福島地方裁判所 昭和27年(行)2号 判決
原告 本田亀昌
被告 戸沢村農業委員会・福島県知事
補助参加人 本田与
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は、「被告戸沢村農業委員会が、昭和二十三年八月三十日別紙第一乃至第三目録記載の各農地につき樹立した買収計画、及び同年十月二十九日、右第一目録記載の各農地につき売渡の相手方を補助参加人本多与、右第二目録記載の各農地につき売渡の相手方を訴外松尾藤江、右第三目録記載の各農地につき売渡の相手方を訴外渡辺修吉と定めて樹立した各売渡計画は、いずれもこれを取消す。被告福島県知事が、昭和二十三年十月二日別紙第一乃至第三目録記載の各農地につきなした買収処分、及び同年十二月二十五日、右第一目録記載の各農地につき補助参加人本多与に、右第二目録記載の各農地につき訴外松尾藤江に、右第三目録記載の各農地につき訴外渡辺修吉に対しなした各売渡処分は、いずれもこれを取消す。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
「一、別紙第一乃至第三目録記載の各農地は原告の所有であつたところ、被告戸沢村農業委員会(当時、戸沢村農地委員会。以下同じ。以下単に村農委と略称する。)は、昭和二十三年八月三十日右農地に対し、自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称する。)第三条第一項第一号により買収計画を樹て、(但し、第一目録記載の字竹ノ内十番の一、田一反二十一歩と第二目録記載の字竹ノ内十番の二、田九畝歩とは、買収計画並びに買収において一筆とされていたが、売渡計画並びに売渡において、売渡の相手方が異るため、二筆として分筆されたものである。)、同月三十一日公告し、同日から同年九月十日まで戸沢村役場でこれを縦覧に供し、同年十月二日福島県農業委員会(当時、福島県農地委員会。以下同じ。以下単に県農委と略称する。)の承認を受け、被告福島県知事(以下単に県知事と略称する。)は、同日、右買収計画に基き、前記各農地を買収した。次いで被告村農委は、同月二十九日、別紙第一乃至第三目録記載の農地につき、その売渡の相手方を、それぞれ補助参加人(以下単に参加人と略称する。)本多与、訴外松尾藤江、渡辺修吉とする売渡計画を樹て、同年十一月一日これを公告し、同日から同月十日まで戸沢村役場でこれを縦覧に供し、同年十二月二日県農委の承認を受け、被告県知事は、同月二十五日、右売渡計画に基き、第一目録記載の農地を参加人本多与に、第二目録記載の農地を松尾藤江に、第三目録記載の農地を渡辺修吉に、いずれも売渡し、同人等に各売渡証書を交付した。
二、ところで、本件各農地は、もと原告の先代亡本多亀太郎の所有であつたが、明治三十四年十二月三日同人から訴外本多留蔵に売買譲渡せられ、その後、原告が同訴外人から大正七年十月二十八日及び同十一年十一月二十二日の二回にこれを買受けて所有権を取得し、その登記を経たものである。原告は、亀太郎の長男で、その推定家督相続人であつたが、その居宅である福島県安達郡戸沢村大字南戸沢字竹ノ内六番地の家屋の大半が火災により焼失したほか、亀太郎が家計上相当多額の借財を負うていたため、移民としてブラジルへ渡航し勤労貯蓄して家計回復の資としようと考え、一家相談の上、当時募集中のブラジル行農業移民に応募し、大正元年十二月二十日妻チヨノを娶り、まもなく妻と共にブラジルへ渡り、サンパウロ州で牧畜、コーヒー栽培の事業に従事し、前後四十年間苦斗を続け、ようやく実家のたい勢を回復するに足りる資金を獲得することができたので、家政整理のため、昭和二十六年十一月二十九日先ず単身帰村した。一方、原告方が前記のように焼失後、亀太郎は、その妻ツメ(原告の母)と共に、福島県安達郡戸沢村大字南戸沢字広曽根山四番地に移り住み、原告の渡伯不在中、本件各農地を管理耕作し、昭和十六年四月二十四日亀太郎が死亡したので、その後は、ツメが原告の委任に基きこれを管理していたが、ツメは、原告が帰国しないまゝ、老年にむかうので、農耕その他家事に従事させるため、昭和二十五年三月二十八日訴外本多貞三と養子縁組し、同人と同居して農耕に従事していた。
三、以上の状況のもとで、原告の知らないうちに、本件買収、売渡の諸手続が行われ、原告は、帰国後そのような話を聞いたので、その真否を確かめるため昭和二十七年一月二十二日被告村農委に出頭し、調査した結果初めてこれを知つた。しかし、本件各処分には次のような違法がある。
四、本件買収当時原告の居所は明らかであつて、自創法第九条第一項但書にいう「当該農地の所有者が知れないとき」にも、「令書の交付をすることができないとき」にも該らないから、被告県知事は、原告に対し本件買収令書を交付しなければならなかつたのにこれをせず、公告によつて令書の交付にかえた。従つて、右公告は違法であり、本件買収は適法な令書の交付を欠きその効力を生じないから、これを前提としてなされた本件売渡計画、売渡は違法である。
五、本件農地は、亀太郎が生存中は同人が、その死亡後はツメが、本件農地の所在地と同一村内に居住して、いずれも原告の委任により管理していたものである。従つて、自創法第二条第二項の適用については、同条第四項により、原告が一家を復興する目的で海外で働くとゆう特別の事情のため一時村内の住所を離れたのにすぎないから、原告の本件農地に対する権利は、その親族で、耕作の業務を営んでいた母ツメの有するものとみなされるべきものである。また原告は、前記のような特別の事情によつて、その生活の本拠たる戸沢村大字南戸沢字竹ノ内六番地からブラジルに渡航したのであるから自創法第四条第二項により、その住所は、依然として右竹ノ内六番地にあると認むべきであり、そうでないとしても、母ツメの住所である同村大字南戸沢字広曽根山四番地にあるとみるのが社会通念上妥当である。かりにそうでないとしても、原告は、自創法第四条第三項にいわゆる正当の事由によつてやむを得ず戸沢村に住所を有しなくなつた場合に該当し、かつ、当時被告村農委は原告が同村内に住所を有するに至る見込みがあると認めていたのであるから、原告の住所は戸沢村内にあるものとみなされるべきである。そうだとすれば、本件農地は、自創法第三条第一項第一号のいわゆる不在村地主の所有する農地に該らないから、これに該当するものとしてなされた本件買収計画は違法であり、従つて、これに基いてなされた本件買収、売渡計画、売渡はいずれも違法である。
六、次ぎに、自創法第三条第一項第一号によつて買収の対象とされる農地は、いわゆる不在村地主の所有する小作地に限られ、小作地とは、同法第二条第二項により、「耕作の業務を営む者が賃借権、使用貸借による権利、永小作権、地上権又は質権に基き、その業務の目的に供している農地」であると定められているが、本件農地は右にいう小作地ではない。参加人、松尾藤江、渡辺修吉は、本件各農地を耕作しているが、同人等は、原告との間に小作契約その他の契約を締結したことなく、単に、亀太郎或いはツメとの間の契約に基き耕作するにすぎない。亀太郎及びツメは適法に原告を代理する権限を有せず、また原告は、右亀太郎或いはツメの右契約締結を追認したこともないのであるから、右耕作者三名と原告との間に小作関係なく、同人等は不法耕作者であつて、本件農地は小作地ではない。従つて、これを小作地と認めてなされた本件買収計画は違法であり、これに基く本件買収、売渡計画、売渡はいずれも違法である。
かりに右耕作者三名が当初適法な権限に基き耕作の業務を営んでいたとしても、本件買収当時、別紙第一目録記載の字竹ノ内七番の一、畑三反九畝十五歩のうち七畝歩は松尾藤江がこれを耕作していたのに、同人は、その耕作者でない参加人の求めで、これを参加人が耕作しているもののように装い、他面同第二目録記載の字宮田三十八番畑六畝三歩、同三十九番畑一畝十七歩は当時参加人がこれを耕作していたのに、同人はこれを藤江が耕作しているもののように装い、両名相通じて夫々買受けの申込をした結果、右竹ノ内は耕作者でない参加人を、右宮田は耕作者でない藤江を、それぞれ売渡の相手方として売渡計画が樹てられ、これに基きそれぞれ売渡がなされた。しかし、自創法第十六条は、その買収の時期において当該農地につき耕作の業務を営む小作農等に売渡す旨を規定し、売渡の相手方を法定しているのに、右農地は、買収当時、耕作の業務を営む者でない参加人、松尾藤江を売渡の相手方として売渡計画がたてられ、売渡されたものであるから、本件売渡計画、売渡のうち右農地に関する部分は違法である。
かりに、本件買収当時、右竹ノ内を参加人が、また宮田を松尾藤江がそれぞれ耕作し、従つて、耕作の業務を営まない者に売渡された違法がないとするも、参加人は、本件買収以前、その耕作する右字宮田を藤江の耕作する右字竹ノ内と交換し、互に、交換した農地を耕作していたもので、右交換につき、所有者たる原告の承認を得ていない。従つて、同人等の右の部分に対する耕作は不法耕作で、正当な権限に基くものといえないから、本件農地中、少くとも右の部分は小作地ではない。従つて本件買収計画中右農地を小作地としてなされた部分は違法であり、本件買収、売渡計画、売渡中、これに基く部分はいずれも違法である。
七、以上の理由により、本件買収計画、買収、売渡計画、売渡は違法であるから原告はその取消を求める。」被告等及び参加人の本案前の抗弁に対し、本訴の適法性につき次のとおり述べた。
「原告は、本件買収計画、売渡計画に対し異議の申立、訴願をせず、従つて行政事件訴訟特例法(以下単に特例法と略称する。)第二条本文に定める訴願前置の手続をしなかつたのであるが、これは、同条但書にいう「正当な事由があるとき」に該当する。すなわち、本件各計画当時、原告の居所が明らかであり、少くとも被告村農委はこれを知つていたのであるから、原告に対し本件各処分のなされたことを通知すべきであつた。元来自創法第六条第五項、第十八条第四項が、村農委が買収計画、売渡計画を定めたときは遅滞なくその旨を公告し、一定期間、一般の縦覧に供しなければならないと規定したのは、当該農地の所有者その他の利害関係人にその事実を周知させようとする趣旨にほかならない。従つて、従来一般の取扱として、村農委は、法規上定められていないが、少くとも当該農地の所有者に対し、その旨の通知をしていたのであるが、被告村農委は原告に対し、右通知をしなかつた。のみならず、本来、買収計画を樹てられた当該農地の所有者は自創法第七条第一項により、また売渡計画を樹てられた当該農地の旧所有者は同法第十九条により、いずれもこれに対し異議の申立、訴願をすることができるのであるが、所定の期間を経過したときはこれをすることはできない。ところが、それらの計画を所有者の知らない間に樹立し、単に村内掲示板に公告し、村農委内で縦覧に供したのみで、居所、住所の知れている者に何等の通知をしないのでは、遠く海外に在るものは絶対にこれを知りうる機会がないことになり、従つて、法規の定める十日や二十日の期間中には、たとえ他の何人かからの通知でその事実を知つたとしても、どうにも施す術がないことになる。原告が異議の申立、訴願をすることができなかつたのは、被告村農委が原告に対し、当時海外に居住していたとの事由で、村内または国内居住者に対すると異つた取扱をして、右の通知をしなかつたためであるから、右は特例法第二条但書にいう「正当な事由あるとき」に該当するから、本訴は、適法である。
次に、被告等及び参加人は、本訴が出訴期間経過後にされた不適法なものであると抗争するが、自創法第四十七条の二に定める「処分の日」とは、処分書の日附ではなく、当該処分の効力が生じた日をいゝ、買収処分の場合は、買収令書が所有者に交付された日をいうのであるが、原告はいまだにその交付を受けていないから、本件買収はその効力を生じていない。従つて、出訴期間不遵守の主張は失当である。
かりに、買収令書の交付にかえてされた公告が有効であるとしても、原告が本件各処分のあつたのを知つたのは昭和二十七年一月二十二日であるから、自創法第四十七条の二第一項本文により、同日から一箇月以内に提起された本訴は適法である。また、本訴は自創法第四十七条の二第一項但書の二箇月経過後になされたものであるが、原告は、処分当時外国にあり早急に訴を提起することができなかつたのであるから、この場合特例法第五条第三項但書を類推適用すべく、原告には前記のような正当の事由があり、所定期間内に訴を提起することができず、かつこれを疎明したのであるから、本訴は適法である。
のみならず、かりに被告等及び参加人の本案前の抗弁が認容されるとすれば、原告のように永年外国に居住し、戦争及びそれに続く占領下のため容易に帰国することができなかつた者は、日本国内において自己に対して行われた一切の行政処分に不服申立をする機会を与えられないという不合理な結果となつて、著しく正義に反し、このような処遇は、憲法の保障する外国移住の自由、財産権不可侵の原則に反し、あまつさえ、裁判所において裁判を受ける権利の拒否となり、かつ外国よりの帰国者に対し、国内居住者と異る差別待遇を加えることとなり、憲法第十四条の国民平等権を無視する不都合な結果をまねくことになるから、該抗弁は失当である。」(立証省略)
被告両名は、本案前の申立として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として次のとおり述べた。
「原告は本件買収計画、売渡計画当時ブラジルに在住し、正当な事由によつて自創法に定める期間内にこれらに対し異議の申立、訴願ができなかつたとしても、少くとも昭和二十七年一月二十二日これらの処分を知つたというのであるから、同日から起算して自創法所定期間内に、被告村農委に対し、正当な事由により遅れたことを疎明して異議の申立をし、これに対する決定に不服なれば、更に県農委に訴願することができたはずである。何故なら、被告村農委は、訴願法第八条第三項の類推解釈により宥恕すべき事情を認めうる限り、異議の申立を受理してこれに決定を与えなければならないのであつて、単に期間経過を理由として却下することはできないからである。或いは、また被告村農委に対する異議の申立を省略して、直接県農委に訴願することができたはずで、この場合訴願法第八条第三項により、前同様の理由のみで却下することはできないし、一面、特例法第二条のいわゆる訴願前置の手続は、必ずしも異議の申立、訴願の二段階を経ることを要せず、どちらか一つを経ればよいと解すべきである。原告はこれらの手続をすることができたはずであるのに、そのいずれの段階をも経ていないから、原告が外国にいたゝめ本件各処分を知らなかつたという事情は、訴願法第八条第三項の宥恕すべき事情にはなつても、特例法第二条但書の正当の事由に該らない。従つて、本訴は不適法である。
かりに右の主張は理由がないとするも、本訴は法定の出訴期間経過後に提起されたものであるから不適法である。すなわち、被告等は、本件買収当時原告がブラジルに在住することを知つていたが、少くとも郵便の到達し得る程度に詳細は判つていなかつたので、原告に対し、本件買収令書を交付することができず、従つて、被告県知事は本件買収処分を昭和二十四年七月十一日付福島県報号外に公告し、買収令書の交付にかえたものであるから、右公告は有効である。ところが、原告が昭和二十六年十一月二十九日に帰村したのは、本件各農地の処理のためであつたから、原告は、もとより帰村直後、調査の上、本件各処分を知つたはずで、帰村直後から自創法第四十七条の二第一項所定の一箇月の期間経過後に提起された本訴は不適法である。
のみならず、特例法第五条第三項但書によれば、処分の日から一年以上を経過しても、正当な事由があり、かつそれを疎明すればいわゆる抗告訴訟の提起が許されるようであるが、同条第五項は他の法律に特別の定めのあるときはこれを適用しないと規定している。自創法第四十七条の二はこゝにいう特別の定めに該るのであるが、同条によれば、同法による行政庁の処分の取消を求める訴は、行政処分の日から二箇月を経過したときは、それを知ると否とにかゝわらず、これを提起することができないと定めている。自創法がこのような短い出訴期間を定めたのは、急速に自作農の創設を企図する同法の目的によるもので、だからこそ同法第四十七条の二には、特例法第五条第三項但書のような規定が設けられなかつたのである。そうして、自創法第四十七条の二と、特例法第五条第三項、第五項の規定とを綜合すれば、自創法による行政庁の違法な処分の取消を求める訴は、処分の日から二箇月を経過したときは、どのような事情があろうと、これを提起することができないものと解しなければならない。しかるに、本訴は、本件各処分の日からいずれも三年以上経過した後に提起されたものであるから、不適法である。」
本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。
「原告主張の事実中、本件各農地が原告の所有であつたこと、本件買収計画、買収、売渡計画、売渡がされたこと、原告が大正初年ブラジルに渡航し、昭和二十六年十一月二十九日単身帰村したこと、その間、本件農地は、原告の父亀太郎が管理し、その死亡後は原告の母ツメが、原告の委任によつて管理していたこと、はいずれも認めるがその余は否認する。被告県知事が原告に対し本件買収令書を交付せずに、公告をもつてこれにかえたのは前記のとおりであつて適法である。原告が渡伯するに至つた事情は、自創法にいう特別の事情乃至正当の事由によつて一時その住所を離れたものに該らない。また原告は、ブラジルから帰国後、ツメの住所である福島県安達郡戸沢村大字南戸沢字広曽根山四番地にツメと同居しているが、渡伯前、ツメと同居したことはなく、いわんや渡伯中の原告の住所は国内になく、ブラジルにあつたことが明らかである。従つて原告は自創法第三条第一項第一号のいわゆる不在村地主である。本件農地はもと亀太郎の所有であつたが、昭和十六年四月二十四日同人が死亡し、原告が相続によつてその所有権を取得したものである。ただ登記簿上は、明治三十四年亀太郎から本多留蔵に、更に大正七年、同十一年の二回に同人から原告に、順次所有権移転登記が経由されているが、右はいずれも当事者が通謀してした虚偽の意思表示によるものであつて、右登記にそう所有権の移転があつたものではない。そうして、原告が渡伯不在中、亀太郎は、その所有の別紙第一目録記載の各農地(但し、字竹ノ内七番の一、畑三反九畝十五歩のうち七畝歩を除く。)及び第二目録記載の字宮田三十八番畑六畝三歩、同三十九番畑一畝十七歩を参加人に、第一目録記載の字竹ノ内七番の一、畑三反九畝十五歩のうち七畝歩及び第二目録記載の各農地(但し、字宮田三十八番畑六畝三歩、同三十九番畑一畝十七歩を除く。)を松尾藤江に、第三目録記載の各農地を渡辺修吉に、夫々賃貸し、小作料を受領していたが、昭和十六年亀太郎が死亡したので、これを相続した原告は、右各賃貸借契約を承継し、ツメがその管理人として小作料を受領していた。従つて、原告と参加人、松尾藤江、渡辺修吉との間には適法な小作契約があつたのであるから、本件各農地は自創法第二条第二項にいう小作地である。その後、昭和二十二年五月中旬参加人と松尾藤江は、耕作の集約をはかるためツメの承諾と被告村農委の承認を得て、参加人の耕作していた前記字宮田三十八番、三十九番の畑と藤江の耕作していた前記字竹ノ内七番の一の畑のうち七畝歩とを交換し、以来、右両名はこの交換された農地を耕作し、結局、本件買収、売渡当時、参加人は第一目録記載の農地全部を、また藤江は第二目録記載の農地全部を、いずれも正当な権限に基いて小作し、かつこれら耕作の業務を営む小作人に売渡されたものであつて、その間何等の違法はない。以上のように、本件各農地はいわゆる不在村地主の所有する小作地であるから自創法第三条第一項第一号によりこれにつき買収の諸手続をし、またこれを売渡したもので、本件各処分はいずれも適法であるから、原告の本訴請求には応じられない。」(立証省略)
三、理 由
(被告等及び参加人の本案前の主張についての判断)
一、被告村農委が昭和二十三年八月三十日本件買収計画を樹立し、同月三十一日公告したこと、同年十月二十九日本件売渡計画を樹立し、同年十一月一日公告したこと、当時本件各農地が原告の所有であつたこと、原告が、大正初年頃ブラジルに渡航し、昭和二十六年十一月二十九日単身帰村するまで同地に在住していたため、右各計画のあつたことを知らず、従つて、これに対し自創法所定の期間内に異議の申立ないし訴願(以下単に、訴願等と略称する。)をすることができなかつたこと、はいずれも当事者間に争いがない。被告等及び参加人は、原告が右のような事情で所定期間内に訴願等をすることができなかつたとしても、これは特例法第二条但書にいわゆる「正当な事由があるとき」に該当しないのであるから、原告は本件各処分を知つたという昭和二十七年一月二十二日から起算して自創法所定の期間内に右の遅れた事情を疎明して訴願等をすべきであつたのにこれをせず、たゞちに本訴を提起したものであるから、本訴は不適法である旨を主張するので判断する。本来特例法第二条が、いわゆる抗告訴訟を提起するには、訴願等が認められている限り原則として先ずそれらの手続を経た後でなければならない旨を規定するのは、行政処分の当否につき、裁判所に出訴する前に、一応当該行政庁に再考の機会を与えることによつて、なるべくは行政庁みずからの手で公正妥当な解決をもたらすべきことを企図する趣旨にほかならないのであるが、他面、訴願等をするには一定の期間内でなければならないから、これを貫くときは、かえつて裁判上の救済の途を制限する結果となるので、これを緩和するため、同条はその但書において、正当な事由があるときは、例外として訴願等の手続を経ることなく、直接裁判所に出訴することを認めているのである。あるいは、やむを得ない事情のため所定期間内に訴願等をすることができなかつたことを疎明して訴願等をすれば、訴願法第八条第三項の準用により、当該行政庁は、「宥恕すべき事由」があると認められる以上単に期間経過後の訴願であるとの理由のみで却下することができないと解し、従つて本件のような場合でも、原告は本訴を提起する前に訴願等をしなければならないとの説もたて得るであろう。しかし他面宥恕すべき事由の有無及び受理または拒否は総べて行政庁の自由裁量に属するとの説も行われるのである。この説に従うときは、訴願が期間経過後に提起された不適法なものとして却下されると、特例法の訴願前置主義の要件を欠くことになつて、ついに行政訴訟による救済を求めることはできなくなるわけである。とにかく訴願法第八条第三項の規定について、絶対的な自由裁量処分であるとの説も行われているのに、なお行政庁の好意を期待して、期間経過後も先ず訴願を提起しなければならないとすることは、ときに、自己の責に帰することのできない事由によつて期間を経過したものからも、法律上の保護を全く奪うような苛酷な結果を招くことになるのである。この故に、当裁判所は、全然自己の責に帰することのできない事由によつて訴願期間を経過したものは、特例法第二条にいわゆる「正当な事由がある」ものとし、訴願の裁決を経ないで、訴を提起することができるものと解するものである。冒頭に認定した事実、その他当事者弁論の全趣旨によると、原告は、その責に帰することのできない事由によつて、期間内に不服を申し立てることができなかつたことが明らかであるから、右に述べた理由によつて、本訴は、適法である。従つて、この点に関する被告等及び参加人の主張は理由がない。
二、次に、被告県知事が昭和二十三年十月二日本件買収をしたが、原告に対し買収令書の交付をしなかつたこと、同年十二月二十五日本件各売渡をしたこと、は当事者間に争いがなく、乙第一号証によれば、被告県知事が右買収令書の交付に代え昭和二十四年七月十一日付福島県報号外に掲載して公告したことを認めることができる。原告は、当時原告の住所が明らかであつたのであるから、被告県知事は原告に対し買収令書の交付をすべきであつたのに、公告をもつてこれに代えたのは違法であり、本件買収はその効力が生じていない、と主張し、被告等は、当時原告がブラジルに在住していたことは知つていたが、少くとも郵便の到達しうる程度の詳細は判らなかつたので、自創法第九条第一項但書にいわゆる「令書の交付をすることができないとき」に該当し、令書の交付に代えてされた公告は適法である、と抗争するので判断する。甲第二号証の一、二、証人佐藤耕三(第一回)、本多留蔵、本多貞三、本多ツメ、遠藤武(第一回)、本多与の各証言、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、右買収の公告当時原告はブラジル、パロナ州ロンドリーナ市に居住し、原告の母ツメはこれを知つていたこと、当時被告県知事は、本件農地の耕作者である参加人等に対し、原告のブラジルにおける住所について尋ねたが、同人が知らないというので、それ以上調査せず、原告の住所は不明であると速断したこと、ツメと同居していた養子本多貞三は、当時被告村農委の農地委員として本件買収計画に関与していたが、原告の住所について何等の申出もしなかつたこと、をいずれも認めることができる。そうすると、当時被告県知事がツメについて調査すれば、原告の住所が判明したはずであつたから、これを怠つた被告県知事の措置は少くとも妥当でなかつたといわなければならないが、自創法による農地買収手続は、占領軍の政策の一つとして著しく短期間のうちにその完全遂行を要請せられていたものであり、また、当時の我が国とブラジルとの間の交通事情や、右貞三の態度等を考え合わせれば、被告県知事が、一応耕作者たる参加人に確めて判明しなかつた以上、その所有者たる原告の所在が不明であると速断したことは、あながち違法であるとはいえない。むしろ、手続の迅速性の要求から、本件のような場合は自創法第九条第一項但書にいわゆる「令書の交付をすることができないとき」にあたると解するのが相当である。従つて、被告県知事が買収令書の交付に代えてした公告は適法で、本件買収はその公告の日である昭和二十四年七月十一日その効力を生じたものというべきである。
ところで、原告が昭和二十六年十一月二十九日帰国したことは当事者間に争いがなく、甲第一、二号証の各一、二、証人佐藤耕三、遠藤武(各第一回)、本多留蔵、本多貞三、本多ツメの各証言、原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は、ブラジルに在住中、その所有不動産に関し参加人との間に、紛争が生じていることを知つていたが、帰国当時本件買収等の各行政処分を知らず、昭和二十七年一月二十二日被告村農委に赴いて係員について調べた結果、初めてこれを知つたことが認められる。被告等は原告が帰国したのは本件各農地の処理のためであつたから、帰村直後原告は調査してこれを知つたはずであると主張するが、これにそう証拠はない。従つて、右主張を前提として、処分を知つた日から自創法第四十七条の二第一項所定の一箇月以上経過後、提起された本訴は不適法であるとの被告等の主張は理由がなく、原告が本件各処分を知つた昭和二十七年一月二十二日から一箇月以内である同年二月二十日提起された(このことは記録上明らかである。)本訴は適法である
三、次に、被告等及び参加人は、自創法第四十七条の二第一項但書が処分の日から二箇月を経過したときは訴を提起することができない旨規定するのは、特例法第五条第五項にいう特別の定めにあたり、従つて同法第五条第三項但書は適用されず、如何なる理由によるも右二箇月を経過すれば訴を提起することを許さない趣旨であるから本件各処分の日から二箇月以上経過後提起された本訴は不適法であると抗争するので判断する。自創法第四十七条の二が特例法第五条第五項にいわゆる他の法律に特別の定めのある場合に該当することは、特例法附則第三項の規定により明らかであり、また、自創法第四十七条の二第一項但書については、特例法第五条第三項但書に照応する規定がない。従つて、自創法第四十七条の二第一項但書は、急速に自作農を創設するため特に短い出訴期間を定めたものと解されないこともないけれども、特例法第五条第三項但書により与えられる救済を、自創法による抗告訴訟の場合に与えてはならないという合理的根拠なく、同条項但書の趣旨は、自創法第四十七条の二第一項但書の場合にも類推適用されると解するのが相当である。そうすると、正当な事由によつて自創法第四十七条の二第一項但書所定の二箇月以内に訴を提起することができなかつたことを疎明すれば、同法による抗告訴訟も許されるのであるが、原告は、本件各処分当時、ブラジルに居住したため、早急に本訴を提起することができず、右期間を経過したのであるから、期間内に本訴を提起することができなかつたことは、正当な事由によるものと認められる。従つて、本訴は適法であつて、この点に関する被告等及び参加人の主張は理由がない。
(本案についての判断)
一、先ず、本件買収令書の交付に代えてされた公告が適法であり、従つて本件買収はその公告の日である昭和二十四年七月十一日その効力を生じたものであることは前記のとおりであるから、右公告の違法を前提として、本件買収はその効力を生じていないとの原告の主張は理由がない。
二、次に、原告がいわゆる不在村地主であるかどうかについて判断する。
証人本多ツメ、本多貞三の各証言により真正に成立したと認める甲第三号証、甲第七号証、丙第一号証、証人本多留蔵の証言、原告本人尋問(第二回)の結果によれば、原告が大正初年頃本件農地のある福島県安達郡戸沢村の区域内を離れ、妻チヨノと共にブラジルに渡航するに至つたのは、明治四十四年頃原告の住所であつた同村大字南戸沢字竹ノ内六番地の居宅が火災によりその大半を焼失したため、(当時原告の父亀太郎、母ツメは同村大字南戸沢字広曽根山四番地に住み原告と別居していた。)原告は右竹ノ内六番地の焼け残つた土蔵、隠居屋に居住していたが、焼失家屋を再建し、また当時亀太郎が負うていた多額の負債を返済し、もつて一家の再興をはかろうと考え、それに必要な資金を獲得するため、募集中のブラジル行農業移民に応募するに至つたものであることを認めることができる。原告は、右の事由で渡伯したのは、自創法第二条第四項にいう「特別の事由」にあたると主張するが、同条項の「特別の事由」の範囲は、同法施行令第一条各号の場合に限定せられているところ、原告の右渡伯の事情は、そのいずれの場合にも該当しない。のみならず、右のような原告が渡伯するに至つた事情に、甲第七号証、丙第一、三号証、証人本多留蔵、本多貞三、本多ツメ、本多脩、本多与の各証言によつて認められる次の事実、すなわち、原告が渡伯後、亀太郎は参加人に対し、前記竹ノ内六番地の焼け残つた土蔵、隠居屋に居住することを許し、同人は妻イネと共に大正十四年頃から同所に居住していたが、その後、原告がいつ帰国するかわからないので、更に参加人に対し、同所に家屋を建築することを許し、同人は、昭和六年頃同所に八畳間三間、六畳間三間の家屋を建築して生活していた事実、亀太郎の死後、ツメは本多貞三を養子としてこれと同居していた事実、を綜合し、かつ、すべての証拠によつても、少くともいわゆる太平洋戦争の始まつた昭和十六年までに原告が帰国しようとしたことを認めることができないことを考え合わせると、原告は、とにかく相当長期間にわたつて前記居村戸沢村を出てブラジルに定住し、農耕に従事しようとの意思でかの地にわたり、かつ同地で少くとも約三十年間以上この意思を実現していたものと解せられるから、たとえ、渡伯の目的が一家再興の資金を得るためであり、終生ブラジルに居住するの意思がなかつたとしてもこれを以て、一時のやむを得ない事由により渡伯したものということはできない。そうして、当事者間に争のない、原告の父母が前記戸沢村内に居住し、亀太郎の死後母ツメが原告の委任によつて本件農地を管理していた事実は、右の認定を左右しない。
従つて、自創法第二条第四項にいう「特別の事由」あることを前提とし、同条項によつて、原告の本件農地に対する所有権はその母ツメの有するものとみなすべきである、との原告の主張、また、同法第四条第二項によつて、原告の住所は、渡伯前の原告の住所である前記字竹ノ内六番地にあるとみなすべきであるとの原告の主張はいずれも失当であり、さらに、原告が渡伯以前ツメの住所たる前記戸沢村大字南戸沢字広曽根山四番地に居住していたことを認めるに足る証拠はなく、原告の住所は同所にあるとみるべきであるとの原告の主張もまた理由がない。
のみならず、原告が自創法第四条第三項にいわゆる「正当の事由」によつてやむを得ず居村戸沢村に住所を有しなくなつた場合ということもできないのであるから、これを前提とする原告の主張は失当である。
そうして、以上の認定によれば、原告の生活の本拠、従つて住所は、渡伯と同時にかの地に移り、本件買収計画当時、既に前記戸沢村にはなかつたものと認めるのが相当で、原告は、本件各農地の所在地である右戸沢村に住所を有しない、いわゆる不在村地主であるから、不在村地主でないことを理由として、本件各処分の違法を主張する原告の請求は理由がない。
三、次に本件各農地が自創法第二条第二項にいう小作地であるかどうかについて判断する。
本件各農地は以前原告の父亀太郎の所有であつたが、その後明治三十四年十二月三日亀太郎から本多留蔵に、さらに大正七年十月二十八日と同十一年十一月二十一日の二回に留蔵から原告に、それぞれ売買を原因とする所有権移転登記が経由されていること、昭和十六年四月二十四日亀太郎の死亡によつて原告が家督相続をしたこと、はいずれも当事者間に争がない。
被告等は、右各所有権移転登記は、当事者が相通じてなした虚偽の意思表示に基きなされたもので、登記にそう所有権移転はなく、原告は相続によつて亀太郎よりその所有権を取得したものであると主張するので判断する。
甲第三号証、甲第四号証の一、三、六、原告本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したと認める甲第五号証、丙第一号証、証人本多留蔵(一部)、本多ツメの各証言、原告本人尋問(第二回)の結果によれば、亀太郎は、明治三十四年頃、多額の負債を負い、債権者からその所有財産に対し差押をされる危険があつたので、強制執行を免れるため、弟本多留蔵と相通じて、本件農地を他の不動産と共に、その所有名義だけを同人に移転したにすぎないこと、その後、大正七年頃になつて、亀太郎は、原告がいつブラジルから帰国するかわからないが、いずれは家督相続人である原告の所有に帰すべきものであるから、本多留蔵の所有名義に移した右各農地を、この際原告に贈与しようと考え、留蔵と相談して、同人から原告へその所有名義を移したこと、従つて、右の各名義の移転は、いずれも売買契約に基いてされたものでなく、また、当事者間に金銭の授受もなかつたこと、をいずれも認めることができる。証人本多留蔵の証言中、右認定に反する部分は信用できない。
そうすると、右各所有名義の移転は、いずれも、形式上は売買を原因としてされているが、亀太郎から留蔵への名義移転は、両者相通じてした虚偽の意思表示に基くもので無効であり、実質上、本件各農地は、大正七年頃、その所有者であつた亀太郎から原告に贈与せられたものであると認めるのが相当である。なお、甲第四号証の一、三、六、の記載には、右認定に合致しない部分もあるが、甲第五号証の記載と対比して考えれば、これによつて、右の認定をくつがえすに充分とはいえない。
ところで、甲第三、六号証、乙第四、五号証、丙第一号証、証人本多与、本多ツメの各証言により真正に成立したと認める乙第三号証、証人渡辺修吉の証言により真正に成立したと認める乙第七、八号証、証人佐藤耕三(第一、二回、但し、第二回は一部)、遠藤武(第一、二回)、本多留蔵(一部)、本多ツメ、本多貞三、本多脩、本多与、松尾藤江、渡辺修吉の各証言、原告本人尋問(第一、二回)の結果によれば、亀太郎は、大正十二、三年頃から本件第一目録記載の農地(但し、字竹ノ内七番の一、畑三反九畝十五歩のうち七畝歩を除く。)及び第二目録記載の字宮田三十八番畑六畝三歩、同三十九番畑一畝十七歩を参加人に、第一目録記載の字竹ノ内七番の一、畑三反九畝十五歩のうち七畝歩及び第二目録記載の農地(但し、字宮田三十八番地畑六畝三歩、同三十九番畑一畝十七歩を除く。)を松尾藤江に、第三目録記載の農地の渡辺修吉に、それぞれ賃貸し、同人等からそれぞれ小作料を受領していたこと、亀太郎が死亡してからは、ツメが藤江及び修吉から昭和二十二年度分まで小作料を受取つていたこと、たゞ参加人は、小作料を支払わないこともあつたが、その際は、これを原告名義で貯金していたこと、ところが、昭和二十二年五月、参加人は、その耕地の集約をはかるため、自己の耕作中の第二目録記載の字宮田三十八番、同三十九番の畑を、松尾藤江の耕作していた第一目録記載の字竹ノ内七番の一畑のうち七畝歩と交換して耕作しようと考え、被告村農委に対し、その斡旋方を申出たので、被告村農委は、これが斡旋をはかつたが、藤江が応じないため不調に終つたこと、その後同年秋頃、参加人と藤江は、他人の仲介で、右のとおりその耕地を交換し、結局参加人は第一目録記載の農地全部を、また藤江は第二目録記載の農地全部を、各耕作して、引続き本件各処分当時に至つたこと、被告村農委は本件各処分当時、右交換耕作の事実を黙認していたこと、をいずれも認めることができる。証人佐藤耕三(第二回)、本多留蔵の各証言中、右認定に反する部分は信用しない。
そうして、原告の渡伯中、亀太郎が、同人の死亡後はツメが、いずれも本件各農地を管理していたことは当事者間に争いがない。亀太郎は、原告の渡伯した当時から、本件各農地を原告に贈与した後までも、引続きこれを管理し、また証拠上、贈与を受けた原告が亀太郎に対し、その管理方法その他について何らかの指示を与えたような事実は認められないのであるから、原告が渡伯するに至つた前記の事情を考え合わせれば、原告は、本件各農地の管理一切を、全面的に亀太郎に委任し、亀太郎は、原告の代理人として、原告のために、参加人、松尾藤江、渡辺修吉と前認定のように賃貸借契約を結び、亀太郎の死亡後は、同人に代つてツメが引続きこれを管理していたもので、当初(すなわち、右交換耕作の行われるまでは)、原告と右三名との間には適法な小作関係が存続していたと認めるのが相当である。従つて、少くとも右交換に供せられた第一目録記載の字竹ノ内七番の一、畑三反九畝十五歩のうち七畝歩、第二目録記載の字宮田三十八番畑六畝三歩、同三十九番畑一畝十七歩の各農地を除いた各農地は、自創法第二条第二項にいう小作地であるから、これを適法な権限に基かない不法耕作地であると前提し、これに対してされた本件各買収計画、買収の違法を主張する原告の請求は失当である。
そこで、次ぎに、右交換に供せられた各農地が自創法第二条第二項にいう小作地であるかどうかについて判断する。参加人と松尾藤江の間で行われた前認定の交換耕作が、当時の管理人であつたツメの、従つて、所有者である原告の承諾のもとに行われたと認めるに足る証拠はない。原告は、このように所有者の承諾なく賃借人間で行われた耕地交換の結果、右の農地は不法耕作地となり、小作地でなくなつたと主張するけれども、当初適法に小作していた参加人と松尾藤江が、互に、その小作地の一部を交換したのは、結局、所有者の承諾なしに、いわゆる無断転貸した場合と、法律上その効果は同一に考えるべきもので、原告の承諾がないことは、単に転借人である参加人及び松尾藤江が、その転借権をもつて貸主である原告に対抗することができないのに止まり、転借土地、すなわち右の交換された農地が、自創法上小作地であることには少しも変りがないと解すべきである。そうして、被告村農委は、前認定の耕地交換の斡旋が不調に終つたことを知りながら右交換の事実を黙認して、本件の買収計画、売渡計画を樹てたのであるから、暗黙のうちに、右耕地交換の事実を承認したものと認めるのが相当である。従つて、右交換に供せられた各農地を自創法第二条第二項にいう小作地でないと前提し、これに対してなされた本件各買収計画、買収の取消を求める原告の請求もまた失当である。
四、以上に認定したように、本件各農地は、不在地主の所有する小作地であるから、自創法第三条第一項第一号によりなされた本件買収計画及び買収に違法の点はない。従つて原告は、右買収によつて既に本件各農地に対する所有権を喪失したものであるから、右に続いてなされた本件売渡計画、売渡の取消を求める法律上の利益を有しない。
五、よつて原告の本件請求はすべて理由がないので、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 杉本正雄 松田延雄)
(目録省略)