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福島地方裁判所 昭和28年(モ)104号 判決

当裁判所が昭和二十八年(ヨ)第五九号商号使用禁止仮処分申請事件につき昭和二十八年六月二十五日した仮処分中「執行吏は本件仮処分を公示するため公示板を見易き場所に掲示せよ」との部分は申立人らが各二、〇〇〇円の担保を供することを条件としてこれを取消す。

申立人らのその余の申立はこれを棄却する。

申立費用はこれを十分しその一を被申立人の負担とし、その余を申立人らの負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

二、事  実

申立人ら代理人は保証を立てることを条件として、福島地方裁判所昭和二十八年(ヨ)第五九号商号使用禁止仮処分申請事件につき、同年六月二十五日同裁判所のした「申立人渡辺奨、同有限会社菊屋総本店、同佐藤幸次郎、同鈴木重雄、同斎藤貞夫は菊屋総本店或は之に類似する商号を使用し、或は斯かる商号を記載した看板標識等を掲げてはならない。申立人菊屋総本店、同渡辺奨、同佐藤幸次郎、同鈴木重雄、同斎藤貞夫は「菊屋羊羹」「菊屋最中」なる名称或は之に類似する名称を有する菓子類を販売し或は斯かる菓子類を販売する旨の看板標識類を掲げてはならない。申立人杉山一二は「菊屋或は之に類似する文字を刻みたる最中の皮」を製造販売してはならない。被申立人の委任した福島地方裁判所執行吏は、(一)申立人有限会社菊屋総本店、同渡辺奨、同佐藤幸次郎、同鈴木重雄、同斎藤貞夫方においては菊屋総本店、菊屋の最中、菊屋の羊羹なる文字或は之に類似する文字を有する看板旗硝子戸その他の物件を除去せよ。右執行吏は右申立人らに対し菊屋総本店或は菊屋の羊羹、菊屋の最中なる文字或は之に類似する文字を有する最中の皮、包装紙、袋栞、経木、菓子折箱、菓子運搬及び保存用箱その他の物件につき、之が使用の禁止をせよ。右除去及び使用禁止の為に必要あるときは右除去すべき物件及び使用を禁止すべき物件につき申立人らの占有を解き之を執行吏において保管せよ。(二)被申請人杉山一二に対し菊屋又は之に類似する商号を有する最中の皮の製造を禁止し、且つ菊屋なる文字を有する最中型につき申立人杉山一二の占有をとき之を執行吏において保管せよ。(三)本件仮処分を公示するため公示板を見易き場所に掲示せよ。」との仮処分決定はこれを取消すとの判決を求め、その理由として、

一、右仮処分命令に基き被申立人は申立人らに対し昭和二十八年六月二十九日、三十日にわたり右仮処分命令を実施した。その実施状況は執行吏が右仮処分命令を突如として申立人らに突きつけると同時に申立人らの店舗の各商号を表わした看板を破壊し、はぎ取り又は塗りつぶして文字を抹消し、製品を持去り、き損し、拒否したのにもかゝわらず、有無を言わせず申立人らの家宅に侵入して捜索をなし、その上製品の販売を禁止し、若し違反すれば刑罰に処する旨の公示を申立人らの各店頭に人目につくようになすという苛烈極るもので、このような仮処分の実施によつて申立人会社は事実上営業を中止しなければならないことになつたのである。

二、右仮処分命令は以下述べるように被保全債権も必要性も存在しないものである。

(1)  申立人会社が使用した「有限会社菊屋総本店」という商号は同会社の本店の所在地である福島県信夫郡飯坂町地域を管轄する福島地方法務局飯坂出張所の登記所において適法に登記した商号であつて、この商号を使用して他人が営んでいると同種同類の商品を製造販売する行為は憲法上、商法上自由であり申立人会社の正当な権利行使である。

吾が国の経済機構は自由主義的であり資本主義的であるから商人が自分の自由意思で自ら好む営業を選び、商号を創設して同種同類の商品を扱う他の業者とこれが販売市場において互に営業上の競争をなすことはやむをえない現象である。そこで右のような自由競争に或程度の制限を加えようとする不正競争防止法は特に「不正の競争の目的を以て」と規定しているのである。従て右規定にいう不正の競争の目的がないときは同法を適用して業者の正当な営業の自由競争、商号の自由使用を制限はできないのである。

ひるがえつて本件当事者である両会社の商号を見るに、被申立人が福島市で登記した商号は「有限会社菊屋」であり、申立人が前記飯坂町において登記した商号は「有限会社菊屋総本店」である。両者を比較検討するに「有限会社菊屋」までは双方共通であつて唯「総本店」なる表現文字の部分が異るだけであるから申立人の商号は被申立人の商号に類似性を有していると認められてもやむをえないかも知れないが、しかしこの事実だけでは未だ商法第十九条第二十条及び不正競争防止法にいう「不正の競争の目的」があるとは速断できるものではない。そもそも不正競争防止法の精神は既存の甲業者が鋭意努力して築き上げた業務運営の基盤が健全でその取り扱う商品が安心して需用されるという風に社会の信用を得且つ保持しているのに対し、業態も基盤も甚だ脆弱性を包蔵する乙業者が甲者に似せまぎらわし、不正の利を穫ようとする場合にこれを制限し、甲者の信用と社会一般の需用の安全度を保護するために制定された法律であつてこの規定は厳格に解されなければならないものである。

そこで前記仮処分における申立人と被申立人との商号の競争が果して右にいう不正の競争の目的の法的観念を容れる余地があるかどうかを事実に照して判断してみなければならない。

(2)  被申立人会社の最中や羊かんの売れ行きが減少したとすればそれは被申立人会社がうぬぼれて老舗を気取り、砂糖の入れ方が貧弱であんこの盛り方が少くかつうまくないから同会社より優れた方に敗けたのであるからそれは身から出たさびで自業自得の致すところである。

(3)  福島の菊屋は先代伝五郎が死亡してから兄弟同士がいわゆる御家騒動を引き起し、各別々の会社組織の店舗に拠り互にしのぎを削つて市場において販売を競争している事実は既に福島市、飯坂町は勿論県下にも知れ渡つて世人は両者を混同するようなおそれは殆どない。されば通信、運送店を通じて荷の出入りその他の取引においても両者が混同されて戸迷いして飛び込んだということがこれまで一度もないのである。このことは世人が確然と両者が別々の立場の店であることを認めている証左である。

(4)  また申立人会社が被申立人会社の責任において営業をしているように装つて不正の競争を為し、不正の利を得ようとしているなどと認めている者はなく、唯世人は両会社の代表者が兄弟同士であり、最中や羊羹で良い評判を得た亡父伝五郎の伝統をいずれが生かしてゆくかを見守つているだけである。

(5)  被申立人会社は資本金僅かに金二十万円で店舗は一ケ所だけでやつているのである。今日の時勢において金二十万円の資本金で運営している業者はいわゆる零細業者の部類に属し、荷の動き、収支、利じゆんはおよそ知れたものというべきである。

一方申立人会社は資本金五十万円で決して大資本とは言えないまでも現在約七ケ所に特約店を持ち、相当な売上げを示しており、従業員も亦約二十数名になつておるのである。しかも被申立人会社は前記亡伝五郎の跡を事実上相続したようになつているのに反し、申立人会社に同じ伝五郎の子でありながら財産的に何らの承継をしていない。唯亡伝五郎の持つていた菓子造りの技術を体得承継したに過ぎないので、申立人会社に社員として集つている三人の兄弟は以上の事情から菓子の製造販売をしてゆくことが唯一の生活であり、これなくしては生活を続けられない現在の立場である。

菊屋総本店なる商号は被申立人会社の菊屋の総元締めの表現ではなく、今後申立人会社は兄弟三人でやつているが、それぞれ家族もあり将来発展を遂げて兄弟仲睦しく各方面に分店を開設して、各々の立場で発展し一面本拠を総本店に依拠するという意味の商号である。

被申立人会社に対し不正競争の目的は毫も持つていない。争うとなれば只正々堂々と業者として営業上の競争を展開してゆくに過ぎないのである。

(6)  以上の両会社の実情からみて申立人会社側の人員多数の生活の道を絶ち切つてしまうような本件仮処分命令を発するに当つては、担当裁判官は被申立人のその申請理由が正当か否か、また民事訴訟法第七百六十条にいう継続する権利関係につき著しき損害を避け若しくは急迫な強暴を防ぐため、又はその他の理由によりこれを必要とするときに限るという事実が真に存在しているかどうかを審理すべきであり、その審理は一応口頭弁論を開いて当事者間の利害を訊し、適当な範囲において命令主文を決定するのを相当とすべく、これをしなかつた右裁判官の措置は不当である。本件仮処分命令の主文決定に至るまでの経過における申請の理由、その疎明方法の価値判断は右裁判官の自由心証の権限であるが、しかし自由心証の権限も実験則を無視することは許さるべきものではない。本件仮処分命令で被申立人が提出した疎明資料と申請の趣旨及び理由を綜合して考えるとき、実験則に照し本件仮処分命令のような苛酷極る処分を突如即時断行させるような命令が人の基本的人権に如何に重大な負担をもたらすようになるかは、容易に判断されることである。以上の事実関係に照してみるときは本件仮処分命令は甚だ事実に即応しない不合理な命令である。

三、本件においては被申立人から申立人に対する被保全債権は前記のように存在しないのであるが、仮にこれが存在するとしてもそれは金銭補償によつてその終極の目的を達し得べきである。

四、申立人は本件仮処分により普通受けるよりも多大の損害を被ることになる。すなわち前記一記載のとおり本件仮処分の実施は苛烈を極めたゝめ申立人会社は事実上営業を中止しなければならなくなつた。このために申立人会社はその社員、それらの家族、従業員及びその家族達が生活の道を断たれるに至り、目下非常な困窮にあえぎつゝあるという現況である。

このような信用上、名誉上また物質上甚大な損害を被り、この損害は異状な困難を克服するのでなければ到底回復することができないゆえ致命的な打撃である。

このような執行は被申立人が申立人らに対して本案訴訟において勝訴の判決が確定したときと同様で到底通常忍ぶべき損害ではない。そのうえ、(一)申立人らの店先に約二尺四方の公示板を立てゝ本件仮処分の趣旨以上の不名誉と社会の疑念をかもすような公示を施し、(二)看板は一面に塗りつぶして申立人らに甚大な不快な感情を四六時中いだかせ、(三)本案訴訟において不正競争防止法に該当する事案であるが、全く未確定中に申立人会社の商品販売を禁止し、あまつさえこれに違反すれば刑罰に処する旨を公示して申立人及び社会一般人を恐怖せしめている現状である。

これらの事実は申人らに対し、有形無形の甚大な苦痛と損害を与えている。

よつて本件仮処分の維持は申立人側の多数の人員の生活を危殆に瀕せしむる重大な結果を発生し、以上列挙の事実に徴し本件仮処分の執行によつて通常生ずる損害より著大な損害の発生すべき事情にあると言わなければならない。

よつて申立人らは民事訴訟法第七百五十九条により保証を条件として前記仮処分決定の取消を求めるものであると述べた。<立証省略>

被申立代理人は申立人らの申立を却下するとの判決を求め、

一、申立人らの主張する事実のうち(1) 前記一の事実中申立人の本件申立の趣旨記載の仮処分命令に基き被申立人は申立人らに対し、昭和二十八年六月二十九日、三十日にわたり、右仮処分命令を実施したこと、(2) 被申立人会社は資本金二十万円であること。(3) 申立人会社の資本金が五十万円であることはいずれも認めるが、その余の事実を争う。申立人会社はその取消を求めようとする仮処分(本件仮処分)により、その営業を禁止されたものでなく、申立人会社は常にその目的とする営業をなし得る。すなわち申立人会社は本件仮処分命令主文各掲記の行為を禁ぜられたに過ぎず、菓子の製造販売、最中や羊羹の製造販売はその欲するまゝになし得る。また現実に申立人会社は菓子(最中及び羊羹を含む)を製造販売している。

申立人会社が不正に被申立人会社の商号を冒用してから新聞等により「お家騒動」として喧伝されたことは事実であるが、これにより世人に誤認を防ぐべき周知方法となつたというようなことは到底あり得ないことである。世人は菓子販売店である申立人会社、被申立人会社の両者につき、その住所の相違類似する商号の正確な分別を記憶し得るものではなく、たかだか「菊屋羊羹、菊屋最中」に関する争として印象しているのみであり、「菊屋総本店、有限会社菊屋」の両者を区別し混同を避け得るというようなことは全くあり得ない。本件紛争は兄弟同士の争ではなく、申立人会社と被申立人会社間の事で、世人は申立人会社、被申立人会社間の争の実情、動機等を知らないので申立人会社の出現によりこれを被申立人会社と混同するのみである。

二、本件仮処分の被保全債権及びその申請の理由は次のとおりである。

すなわち被申立人会社は昭和二十三年九月二十日「和洋菓子の製造、販売、代用食の委託加工及び材料の売買」を目的として成立した有限会社でその商号である「菊屋」は会社成立と同時に登記せられた。申立人会社は昭和二十八年二月二十八日「菓子の製造卸小売」を目的として成立した法人である。「有限会社菊屋」と「有限会社菊屋総本店」とが類似商号であること、すなわち一般取引上世人が商号全体の印象において混同誤認を生ずるおそれのあることは極めて明白である。被申立人会社の商号「有限会社菊屋」は「菊屋」なる部分が通称であり、申立人会社はこれをその商号に取り入れているのである。申立人会社がその商号を不正競争の目的(世人をして営業の同一性につき申立人会社と混同誤認を生ぜしむる目的の意味)で使用していることは次の(イ)から(ト)までの事実により明白である。

(イ)  申立人会社の役員及び社員はいずれも被申立人会社が昭和二十三年九月二十日成立したこと及び被申立人会社の商号をその成立の当時から知つている。そのわけは申立人会社の取締役は赤間善吉、菊田善治、中村善吾の三名で、右三名はいずれも被申立人会社の社員で、かつ中村善吾は被申立人会社の設立当時監査役であつたこと及び申立人会社の社員は前記三名のほか菊田善平、斎藤甚吉で申立人会社代表取締役菊田善助及び菊田善平の親戚であることから明らかである。

(ロ)  被申立人会社と申立人会社は同一の営業を目的とし、被申立人会社は創立以来五年で福島県における菓子製造販売業におけるいわゆる店舗として一流の名声を有すること、被申立人会社の発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」は福島市及びその近傍において著名であり、広く認識せられた菓子で従て福島名物としてその販路は遠く他県にまで延びまた旅行者、観光者が土産物として愛好購入する菓子であること、右「菊屋羊羹」は福島県及び福島県観光連盟により県内特産土産品推せん第一号とし、「菊屋最中」は第二号としいずれも昭和二十六年七月二十日推せんせられ、それぞれ推せん状を交付せられ、その推せん及び推せん状の交付は引続き現在に至つていること、「菊屋羊羹」「菊屋最中」は県外、県内の著名市の一流デパート、物産館で開催せられた福島県観光物産展、土産品コンクール等に八回にわたり出品のうえ、常に、好評を博し、(品質の優劣の決定をなすコンクールの場合に常に)優良品として格付されたこと、被申立人会社の商号も右「菊屋羊羹」「菊屋最中」の名声と共に広く認識せられた商号であること、被申立人会社においてその発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」の売上金額のみでも福島市内の菓子店における一流であること以上列挙の各事実を申立人会社の役員及び社員は熟知している。

(ハ)  申立人会社は昭和二十八年一月同市においては申立人会社と同一の商号で会社を設立しようとして福島地方法務局に有限会社設立登記申請をなし同局より商法第十九条に基き登記不能を諭告されたことがある。

(ニ)  申立人会社は被申立人会社の発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」と名称、形状外観、色彩、包装、添付紙、包紙箱、箱、刻印その他につき全然同一状態で羊羹及び最中を販売している。

(ホ)  申立人会社は「通称菊屋によつて表彰せられる被申立人会社と菊田伝五郎(被申立人会社代表取締役菊田善助の実父昭和二十七年十月十三日死亡)は同一である。申立人会社は菊田伝五郎従て菊屋を承継した。」旨の広告或は「永らく愛顧を戴いた菊屋の羊羹と菊屋の最中を顧客の便宜を図るため申立人会社の同市直売所で販売する」旨の広告をなし、恰も被申立人会社が販売してきた「菊屋羊羹」「菊屋最中」が申立人会社で販売せられるような広告をし、申立人会社の「菊屋羊羹」「菊屋最中」の販売の広告は不断に強力になされており、その広告表現の態様(申立人会社は被申立人会社と全然同一の白抜の広告をなす)広告文の文字の態様、図案の態様等すべて被申立人会社と同一である。

(ヘ)  申立人会社はその商品の販路を同市に求め、同市において七ケ所に特売店を有している。なお申立人会社は県庁、鉄道、料理店等においてその「菊屋羊羹」「菊屋最中」の売込を策し、その結果被申立人会社は従前一ケ月数万円に達した県庁、鉄道、料理店等に対する売上げが殆ど停止している。

(ト)  申立人会社は商法第二十条第二項により不正競争の目的を有するものと推定せらるべきである。同項における「他人の登記した商号」には「登記した商号に類似する商号」も包含するものと解すべきである。

従て被申立人会社は商法第二十条第一項及び不正競争防止法第一条第一項により申立人会社に対し前記(ニ)の羊羹及び最中の販売の禁止を請求し得る。そのわけは前記二の(ロ)のように被申立人会社の「菊屋羊羹」「菊屋最中」は広く認識せられた商品であり、申立人会社の右販売行為は広く認識せられた他人の商品であることを示す表示と同一若くは類似のものを使用した商品を販売する行為であるからである。そのほか被申立人会社は継続的納入先侵害の危険に曝され、商品売上の減少を来し、被申立人会社と申立人会社とは別個であることを世間に周知せしめる宣伝をしなければならない必要を強いられ、申立人会社が粗悪品を販売しその販売が被申立人会社のものと誤認せられ被申立人会社の信用を失ついするに至る危険に曝されるような事態に立至つたので、被申立人会社は申立人会社に対し、昭和二十八年六月二日商号使用禁止仮処分を申請し、同日右仮処分決定は発布せられた。ところが右仮処分命令は申立人会社の住所に会社の実体が存在しないため執行不能に陥つたのである。

次に申立人渡辺奨は肩書住所で果物及び菓子商を経営し、同佐藤幸次郎、同鈴木重雄、同斎藤貞夫はいずれも各肩書住所で菓子商を経営し、同杉山一二は肩書住所で最中皮製造業をしているものであるが、右渡辺、佐藤、鈴木、斎藤は「菊屋総本店直売所」なる看板を掲げ「菊屋羊羹」「菊屋最中」と類似のものを販売し、右杉山は「菊屋の刻印を有する最中皮」を製造し、これを申立人会社に販売している。右申立人五名はいずれも被申立人会社の商号、被申立人会社の発売する「菊屋羊羹」「菊屋最中」が広く認識せられた菓子であることを知つている。そこで被申立人会社は渡辺、佐藤、鈴木、斎藤に対し昭和二十八年六月二十四日付内容証明郵便で菊屋総本店直売所の看板の撤去及び菊屋羊羹、菊屋最中と類似のものゝ販売停止を求め、その翌日その郵便は同人らに到達したが、同人らはこれに応じなかつた。そこで被申立人会社はやむなく昭和二十八年六月二十五日本件仮処分を申請し、同日中にその決定を得た。

三、申立人らの主張する右仮処分決定の取消を求める特別の事情の存在に対しては次のとおり主張する。

(1)  本件被保全債権は前記のとおり結局被申立人の商号専用権に対する申立人らの侵害を排除する請求権であり、又はこれを主としているのであるが、商号権は財産権と人格権と両面を具有し、その侵害に対しては氏名権のように人格権侵害と同様に損害賠償以外に謝罪広告の如き信用回復に必要な措置を必要とする。(不正競争防止法第一条の二)従て本件の場合右仮処分の取消により被申立人の被ることあるべき損害が金銭的補償のみを以て終局の目的を達し得ないものというべきである。

仮に右損害が抽象的に金銭によつて補償され得るものとしても被申立人会社としては被申立人会社が申立人らの被申立人の商号使用及び「菊屋羊羹」「菊屋最中」と外観上同一物を販売することによつて被る損害額の立証が次の(イ)から(ハ)までの理由により著しく困難である。

(イ)  申立人会社の被申立人会社に対する商号権侵害により、被申立人会社の被る信用失ついはこれを算定することが困難であり、また「菊屋羊羹」「菊屋最中」を申立人らが販売することにより被申立人会社の被る損害は被申立人会社において申立人らの販売行為に関与することができず、またその販売額を被申立人会社が知り得る方法が考え得られないから、右仮処分取消により被申立人会社の損害はこれを立証することが不能であること。

(ロ)  申立人らは被申立人より売価を引下げて「菊屋羊羹」「菊屋最中」を販売するおそれがあり、従前においても現に同人らは一定日を限り二割引値下げ販売をしている。このような事実があれば被申立人会社は対策上やむを得ずその商品の価格の引下げをしなければならなくなり、これら諸般の関係から生ずべき損害に至つてはその立証殆ど不能であること。

(ハ)  申立人らが本案敗訴の予想、経営上の苦況、販売利益の増加、廃業の前提その他の事由により「菊屋羊羹」「菊屋最中」の類似品の品質を劣悪化し得ることが予想され、このような場合その影響は直ちに被申立人会社に及し、被申立人会社が日夜苦心してその名声を培養発揮した「菊屋羊羹」「菊屋最中」の名声は直ちに危殆に瀕するに至る。また申立人会社は被申立人会社の販売してきた「菊屋羊羹」「菊屋最中」が申立人会社において販売せられるような悪質の広告をなし、申立人会社は前記のように被申立人会社が得た第一次仮処分命令に服さず、やむなく更に被申立人会社が得た第二次仮処分命令にも服さず、その仮処分命令において禁止せられた「菊屋総本店」の看板を掲げ、その広告をなし、かつ被申立人会社の使用すると同一である標識紙、包装紙、包箱を使用して「菊屋羊羹」「菊屋最中」を販売している。従てこのような悪質な申立人らに対する場合、被申立人会社が本件仮処分決定取消による損害等の立証をなすことは殆ど不能であること。

(2)  申立人会社は本件仮処分により通常忍ぶべき損害を受けるものではない。前記のように申立人会社は本件仮処分命令により羊羹、最中その他の菓子の製造を禁ぜられたのではないから普通受けるよりも多大な仮処分の損害があるとは言われないと述べた。<立証省略>

三、理  由

一、被申立人が本件申立の趣旨記載の仮処分に基き、申立人らに対し昭和二十八年六月二十九日、三十日にわたり、これを実施したこと、被申立人会社の資本金は、二十万円で、申立人会社の資本金が五十万円であることは当事者間に争がない。

当事者間に争がない。

二、よつて、申立人ら主張のように右仮処分を取消すべき特別事情があるかどうかについて判断する。

(一)  先ず申立人らは右仮処分にはその被保全債権が存在しない旨及びその不当性について主張しているが、右は右仮処分自体の当否を争うもので仮処分を取消すべき特別の事情となるものではないから、申立人の右主張はそれ自体失当である。

(二)  次に申立人らが右仮処分によつて保全せられる債権は金銭補償によつてその終極の目的を達し得べきものであると主張するのでこの点について考える。

申立人らの本件申立の趣旨記載の仮処分の主文、疏第三号証の一乃至五、弁論の全趣旨により本件被保全債権は被申立人の商号専用権に対する申立人らの侵害を排除する請求権すなわち商号使用差止請求権であり、又はこれを主としていることを一応認めることができる。

そこで商号権の性質について考えるに商号は企業を表彰して企業の目的である経済的利益の追求を実現せしめる機能と企業譲渡の場合において商号をも財産の一構成部分として評価する取引の実情からみて商号権が財産権であることは疑いないが、企業は同時に国民経済を担当する一構成単位として何らかの有益な経済的寄与をなすべき社会的任務を有するものであるから、自己を表彰する商号の使用を害されることは単なる財産的価値を超えた意味が考えられる。

商号侵害者に対し損害賠償以外に謝罪広告の如き信用回復に必要な処置を認め得る根拠(不正競争防止法第一条の二)は恰も一般人格者の名誉におけると同じく、その人格権的性質に由来するものといわなければならない。そしてこのことは企業形態の如何に関するものではなく物的会社についても同様であるとみなければならない。もとより人格権は譲渡性を有するものではないが商号の人格権性は特定企業の抽象的人格性と終始し企業その時々の具体的担い手の変更を問わないものであるから、企業の譲渡性は人格権の具有とは矛盾しない。従て商号権の侵害は単に財産上の損害を招くのみならず他面商取引の主体である人格従てその信用に影響を及ぼすこと多大でこのような損害は到底金銭を以て充分にこれを補償することができないと認めるのを相当とする。本件について具体的に考えてみると申立人会社の商号が「有限会社菊屋総本店」で被申立人会社の商号が「有限会社菊屋」でかつ右両会社が別個の会社でその商号が類似性を有することは当事者間に争がない。証人菊田善平、菊田伝吉の各証言、疏乙第二号の一を綜合すると申立人会社が不正の競争の目的を有することは本件において考慮の外におくとしても、申立人会社が「菊屋の羊羹」の総本家は申立人会社であつて、被申立人会社は偽せものであるかの如き広告をしていることが認められる。この場合被申立人会社が右の広告によつて被るところの商号権の侵害による損害は単に金銭上の損害にとゞまらず、被申立人会社の人格、従てその信用に影響を及すこと多大であると言わなければならない。従て本件仮処分によつて保全せられる前記被申立人の権利は申立人の主張するように金銭的補償を得ることによりその終局の目的を達し得べき性質の権利であるとはいえないから、その余の争点につき判断するまでもなくこの点に関する申立人らの主張は採用することができない。

(三)  更に申立人らが右仮処分により通常受けるよりも多大の損害を被る旨の主張について考えるに、証人菊田善平、赤間善吉、菊田伝吉の各証言、疏甲第二号証疏乙第一号証の一乃至三を綜合すると、(イ)申立人会社の売上げは本件仮処分以前は平均一ケ月約八十万円であつたが、その以後は三十万円余位であること、(ロ)申立人らの店先に約二尺四方の公示板を立てられたことにより、申立人らが精神的苦痛を被り、且つ社会の疑念をかもすような状況にあること、(ハ)被申立人会社は申立人会社が設立されたため鉄道その他飲食店からの註文が殆どなくなつたこと、(ニ)被申立人会社は申立人会社が設立される以前は一ケ月六十万円位の売上げがあつたが申立人会社が設立されたため三十万円位に減少したこと、(ホ)申立人渡辺奨、同鈴木重雄、同佐藤幸次郎方店舗前には本件仮処分後も「有限会社菊屋総本店」の商号を掲示した看板を掲げていること、以上の各事実を一応認めることができる。なお証人菊田善平は、申立人菊田善吉、同菊田善治、同中村善吾は、いずれも申立人会社の収入によつて生活をしているので、本件仮処分による申立人会社の前記収入減のため生活に困つている旨の証言をしているが、右証言部分は、証人菊田伝吉の証言と比べると容易に信用することができない。ところで右に認定したとおり申立人らはその店頭に約二尺四方の公示板を立てられるという、仮処分の執行により精神的苦痛を受けているのであるが、それが同時に申立人らの営業につき相当の障害となつていることは推認に難くなく、しかもこれは申立人らが菊屋なる商号を用いて営業すると否と、また菓子製造販売業を営むと否とを問わず店舗をかまえて営業する以上、その営業に障害をおよぼすものであつて、申立人らのよつて受けるべき損害は少くないのに対し、この部分を取消してもそれだけで被申立人のこうむる損害はほとんど発生または増大しないものと考えられる。すなわち、この公示を執行吏に命じた部分によつて申立人らのうける損害は、それが取消された場合の被申立人のうける損害とくらべてきわめて大きいので、これを取消すべき特別事情があるものといえる。然し、本件仮処分中その他の部分については、申立人の前記損害と本件仮処分の取消によつて被申立人会社が被る損害との比較、その他前記の諸事情を綜合して申立人が本件仮処分によつて被る損害の程度は、通常の程度を超える多大の損害であるとは認め難い。すなわち本件仮処分中前示公示を命じた部分はこれを取消すべき特別事情があるから、申立人らが各二、〇〇〇円の担保を供するときはこれを取消すべきものとし、その他の部分は申立人ら主張のいずれの理由によつても、これを取消すべき特別事情があるとは言い難いので、申立人らのこの部分に関する申立を失当として却下することゝし、申立費用の負担につき民事訴訟法第九十二条仮執行の点について同法第七百五十六条の二、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 西川正世 中谷直久)

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