福島地方裁判所 昭和54年(行ク)1号 決定 1979年4月02日
申立人 坂上良男
被申立人 福島県喜多方市長
主文
被申立人が、昭和五四年三月六日、申立人に対してなした住民票消除処分の効力は、当庁昭和五四年(行ウ)第六号住民票職権消除処分取消請求事件の判決確定に至るまで、これを停止する。
理由
一 本件申立
主文と同旨。
二 申立の理由
申立の理由は別紙(一)、(二)記載のとおりであり、被申立人の意見は別紙(三)のとおりである。
三 よつて、判断するに、被申立人が昭和五四年三月六日申立人に対し、主文掲記の本件処分をなし、申立人が原告となり、被申立人を被告として本件処分の取消しの訴え(当庁昭和五四年(行ウ)第六号住民票職権消除処分取消請求事件)を当庁に提起し、現に係属していることは当裁判所に明らかである。ところで、住民基本台帳法三二条は、同法にもとづきなされた処分の取消しの訴えが、当該処分についての審査請求の裁決を経た後でなければ提起することができない旨規定し、審査請求前置主義を採用しているところ、一件記録によれば申立人は本件処分につき福島県知事に対し審査請求をしたが、未だ同知事の裁決がなされていないことが認められる。しかしながら、一件記録によれば、喜多方市選挙管理委員会は同年三月一〇日選挙人名簿から申立人を抹消したが、申立人は喜多方市議会議員選挙に立候補を予定しており、選挙人名簿の登録の回復をする必要があり、そして、右選挙の届出期日は昭和五四年四月一二日であつて日時が切迫していることが認められ、かつ選挙人名簿の登録に関し異議の申出をなすには住民票に記載されていることを要するから、申請人が本件処分につき福島県知事の裁決を経ないでその取消しの訴えを提起したことに行訴法八条二項二号所定の事由があるというべきであつて、右訴の提起は適法である。
次に申立人は、本件処分の効力が停止されれば、前示のように縦覧期間内に選挙人名簿に対し異議の申出をすることができ、また選挙管理委員会の職権による選挙人名簿の登録の回復も期待しえないわけではないから、結局申立人には、被選挙権の行使を妨げられるという回復の困難な損害を避けるため、本件処分の効力の停止を求めるべき緊急の必要があるというべきである。
なお、一件記録によるも、本件処分の取消しの訴えの本案について理由がないとはいえない。
よつて、本件申立は理由があるから行訴法二五条二項により主文のとおり決定する。
(裁判官 佐藤貞二 石井義明 平井治彦)
別紙(一)
一 申請人は、祖父、父と三代にわたつて住所地に居住している。
二 しかるに被申請人は、昭和五四年三月六日住民基本台帳法第八条の規定にもとづき申請人に対し、喜多方市には居住していないとし申請人の住民票を職権消除する処分をなした。
三 申請人は、この処分には全面的に不服であるので本日御庁に対し処分の取消しを求めるための本件の提起をなした。
四 被申請人の本件処分の不当なことは訴状記載のとおりであるが申請人は現在喜多方市議会議員に立候補するため準備中であり、その届出期日が昭和五四年四月一二日であるところ、本件処分に伴ない喜多方市選挙管理委員会は選挙人名簿から申請人名を抹消したので、申請人の市議会議員の立候補はこのままでは不可能な状況となつてしまつた。
五 従つて本件処分が続行されるならば、申請人にとつては市議会議員の立候補を断念しなければならないのみならず、その準備行為さえ無駄となつてしまうこととなる。かくては、申請人に回復困難な損害の発生することは明白であるので、本件処分の効力の執行停止は緊急の必要がある。
六 よつて、すみやかに本件処分の執行停止の措置を求める。
別紙(二)
第一被申請人の住民票職権消除の不当性
一 被申請人住民課の佐瀬の昭和五四年三月二七日の審尋結果によれば、まさに被申請人の住民票職権消除行為は申請人の喜多方市議会議員立候補を不可能とする目的でなされた不当・不法な処分であつたことが一層明らかとなつている。すなわち佐瀬の供述によれば次の事実が認められる。
(一) 本件住民票職権消除処分は、喜多方市選管からの申出によるもので、申請人の市議会議員の被選挙権そのものの当否を目的としてなされたものであること。
(二) 右のごとき例は、喜多方市においても前例を見ないものであること。
(三) 自宅を所有し家財道具もそこに残していたケースで(このようなケースは出かせぎや長期出張、長期他所滞在などで、多々ありうるのみならず本件は過去六か月間のみの不在を理由としているから、調査をすればさらに多数の例が見つかるはずである。)不在を理由に住民票の職権消除をしたことは倒産による夜逃げ以外には前例のないこと。
(四) そもそも申請人の住所に異議をとなえたのが同町内の者である(明らかに申請人の被選挙権を妨害し、他の者を立候補させたい意図がうかがえる。)のに、あえて町内の二、三人の者にあたつただけであること。(これらの者の中に右異議申立者のいる可能性こそ高いと思われる。)そして被申請人が申請人の住所と考えていたと思われる北塩原村の「ホテル上の湯」の方の実態調査は全くしていないこと。
(五) 右町内会の二、三名の者に対する調査において、調査担当の佐瀬は、申請人が昭和五三年一二月三一日から昭和五四年二月五日までの長期にわたり負傷のため入院していたことも知らずに、最近の申請人の居住状況を聞いていること。そして、右被調査者も右入院の事実を知つていなかつたと思われること。(もし知つていたならまずそのことを佐瀬に話をするはずである。)
(六) 右佐瀬は、申請人の住民税の申告先が北塩原村であることを重大な要因と指摘しているが、これはたまたま調査の結果見つかつたので、これを逆に利用して理由としたにすぎないことは、申請人の健康保険料や町内会費の納付がなぜ喜多方市になされていて、右住民税のみ北塩原村となつているのかその理由も全く調査していないことからも明らかである。
(七) 住民登録には、単に客観的居住性のみならず本人の居住の意思も重要な要素であることは右佐瀬自身が認めているのにもかかわらず、申請人についてはその意思の固いことを充分知りながら、あえてこれを無視していること。
二 以上のような事実からも、本件住民票職権消除は政治を行政にもちこんだ職権濫用も甚しいものであることは明白である。
しかも申請人の審尋結果によれば、申請人は昭和五三年三月から同年八月まで妻子ともども喜多方市の自宅に居住し、同年八月の「ホテル上の湯」のオープン以後同年一二月末までは右ホテルの手伝いもあつて、半分は喜多方市を離れていたが、なお喜多方市にも半分は居住し民社党の活動や無尽のつきあい、一般的な交際などをしていたこと、そして同年一二月三一日に負傷して入院し、昭和五四年二月五日まで病院にいたこと、その後今日まで喜多方市の自宅に居住して通院および自己の立候補準備をしていたことが認められる。
右事実からすれば、被申請人が申請人の住所が昭和五三年一〇月一日から喜多方市になかつたと認定したことは全く事実に反する恣意的なものであつたことは明らかである。
第二仮処分の必要性について
一 被申請人は、前述のごとくその処分にゆきすぎのあることを充分知りながらなおかつ、政治的目的のためあえて本件処分にでたものと推測しうるが、とくに仮処分の必要性について争つていることから一層右事実は濃厚となつてくる。すなわち、被申請人は市選管と充分意思を通じて市選管の申出を受けた形でまず被申請人が申請人の住民票を抹消し、次に市選管はこれを重要な決め手として直ちに申請人の選挙人名簿の抹消をしているのである。(疎第一二号証にも市選管は被申請人の決定と処分に依存していることを明示している。)
二 ところで、公職選挙法によれば選管自身でも選挙人の住所の調査をなしうるし、独自の判断で名簿の抹消もできることになつている。ところが同法二四条等から明らかなごとくこの抹消に対しては異議の申出しかできず、その抹消処分に対する執行停止は(行政不服審査法や行政事件訴訟法の適用がない)全く認められていない。まさに市選管と被申請人は法のこの趣旨を逆に利用して、まず住民票を抹消する形をとり申請人の立候補を断念させようとしたとしか考えられない。
三 従つて市選管が右の態度をとる限り、選挙人名簿抹消の異議の申出が認められるわけがなく、結局申請人としては被申請人に対する住民票の職権消除処分の執行停止に頼らざるを得ないのである。
被申請人は、仮に裁判所が右執行停止を認めても市選管の判断はこれに拘束されないから仮処分の緊急性も必要性もないと主張するが、それこそ被申請人や市選管のねらいとするところであつたとしか考えられない。
四 しかし、右のごとき行政官庁の著しい職権濫用によつて市民の基本的人権の中でも重要な参政権を奪われることは、憲法の許さざるところであつて、その抹消は是非必要である。しかも裁判所において申請人の住所を喜多方市にあると認定したうえで被申請人の本件処分の執行停止を決定するなら、市選管の選挙人名簿の登録抹消は市選管の右処分の経過(とくに疎第一二号証の内容)からして登録抹消を取消すことは確定的ともいえる。万一市選管が右登録抹消をあくまで他官庁のものだからとして放置したとしても、申請人の公選法にもとづく右異議の申出がなされた場合には裁判所の仮処分決定が決定的な証拠となつて、右異議の申出を受け入れて登録抹消処分を取消すことは確定的といえる。なお、当然のことながら、申請人は右異議の申出をなす準備をしている。
五 それゆえ本件執行停止の仮処分は、その必要性も緊急性も充分あると思料する。
別紙(三)
第一本件処分に至る経緯について
一 昭和五四年二月中旬、喜多方市民から喜多方市選挙管理委員会に対し、申請人の選挙資格につき疑義があるので、調査され度い旨の申立があつた。
右申立に対し選挙管理委員会では、福島県選挙管理委員会に対しその処置につき相談したところ、選挙資格の有無については、住民基本台帳法に基く住所の認定が先行するので、まず市民課に於て実態調査の必要がある旨の回答を得た。
二 右回答に従い、選挙管理委員会は、被申請人に対し実態調査を依頼し、右依頼を受け、二月一九日市民課長補佐佐瀬裕典を住民実態調査員に任命し、(住民基本台帳法第三四条二項)、その調査を開始した。
同人は、直ちにその調査に着手し、二月一九日から同月二一日に亘り喜多方市及び北塩原村の申請人に対する課税に関する調査及び上町行政区長、隣組長兼納税組合長、上町々内委員長、申請人所有家屋の借家人等に対し、申請人の住所における居住状況につき調査した。
右調査と並行して二月二〇日右調査員は選挙管理委員会と合同で申請人を喜多方市役所に来訪を求め、申請人から居住の実態、生計の状況、本人の居住意思等につき調査を行つた。
三 右調査の結果左の事実が判明した。
(一) 納税について
前記調査員が北塩原村役場小林主事に面会し調査したところ、申請人は昭和五一・五二年度の所得税につき同村に所得申告をなし(但し、免税点以下の為課税されていない)同五三年度は所得申告の上現実に納税(住民税)している事実が判明した。
(二) 民住状況について
申請人の住所地に存する申請人所有家屋の借家人である庄司六郎の妻幸子に面会し調査したところ、申請人は右家屋内二部屋に家財を置いてはいるが、他は総て借家人が使用しており、申請人が右家屋に宿泊するのは月に一回ぐらいであり、他は北塩原村に存する妻子の許に居住して時折荷物を取りに来るのも申請人ではなくその養子である事実が判明した。
右事実については、右調査に際し同席した幸子の実母物井ヨシエも強調するところであり、且つ前記上町行政区長、隣組長兼納税組合長、上町々内委員長等からも確認済である。
(三) 生計関係について
申請人の妻礼子は北塩原村において、旅館「上の湯」を経営し、税務上申請人はその専従者となつている。
また、生活の実態も申請人は右旅館の客の送迎用マイクロバスの運転等に従事しており、専ら右旅館で生活し、その収入により生計を維持していることが判明した。
被申請人は以上の事実調査の結果につき二月二四日前記調査員よりその報告を受けた。
四 被申請人は前記調査結果報告を受け、検討したところ、申請人の住所は、住民基本台帳法第四条、及び民法第二一条にいう住所には該らないとの結論に達し、被申請人は住民基本台帳法第一四条に基づき昭和五四年二月二七日付催告書を以て申請人に対し同年三月五日までに転出届を提出するよう催告した。
しかるに、申請人は右期日までに転出届を提出しなかつた為被申請人は同年三月六日、台帳法第八条に基づき申請人の住民登録を職権消除し、右事実を同日付通知書を以て通知した。
第二本申請の却下を求める理由
一 行政事件訴訟法に定める処分の執行停止は、処分の執行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある場合に限つて許されるものである(同法二五条二項)。
然るに申請人の求める選挙権又は被選挙権の有無は、公職選挙法の定めるところに従つて、選挙人名簿の登載の如何により決するものであるから(公職選挙法第一九条以下)、選挙人名簿の登載消除についてこれを争うのは兎も角、住民基本台帳の登載消除という選挙権又は被選挙権の有無と関係のない行政処分の執行によつて、申請人に回復困難な損害は固より緊急の必要は毛頭ないものである。
申請人には本申立に及ぶ法律上の利益なく、本申請は却下されるべきである。
二 法令に言う住所とは、生活の本拠を指称するものであることは当然である(最高裁昭和二九・一〇・二〇)。私法上の住所が人の生活上の拠点として今日の複雑な生活関係においては二個以上存することも可能であるが、公法上の関係特に本件の如き選挙権、被選挙権が問題となる場合には(公職選挙法第九条、第一〇条)一個でなければならぬことが明らかである。若し然らずとすれば同一人が何ケ所においても投票が可能となり、何ケ所もの選挙区から当選し、二個以上の市町村長の兼任も可能となるからである。
本申請人については前記の通り日常の起居の圧倒的部分、所得の生ずる場所、納税申告の場所等何れも北塩原村であり、住所を喜多方市と解する余地なく、被申請人の処分は正当である。