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福島地方裁判所 昭和30年(ワ)68号 判決 1955年8月08日

原告 矢野幸子

被告 菊池隆 外一名

主文

一、被告等は原告に対し連帯して金一万七千五百円及びこれに対する昭和三十年五月十二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のそのほかの請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その一を被告両名の連帯負担とする。

四、この判決中第一項は、原告が被告等に対し各金四千円の担保を供したときは、かりに執行することができる。

事実

原告は、「被告等は原告に対し連帯して金六万千九百二十円及びこれに対する昭和三十年五月十二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。被告等は原告に対し別紙<省略>記載の謝罪広告文を福島民報、福島民友各新聞紙上に五号活字で掲載せよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに金員の支払いを求める部分につき担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

「原告は福島市上水道専用給水栓を所有し、これによつて給水を受けている者であるところ、昭和二十九年一月二十八日被告菊池は、その妻を通じて原告に対し、同被告方では幼児を擁し井戸水汲みをするのが大変だから右専用栓から分水させてもらいたい旨申入れてきたが、右専用栓は給水管が狭小で、分水させれば、原告方の給水に影響するおそれがあつたので、原告はこれを拒否した。しかし同被告は、同人方では夫婦二人と幼児二人、計四人家族で、その使用量も多くはないからぜひ承諾してもらいたい旨申入れるので、やむを得ず原告は、同被告の持参した同被告に対する分水承諾書に右専用栓所有者として調印し、これを承諾した。ところが、原告方では、同年二月二十日から毎日朝夕に断水し、最も給水を必要とするときに水道がその用をなさない状況を呈するようになつたので、調査したところ、被告菊池が、原告の同意を得ないで右分水承諾書に被告熊谷の氏名を書き加え、原告において同被告にも分水を承諾したように右分水承諾書の内容を変え、これを分水工事施行申請書に添付して情を知らない福島市水道管理者に提出の上、該分水工事を施行させ、被告両名が原告の専用栓から分水して給水を受けているため、原告方で前記のように断水することが判明した。そこで原告は被告菊池に対し、右分水による被告熊谷の給水装置を直ちに撤去するよう求めたが、被告菊池はこれに応じないばかりか、もともと被告菊池は、被告熊谷にも分水させる考えをもちながらこれをかくし、原告に対しては、被告菊池だけが分水を受けたいように申向けて欺罔し、原告は、これを信じ同被告方が四人家族でこれに分水させても原告方の給水に影響がないと考えたから、その分水を承諾したものであつて、右承諾は同被告の詐欺によるかしある意思表示であるから、昭和二十九年八月九日原告は同被告に対し書面でこれを取消した。ところが同被告は依然として右撤去をしないので、原告は弁護士今野佐内を訴訟代理人とし、被告両名を相手方として、福島地方裁判所に対し、右給水を停止する旨を命ずる仮処分命令を申請し、同裁判所同年(ヨ)第八一号事件としてその旨の決定を得てこれを執行した。被告両名は右仮処分決定に対する異議を申立て、同裁判所同年(モ)第一九三号事件として審理中、同年十二月十八日原被告間で、原告から被告両名に対する損害賠償請求権を留保し、右仮処分取消、分水装置撤去の点についてのみ裁判上の和解をした。ところで、原告は、被告両名が相通じて原告に無断で被告熊谷方への分水装置を設けて給水を受けたことによつて、前記のような断水の結果を見、次のような損害を被つた。すなわち、

(一)  金四千八百七十円 原告方が前記断水でその専用給水栓の使用が困難となつたため、さらに給水栓を増設し、蛇口を約二尺下げて取付け、給水を可能ならしめるに要した諸掛。

(二)  金二千五十円 原告方勝手口に右の蛇口一個を増設する際に要した、その板囲い、タイル張工事材料費、並びに工事費。

(三)  金二万五千円 前記の福島地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第八一号給水停止仮処分命令申請事件、同年(モ)第一九三号仮処分決定に対する異議事件につき、原告が弁護士に支払つた着手料並びに報酬の合計額。

(四)  金三万円 右各事件のため原告が近隣から不当の非難攻撃を受け、その名誉信用を失い、かつ原告方家庭の和合を害し、その被つた精神上の衝撃、苦通に対する慰藉料。

以上合計金六万千九百二十円は、被告両名の共同による不法行為の結果、原告の被つた損害であるから、その賠償として、被告両名に対し連帯して、右金額及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十年五月十二日から支払いずみまで民法の定める年五分の割合による損害金の支払いを求め、あわせて、右き損された原告の名誉、信用を回復するため、被告両名に対し、請求の趣旨に述べた内容、方法による謝罪広告の掲載を求める。」と述べた。<立証省略>

被告両名は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

「原告主張の事実中、被告両名が原告所有の福島市上水道専用給水栓からの分水工事によつて給水装置を設け、これにより給水を受けていること、被告菊池が、原告から、被告熊谷の給水装置を撤去するよう請求され、また、被告菊池に対する分水承諾の意思表示を取消す旨の書面を受取つたこと、被告両名が原告から給水停止の仮処分判決を受け、これに対し異議の申立をし、原告との間で裁判上の和解をしたこと、は認めるが、そのほかの事実はすべて否認する。被告両名は、当初共同で、福島市水道部給水装置から分水して給水装置を設けようとの考えで、同市水道部の指定工事者である訴外シノブ工業所に対し、右分水工事一切、同市水道管理者に対する申請手続一切を依頼したところ、右工業所のすゝめで、原告方の専用給水栓から分水した方が工事も簡単であることを知り、被告等も原告の承諾を得ることができるなら好都合と考え、被告菊池の妻を原告方に赴かせてその交渉をし、原告に対し、被告両名共同で給水を受けたい旨を申述べ、第二回目の交渉で原告からその旨の承諾を受け、分水承諾書に押印してもらい、直ちにこれをシノブ工業所に手渡し、同工業所の手を経て原告専用給水栓からの分水による給水装置を設けた。このようなわけで、被告両名は、本件分水承諾書の内容を書き変える等文書変造はしていない。いわんや、被告等は、被告菊池の妻が原告方から分水承諾書を得た上直ちにシノブ工業所の手を経て、何等の支障なく本件分水による給水装置が設けられたのであるから、適法に右手続が行われたものと思つていたのであり、かつ、そのように思うのが当然である。また、右分水の結果、原告方では断水したというが、末端の被告両名方では給水に何の支障もなかつたのであり、福島市水道管理者においても、原告方が断水などするおそれのある場合には、本件の分水工事の施行を許可しなかつたはずである。ところで、被告等は、原告から分水承諾を取消す旨の通知に接し、事を穏便にすまそうと考え、直ちにシノブ工業所に対し、福島市水道部給水装置から直接分水して給水を受けるための工事施行方を依頼したのであるが、原告はこれをふみにじつて直ちに給水停止の仮処分を執行してきたのである。そればかりか、原告が蛇口一個を増設し、またその工事に諸掛を要したというが、右は、自己の便宜のため施行したもので、本件分水に便乗しているにすぎず、もとより被告等の関知しないところである。このように、被告等は原告に対し、不法行為を行つていないから、原告の本訴請求は失当である。」と述べた。<立証省略>

理由

原告が福島市上水道専用給水栓を所有し、これによつて給水を受けていたところ、昭和二十九年二月二十日以降被告両名が右給水栓から分水による給水装置を設け、給水を受けるに至つたことは当事者間に争いがない。

甲第四号証(分水承諾書)には、原告が被告両名に対し右の分水の承諾を与えた旨の記載があるけれども、証人矢野竹二の証言によれば、原告は、はじめ被告菊池の妻から同人方への分水を承諾してもらいたいとの申出を受けた際、これを拒絶したが、昭和二十九年一月二十八日再び同人から、被告菊池方では幼児も二人あり井戸の水汲みも容易でない上に、家族も夫婦子供二人の四人であるから、との申出を受け、結局、同被告の妻の持参した分水承諾書に、原告の父訴外矢野竹二が原告の氏名を代筆押印の上、これを同人に手渡し、同被告に対する分水を承諾したこと、その際右承諾書には被告熊谷の氏名の記載はなく、従つて原告は被告熊谷に対しその旨の承諾を与えなかつたのに、その後調査すれば原告の知らない間に、右承諾書に被告熊谷の氏名が書き加えられているのがわかつたこと、がいずれも認められるのであるから、甲第四号証中、被告熊谷の氏名記載部分を除いた部分は真正に作成されたものであるが、右除外部分は後に原告の承諾なしに書き加えられたものであると認められ、ほかに原告が被告熊谷に右分水の承諾を与えたと認めさせる証拠はなく、結局、原告の分水承諾を得ていたのは被告菊池だけで、被告熊谷はこれを得ていなかつたと認めざるを得ない。

ところで被告両名は、共同で原告方専用給水栓からの分水による給水装置を設けこれによつて給水を受けるため、原告から右分水についての承諾を得たり、また福島市水道部指定工事者であるシノブ工業所に対し、分水装置に関する諸手続、工事等を依頼したりすることのすべてを、被告菊池の妻に委かせておいたので、その後何等の支障もなくシノブ工業所の手を経て、右分水による給水装置が設けられた以上、すべて適法に行われたものと信じていたと主張するが、被告両名としては、原告が被告菊池のみならず被告熊谷に対しても分水の承諾を与えたかどうかを確認すべきであつたのに、これを全く怠つた点に過失があつたものというべく、しかも被告菊池の妻は原告が被告熊谷には分水の承諾を与えなかつたことを熟知していたはずであり、これに証人矢野竹二の証言と当事者弁論の全趣旨を綜合すれば、同女がほしいまゝにシノブ工業所の所員をして本件分水承諾書(甲第四号証)に被告熊谷の氏名を記入させたものと推認されるのであるから、かりに被告両名がその間の事情を知らなかつたとしても(これを知つていたと認めさせる証拠はない)、これを看過した被告両名には重大な過失があつたものといわなければならない。

このように被告両名が共同で原告の承諾なく被告熊谷方へ分水により給水させたことは、右両名の重大な過失による不法行為であるから、共同不法行為者として、これによつて原告に加えた損害を賠償しなければならないのは当然である。

ところで証人矢野竹二の証言によれば、原告方給水栓は昭和二十九年二月二十日から毎日朝夕の一定時において減水がひどく、水道使用につき不便を感じていたところ、同年六月になつて初めて、原告は、被告菊池のほかに被告熊谷も分水によつて給水を受けていることを知つたことが認められ、直ちに原告が、被告等に対し被告熊谷方の給水装置を撤去するよう申入れたが、これに応じないので、昭和二十九年八月九日被告菊池に対し、さきに同被告に与えた分水の承諾を取消す旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。被告等は、右の取消後直ちにシノブ工業所に対し、原告からの分水装置を撤去して他から給水を受けるよう工事施行方を依頼しておいたと主張するが、これを認めさせる証拠はなく、次いで原告が、弁護士今野佐内を訴訟代理人とし被告両名を相手方として、福島地方裁判所に対し被告両名の右給水を停止する旨の仮処分命令を申請し、同裁判所昭和二十九年(ヨ)第八一号事件としてその旨の決定を得、これを執行したのに対し、被告両名から右仮処分決定に対する異議の申立があり、同裁判所同年(モ)第一九三号事件として審理中、同年十二月十八日原被告間で、原告から被告等に対する損害賠償請求権を留保して、そのほかの点につき裁判上の和解をしたことは当事者間に争いがない。

そこで原告の被つた損害額につき判断する。

(一)  証人矢野竹二の証言によれば、原告は前記のようにその給水栓の減水がひどくなつたので、給水を可能ならしめるため新たに給水栓を増設し、その蛇口を約二尺下げて取付ける諸掛として金四千七百四十円、また流し場のタイル張、板付工事の諸掛として金三千円を支出したことが認められる。ところで被告等の本件不法行為の結果原告の被つた損害といえるためには、給水を可能ならしめるため必要かつ適当な範囲内の工事による支出に限るというべきところ右流し場のタイル張、板付工事費用の如きは、原告がその便宜のため、右の必要な範囲をこえる工事に支出したものと認められ、これに要した金三千円は被告等の不法行為によつて生じた損害とはいえないから、これを除外し、結局右給水装置につき原告の被つた損害は、右の金四千七百四十円ということになる。そこでそのうち被告等の賠償すべき損害額につき考えるに、原告が給水を可能ならしめるために増設した給水栓そのものは、そのまゝ原告のために残存するのであるから、これによつて原告の受ける利益はこれを右損害額から差引かるべく、この点を考慮の上、結局被告等の賠償すべき損害額は金二千円が相当である。

(二)  証人矢野竹二の証言によれば、原告が、前記福島地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第八一号給水停止仮処分命令申請事件、同年(モ)第一九三号仮処分決定に対する異議事件につき、訴訟代理人弁護士今野佐内に手数料として金一万円、同報酬として金一万五千円、計二万五千円を支出したことが認められる。右支出は、被告等の本件不法行為それ自体から直接原告に生じた損害とはいえないけれども、右不法行為に対しやむを得ず法律上の救済を求めるため原告が支出したものと認められるから、間接的の損害として、やはり本件不法行為の結果通常生ずべき損害であるというべきであるが前記仮処分事件の難易そのほかの諸事情を考え合わせれば、右弁護士に対する手数料、報酬としては金一万五千円が相当であると認められるから、その限度において被告等に賠償させるべきである。

(三)  証人矢野竹二の証言によれば、原告が被告等に対し前記仮処分決定を執行した結果、事情を知らない一部近隣者からとかくの批判を受け、そのため原告等家族に不快の念を生じさせ、精神的な苦痛を受けたことが認められる。このような精神的苦痛はもとより被告等の本件不法行為の結果であるから、被告等は原告に与えた右精神的苦痛に対する慰藉料を支払うべき義務があるが、被告等がことさらその近隣に対し原告の非を吹聴したというような事情も認められないし、また原告の受けた苦痛の程度等を綜合考慮すれば、これに対する慰藉料は金五百円をもつて相当と認める。

次に、原告は、被告等の本件不法行為の結果、その近隣から不当の非難攻撃をうけ、その名誉信用を失つたから、その回復のため、被告等に対し、新聞紙上に別紙記載の謝罪広告文の掲載を求めるというが、証人矢野竹二の証言によつてみられる、原告の名誉信用を害された程度、被告等の本件不法行為の態様、程度、そのほかの事情を考え合わせれば、すでに前記慰藉料の支払を命ずることをもつて充分であり、そのほかに謝罪広告をさせるのは適当ではない、と認められるから、これを求める原告の請求は失当である。

そうすると、原告の本訴請求は、被告両名に対し、連帯して、前記(一)の金二千円、同(二)の金一万五千円、同(三)の金五百円、合計金一万七千五百円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和三十年五月十二日から支払いずみまで民法の定める年五分の割合による損害金の支払いを求める限度において正当であるから、その限度でこれを認容し、そのほかはすべて失当として棄却すべきものである。そこで民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、第百九十六条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 杉本正雄 杉田延雄)

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