大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和24年(行)114号 判決

原告 小松四郎治

被告 岩根村農地委員会・福島県農地委員会

一、主  文

原告の請求を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告岩根村農地委員会が樹立公告した別紙物件目録記載の宅地に対する買收計画を取り消す。被告福島縣農地委員会がした、昭和二十四年八月八日付福農委裁決い第五九六号裁決書による裁決を取り消す。訴訟費用は被告等の負担とする。との判決を求め、その請求原因として、「別紙物件目録記載の宅地は、原告の所有であるが、被告岩根村農地委員会(以下村農委と略称する。)は訴外菅島竜雄の申請により、自作農創設特別措置法(以下措置法と略称する。)第十五條第一項第二号の規定に基き、昭和二十四年五月三日、右宅地について買收計画を樹立公告したので、原告は同年同月十三日被告村農委に対して異議の申立をしたが棄却されたので、被告福島縣農地委員会(以下縣農委と略称する。)に対し訴願したところ、同年八月八日棄却され、原告は同年九月二十六日右処分のあつたことを知つた。しかし右買收計画には次のような違法がある。本件宅地は從來原告が菅島に無償で貸し、同人は同地上に家屋を建てゝ居住していたものであるが、該宅地は原告がその無限責任社員をしている訴外小松合資会社の経営する果樹園等の農場の地域内にあり、菅島の居住家屋が右経営に重大な支障を與えているので、原告は昭和十七年菅島に対し、本件宅地の近くである原告所有の安達郡岩根村大字岩根字三合原六番ノ七十八原野一反九畝二十六歩を菅島に贈與するから、同人の家屋を右場所へ移轉して本件宅地を明渡すよう申し入れ、同人もこれを承諾し、昭和十七年中に明渡を完了することを約した。そこで本件宅地についての原告菅島間の前記使用貸借は、昭和十七年の経過と共に終了したのである。ところが菅島はその後現在に至るも本件宅地を明け渡さないで、不法にこれを占有するものであるから、同人は本件宅地につき措置法第十五條第一項第二号に規定された権利を有しない。しかも同人が本件宅地明渡の約束を履行しないでその買收を申請したことは、民法第一條第二項に規定する信義誠実の原則にも違背するものである。

仮に菅島が本件宅地につき使用貸借による権利を有しているとしても、措置法第十五條第一項第二号の規定に基いて宅地を買收する場合は、同法第三條の規定により買收する農地につき自作農となつた者にとつて、その農地に附属している宅地を併せて買收することが農業経営上必要である場合に限られるのであつて、菅島が單に農家としてその上に自己の居住家屋を所有しているだけで、措置法第三條の規定により買收され、新に賣渡を受けて同人の所有となつた農地とは何等從属性のない別個独立のものである本件宅地を、買收したことは、前記法條の解釈を誤つたものである。仮にそうでないとしても、本件宅地は小松合資会社が果樹園経営のために使用する必要に迫られているものであり、右果樹園は形式上は原告とは別個の存在である右合資会社の経営するところではあるが、実質上は殆ど原告個人の経営も同然のものであるから、結局本件宅地は、措置法第十五條第二項第二号に規定された、所有者が近く自ら使用することを相当とする場合に当る。

仮にそうでないとしても、本件宅地は、前述のように、小松合資会社の経営する果樹園等の農場の地域内にあり、その妨害的地位を占めているから結局措置法第十五條第二項第三号に規定された、宅地の位置環境及び構造等により買收を不適当とする場合に当る。

右措置法第十五條第二項各号の規定は、本件宅地について買收計画が公告された当時には存在せず、その後昭和二十四年六月二十日に同年法律第二一五号として新に公布施行されたものであるが、右規定は農業用施設買收を除外する基準を定めたもので、買收計画公告当時施行されていた措置法第十五條第一項にいうその申請を相当と認めたときはその規定の趣旨を明文化したにすぎないものであるから、前記新規定も当然本件に適用があるものと考える。

よつて被告村農委の樹立公告した買收計画は違法であり、從つてそれを認容した被告縣農委の裁決もまた違法であるから、右買收計画竝びに訴願裁決の取消を求めるため本訴に及んだのである。」とのべ、被告等の本案前の抗弁に対して、原告が訴願裁決のあつたことを知つたのは昭和二十四年九月二十六日である。即ち原告は同年九月七日から北海道方面に出張して同年同月二十六日帰宅し、被告村農委が訴外小松與一に交付してあつた文書を受け取つて、初めて裁決のあつたことを知つたのである。措置法においては、同法施行規則第四條第二項に、遅滯なく裁決書の謄本を訴願人に送付すべき旨を規定しているだけで、送達方法については何等の規定もないから、措置法第四十七條の二に規定する処分のあつたことを知つた日とは処分をうけた者が、文書その他の方法により処分の存在を現実に知得した日をさし、同法附則第七條、行政事件訴訟特例法第五條に規定された、知つた日も同様であつて、民事訴訟法における上訴期間進行の起算日の基準となる判決送達の日が同法所定の連式の送達のあつた日をさし、当事者が現実に送達のあつたことを知つた日をさすものでないのとは異るのである。前記特例法には、民事訴訟法を準用する旨の規定があるが、それは訴訟提起以後において準用される趣旨で、異議、訴願の段階においては準用されないのであり、このことは、訴願等において当事者の責に帰すべからざる理由により不変期間を遵守できなかつた場合、これを救済するための民事訟訴法第百五十九條のような規定のないことから考えても明かである。

仮に民事訴訟法の送達の規定が準用されるとしても、小松與一は原告の事務員でも雇人でもなく、又原告と世帶を別にしていて同居者でもないから、小松に裁決書が交付されたことを以て原告に送付されたものと考えることはできない。

仮に右主張が理由がないとしても、裁決書が小松に交付されたのは昭和二十四年九月二十一日以後であつてそれ以前ではない。

仮に原告の訴が出訴期間経過後に提起されたものであるとしても、措置法に基く買收計画は都道府縣知事による買收令書の交付を経て完結する買收手続の一段階にすぎず、買收計画に違法が存する限り、それに基いてなされた、買收令書の交付という買收処分は違法であり、当事者は買收計画に対する不服を申し立てる権利を失つたとしても、更に買收処分取消の訴においてその違法を攻撃できるから、出訴期間徒過を理由に原告の訴を却下することは訴訟経済上無益である。とのべ、

本案に対する被告等の答弁に対し、所謂いぐねは、あればそれにこしたことはないが、なくても家がもたないことはなく、若し必要であれば、人工的設備を施すとか、木を移植するとかにより、風よけの目的は十分に達せられるから、原告が、菅島に贈與することを約した原野の附近の立木を伐採したことを以て、原告が菅島に対して本件宅地の明渡を求める意思を変更したものということはできない。とのべた。(証拠省略)

被告等訴訟代理人は、本案前の抗弁として、主文同旨の判決を求め、その理由として、被告縣農委による訴願棄却の裁決書は、訴外伊豆田篤子が、被告村農委の依頼によつて、昭和二十四年九月十日原告方に持参し、原告が出張不在のため、同人の同居の親族である養子小松與一に交付したのであるから、この時に原告は裁決のあつたことを知つたものというべきである。ところが原告が本訴を提起したのは同年十月二十一日で、法定の出訴期過を経過しているから、原告の本件訴は不適法である。とのべ、本案について、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、本件宅地が原告の所有であつて、被告村農委が菅島竜雄の申請により、原告主張の規定に基いて、その主張の日に本件宅地につき買收計画を樹立公告したこと、原告がその主張の日に被告村農委に対し異議の申立をしたが棄却されたので、被告縣農委に訴願したところ、その主張の日に棄却の裁決のあつたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件宅地の附近一帶はもと国有林で、明治年間に原告の先代訴外四郎治が拂下を受けたものであるが、同人は菅島竜雄の父訴外西次郎に対し、本件宅地を含む附近の叢林で西次郎が開墾できる範囲の地域を、期間は半永久的、賃料は開墾後三年間は無料で四年目から豆で納める、賃料計算は西次郎が開墾した畑を基礎とし本件宅地は計算の基礎に算入しないとの條件で貸すことを約した。即ち、本件宅地の予定地と、開墾畑予定地とを合して一つの賃貸借の目的としたのであつて、唯賃料算出の基礎を開墾畑予定地で將來開墾できる面積においたにすぎず、宅地は無償で使用させ、畑地は賃貸するというのではなかつた。そこで西次郎は本件宅地上に家屋を建てゝ、農業経営に從事したが、今から十六年前、事実上の隠居をして一家の経営を竜雄に任せ、土地の賃借人としての地位も、原告の承諾の上、竜雄に讓つた。ところが昭和十七年に原告は竜雄に対し、畑のうち約四反八畝歩について、縣の指定地となつたとの理由で、賃貸借を解約する旨申し込んだので、竜雄もこれを承諾した。その際原告から、本件宅地も將來返還してもらうようになるかも知れないが、その時は安達郡岩根村大字岩根字三合原六番ノ七十八所在の一反九畝歩程の土地を贈與するからという話があつたので、竜雄は、到底それは承諾できない旨を表明しておいた。右六番ノ七十八は山林であつたが、原告はその後立木を全部伐採して賣却してしまつたので、元來本件宅地附近は西風が強くて家屋を建てるにはどうしても防風林が必要であることから考えて、竜雄は、原告には、本件宅地の返還を要求する意図はないものと思つて安心したのである。その後昭和二十二年になつて竜雄が本件宅地内に七坪半程の作業場を建てたことに対しても原告は別段異議を申し立てなかつたが、同年八月ころ竜雄は原告方に招かれ、当時の村長も同席しているところで、原告から、右三合原六番ノ七十八所在の一反九畝歩程の裸山を贈與するから、本件宅地を明け渡すよう申し込まれた。そこで竜雄は、外に移轉料として金五万円を贈與してくれれば、その申込を承諾するとのべたところ、原告はこれに應じなかつたので、本件宅地明渡については、結局当事者間に何等の合意も成立しなかつたのである。本件宅地は小松合資会社の経営する農場に近接してはいるがその一部ではなく、又原告は本宮町に本宅をもつ富豪で、本件宅地を農場経営のために是非とも必要とする立場にある者でもない。これに反して竜雄は西次郎の時代から四十二年間も本件宅地に居住して農業に從事し、今次の農地改革によつて田九反五畝八歩、畑七反二畝五歩の賣渡を受けて漸く自作農となつた者で、本件宅地は同人が農業を営む上に是非とも必要であるから、被告村農委が同人の買收申請を相当と認めて本件買收計画を樹立公告したことは適法であり、これを認容した被告縣農委の裁決もまた適法であつて原告の本訴請求は失当であるとのべた。(証拠省略)

三、理  由

本件宅地が原告の所有であつたところ、被告村農委が菅島竜雄の申請により、昭和二十四年五月三日、本件宅地につき、措置法第十五條第一項第二号の規定に基き、買收計画を樹立公告したので、原告が同年同月十三日被告村農委に対して異議を申し立てたが棄却されたゝめ、被告縣農委に訴願したが、同年八月八日棄却されたことは当事者間に爭いがない。

そこで、被告等の本案前の抗弁について考えると、成立に爭いのない乙第一号証中の、被告村農委は被告縣農委の訴願裁決書を昭和二十四年九月十二日伊豆田篤子に託して小松與一に手渡した旨の記載と、証人小松與一の証言中、主人は昭和二十四年九月七日に北海道へ出発した、被告村農委から書類が届けられたのは主人が北海道にたつた直後であるとの供述部分とを綜合すると、被告縣農委の訴願裁決書はおそくとも昭和二十四年九月十二日ころまでには小松與一に交付されたものと認定できる。証人小松與一の証言中、右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。原告は、措置法第四十七條の二に規定された処分のあつたことを知つた日とは処分を受けた者が処分の存在を現実に知得した日をさし、原告は昭和二十四年九月七日から北海道方面に出張し、同年同月二十六日帰宅して初めて、裁決のあつたことを知つたと主張し、証人小松與一の証言竝びに原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告がその主張する期間中不在であつたことが認められるが、右法條にいう処分のあつたことを知つた日とは、訴願につき裁決のあつたことが、裁決書の送達その他の方法により、社会通念上関係者の了知することのできる状態におかれたときと解すべきであり、関係者が処分の存在を現実に知得したか否かを問わないと解すべきである。裁決書の送達方法については、措置法施行規則第四條第二項に「自作農創設特別措置法第七條第五項の規定により都道府縣農地委員会が訴願の裁決をしたときは、都道府縣農地委員会は遅滯なく裁決書の謄本を訴願人に対して送付しなければならない。」と規定しているだけで、他に何等規定するところがないので、処分のあつたことを知つた日を原告主張のように解する余地があるようにも思われるが、若しそのように解するときは、訴訟人が偶々旅行中で何時帰宅するかゞ分らぬ時とか、或は故意に居所をくらましているような時とかには、何時までも裁決のあつたことを訴願人に知らせることができず、從つて出訴期間も進行を開始しないことになり、かくては当事者の恣意によつて法律関係がいつまでも不確定の状態におかれることになつて、その不合理なことは明かであるから、原告の右主張は採用できない。本件において、裁決書が小松與一に交付されたことは前記認定のとおりであるから、これを以て、原告の了知できる状態におかれたものということができるかというと、原告は、小松與一は原告との間に事務員又は雇人の関係にもなく、原告とは世帶を別にしていて同居者でもないと主張するが、証人伊豆田篤子、小松與一の各証言、竝びに原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、小松與一は原告の養子であり、原告宅の近くの別棟の建物に住んでいるが、食事は原告と一諸にしており、砂糖塩等の配給も、原告が受けていて、小松與一自身としては別に受けていないこと、與一は、農場経営の技術方面一切を担当して、原告から三千円くらいの月給を支給されていること、伊豆田篤子は被告村農委から依頼されて、從來もしばしば原告方に書類を届けたことがあるが、大抵小松與一に手渡していたこと及び原告は留守中原告あての封書の受領を與一に一任していたことが認められる。原告と小松與一とが、右認定されたような関係にある限り、小松與一に裁決書が交付されゝば、その時に原告の了知できる状態におかれたものとみるのが相当であり、從つてその時を以て原告が裁決のあつたことを知つた日であるとなすべきであるから、原告は昭和二十四年九月十二日ころに訴願裁決のあつたことを知つたものと認むべきである。そして原告が本訴を提起したのが同年十月二十一日であることは記録上明かであるから、原告の本件訴は自創法第四十七條の二に規定された一箇月の出訴期間を経過して提起された不適法なものである。原告は、買收計画に対する不服を申し立てる権利を失つても、買收処分に対する不服の訴において買收計画の違法を攻撃できるから出訴期間経過を理由に原告の訴を却下することは訴訟経済上無益であると主張するが、訴訟においては、明文のない限り、不適法な訴を容認する訳にはゆかないから原告の主張は採用できない。

以上により原告の請求は却下することゝし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 黒江清 福間佐昭)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!