大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和24年(行)81号 判決

原告 小松久作

被告 福島県農地委員会

一、主  文

被告が、昭和二十四年五月二十六日した訴外佐藤喜代見の訴願を容認し、福島縣北会津郡門田村農地委員会の公告した第十一期農地買收計画から北会津郡門田村大字日吉字石塚南千三百三十六番ノ三宅地四十二坪を削除する旨の裁決は、これを取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

二、請求の趣旨

主文同旨

三、事  実

原告は、その請求の原因として福島縣北会津郡門田村大字日吉字石塚南千三百三十六番ノ一宅地二畝十四歩(現在同番ノ一畑三十四坪及び同番ノ三宅地四十二坪に分筆)は、公簿上宅地となつているが現況は、畑である。その所有権は、訴外松下利平、同関善兵衞、同吉田常松、同佐瀬恒壽、同佐藤留八、同佐藤昭朝と順次移轉したが、原告先代は、約六十年前当時の所有者松下利平から右土地を賃借以來、引き続いて耕作し、先代死亡後は、原告が、これを承継して現在まで耕作を継続してきた。佐藤留八以前の所有者と原告先代との間の賃貸借契約の條項は、判らないが、原告は、佐藤昭朝から分割前の右土地と他の土地とにつき、賃料一箇年玄米一石六斗七升四合、毎年十一月末日拂いの約で、これを賃借耕作してきたところ、訴外佐藤喜代見は、昭和二十三年五月中、右二畝十四歩の土地を買い受けたと称し、事実を無視して、うち東部四十二坪は、宅地、西部三十四坪は、畑であると、原告に承諾させ、原告の耕作を拒絶し、その後、東部四十二坪を訴外猪俣義信に賃貸したと称し、且つ公簿上宅地となつているところから、昭和二十三年十一月佐藤昭朝から所有権移轉登記を受け、更に右土地を千三百三十六番ノ一畑三十四坪、同番ノ三宅地四十二坪に分筆登記を経由した。しかるに右土地は、現況は畑であつて、その所有権の移轉は、知事の許可を要するのに、許可を受けていないから無効であり、分筆登記も又無効である。のみならず、佐藤昭朝は、不在地主であるから、北会津郡門田村農地委員会(以下村農委という。)は右土地につき、買收計画を樹立することを至当とするものである。しかして、右土地に対する村農委及び被告の処置経過は、次のとおりである。即ち、佐藤昭朝は、昭和二十三年五月上旬右土地を他に賣却したと称し、原告に土地引渡を要求してきたので、原告は村農委に対し現地実態調査を請求したところ、村農委は、昭和二十三年六月三日実態調査の結果、農地と認定し、同年七月二十三日原告にその証明書を交付した。これに対し、佐藤喜代見が、異議を申し立てたところ、村農委は、昭和二十三年八月二十三日東部四十二坪は、宅地、西部三十四坪は、畑と認定した。原告は、このような妥協的認定に不服であるので、その直後、そ及買收計画を定めるべきことの請求をしたが、村農委は、認定後であるとの理由で却下した。原告は、昭和二十三年九月二十日附書面で被告に対して村農委にそ及買收計画を定めるべき旨を指示すべきことを請求したところ、被告は、昭和二十三年十一月十七日指示書をもつて、原告の請求を容認し、村農委は、原告に対してした決定を取り消し、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き、買收計画を定めるべき旨指示をした。村農委は、右指示に基き、分筆した四十二坪につき、第十一期買收計画を樹立し、被告に承認方申請をした。佐藤喜代見は、右買收計画に対し、昭和二十四年三月十日買收計画より右農地削除の訴願を被告に提起したところ、被告は、昭和二十四年五月二十六日附をもつて、訴願を容認し、村農委は、四十二坪の農地を第十一期の買收計画から削除すべき旨の裁決をし、原告は、昭和二十四年七月十日以後この裁決を知つた。以上が、村農委及び被告の処置経過であるが、一方原告は、前述の如く、佐藤が、原告の二畝十四歩の土地に対する耕作を拒絶しているので、原告の耕作権確保の必要上、右土地は、元來畑であつて、且つ原告が先代以來賃借権により耕作しているものであり、佐藤喜代見が、公簿上宅地であるのを奇貨として、佐藤昭朝から所有権取得の登記を受けても、無効であるとの理由の下に、佐藤喜代見を相手方として、若松簡易裁判所に、立入禁止の仮処分命令を申請し(同裁判所昭和二十三年(ト)第一八号)、口頭弁論を経て、審理の結果、仮処分命令を得て、これを執行した。次いで、原告は、同訴外人に対し、耕作権確認並びに立入禁止請求の本案訴訟を若松簡易裁判所に提起し(同裁判所昭和二十三年(ハ)第六〇号)、審理の結果、昭和二十四年五月十六日原告勝訴の判決の言渡があつたところ、同訴外人は、福島地方裁判所に控訴し(同裁判所昭和二十四年(レ)第七号)、目下係属中である。更に、同訴外人から右土地を賃借したと称する猪俣義信は、原告の佐藤喜代見に対する仮処分執行につき、第三者異議の訴を若松簡易裁判所に提起し(同裁判所昭和二十三年(ハ)第五六号)、且つ、仮処分執行停止決定を得(同裁判所昭和二十三年(ト)第一九号)、原告の先にした仮処分の執行を停止し、間もなく、右地上に家屋を建築し、目下該家屋に居住している。しかし、一たんした仮処分の執行を停止するだけの仮処分執行停止決定により、家屋を建築し、居住し得るものか、多大の疑問を有するものである。なお猪俣義信から原告に対する本案事件も審理の結果佐藤喜代見に対する判決と同日、猪俣義信の敗訴となつた。以上の如く右四十二坪の土地については、行政処分手続に、民事訴訟手続に幾多の曲折を経たのであるが、要は、昭和二十年十一月二十三日の現況が畑であるか、宅地であるかの一点に帰するものであつて、当時畑であることは、明らかなところである。一方被告が佐藤喜代見の訴願により、本件土地を買收計画から削除することと裁決した理由を見るに、「前記農地は、昭和二十年十一月二十三日当時は、請求のとおり畑として利用されていたところもあつたのである。しかして、かゝる見地は、現在においても、何等変更すべき余地はないと考えられるが、本件農地の現況について、これを考慮するとき、本件農地については、昭和二十四年初めにかい廃され、現況は、すべて買收計画公告以前に農地でなくなつている点よりして、これを農地として買收することは、必ずしも妥当でないと思料される。もちろん、訴外人が本件農地をかい廃した行爲は、関係法令に示された正規の手続をとることなしに行われた点について、別途考慮すべき余地があるが、農地買收の原則的見地よりして、買收そのものには、疑義があるので、かゝる観点より、さきにされた指示にもかゝわらず、要旨のとおり裁決する」とあり、この理由によつても、被告は、右土地が、昭和二十年十一月二十三日当時はもちろん昭和二十四年初めまで畑であることを認め、又昭和二十四年初め佐藤喜代見(事実は猪俣義信)が法令に違反し、不法に畑をかい廃した事実をも認めながら、かい廃されたのが、買收計画公告以前であるから、農地として買收することは、必ずしも妥当でないというのであつて、被告が、村農委に買收計画を定めるべきことを指示したのが、昭和二十三年十一月十七日であることを考慮しないものゝ如く思料されるのみならず、若し、被告がいう如く解するときは買收計画公告以前に畑地、田地の所有者が、正規の手続を経ずしてかい廃すれば、買收不能となり、農地改革の目的は、遂に達せられないことになるような不合理に陷ることになる。從つて、村農委が右四十二坪の土地につき、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き、樹立公告した買收計画には、何等違法がなく、被告又これを維持しなければならないのにもかゝわらず、佐藤喜代見の訴願を容れ、右農地を買收計画から削除すべき旨裁決したのは、違法であるからその取消を求めるため本訴提起に及んだのであると陳述した。(立証省略)

被告は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告の主張事実中、北会津郡門田村大字日吉字石塚南千三百三十六番ノ一宅地二畝十四歩の所有権は、松下利平、関善兵衞、吉田常松、佐藤恒壽、佐藤留八、佐藤昭朝と順次移轉したこと、原告先代が、約六十年前当時の所有者松下利平から右土地を賃借以來、引続いて耕作し、先代死亡後は、原告が、これを承継して現在まで耕作を継続してきたこと、原告が、不在地主である佐藤昭朝から右土地と他の土地とを合わせて、その主張の如き約で賃借耕作してきたこと、佐藤喜代見が、昭和二十三年十一月佐藤昭朝からその所有権移轉登記を経由し、更に、右土地を千三百三十六番ノ一畑三十四坪及び同番ノ三宅地四十二坪に分筆登記を経由したこと、右所有権移轉及び農地のかい廃については、正式の許可を受けなかつたこと、原告が、昭和二十三年五月佐藤昭朝から右土地の明渡を要求されたので、村農委に対し現地実態調査を請求したところ、村農委が、昭和二十三年六月三日実態調査の結果、農地と認定し、同年七月二十三日原告にその証明書を交付したこと、これに対し佐藤喜代見が、異議を申し立てたところ、村農委が昭和二十三年八月二十三日東部四十二坪は、宅地西部三十四坪は、畑と認定したこと、その直後、原告が、そ及買收計画を定めるべきことの請求をしたが、村農委が認定後であるとの理由で却下したこと、原告が、昭和二十三年九月二十日附書面で、被告に対して、村農委にそ及買收計画を定めるべき旨を指示すべきことを請求したところ、被告が、昭和二十三年十一月十七日指示書をもつて、原告の請求を容認し、村農委は、原告に対してした決定を取り消し、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き、買收計画を定めるべき旨指示をしたこと、村農委が、右指示に基き、分筆した四十二坪につき、第十一期買收計画を樹立し、被告に承認方申請をしたこと、佐藤喜代見が、右買收計画に対し、昭和二十四年三月十日右買收計画より右農地削除の訴願を被告に提起したところ、被告が、昭和二十四年五月二十六日附をもつて、右訴願を容認し、村農委は、四十二坪の農地を第十一期の買收計画から削除すべき旨の裁決をし、原告が昭和二十四年七月十日以後この裁決を知つたこと、一方原告が、佐藤喜代見を相手方として、若松簡易裁判所に右四十二坪の土地につき、立入禁止の仮処分命令を申請し(同裁判所昭和二十三年(ト)第一八号)、口頭弁論を経て、審理の結果、仮処分命令を得て、これを執行したこと、次いで、原告が、同訴外人に対し、耕作権確認並びに立入禁止請求の本案訴訟を若松簡易裁判所に提起し(同裁判所昭和二十三年(ハ)第六〇号)、審理の結果、昭和二十四年五月十六日原告勝訴の判決の言渡があつたところ、同訴外人は、福島地方裁判所に控訴し(同裁判所昭和二十四年(レ)第七号)、目下係属中であること猪俣義信が原告の佐藤喜代見に対する仮処分執行につき、第三者異議の訴を若松簡易裁判所に提起し(同裁判所昭和二十三年(ハ)第五六号)、且つ、仮処分執行停止決定を得(同裁判所昭和二十三年(ト)第一九号)、原告の先にした仮処分の執行を停止し、間もなく、右地上に家屋を建築し、目下該家屋に居住していること、猪俣義信から原告に対する本案事件も、審理の結果、佐藤喜代見に対する判決と同日、猪俣義信の敗訴となつたこと及び佐藤喜代見の訴願に対し被告がした裁決の理由中に原告主張どおりの記載があることは認めるが、その余の事実は爭う。四十二坪の土地は、公簿上も、現況も宅地である。右土地は、北会津郡門田村にあるのであるが、事実上は、若松市街地の一部である。佐藤喜代見は、知人の引揚者猪俣義信か、家族が多勢なのに、住宅が無くて困つているのを見兼ねて、これを住まわせるべく、散々物色した結果、漸くこの土地を見つけ、全面積七十六坪(一筆)を買い受けて、これを畑三十四坪と宅地四十二坪の二筆に分筆し、昭和二十三年八月二十三日耕作者である原告の納得を得た上、四十二坪の土地の返還を受け、これを猪俣義信に貸し、猪俣は、古屋を買つてきて、昭和二十三年八月三十一日建築の許可を受けて、こゝに住宅を建て家族七人とともに居住しているのである。原告から攻撃されるとおり地目は宅地でも、事実上は、畑であつたのに、小作契約の解約や、所有権の移轉や、農地のかい廃について正式の許可を受けなかつたことは相違ないが、それは、惡意では無かつたのである。法的にいえば、佐藤のこれ等の欠点があつたことは、あるいは、処罰の対象となるかも知れないし、あるいは、その行爲自体が無効となるかも知れないが、現実は、そ及買收計画の公告以前に行われたことであり、且つこれを覆されるにおいては、猪俣は、家族七人を抱いて全く住むに家なきに至る実情や、原告が、これだけの土地を耕地として失つても、敢えて左程の打撃でもない実情、右土地が近き將來においては、形式上においても若松市の都市計画に組み入れられるであろう事情に鑑みれば、自作農創設特別措置法第六條の二第二項第一号又は第二号の規定に該当するものであるから被告の裁決は、適法であり、原告の本訴請求は、失当であると陳述した。(立証省略)

四、理  由

北会津郡門田村大字日吉字石塚南千三百三十六番ノ一宅地二畝十四歩の所有権は、松下利平、関善兵衞、吉田常松、佐瀬恒壽、佐藤留八、佐藤昭朝と順次移轉したが、原告先代が約六十年前当時の所有者松下利平から右土地を賃借以來、引き続いて耕作し、先代死亡後は、原告が、これを承継して現在まで耕作を継続してきたこと、原告が、不在地主である佐藤昭朝から右土地と他の土地とを合せて、賃料一箇年玄米一石六斗七升四合、毎年十一月末日拂いの約で賃借耕作してきたこと、佐藤喜代見が、昭和二十三年十一月佐藤昭朝からその所有権移轉登記を経由し、更に、右土地を千三百三十六番ノ一畑三十四坪及び同番の三宅地四十二坪に分筆登記を経由したこと、右所有移轉及び農地のかい廃については、正式の許可を受けなかつたこと、原告が、昭和二十三年五月佐藤昭朝から右土地の明渡を要求されたので、村農委に対し現地実態調査を請求したところ、村農委が、昭和二十六年六月三日実態調査の結果、農地と認定し同年七月二十三日原告にその証明書を交付したこと、これに対し、佐藤喜代見が、異議を申し立てたところ、村農委が、昭和二十三年八月二十三日東部四十二坪は、宅地西部三十四坪は、畑と認定したこと、その直後、原告が、そ及買收計画を定めるべきことの請求をしたが、村農委が認定後であるとの理由で却下したこと、原告が、昭和二十三年九月二十日附書面で被告に対して、村農委にそ及買收計画を定めるべき旨を指示すべきことを請求したところ、被告が、昭和二十三年十一月十七日指示書をもつて、原告の請求を容認し、村農委は、原告に対してした決定を取り消し、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き買收計画を定めるべき旨指示をしたこと、村農委が、右指示に基き分筆した四十二坪につき、第十一期買收計画を樹立し、被告に承認方申請をしたこと、佐藤喜代見が、右買收計画に対し、昭和二十四年三月十日買收計画より右農地削除の訴願を提起したところ、被告が、昭和二十四年五月二十六日附をもつて、右訴願を容認し、村農委は、四十二坪の農地を第十期の買收計画から削除すべき旨の裁決をし、原告が、昭和二十四年七月十日以後この裁決を知つたこと、一方原告が佐藤喜代見を相手方として、若松簡易裁判所に右四十二坪の土地につき、立入禁止の仮処分命令を申請し(同裁判所昭和二十三年(ト)第一八号)、口頭弁論を経て、審理の結果、仮処分命令を得て、これを執行したこと、次いで、原告が、同訴外人に対し、耕作権確認並びに立入禁止請求の本案訴訟を若松簡易裁判所に提起し(同裁判所昭和二十三年(ハ)第六〇号)審理の結果、昭和二十四年五月十六日原告勝訴の判決の言渡があつたところ、同訴外人は、福島地方裁判所に控訴し(同裁判所昭和二十四年(レ)第七号)、目下係属中であること、猪俣義信が、原告の佐藤喜代見に対する仮処分執行につき第三者異議の訴を若松簡易裁判所に提起し(同裁判所昭和二十三年(ハ)第五六号)、且つ仮処分執行停止決定を得(同裁判所昭和二十三年(ト)第一九号)、原告の先にした仮処分の執行を停止し、間もなく、右地上に家屋を建築し、目下該家屋に居住していること、右第三者異議事件も審理の結果、佐藤喜代見に対する判決と同日、猪俣義信の敗訴となつたこと及び佐藤喜代見の訴願に対し被告がした裁決の理由中に「前記農地は、昭和二十年十一月二十三日当時は、請求のとおり畑として利用されていたところもあつたのである。しかして、かゝる見地は、現在においても、何等変更すべき余地はないと考えられるが、本件農地の現況について、これを考慮するとき、本件農地については、昭和二十四年初めにかい廃され、現況は、すべて買收計画公告以前に農地でなくなつている点よりして、これを農地として買收することは、必ずしも妥当ではないと思料される。もちろん、訴外人が、本件農地をかい廃した行爲は、関係法令に示された正規の手続をとることなしに行われた点について、別途考慮すべき余地があるが、農地買收の原則的見地よりして、買收そのものは、疑義があるので、かゝる観点より、さきにされた指示にもかゝわらず、要旨とおり裁決する」とあることは、当事者間に爭がない。

よつて、案ずるに、上來認定した事実に、甲第四号証の五及び当事者弁論の全趣旨を総合すると、原告は、以前から北会津郡門田村大字日吉字石塚南千三百三十六番ノ一宅地二畝十四歩を賃借耕作し、昭和二十年十一月二十三日現在においても、これを不在地主佐藤昭朝から賃借耕作していたが、佐藤喜代見は、昭和二十三年五月佐藤昭朝からこれを買い受け、同年八月そのうち本件土地を猪俣義信に賃貸し、同年十一月右土地全部につき所有権移轉登記を経由し、更にこれを千三百三十六番ノ一畑三十四坪と本件同番ノ三宅地四十二坪とに分筆登記を経由したが、佐藤喜代見は前記賣買につき、農地調整法所定の縣知事の許可を受けたものではなく、また本件土地を猪俣義信に賃貸するに際しても、原告から納得の上、その返地を受けたものでないのはもちろん、その解約につき、農地調整法所定の縣知事の許可を受けていないことが明らかであるから、右賣買及び解約は、無効であつて、たとい本件土地が、その後不法に宅地にかい廃されても、原告は、昭和二十年十一月二十三日現在から今日まで引き続き本件土地につき賃借権を有するものといわなければならない。被告は、原告の本件そ及買收計画を定めるべき旨の請求は、自作農創設特別措置法第六條ノ二第二項第一号又は第二号の規定に該当する場合であるから、本件買收計画は違法であり、從つて被告のした裁決は違法でないと主張するが、本件賃貸借の解約など成立していないのであるから、同條同項第一号の規定を適用すべき余地は全然なくまた原告の右請求が、信義に反すると認められるべき事由も見当らないから、同條同項第二号の規定にも該当しない。思うに、当初原告と佐藤喜代見間に本件土地をめぐつて紛爭の端を発し、その勢の赴くところ、民事訴訟手続に、あるいは行政処分手続に錯そうを極めたのであるが、猪俣義信が、本件土地上に家屋を建築したのは、原告が、佐藤喜代見を相手方として若松簡易裁判所に本件土地立入禁止の仮処分を申請し、仮処分命令を得て、その執行を終り、又本案訴訟を提起して紛爭中、猪俣義信は、同裁判所に右仮処分執行に対する第三者異議の訴を提起し、且つ、仮処分執行停止決定を受けて、原告の先にした仮処分の執行を停止し、その後間もなく、本件地上に家屋を建築したものである。かくの如く、当事者間に紛爭が係属していて、権利関係未確定であるのに、右の如き行爲を強行するのは、妥当を欠くものといつて差支えあるまい。しかも村農委は、初め原告の請求により実態調査の結果本件土地を畑と認定しながら、佐藤喜代見の異議の申立により、これを宅地と認定したため、原告は、村農委に対し、そ及買收計画を定めるべき旨の請求をしたが、却下されたので、更に被告に対し、そ及買收計画を定めるべき旨を村農委に指示すべきことを請求したところ、被告は、原告の請求を容れて、その旨村農委に指示し、村農委は、該指示に基き、本件土地につきそ及買收計画を樹立した。しかるに、被告が、佐藤喜代見の訴願により、反轉して、本件土地の現況は、買收計画の公告前にかい廃されていることに重点を置き、本件土地を第十一期買收計画から削除する旨裁決したのは、未確定の紛爭中に、しかも許可を受けないでしたかい廃行爲を軽々に寛容したものであつて、到底賛同することのできないところである。しかして本件土地は、先きに認定したとおり、昭和二十年十一月二十三日においてはもちろん今なお不在地主佐藤昭朝の所有する小作地であり、原告は、本件土地に対し適法に賃借権を有するものである以上、本件土地が、その買收計画の公告前に不法にかい廃されても、はたまた該地上に家屋が建築されても、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基く買收計画の対象となるものであることは、いうまでもないことであるから、同日現在の事実に基く、本件農地買收計画は、適法であるのにかゝわらず、被告が、佐藤喜代見の訴願を容れ、本件土地を第十一期買收計画から削除する旨裁決したのは違法であるから、該裁決は、これを取り消すべきものである。なお本件農地買收計画が、取り消されるにおいては、猪俣義信は、折角建築した家屋を失う結果になるかも知れないが、同人は、紛爭中の権利関係未確定の間に、これを建築したものである。同人が、右の挙に出たのには、相当窮迫した事情があつたであろうとは察するが、同人の保護救済に急なるの余り、法を曲解することは許されないのである。

從つて、原告の本訴請求は、理由があるから、正当として、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 黒江清 野村喜芳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!