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福島地方裁判所 昭和25年(行)24号 判決

原告 鈴木志誠

被告 内郷町農業委員会・福島県農業委員会

一、主  文

被告内郷町農業委員会が、別紙目録記載の宅地建物について昭和二十四年二月一日公告した買収計画を取り消す。被告福島県農業委員会が昭和二十四年三月二十九日原告の訴願に対してした裁決を取り消す。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、別紙目録記載の宅地、建物は、原告の所有であるが、被告内郷町農業委員会(以下町農委という。)は、訴外吉竹久平の申請により、自作農創設特別措置法(以下措置法という。)第十五条第一項第二号の規定に基き、昭和二十三年十二月一日右宅地、建物について買収計画を定め、昭和二十四年二月一日その旨公告した。そこで原告は、町農委に異議の申立をしたが、同年三月九日棄却され、更に被告福島県農業委員会(以下県農委という。)に訴願したが、同年七月二十一日棄却され、その裁決書は、昭和二十五年四月二十五日原告に送達された。

しかしながら、吉竹久平は、本件宅地、建物を使用する何等の権利を有していない。すなわち、本件宅地、建物は、もと原告の兄訴外百沢易興が所有し、同人は、右建物を吉竹久平に対し期間の定なく賃貸していたが、昭和二十一年一月ころ長らく満洲で暮らしていた原告が、その家族と共に帰国してくることを知つたので、これが住居に当てるため、そのころ吉竹久平に対し、右賃貸借の解約を申し入れた。従つて、この賃貸借は、その後六ケ月の経過により終了した。他方、宅地については、これまで吉竹久平といかなる契約も結んだことはないが、仮りに同人が、右宅地について百沢易興と賃貸借契約を結んでいたとしても、前記解約の申入は、この点の解約を含むものであり、かつ右賃貸借は、建物所有を目的としていないから、おそくとも昭和二十二年一月中に終了している。

仮りに、右解約の申入が、その効力を生じないとしても、原告は、昭和二十一年八月ころ、満洲から引きあげ、その住居に困つていたところ、昭和二十二年一月ころ百沢易興から本件宅地、建物の贈与を受け、同年十二月二十八日所有権移転登記を経由した、原告には、妻及び子女三名の家族があり、帰国以来石城郡磐崎村の実兄宅に身を寄せ、とかく不如意な生活を続けているが、右宅地、建物は、依然吉竹久平が、占有使用していて、原告の再三の懇願にもかゝわらず、これが明渡を肯じない。原告にとつて、本件宅地、建物は、唯一の財産であり、しかも速かにこれを使用する必要に迫まられているのに、かような実情を無視して、右宅地、建物を買収の対象とするのは、著しく不当である。

また、本件宅地、建物は幅員約一間半の道路を距てゝ、平市新町に接し、市街地同様の場所にあるばかりでなく、近く右宅地、建物の存する内郷町の一部も平市に編入されることになつており、この附近の農地は、次第に宅地化しつゝある状態にある。かような位置環境からしても、本件宅地、建物を買収することは不当である。

更に、右宅地の時価は、少くとも一坪金八百円であり、また建物の時価は一坪金五百円位であるから、その価格は、合計二十万円を下廻ることはない。しかるに右宅地、建物の買収の対価は、僅かに宅地金八千三十四円、建物金四千四百円合計金一万二千四百三十四円と定められたのであつて、この価格は、全く時価を参酌しないで算定されたものといわざるをえない。

かように、被告町農委の定めた本件宅地、建物の買収計画は違法であり、従つてこれを維持して原告の訴願を棄却した被告町農委の裁決もまた違法であるから、原告は、右買収計画並びに右裁決の取消を求めるため本訴に及んだものである、と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、原告の主張事実中、本件宅地、建物が原告の所有であること、被告町農委が、吉竹久平の申請により、措置法第十五条第一項第二号の規定に基き、原告主張の日に右宅地、建物について買収計画を樹立公告したこと、原告が、その主張のように異議の申立及び訴願をしたが、その主張の日にいずれも棄却されたこと、吉竹久平が、右宅地建物の従来の所有者である原告の兄百沢易興から、右建物を期間の定なく賃借したこと、原告主張の日ころ、百沢易興から吉竹久平に対し、右賃貸借の解約の申入があつたこと、原告が、昭和二十一年八月ころ満洲から引きあげ、その主張の場所に居住していること、昭和二十二年十二月二十八日百沢易興より原告に対する本件宅地、建物の所有権移転登記手続がされたこと、及び本件宅地、建物の買収の対価が、原告主張の金額で定められたことは、いずれも認めるが、その余の事実はこれを争う。吉竹久平は、本件建物のみならず、本件宅地についてもこれを賃借している。すなわち久平の先代訴外吉竹広次は、昭和九年一月十日百沢易興から本件宅地、建物を期間の定めなく賃借し、その後広次の死亡により、久平が相続して、引き続き、右宅地、建物を賃借しているものである。また久平は、広次以来農業を営み、他に住居を求めがたい状況にあるばかりでなく、本件宅地、建物は、農業経営上必要な物件であつて、これを明け渡すならば、久平の生活は、著しく困難になる。従つて、易興の賃貸借の解約申入は、正当の事由を欠くし、また本件宅地、建物を買収の対象とすることも不当とはいえない、と述べた。(証拠省略)

三、理  由

本件宅地、建物が、原告の所有であること、被告町農委が、吉竹久平の申請により措置法第十五条第一項第二号の規定に基き、昭和二十三年十二月一日右宅地、建物について買収計画を定め、昭和二十四年二月一日その旨公告したこと、原告がこれに対し異議の申立をしたが、同年三月九日棄却され、更に被告県農委に訴願したが、同年七月二十一日棄却されたこと、本件宅地、建物が、もと原告の兄百沢易興の所有であつたこと及び右宅地、建物につき、昭和二十三年十二月二十八日易興から原告に所有権移転登記が経由されたことはいずれも当事者間に争なく、証人鈴木蔵吉、百沢易正の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、易興は、同年一月ころ、これを原告に贈与したものであることが認められる。

まず、本件建物の買収計画が違法であるかどうかを判断する。

易興が、本件建物を期間の定なく久平に賃貸したこと及び易興が、昭和二十一年一月ころ久平に対し、前示賃貸借について解約を申し入れたことは、当事者間に争がない。原告は、本件建物を満洲から引きあげてくる原告の住居にあてるため、易興において右解約の申入をしたものであると主張するが、証人百沢易正の証言によると原告は、何等の予告もなく、同年八月ころ突然満洲から引きあげてきたものであることが認められる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は、採用しがたく、他に易興が、昭和二十一年一月ころ、原告の満洲からの引揚を了知していた事実を認めるに足る証拠がないから、原告主張のような事由で、右解約の申入をしたものとは認めがたく、そのほかに正当の事由があつたことについては、原告の何等主張、立証しないところであるから、右解約の申入は正当の事由を欠く無効のものであり、従つて右賃貸借は、依然存続するものであるから、原告は、所有権移転登記を経由すると同時に本件建物の賃貸人の地位を承継したものといわなければならない。

そして証人吉竹久平、草野藤太郎の各証言及び検証の結果を総合すれば、本件建物は、幅員約一間半の道路を距てゝ平市新町に接しているが、その南側は、広大な水田に面し、久平の耕作する約六反歩の田地は、本件宅地と接続しており、また本件物置は、農機具等を格納する場所として使用されていること、しかし久平は、本件宅地上に廐舎一棟、物置二棟を築造していて、本件母屋は、専ら自己及び同居の家族、すなわち同人の母、妻及び子女三名の住居として使用していること及び昭和九年一月ころ、右母屋の南側半分には、斎藤という仕立屋が住んでいたので、広次は、その北側半分を賃借したが、昭和十三年六月ころ斎藤が他に移転したので、広次が南側半分をも賃借するようになつたこと、を認めることができる。他方、原告が、昭和二十一年八月ころ満洲から引きあげ、じ来石城郡盤崎村に居住していたことは当事者間に争なく、乙第三号証、証人百沢易正、鈴木蔵吉の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告の家族、すなわちその妻及び子女三名は、原告より約一月遅れて帰国し、会津にある右妻女の実家に居住していたことその後原告は百沢易正方の六畳一室を借り受けて、妻子と同棲したが、五人家族で不自由であつたため居を転々した末、現住居亀岡方の八畳一室を借り受けたが、なお五人家族のため、手せまで困つていること、原告は、着のみ着のまゝで引きあげ、他に資産もないので、昭和二十二年一月ころから久平に対し本件建物の明渡方を申し出ていたが、久平はこれに応ぜず、かえつて昭和二十三年六月になつて本件宅地、建物を買収すべき旨の申請をしたこと、が認められる。叙上認定事実によれば、本件建物の位置、環境等からその買収を不適当とするか、どうかの点は、しばらくこれをおくも、本件建物中、居宅は、二世帯で使用することができるのであるから、原告は、本件買収計画公告当時少くともその一部の使用を相当とする事情にあつたものといわなければならない、ところで、本件買収計画公告当時施行されていた措置法第十五条第一項の規定には「市町村農地委員会が、その申請を相当と認めたとき」とあるのみで、同条第二項の除外規定は、その後に制定施行されたものであるが、右第二項第二号、第三号の規定の如きは、その制定をまつて、初めて然るものではなく、当然の事理を明文化したものに過ぎないと解すべきものである。その所有者が、近くみずから使用することを相当とする建物の買収申請を相当と認めるべきでないことは、いうまでもないことであつて、このような建物は、右第二号の規定が施行されたから、買収することができなくなつたのではない。それゆえ、このような建物については、その施行前に公告された買収計画であつても、第一項の規定にいわゆる「相当と認め」てはならないものを相当と認めた違法が存するわけである。本件居宅は、前示認定のとおり、本件買収計画公告当時既に原告において、その一部を使用することを相当としていたのであるから、その一部を買収することは、違法である。また一棟の建物の一部は、これをその他の部分と区分するも、それぞれ独立の建物として使用収益し得る構造を備えていなければこれを買収することができないものと解する。然るに本件居宅が、このような構造を有するかどうかについては、何等被告等の主張立証しないところであるから、本件居宅は、全部これを買収すべからざるものと認定するほかなく、また特別の事情の認められない本件では、居宅が買収できない以上、その附属建物である本件物置一棟五坪もまた買収すべからざるものと認定するから、本件建物の買収計画及びこれを維持した本件裁決は、いずれも違法であるといわなければならない。

次に本件宅地の買収計画が、違法であるかどうかを判断する。

被告は、「右宅地についても久平は、その父広次が、昭和九年一月十日易興から賃借して以来、引き続き賃借している」と主張し、証人吉竹久平は「右宅地使用の対価として季節の野菜を提供していた」と、あたかも右主張に副うような証言をするが、右野菜の提供は、宅地使用に対する賃金とは認めがたい。なお同証人は、昭和十九年ころ、本件宅地中約七十坪を地代は一坪十銭の割合で改めて易興から賃貸したと証言するが、右証言部分は措信しない。また乙第一号証の記載中地代二十四銭とあるのは、同証人の証言によれば、本件宅地外の土地使用に対する賃金であることが認められるから、右証言及び乙第一号証によつては、未だ右主張事実を認めがたく、他にこれを認めしめるに足る証拠はない。従つて、久平が、本件宅地につき賃借権を有するものとして定められた本件買収計画は、既にこの点において違法である。仮に、久平が、本件宅地につき使用貸借等による権利を有するものとするも、検証の結果によると、本件建物が、右宅地上に存在していること及び右宅地は、現時一画の区域をなして、右建物のいわゆる敷地と認められる状況にあることが明らかである。然るに、右建物を買収すべからざることは、さきに認定したとおりであるから、その敷地と認められる右宅地のみの買収の許されないことは、宅地と建物との利用関係からするも、また措置法の精神からするも、疑をいれないところである。もつとも証人吉竹久平の証言に検証の結果を総合すると、久平は、本件宅地上に風呂場、二階建廐舎兼物置、バラツク式の物置二個を所有していることが明らかであるが、これらの建物は、母屋である本件居宅の使用ができて、はじめて存在の意味があり、効用を発揮するものと認められるところ、本件居宅は、これを買収してはならないのであるから、本件宅地のうち、これらの建物の存する個所のみを区分して、これを買収することも相当でなく、従つて、本件宅地の買収計画及びこれを支持した本件裁決もまた違法である。

よつて、原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 黒江清 篠原弘志)

(目録省略)

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