福島地方裁判所 昭和27年(ワ)12号 判決
原告 丹治住治 外一名
被告 丹治富三 外一名
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等は「福島家庭裁判所昭和二六年(家イ)第六九号推定相続人廃除調停事件につき原告両名と、被告両名との間に昭和二六年一〇月二三日成立した調停が無効であることを確認する、訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。
「被告富三は原告等夫婦の子であり、被告トラは被告富三の妻であるが、被告富三が被告トラと結婚してから、原被告の間が不和となり、被告等は原告等父母に対して侮辱暴行を加えること一再でなく、これに対して原告等はなるべく円満に解決したいと考えたびたび親族や警察官などを煩わし被告等に意見もしてもらつたが、被告等は少しもその態度を改めず、ことに我意強く慾に走つて原告等をじやま者扱いにする被告トラは被告富三をもそそのかして原告等に対して目に余る非行に出るのであつた。
その主なものを挙げれば、
1 昭和二二年原告よしが病中親類から借りていた米を返すため、倉から白米を取出したところ、被告富三はこれを怒つて鎌を手にして老母よしにおそいかかり、二階に逃れたよしを階下に引ずり下したのを原告住治が制止すると、被告富三は原告住治を押倒し暴行を加えた。
2 昭和二三年四月原告よしが入院したとき、野菜調味料などをとどけるよう看病に当つていた者から被告等に伝えたのに、これを顧みなかつた。
3 昭和二三年一月原告住治は入浴しようと風呂場に行くと、孫の真作が入浴中であつたが、被告富三はこれを見るや原告住治に「他人が入つているところに入るやつはあるまい」といい、原告住治が「はいれといわれたので来て見たのだ」と答えたところ、被告富三は原告住治に打つてかかり、はだかのまま逃げる原告住治を追いまわし暴行を加えた。
4 昭和二四年四月被告富三は無断で米麦供出名義を原告住治から自分に変更するよう手続をすませてしまい、原告住治が自ら、また親類の者や警察官もたのんで被告富三に名義を戻すようたのみ、説いてもらいもしたが、被告富三はこれをきき入れなかつた。
5 昭和二四年八月被告富三は原告よしに対して「二階の畳を持つて来ておれにしかせろ」といい、原告よしが夫不在だからとことわるや、被告富三は原告よしのねていた布団をはぎとり、逃れる原告よしを背後からだきしめふりまわすなどの暴行をした。
6 昭和二四年秋原告住治がリヤカーにまゆを積んで引き出そうとすると、被告富三はこれを引き止め、原告住治をリヤカーに強圧しその肋骨を痛ませた。
7 昭和二四年一一月被告富三は父である原告住治説諭方を福島市警察署に願出たというので居村駐在巡査が来訪したが、かえつて被告等の非をきかせられて被告にいろいろ説いたので、被告富三も非を覚つたか、供出名義を原告住治に復すること、倉庫のかぎを同原告に返すこと、被告富三が受取つていた供出代金を原告住治に渡すこと等の話合ができた、然し原告住治が翌日被告富三から受取つた供出代金預入の通帳には代金七〇、〇〇〇円中一五、二〇〇円余りを除いて払出してあり被告富三はこれを勝手に使つてしまつていて、そのままにしてしまつた。
8 昭和二五年一月被告富三は原告よしに魚を買つて来いというので原告よしが父の原告住治が不在だからいるときにしたらよかろうと答えたところ、被告富三はこれを不満とし、原告よしを後から火のもえているろに顔を押しつけるようにし、ろばたの金さくに胸を強圧した。
9 昭和二五年九月原告等が翌日せり市に出す予定であつた子牛の母牛を被告が終日使役したので、原告住治がこれを注意したところ被告富三は原告住治におどりかかつて、その顔をなぐり、多量の出血をさせた。
10 同年一一月被告トラは原告住治に対し全財産と耕作権とを譲れと強要し、口をゆがませ舌を出して侮辱した。
11 昭和二六年六月一五日飼牛が甘藷なえを食べてしまつたので、原告住治が被告富三に注意したところ、被告富三は「やかましい」といいながら、原告住治を押し倒し足を引つぱつて二階から引きずりおろそうとし、原告住治は打いたみをうけた。
12 被告トラは原告よしの顔を手でさすり、「つのが生えていないか」などといつて侮辱した。
右のように、原告等は被告等の原告父母に対する言語道断な非行にはたえ難く、また被告等と同居していてはいついかなる暴力を加えられるかも測り知られないので、被告富三を原告等に対する相続人たる地位から廃除し、被告等を別居させたく、昭和二六年六月二七日被告富三を相手方、被告トラを利害関係人として福島家庭裁判所に「被告富三の推定相続人廃除および同被告に対し福島市大字清水町字赤根二五番外の畑二反三畝六歩を無償で耕作させ、同市大字伏拝字清水内三五番イ地上の木造かわらぶき二階建居宅一棟を提供して別居せしめ、牛一頭牛車一台を無償使用させる」との旨の調停申立におよんだ。
右申立について調停委員会は種々あつせんの上、昭和二六年一〇月二三日に至り、次に述べるような調停条項を原被告双方に示しその諾否をたずねた。原告住治はほとんどつんばに等しいほど耳がよくきこえぬものであり、原告よしは理解力がたらなかつたためもあり、いずれも異議を申立てなかつたので、異議なく承諾したものと認められ、右調停条項を書面にした上さらにこれを原告等に対しても読みきかされたが、原告等は前述の理由でその内容を十分に理解せぬままに、別段不服の意思表示をすることもしなかつたので、原被告間の意思合致したものとして次のような調停が双方の間に成立するに至つた。すなわちその内容は、
一 原告等と被告等とは別々に生活すること、
二 原告等は被告等に対し福島市大字伏拝字清水内二五番地家屋番号七九番木造草ぶき二階建居宅、建坪四九坪二階坪二二坪、ただし右居宅西側の炊事場を除く、同所土蔵造かわらぶき平家建物置、建坪一八坪五合、牛舎建坪六坪を無償で使用させること、
前同所土蔵造かわらぶき平家建倉庫建坪一〇坪は当事者双方で使用すること、
三 原告住治は被告富三に対し同被告が現在耕作している耕作地中福島市大字清水字内田六三番地畑四畝歩を除いたその余の耕作地全部を無償で耕作させること、
四 原告住治は被告富三に対してその耕作地に植えてある柿の木二〇本を贈与すること、ただし贈与する柿の木については当事者間に協議して定めること、
五 被告富三は原告等に対しその生活資料として昭和二六年一一月以降収穫する収穫物中毎年、うるち玄米七俵半、もち玄米一俵、大麦一俵、小麦一俵、大豆二斗、小豆五升、馬鈴しよ二俵、甘しよ一俵、食油三升をいずれも収穫後直ちに交付すること、
六 原告住治に対する昭和二七年度以降の公租公課の一切は被告富三において納入すること、
七 原告住治は飼育中の和牛(親牛)一頭を被告富三に贈与すること、
八 被告富三は節句祝祭日には原告両名を招待すること、
九 法要は原告住治が営み、そのまかない(ただし家屋内でできるもの)は被告富三がすること、
一〇 原告よしは親族の婚姻、式のため必要あるときは被告等の婚姻のときに用いた内掛を使用でき、かつ原告よしが欲するときはこれを保管することができること、
ところが、その直後原告等は右調停条項を記載した書面を借りて読んで見てはじめて右調停条項中には原告等の申立てた次の重要事項がぬけており、あるいは原告等の意思とは違つていることがわかつた。それは、
1 原告等が被告富三に無償使用を許すつもりだつた家は、右条項二記載の二階建居宅ではなく、福島市大字伏拝字清水内三五番イ地上木造かわらぶき二階建居宅、建坪二二坪二階坪一九坪であつた、
2 右条項三の被告富三に耕作させる畑については後日原告住治が宅地に地目変換するものについては被告等において異議をさしはさまぬこと、
3 右被告富三に耕作をさせる畑についてその収穫米は原告住治において供出者となり供出代金を原告住治が受取りこれから公租公課その他必要経費を差引いた上残りを被告富三に贈与すること、
4 被告富三に贈与する柿の木二〇本は原告住治の任意選択により、耕作地内のものと限らぬこと、
右の各項はすでに原告等が調停中に申立書を以てその希望を申述べておいたものであり、原告等としては前述のような被告等の数々の非行に耐えかねて推定相続人廃除の調停申立におよんだのだが、右の各項がいれられるならば相続人廃除を思い止まつてもよいとした重要事項であり、これらが含まれていない調停条項であつたならば到底これを受諾する意思はなかつたのであつた。然るに原告等が前記調停条項受諾の意思表示をしたのは、ひとえに原告等の申立てた右事項がそのうちに正しく含まれているものと思い誤つたため錯誤に基いてなした意思表示であり、それは右意思表示の重要な内容に関し、要素についての錯誤なのであるから、原告等の右調停受諾の意思表示は無効であり、従つてこれに基いて成立した前記調停もその効力がないわけである。然るに、被告等はその無効なことを認めようとしないから、その無効確認を求めて本訴におよんだ。」
被告等は主文と同じ判決を求め、請求原因に対し次のように述べた。
「原、被告間の身分関係が原告等主張のとおりであること、原告等がその主張する調停申立をし、その結果原告等主張の内容の調停が双方の合意により成立したことは認めるが、その他の原告等主張事実はすべて否認する。ことに右調停は、その各条項につき一項ずつ双方の同意を求め解決していつたもので原告等もその都度これを諒解承認して成立したものであり、その間原告等主張の如き誤解の生じる余地はない。
また仮に、原告等主張の如くその意思表示の要素に錯誤があつたとしても、右調停はその成立に至るまで六、七回期日を開いて調停をすすめられたのであり、原告等のいう如き重大な意見があつたのならば、その間に主張し得また主張すべきであつたのに、最後に黙してこれを述べなかつたこと、また原告等のいう如く耳が遠かつたり、理解力不足であるならば、自らこれを補うべき補助者を選任同伴すべきであるのに、これをせず、そのためそのような自己の欠陥から錯誤を来したことは、いずれも原告等の重大過失でその錯誤は自らの重大過失に基因するものであるから、その意思表示の無効を自ら主張し得べき限りではない。いずれよりするも原告の本訴請求は失当である。」
<立証省略>
三、理 由
被告富三は原告等の子であり、被告トラは被告富三の妻であるが、昭和二六年六月二七日原告両名が被告富三を相手方とし、被告トラを利害関係人として福島家庭裁判所に調停申立をし、同裁判所調停委員会が調停手続をすすめた結果、同年一〇月二三日原告等主張通りの条項の調停に双方が受諾の意思表示をするに至つたことは当事者間に争ないが、原告等は、原告等の右調停受諾の意思表示はその要素に錯誤があるものであるから無効であると主張するので、この点について判断する。
まず原告等は、「被告等に無償居住させる家屋は調停条項(一)には二五番地上の家となつているが、原告等が被告等に使用を許すつもりの家は三五番イ地上のものであり、原告等は調停条項にはそうなつているものと思い誤つてこれを承諾した」と主張し、原告丹治住治本人尋問の結果中にはこれにそう部分もあるが、これは証人志田ヒデ、高坂征の証言と照して見てそのまま信用できないし、その他この点に関する原告等の主張を証するに足りる証拠はないばかりでなく、かえつて、右調停条項には特に居宅中西側の炊事場を被告等の使用範囲から除き、同所土蔵につき原被告双方の共同使用を認める旨その使用関係の細部にわたつて定められていること(これは当事者間に争がないところ)と証人高坂征の証言とを総合すると、右条項に定められた家屋を被告等に使用させることについては、原告等も調停過程中において諒解し話合をすすめたのであつて、原告等主張の如く三五番イ地上の家屋と思い誤つて承諾の意思表示をしたものではないと認められるから、この点に関する原告等の前記主張は採用しがたい。
次に原告等が錯誤があつたと主張する2ないし4の点について判断する。証人高坂征、志田ヒデの各証言、原告両名本人尋問の結果を総合すると、原告等が被告等を相手方、利害関係人として調停を申立てていらい、前記のように数回にわたり調停委員会が開かれ、その間たがいに種々の希望を述べ交渉し、原告等としても前記2ないし4の条項を希望条件として述べなどしたのであつたが、ようやく昭和二六年一〇月二三日調停成立の見込がついたので、調停委員会は双方の意向をくんで、原告主張の如き調停条項を作成して双方に読みきかせその諾否を尋ねた。ところが原告住治は耳が遠くてその読みきかせられたところがよく聞きとれず、また原告よしは理解能力が足らないため、いずれも、右調停条項には前記2ないし4の条項が含まれていないのに、これが含まれ原告等の希望どおりになつているものとひとりぎめにし、それが含まれているものとしての調停条項を受諾するつもりで、読みきかせられた調停条項を異議なく承認する態度にいでた結果、実はそのような条項の含まれていない本件調停が双方の受諾を経たものとして成立するに至つたものであること、また、原告等はそのような条項が含まれているのでなければ、右調停を受諾する意思はなかつたことが認められる。被告両名本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用せず、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上のような事実に基いて考えれば、原告等の本件調停受諾の意思表示はその要素に錯誤があり無効なものというべきであるが、前認定のように本件調停については数回にわたつて期日が開かれ、その間たがいに主張は対立し、原告等の希望条件がそのままたやすく被告等によつて受け入れられることのないことは原告等としてはよく判つているべきところであるのに、そしてまた特にそう信ずべき特段の事情があつたとも見られないのに原告等が読みきかせられた最終調停条項中に、その希望条項が含まれているとひとりぎめに信じたのは、まことに軽卒であるといわねばならないし、そう誤信した原因は、前認定の如く、そして原告等自ら主張する如く、あるいは耳が遠くてききとりにくかつたり、理解力不足というのであつて見れば、それは原告等自身が一番よく知つているところなのであるから、附添の者をつれてくるとか、理解できぬところは調停委員等にたずねるとかして、重大な調停受諾につき誤りなからしめるべきであり、しかもそれらのことは全くたやすいところであるのに、このみちに出でず、自己の不完全な能力をそのままに、その希望がいれられているとひとりぎめにして受諾の意思表示をしたのは、その誤りは全く原告等の重大な過失に基くものといわねばならない。
右のように、原告等の調停受諾の意思表示はその要素に錯誤があつて、無効なものではあるが、その錯誤は原告等自身の重大過失に基くものである以上、原告等自らその無効を主張することは許されないわけである。
そうすれば本件調停の無効を主張する原告の本訴請求は失当というべきであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 西川正世)