福島地方裁判所 昭和62年(ヨ)35号 決定 1987年4月22日
債権者 木村俊夫
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 齊藤正俊
債務者 株式会社伯養軒
右代表者代表取締役 大泉信太郎
右訴訟代理人弁護士 三島卓郎
同 小野寺康男
同 真田昌行
主文
本件申請を却下する。
申請費用は債権者の負担とする。
理由
一 債権者らの本件仮処分申請の趣旨及び理由並びにこれに対する債務者の答弁及び反論は、別紙「仮処分申請書」、「答弁書」及び各「準備書面」記載のとおりである。
二 当裁判所の判断
1 本件疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。
(一) 当事者
債権者加川喜一(以下「債権者加川」という。)は、福島市天神町五五番地一の土地(以下「本件(一)の土地」という。)及び同町五五番地二の土地(以下「本件(二)の土地」という。同土地は本件(一)の土地の西側に隣接する。)を所有し、本件(二)の土地上に二階建の店舗(美容室)兼居宅一棟(以下「加川宅」ともいう。)を所有しており、出生以来同所に居住してきた者であり、債権者木村俊夫(以下「債権者木村」という。)は、本件(一)及び(二)の土地の一部を債権者加川から借地し、同各土地上に二階建居宅一棟(以下「木村宅」ともいう。)を所有し、昭和四九年頃から同建物に居住している者である。
債務者は、仕出し及び宴会場経営を業とする株式会社であるところ、昭和五一年、その福島支店を、従来の福島市陣場町から、同市天神町五四番五、宅地五八三・二五平方メートル(以下「本件(三)の土地」という。同土地は、本件(一)、(二)の各土地から幅員約二・六ないし二・九メートルの市道を挾んだ南側に位置する。別紙図面参照。)上の平屋建建物に移転させ、以来、同建物において仕出し業を営んできたが、同建物が手狭になった上、宴会場を新設する計画を実現する必要もあったため、右建物を取り壊して、同所に、鉄骨造陸屋根四階建、建築面積三四八・七五平方メートル、延面積一一五四・六八平方メートル、最高部の高さ一四・五五メートルの建物(以下「本件建物」という。)の建築を計画し、昭和六二年二月一三日福島市建築主事坂井邦昭による建築確認(確認番号第一九〇二号)を得て、株式会社平木建業所にその建築工事を発注し、同月二八日地鎮祭が行われ、同年三月一日から右工事が開始された。
(二) 地域性
本件(一)、(二)、(三)の各土地は、東日本旅客鉄道株式会社福島駅東口から北北東約五七五メートルの位置にあり、右各土地自体は、建築基準法上の住居地域に指定されている区域内に所在するが、本件(二)、(三)の各土地の西側に隣接する県道福島飯坂線(以下「本件県道」という。)を挟んで準工業地域に接している上、本件(三)の土地から南に約七五メートル離れた地点以南はかなり広範囲の商業地域が南東方向に続いており、本件(三)の土地から東に約三〇〇メートル離れた地点以東に広がる商業地域と一体をなしている。
本件県道は幅員を二二メートルに拡張する工事がかなり進んでいる。
本件(一)、(二)、(三)の各土地の近隣は二階建建物が多数を占めているが、これらは営業用店舗兼居宅が多い。三階建ないし九階建の各建物も点在しているが、これらも営業用のビルが多く、本件(一)、(二)、(三)の各土地を中心に半径約一〇〇メートルの範囲内には七階建のえびすグランドホテル、五階建の有限会社カンノ木工の各ビル、同じく五階建の東邦銀行天神寮や三階建(一部四階部分が存在するものもある。)建物数棟が存在する。そして、駐車場に使用されている土地以外は、右各建物群が密集しており、二階建建物同志もほとんど軒を連ねている状態であり、本件(一)の土地の東側に接し、北西方向から南東方向に通じる市道に面した両側の建物群は、小規模店舗の商店街を形成している。
(三) 債権者らの被害の程度
(1) 日照阻害
本件建物が完成すると、債権者らの各建物に対し、次のとおりの日影を及ぼすことになる(なお、以下においては、午前八時から午後四時までの間における日影と日照のみを示す)。
(ア) 木村宅
同建物の南面の地上一・五メートル(南面一階の開口部のほぼ中間付近)の水平位置を測定面にした場合、冬至においては、日影となる時間が四時間三〇分ないし五時間三〇分で、日照が二時間三〇分ないし三時間三〇分確保され、右測定面上のほぼ中央部では午前一一時頃から午後四時頃までが日影となる。同測定面において、春秋分では日影が三時間未満であり、夏至においては、日照が阻害されることは全くない。
同建物の南面の地上四メートル(南面二階の東側主要開口部のほぼ中間付近)の水平位置を測定面にした場合、冬至においては、日影となる時間が三時間ないし五時間で、日照が三時間ないし五時間確保され、右測定面上のほぼ中央部では午後一時頃から午後四時頃までが日影となる。同測定面において、春秋分ではほとんど日照が阻害されず、夏至においては日照阻害が全くない。
(イ) 加川宅
同建物の南面の地上一・五メートル(南面一階の開口部のほぼ中間付近)の水平位置を測定面にした場合、冬至においては、日影となる時間が四時間ないし六時間で、日照が二時間ないし四時間確保され、右測定面上のほぼ中央部では午前八時頃から午後一時頃までが日影となる。同測定面において、春秋分では日影が三時間未満であり、夏至においては日照が阻害されることは全くない。
同建物の南面の地上四メートル(南面二階の開口部のほぼ中間付近)の水平位置を測定面にした場合、冬至においては、日影となる時間が四時間ないし六時間で、日照が二時間ないし四時間確保され、右測定面上のほぼ中央部では午前八時頃から午後一時頃までが日影となる。同測定面において、春秋分ではほとんど日照が阻害されず、夏至においては日照阻害が全くない。
(2) 通風や採光等の阻害及び圧迫感
本件建物が完成することによって、右の点がある程度生じることは予測されるが、その程度は本件疎明資料からは明らかでない。
(3) 本件(一)、(二)の各土地及び木村宅、加川宅の不動産価値の減少
右の点も本件疎明資料からは不明である。
(四) 公法的規制との関係
本件建物は、建築基準法第五六条の二及びこれを受けた福島県建築基準条例による日影規制の適用を受ける建物であるが、同規制に適合しており、右法によるその他の規制にも違反している点はない。
(五) 加害回避の努力
債務者は、本件建物の設計に当って、債権者らの各建物への日照阻害をできるだけ減らすよう、建築士の指導の下に、本件建物の配置等について、工夫する努力をしており、例えば、本件建物を本件(三)の土地の南側に寄せて建築し、同土地の北側付近を駐車場に当てることによって、本件建物と債権者らの建物との間に八・六メートルないし一四・二メートルの距離を保つ等の設計をした(別紙図面参照)。
(六) 本件建物の建築に関する、債権者らと債務者との間における交渉の経緯については、本件疎明資料からは必ずしも明らかでない。
2 以上の事実を前提に検討を加える。
(一) 従来享受してきた日照等の生活利益が近隣に建物が建築されることによって奪われ、その被害の程度が社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく超えている場合には、その建物の建築差止を求めることができると解する。
(二) そこで、本件建物による日照等の阻害が債権者らの受忍限度を著しく超えているか否かを判断するに、日照の被害の程度は前記のとおりであるが、前記事実によると、本件(一)、(二)、(三)の各土地が所在する地域が、福島市の中心地である東日本旅客鉄道株式会社福島駅東口から極めて近い距離にあり、幹線道路に接している上、実体としてはむしろ商業地としての性質を備えており、既に中高層建築化の傾向が認められ、今後その傾向が進むことが予想されるのであって、これらの地域性の他、本件建物が公法的規制、特に日影規制に適合していること、本件建物が加害回避の考慮を取り入れて設計されていることに照らせば、前記日照阻害に加えて通風、採光等の阻害及び圧迫感を斟酌しても、本件建物の完成によって債権者らが受ける被害は、いまだ受忍限度を著しく超えているとは認められない。
3 右によれば、本件各申請は、いずれも被保全権利の疎明がないことに帰し、疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないから、本件各申請は結局理由がないので却下することとし、申請費用については、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 久我保惠)
<以下省略>