福島地方裁判所 昭和44年(ワ)145号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実〕一 原告の有する特許権
原告は肩書地に本店を置き資本金二億円を有し、ニトロフミン酸の製造利用に関しては国内で他の追随を許さない陣容を誇る化学会社であるが、北海道炭礦汽船株式会社から昭和四四年二月一三日に譲り受けた次に掲げる特許権を現に有している。
特許番号 第三一〇、九七〇号
出願日 昭和三四年三月一九日
発明の名称 粒状燐酸質肥料の製造法
公告日 昭和三六年七月三一日
(特公昭三六―一二一六八号)
登録日 昭和三八年九月一九日
二 特許請求の範囲
本件特許の願書に添付した明細書に特許請求の範囲として記載されたところは次のとおりである。
燐酸塩または燐酸塩の一種もしくは二種以上を含有する物質をニトロフミン酸またはニトロフミン酸アンモニウム塩を粘結剤として混合し粒状化することを特徴とする粒状燐酸質肥料の製造法
〔判決理由〕三 本件特許権の構成要件(以下「構成要件」という)について
1 構成要件中、出発物質が燐酸塩の一種または二種以上を含有する物質であり、これに他の肥料成分が加わつてもさしつかえないこと、目的物が粒状燐酸質肥料であることについては当事者間に争いがない。
2 構成要件の手段の部分、すなわち、本件特許請求の範囲に、ニトロフミン酸または、ニトロフミン酸アンモニウム塩を粘結剤として混合し粒状化するという場合の粘結剤の意味について、原告はこれを化学的粘結作用(化学結合)をする物質であると主張するのに対し、被告はこれを物理的強度を付与する物質であると主張するので、この点について検討を加える。
(一) 特許権の構成要件を確定するにあたつては、特許公報に記載されている特許明細書中の特許請求の範囲によるべきであるが、その用語がどのような趣旨で用いられているかについては特許明細書の全記載を参しやくして確定すべきである(特許法第三六条第四、五項、第七〇条、第一九三条第二項第四号)。
(二) 本件特許公報には、請求原因第三項3(三)(ⅰ)ないし()のような記載のあることが認められる。
(1) 右記載によれば、本件特許権においては、ニトロフミン酸は、水溶性燐酸塩と比較的弱い化学結合をし、その結果次の二つの結果が生ずることが新知見とされている。
(イ) ニトロフミン酸が、水溶性燐酸塩との間に比較的弱い結合を作つた場合、水溶性燐酸塩が土壌中に存在する鉄、バン土等と結合するのを防ぐ作用、すなわち、固定化防止作用により持続的遅効性燐酸質肥料が提供される。
(ロ) ニトロフミン酸は、燐酸塩との間に弱い結合を作ることによつて、それ自身極めて強固な粘結剤となる。
また土壌の呈する塩基度は大半が酸性であるから、ニトロフミン酸アンモニウム塩は土壌中では容易にニトロフミン酸に転換されるので、ニトロフミン酸アルカリ塩についても右と全く同様の作用を有すると述べられている。
(2) また右記載によれば、ニトロフミン酸またはそのアンモニウムウ塩の有する右の作用は燐酸塩類に対する次のような化学反応によつて生ずるとしている。
(イ) 燐鉱石のような水またはクエン酸に不溶性の燐酸塩に対しては、その燐酸イオンおよびこれと結合しているカルシウムイオンのような金属イオンとニトロフミン酸またはそのアンモニウム塩との間に化学結合を生ずることにより、右燐酸塩粉末を好適に粒状化する。
(ロ) 過燐酸石灰のような水溶性の燐酸塩に対しては、その燐酸イオンとニトロフミン酸またはそのアンモニウム塩との間にニトロフミン酸の有するカルボキシル基およびフェノール基により一種のケート状の比較的弱い化学結合を生ずることによる。
そして右のような化学結合を生じることを「特異な粘結作用」と呼んでいる。
(三) したがつて、本件特許請求の範囲にいう「粘結剤」とは、右(二)のような化学結合を生起する物質を意味すると解すべきである。
(四) ところで被告は、右の「粘結剤」の意味を物理的意味での粘結剤と解すべきであると主張しているが、この解釈は正しくない。すなわち、本件特許公報の前記記載は、発明の課題を土壌固定性のない、つまり、土壌中に存在する鉄、バン土等と結合することのない意味で持続的遅効性のある燐酸質肥料を得ることにあるとしたうえ、その課題を解決する方法として、ニトロフミン酸またはそのアンモニウム塩が燐酸塩と化学的に結合する性質を有することを利用して、燐酸塩にこれらを混合することを明らかにしているのであるから、被告主張のように、ニトロフミン酸またはそのアンモニウム塩を物理的強度を付与する意味での粘結剤と解することは、右発明の課題の解決と必ずしも結びつかなくなるのみならず、本件特許公報および弁論の全趣旨によれば、通常の肥料造粒の際に、粒に物理的粘着力を与えるために、澱粉、糖蜜、カルボキシメチルセルローズ等が用いられることは、本件特許出願時には、特許法上公知の事実であつたから、これら既知の物理的粘結剤と同様の目的で、それ自体存在公知のニトロフミン酸またはそのアンモニウム塩を単に物理的粘結剤として用いたとしても、そのような構成の技術的思想には何らの発明性をも見出すことはできなくなるからである。
(五) しかしながら、原告が主張するように、構成要件として粒状化することを、ニトロフミン酸またはそのアンモニウム塩と燐酸塩の化学結合の手段ないし前提としてとらえることはできないといわなければならない。けだし、請求原因第三項3(三)(ⅳ)(ⅴ)(ⅵ)の前記各記載では、ニトロフミン酸およびそのアンモニウム塩と燐酸塩とを混合することによる化学結合が、粒状化のための有力な契機として述べられており、かつ本件特許公報の全記載によつても粒状化することによつて右両者を化学的に結合させるという趣旨の記載は、全く見られないからである。
(六) ところで原告は、請求原因第三項3(四)(2)記載の実験結果に示されているような吸収関係がニトロフミン酸またはそのアンモニウム塩と燐酸塩との間に生ずることをもつて、本件特許権の構成要件における「化学結合」ないし「特異な粘結作用」の概念の内容とすべきであると主張し、本件特許公報には、請求原因第三項の実験結果が記載されていることが認められる。
しかしながら、本件特許公報においては、右両者間の結合は、前記のような化学結合により生ずると明言しているのであり、右実験結果はその一例証としてあげられているにすぎない(このことは、原告が右両者間の結合の立証としてその他の実験、機器分析等の結果を提出していることからも明らかである)のであるから、構成要件中の粘結剤とはこのような化学結合を生じさせる意味のものとして理解されなければならず、単に結果的に燐酸塩の土壌固定作用が防止され、所望の深度において燐酸塩が植物の根に吸収されるように機能することに寄与する相互作用を意味すると解することは、「化学結合」の概念を用いながら、結合の原因を化学結合力のみに求めないと解せられないではなく、恣意的にすぎるきらいがあり、原告の右主張は失当である。
3 以上右2に検討したところと本件特許公報の全記載を総合すると、構成要件の手段の部分は次のように理解すべきである。
燐酸塩の一種または二種以上を含有する物質に、燐酸塩と化学的に結合する意味の粘結剤としてニトロフミン酸またはそのアンモニウム塩を混合し、これを通常の肥料造粒機で粒状化する。<中略>
五 そこで以下本件製品が本件特許権を侵害しているかどうかについて検討する。右の点を判断するについては、まず本件製品中において原料として用いられているニトロフミン酸アンモニウム塩と燐酸塩とが純理的に前記の意味での化学結合(以下「本件化学結合」という。)をしているかどうかおよび本件製品において同様の化学結合が存在するかが問題とされるべきである。
1 <書証>には本件製品別紙目録Ⅰの製品(以下「本件製品Ⅰ」という)に関し、<書証>には本件製品中別紙目録Ⅱの製品(以下「本件製品Ⅱ」という)に関し、それぞれ土壌注水実験(土壌柱の上部に右各製品ないし後記の比較試料をのせ、上部から一定の水量を一定時間注水した後、右各製品および比較試料からの燐酸塩の土壌内移行性を比較したもの)(以下「土壌注水実験」という)の結果が記載されており、これによれば、右各実験においては、右各製品は、右各製品からエスコン(当事者間に争いのない事実および弁論の全趣旨によれば、これは本件製品中に含まれる腐植酸アンモニア肥料のことであり、ニトロフミン酸アンモニウム塩をニトロフミン酸に換算して五〇重量%以上含有する。)のみを除きその他の原料配合割合は同じの粒状肥料(以下「無機粒状品」という)や、右各製品からアンモニアのみを除き、その他の原料配合割合は同じの粉末肥料(以下「含フミン酸粉状品」という)等よりも土壌固定性が少ないこと、すなわち、土壌内移行性が大きいことが認められる。
また、<書証>には、本件製品Ⅰにつき溶出実験(右製品ないし比較試料の上部から一定時間注水し、右製品ないし比較試料中の成分の水への溶出状態を調べたもの)(以下「溶出実験」という)の結果が記載されており、これによれば、本件製品Ⅰは無機粒状品と比較して、アンモニア性窒素、燐酸ともに溶出速度が遅いこと、また無機粒状品では、窒素の溶出率と燐酸の溶出率は全く同じであるが、本件製品Ⅰでは、先ずアンモニア性窒素が最も速く溶出し、次に水溶性燐酸が溶出し、ニトロフミン酸の溶出は、アンモニア性窒素や燐酸の溶出状態に比べて著しく遅いとされている。
原告は、右土壌注水実験および溶出実験の結果により、本件化学結合が生じており、本件製品においても同様の化学結合の存在することが証明されたと主張するので、以下この点について検討を加える。
(一) 土壌注水実験
(1) 本件製品ⅠおよびⅡが無機粒状品よりも、燐酸の土壌力移行性が大きいことについて、
(イ) <書証>によれば、ニトロフミン酸およびそのアンモニウム塩は、土壌中の鉄、アルミ等とキレート化合物(乙第一号証によれば、キレートの語源は、ギリシャ語の「カニのはさみ」ということで、いろいろな金属をカニのはさみがつかみとつた形をしていることからイギリス学派によつて名づけられたものであることおよび副原子価機能をもつ金属は一般にキレート生成傾向が大きいことが認められる。)を作り、いわばこれを先取りすることによつて燐酸の固定が抑制されること、およびニトロフミン酸には土壌中の鉄、アルミに固定された燐酸をさらに溶出する作用があることが認められる。
(ロ) したがつて、右実験結果は、ニトロフミン酸およびそのアンモニウム塩の右各作用によつても説明することができるから、本件化学結合を証明するためには、なお右実験結果が、ニトロフミン酸またはそのアンモニウム塩の右先取作用によつて起つたものではないこと、少なくとも右作用が加功しているとしてもその程度はわずかであることを立証することがなお必要である(これが立証されれば本件化学結合の立証として必要にして十分であるという意味ではない)。
(ハ)(a) ところで証人の証言には次のような趣旨の供述部分がある。
土壌中の鉄やアルミナを燐酸と結合させないためにニトロフミン酸を土壌に単独に加える場合は相当大量をもつてしなければならない。ところが燐酸をある程度ニトロフミン酸とキレート結合させてやつた場合は、その量が少なくてすむ。土壌にほどこされたニトロフミン酸は、すべてが土壌中の鉄やアルミナと結合する訳ではなく、鉄やアルミナが多い場合には、結合するにしても徐々に結合する。
しかしながら同証言によれば、同証人は、鉄やアルミナとニトロフミン酸とが土壌中でどういう反応をするか実験をしていないことが認められ、右のニトロフミン酸の作用に関する供述部分は、同証人の単なる推論にすぎないから、右(ロ)で要求される立証としては不十分である。
(b) 前掲土壌注水実験の結果によれば、含フミン酸粉状品と無機粒状品からアンモニアのみを除き、その他の原料配合割合は同じの粉状肥料(以下「無機粉状品」という)とを比較した場合、燐酸の土壌内移行性はわずかではあるが、前者の方が後者より優つているものの、その差は前記(1)の結果より小さいことが認められるが、他方甲第一二号証の実験結果によれば、燐酸の土壌内移行性は前者の方がかなり優つていることが明らかであるから、右甲第一五号証の二の土壌注水実験の結果をもつて直ちに右(ロ)で要求された立証とすることはできない。
(c) 右の外には右(ロ)の事実を認めるに足りる証拠は存しない。
(2) 本件製品Ⅰが含フミン酸粉状品より土壌内移行性が大きいことについて
前掲第三、四図によれば、無機粒状品と無機粉状品とを比較した場合、前者が後者よりも土壌内移行性が大きいことが認められ、この場合には、ニトロフミン酸が関与していないから粒状化の操作そのものが燐酸の分布に差を与えていることが明らかである。また成立に争いのない乙第二号証によれば、過燐酸石灰を粒状化すれば、土壌に接触する表面積が小さくなるから、燐酸の固定が減少するとの記載がある。
したがつて右実験結果は、肥料の粒状化操作そのものが土壌中の燐酸の分布に差を与えているとも解することができる。
(3)(イ) 前掲乙第一二号証には、土壌注水実験では供試肥料は土壌柱の上部に置かれ、その下にろ紙があつて、土壌柱に達するには溶液の状態にあり、しかもその液の燐酸とニトロフミン酸との関係は、溶出実験の結果のとおりであるとすれば、注水過程ですでにニトロフミン酸と燐酸とは分離して流下すると思われるから、燐酸の土壌柱の分布が異なるとしても、本件化学結合の有無を判断することは困難である旨の記載がある。
(ロ) 他方、証人Hの証言には、土壌注水実験においては、溶出実験の場合よりも流している水の量が少ないから、ニトロフミン酸と燐酸とは、濃厚液の状態で結合したまま土壌の中に入つていく旨の供述部分があり、成立に争いのない甲第一号証によれば、水溶性燐酸塩は水溶液中でニトロフミン酸に吸着されている旨の実験結果が認められる。
(ハ) しかしながら、水溶液中で燐酸塩とニトロフミン酸との吸着があるとしても、後記溶出実験の結果によれば、両者は注水により容易に分離することが認められるのであり、水溶液中で本件化学結合が存在しているかどうかが正に問題なのであつて、右供述部分はなお立証を要する事項を前提として、実験の結果を説明しようとするものであり、それをもつて右(イ)の乙第一二号証に記載された疑問に対する答とはなし難い。
(ニ) 溶出実験の結果について
(1)(イ) 成立に争いのない乙第一五号証によれば、次のような事実が認められる。
造粒条件を同一にして製造した無機粒状品、エスコン混入粒状品、エスコンに代えて珪藻土、コークス粉ポプラの葉を加えた粒状品について、甲第一二号証および第一五号証の二の溶出実験と同様の実験方法を用いて次のような実験結果が得られている。
(ⅰ) 同量の燐酸を含有する試料を用いた実験結果によれば、エスコン混入粒状品の燐酸溶出量は、他の肥料と同一傾向を示している。
(ⅱ) 供試肥料中の燐酸の量が異なると同一組成のものでも(同証の実験では無機粒状品について含有燐酸の量を変えている)燐酸の溶出挙動が異なる。
右の実験結果から次のようにいうことができる。含有燐酸量が同一であれば、エスコン混入粒状品中の燐酸は、エスコンの混入されていない造粒品中の燐酸や弁論の全趣旨により燐酸塩と化学結合を生じるとは考えられない珪藻土、コークス粉、ポプラ葉粉末等を混入した造粒品中の燐酸と全く同傾向の溶出挙動を示し、含有燐酸量が異なれば同一組成品であつても異なる溶出挙動を示すから、エスコン混入造粒品中において本件化学結合が生じているとは必ずしも考えられない。
(ロ) これを前掲甲第一二号証、第一五号証の二の溶出実験の結果にあてはめると、ここにおいては、各試料の燐酸含有量を一定にしていないし、のみならず溶出に影響を及ぼすと考えられる造粒条件が必ずしも同一とはいえないから、燐酸の溶出状態の比較からだけで本件化学結合の有無を判断することは難かしい。
(2) 前掲甲第一二号証および証人Hの証言によれば、含フミン酸粉状品においては、本件化学結合はほとんど生じていないから、溶出実験によつて本件化学結合の有無を確かめるには含フミン酸粉状品の溶出実験を行ない、アンモニア性窒素燐酸、およびニトロフミン酸アンモニウム塩の溶出状態を調べて本件製品Ⅰのそれと比較しなければならないはずである。けだし、もし含フミン酸粉状品の溶出状態が、本件製品Ⅰのそれと同じであれば、本件製品Ⅰの溶出実験の結果をもつて本件化学結合を推認することはできないからである。しかしながら、右の比較実験はなされていない。
(3) 前掲乙第一、一三号証によれば、一般にpHが高くなれば(アルカリ性に傾けば)になり、溶解度は減少する。とくにCaHPO4・3H2Oの場合は、不溶の傾向が大きくなる。ニトロフミン酸アンモニウム塩の溶解度とpHとの関係は明らかでないが、いずれにしても、溶出実験においては、燐酸とニトロフミン酸の溶出程度の相違に溶液のpHが関係しているかどうかが確かめられなければ、本件化学結合の有無を判断できないはずであるが、本件溶出実験では、この点の検討はなされていない。
(三) なお成立に争いのない甲第一七号証によれば、土壌注水実験溶出実験の実験方法は、物質の吸着力(結合力)の相違にもとづいて物質を分離するカラムクロマトグラフ法と同一の原理にもとづく実験方法であつて、ここで示された実験結果は明らかに本件製品、Ⅰ、Ⅱにおいて、本件化学結合が生起している旨記載されており、証人熊野谿従の証言中に同趣旨の供述部分がある。
ところで右甲第一七号証の作成者である同証人の証言によれば、カラムクロマトグラフ法というのは、クロマトグラフ法の一つであり、普通には試験管の中に吸着剤を入れて、それにたとえばAとBの物質を吸着させ、もし、AとBとの間に吸着剤に対する吸着性の差があれば、適当な溶剤を選んで流すことによつて、AとBと別々に分離して溶出するというものである。
同証言によれば、甲第一七号証でカラムクロマトグラフ法と同一の原理にもとづく実験方法と記載されているのは、溶出実験に関してカラムクロマトグラフ法の原理にもとづいて解釈ができるということであり、土壌注水実験の方は、同証人は土壌の専門家でないから詳しくは分らないが、右の原理で理解すればよいというのである。しかしながら、土壌注水実験、溶出実験の各結果が、本件化学結合だけではなく右(一)、(二)で検討したような理由によつて生じる可能性がある以上、右各実験の結果をカラムクロマトグラフの原理で解釈できるといつたところで、本件製品Ⅰ、Ⅱ中における本件化学結合の可能性を示したにとどまるものである。右各実験結果が右(一)、(二)で検討した理由では起りえないものであり、かつカラムクロマトグラフの原理でもつてのみ説明できるということを確言できるのでなければ本件製品Ⅰ、Ⅱ中における本件化学結合を確定できないはずであるが、同証言の全趣旨によつてもこの点に関する説得力ある説明はなされていない。
(四) 成立に争いのない甲第一九号証の二によれば、ニトロフミン酸アンモニウムと燐酸一アンモンとの間に化学結合を生ずる場合の重量比は九三対七ないし九二対八と考えられる旨の記載があるが、そうだとすれば後記2(1)に認定する本件製品における両者の重量比にてらして、前者が後者をひきつけうる量は極めて少ないと考えられるので、原告の主張するような燐酸の固定化防止作用をニトロフミン酸のひきつけ作用のみに帰することは必ずしも相当ではないと考える余地がある。
(五) 以上によれば、土壌注水実験および溶出実験の結果からだけでは、本件製品中における本件化学結合の有無を判断することは困難であるといわざるを得ない。
2 次に、原告は成立に争いのない甲第一八号証、第一九号証の一に記載された実験結果によつて本件化学結合が立証されると主張するので以下検討を加える。
(一) 甲第一八号証、第一九号証の一によれば、右両実験においては、ニトロフミン酸アンモニウム塩と燐酸アンモニウム塩とを水に混合溶解した後、これを蒸発乾固して塊状物を得、これを粉砕したものを「変成試料」と呼び、変成試料と成分は同じの混合粉末試料とを、甲第一八号証では赤外線吸収スペクトル法により、甲第一九号証の一ではX線回折、示差熱、熱天秤分析により比較している。
そして甲第一八号証には、赤外線吸収スペクトル法により変成試料では、ニトロフミン酸アンモニウムと燐酸一アンモンとの間に化学反応によつて新しい結合が生成していることが明瞭に確認されたが、これに対し、混合試料には両者の間の化学反応にもとづく新しい吸収の生成を認めることはできなかつた旨の記載がある。
また前掲甲第一九号証の二には、甲第一九号証の一の実験結果に関し、次のような趣旨の記載がある。
右実験結果からみて特に注目されることは、混合試料では、燐酸一アンモン含有率が二%の試料でも、その存在をX線回折および示差熱分析の両手段で検出できたのに対し、変成試料では燐酸一アンモン含有率五%でも全く検出されておらず、含有率9.1%のものについてようやく検出できたという事実である。したがつて、X線および示差熱分析を用いた場合、変成試料につき燐酸一アンモンの存在を検出し得る限界は燐酸一アンモンの含有率七〜八%のところであると推定される。この事実から、燐酸一アンモン含有率七〜八%までの変成試料中では、燐酸一アンモンは単体として存在しないで、そこに含まれているすべてのニトロフミン酸アンモニウムとほぼ全量結合し、新しい化合物を生成したとみなすことができる。また燐酸一アンモンの含有率が七〜八%以上の変成試料中ではすべてのニトロフミン酸アンモニウムは少なくともその7/93〜8/90に相当する量の燐酸アンモニウムと結合して「燐酸化ニトロフミン酸アンモニウム」ともいうべき新しい化合物を形成しているとみなすことができる。
粗成ニトロフミン酸アンモニウム塩と燐酸アンモニウム肥料とを混合し、水またはアンモニア水を添加しながら工業規模で造粒し、加熱乾燥して得られる粒状肥料においても燐酸化ニトロフミン酸アンモニウムなる新化合物が生成しているものと考えられる。
(二) しかしながら、以下に述べるような疑問点および反証が存するので、右実験結果から直ちに本件製品中における本件化学結合を推認することはできない。
(1) 本件製品中、燐酸アンモニウム塩とニトロフミン酸アンモニウム塩との配合割合は次のとおりである。
右数値の算出根拠は次のとおりである。
弁論の全趣旨および当事者間に争いのない事実によれば本件製品Ⅰでは、燐酸アンモニウム塩が三八六重量部に対して、ニトロフミン酸アンモニウム塩をニトロフミン酸に換算して五〇重量%以上含有する腐植酸アンモニア肥料(エスコン)が二五〇重量部用いられている。燐酸アンモニウム塩は水を殆んど含まないが、エスコンは13.5%以下の水分を含んでいるから(成立に争いのない甲第六号証の一)、含水率を一一%として、その水の量を除いたエスコンは、二二二重量部となる。
本件製品Ⅰ
Ⅱ
Ⅲ
隣酸アンモニウム塩
六三
五〇
四四
エスコン
三七
五〇
五六
隣酸アンモニウム塩
七七
六七
六一
ニトロフミン酸アンモニウム塩
二三
三三
三九
したがつて、燐酸アンモニウム塩とエスコンの配合割合は、三八六重量部対二二二重量部となり、両者の合計を一〇〇として換算すれば、六三対三七となる。
同様にして、本件製品Ⅱは五〇対五〇、本件製品Ⅲは四四対五六となる。
しかし、エスコンは、約五〇%のニトロフミン酸を含んでいるにすぎないから、この割合を燐酸アンモニウム塩とニトロフミン酸アンモニウム塩純品の割合で示すためには、さらに、エスコンの数値に二分の一を乗じなければならない。その結果は右表のとおりである。
甲第一八号証および第一九号証の二によれば、ここに記載されている各試験では、供試試料中にエスコンを使用せず、ニトロフミン酸アンモニウム塩の純品を用いているから、その配合割合も燐酸アンモニウム塩とニトロフミン酸アンモニウム塩純品との割合で示されている。そして燐酸塩とニトロフミン酸アンモニウム塩との配合割合は、二対九八、五対九五、一〇対九〇というように、本件製品とは反対に、ニトロフミン酸アンモニウムが大過剰の配合比の試料を用いており、燐酸アンモニウムを最も多量に用いた場合ですら、その配合比は五〇対五〇になつている。
ところで両実験とも、混合粉末試料と変成試料との間で差異が認められたと実験者の述べている場合は、ニトロフミン酸アンモニウム塩の混合比が著しく大の場合に限られ、その混合比が五〇対五〇になるとその差異はほとんど消滅してしまつており、ニトロフミン酸アンモニウム塩の混合比が小さい本件製品に対応する混合比の場合については実験はなされていない。
(2) 証人Oの証言によれば、甲第一九号証の一のX線回折による測定結果については次のような疑問点が認められ、これについて何ら説得力ある説明がなされていない。すなわち、
(イ) 右実験によれば、変成試料においては、燐酸一アンモンの混合比をふやしていくと、一五%を境として、今まで非晶質であつたものが結晶化してしまうことを示している。しかし今まで化学結合をしたことによつて非晶質であつたものが、それ以上燐酸一アンモンを加えることによつて化学結合を解いて結晶化するという反応は質量作用の法則に反するのではないか。
(ロ) また燐酸アンモン一五%以下のところでは、X線のピークがないが、これは非晶質であるということを示しているにすぎず、非晶質になつた原因について、化学結合を生じたためによるものかどうかについて直ちに結論することはできない。非晶質になる原因については、吸湿によることも考えられるからである。
(3) 成立に争いのない乙第二三号証によれば、リン酸アンモニウムとエスコンを原料として各種割合で配合し、その一部を造粒品および蒸発乾固した配合品として内部標準(スピネル)を用いたX線回折による燐酸アンモニウムの定量分析を行なつた結果が記載されている。そして右記載によれば次の事実を認めることができる。
(イ) 右配合割合が、本件製品の配合割合に近い五〇対五〇のものおよび七〇対三〇のものについて、配合品、造粒品ともに原料配合割合による値と分析値とはよく一致している。したがつて、右試料中において燐酸アンモニウムは、試料中でニトロフミン酸アンモニウムと化合せず、結晶の形で存在している。
(ロ) 大量のエスコン(ニトロフミン酸アンモニウム塩)に少量の燐酸アンモニウム(九五対五、九〇対一〇)を配合した配合品とこれを甲第一八号証、第一九号証の一の変成試料と同様の方法によつて作成した蒸発乾固品をさらに十分乾燥したものとの線回折図をとつた場合については、ほとんど変化のない回折図が得られている。したがつて、この場合には十分乾燥すれば、試料に配合した燐酸アンモニウムはすべて結晶の形で存在しており、ニトロフミン酸アンモニウムとの反応や結合が起つているとは考えられない(したがつて右(2)(ロ)の疑問点は、この結果からみて根拠のあるものというべきである)。
ところで原告は、右乙第二三号証記載の実験について、X線回折においては、試料中に含有される不純物がX線回折強度に重大な影響を及ぼすものであり、多量の不純物を含有する「エスコン」を用いた配合品と造粒品に関するX線回折図から各試料中の燐酸一アンモニウムの含有量を算出することは本質的に不可能であるとし、かつ各試料の原料として用いたエスコン、燐酸一アンモニウムのそれぞれに関するX線回折実験が行なわれていないと主張する。
証人Oの証言によれば、X線回折そのものは結晶構造を検出しうるが非晶質のものは検出できない性質のものであるけれども、仮りに燐酸一アンモンとニトロフミン酸アンモニウム塩との化学結合により、新たに化合物が生じ、それが非晶質だとしても、前掲乙第二三号証、成立に争いのない乙第一八号証の二の実験では、試料中のその化合物を検出しようとするものではなく、試料中の結晶質である燐酸一アンモニウムの定量を行なつて、もとの原料の配合割合と比較し、試料中における化学結合の有無を確かめようとするものである。またエスコンは、成立に争いのない乙第一六号証の一に添付されたX線回折図によれば、同図中央やや左寄りに小さなピークが現われるだけで、それ以外はX線回折によるピークを示さない非晶質の物質であり、その小さなピークは前掲乙第一八号証の二および成立に争いのない乙第二二号証に添付されたX線回折図にもS:O2として示されている。そして、そのピークの位置が燐酸アンモニウム塩の示すどのピークの位置とも重ならないことは、乙第一六号証の一に添付された燐酸アンモニウム塩単独のX線回折図によつても確かめることができる。このように、エスコンはほとんど非晶質であり、ただ一つ現われるピークの位置も、燐酸アンモニウム塩の示すピークの位置と重複しないから、燐酸アンモニウム塩とエスコンを混合した前記試料を用いてX線回折図をとり、これにもとづいて燐酸アンモニウム塩の定量を行うことは可能であると解せられる。したがつて、原告の乙第二三号証の実験結果に対する非難は妥当しない。
(4) 成立に争いのない乙第二四号によれば、ニトロフミン酸アンモニウム塩と燐酸一アンモニウムを三対七の割合で原料とし、これを混合したものと、これを小型転動造粒機により、水を霧状に撒布しつつ造粒したものとを試料として行なつた示差熱・熱天秤の測定実験の結果が記載されているが、右記載によれば、造粒操作によつて原料の間に何らかの反応が生起し、新しい物質が生じたと考えられる根拠となるべきものは認め難い。
3 成立に争いのない乙第一四号証の一には、エスコン(粒状)市販品、粉末配合肥料(エスコン含まず)、粒状肥料(エスコン含まず)、エスコン含有粉末配合肥料および本件製品Ⅰに関する赤外線吸収スペクトル図が、また成立に争いのない乙第一七号証の一には、これらの各試料の赤外線および遠赤外線吸収スペクトル図が添付されており、成立に争いのない乙第一四号証の二、第一七号証の二によれば、M化成工業株式会社中央研究所第六研究部長Uは、乙第一四号証の一、第一七号証の一の実験結果から、スペクトルの測定される状態においては化学結合状態上の差があるとはいいえない旨もしくは、赤外および遠赤外スペクトルに検知される構造上の差異があるとはいいえない旨判定している。
ところで、前掲甲第一七号証には、乙第一四号証の一の実験結果につき本件製品Ⅰと、粉状品とは異つたスペクトルを示しており、両スペクトルを重ね合せたときのずれは、化学的結合状態上の差異があることを示しているとみるべきである旨の記載があり、証人Kの証言には右記載と同旨の供述部分があり、また、乙第一七号証の一の実験結果についても同旨の供述部分があるが、一方乙第一四号証の二、第一七号証の二の記載に関し、乙第一四号証の一、第一七号証の一の各スペクトルから化学結合状態の差があるとか、ないとかいうことを論じることが意味がない旨の供述部分があるのであつて、乙第一四号証の一、第一七号証の一記載の各実験結果から本件化学結合を推定できないとすることを一概に否定し去ることはできない。
六 以上によれば、挙示した甲号証によつては、いまだ純理的にも、本件製品中においても、本件化学結合が生起していることを認めるには十分ではなく、他にこれを認めるに足りる証拠は存しない。したがつて、結局、本件製品が本件特許権を侵害している事実については、これを認めるに足りる証拠は存しないことになるから、その余の原告の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、……主文のとおり判決する。
(丹野達 三井善見 石井彦寿)