福島地方裁判所 昭和39年(ヨ)22号 決定 1964年4月02日
申請人 福島交通株式会社
被申請人 福島交通労働組合
主文
本件申請を却下する。
理由
(一) 申請の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。
(二) 申請人の主張は、要するに、被申請人が行なおうとする争議行為は、申請人と被申請人との間に締結された労働協約第七三条の平和条項に反し、争議権の濫用であるから、平和条項履行請求権保全のため、争議行為の差止を求めるというものである。しかして、いわゆる平和条項に基づく争議行為差止請求権を認むべきかどうかについては争のあるところであるけれども、かりに、かかる請求権を認める立場に立つとしても、その前提として、当該労働協約において争議権行使の態様、手続等その抑制に関し、具体的かつ合理的な規定が定められていることが必要であり、かつ、かような規制に対する明白な違反があつた場合において、その違反を是正する限度においてのみ争議行為の差止めを求めうると考える。したがつて、本件労働協約第七三条のように、単に、「団体交渉において、双方誠意をつくし、反復交渉を重ねてもなお解決に達しないで紛争が生じたときは、双方又は一方より労働委員会へ斡旋、調停又は仲裁を申請することができる」とあるのみでは、これを同条の見出しのように平和条項と名付けることは自由だとしても、争議の差止を相手方に求めうる効果をもつ平和条項ということはできない。
(三) したがつて、右労働協約第七三条の文言を根拠として争議行為の差止を求める申請人の本件仮処分申請は、その余の判断をするまでもなく失当であるから却下を免れない。
(裁判官 橋本享典)
(別紙)
申請の趣旨及び理由
申請の趣旨
被申請人組合は、昭和三九年三月二一日附予告に基づく争議行為をしてはならない。
申請の理由
一、申請人会社は、地方鉄道業及び軌道業並びに自動車運送業を経営するもので、電車三三台、自動車八〇六台、従業員二七四一名を擁し、その営業区域は、福島県会津万部の一部及び平方部を除き、県内全部、栃木県北部、宮城県南部で、一日の自動車走行距離六七、〇〇〇余キロ、一日の輸送人員約二六万人(昭和三九年三月現在)に達する重要な交通機関として、公共のために利用されている。
二、申請人は、公益事業の本質に省み、一意事業の隆盛と、従業員の待遇に関し、能う限りの力を尽してきたもので、昭和三一年度より、同三八年度まで、毎年賃金の値上げを行なつてきた。
三、被申請人組合は、申請人会社の従業員をもつて組織せられ、両者間には労働協約を締結し、相互に協約を遵守してきた。
四、被申請人組合は、本年二月二二日、申請人会社に対して、昭和三九年度賃金引上げの要求(組合員月額一人平均五、四九六円)をした。
五、申請人会社は、昭和三二年度以降バス運賃の値上げが認められないので(一キロ当り三円九〇銭)、県内の二社(常磐交通は昭和三八年四月一日一キロ当り三円五五銭を四円二〇銭に、会津乗合は同日、一キロ当り三円九一銭を四円三〇銭に値上げを認められた)より収入が減つているが、申請人組合の右の要求に対して、前記二社のうち最高額で妥結した額に、さらにプラスアルファした額をもつて応ずる旨の回答をした。
六、ところが、被申請人組合は、「会社側は、全国の交通産業の状態などを検討したいと、ゼロ回答をしている」として、三月二一日、昭和三九年度賃上げ要求について、労働関係調整法第三七条に基づき、中央労働委員会並びに労働大臣に対し、争議行為の予告をした。これによつて、被申請人組合は、十日の期間後は、争議行為を行なう態勢をとつた。この結果、昭和三七年春に組合がストを決行した経過から考えると、何時ストに突入するかも知れない状勢となつている。万一、組合による全線に亘る争議が行なわれることになると、一日約二三万人に上る、学生、通勤者、その他一般公衆のバス利用者の交通がマヒ状態となり、一方申請人会社は一日約七〇〇万円以上の収入減少となり、これが長びけば、甚大な被害を被る恐れがある。
七、しかしながら、労働協約第七三条の平和条項には、「団体交渉において双方誠意をつくし、反復交渉を重ねてもなお解決に達しないで紛争が生じたときは、双方又は一方より労働委員会へ斡旋、調停又は仲裁を申請することが出来る」旨の規定があり、団体交渉は双方誠意をつくし、反復交渉を重ねることを約束しているものであるところ、被申請人組合は、申請人会社の経営が、前記のとおり、他の県内二社よりも不利な事情の下にあるけれども、従業員の待遇向上のため、前記二社の最高額に、なおプラスアルファする県内最高額をもつて、賃上げの要求に応ずる回答をしているにもかかわらず、会社はゼロ回答をしたとして、争議の予告をし、争議突入の態勢を整えたのである。
八、このように、被申請人組合の行なおうとする争議は、交通混乱防止の立場から、公共の福祉を守ろうとする申請人会社が、労働協約の趣旨に則り、誠意をつくして、なお平和的団交による解決を期待しているにもかかわらず、ストに突入しようとして、争議態勢をととのえ、争議を行なおうとしているのであるから、争議権の濫用であるといわなければならない。
よつて、被申請人組合の労働協約七三条の平和条項の精神とする団交の方法に違反し、争議権を濫用することを防止するため、申請の趣旨記載の命令相成りたく、なお事態は急迫しているので、至急裁判を得たい。