大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和29年(ワ)160号 判決 1955年12月22日

原告 阿部義次

被告 日本電信電話公社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告は原告の有する福島電話局第三、五一五番の電話につき、原告に対し昭和二九年三月分以降電話料月額一、八〇〇円を超えて請求してはならない。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、被告は、日本電信電話公社法によつて設立され、公衆電気通信法(以下法という。)にいうところの公衆電気通信業務を行う特殊法人であつて、その経営にかかる福島電話局は、管轄区域内に電話を施設し、これと、電話による通信の役務とを加入者に提供し、加入者にこれを利用して電話による通信をさせる業務を取扱つているものである。

二、原告は、電話の官営時代である二十数年前からの電話加入者であるが、原告が電話加入権者として有する権利義務の相手方は、法律と制度とが変改されて、電話が官営から被告公社の経営に切替えられた途端に自動的に国から被告に変更されたのである。なお原告の有する電話加入権の番号は、福島局三、五一五番であり、電話機の設置の場所は、原告の肩書事務所である。

三、公社と電話加入権者間の法律関係は、

(一)  電話官営当時でも、僅少の異説はあつても、国と加入者間の関係を契約とするのが通説であつたが、官営から公営に移つた現在では、それが民法上の契約たる法律関係であることが極めて明らかになつた。

(二)  契約の内容は、公社は電話による通信設備とその役務とを加入者に提供する債務と、加入者からこれが対価として料金を請求する債権とを併有し、加入者は、その設備と役務を利用する債権と、これが対価として料金を支払うべき債務とを併有することであつて、細かい約款は、大体において法やその他の法令に法定されている。

四、福島電話局は、その収容している加入電話の数が二、〇〇〇以上八、〇〇〇未満であるので、法第四四条によつて五級局であり、且つ従前は法第四五条第一項第二号の定額料金局であつたので、市内通話料は、法別表第二の二のイによつて月額一、八〇〇円であつたから、原告と被告公社間の契約によつて原告の有する三、五一五番の電話加入権による電話使用の対価は、月額一、八〇〇円であつた。

五、このような契約による法律関係の権利義務の内容は、法律の定めるところによるか、または当事者の明示若しくは黙示の契約でしなければ、変更することができないものである。

六、ところが、被告は、これまで定額料金局であつた福島電話局を昭和二九年三月一日から度数料金局に変改したといつて、原告加入の三、五一五番の同年三月分の使用料として、三月分基本料六〇〇円、三月分度数料二、二三三円計二、八三三円を原告に請求したが、これは定額料金より月額一、〇三三円の増額である。

七、しかし、次の理由で、被告が昭和二九年三月から福島電話局を度数料金制に変更し、そのため定額料金のときよりも多額の料金を原告に請求することは、定額料金額を超える部分について違法である。

(一)  法第四四条第一項、第四五条第一項第一、二号、第六八条、法の別表第二の規定を総合すれば、五級局である福島電話局の料金は、定額料金制にしてもよければ、定額料金制にしてもよいことになつていることがわかる。

(二)  そのいずれを採るかは、被告公社の自由な選択にまかせられているのではなく、加入者と被告公社との契約によつて定めることができるのである。何となれば、

(イ)  少くとも電話が被告公社の経営に移つた途端に自動的に被告と福島電話局管内の加入者との間の法律関係は私法上の双務契約の関係におかれ、その当時の加入者との関係では、定額料金制であることが約款であり、

(ロ)  私法上の双務契約であるから、その約款の変更は、法令に定めてあるところなれば格別、そうでない限り、別個の当事者間の明示または黙示の契約によらなければならないのに、この約款の変更権を被告公社に付与した法令がないからである。

(三)  原告は、被告公社が福島電話局を定額料金制から度数料金制に変更することについては、不同意で反対である旨を福島電話局に通知した。

(四)  それで、原告のように、被告公社発足当初から福島電話局に加入していたもので、右変更に同意しないものとの約款内容は、これまでどおり月額一、八〇〇円の定額料金制であるのに、被告公社が、加入者に対し一律に度数制によつて料金を請求することは、定額料金一、八〇〇円を超える部分について違法である。

八、被告公社は、昭和二八年八月一日被告公社告示第一五〇号電信電話営業規則第二九四条第二項を誤解しているのではないかと思われる。しかし、同項は、定額料金制を度数料金制に、またはその反対に度数料金制を定額料金制に、変更した場合の事後措置を定めたに過ぎないものであつて、公社が一方的に変更する権能を有することを定めたものでないばかりではなく、もともと被告公社には、このような規則制定権がないのであるから、右規則は、社内事務準則であつて、加入者を拘束する効果はない。

九、被告公社が、福島電話局を定額料金制から度数料金制に一方的に変更したことは、必然的に加入者である原告の既得の権益を侵害するものであるから、これが救済を求めるため、本訴に及んだと述べ、

被告の主張に対し、

一、被告は、加入者の意思にかかわらず、料金制度の切替ができると主張するが、右は民主的経営体制を計り、新憲法の精神に即して定められた法及び日本電信電話公社法の立法趣旨にもとることの甚しい権力的思想である。度数制の採用は、料金の変更を伴うものであるから、料金の改正と同一義である。しかし、料金は、法で法定されるべき筋合であるから、法律に規定がない限り、被告が勝手に料金の変更を伴う度数制に変更することはできないのであり、ことに法によれば、法定料金制の外に郵政大臣の認可を受けて料金を定め得る場合(第六八条第二項)があることに鑑みれば、郵政大臣の認可も受けないで、被告が一方的に変更することができるということはあり得ないことである。また附合契約には、「料金の変更は、被告の定めるところによる。」との約款もない。従つて、本件度数料金制の採用については、民法など私法契約の原則に従つて、当然に加入者の意思にかけるべきである。

二、五級局が、被告主張のように、加入者の増加によつて四級局に昇格するのは、法の規定に基くものであるから、加入者の意思にかかわりないのは当然のことである。原告は、法律にこれを許容する旨の規定がないから、被告一人だけで、五級局において定額料金制を度数料金制に変更することができないと主張するものである

と述べた。

被告は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因事実のうち一項から六項までの事実はこれを認めるが、七、八項の点はこれを争う。

被告は、法には、被告が一方的に電話使用料を定額料金制から度数料金制に変更することができるとの明文がないけれども、法は、これを認めた法意であると解するから一方的変更もできるのであり、従つて原告の同意がなくとも度数料金制による料金を原告に請求することができるのであると主張する。すなわち、

一、公衆電気通信の役務は、その本来の機能から迅速且つ確実なることを要するとともに、その公共的性質から、あまねく且つ公平に利用できるように要請されるが、そのためにはぼう大な施設を維持し、管理し、進んでこれを拡張しなければならず、それに伴つて巨額な費用が必要である。電話使用料は、電話使用の対価として加入者から徴収されるものであつて、右費用充足の手段に外ならず、その料金内容は、附合契約たる電話加入契約の約款である法及び電信電話営業規則に基いて定まるものである。

二、法は、第一条に「合理的な料金」といつており、第六八条第一項、別表第二において具体的に電話使用料の基準を定めているが、その基準には、度数料金制と定額料金制とがあり、そのいずれによるべきかは、電話取扱局の種類によつて法定されており、五級局及び六級局は、度数料金制及び定額料金制の二本建となつている。

三、法が、五級局及び六級局について右二個の料金制を定めたのは、できるだけ速かに利点の多い度数料金制を採用する方針のもとに、その実施可能までの間、過渡的に定額料金制を採り得るとする趣旨に外ならない。いいかえれば、右法条は、右両個の料金制の採用を度数料金制実施の能否という条件にかけるとともに、速かに必要な設備を整えて度数料金制を実施することを電話局に要請し、且つ設備の整い次第度数料金制によるべきことを定めている法意と解しなければならないのであつて、その間に加入者個々の都合は、何等勘案されていないと認めることができる。

四、これを法の沿革の方面からみるに、被告が、昭和二七年八月一日発足してから法の制定されるまでの一年間は、旧電信法第一七条の規定に基く電話規則によつて規律されていたのであるが、右規則施行当時の料金徴収方法は、「二級局以上ノ電話取扱局及公社ノ公示スル三級局、四級局又ハ五級局ノ電話取扱局ニハ度数料金制ヲ施行シ其ノ他ノ電話取扱局ニハ均一料金制ヲ施行ス」(第六七条)るものと定められ、三級局(現在の五級局)、四級局及び五級局は、一応均一料金制(定額料金制)によるが、公社の一方的意思表示(公示)によりこれを度数料金制に切りかえられることになつていたのである。というのは、当該電話局の加入者に一律にこれを適用するものでなければ、加入者間の負担の公平も図れないし、無用の通話を抑えることもできないばかりではなく、もともと電話役務の企業は、強度の公共性と高度の技術性とを有し、電話加入契約は、極めて附合性の強いものであるから、これらの点に鑑みれば、右の措置は、運営上ただに合理的であるばかりではなく、必要的なものということができるからである。法が制定されても、右に述べたような電話企業そのものの実体や料金制の一律切替の要請などは、前後全く変りのないものであるから、法に右規則にあるような明文がないからとて、ただこのことのみで、ただちに右料金制一律切替の建前が廃止されたものということはできないのであつて、法第一条、第四五条及び第六八条などの規定に照らして考えると、法は、五級局が度数料金制を採用するにつき、従来の右一律切替方式を前提として是認しているものと認めるべきものである。もちろん、法は、五級局がどんな場合に度数料金局となり、どんな場合に定額料金局となるかについては、明示していないが、五級局が度数料金制に切りかえるについて、従来の一律切替方式を廃し、個々の加入者との合意によるべきものとする法意は別にあらわれていない。かえつて、第四五条第一項が、電話取扱局を度数料金局と定額料金局の二種に区別し、両料金制の併用局をかかげていないこと、第二項が、度数料金局の加入電話中、定額料金制により得るものを特に「別に公社が定める種類に属するもの」に限つていることなどからみると、同法は、一局一料金制を定めたものであり、定額料金制から度数料金制への切替は、当該電話局の全加入者一律にされるべきものとする法意であることが極めて明らかである。そして、この場合加入者全員の同意を要し、その同意が得られない限り料金制の切替ができないということは、事実の性質と相容れないことが明らかであるから、この点から考えても、法は、従来の一方的且つ一律的な料金制の切替をこれらの規定の前提として認めているものということができる。

五、電信電話営業規則第二九四条第二項も「定額料金制を度数料金制に変更し……たときは、その旨及び期日をその電話取扱局に掲示し、その電話取扱局所属加入者に通知する。」ものと規定し、一律且つ一方的な料金制の切替を予定している。また五級局が、加入電話数の増加という、個々の加入者の支配外の事項によつて四級局に昇格したときは、加入者の意思いかんにかかわらず、当然に度数料金制が適用されることから考えても、加入者は、料金制の変更について不服を申し立てる権利を持たないものといわなければならない。

以上の理由によつて、原告の本訴請求は失当であると述べた。

理由

被告が日本電信電話公社法によつて設立された特殊法人であつて、法にいう公衆電気通信業務を行うものであること、被告経営の福島電話局が原告主張のような業務を取扱うものであること、原告が電話の官営時代である二十数年前から引続き今日まで福島電話局所属の加入者であつて、その現在の加入番号は福島電話局第三、五一五番、電話機の設置の場所は原告方肩書事務所であること、福島電話局は、法にいう五級局であつて、従来定額料金局であつたのを、被告が、昭和二九年三月一日から度数料金局に変更し、その旨原告に通知したこと、原告が福島電話局に対し右変更に不同意で、反対である旨を通告したこと、福島電話局が定額料金局であつたときの電話料金は、月額一、八〇〇円であつたが、度数料金局に変更したため、原告の昭和二九年三月分の電話料金は、基本料六〇〇円、度数料二、二三三円であつて、定額料金制のときに比べて一、〇三三円の増額となつたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

原告は、電話加入契約は民法所定の双務契約であるのに、法律には被告が一方的に定額料金局から度数料金局に、反対に度数料金局から定額料金局に、変更することを許した規定がないから、被告が従前からの加入者である原告の同意を得ないで、これまで定額料金局であつた福島電話局を度数料金局に一方的に変更しても、原告に対してはその効なく、原告の支払うべき料金は依然定額料金制による月額一、八〇〇円であるから、右金額を超える部分の請求は違法であると主張するから、審按するに、

電気通信事業の主体が、国から公共企業体である被告公社に変つても、それが講学上の公企業であることは同じである。もともと公企業は、公共の福祉の増進を目的とするものであつて、国民一般に平等、公平にこれを利用させることを使命とするものであるから、予めその利用条件を公示する場合が多い。電気通信事業についても、右の趣旨は法第一条、第三条、第六八条その他関係法条によつて明らかであるから、電話加入者は、これら関係法規の定める利用条件に拘束されるわけである。その利用関係が、被告公社と申込人との契約によつて成立することは、法第二五条第一号、第二七条の明定するところである。そして公企業が、一般に非権力的な管理作用であること、ことに、電気通信事業に関する旧法令には、国権優越の思想に基調をおく特権的規定が多く、社会事情、経済事情の変遷に適合しなくなつたので、民主的な新憲法の理念に即応する法令に改めるため、これら旧法令を廃し、有線電気通信事業について法、その他の関係法令が制定された経緯、右新法令に特に電話の利用関係を公法関係とする旨の明文がないこと、などに鑑み、電話の利用関係は、原則として私法的な規律の適用を受けるものと考えるから、法第二五条、第二七条にいう加入契約は、民法所定の双務契約ではあるが、その契約の内容について、法律に明文のあるときとか、または法律の精神からして、そう解釈されるという事項については、公社も加入者もともにこれに拘束されるのであつて、この限度において私法的自治の原則は排除される。

ところが、法第六八条別表第二の一は、度数料金制による場合として一級局から六級局までをあげ、第二の二は、定額料金制による場合として五級局から十二級局までをあげているから、五級局及び六級局は、右二個の料金制のいずれでもよいわけであるが、法は、どのような場合に、どのような方法で、定額料金局から度数料金局に、度数料金局から定額料金局に、変更することができるかを明定していない。しかし、次のような諸点から考えて、法は、その変更を総べて公社の自由裁量にゆだねたものと解するのを相当とする。

一、公企業は、同一条件のものに同一条件で施設を利用させるのが原則であり、法第一条も公平に提供することを規定し、第三条も役務の提供について差別的取扱をしてはならないと規定しているから、加入者は官営当時からの加入者であろうと、被告公社の事業となつた後の加入者であろうと、この法律が制定された以上、一律に平等に取扱われなければならないのである。若し右変更について加入者の同意を要するものとすれば、同意した加入者と同意しない加入者との間に、必然負担の差異を生ずることになり、法の禁じている差別待遇を余儀なくされる。

二、別表第二は、五級局及び六級局が度数料金制による場合の料金と、定額料金制による場合の料金を定めているのみであつて、同一電話取扱局にこの両制度の混在を認める旨の明文がないことに、一に述べたような加入者間の公平取扱ということを考えあわせると法の精神は、一局一料金制を採用するにあるものといわなければならない。このことは、法第四五条第一項が、度数料金局と定額料金局の二種に区別していること、第二項が、「度数料金局の加入電話のうち別に公社が定める種類に属するものに対しては、定額料金制によることができる。」と定めている点からみても明らかである。若し変更について加入者の同意を要するものとすれば、八〇〇以上八、〇〇〇未満の加入者全員の同意を常に必ず得られるものと期待することが不可能なことは取引の通念上当然であるから、一たび定まつた以上、加入電話の数に法定の増滅がある場合のほかは、料金制は変更することができないことになり、両制度を認めた法の目的は没却される。

三、旧電話規則(昭和一二逓信省令第七三号)第六七条は、昭和二七年郵政省令第一七号第一六条によつて『第六七条、……中「別ニ告示スル」を「公社の公示スル」に改め』られ、被告公社は、昭和二七年八月一日公示第二号によつて在来の「告示…は…公社の公示として効力を有するものとする。」と公示したので、右公示によつて一級局、二級局及びこれまで告示されていた三級局、四級局または五級局の電話取扱局には度数料金制が施行されその他の電話取扱局には均一料金制が施行されたのであるが、右法条は、公社が一方的に公示するものとしており右公示について加入者の同意を全く考えていない。右郵政省令が、新憲法施行後数年を経た昭和二七年に定められたものであることに鑑みれば、右公示は、国権万能の思想に由来するものではなく、公企業である電気通信事業の役務の提供が、公平で、平等で、画一的であるべきことのその本質的性質に基く必然的な要請に出たものというべきであり、この要請は、旧電話規則が廃止されても、何等の影響を受けるものではないから、法は、被告公社が五級局、六級局の料金制を当然一方的に変更し得るものとして、この点につき特に明文をおかなかつたものといつても過言ではない。

以上の理由からして、電話加入契約が民法所定の双務契約であるからとて、被告が、福島電話局を定額料金局から度数料金局に変更するについて、所属加入者である原告の同意を必要とするものではなく、法の精神は、被告に一方的変更の権能を是認したものと解すべきであるから、被告が原告の同意を得ないでした福島電話局の定額料金局から度数料金局への変更は有効であり、従つて、原告は、たとえ月額一、八〇〇円を超えても、度数料金制による料金を支払う義務があるわけであるから、原告の本訴請求は失当であつて、これを棄却すべきものである。

よつて民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 齊藤規矩三 小堀勇 松田富士也)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例