福島地方裁判所 昭和25年(行)37号 判決
原告 菅野政春
被告 移村農業委員会・福島県農業委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告移村農業委員会(当時移村農地委員会)が昭和二十三年八月十六日別紙目録記載の農地についてした売渡計画を取消す。右売渡計画に関する原告の訴願について、被告福島県農業委員会(当時福島県農地委員会)が昭和二十五年五月二十日にした訴願棄却の裁決を取消す。訴訟費用は被告らの負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として、
一、別紙目録記載の農地はもと訴外松崎市郎の所有であつたが、昭和二十二年十二月二日政府が自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条第一項第三号の規定によつて政府がこれを右市郎から買収し、被告移村農業委員会(当時移村農地委員会以下同じ。なお以下村農委と略称する。)は昭和二十三年八月十六日第四回農地売渡計画において右土地を訴外松崎精吉に売渡す計画を樹て、公告したので、原告は被告村農委に異議の申立をしたところ、右異議は同年九月十五日棄却となり、原告は更に同月二十四日被告福島県農業委員会(当時福島県農地委員会、以下同じ。なお以下県農委と略称する。)に訴願したが、被告県農委は昭和二十五年五月二十日右訴願を棄却する裁決をし、その裁決書は同年十月五日原告に交付せられた。
二、しかし右農地は原告が前記市郎から長年にわたり借り受け、昭和二十年度まで耕作してきたが、昭和二十一年に至り、地主市郎からこれが返還の申入があり、やむを得ず右土地を同人に返還し、生活に困るところから、福島県双葉郡大野村に出稼ぎをしたが、その結果が思わしくなく、翌年には同県田村郡移村に帰来した。ところが帰来してみると右土地を昭和二十一年から地主市郎が前記精吉に贈与すると称して耕作せしめていたので、原告は昭和二十二年五月精吉からこれを昭和二十四年十一月末日までの期限で借り受け、その他の農地についても従前どおり耕作し現在に及んでいる。
三、従て右農地については昭和二十年十一月二十三日現在においてはもとより前記経緯のもとに現在も原告が耕作中で、僅に昭和二十一年度一ケ年限り耕作した松崎精吉に売渡すことは違法の措置である。
以上の次第であるから、被告村農委が樹てた本件売渡計画及び被告県農委がした本件訴願棄却の裁決は、いずれも違法であつて取消されるべきであると述べた(立証省略)。
被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、
一、原告主張の請求原因中第一項の事実は認める。
二、同第二項及び第三項中原告が市郎から右農地を長年にわたり借り受け、昭和二十年度まで耕作してきたこと、原告が右農地をその買収の時期すなわち昭和二十二年十二月二日に現実に耕作していたことはいずれもこれを認めるが、その余は否認する。原告は右農地を含め約八反歩田畑を耕作していたが、昭和二十年の収穫後前記大野村に在る農地開発営団の開発地に入植開拓するため、同村に一家転住を計画し、右農地は昭和二十一年一月中旬地主市郎と賃貸借を合意解約のうえ返還し、その他の小作地もそれぞれ地主に返地し、自作地は親族に耕作を委託した後、同年四月十一日一家を挙げて同村に移住した。ところが原告の前記入植開拓は余剰地がなく実現せず、同村に世帯を持ち、日雇稼ぎ等をして暮している中、前記移村に残してきた自分の所有農地が不在地主の農地として買収されることを恐れて、昭和二十一年九月二十七日同村に帰来したが、当面の生活に困るところから、同村の農地委員の斡旋により、さきに市郎に返地し、じ来精吉が市郎から使用貸借により耕作していた右農地を、同人から原告主張の時期に、原告主張の期限まで借り受けたものである。なお精吉は市郎の弟で両名の亡父生存中に右農地は将来市郎から精吉に贈与することになつていたものである。従て原告が右農地をその買収の時期に耕作していたのは前記のような特別な事由による一時的貸借によるもので右農地の右買収時における本来の耕作者は貸与者である精吉である。
よつて右農地につき、その買収時の本来の耕作者である精吉を売渡人とした被告村農委の本件売渡計画及び被告県農委の本件訴願棄却の裁決は、いずれも正当であつて、原告の請求は理由がないと述べた(立証省略)。
三、理 由
別紙目録記載の農地はもと松崎市郎の所有であつたが、昭和二十二年十二月二日政府が自創法第三条第一項第三号の規定によつてこれを右市郎から買収し、被告村農委は昭和二十三年八月十六日第四回農地売渡計画において、右農地を松崎精吉に売渡す計画を樹て、公告したので、原告は被告村農委に異議の申立をしたところ、右異議は同年九月十九日棄却となり、原告は更に同月二十四日被告県農委に訴願したが、被告県農委は昭和二十五年五月二十日右訴願を棄却する裁決をし、その裁決書は同年十月五日原告に交付されたこと、原告が市郎から右農地を長年にわたり借り受け、昭和二十年度まで耕作してきたこと、原告が右農地をその買収の時期すなわち昭和二十二年十二月二日に現実に耕作していたことは当事者間に争がない。甲第一乃至第三号証、乙第一乃至第三号証、乙第四号証の一、二、証人松崎市郎、松崎精吉、浦山清美、梅津豊臣、松崎浩江、菅野多計郎の各証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告は、自作田一反一畝歩、畑五反九畝歩、小作田合計約三反六畝歩(右農地を含む)を耕作していたが、昭和二十年末ころ前記大野村に入植開拓のため、一家転住を計画し、翌昭和二十一年一月右農地につき当時の地主市郎と賃貸借契約を合意解約のうえ返還し、その他の小作地もそれぞれ地主に返地し、自作田畑は親族にその耕作を依頼し、同年四月中旬同村に一家を挙げて移住したが、入植開拓の希望は余剰地がなく思わしくなかつたので、同年九月二十七日再び前記移村に帰来したこと、右農地は原告が市郎に返還してから直ちに同人の弟精吉が同人から使用貸借を受けて耕作していたこと、原告は帰村後当面の生活に困るところから被告村農委に泣訴して従前の小作地の借地方斡旋を申入れ、同農委の尽力と承認のもとに右農地を小作料玄米二斗八升(但し金納のこと)、契約期間昭和二十二年五月から昭和二十四年十一月末日までの約束で精吉から賃借し、昭和二十二年六月六日その旨の小作契約書(乙第一号証)を作成したこと、原告が右の契約を精吉と締結したのは地主市郎が右農地は将来精吉に贈与することになつており、現在同人に耕作させ実権は同人にあるから右農地の賃貸借契約は精吉と締結するよう原告に話したことによること、精吉が右契約を締結するに至つた事情は被告村農委の斡旋と原告の窮境に同情したこと及び原告が三ケ年経てば山を開墾し、生活も安定するから前記期限が到来すれば必ず右農地を返還すると確約したことによること、原告は右農地と共に自作地はもちろん他の従前の小作地についてもそれぞれ地主から賃借し、現在まで耕作を継続してきたことを各認定することができる。証人松崎市郎の証言中、右農地は昭和六年精吉に贈与し、所有名義だけ自分になつていた旨の供述部分は証人松崎精吉の証言、乙第四号証の一、二と比照し容易に措信し難い。
又証人菅野多計郎の証言、原告本人尋問の結果のうち原告は昭和二十一年に至り右農地を地主市郎から返還を強硬に迫られやむを得ずこれを同人に返地し、生活に困るところから前記大野村に出稼ぎをした旨の供述部分はこの点に関するその余の前掲各証拠に照し措信し難く他に右各認定を左右するに足る証拠はない。
そこで自創法の規定により右農地の売渡を受くべき適格者が原告であるか又は松崎精吉であるかについて考えるに、前記認定の事実に徴するときは、原告が前記移村に帰来した後の右農地に関する精吉との間の前記賃貸借は、その動機内容からみて一時的のものであることが明らかである。すなわち精吉は、使用貸借による本件農地の小作農であり、原告は精吉から本件農地を一時転貸を受けた小作農である。ところで自創法施行令第十七条第一項第一号の規定によれば自創法第三条第一項第三号の規定によつて買収された農地については、買収の時期において当該農地につき耕作の業務を営む小作農を売渡の相手方とすることになつているが、右施行令の前記法条第五号の規定によれば、疾病、就学、応召、公務就任、その他やむを得ない事由によつて、みずから耕作することができないため、本来の小作農から一時転貸を受けた小作農が、買収の時期において当該農地について耕作の業務を営んでいても、市町村農業委員会が転貸人である本来の小作農が近く耕作するものと認め、かつ耕作を相当とする場合は都道府県農業委員会の承認を受けてその農地を転貸人である本来の小作農に売渡すこともできるわけである。ひるがえつて本件をみるに精吉が原告と右農地を一時転貸するに至つた事情は、先きに認定したように被告村農委の斡旋もあることであり、また三年も経てば原告は山を開墾して生活も安定するであろうから三年後には必ず右農地を返還すると確約したので、精吉は、原告のさしせまつた窮境に深く同情して右転貸をしたものであるから、右の事実から判断すると、精吉は叙上の已むを得ない事由でみずからの耕作をやめて、これを原告に転貸したものと認定するのが相当である。被告村農委は、右転貸借を斡旋したものであるから、これら総ての事情を知つていたのは無論のことであり、また証人浦山清美、梅津豊臣の各証言によれば、右転貸借については、三年後に返地するという点に重点がおかれていたことが明らかであるから、被告村農委は、よくこれらの事情を勘案し、かつ右農地を精吉に耕作させるのを相当と認めて本件売渡計画を定めたものと推認することができる。もつとも被告村農委が前記施行令第十七条第一項第五号及び同条第五項の規定により本件売渡計画を定める前に被告県農委の承認を受けたことについては被告らの何ら主張立証しないところであるが、冒頭認定のとおり、前記売渡計画に対してはその後原告から被告県農委に訴願し、同委員会において審議の結果原計画を相当と認めて訴願を棄却したのであるから、前記売渡計画は結果において被告県農委の承認を受けたことになるのであるから、事前の承認を受けなかつたとしてもそのかしは右の事後承認によつて既に治ゆされたものと解するのを相当とする。以上の理由により前記売渡計画において売渡の相手を松崎精吉と定めたのは正当であつて、違法の点はなく、又これを認容して原告の訴願を棄却した被告県農委の本件裁決にも何ら違法の点はないから、被告村農委の本件売渡計画及び被告県農委の本件訴願棄却の裁決の取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 西川正世 中谷直久)
(目録省略)