福島地方裁判所 平成26年(行ウ)6号 判決 2015年6月23日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 処分行政庁が原告に対して,平成25年6月10日付けでした,退職手当5174万4000円の返納を命じる処分(以下「本件第3期処分」という。)を取り消す。
2 処分行政庁が原告に対して,平成25年6月10日付けでした,退職手当4204万2000円の返納を命じる処分(以下「本件第4期処分」という。)を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,処分行政庁が,昭和63年9月19日から平成18年9月28日に辞職するまで5期18年にわたり被告(以下「福島県」と表記することがある。)県知事に在職していた原告に対し,原告を被告人とする収賄被告事件において,原告を懲役2年(執行猶予4年)に処する判決が確定したことを理由に,原告の第3期(平成8年9月19日から平成12年9月18日まで)に係る支給済みの退職手当5174万4000円及び第4期(平成12年9月19日から平成16年9月18日まで)に係る支給済みの退職手当4204万2000円について,本件第3期処分及び本件第4期処分(以下,両者を合わせて「本件各処分」という。)として,それぞれ返納するよう命じたことから,原告が,本件各処分は,真実は原告が罪を犯していないにもかかわらずにされたものであり違法であると主張するとともに,仮に原告が罪を犯したと認められる場合であっても,少なくとも第3期の基礎在職期間中に罪に当たる事実が存在しないので,本件第3期処分は違法であると主張して,本件各処分の取消しを求めた事案である。
2 関係法令等の定め
(1) 福島県職員の退職手当に関する条例(昭和28年福島県条例第35号)は,福島県職員の退職手当に関する条例の一部を改正する条例(平成21年福島県条例第70号)により一部改正されているが,同改正条例の附則2条の規定により,同改正条例の施行の日前の退職にかかる退職手当については,なお従前の例による(以下,改正前の条例を「本件条例」という。)。
(2) 本件条例
ア 本件条例に基づく退職手当は,県知事を含む福島県職員のうち常時勤務に服することを要する者が退職した場合に,その者に支給する(2条1項)。
イ 退職した職員であった者に対し一般の退職手当等の支給をした後において,その者が「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたとき」は,任命権者が,その支給をした一般の退職手当等の額の全額を返納させることができる(13条の3第1項2号。以下「退職手当返納規定」といい,これに基づき発せられる命令を「返納命令」という。)。
ウ 県知事については,任期ごとに異なる基礎在職期間になると解されている。
3 前提事実(認定に供した証拠等の掲記がない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,昭和63年9月19日に福島県知事に初めて当選して以降,5期連続して当選し,第5期の任期を約2年残して,平成18年9月28日に辞職した。原告の任期は,具体的には以下のとおりである。
第1期 昭和63年9月19日から平成4年9月18日まで
第2期 平成4年9月19日から平成8年9月18日まで
第3期 平成8年9月19日から平成12年9月18日まで
第4期 平成12年9月19日から平成16年9月18日まで
第5期 平成16年9月19日から平成18年9月28日まで
(2) 退職手当等の支給
原告は,本件条例に基づき,平成12年9月30日頃,第3期分の退職手当として5174万4000円の支給を受け,平成16年10月5日,第4期分の退職手当として4204万2000円の支給を受けた。
原告は,第5期分の退職手当について,本件条例13条の2第1項に基づき,退職手当等の支給の一時差止処分を受けていたが,これが取り消されたため,平成25年6月17日,2059万2000円の支給を受けた。(乙5)
(3) 収賄事件
ア 原告は,実弟であるA(以下「A」という。)と共謀の上,賄賂を収受したとの収賄(平成15年法律第138号による改正前の刑法197条1項前段。以下同じ。)の事実で起訴された(以下「収賄事件」という。)。
同事件において,原告は無罪を主張したが,第一審判決(東京地裁平成18年刑(わ)第3785号,第4225号同20年8月8日判決。以下「刑事地裁判決」という。)は,原告とAが共謀の上,Aが賄賂を収受した事実を認定し,原告を懲役3年に処し,その刑の執行を5年間猶予した。同事件の控訴審判決(東京高裁平成20年(う)第2284号同21年10月14日判決。以下「刑事高裁判決」という。)も,同様の認定をしたが,賄賂の内容に関して刑事地裁判決と一部異なる認定をして原判決を破棄し,原告を懲役2年に処し,その刑の執行を4年間猶予した。上告審は決定により原告の上告を棄却し(最高裁平成21年(あ)第1985号同24年10月15日第一小法廷決定・刑集66巻10号990頁。以下「刑事最高裁決定」という。),平成24年10月20日に,原告に対する懲役2年,執行猶予4年の刑が確定した。(甲4~6)
イ 刑事高裁判決の認定した犯罪事実の要旨は以下のとおりである(以下,下記の福島県郡山市の16筆の土地のことを「本件土地」という。)。
「被告人B(以下「被告人B」という)は,福島県知事として,同県の事務を管理し執行する地位にあり,同県が発注する建設工事に関して,一般競争入札の入札参加資格要件の決定,競争入札の実施,請負契約の締結等の権限を有しており,被告人A(以下「被告人A」という)は,被告人Bの実弟であり,縫製品の製造,加工,販売等を業とするG株式会社の代表取締役として同社を経営していた。福島県は,同県東部の木戸川の総合開発の一環として行う木戸ダム本体建設工事(以下「木戸ダム工事」という)について,一般競争入札を経て,平成12年10月16日,H株式会社ほか2社の共同企業体に発注した。被告人両名は,共謀の上,Hが木戸ダム工事を受注したとき被告人Bから有利便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨で,H副会長のCがI株式会社取締役副社長のDに指示をして,Iが買取りに応じることを知りながら,被告人Aが,Dに対し,IにおいてGの所有する福島県郡山市の16筆の土地合計約1万1101㎡を8億7372万円余で買い取るように求め,Iが前記土地を同価額で買い取ることを承諾させた。その結果,平成14年8月28日,Iから,その売買代金として,福島県郡山市の株式会社J銀行本店のG名義の当座預金口座に8億7372万円余が振込送金された。このように,被告人Aは,被告人Bとの前記共謀に基づき,前記土地売却による換金の利益の供与を受けて,同県知事の職務に関し,賄賂を収受した。」
(4) 処分行政庁は,平成25年6月10日,原告に対する収賄事件について禁錮以上の刑に処する判決が確定したことから,本件条例13条の3第1項に基づき,原告に対し,原告が支給を受けていた第3期分及び第4期分の退職手当について,それぞれ返納命令(本件各処分)をした(甲1,2)。
(5) 原告は,平成25年8月1日,本件各処分について,福島県知事に対して異議申立てをしたが,同年12月25日付けで異議申立ては棄却された(甲7)。原告は,同決定について,総務大臣に対して審査請求を行ったが,審査請求も棄却された(弁論の全趣旨)。
4 争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,①本件各処分は,収賄事件が冤罪であるために違法であるといえるか,②本件第3期処分について,本件条例13条の3第1項にいう「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたとき」の要件を満たすか,の2点である。
(1) 争点①(本件各処分は,収賄事件が冤罪であるために違法であるといえるか)について
(被告の主張)
収賄事件については,既に最高裁判所による上告棄却の決定が確定しており,もはや争うことができない状態にある。本件訴訟においては,確定した刑事判決を前提に本件各処分の適法性が争われるべきであり,収賄事件の各審級における主張立証を本件訴訟で蒸し返すことは許されない。
したがって,原告の主張は失当である。
(原告の主張)
本件各処分は,収賄事件の有罪判決を前提として行われている。しかし,以下のとおり収賄事件は冤罪であり,本件各処分はその前提を欠くものであるから違法である。
収賄事件においては,原告およびAの検察官調書,贈賄側のC,D及び県土木部長であったEの公判供述等が根拠となり,有罪判決が言い渡され,原告の刑が確定するに至ったが,原告及びAの検察官調書は東京地検特捜部による強引な見込み捜査により作成されたものであり,その余の者の公判供述等を含めて,いずれも任意性又は信用性を欠くものであった。
また,刑事高裁判決とこれを是認した刑事最高裁決定は,いずれも土地を売却することによる換金の利益をもって賄賂に当たると判断しているところ,当該土地は交通至便で,I以外の者にも十分売却することができる土地であったのであるから,かかる土地の売却について賄賂性を認識することはあり得ない。
これらに加え,収賄罪の成立を否定する間接事実も多数存在するのであり,収賄事件は冤罪であることが明らかである。
(2) 争点②(本件第3期処分について,本件条例13条の3第1項にいう「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたとき」の要件を満たすか)について
(被告の主張)
収賄事件において,原告は,第3期在職中に,Hが木戸ダム工事を受注できるように一般競争入札の入札参加資格要件の決定,競争入札の実施等で有利便宜な取り計らいを行い,第4期中にHがその下請であるIに指示して,Iが本件土地を買い取ったものであり,その代金の支払について収賄罪が成立するとされたものである。
したがって,原告の第4期在職中の行為のみならず,第3期在職中の行為も非違行為として非難に値するとともに第3期及び第4期の功績も没却するものであることから,第3期及び第4期ともに,「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたとき」に該当するというべきであり,「基礎在職期間中の行為」を基礎在職期間中の実行行為と限定的に解する根拠はない。
(原告の主張)
ア 返納命令は,すでに支給された退職手当を事後的に返納させるものであり,退職した公務員の生活基盤を事後的に喪失させる点で,きわめて過酷かつ重大な処分である。したがって,退職手当返納規定にいう「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたとき」については,限定的に解釈すべきであるとともに,退職手当を「返納させることができる。」との規定に照らし,返納の要否については弾力的に判断すべきである。
イ 「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件」にいう行為の時期及び内容については,上記アのとおり,限定的に解釈すべきであることに加え,「係る」という文言から,刑事事件と直接的な繋がりのある行為,具体的には犯罪の実行行為に限定すべきである。
ウ 収賄罪(刑法197条1項前段)の実行行為としては,賄賂の収受,要求,約束の各行為が規定されている。本件では,原告及びAが賄賂を収受した行為について,有罪判決がされているのであるから,当該行為が行われた時期を検討する必要がある。
刑事高裁判決が認定し,刑事最高裁決定が是認した犯罪事実によれば,原告が土地の売却により換金の利益を受けたのは平成14年8月28日であり,賄賂の収受は,原告の第4期(平成12年9月19日から平成16年9月18日まで)に行われており,第3期(平成8年9月19日から平成12年9月18日まで)には行われていない。したがって,第3期の「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件」は存在しないことになる。
また,収賄事件においては,原告は直接賄賂を収受しておらず,Aとの事前の共謀に基づき,共謀共同正犯として処罰されているものである。そして,共謀の成立時期については,刑事地裁判決において,原告が第4期に当たる平成14年5月か6月頃にAから本件土地の売却方法の報告を受けたと認定されており,この判断を刑事最高裁決定も維持している。原告は,第3期に当たる平成11年4月に,Aから本件土地を売却する方針であることの報告を受けているが,当時は売却先については明らかでなかった。また,原告は,同じく第3期に当たる同年9月に,Aから本件土地とは別の駐車場用地をHの関係会社に売却する内容の報告を受けているが,本件土地については報告を受けていない。したがって,共謀が成立したのも第4期に当たり,第3期には当たらない。
刑事高裁判決は,原告が第3期に当たる平成12年1月に県土木部長であったEに対して,意中の受注業者がHである旨を示唆した事実が認定されている。しかし,かかる示唆は収賄行為に向けられたものではなく,職務関連性を認定するための間接事実として認定されているにすぎず,これをもって「基礎在職期間中の行為」に該当するということはできない。
エ 被告の担当者は,本件各処分がなされる以前に,原告の第3期における行為が収賄の「準備行為」に該当するため,本件各処分を行う予定であることを通告していた。また,本件各処分についての異議申立てに対する決定においては,第3期から第4期にかけて「一連の行為」として,原告が賄賂を収受した旨の認定がされている。
しかしながら,退職手当返納規定には,「準備行為」や「一連の行為」といった文言はない。このように曖昧に解釈された要件によって返納命令という著しく不利益な処分をすることは,処分行政庁において,広範な行為を刑事事件に係る行為と恣意的に判断し,退職公務員の生活を破壊する危険性があり許されない。
また,仮に「一連の行為」なる概念を認めるとしても,賄賂の収受行為との間で「一連の行為」に該当するのは,賄賂の要求行為,約束行為に限られるというべきであるところ,原告が賄賂の要求行為,約束行為を行った事実は収賄事件に係る判決においては認定されていないから,原告の第3期における行為は,退職手当返納規定に該当しない。
第3当裁判所の判断
1 争点①(本件各処分は,収賄事件が冤罪であるために違法であるといえるか)について
(1) 退職手当返納規定の趣旨等
まず,退職手当返納規定の趣旨について検討すると,本件条例に基づき支給される一般の退職手当は,職員が退職した場合に,その勤続を報償する趣旨で支給されるもの(国家公務員退職手当支給法に関する最高裁昭和43年3月12日第三小法廷判決・民集22巻3号562頁,地方公務員法及び香川県職員退職手当条例に関する最高裁平成12年12月19日第三小法廷判決・集民200号233頁参照)と解されるところ,基礎在職期間中の行為に係る刑事事件について禁錮以上の刑に処せられた者は,その者の公務のみならず当該地方公共団体の公務一般に対する住民の信頼を損なう行為をしたものであるから,勤続報償の対象となるだけの公務への貢献を行わなかったものとみなすことにより,退職手当制度の適正かつ円滑な実施を維持し,もって公務に対する住民の信頼を確保することにあるということができる(前掲最高裁平成12年12月19日第三小法廷判決参照)。
そして,我が国における刑事訴追制度や刑事裁判制度の実情の下における禁錮以上の刑に処せられたことに対する一般人の感覚等に照らすと,「刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたとき」とは,禁錮以上の刑に処する旨の有罪判決が言い渡され,これが確定したことそのものを指すものであり,返納命令を発する処分行政庁において,あらためて非違行為の存否を判断することは,要件ではないと解するのが相当である。このように解したとしても,返納命令の要件である刑事事件における有罪判決の存在は,刑事訴訟における厳格な証拠調べ手続の下で十分な防御の機会を経て,判断されたものであることから,手続保障に欠けるものではない上,むしろ,退職手当返納規定に,返納命令の発令に当たり禁錮以上の刑に処せられた職員に対し改めて告知と聴聞の機会を付与する旨の定めがないことに照らすと,退職手当返納規定は上記の解釈を前提として定められたものと解するのが相当である。また,上記の解釈によれば,処分行政庁において,返納命令の要件の有無を客観的かつ明確にすることができるとともに,処分行政庁の恣意的な判断を排除することが可能であるから,不当なものではない。原告の主張するとおり,処分行政庁が改めて刑事裁判の結果が正しいものであるか否かを判断すべきとすることは,処分行政庁に刑事裁判と同様の判断を迫ることになり,上記規定の趣旨に悖るといえる。
(2) 前記第2の3前提事実(3)のとおり,原告については,収賄事件に関し懲役2年(執行猶予4年)に処する判決が確定しているのであるから,禁錮以上の刑に処せられた場合に当たる。
原告は,上記判決に係る罪が冤罪であるにもかかわらず,返納命令を発している点で,本件各処分が違法であると主張する。
しかし,退職手当返納規定に基づき返納命令を発するに当たって,処分行政庁は,あらためて非違行為の存否を判断することを要せず,禁錮以上の刑に処する旨の有罪判決が確定していることをもって返納命令を発することができるのは,上記(1)で説示したとおりである。
したがって,原告の上記主張は,退職手当返納規定の解釈適用を誤るものであり,失当であって採用することはできない。
2 争点②(本件第3期処分が,本件条例13条の3第1項にいう「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件に関し禁錮以上の刑に処せられたとき」の要件を満たすか)について
(1) 「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件に関し」について
退職手当返納規定には「基礎在職期間中の行為に係る刑事事件に関し」との要件があるところ,「基礎在職期間中の行為」とは,退職した職員に対する刑事事件の判決において摘示された「罪となるべき事実」(刑事訴訟法335条1項)に掲げられた犯罪の構成要件に該当する行為(共謀共同正犯における共謀を含む。)が,同職員の基礎在職期間中に行われていることを指すものと解するのが相当である。
すなわち,上記退職手当返納規定の趣旨に照らし,犯罪行為が行われた結果,勤続報償の対象となるだけの公務への貢献を行わなかったものとみなすためには,対価的関係に類似するものとして,犯罪の構成要件に該当する行為が基礎在職期間中に行われたことを要すると解される。そして,罪となるべき事実は,刑事判決の必要的記載事項であるから(刑事訴訟法335条1項),処分行政庁は,返納命令の発令に当たって刑事判決書のみを基に判断が可能となる上,罪となるべき事実に掲げられた事実は,刑事訴訟において攻撃防御の対象とされていたものであるから,これを基準に判断したとしても退職した職員の手続保障に欠けるところはないといえる。もっとも,共謀共同正犯の事案において,共謀は,罪となるべき事実に摘示される必要があるが,その判示としては,謀議の行われた日時,場所又はその内容の詳細についてまで具体的にすることを要しないとされていること(最高裁昭和33年5月28日大法廷判決・刑集12巻8号1718頁)からすると,処分行政庁が,共謀共同正犯の事案において,罪となるべき事実に該当する共謀行為が行われた日時,場所又はその内容を把握し,返納命令の対象となるか否かを判断するに当たっては,判決理由中の判断を参照し,当該摘示事実の解釈をすることは許され,かつそれが求められているものと解するのが相当である。
(2) 刑事高裁判決が認定した犯罪事実の要旨は,前記第2の3前提事実(3)イのとおりであり,原告自身は収賄罪の実行行為である賄賂の収受行為を行ったとは認定されておらず,原告とAの共謀に基づき,Aが,自己の経営するGの所有する本件土地を売却したことによる換金の利益の供与を受けて,県知事の職務に関して賄賂を収受したと認定されている。すなわち,原告は実行行為を分担しない共謀共同正犯であったと認定されている。
したがって,原告については共謀行為が行われた日時,場所又はその内容が問題となるといえるところ,刑事高裁判決の罪となるべき事実には,原告とAとの間の共謀について,ただ「共謀の上」と摘示するのみであり,その成立時期及び内容等について具体的に摘示していない。そこで,原告が第3期(平成8年9月19日から平成12年9月18日まで)中に,Aとの間で共謀をしたということができるかを,刑事高裁判決の認定判断に照らして検討する必要がある。
ところで,共謀共同正犯における共謀とは,二人以上の者が,特定の犯罪を行うため,共同意思の下に一体となって互いに他人の行為を利用し,各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議(前掲最高裁昭和33年5月28日大法廷判決)を意味し,また,謀議に当たっては,特定の犯罪に関する認識を有していれば,概括的な謀議であっても,また,犯罪の実行行為の詳細細部についてまで謀議であってもよいとされており,さらに,犯罪の実行について一定の条件事態の発生に係らしめるものであっても,犯罪の実行自体が確定的であればよいとされている。以下,この観点から刑事高裁判決が,共謀についてどのように認定しているかについて検討する。
(3) 刑事高裁判決が認定している事実は,概要,次のとおりである。
ア 原告は,平成14年当時,福島県知事であるとともに,Gの筆頭株主であり,また取締役でもあった。また,Aは,同社の株主であるとともに代表取締役社長であった。
イ 福島県発注の公共工事に関し,関係各建設会社は,知事の実弟であり,工事受注に影響力を行使していると目していたAの意向を踏まえた談合を繰り返していた。また,Aも,建設会社の中から本命となる受注業者を選定の上,歴代の福島県土木部長等をして選定した業者への有利な取り計らいをさせ,関係各建設会社に本命となるべき業者を伝達して談合に関与し,選定した業者からは謝礼等として金員を受領し,原告の選挙資金に充てるなどしていた。
ウ Hは,木戸ダム工事受注の営業責任者であった同社従業員のCを通じ,遅くとも平成9年頃から,Aに対し,木戸ダム工事の受注をさせて欲しい旨働きかけていた。
エ Gは,平成11年3月期から多額の経常損失を計上し,経営が悪化していたことから,従来の工場敷地を売却して工場を移転し,余剰金を経営再建に充てざるを得なくなった。同工場敷地は,本件土地及び1200坪の駐車場用地(以下「本件駐車場用地」という。)からなるところ,当面は本件駐車場用地の売却が図られることとなった。
オ Aは,平成11年初め頃,Cに対し,Gの状況や資金調達の必要性を説明した上,Hが本件駐車場用地を買い取ることを求めた。Cは,Hが買い取るには採算面での問題があったことから回答を留保していた。
カ Aは,平成11年4月頃,原告に対し,経営が悪化したGのリストラのために本件土地と本件駐車場用地を売却する予定であること,当面は本件駐車場用地から売却していくことを報告した。
キ Cは,平成11年5月頃,Aから,木戸ダム工事をHに対して発注することに前向きな姿勢を示された。そこで,Cは,原告にも好意ある取り計らいが伝わることを期待し,Hの下請業者であるIに,Aの言い値での買い取りを求め,同社もこれを承諾した。
ク Aは,平成11年9月頃,原告に対し,Hの尽力で本件駐車場用地を同社の関係会社に売却できることになったこと,Hから,木戸ダム工事を受注したいと頼まれていることなどを報告し,原告はこれを了承した。
ケ 本件駐車場用地の売買は,平成11年11月9日に決済され,IからAに対し,3億4800万1566円が支払われた。Aは,その全額を借入の返済やGの運転資金に充てた。
コ Aは,平成11年12月頃,それまでも現金を渡すなどして協力を求めていた福島県土木部長のEに対し,木戸ダム工事の受注についてHに有利な取り計らいをするよう依頼した。木戸ダム工事は,一般競争入札の方法により受注業者が決められる予定とされていたことから,上記依頼を受けたEは,その部下であるFに対し,Hが木戸ダム工事の本命業者である旨を伝え,Hが入札参加資格を満たすように資格要件を調整することを指示した。
サ 原告は,平成12年1月頃,Eに対し,木戸ダム工事の受注業者にはHを検討してはどうかなどと告げ,原告の意中の受注業者がHであることを示唆した。木戸ダム工事の一般競争入札の入札参加資格は,Hが参加できるように定められたところ,同年4月,Fからその旨の報告を受けたEは,これが原告の意に沿うものであるとして了承し,原告に対し,Hが木戸ダム工事の入札参加資格を有していると報告した。
シ 平成12年8月,木戸ダム工事の一般競争入札が実施され,Hを含む特定建設工事共同企業体が落札し,平成12年10月,同共同企業体と福島県は,木戸ダム工事に関する契約を締結した。
ス Gは,本件駐車場用地の売却により当座の苦境をしのいだが,経営危機が抜本的に解決されることはなく,本件土地の早期売却をする必要があった。
Aは,平成12年11月頃,Cに対し,木戸ダム工事受注の謝礼の趣旨であることを暗に示して,Hにおいて本件土地も買い取ることを求めた。Hは,検討の結果,本件土地の買取りは採算上無理との結論に至ったが,Aには木戸ダム工事の受注について世話になったとの思いがあり,これを伝えられないでいた。
セ Aは,建設業者ではない2つの相手先と本件土地の買取りについて交渉をしたが,いずれも成就しなかった。
ソ 平成13年末か平成14年初め頃,Aは,Cに対し,本件土地の買取りの見込みについて尋ねたところ,Cは,原告がGの取締役になっていることが問題とされているなどと述べた。そこで,Aは,原告に対し,本件土地の売却を進める上でHから取締役から辞任することを要請されていると説明し,原告はこれを了解した。
タ Cは,平成14年2月頃,Aに対し,Hが本件土地を買い取ることは困難であると伝えたところ,Aから強く再考を求められた。Aの要請を断ることで,今後の福島県発注工事の受注に支障が生じかねないことを危惧したCは,本件駐車場用地と同様に本件土地をIに買い取ってもらうしかないと考えた。そこで,Cは,木戸ダム工事受注の謝礼の趣旨で本件土地を買い取る必要がある旨暗に示してIに買取りを要請したところ,同社はその趣旨を了解してこれを了承した。
チ Aは,平成14年5月か6月頃,原告に対し,本件土地はHが買い取ることになったことなどを報告したところ,原告は,それが木戸ダム工事の受注の謝礼の趣旨であることを認識してこれを異議なく了承した。
(4) 上記刑事高裁判決の認定事実を基に,罪となるべき事実に摘示された「共謀」の具体的内容について検討する。
ア 刑事高裁判決は,福島県においては,従来から,Aが,福島県知事であった原告に対して,特定の業者が福島県発注の工事を受注するために必要な取り計らいをさせることができていたことや,それを前提に関係建設会社が談合を繰り返していたこと,Hが,遅くとも平成9年頃から,木戸ダム工事の受注をAに働きかけていたことを認定した上で,①Aは,平成11年3月頃には,経営が悪化していたGの経営危機を脱するため,もともとは一つの工場敷地を,本件駐車場用地と本件土地に分けて双方を売却することを計画し,同年4月頃には,当該計画を原告に伝えていたこと,②Aは,当初は本件土地の買取りに消極的な態度を示したHに対し,木戸ダム工事の受注をHがすることに前向きな姿勢を示すことで,本件駐車場用地の買取りを求めたこと,③同年5月頃,Hの意を汲んだIが,本件駐車場用地を買い取ることが決まり,Aは,同年9月頃,原告に対してその旨報告するとともに,Hが木戸ダム工事の受注を求めていることを伝え,原告がこれを了承したこと,④原告は,平成12年1月頃,福島県土木部長であったEに対し,Hが意中の受注業者であることを示唆し,Eは,入札参加資格をHが満たすように調整したことを各認定している(以上の事実は,いずれも第3期の期間中の出来事である。)。
その上で,罪となるべき事実においても摘示しているとおり,⑤Hが,原告及びAの意図どおり木戸ダム工事を落札したこと,⑥平成12年11月頃,Aは,本件土地についても,Gの苦境を救うため,木戸ダム工事落札の謝礼の趣旨でHが買い取ることを求めたこと,⑦Hは,一度は無理との結論に至ったが,Aには,木戸ダム工事の件で世話になったことからそれを言い出せないでいたこと,⑧平成14年2月頃,Aから,将来の福島県発注の工事の受注に支障を来すことになると示唆されたHは,Aや原告から有利な取り計らいを受けたことに対する謝礼の趣旨で,その意を汲んだIをして本件土地を買い取らせたことを認定している。
イ 以上によれば,刑事高裁判決は,原告とAは,Gの経営危機を脱するため,工場敷地であった本件土地と本件駐車場用地の双方を売却する必要があるとの認識を平成11年4月頃までには共有し,平成11年9月ころから,木戸ダム工事の受注業者を実質的に選定することができる地位を利用し,木戸ダム工事の受注を希望しつつ,本件駐車場用地の買取りには採算の問題から消極的態度を示していたHに,その買取りを求めること,入札参加資格の調整に当たってHに有利な取り計らいをすることを各共謀し,原告において,平成12年1月頃,福島県土木部長であったEに対し,Hが意中の受注業者であることを示唆し,これに応じて入札条件が設定されて,第4期に至り,Hを含む特定建設工事共同企業体が落札したとの経過を踏まえ,他への売却が困難であることが確定したことから,当初の計画どおり,Aと原告がHに対し,木戸ダム工事の受注に当たって有利な取り計らいをしていたことをH自体が認識していることを利用し,Aと原告に対する謝礼の趣旨で,Hの意を酌んだIをして本件土地の買取りに応じさせたことを受けて共謀が成立したと認定しているものということができる。
ウ 原告は,刑事高裁判決の罪となるべき事実でも摘示された,本件土地をIが買い取る経緯についての事実は,いずれも第4期に入ってからのものであり,第3期の期間中には,本件土地の売却先について明らかになっていなかったことから,第3期の期間中には共謀は成立し得ない旨主張している。
しかし,第3期の期間中には,本件土地の買取り先がHあるいはIであると決まっていなかったとしても,これまでに説示したとおり,それ以外の事項,すなわち,本件駐車場用地及び本件土地を売却してGの経営再建に充てること,その際に福島県発注工事の受注業者を実質的に選定することができる地位を利用すること,同地位を利用して,Hに木戸ダム工事に関して有利な取り計らいをすること,本件駐車場用地についてはHに買い取らせることのいずれの事項についても,Aと原告との間で,了解事項とされていたといえるのであり,第4期の期間中において改めてAがHに本件土地の買取を求め,最終的にHの意図を酌んだIが本件土地を買い取ったことのみを取り上げて評価するのは相当ではない。むしろ,Aは,第3期に成立した原告の了解に基づく計画について,他社への売却の可能性等も見極めた上で,第4期に実現させたに過ぎず,第4期の期間中に,Aと原告との間で,これとは異なる新たな謀議がされた事実がないことからすると,第3期の期間中に行われた原告とAとの謀議と第4期の実行行為とは連続した一体のものと評価すべきであり,刑事高裁判決が,共謀の内容として,第3期の期間中における原告とAとの謀議を踏まえて,共謀が成立していたと認めたものと解することは何ら妨げられない。
したがって,上記原告の主張は理由がなく,採用することはできない。
エ 以上の認定判断によれば,刑事高裁判決が,罪となるべき事実において摘示している原告とAとの共謀とは,第3期から第4期にかけておこなわれた行為を指しているものと解することができる。
(5) 上記(4)で検討のとおり,刑事高裁判決が摘示した「共謀」は,原告の第3期の期間中の行為も指すものといえることから,罪となるべき事実に掲げられた職員(原告)の構成要件に該当する行為が,第3期に係る基礎在職期間中に行われているといえ,したがって,退職手当返納規定の要件を満たしているものと認めることができる。
そうすると,処分行政庁が,第3期についても返納命令を発したことに違法はない。
第4結論
よって,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 金澤秀樹 裁判官 松長一太 裁判官 島田壮一郎)