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福島地方裁判所 昭和27年(ワ)214号 判決

原告 渡部秀明

被告 国

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は、「被告は原告に対し四〇三、〇三一円六〇銭を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因及び被告の主張に対する答弁として、

一、月形村農地委員会(以下村農委と略称する。)は、昭和二二年八月二一日、原告所有の別紙目録記載の農地につき、原告が不在地主であることを理由にいわゆる遡及買収計画を樹て、同年九月一二日、右農地を買収と決定し、その通知書を原告に交付した。原告が右買収計画に対し福島県農地委員会(以下県農委と略称する。)に訴願したところ、県農委は、同年一〇月二三日、原告の訴願を容認する裁決(福島県農委裁決い第一二九号。以下容認裁決と略称する。)をし、これを不当とする村農委の再審議要求に対しても、県農委第一特別委員会は、再審議しないと決議した。ところが、福島県知事は、右裁決を違法として、昭和二三年四月二日付福島県達第一六号により、県農委に対し再議指示をした。そのため、県農委は、同日、右容認裁決を取消す裁決(福島県農委裁決い第一二九号の二。以下取消裁決と略称する。)をし、同月一五日、原告の前記訴願を棄却する裁決(同号の三。以下棄却裁決と略称する。)をした。そこで、福島県知事は、本件農地を買収し、昭和二二年一二月一日附福島安積は二七二七号の買収令書を発行し、昭和二三年七月一四日これを原告に送達した。原告は、取消及び棄却の各裁決に不服であつたから、同年四月一八日、福島地方裁判所に農地買収計画無効確認等請求の訴(同庁昭和二三年(行)第二五号)を提起してその取消を求め、原告と県農委との間で原告勝訴の判決を受け、県農委の仙台高等裁判所への控訴(同庁昭和二四年(ネ)第三〇号)及び最高裁判所への上告(同庁昭和二四年(オ)第二九八号)はいずれも棄却されたので、昭和二六年一二月一二日、前記原告勝訴の第一審判決が確定した。(以下これらの訴訟を前訴訟と略称する。)

二、前訴訟第一審判決確定の結果、村農委の本件買収計画並びに県農委の取消及び棄却の各裁決は、自作農創設特別措置法(以下措置法と略称する。)第四条第二項、同法施行令第一条の適用を誤つた違法のものであり、福島県知事の前記再議指示も、法定期間経過後になされた違法のものであることが確定された。

三、前訴訟第一審及び控訴審の各判決も認定しているように、昭和二〇年一一月二三日及び本件買収計画樹立当時原告が月形村に居住しなかつたのは、措置法施行令第一条にいう疾病のためであり、原告が措置法第四条第二項によつて在村地主とみなされるべきことは明らかであつて、県農委の容認裁決もこのことを認めているのであるから、これらの事情は、村農委及び県農委が慎重に調査しさえすれば、容易に明らかとなつたはずである。更に、国の行政機関として公権力を行使し、国民の財産権に甚大な影響を与えるような事務にたずさわる村農委及び県農委は、充分の調査をつくしてこれらの事情を明らかにし、国民に与える損害を最小限度に止める義務がある。ところが、村農委及び県農委は行政機関としての義務を怠り、粗漏な調査をして原告を不在地主であると誤認し、前記違法な行政処分をしたのであるから、これについて過失があつたことは明らかである。そればかりでなく、本件買収計画樹立当時、村農委の委員中には、日本農民組合の組合員が一〇名もいて村農委の多数を占め、また、その中には、本件農地を不法に耕作していながら、その売渡の相手方となつた佐藤伊三郎が含まれていたため、右一〇名の委員は、農地改革に便乗して右組合の組合員の利益を図り、原告から無理にも本件農地を奪つてこれを佐藤に売渡そうとしたのである。このことは、右委員らが本件買収計画を不服とする原告の申立を受理しようとせず、異議があるなら訴願しろという態度をとつてきたことからも明らかである。また、県農委も、取消及び棄却の各裁決をする際には、地主層委員の正当な反対があり、前にみずから正当な容認裁決をしたことがあるため、右両裁決の違法であることを充分知つていながら、多数の力を利用して違法な行政処分を強行したのである。

更に、当時の県農委事務局主事小関孝吉は、村農委の前記委員らと共謀し、福島県知事をして県農委に対する違法な再議指示をさせ、右知事もまた、これらの事情を知りながら、違法な再議指示をしたのである。

四、右のように、村農委、県農委及び福島県知事は、公権力を行使するに当り、故意又は過失によつて充分に自己の義務をつくさず、違法に原告所有の本件農地に対する買収手続を進めたので、原告は、右買収の基準日である昭和二〇年一一月二三日から、前訴訟第一審判決の確定の日である昭和二六年一二月一二日まで、即ち、昭和二一米穀年度から昭和二六米穀年度まで、本件農地について耕作、売買その他一切の処分を禁止された。原告は、以前から胸部疾患のため、自分では充分に農耕に従事することができず、内妻河井好野を中心として農業を営んできたが、右耕作禁止の結果、本件農地を耕作することができず、右期間の耕作によつて挙げえたはずの純利益合計四〇三、〇三一円六〇銭に相当する損害を被つたから、被告に対しその賠償を求める。被告は、たとい原告が損害を被つたとしても、その額は本件農地の小作料相当額にすぎないと主張するけれども、本件農地は小作地ではなく自作地である。原告に代つて本件農地を耕作してきた好野は、昭和一六年の初め、館山市で病気療養中の原告が重態となつたため、農地の管理をその母河井マツに依頼し、原告を看護するため離村したが、その後マツも胃潰瘍を患うという有様のとき、農繁期に時々傭つたことのある佐藤伊三郎は、マツの病気につけこみ、昭和一六年度だけ本件農地を借りたと称し、不法に耕作を始めて以来、原告の請求にもかかわらず返還に応じないのであつて、同人は適法な小作人ではなく、単なる不法占拠者にすぎないから、違法な前記各行政処分さえなければ、原告は、佐藤から本件農地の返還を受けて、みずから耕作することができたのである。

なお、前記損害額算出の基礎は次のとおりである。

別紙目録記載の農地の面積は、田五反五畝二七歩と畑三反八畝二〇歩であり、田の反当米収高は年二石四斗であるから、一年の米収高合計は一三石四斗一升六合となり、これから原告方家族六名の保有高を差引いた供出高は五石二斗となる。一石当早場米供出奨励金額は、昭和二一、二二、二三年度が各二〇〇円、同二四、二五、二六年度が各四〇〇円であり、また、月形村における米一石当の所得金額(右早場米供出奨励金を含まないもの)は、昭和二一、二二年度が各二、六〇〇円、同二三、二四、二五年度が各三、九〇〇円、同二六年度が六、二〇〇円であり、畑一反歩当の所得金額は、昭和二一、二二年度が各一、三〇〇円、同二三年度が二、五〇〇円、同二四年度が五、〇〇〇円、同二五年度が四、七〇〇円、同二六年度が六、九〇〇円であるから、右六年間に本件農地から生ずる総所得金額は、(一)米一石当各年度の早場米供出奨励金額に供出石数を乗じこれを合算した金額、(二)米一石当各年度の所得金額に米収石数を乗じこれを合算した金額、(三)畑一反歩当各年度の所得金額に畑の反別数を乗じこれを合算した金額を算出し、以上(一)(二)(三)を合計した金額即ち、四〇三、〇三一円六〇銭である。これが本件農地を自作することによつて、原告の挙げえた利益である。

五、被告主張の事実中、大正一二年原告が東京逓信局に勤務したことは認めるが、その他原告主張に反する部分を否認する。なお、右の勤務は、原告が病弱であり、また、現金収入を必要としたためであつて、農耕を捨てるつもりはなかつたと述べた(立証省略)。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告請求原因第一項は認めるが、同第二項以下を否認する。

二、原告は、原告と県農委との間の前訴訟第一審判決の確定によつて、村農委の本件買収計画、県農委の取消及び棄却の各裁決並びに福島県知事の本件再議指示の違法であることが確定されたと主張するけれども、これに対する被告の意見は次のとおりである。

(一)、前訴訟は、県農委の取消及び棄却の各裁決が違法であることを理由に、その取消を求める行政訴訟であり、その訴訟物は違法を原因とする右各裁決取消権の存否であるから、右判決確定の結果、右取消権の存否について既判力が及ぶのはいうまでもないけれども、右各裁決は、前記取消権が存在することの前提として、また、本件買収計画は、右各裁決が違法であることの前提として、いずれも右判決の理由中に違法であると判断されているにすぎないから、主文に包含されていないこれらの点について右判決の既判力は生じない。本件再議指示の違法であることも、右判決の理由中に判断されているにすぎないから、この点にも既判力は及ばない。

(二)、更に、行政事件訴訟特例法第一二条は、「確定判決は、その事件について関係行政庁を拘束する。」と規定しているが、その趣旨は、行政処分取消の訴において、行政庁は国又は公共団体の機関として訴訟当事者となるのであるから、行政権の実質的一体性の結果、その判決がこれらのものをも拘束し、その行政処分に関しては、判決の趣旨に従つて行動するように拘束されるというにすぎないのであつて、本件のように、行政処分をどうするかという面を離れ、これと全く関係のない損害賠償責任の有無が争われる純粋の民事訴訟において、国庫としての被告が、主文に包含された事項についても、単に理由中で判断されたにすぎない事項についても、前行政訴訟の拘束力を受けるわけはない。

従つて、本件において、被告は、前記各行政処分が違法であることを争う。

三、原告は、福島県安積郡月形村大字舟津字舟津八七一番地に生れ、同村高等小学校卒業後暫らく同所で農耕に従事していたが、大正九年、当時の農村不況と負債整理のため、農耕を捨て給料生活者になろうとして上京し、同一二年東京逓信局工務機械部に電話試験係として就職以来勤続し、昭和九年川口郵便局に、同一五年千葉郵便局に、同年館山郵便局に、同一八年川口郵便局に、それぞれ転勤し、同二四年二月には川口電話局交換課長、同年六月には川口電報電話局運用課長、同二七年一一月からは大宮電話局運用課長となつている。その間、原告は、大正一三年父死亡後間もなく、母や弟妹らの家族を任地に引取り、以来、月形村の家屋は他人に貸し、農地はすべて小作に出し、時に休暇又は病気療養のため、短期間単身帰郷することはあつても、専ら給料によつて生活していたのであるから、生活の本拠は月形村でなく任地にあつたといわなければならない。原告が、昭和五年以来結核性呼吸器疾患にかゝり、その任地で医師の治療を受け、療養したことがあつたとしても、それは、官庁に勤務中病気になつたため、勤務のかたわら療養に努めたにすぎないのであつて、月形村にいては充分の療養ができないため、病気治療の目的で一時やむなく離村し、各地に転地して療養し、その間生活のためたまたま同地の官庁に勤務したのではない。このことは、原告が、発病以前から東京逓信局に勤務し、病気の治癒した現在においても、なお電信電話公社に勤務し、月形村に居住しないことからみても明らかである。

措置法第四条第二項は、同法施行令第一条の特別の事由の発生当時まで在村していた農地所有者が、たまたまこれらの事由によつて在村しなくなつた場合、これを在村地主とみなして救済する規定にすぎないのであつて、原告のように、右事由の一つである疾病の発生以前に他の目的から離村し、昭和二〇年一一月二三日及び本件買収計画樹立当時在村しなかつたものには適用されないから、原告は不在地主であり前記法条に該当しないと認定した村農委の本件買収計画並びに県農委の取消及び棄却の各裁決は、いずれも適法な行政処分である。

四、仮に、右買収計画及び各裁決が、措置法第四条第二項、同法施行令第一条の適用を誤つた違法のものであるとしても、村農委及び県農委には、これについて何らの過失もない。原告及びその家族が永年の間月形村を離れて東京方面に居住していたことは村内で顕著な事実であり、昭和二二年福島県令第二号福島県措置法施行細則第二条は、措置法施行令第一条の特別の事由のある場合、農地所有者が同細則所定の様式による届出をすべきことを定めているのに、原告は村農委にその届出をしていないし、しかも、疾病治療のため一時離村し、療養のかたわら生活のため官庁に勤務するというのは、極めて稀な事例であるから、村農委及び県農委がこの点を誤認し、原告を措置法第四条第二項に該当しない不在地主であると認定したからといつて、これを過失によるものということはできない。殊に、短期間内に多量の農地の買収及び売渡事務を実行しなければならなかつた農地委員会に対し、すべての農地についての精密な調査を要求することは、事実上不能を強いるものといわなければならない。

五、仮に、本件買収計画並びに取消及び棄却の各裁決が、各行政庁の過失による違法のものであるとしても、本件農地は自作地でなく小作地であるから、右各行政処分によつて原告の被つた損害額は、本件農地の小作料相当額にすぎない。また、福島県知事の本件再議指示が違法であつても、これと原告の損害との間には因果関係がないと述べた(立証省略)。

三、理  由

原告主張のような経過で、村農委の本件農地買収計画、県農委の容認裁決、福島県知事の再議指示、県農委の取消及び棄却の各裁決、福島県知事の買収令書発行など、原告所有の本件農地に対する買収の手続が進められ、また、原告と県農委との間に、右取消及び棄却の各裁決の取消を求める前訴訟が遂行され、昭和二六年一二月一二日、原告勝訴の第一審判決が確定したことは、当事者間に争いがない。

原告及び県農委を当事者とする前訴訟の確定判決が、その主文において、県農委の取消及び棄却の各裁決を取消すと宣言し、その理由において、右各裁決及びその前提となつた村農委の本件農地買収計画は、措置法第四条第二項、同法施行令第一条によつて、在村地主とみなされるべき原告を、誤つて不在地主と認定した違法のものであり、また、福島県知事の再議指示は、一ケ月の法定期間経過後になされた違法のものであると判断していることは、被告の明らかに争わないところである。

行政事件訴訟特例法第三条は、行政処分取消の訴において、処分行政庁が国又は公共団体のため被告となることを定めたものであるから、行政処分取消訴訟の確定判決の既判力が当事者とならなかつた国又は公共団体に及ぶことはいうまでもない。また、右の訴における行政処分取消の判決は、取消された処分が違法であることの確認をも含むと解するのが相当であるから、判決の既判力はこの点についても生ずるといわなければならない。従つて、県農委の取消及び棄却の各裁決が違法であることを理由にこれらを取消した前訴訟第一審判決が確定した以上、その既判力は右各裁決が違法であることにも及ぶから、被告としては、もはやいかなる訴訟においても、これに反する主張をすることはできない。

次に、村農委の本件買収計画が違法であることは、前訴訟第一審判決の理由中に判断されているにすぎないから、この点についてまで右判決の既判力が及ぶわけはない。もつとも、行政事件訴訟特例法第一二条は、行政処分取消訴訟における確定判決がその事件について関係行政庁を拘束することを定めているけれども、この規定は、取消された行政処分と同一の目的を追求する行政処分又はこれに附随する行政処分をする関係行政庁に対しても判決の効力を及ぼし、これらの行政庁が判決の趣旨に従つて行動することを義務づけることによつて、これらの行政処分に関する限り、国又は公共団体と国民との争いを終らせることを目的とする規定であつて、判決の既判力を拡張したり、他の事件についてまで判決が何らかの効力を及ぼすことを定めた規定ではない。これを本件についていえば、前訴訟の確定判決によつて県農委の取消及び棄却の各裁決が取消されたのであるから、これと同一の目的を追求する村農委の本件買収計画にも右判決の拘束力が及び、たといその取消が右判決の主文で宣言されていなくても、村農委としては、右判決の理由中で右各裁決と同一の理由によつて違法であると判断された本件買収計画を取消す義務を負うにすぎず、原告と被告との間で、右計画の違法であることが確定されるわけではない。従つて、被告は、右計画の違法であることを前提とするにすぎない本件において、あらためてこの点を争うことができる。しかし、成立に争いのない甲第七号証の一、二、三、乙第三号証の一、二、文書の外形及び弁論の全趣旨によつて、成立の認められる甲第八号証の一乃至一一を綜合すれば、前訴訟控訴審判決が認定したと同じく、原告は、昭和一五年以来上京して官庁に勤務し、昭和二〇年一一月二三日及び本件買収計画樹立当時月形村に居住していなかつたけれども、これは結核性胸部疾患にかかつていた原告が、病気さえ治れば直ちに帰村して農耕に従事するつもりで、療養のため一時離村し、生活の必要から官庁に勤務したのであることを認めることができ、被告の全立証によつても、この認定を左右するに足らない。そうとすれば、措置法第四条第二項、同法施行令第一条によつて原告を在村地主とみなさなければならないのに、村農委の本件買収計画は、これと異り、原告が不在地主であるとの認定に立つて樹てられたものであるから違法である。

前訴訟の確定判決において、福島県知事の本件再議指示が違法であると判断されていることは、被告の明らかに争わないところであるが、右判決の理由中で判断されたにすぎないこの点にまで、その既判力が及ばないことは明らかである。しかし、県農委の容認裁決のなされたのが昭和二二年一〇月二三日であり、右指示のなされたのが昭和二三年四月二日であることは当事者間に争いがないから、一ケ月の法定期間経過後になされたことの明らかな右指示は違法である。

以上のように、村農委の本件買収計画、県農委の取消及び棄却の各裁決並びに福島県知事の本件再議指示はいずれも違法であるから、次に、これらの行政処分が各処分行政庁の故意又は過失によつてなされたのかどうかについて判断する。

先ず右計画及び各裁決について考えてみると、行政庁が公権力を行使し、国民の権利に重大な影響を与えるような行政処分をするについて、慎重な調査と適正な判断とによらなければならないことは当然であるが、短時日の間に行政処分をすることが要求されているため充分な調査が不可能であるとか、法律上又は事実上の理由から事件の判断が極めて困難であるなど、特別の事情が存在する場合には、これらの事情をも考慮して過失の有無を判断しなければならない。そして、前記甲第七号証の一、二、三、第八号証の一乃至一一、乙第三号証の一、二、成立に争いのない甲第六号証の一の一、同号証の二、三、乙第一号証、第四号証の二、第五号証の二、三、四、証人大越錬一、小関孝吉の各証言を綜合すれば、前に本件買収計画が違法であることを判断する際に認定した事実の中、原告の意思を除いた外形的部分は、右計画樹立当時村農委にほぼ明らかとなつていたこと、県農委もこれを知つて各裁決をしたこと、原告は、屡々長期欠席をしたり、辞表を提出して帰村したりしたことはあつても、大正一二年以来ともかくも官庁に勤務し、現在も大宮郵便局運用課長の職にあること、その間月形村にいた期間は短かく、農耕にも殆んど従事しなかつたことが認められ、前記乙第三号証の一、二中この認定に反する部分は採用できない。そして、原告が最初に上京したのがその発病以前であることは当事者間に争いがない。これらの事情を綜合して考えてみると、原告は、病気療養のため離村し、たまたま生活の必要から各地の官庁に勤務したのか、それとも、官庁勤務のため離村し、その間に発病して療養に努めたのか、その判断は非常にむずかしく、その後の慎重な手続によつて、初めて確定されることのできた事柄であつて、村農委及び県農委が各行政処分をするとき、この点の認定を誤り、措置法第四条第二項、同法施行令第一条によつて在村地主とみなされるべき原告を不在地主と認定したからといつて、直ちにこれを過失によるものということはできない。殊に、当時短時日の間に多数の農地について買収計画や訴願裁決をする必要があつたことは公知の事実であり、また、前記認定のような原告の在村しない事情は極めて稀な事例であることを考えると、村農委及び県農委は過失によらないで違法な行政処分をしたことが認定できる。

なお、前記甲第六号証の二、乙第三号証の一、二、成立に争いのない甲第七号証の五によれば、本件買収計画樹立当時、村農委では日本農民組合所属の委員が多数を占めていたこと、その頃原告との間で本件農地の返還について紛争があり、右農地売渡の相手方となつた佐藤伊三郎も委員の一人であつたことが認められ、県農委が取消及び棄却の各裁決をする前に容認裁決をしたことは当事者間に争いがないが、これらの事実だけでは過失の有無に関する前記認定をくつがえすに足らない。村農委又は県農委の故意過失に関する原告のその他の主張事実については、当裁判所の措信しない前記乙第三号証の一、二の一部を除いて、これを認めるに足る証拠がない。

福島県知事の本件再議指示は、法律に明示してある一ケ月の法定期間経過後になされたものであるから、右知事の過失によることが明らかである。しかし、都道府県農業委員会に対する都道府県知事の再議指示は、行政庁相互間の監督権発動の一態様にすぎず、直接国民に対して何らかの効果を生じさせるものではなく、また、委員会に対しても単に再議することを義務づけるだけで、再議の内容は指示に拘束されることなく独自の立場からなされるのであるから、特段の事情の認められない本件において、前記再議指示が原告に何らかの損害を与えたとは考えられない。なお、小関孝吉と村農委の委員らが共謀し、福島県知事に違法な再議指示をさせたという原告主張の事実については、これを認めるに足る証拠がない。

以上認定のように、本件買収計画並びに取消及び棄却の各裁決は違法であるけれども、これは村農委及び県農委の過失によるものではなく、また、福島県知事の違法な本件再議指示によつて原告が損害を被るわけはない。そうとすれば、他の点について判断するまでもなく、原告の請求が理由のないことは明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 西川正世 鈴木義男)

(目録省略)

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