福島地方裁判所 昭和26年(ワ)135号 判決
原告 柴山桂
被告 国
一、主 文
被告は原告に対し金四万六千百円及びこれに対する昭和二十六年八月二十一日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分しその一を原告の負担としその余を被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金五万四千百円及びこれに対する昭和二十六年八月二十一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
福島地方裁判所執行吏緒方新次郎は、訴外福島トヨタ自動車株式会社の委任を受け、同会社の訴外渡辺徳に対する債権の強制執行として、昭和二十五年五月ころ渡辺所有の有体動産を差し押え、その競売期日を昭和二十五年五月二十二日と定めた。原告は、当時渡辺に対し弁済期を徒過した二口の債権、すなわち金十五万円及び金五万円の債権を有していたので、土屋芳雄弁護士に委任し、昭和二十五年五月二十日緒方執行吏に対し右差押財産の売得金、の配当を要求した。この要求は、適法にされたものであつたが、緒方執行吏は、故意又は過失により、何等法定の手続をとらないで、前記競売期日に右差押財産の競売を実施し、執行費用を除いた売得金金五万九千百五十円のうち金五万五千四百三十一円十銭を右会社に交付した。
原告は、昭和二十五年八月二十一日渡辺に対する前記債権につき、福島地方裁判所で原告勝訴の給付判決を受け、この判決は控訴なくして確定したが渡辺は弁済資力を欠いていて、これに強制執行をしても実効を期することができない現状にある。しかし右配当要求につき、適法な手続が進められていたならば、競売期日における前記会社の債権額は、金五万五千四百三十一円十銭だつたのであるから原告は、売得金から少くとも金四万六千百円を受けることができたはずである。更に、原告は本訴を提起するに当り、土屋弁護士に訴訟代理を委任し、その手数料として金八千円を支払うことを約したので、結局原告は合計金五万四千百円の損害を被つたことになる。
右の損害は、国の公権力の行使に当る緒方執行吏がその職務を行うについて生じたものであるから原告は被告に対し金五万四千百円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和二十六年八月二十一日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求めるため本訴に及んだものである。
と述べた。
<立証省略>
被告指定代理人等は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、原告の主張事実中福島地方裁判所執行吏緒方新次郎か、福島トヨタ自動車株式会社の委任を受け、昭和二十五年五月ころ渡辺所有の有体動産を差し押え、その競売期日を昭和二十五年五月二十二日と定めたこと、原告が当時渡辺に対しその主張のような二口の債権を有していたこと、土屋弁護士が原告の委任を受け、昭和二十五年五月二十日緒方執行吏に売得金の配当を要求してきたこと、緒方執行吏がこの配当要求につき、法定の手続をとらなかつたこと。緒方執行吏が競売期日に差押財産の競売を実施したこと、その後原告主張の債権につき、その主張のような判決がありこれが確定したこと及び昭和二十五年五月二十二日現在における右会社の債権額が金五万五千四百三十一円十銭であつたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実を争う。
売得金の総額は金六万円であり、緒方執行吏は、これから執行費用金九百四十四円を控除し、前記会社に対し、右債権相当額を交付し、その剰余金金三千六百二十四円九十銭を渡辺に交付した。又原告主張の判決は、昭和二十六年一月二十六日に言渡があり、昭和二十六年二月十二日に確定した。従つて原告が右売得金から配当を受け得たとすれば、その額は原告主張の金四万六千百円を上廻るはずである。
ところで、緒方執行吏が原告の配当要求につき、適法な手続をとらなかつたのは、土屋弁護士が、昭和二十五年五月二十日緒方執行吏のところへ配当要求申立書を持参して来た際、同執行吏が「原告の債権は係争中であるから配当要求をすることはできない」といつたところ、同弁護士は、右申立書を持ち帰つたためである。
仮に、原告がその主張のような損害を被つたとしても、本訴の提起について土屋弁護士に支払うことを約した金八千円と緒方執行吏の右行為とは法律上の因果関係がない。又金四万六千百円の損害の発生については、原告にも過失がある。けだし緒方執行吏が原告の配当要求を拒んだことは、違法なのであるから原告としては直ちに執行方法に関する異議を申立てて、これが是正を計りさえすれば右の損害は生じなかつたはずであり、しかもこの申立は容易にすることができるからである。従つて原告のこの点の過失は賠償額算定の上で考慮されるべきものである。
と述べた。
<立証省略>
三、理 由
福島地方裁判所執行吏緒方新次郎が、福島トヨタ自動車株式会社の委任を受け同会社の渡辺徳に対する金銭債権の強制執行として、昭和二十五年五月ころ渡辺所有の有体動産を差し押え、その競売期日を昭和二十五年五月二十二日と定めたこと、原告が渡辺に対し当時弁済期を徒過した二口の債権、すなわち金十五万円及び金五万円の債権を有していたこと、土屋弁護士が原告の委任を受け昭和二十五年五月二十日緒方執行吏に右差押財産の売得金の配当要求をしたこと及び緒方執行吏が右要求につき適法な手続をとらないで競売手続を完結させたことは、いずれも当事者間に争がない。
そこでまず、緒方執行吏が原告の配当要求について法定の手続をとらなかつたことにつき故意又は過失があるかどうかを考えるに、甲第一号証、第二号証の一、二、乙第一号証、証人土屋芳雄の証言及び原告本人尋問の結果に本件弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
土屋弁護士は原告の委任を受け、前記二口の債権につき差押財産の売得金の配当を要求するため、昭和二十五年五月二十五日執行吏役場に行き、配当要求書の書式を尋ねた。その際緒方執行吏は原告の債権が福島地方裁判所で係争中であることを聞き、かような債権については配当要求をすることはできないといつたので、土屋弁護士は係争中であつても債権を有している者は配当要求をすることができるのだから、疑問があれば裁判所の意見も聞いてもらいたいと答え、一旦自宅へ引き取つた上配当要求書を作成し、これを執行吏役場へ提出した。緒方執行吏はたまたま不在であつたが、帰庁してから右要求書を見、同日夕刻ころ土屋弁護士に電話をかけ、原告の債権は、係争中なのであるから配当要求をすることはできない。とさきの意見を述べ土屋弁護士はそんなはずはないから裁判所の意見を聞いて処理してもらいたい、と応酬し両者ともども釈然としないままに電話をきつた。しかるに、緒方執行吏は自己の見解が誤つているか否かについて何等の調査もしなないまま適法にされた右配当要求を無視し、競売期日に前記差押財産の競売を実施し、同日その売得金金六万円から執行費用金九百四十四円を除き、前記会社の同日現在における債権相当額金五万四百三十一円十銭を同会社に交付し、その剰余金金三千六百二十四円九十銭を渡辺に交付した。この手続が終つてから緒方執行吏は、執行吏役場を訪ねてきた土屋弁護士に本件配当要求は違法だから受理できないと述べて要求書を同弁護士に返戻した。
右認定に反する証人緒方新次郎の証言部分はにわかに信用しがたく他に右認定を左右するに足る証拠はない。
ところで、民法に従つて配当を要求し得る債権者である以上その債権が係争中であると否とを問わず売得金の配当を要求し得ることは、民事訴訟法第五百八十九条の規定するところである。この規定は、解釈上の疑義もなく又一般にしばしばその適用を見る規定なのであるから執行吏としては、その職責上知つておくべきであり、少くとも僅かの時間を費して調査をすれば直ちに正確な知識を得ることができるのである。ところが緒方執行吏は係争中の債権については配当要求をすることができないものと誤解し、土屋弁護士から、同執行吏の見解が誤りであることを指摘されながら何等の調査をも試みず一旦受理した原告の配当要求を無視し原告をして売得金の配当手続に与からしめなかつたのであつて、右所為につき緒方執行吏は少なくとも過失があるものといわなければならない。
そこで以下損害の有無ないし損害額の範囲について判断する。
一、執行吏が不法に配当要求を拒んだとしても配当要求をした債権者はその債権の全部又は一部を失うわけではなく、若し債務者にして充分の資力を有しているならば債権者は売得金から配当を受けなくとも、その債権の満足を計ることができるのであるから、右不法行為によつて損害を被むることはないわけである。いいかえると配当要求権侵害による損害は債務者の無資力または資力不足のため債務者がその債務の全部または一部の弁済を受けることができなくなり、債権が実質上無価値となつた数額の限度において生ずるのである。右損害は、不法行為当時における債務者の資力如何によつて通常当然に生ずる損害であるからその数額は一応は不法行為当時における債権者の資力を標準として算定することができるのであるが、債務者の資力が右不法行為後これに基く損害賠償請求の判決時までの間に回復増大し、債権者が債務の弁済を受け、または通常の注意をもつてすれば弁済を受け得たであろう金額の限度において減縮されるものと解するのが相当である。
本件において、前記競売期日現在における渡辺に対する福島トヨタ自動車株式会社の債権額が金五万五千四百三十一円十銭であり、原告のそれが金二十万円であつたことは、さきに認定したとおりであり又原告が右金二十万円の債権について、昭和二十六年一月二十六日福島地方裁判所で原告勝訴の給付判決を受け同判決が控訴なくして確定したことは、本件弁論の全趣旨に徴し明らかであるから若し原告の配当要求について適法な手続がとられていたならば原告はおそくとも右判決確定以後、前認定の売得金から少くとも金四万六千百円を受け得たはずである。しかるに、甲第四号証、乙第二号証、証人緒方新次郎の証言及び本件弁論の全趣旨によれば原告は、昭和二十七年一月二十五日前記判決正本に基づいて渡辺に対し強制執行をしたが、金四万五千九百円程度の有体動産を差し押え得たにすぎず他に渡辺は多くとも時価金三千円程度の資産を有するにすぎないことが認められる。この事実によれば、渡辺は本件不法行為当時から現在まで原告に対する債務を完済し得ない状態にあるものと推測されるから原告は前記金四万六千百円相当の損害を被つたものと認めざるを得ない。
被告は、「緒方執行吏の処分について原告が直ちに執行方法に関する異議を申し立てなかつた点において原告にも過失がある」と主張し、原告が右異議の申立をしなかつたとは、原告の明らかに争わないところであるが、さきに認定した事実によれば緒方執行吏と土屋弁護士との間で原告の配当要求をめぐつて二、三応酬があつたものの緒方執行吏がこれを受理しないことをはつきりさせて、その要求書を土屋弁護士に返したのは売得金の支払を完了した後なのであるから仮に原告に執行方法に関する異議の申立をすべき義務があるとしても、原告としては右申立をすることができなかつたものであり、従つて被告の右主張は採用しがたい。
二、次に原告は「本訴を提起するに当つて、その訴訟代理を土屋弁護士に委任し、同弁護士に対し手数料として金八千円を支払うことを約し、これと同額の損害を被つた。」と主張するので考えるに原告主張の右損害金が執行吏の不法行為により生じた損害賠償請求権を実行するに当つて要したものであることは、その主張からして明らかである。かような費用は加害者の不法行為が明白であつて賠償義務のあることが明らかであるにもかかわらず加害者が言を左右にして、被害者の請求を不当に争つたために生じた場合に限り、その不法行為と右費用との間に因果関係が存するものと解するのが相当である。原告が本訴を提起するに当り土屋弁護士に訴訟代理を委任しその主張のように手数料を支払うことを約したことは、原告本人尋問の結果によりこれを認めることができるが本件不法行為の態容損害額算定の基準、従つてその範囲等は必ずしも明白なものとはいいがたく、又被告において不当に争つた形跡も認め得ないから原告主張の損害と本件不法行為との間には、法律上の因果関係を欠くものといわなければならない。
そうすると、原告の本訴請求は被告に対し金四万六千百円及びこれに対する昭和二十六年八月二十一日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める限度において正当として、これを認容すべきであるが、その余は失当としてこれを棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十二条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長 斎藤規矩三 菅家要 篠原弘志)