旨(同2項)定めている。

(ア) 天災その他やむを得ない事由で,事業の縮小,または事業の継続が不可能となった場合(5号)

(イ) その他前号に準ずる経営事業の事由があった場合(6号)

(ウ) 第三章の服務規程に著しく違反を行った場合(7号)

(エ) 前各号の他,解雇に相当する合理的事由がある場合(8号)

イ 制裁及びその方法等

(ア) 職員が,故意又は重大な過失により業務の能率を阻害する等,協会業務及び施設に損害を与えた場合(44条3号),その他協会及び施設職員としてふさわしくない行為があった場合(同6号)には制裁を行うことができる。

(イ) 制裁の方法として,職員を諭旨解雇する場合は 30日前に予告するか,又は30日分の平均賃金を支給して解雇する(45条7号)。

(ウ) 諭旨解雇による制裁を審査,確認するために,特別委員会を設けるものとし(46条1項,5項),特別委員会は,制裁の事実の認定及び方法を理事長に報告する(同4項)。

2  争点

(1)  本件解雇が,諭旨解雇として有効か(争点1)

(2)  本件解雇が,変更解約告知による解雇といえるか(争点2)

(3)  本件解雇が,変更解約告知による解雇として有効か(争点3)

(4)  本件解雇が無効である場合の原告らの賃金の額(争点4)

(5)  本件解雇が無効である場合,不法行為に当るか否か等(争点5)

第3当事者の主張

1  争点1(本件解雇が,諭旨解雇として有効か)について

(被告の主張)

(1) 原告らには,次のとおり,就業規則15条1項7号「第三章の服務規程に著しく違反を行った場合」,同項8号「前各号の他,解雇に相当する合理的事由がある場合」,同44条3号「故意又は重大な過失により業務の能率を阻害する等,協会業務及び施設に損害を与えた場合」及び同条6号「その他協会及び施設職員としてふさわしくない行為があった場合」に該当する事由があり,被告は,同45条に定める諭旨解雇をしたものである。

したがって,本件解雇は諭旨解雇として有効である。

(2) ハローワークへの求人妨害

原告X1及び同X4は,平成19年8月17日,b公共職業安定所c出張所を訪れ,求人を妨害することを目的として,被告において同盟罷業又は作業所閉鎖がされていないにもかかわらず,労働争議中であると伝えた。

公共職業安定所は,同盟罷業又は作業所閉鎖の行われている事業所に求職者を紹介してはならないため(職業安定法20条),被告は,平成19年8月20日,前記出張所を通しての求人ができなくなった。

(3) 業務委託者に対する妨害行為

被告は,ハローワークを通じての求人ができなくなったため,やむを得ず給食業務委託者に依頼することにしたが,原告らは,同委託者に対し,「福島一般労働組合福祉事業協会支部支部長X1」他の名前で,労働者募集広告を取り消すよう求め,マスコミ等に働きかけて事業をやめさせる旨告げて,同委託者の業務を妨害した。

被告は,このような状態になったため,やむを得ずd食品株式会社(以下「d食品」という。)と給食業務委託契約を締結しようとしたが,原告らは,福島一般労働組合福祉事業協会支部(以下「組合支部」という。)の上部団体である福島県労働組合総連合(以下「県労連」という。)議長Cと意を通じて,全労連・全国一般宮城一般労働組合副委員長D,同組合特別執行委員Eの両名をして,上記契約締結阻止を目的として,平成19年8月28日,d食品を訪れさせ,①同社が出した調理員募集の公告を取り消すこと,②同社は,原告らと被告との間の労使間で協議中の問題があることを承知の上で,上記契約を締結しないこと,③①及び②の要求に応じなければ,マスコミ,国会,地方自治体等に働きかけるなど,それなりの対応をして業務を妨害すること等を告知し,被告とd食品との間の上記契約締結を妨害した。

(4) 原告らが労働組合名で行動していること

原告らは,労働組合による団体交渉を主張しているが,組合支部には,被告において監督的立場にあり,施設長に次ぐ立場の課長という管理職の地位にあるF(以下「F」という。)が加盟しており,かかる人物の加入を許す労働組合は,労働組合法上の労働組合と認めることはできない。したがって,組合支部がしていることは,原告ら個人の行為ないしその指示に基づくものであって,原告らの責任は免れない。

なお,仮に,組合支部が労働組合法上の労働組合であったとしても,組合支部の行為は違法であるから,その行為の責任は,構成員たる原告らに帰属する。

(5) インターネット上で被告に対する誹謗中傷を繰り返していること

原告X1は,インターネット上にブログを掲載し,その中で,平成20年5月30日から同年7月18日にかけて,被告について虚偽を交えて世界中に公開しており,その結果,被告施設に攻撃が加えられるなどしている。

(6) 諭旨解雇の手続について

被告は,変更解約告知による解雇として有効な意思表示をしているのであるから,諭旨解雇の手続を執る必要はない。

(原告の主張)

(1) 本件解雇は諭旨解雇として有効であるとの主張は争う。

(2) ハローワークへの求人妨害について

原告X1が,平成19年8月17日,b公共職業安定所を訪れたことは認める。しかし,原告X1は,万が一,解雇になった場合のことを考えて,雇用給付などの内容と手続を聞きに行ったにすぎず,求人妨害を目的にしたものではない。

(3) 業務委託者に対する妨害行為について

原告らが,被告の依頼した給食業務委託者に対し,マスコミ等に働きかけて事業をやめさせると言ったことはない。

全国一般宮城一般労働組合の役員が,d食品を訪れて,どのような発言をしたかについては不知。なお,仮に,上記役員が,被告の主張するような発言をしたとしても,それは,労働組合として当然の行為であって,原告らが責任を負わされるいわれはない。

(4) 原告らが労働組合名で行動していることについて

原告らが所属する組合支部は,労働組合法上の労働組合である。被告らが主張するFの職務権限は,すべて上司である施設庁の決裁を受けることになっており,同人は,単に現場側の数字のとりまとめや,案の作成に関与する職務を行うだけであり,労働組合法2条1号に定める「監督的地位にある労働者」ではない。

(5) 諭旨解雇の手続について

被告は,就業規則45条7号の30日前の予告又は30日分の平均賃金の支給をしていないし,同46条の特別委員会の設置及び同委員会による審査・確認をしておらず,就業規則に定められた諭旨解雇の手続に違反している。

2  争点2(本件解雇が,変更解約告知による解雇といえるか)について

(被告の主張)

(1) 本件解雇に至るには,次のような事情があった。

ア 被告は,平成19年1月17日,被告の栄養士らに対し,整理解雇の必要性について説明し,同年8月末で,一度退職してもらい,同年9月1日から契約雇用職員として再雇用する旨を口頭で通知し,その際,具体的に説明した資料を配付し,さらに,同年2月1日,整理解雇の必要性を説明し,同年1月17日にした説明の補足訂正をした。

イ 栄養士及び被告の調理員一同は,平成19年2月17日,被告に対し,整理解雇について説明会を開催するよう要求をした。

ウ 被告は,平成19年3月1日の栄養士会議で,被告の調理員らに対し,整理解雇の必要性について説明し,同年8月末日で,一度退職してもらい,同年9月1日から,契約雇用職員として再雇用する旨を口頭で通知した。

エ 被告は,平成19年3月5日から同月10日までの間,被告の給食部門の職員に対し,個別に,整理解雇の必要性について説明し,同年9月1日からは,契約雇用職員ではなく,通年雇用職員とすることを「給食業務に係る栄養士・調理師等の雇用形態変更手続き」と題する書面をもって,個別に通知した。

オ 被告は,平成19年4月ころ,原告ら各自に対し,「意思確認書」及び「栄養士・調理師等の9月以降の労働条件について」と題する各書面を配布し,整理解雇の通知をした。

(2) 以上の事実によれば,本件解雇は,整理解雇に至る過程で就業規則違反行為が生じたことから,諭旨解雇を通知したものであるが,その実質的理由としては,整理解雇を含むものであり,新契約締結の申込みを伴う従来の労働契約の解約の告知(変更解約告知)による解雇としてその正当性を判断されるべきものである。

(原告の主張)

争う。

3  争点3(本件解雇が,変更解約告知による解雇として有効か)について

(原告の主張)

本件解雇が整理解雇であるとした場合,いわゆる整理解雇の4要件を満たさなければ,その解雇は解雇権の濫用として無効であるというべきところ,本件解雇は,そのいずれの要件をも満たさないものであって,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認めることはできないから,解雇権を濫用したものとして無効である。

(1) 人員削減の必要性について

ア 被告の主張のうち,自立支援法の影響により,社会福祉事業の事業者の経営環境が厳しくなったことは一般論としては認めるが,そのことと本件解雇との間に直接の関連性はない。また,自立支援法の施行により,従前の社会福祉事業に係る施設を新体制に移行する必要があることは認めるが,被告に,そのための建設費用として,7億2360万円が必要となることは不知。

自立支援法の施行により,報酬の支払方式が変わったことは認める。

イ 被告の主張するように,被告に適用されていた会計準則が,一般企業の会計準則と異なるものであったことは認めるが,このことと整理解雇の合理性・必要性とは別問題である。また,整理解雇の合理性・必要性は,当該企業ごとに判断されるべき事項であって,他の企業の賃金と比較して高いか低いかを議論すること自体がナンセンスである。

ウ 被告は,自立支援法の影響による利用者の実費負担の影響を軽減するために,人員の削減が必要である旨主張するようであるが,自立支援法が,施設利用者の生活に係る実費を本人負担としていることと,原告らを含む被告の給食部門の職員の人件費を被告の施設利用者が負担することとは別問題である。すなわち,そもそも,給食部門の職員の人件費は,施設利用者の食費の中からのみ支払わなければならないわけではない。栄養士・調理師等の人件費については,事業者が障害福祉サービスの提供により受け取る報酬をはじめとした事業収入から支払うこととされているからである。

また,被告は,施設利用者の手元に2万5000円が残せるようにするには,給食部門の職員の人件費を削減し,施設利用者の負担を軽減する必要がある旨主張するが,低所得の施設利用者には補助制度が存在し,施設利用者の手元には必ず2万5000円が残るように公費による補助がされているのである。

エ そもそも,次の事情を考慮すれば,雇用形態の変更やこれに応じない場合に解雇する必要性など存在しない。

まず,雇用形態を変更したとしても人件費の削減という目的は達成されない。すなわち,被告は,今後も,被告の給食部門の職員について,長期の雇用関係の継続を前提にしているとのことであるから,結局,問題は,被告の給食部門の職員の給与を現状の水準で支払っていくことができないということに尽きる。しかし,そうであれば,雇用形態の変更などしなくとも,給与を減額すれば足りるだけの話である。

次に,雇用形態の変更に応じないからといって,直ちに解雇する必要性があると結論づける点にも論理の飛躍がある。すなわち,被告が平成19年当時に実施しようとしていたのは人件費の削減であり,その上,平成19年8月末までには,2名の職員が退職した上,原告らを除く被告の給食部門の職員は,被告の提案に応じており,当初の計画とは大きく事情が変化していたのである。

(2) 解雇回避努力義務について

被告の施設利用者の負担を真に軽減させようとするのであれば,役員手当をカットするとか,施設全体の収支を検討し直すとか,取るべき方法は数多く存在していたはずである。ところが,被告は,それらの方法を一切取ることなく,原告らを解雇したものである。

(3) 被解雇者選定の妥当性

前述のとおり,自立支援法によって,被告の施設利用者が,原告らを含む給食部門の職員の人件費を負担することになるわけではない。

しかも,原告らは,給食の仕事だけをしていたわけではなく,日常的に被告の施設利用者と触れ合っていたほか,被告において開催される運動会や夏祭り等の行事の準備をしたり,これに参加するなどしていた。また,被告からの求めに応じて,原告X1,同X4及び同X2は,普通救命講習を受講したり,同X4,同X2及び同X3は,支援サポートの手が足りないことを理由として,被告の施設利用者が参加する社会見学旅行に同伴していた。このような,被告における原告らの業務の実態に照らせば,被告の給食部門の職員であるという理由だけで,原告らを本件解雇の対象とすることは誤りであったということができる。

さらに,食費の中に,栄養士の人件費は含まれていないのであるから,栄養士である原告X1については,被告の主張を前提にしても,被解雇者として選定したことは誤りであったことは明らかである。

以上のとおり,原告らを被解雇者として選定したことに妥当性はない。

(4) 手続の妥当性について

被告には,そもそも,雇用形態変更について,労働者と協議を尽くそうという姿勢はなかった。被告は,当初,栄養士らに対してのみ,しかも,定例で開催されている栄養士会議の中で,決定事項としての雇用形態変更を伝えただけであった。栄養士らが,雇用形態変更の理由や根拠等を尋ねても,被告は,回答できない又は回答しないというありさまであった。

栄養士らが,そのような被告の対応に不満を抱き,被告代表者出席の説明会の開催を求めて,ようやく,平成19年3月1日,調理師らも対象に含んだ雇用形態変更のための説明会が開催されたが,被告は,この中でも資料提出を拒み,雇用形態の変更に応じなければ,8月いっぱいで辞めてもらうしかないなどと発言をした。

被告は,平成19年3月1日以降も,個別に労働者と協議し,説明を尽くしたなどと主張するが,原告らに対しては,意思確認書等の用紙が渡されただけで,個別の説明など全くなかった。

このように,被告は,労働者との協議を誠実に行わず,原告らを解雇したのであって,本件解雇に当たって,適切な手続を経ているなどということはできない。

(被告の主張)

本件解雇には,以下のとおり,正当な理由がある。なお,本件解雇の有効性の判断基準について,いわゆる整理解雇の法理の4要素(4要件)を念頭において判断されることに異議はない。

(1) 人員削減の必要性

ア 平成18年4月からの自立支援法の施行及びその他社会福祉関係法令の改正による被告の負担の増大

被告が従前から設置・運営してきた施設については,自立支援法の成立による制度変更のため,その変更に対応した施設の設置が必要となった。これら施設の設置に要する費用は,合計約7億2360万円であるが,社会福祉施設整備の補助金の予算が激減していることもあり,上記建設費用は,法人が捻出しなければならない。

また,自立支援法は,障害者が受けた障害福祉サービスに対する報酬について,毎日利用することを前提として定額の月額報酬が支払われる月払方式から,日々の利用実績に応じた報酬が支払われる日払方式に転換され,入所施設では,外泊や入院時には報酬が支払われないなど,自立支援法に定める施設を設置運営する事業者たる被告は,収入面でも厳しい状況にある。

その上,自立支援法では,施設利用者の生活に係る実費については,自己負担が原則とされた上,食事の提供に係る人件費も,施設利用者からの食費によってまかなうことが要求され,上記施設を運営する事業者が受け取る報酬は,これを人件費に回すことが許されなくなった。その上,施設利用者には,食費を負担させた上で,なお,2万5000円が手元に残るようにすることが厚生労働省の方針である。

したがって,被告の施設利用者の負担を軽減し,利用者の手元に2万5000円が残るようにするためには,食事に関与する給食部門の職員の人件費を削減することが必要である。

イ 被告の会計上の特徴と経営状態

(ア) 平成12年4月1日まで社会福祉法人に適用されていた会計準則では,減価償却に関する規定はないので,被告の会計処理でも減価償却はしていない。また,同日以降,社会福祉法人に適用された会計準則においては,減価償却に関する規定が設けられたが,適用除外があり,このため,被告は,同日よりも前の会計処理を継続していた。

このように,被告に適用されていた会計準則は,企業会計基準では常識である減価償却をしていなかったことから,隠れ損失が存在し,民間並みに減価償却すると赤字になる状態であった。

平成15年4月1日からは,社会福祉法人の会計についても減価償却をしなければならなくなったため,被告においても減価償却をし,これに相応する金額の積立をしているが,同日よりも前に減価償却すべきであった金額の累計に足りるだけの金額を積み立てることはできていない。

具体的には,平成18年度決算における施設や設備の減価償却累計額は9億8738万9000円であるのに対し,被告において積み立てている預金及び特定預金の総合計は,6億7909万5000円であり,3億0829万4000円が不足している。

これに加えて,平成12年度と平成18年度の資金収支計算書を見ると,被告の収入が激変していることが分かる。また,直近3年間の資金収支計算書の利用者収入を見ると,平成16年度の1億2098万7000円が,平成18年度には,1億6777万8000円と38.4パーセントもの割合で利用者負担が増加しており,その負担は既に限界にきている。また,施設の増加は,収入増には結びついておらず,むしろ収支は悪化していた。

(イ) そもそも,他の社会福祉施設の介護員,調理員,その他の業種の調理員の給与と比較して,原告らをはじめとする給食部門の職員の給与は高額であり,かかる給与水準を維持することは被告にとって負担であった。

(2) 解雇回避努力義務

被告は,平成14年から職員の減少計画を推し進め,平成19年10月1日までに実質18名の減員を実施し,経営の再建に向けた努力をしてきた。

しかも,本件においては,労働条件を維持することができないことを理由として単純に解雇するのではなく,被告は,原告らに対し,新たな雇用形態を提示して雇用契約の申込みをして,雇用継続の手段を講じている。

(3) 被解雇者選定の妥当性

前述のとおり,法制度の変更によって,施設利用者の負担を軽減し,その手元に2万5000円が残るようにするためには,その食事に関与する給食部門の職員の人件費を削減することが必要である。

したがって,原告らを含む被告の給食部門の職員が被解雇者となったことは,自然の成り行きである。

(4) 手続の妥当性

前記2(被告の主張)(1)のとおり,被告は,原告らに対し,再三にわたって,労働条件,雇用形態の変更の必要性等を説明してきたのであるから,本件解雇に至る手続に不備な点はない。

4  争点4(本件解雇が無効である場合の原告らの賃金の額)について

(原告の主張)

原告らは,本件解雇前,被告から,別紙給与一覧表<68頁>記載の賃金の支払を受けていた。

なお,賃金のうち,時間外手当については,原告X1のみが支払を受けていたものであるが,本件解雇前3か月の支給額は2万3969円であったので,少なくとも毎月同額の時間外手当の支給を受けるべき勤務実態があったものと考えるべきである。

賞与については,給与規程によって定めた支給割合に勤務評定率を乗じた支給率に勤務期間の割合を乗じたものとされており,勤務評定は,職員個人別に定めることとされているが,原告らについては,従来の賞与支給実態に鑑みれば,少なくとも,別紙給与一覧表記載の金額を毎年6月及び12月に支給されるべきものと考えられる。

したがって,原告らは,被告から,毎月,給与の支給日である21日限り,別紙給与一覧表の月額計欄記載の金額及び賞与の月額平均欄記載の金額の合計金額の支給を受けることができる。

(被告の主張)

争う。

5  争点5(本件解雇が無効である場合,不法行為に当るか否か等)について

(原告の主張)

被告は,本件解雇が解雇権を濫用したものであることを知りながら,本件解雇をしたものであるか,少なくとも,これを知らなかったことについて過失がある。

原告らは,本件解雇によって,突如として身に覚えのない諭旨解雇を通告され,しかも,被告が,本件解雇後,違法な本件解雇を是正するべき機会が何度もあったにもかかわらず,これを頑なに拒み続けたため,長期にわたり不安な生活を余儀なくされた。原告らが,いずれも,それぞれの家計を支える労働者であったことを考慮すれば,原告らやその家族が受けた精神的苦痛は計り知れない。さらに,原告らが,本件解雇によって,世間から冷たいまなざしを受けたりするなど,その名誉や信用まで失ってしまったことをも合わせて考えれば,慰謝料は,各自100万円を下らない。

(被告の主張)

争う。

第4当裁判所の判断

1  争点1(本件解雇が,諭旨解雇として有効か否か)について

(1)  当事者間に争いのない事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によって認められる事実は以下のとおりである。

ア 原告X1は,平成19年8月17日,b公共職業安定所c出張所を訪れた(当事者間に争いがない。)。

上記出張所は,その後,被告において,労働争議がされていることを理由として,職業安定法20条1項に基づき,求職者に対し,被告を紹介することをしなかった(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

イ 県労連,全労連・全国一般労働組合福島一般労働組合(ふくしま一般)及び組合支部は,平成19年8月22日付けで,当時の厚生労働大臣に対し,「経営が黒字なのに「障害者自立支援法」による利用者負担を口実に,栄養士・調理師を整理解雇しようとする社会福祉法人に法を無視した解雇強行をやめさせる指導を求める要望書」と題する書面を連名で提出した(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

ウ 被告は,d食品との間で,被告の施設について,給食業務委託契約を締結し,d食品仙台支店は,被告が従業員として栄養士,調理師,調理補助員を募集する旨の広告を出した。このことについて,全労連・全国一般宮城一般労働組合の組合員は,平成19年8月28日,同支店を訪れ,①d食品が出した募集広告を取り消してほしい,②話がついていない中で,d食品が承知の上でやるのか,③それならばマスコミ等それなりの対応をとるという趣旨の発言をした(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

エ 県労連及び全労連・全国一般労働組合福島一般労働組合は,e公共職業安定所所長に対し,平成19年10月17日付けで,「ハローワークが職業安定法第20条に基づき「求職者を紹介しなかった」ことを「営業妨害」と称して,相談に行った労働者を解雇した法人への指導を求める要請書」と題する書面(以下「本件要請書」という。)を送付した(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

オ Fは,組合支部の組合員であるが(当事者間に争いがない。),本件解雇当時,被告が運営するf園の課長職の地位にあった(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

なお,被告における課長職は,部門管理職とされ,常勤理事・施設の指揮命令を受け,担当する職の運営・管理に当たること,必要な計画・改善等を提案し,施設長を補佐すること,職務の遂行状況を監督し,必要な決定を行うこと,担当する部下の業務教育をすること等が基本的職務とされており(<証拠省略>),給与については,管理職手当として2万円が支給されることになっている(<証拠省略>)。また,Fの勤務するf園においては,課長職について,管理者を補佐し,管理者が不在の際には,関係者と協議の上,その職務を代理するものとされている(<証拠省略>)。

Fは,平成18年1月から平成20年3月にかけて,被告の施設長会議又は施設長打合せ会議に出席したり,被告の評議員会及び理事会の内容に接する機会があった(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

カ 上記期間中,被告の施設長会議において被告の労働関係に関して話題となった事項は概ね以下のとおりである。

(ア) 平成18年1月27日に開催された会議では,同年2月1日付け人事異動が議題となった(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

(イ) 平成18年11月22日に開催された会議では,被告代表者は,全社協発行の社会福祉法人経営の現状と課題を引用しながら,①大施設が小施設を飲み込んでいく,②財務内容をよくする,③本部機能を強化して協会全体のかじ取りをすることに触れて,被告においても平成20年から平成23年にかけてやっていきたい,出席者が,率先して行動して,職員を引っ張っていってほしい旨述べた(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

(ウ) 平成20年1月18日に開催された会議では,被告代表者から,平成20年度の方針として,不良職員を排除して欲しいとか,皆が納得いくような人事配置をお願いしたいとの提言がある旨の発言があった(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

キ また,上記期間中,被告の理事会又は施設長打合せ会議で被告の労働関係に関して話題となった事項は概ね以下のとおりである。

(ア) 平成19年10月24日に開催された理事会では,職員の勤務成績の評定内規の改正及び給与規定の一部改正が議案となった(<証拠省略>)。

(イ) 同年12月3日に開催された施設長打合せ会議では,被告代表者が,経営面において,新事業体系への移行に伴って減収が見込まれ,資金繰りが厳しくなることから,給与支給についても,現在の21日支給を,月末締め翌月支払にしたいと考えている旨言及している(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

(ウ) 同年12月25日に開催された理事会では,同年10月末現在の被告職員の平均年収等の報告がされた(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

(エ) 平成20年2月5日に開催された施設長打合せ会議では,人事について,臨時職員については,継続の有無を確認してほしい旨の申出に対し,同一職場で3年以上は,勤められないため異動時に配慮していく旨回答された(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

(オ) 平成20年3月7日に開催された協会施設長打合せ会議では,異動者,昇格内示の一覧表掲示は同月10日とすることが説明された(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。

(2)  以上の事実を前提に検討する。

まず,そもそも,原告X4が,被告の主張する求人妨害があったとする日に,b公共職業安定所に行った事実を認めるに足りる証拠はない。また,原告X1が,b公共職業安定所c出張所を訪問したことについては,前記前提事実(3)のとおり,原告X1は,当時,被告から平成19年8月31日をもって解雇するとの方針を伝えられており,今後の身分が不安定であったことからすれば,そのような事態に備えて,自らの転職先の相談のために,同出張所に行ったとしても,何ら不自然ではないから,その後,同出張所が,求職者を被告に紹介しなかったという事実が認められるからといって,原告X1の訪問の目的が,被告に対する求人紹介を妨害するためであったということが推認されるわけではない。

確かに,前記前提事実(3)の経緯からすれば,原告X1が,同出張所の職員に対し,原告らが,組合支部を結成し,労働争議中であるとの話をしたことはうかがわれるものの,そのような発言が,被告に対する求人紹介を妨害する目的からのものであるということはできず,自らの転職の相談の中で,そのような話が出てくることは,むしろ自然な流れであるといえる。

したがって,原告X1が,被告への求人紹介を妨害する目的で,同出張所の職員に労働争議中であることを告げたと認めることはできない。

次に,全労連・全国一般宮城一般労働組合の組合員が,平成19年8月28日,d食品仙台支店を訪れ,①d食品が出した募集広告を取り消してほしい,②話がついていない中で,d食品が承知の上でやるのか,③それならばマスコミ等それなりの対応をとるという趣旨の発言をしたことについては,d食品が派遣する職員は,原告らを解雇した後の代替要員をも含むものであったと考えられるから,本件解雇の期日が2日後という差し迫った時期であることを考えると,組合支部の上部団体の組合員が,上記のような発言をしても,必ずしも不適切なものであるということはできず,正当な組合活動の域を出るものではないというべきである。

また,利益代表者が加入している組合については,労働委員会による救済を受け得る資格がないというにすぎず,労働組合を結成し,活動すること自体は,憲法28条によって保障されているのであるから,そのような組合の活動が,直ちに違法となることはない。

さらに,そもそも,Fについては,確かに,被告の管理職ではあるものの,同人が出席していた会議における,被告の労働関係に関する話題は,いずれも,それが公開されることによって,被告に重大な不利益が生ずるとまでいうことのできないものであり,また,理事会の内容については,その概要を知る機会があったという程度であることがうかがわれるから,労働組合法2条1号にいう「使用者の労働関係についての計画と方針とに関する機密の事項に接し」ている者であると認めることはできない。なお,Fは,被告の協会運営委員会給食部会にも出席していたことが認められる(<証拠省略>,弁論の全趣旨)。しかし,平成19年6月25日及び同年8月29日開催の上記会議には,原告X1も出席している(<証拠省略>,弁論の全趣旨)ことからすると,原告X1も,同部会の構成員であったことがうかがわれるにもかかわらず,原告X1が,被告の給食部門の職務形態の変更方針を初めて知ったのは,同部会においてではなく,栄養士会議の場であったと考えられるから,同部会において,被告の労働関係に関する機密に関する事項が議論されていたと認めることはできない。

このほか,被告は,原告X1が,インターネット上にブログを開設し,被告に関する事項を掲載していることを問題視しているが,これは,いずれも,本件解雇後の出来事であるから諭旨解雇事由として考慮されるべきものではないし(<証拠省略>,弁論の全趣旨),その内容に鑑みて,論評の域を出るものではなく,諭旨解雇事由に該当するようなものではない。

これに加えて,被告は,原告らを諭旨解雇するに当たり,30日以上前にその予告をせず,解雇時に,30日分の平均賃金を支給していないばかりか,諭旨解雇による制裁を審査,確認するために,諭旨解雇の前に開催することとされている特別委員会も設置しておらず,被告の就業規則上,必要な手続を何ら遵守していない。

このように,本件解雇は,就業規則上の諭旨解雇事由もなく,また,就業規則上必要な最も基本的と考えられる手続にも違反してされたものであるから,無効である。

2  争点2(本件解雇が,変更解約告知による解雇といえるか)について

前記前提事実(3)(平成19年4月末ころまでの経緯)によれば,被告は,遅くとも平成19年1月17日までには,原告らを含む被告の給食部門の職員について,雇用形態の変更を検討し,これに応じなければ,同年8月31日をもって解雇する方針(以下「本件方針」という。)を固めていたということができ,同年3月1日には,対象者となる原告らに対し,本件方針に沿った説明をし,さらに,同年4月末までには,本件方針に沿う内容の文書を配布している。

以上の事実経過からすると,被告は,平成19年8月31日までには,原告らに対し,雇用形態の変更を理由とした普通解雇の意思表示をすることを前提として行動していたことはうかがえる。しかし,本件解雇の意思表示は,「就業規則第6章第45条(7)に基づき論旨解雇を命ずる。」(「論旨」は誤字で,正しくは諭旨と思われる。)と明記されており(<証拠省略>),それ以外の解雇事由は全く表記されていない上,本件解雇がされるまでに,被告は,給食部門の職員全体に対する説明や文書配布をしているほかは,個別に解雇の意思表示をしておらず,一方,解雇の方針を示した後も,整理解雇の当否を巡って原告らと3回にわたり団体交渉をしていたこと(<証拠省略>)などに照らすと,本件解雇は,諭旨解雇を理由としてされたことが明らかであり,その他に,変更解約告知による普通解雇の意思表示がされているとは認め難い。証人Bが,職員を解雇するときは,辞令書が必要だという認識はあったが,原告らの解雇は,諭旨解雇という認識があったので,諭旨解雇による辞令書のみを出した旨の供述をしていることからも,変更解約告知による普通解雇の意思表示がされていないことが裏付けられる。

被告は,近い将来,原告らに対して変更解約告知による解雇を通知する予定であったが,就業規則違反が生じたために,諭旨解雇に通知をしたものであって,実質的には,本件解雇は,変更解約告知の意思表示を含むものであったと主張するようである。しかし,被告が本件解雇前に考えていたものは,被告自身「変更解約告知」と主張しているように,原告らを正職員としては解雇するが,契約雇用職員として再雇用するというものであるところ,本件解雇の時点では,契約雇用職員としてであっても,原告らを再雇用したのでは,諭旨解雇の趣旨と矛盾するから,被告に再雇用の意思があったとはうかがわれず,本件解雇に被告の主張するような「変更解約告知」の意思表示が含まれていると認めることはできない。

そうすると,本件解雇に「変更解約告知」の効力があるものとして,整理解雇の要件を踏まえて,その有効性を主張する被告の主張は,その前提を欠き,その余の点について判断するまでもなく失当である。

なお,仮に,本件解雇が,変更解約告知の意思表示を含むものということができるとしても,その有効性については,次に述べるとおりである。

3  争点3(本件解雇が,変更解約告知による解雇として有効か)について

(1)  前記前提事実(3)(平成19年4月末ころまでの経緯)を前提に検討するに,被告が,被告の栄養士らに対し,平成19年1月17日にした説明内容及び同年6月ないし7月にされた原告らとの団体交渉における被告担当者の発言内容(<証拠省略>)に鑑みれば,被告がその給食部門の職員の雇用形態を変更する主な理由は,結局のところ,自立支援法の施行により,利用者の負担が増えるため,給食に係る人件費を抑えることで,その軽減を図るというものであったと認められる。

被告は,このほかにも,被告の経営状態,すなわち,①自立支援法の施行により,被告の経営環境が以前よりも厳しいものとなっていること,②会計制度の関係上,平成15年度になって初めて減価償却をしたことから,今後必要となる施設の建設に備えた積立が十分にできていないことを理由として挙げる。しかし,上記①及び②の理由については,被告の給食部門の職員に対し,当初からこのような理由が説明されていたわけではない。また,上記①の理由については,被告の収支計算書(<証拠省略>)によれば,収入から支出を差し引いて,その一部を積立に回しても剰余が出る状態が平成12年度以降平成18年度に至るまで継続していたことが認められるから,自立支援法の施行により,将来的に被告の経営を取り巻く環境に不安要素があることは否定できないものの,平成19年当時,被告の経営状態が悪化していたとまで認めることはできない。そして,上記②の理由についても,そのことが直ちに被告の経営状態を圧迫することになると認めるに足りるものではないことからすると,上記①及び②の理由は,雇用形態の変更やこれに応じない場合に,職員を解雇しなければならないことの必要性を基礎付けるに足りるものではない。

(2)  そこで,自立支援法施行による施設利用者の実費負担増大の回避という理由が,被告の給食部門の職員に雇用形態を変更し,これに応じなければ解雇する必要性を基礎付けるものであるかどうかについて検討する。

まず,被告は,給食部門の職員の人件費は,全額,施設利用者の負担する食費によってまかなわれなければならず,被告が,被告の施設利用者に対して実施した障害福祉サービスに支払われる報酬からこれを補填することは許されない旨主張する。

しかし,障害福祉サービスを提供した事業者が得た報酬は,同事業者の収益となるものであるところ,自立支援法及びこれに関連する政令等にも,その収益を,食事を担当する部門の従業員の人件費に充てることを禁止する規定は存在せず,食費及び居住に要する費用の一部を事業者の側で自主的に負担することまで否定しているわけではないと考えられる。これに加えて,厚生労働省の担当者が,平成22年1月18日にした回答内容(<証拠省略>)に鑑みれば,事業者が障害福祉サービスを提供したことによって得た報酬が,事業者の収益となった後に,これを当該事業者の食事を担当する部門の従業員の人件費に充てることは何ら禁じられていないものというべきである。

そうすると,被告において,食費の一部を負担することが経費の削減を必要とする理由とはなり得るが,こうした負担は,事業者としての被告全体ですることも十分に考えられる以上,直ちに,被告の給食部門の職員の人件費を削る必要があるということに結びつくわけではない。

(3)  したがって,被告には,将来の経営に備えて,経費の節減等をする必要性があったこと自体は否定し得ないものの,本件解雇の際,職員の雇用形態の変更や,これに応じない場合に解雇をしなければならないほどの経営上の必要性があったと認めることはできないし,その対象として,被告の給食部門の職員を選定することの合理性もないといわざるを得ない。

以上によれば,本件解雇には,整理解雇としての合理性を基礎付けるような事情はうかがわれないから,仮に,本件解雇が,整理解雇類似のものと考えられるとしても,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないから,解雇権を濫用したものとして無効である。

4  争点4(本件解雇が無効である場合の原告らの賃金の額)について

(1)  当事者間に争いがない事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によって認められる事実は,以下のとおりである。

ア 被告の給与の支給日は,毎月21日であったが,原告X1,同X2及び同X3が,平成19年6月から同年8月までに,原告X4が,平成19年5月,同年6月及び同年8月に,それぞれ,支給を受けた給与の内訳は,別紙給与一覧表の給料ないし通勤手当の各項目欄記載のとおりである(<証拠省略>)。

イ また,原告らは,被告から,平成18年12月及び平成19年6月に賞与の支給を受けているが,その金額は,それぞれ,給与一覧表に記載のとおりである(<証拠省略>)。

ウ なお,被告において定められた給与規程において,賞与の支払日は,6月30日及び12月10日とされ,平成16年度の支給割合は,6月については給料,扶養手当,管理職手当又は職務手当の月額の合計額に100分の210,12月については100分の230以内の割合を乗じて得た額に,勤務評定率及び基準日(毎年6月1日及び12月1日)以前6か月における勤務期間に応じた支給割合を乗じて支給することとされていた(<証拠省略>)。

(2)  以上を前提に,原告らが受給し得た給与の額を検討するに,原告らが,支給を受けてきた給与のうち,通勤手当は実費補償としての性質を有しており,また,時間外手当については,実際に,時間外に残業に従事してはじめて請求権が発生するものであるから,これを除外するべきである。そして,その余の金額については,3か月にわたり同額であることからすれば,原告らは,本件解雇後も,毎月21日に,時間外手当及び通勤手当を除外した金額を給与として支給される法的地位にあるということができる。

次に,原告らの賞与については,いずれも,平成16年度の支給割合の上限に近い金額を支給されていることがうかがわれ,原告らが,解雇されずに勤務していれば,同程度の勤務実績を残していたものと考えられるから,別紙給与一覧表記載の賞与を得られる法的地位にあるということができる。もっとも,賞与の支給日は,毎年6月30日及び12月10日であるから,それより前に,この支給を得られるという理由はない。

したがって,原告らは,被告に対し,毎月21日限り,原告X1について27万2500円,同X2について19万2500円,同X3について21万8900円,同X4について21万2000円の給与の支払いを求める権利を有し,毎年6月30日及び12月10日限り,別紙給与一覧表記載の賞与の支払を求める権利を有していることとなる。

(3)  なお,被告が原告らに対して,本判決が確定した後も,賃金の支払を拒むおそれがあるというような特段の事情は認められないから,原告らが被告に対し賃金の支払を求める訴えのうち,本判決確定後の賃金の支払を求める部分については,訴えの利益を欠き不適法である。

5  争点5(本件解雇が無効である場合,不法行為に当るか否か等)について

以上のとおり,本件解雇は,無効であるところ,被告は,原告ら代理人から,原告らをはじめとする被告の給食部門の職員について,雇用形態を変更したり,これに応じない職員を解雇することに合理的な理由がない旨の書面の送付を受けていたことに加え(<証拠省略>,被告代表者),諭旨解雇については,前述のとおり,理由がないことが明らかであることからすると,被告は,本件解雇に,理由がないことを認識し,又は,容易に認識し得たというべきである。

そうすると,本件解雇は,原告らに対する不法行為に当たるというべきところ,証拠(<証拠省略>,原告らに対する尋問の結果)によれば,原告らは,本件解雇によって,相当の精神的苦痛を受けたものと認められる。そして,本件解雇が全く理由のない諭旨解雇であること,原告らと被告との間の団体交渉(<証拠省略>),仮処分決定(<証拠省略>),労働委員会の救済命令手続(<証拠省略>)の経過に鑑みて,被告は,本件解雇をしない又はこれを撤回する等,違法行為を是正する機会を有していたにもかかわらず,原告らの要求を拒否し続け,紛争解決を不当に長期化させ,これを困難にしたものと評価せざるを得ないことをも併せて考慮すれば,原告らの精神的苦痛は,単に賃金の支払を受けることによって慰謝されるものではないと考えられる。

したがって,原告らに対する慰謝料は,本件に顕れた一切の事情を考慮し,各30万円と認めるのが相当である。

6  結論

よって,原告らの訴えのうち,原告らが被告に対し,本判決確定後の賃金の支払を求める部分は不適法であるから却下し,その余の請求は,上記の限度で理由があるから,その範囲で,これを認容し,訴訟費用については,民事訴訟法64条本文,同法61条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松谷佳樹 裁判官 金谷和彦 裁判官 渡邉充昭)

<別紙> 給与一覧表

(円)

氏名

項目

原告X1

原告X2

原告X3

原告X4

給料

263,500

188,500

197,000

197,000

扶養手当

6,500

11,000

11,000

職務手当

2,500

1,500

1,500

1,500

時間外手当

23,969

住居手当

2,500

9,400

2,500

通勤手当

3,000

10,800

5,400

4,300

月額計

299,469

203,300

224,300

216,300

給与年間計

3,593,628

2,439,600

2,691,600

2,595,600

賞与6月

570,750

399,000

439,950

424,430

賞与12月

619,620

435,620

472,880

439,950

賞与年間計

1,190,370

834,620

912,830

864,380

月割平均

99,198

69,552

76,069

72,032

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