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福島地方裁判所 昭和32年(レ)2号 判決 1958年2月28日

控訴人 斎藤光男

被控訴人 武藤利正

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

被控訴人は控訴人に対し、福島県安達郡東和村大字木幡字石神三八番田三反四畝五歩のうち、六畝二〇歩(原判決の仮執行により被控訴人が控訴人から引渡を受けた部分)を引渡せ。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

被控訴代理人は、請求の原因として

一、被控訴人は、昭和二四年一月一日控訴人に対し、被控訴人所有の福島県安達郡東和村大字木幡字石神三八番田三反四畝五歩のうち、一反三畝一〇歩を賃貸期間は一〇年間(但し、小作契約書には二〇年間と誤記)小作料は統制額に従うこと、(1) 控訴人において特別の事情がないのに小作料を滞納する等信義に反する行為がある場合。(2) 土地使用目的の変更を相当とし、または被控訴人の自作を相当とする場合。(3) その他正当の事由がある場合には契約期間内においても、行政庁の承認を得て賃貸借契約を解除することができること等の約旨で賃貸した。

二、昭和二八年に至り、被控訴人は、前記一反三畝一〇歩のうち六畝二〇歩につき、農地法所定の知事の許可を受けて解約申入をなし、昭和二九年度から返還を受けて現に耕作中である(なお、本訴の目的物である残余の六畝二〇歩-以下「本件農地」という-は、被控訴人が原判決に付された仮執行の宣言に基き、昭和三二年一月五日仮執行により控訴人から引渡をうけた。)。

三、被控訴人は長男利夫の世帯に属するのであるが、利夫方では、その耕作面積が自作地田二反四畝二四歩、畑七反三畝一八歩、小作地田一畝合計九反九畝一二歩、稼働人員が利夫外三名(扶養者一名)という専業農家で、営農上耕地が少く生活は容易ではないのに反し、控訴人方は、その耕作面積が自作地は田二反三畝一二歩、畑九反八畝六歩、小作地は田二反八畝二七歩、畑四畝五歩合計一町五反四畝二〇歩で、稼働人員は控訴人外四名(扶養者三名)であつて、営農上相当余裕があり、その生活程度も居村では上位に属する状況であるから、被控訴人に本件農地を返還しても営農上受ける影響は極めて少い立場にある。

かような次第で、本件農地は、被控訴人において自作(同一世帯に属する長男利夫の耕作は、被控訴人の自作と同視すべきである。)をするのが相当であり、仮りに被控訴人が利夫と世帯を異にするため、被控訴人の自作とみなし得ないとしても、右に述べた事情から耕作地が不足しておる利夫に対し、被控訴人が扶養義務者としてその所有地を耕作させる必要があるので、本件賃貸借を解約するについて正当な事由があるというべきである。

四、そこで、被控訴人は昭和二九年九月一日自作を相当とし、且つ、正当の事由があることを理由として、福島県知事に対し農地法第二〇条第一項の規定による解除の許可を申請したところ、昭和三〇年四月二日付福島県指令農地第八七二八号をもつて同知事の許可(以下本件許可処分という。)があつたので、同年四月二一日控訴人に対し、前記解約権留保の特約に基き本件賃貸借の解約を申し入れたところ同人はこれを承諾したので、その頃被控訴人は本件農地の耕作に着手したところ、控訴人は同年五月三日被控訴人の立入耕作を拒否するに至つた。

五、しかしながら、本件賃貸借は控訴人の前記返還の承諾(合意解約)によつて終了したものであり、仮りに承諾がなかつたとしても解約申入の日から一年を経過した昭和三一年四月二〇日をもつて解約の効力が発生し、右賃貸借は終了したものであるから、控訴人に対し本件農地の引渡を求めるため本訴請求に及んだ。

と陳述し、控訴人の抗弁に対して

一、本件許可処分が昭和三二年三月一一日付で取り消されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、本件許可処分には、取り消されるべき何等の瑕疵もない。すなわち、控訴人は、被控訴人が利夫と世帯を異にするにもかかわらず、同一の世帯に属すると称して解約許可申請書に虚偽の記載をなした結果、県知事は誤つて許可したと主張するが、利夫の耕作する農地はすべて父である被控訴人の所有に属し、その公租公課は全部被控訴人において負担し、利夫は被控訴人の家族として稼働し、農業経営上の収支はあげて被控訴人の計算に帰せしめているのが実情であり、一方五男利治の耕作する農地は全部同人の所有で、その経営は被控訴人のそれとは何等の関係もないのである。従つて、被控訴人は利夫の世帯に属するのが真相であつて、申請書には少しも虚偽の記載はないし、県知事は本件許可にあたり、単に一片の許可申請書の記載を盲信して許可したものではなく、十分双方の実態を調査し、解約を正当と認めた上で許可したのであるから、この申請から許可処分に至るまでの間に詐欺、錯誤等の事実は全く存在しないのである。

三、仮りに本件許可処分が錯誤に基くものであつたとしても、一般に行政処分は、その結果に違法がないときは、単に行政庁の錯誤のみを理由として取り消し得ないのであるから、本件取消処分は無効のものというべきである。

四、仮りに本件取消処分が無効でないとしても、本件のように許可処分があつてから既に二年を経過し、確定的に私法上解約の効果が発生し、賃貸借が消滅している場合には、あとで右許可を取り消しても、該処分には遡及効がないものというべきである。

と述べた。

控訴代理人は答弁として

一、控訴人が昭和二四年一月一日被控訴人から同人所有の福島県安達郡東和村大字木幡字石神三八番田三反四畝五歩のうち、一反三畝一〇歩を被控訴人主張のような約旨(但し賃借期間は二〇年である。)のもとに賃借したこと、昭和二八年頃右農地中六畝二〇歩を被控訴人に返還したこと、控訴人方の耕作面積、稼働人員が被控訴人主張のとおりであること、本件農地の賃貸借契約の解除について昭和三〇年四月二日付で福島県知事の許可処分があつたことは何れも認める(昭和三二年一月四日本件農地に対し被控訴人によつて仮執行がなされ、控訴人がこれを引き渡したことも争わない。)が、その余の被控訴人主張事実は否認する。

二、本件賃貸借契約中の解除条項は、民法上当然に解除権が発生する場合にのみ、貸主が県知事の許可をうけて契約期間内に契約を解除し得ることを定めたものに過ぎないのであつて、いわゆる解約権留保の特約を定めたものではない。そして本件においては債務不履行その他解除権発生の事由はないのであるから、被控訴人の本件解約申入は不適法である。

三、被控訴人は、四、五年前から五男利治方に居住し、長男利夫とは別居して全く別個の経済生活を営んでいるのであるから、利夫とはその世帯を異にするものというべきである。然るに被控訴人はこれを秘し同一世帯に属するものとして、耕作面積、稼働人員等は何れも利夫方のものを許可申請書に記載して(被控訴人は利夫の耕作地とは別に利治名義で田四反二畝一一歩、畑六反五畝九歩を耕作している。)県知事を欺罔し、知事をして被控訴人において本件農地を自作するのが相当かどうか、解約するについて正当な事由があるかどうかにつき錯誤に陥れて本件許可処分をなさしめたものである。

と述べ、抗弁として

一、控訴人が昭和二八年七月頃被控訴人に対し被控訴人主張の六畝二〇歩を返還した際、被控訴人は本件農地については昭和四三年一二月三一日まで返還を請求しない旨契約している。従つて被控訴人の本件引渡請求は失当である。

二、仮りに右主張が容れられないとしても、福島県知事は昭和三二年三月一一日本件許可処分を取り消したから、本件土地については農地法第二〇条第一項の許可はない状態になつたので、被控訴人の本件解約の申入は、その要件を欠くから無効である。

と述べ、被控訴人の抗弁事実を否認した。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一ないし第二一号証を提出し、原審証人武藤利夫、高野清、当審証人鴫原忠嗣の各証言、原審及び当審における被控訴本人尋問の結果を各援用し、乙第一、二号証、第九、一〇、一一号証の成立は知らないがその余の乙各号証の成立を認めると述べ、控訴代理人は、乙第一ないし第一七号証、第一八号証の一、二第一九号証、第二〇、二一号証の各一、二を提出し、原審証人高橋正直、斎藤悟至、当審証人矢崎静平、高野清、菅野由元、武藤由兼、原審及び当審証人関里吉の証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果を各援用し、甲第一七、一八、一九号証の成立は知らないが、その余の甲各号証の成立を認めると述べた。

理由

一、被控訴人が昭和二四年一月一日控訴人に対し、被控訴人所有の福島県安達郡東和村大字木幡字石神三八番田三反四畝五歩のうち一反三畝一〇歩を(1) 控訴人において特別の事情がないのに小作料を滞納する等借主として信義に反する行為がある場合(2) 土地使用目的の変更を相当とし、または被控訴人の自作を相当とする場合(3) その他正当の事由がある場合等には、契約期間内においても、行政庁の承認を得て賃貸借契約を解除することができる約旨で賃貸したこと、被控訴人が福島県知事の許可を得て昭和二九年度から右農地中の六畝二〇歩を控訴人から返還を受けて耕作していること、本件農地の賃貸借契約の解除については昭和三〇年四月二日付で福島県知事の許可があつたところ、昭和三二年三月一一日付で右許可処分は取消されたことは、何れも当事者間に争がなく、成立に争のない甲第六号証の記載、証人武藤利夫の証言、原審における被控訴人、控訴人各本人尋問の結果によると、被控訴人は本件賃貸借契約の期間中である(このことは当事者間に争がない。)昭和二九年四月二一日頃控訴人に対し本件農地について解約申入をしたことが認められる。

二、そこで右解約の申入が有効であるかどうかについて考察する。

(一)  控訴人は、賃貸借契約期間中における前記解除条項は、被控訴人主張のように解約権の留保を定めたものではないから、被控訴人の解約申入は不適法であると主張するが、前記当事者間に争がない契約期間内においても契約を解除することができる旨の条項は解約権留保にほかならない。すなわち本件賃貸借契約においては「解除」という文字を用いてはいるが、前記(1) (2) (3) を解除の原因としていることが明らかな本件では「民法上当然解除権が発生する場合にのみ解除しうるものである」という控訴人の主張は矛盾であり、一方賃貸借のような継続的契約においては、解除と解約申入とはその効力発生時期(民法六一七条参照)を除いてはほとんどその効果は同一であるから契約書の用語が「解除」となつてはいても、解約申入を含むと解して差支なく、その方がかえつて小作人である控訴人に有利なのである。本件契約中他の条項を検討しても右解釈を妨げる規定はないし、右解除条項は農地法第一九条、民法第六一七条第六一八条等の規定に照らし賃借人に不利な点は豪も含んでいないのであるから農地法第二〇条第六項に該当しない。よつてこの点に関する控訴人の主張は理由がない。

(二)  次に、控訴人は、昭和二八年七月頃被控訴人が本件農地につき昭和四三年一二月三一日まで返還を請求しない旨特約したと主張する。しかし、乙第一、二、一三号証の記載、原審証人高橋正直、関里吉の各証言、原審における控訴人本人尋問の結果中、右主張に副う部分は、成立に争のない甲第八、一一、一五号証の記載、原審証人高野清、当審証人関里吉、武藤由兼の各証言、当審における被控訴本人尋問の結果と対比して借信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右抗弁は採用できない。

(三)  更に控訴人は、本件賃貸借契約解除についての許可処分が取り消されたから、農地法第二〇条第一項の許可がない状態になつた本件では、被控訴人の賃貸借契約解約の申入は無効に帰したと主張するに対し、被控訴人は右取消処分は無効であり、仮りに無効でないとしても右取消処分には遡及効がないから、すでに有効に成立した解約を不適法として効力を失わしめるものではないと抗争するので、以下これらの主張について順次判断する。

(1)  一般に行政処分は、行政機関がその権限に基いてなしたものである限り、適法の推定を受け、その成立に明白且つ重大な瑕疵がある場合のほかは、拘束力を有し、権限ある行政機関がこれを取り消すか一定の争訟手続によつて行政機関又は裁判所による取消がなされるまでは、関係の行政機関や相手方はこれに拘束されるものと解すべきところ、本件についてこれをみるに、成立に争のない乙第一四号証甲第二〇号証の各記載、当審証人矢崎静平の証言及び当審における被控訴本人尋問の結果によると、右取消処分は、福島県知事が権限に基いて法定の手続をふみ適法に成立し告知されていることが認められるのであつて前記のような当然無効と認むべき原因の存在は認められないから右処分は、一定の争訟手続を経て取り消されるまでは、裁判所においても一応有効なものとして取り扱うべきものと考えられる。してみれば、右取消処分が無効であるとの被控訴人の主張は到底採用することができないものである。

(2)  更に右取消処分が遡及効を有するかどうかについて考えるに、前示証人矢崎静平の証言によると、前叙取消処分は、被控訴人が長男利夫とは全くその世帯を異にするにもかかわらず、被控訴人は解約許可の申請に当り長男とは同一世帯に属する旨詐称し、解約許可申請書には利夫方の耕作状況のみを記載した虚偽の内容の申請書であつたため、県知事は解約許可の適否の判断に際し錯誤におちいり、許可すべからざるものをあやまつて許可したものであつたことが認められる。しかも成立に争のない甲第一六号証、乙第一五、一六、一七号証、乙第一八号証の一、二の各記載、証人矢崎静平、武藤由兼、原審証人武藤利夫(一部)、関里吉の各証言、原審における被控訴本人、当審における控訴人本人各尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、

被控訴人は昭和二二年頃から長男利夫(先妻の子)とは別居し、妻クマ(後妻)、次男利治(後妻の子)等とともに別世帯を構え、日常の経済生活は勿論養蚕、田植収穫等の農業経営も別個に行つていること、しかるに、被控訴人は自己と世帯を異にする利夫方の世帯に属すると詐称して解約許可申請書には、利夫方の耕作面積、稼働人員のみを記載し利治方のそれを全く記載しなかつたこと、本件農地は若し解約許可を得て、返還を受ければ長男利夫においてこれを耕作する予定であつたこと、一方許可申請当時の利治方の耕作状況は、耕作面積合計一町七畝二〇歩、稼働人員二名ないし三名であつて、控訴人方の耕作状況(耕作面積一町五反四畝二〇歩、稼働人員五名であり、このことは当事者間に争がない。)に比して有利であつたこと、右申請書を受理した福島県知事は前示世帯の構成等について充分調査を尽すことなく被控訴人から提出された関係書類を調べたのみで許可したものであること、被控訴人は昭和二八年中本件土地を含む字石神三八番、田三反四畝五歩の内一反三畝一〇歩全部につき解約許可の申請を所轄農業委員会に提出したのであつたが、右委員会は農地部会に附議して実情を調査せしめた結果、訴外高野清を部長とする農地部会において慎重調査の末、そのうちの二分の一に相当する約六畝二〇歩についての解約は相当であるが、その余は契約期間中賃貸せしむべきであるとの結論に達し、爾来再三控訴人と被控訴人とに事情を説明折衝して右決定に従うべきことの承諾を得たこと、前示委員会は右農地部会の報告に基き六畝二〇歩の解約は正当であるとの意見を附して福島県知事に上申したので、結局上申通りの許可となつて昭和二九年度以降被控訴人が本件土地を除く六畝二〇歩を耕作しているものであること、然るに被控訴人はその翌昭和二九年において他に何等事情変更の認むべきものがないのに、その頃改選された農業委員には被控訴人のため有利に動く者が多数選出されたこと等を奇貨とし、直ちに本件土地につき再び解約許可の申請をした結果、前示知事の調査不徹底と相俟つて本件許可処分となつたのであるから、被控訴人の本件許可申請ないし解約申入は信義に反するものであることあることが各認められ、右認定に反する甲第一八、一九号証の記載、証人菅野由元、鴫原忠嗣の証言、当審における被控訴本人尋問の結果は措信せず、他に右認定を妨げる証拠はない。而して上記各認定事実に徴するときは前記県知事の許可の取消処分には遡及効があるというべきである。

(四)  してみれば、本件においては農地法第二〇条第一項の解約に関する知事の許可は当初から存在しないことになるのであるから、結局被控訴人の前記解約の申入は無効のものといわなければならない。

三、以上の次第で、被控訴人の本訴引渡請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として排斥を免れず、右と結論を異にする原判決は不当に帰し取り消すべきものであり、従つて被控訴人は、原判決の仮執行により控訴人から引渡をうけた本件農地を控訴人に返還すべきものであることが明らかである。

よつて民事訴訟法第三八六条第七六条第八九条第一九八条第二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 檀崎喜作 小堀勇 佐々木泉)

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