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福島地方裁判所いわき支部 平成13年(わ)203号 判決 2002年3月27日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

押収してある携帯電話1台(平成13年押第35号の2)及び財布1個(同号の3)を被害者の相続人に還付する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,福島県で3人兄弟の三男として出生し,地元の小,中学校を卒業して,県立高校に進学し,平成13年3月高校を卒業した。被告人は,その後も実家に両親等とともに居住し,同年5月中旬ころからは地元の工務店で大工見習いとして働くこととなったが,仕事は週末を除いて県外に出張しての泊まり込みのものがほとんどであった。

被告人は,同年7月13日,出張先の茨城県から勤務先の工務店に夕方戻り,6月分の給料12万6500円を受け取ったが,同日が金曜日であり,週末は仕事が休みであったことから,「これだけの金があれば大好きなパチスロが思い切りできる。」などと考えて,自宅に帰らず,同日夜から同月15日にかけて,自分の軽自動車に寝泊まりしながら,福島県内の郡山市や二本松市等でパチスロやゲームをして遊んだ。被告人は,パチスロで少し儲かったりしたため,給料はほとんど減らず,このままパチスロをやっていれば遊んで食べていけるのではないかと考えた。 被告人は,まだまだ遊び足りない気持ちになり,翌日から仕事には行かないで,このまま思い切り遊び続けてやろうと考え,同日夜,家に帰らないことを決意して,知っている人に会うおそれもなく,好きな釣りもできる場所として,同県いわき市に移動し,同月17日からは,同市内のa港b号埠頭(以下,単に「b号埠頭」ともいう。)に自分の軽自動車を停めて,同車内で寝泊まりし,b号埠頭の岸壁で釣りに興じたり,付近のパチンコ屋に行ってパチスロをしたりして,遊び暮らすようになった。こうして毎日遊び暮らすうち,被告人の所持金は徐々に減っていき,同年8月17日ころには,所持金がわずか500円くらいになり,被告人は常に空腹状態となった。被告人は,今更家に帰っても親に合わせる顔がないし,高校時代からの友人との付き合いの中で従前から使い走りなど損な役割を引き受けさせられていたと感じていたことなどから,友人と会いたくない気持ちも強く,ずっと親元には帰らないで何とか生活し続けていこうと考えていた。

被害者は,同県郡山市内で,妻と中学生の子供2人と生活し,同市内のサッシ施工会社の下請けをしていたが,平成13年3月末ころから,賃金が安いことなどを理由として仕事をしなくなり,妻とのいさかいが絶えなくなって,同年7月24日には自宅を出てしまった。被害者は,民宿や自分のワゴン車内で寝泊まりし,釣りや飲酒に耽っていたが,同年8月15,16日ころからは,b号埠頭にワゴン車を停めて,同所で終日生活するようになった。同月17日ころ,被害者は,被告人が空腹状態であることを察して,b号埠頭で,被告人に声を掛けて,巻きずしを与え,翌18日ころには,b号埠頭の消波ブロック置き場内の,ブロックの間の空きスペースで,カセットコンロを使って肉を焼いて,被告人に食べさせるなどした。 被告人は,その後も,被害者からカップラーメンやおにぎりなどをもらって食べていたが,同月19日ころには,被告人は,ほとんど無一文になって全く食べ物を買うことができない状態になり,被害者からもらう食品が唯一の食料となった。しかし,被告人は,被害者から与えられる食品を食べるだけでは,空腹が満たされなかったため,同月21日未明,被害者が夜釣りの最中に徒歩で埠頭を離れたすきに,被害者がワゴン車の中に置いていたカップラーメン20個くらいと,前記空きスペースから,カップラーメンに注ぐ湯を沸かすためのカセットコンロを盗んだ。

被告人は,同日午後7時ころ,被害者からサンドイッチとおにぎりをもらい,前記空きスペースで,被害者と一緒に飲食したが,その際,被害者から「仕事上の都合で明日午前10時までに郡山に帰らなければならない。」旨の話を聞き,被害者が翌日朝にはb号埠頭を立ち去る予定であることを知った。被告人は,同日午後7時30分ころ,被害者と別れて,自分の軽自動車に戻り,シートを倒した運転席に寝転がったが,明日から被害者がいなくなると食べ物が手に入らなくなるのでどうしたらいいだろうと心配になった。そこで,被告人は,被害者から所持金を盗むことを考えたが,被害者は,いつも財布を身に付けているので,被害者に気付かれないようにこれを盗むことは無理であると思った。そこで,被告人は,被害者から所持金を取るにはこれを奪うしかない,被害者には自分の身の上などについて正直に話してあるので,被害者から所持金を奪っても被害者が生きていればすぐに警察に捕まってしまうなどと考え,被害者を殺害して所持金を奪おうと決心した。また,被告人は,被害者のワゴン車は,電気ポットや冷蔵庫も付いていて,生活するのに便利であるし,自分の軽自動車がガソリン切れのため動かなくなっていたので,被害者を殺害した後は,被害者のワゴン車をも奪って使用しようと考えた。その晩は,台風が近づいているため埠頭には被告人と被害者しかいなくなっており,このことから,被告人は,今夜なら人に見られることもなく捕まらないで済むから,被害者を殺害できるなどとも考えた。さらに,被告人は,埠頭の植え込みに転がっている鉄パイプを使って被害者を殴って殺そうなどと考えを巡らしていたが,どうやって不意をついて殴ろうかなどと考えているうちに眠ってしまった。

被告人は,翌22日午前3時過ぎころ目を覚まし,軽自動車を降りて埠頭のトイレに行ったが,その際,消波ブロック置き場内の前記空きスペースから光が漏れていたので,同所に近づいていったところ,被害者は風よけのために同スペースの入り口に敷物をつるして,そのスペースの中におり,被告人と言葉を交わした。その後,被害者は消波ブロック置き場から出て,岸壁に向かったので,被告人は,被害者を鉄パイプで殴り殺そうとの思いを胸に秘めたまま被害者について行った。被害者は,岸壁上に置いてあった自己の釣り竿などの一部がなくなっているのに気付いて探し始めたが,30分くらい後,探すのをあきらめて岸壁からワゴン車の方に戻り始めた。その際,被告人は,密かに鉄パイプを拾い,右手に持って身体の背後に隠し,殴る機会をねらって被害者の後を歩いたが,胸がどきどきして手が震え実行できないでいるうちに,被害者はワゴン車に戻ってしまった。そこで,被告人は,いったん自分の軽自動車に戻った後,まもなく同車を降りて,再度鉄パイプを持ち,物陰から被害者のワゴン車の様子を見張り,被害者の殺害の機会を窺った。30分くらい見張った同日午前5時ころ,被害者は,ポリタンクを手にして,ワゴン車側面のスライドドアから車外に出て,ポリタンクからワゴン車に給油をし始めた。それを見た被告人は,今が被害者を殺害する好機だと見て取り,鉄パイプを手にして,足音を忍ばせて被害者の背後から近づき,被害者の背後約1メートルの地点で立ち止まった。

(罪となるべき事実)

被告人は,少年であるが,被害者を殺害して金品を強取しようと企て,平成13年8月22日午前5時ころ,福島県いわき市a字cd番地所在のa港b号埠頭において,同人の背後から,両手で握った鉄パイプ(長さ約91センチメートル,直径約4.3センチメートル,重さ約2.2キログラム。平成13年押第35号の1)を自らの頭上に大きく振りかぶり,力一杯振り下ろして被害者の後頭部を殴打し,頭蓋骨骨折,クモ膜下出血等の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,同人を上記傷害に基づく外傷性脳障害により死亡させて殺害した上,同人所有の現金約3万3000円及び普通乗用自動車1台ほか2点(時価合計約65万円相当)を強取したものである。

(証拠の標目)省略

(法令の適用)

被告人の判示所為は,刑法240条後段に該当するところ,所定刑中無期懲役刑を選択し,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中120日をその刑に算入し,押収してある携帯電話1台(平成13年押第35号の2)及び財布1個(同号の3)は,いずれも判示の罪の贓物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから,刑事訴訟法347条1項によりこれらを被害者の相続人に還付することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は,犯行時18歳で家出中の被告人が,毎日遊び暮らすうちに所持金を使い果たし,家出中に顔見知りとなり世話になっていた被害者を殺害した上,現金約3万3000円及びワゴン車等を強取したという凶悪かつ重大な事案である。

被告人は,勤務先から給料を受け取るや大好きなパチスロが思い切りできるなどと考え,自宅に帰らず,そのまま遊び続けてやろうと家出を決意し,埠頭に自分の車を停めて寝泊まりしながら無為徒食の生活を続けて,所持金を使い果たし,本件犯行に至ったものであるが,被告人が生活に困窮するようになったのは,ひとえに,被告人自身の安易かつ無軌道な生活態度によるものであり,その点で同情の余地に乏しく,いわんや自己の責任に起因するその窮状を,他人の生命を奪い金品を強奪することによって打開せんとした被告人の本件犯行は,短絡的かつ自己中心的というべきであって,人命軽視も甚だしく,その動機に酌量の余地はない。しかも,親切に世話をしてくれた感謝すべき相手であるはずの被害者をほとんど躊躇することなく殺害したという本件犯行の背倫理性には誠に重いものがあり,厳しい非難を免れない。被告人は,被害者が翌朝埠頭から立ち去ることを知るや,食べ物が手に入らなくなることを心配して,短時間のうちに被害者を殺害して金品を強取する意思を固め,埠頭の植込みに転がっていた鉄パイプを凶器として使用することとして,犯行の2時間近く前から被害者の動静を観察しながら犯行の機会を窺った末本件犯行に及んだものであって,本件は確定的殺意に基づき計画的に行われた犯行である。その犯行の態様は,被害者がワゴン車から出て給油をし始めるや,被害者の背後に忍び寄り,殺意をもって,重さ約2.2キログラムの鉄パイプを頭上に振りかぶり,力一杯振り下ろして同人の後頭部を強打し,さらに,しばらくしてかろうじて立ち上がって車内に入ったものの,身動きすることもなく息を引き取り,仰向けに横たわっていた被害者の両足首を持って思い切り引っ張り,被害者の身体を車外に出して地面に落とし,そのまま地面の上を引きずって,人目に付かないコンクリートブロックの間まで運んだ上,被害者の作業着を剥ぎ取るなどして所持金を探し,そのポケット内から財布や携帯電話を奪い取り,その後,ワゴン車に乗り込んで,現場から立ち去るなど,冷酷非情で残忍な悪質極まりないものである。被告人は,被害者が鉄パイプで殴打された後に血を流しながらもワゴン車内に入ったため,驚いて自分の軽自動車にいったん戻ったものの,やはり被害者のとどめをさして金品を強取しようと考え,再び鉄パイプを持ってワゴン車に赴いたのであって,被告人のその犯意の強固さには,戦慄を覚えずにはいられない。

さらに,被告人は,本件犯行後,翌日警察官に職務質問を受けるまでの間,強取した現金の多くをパチスロで費消するなどしており,犯行後の情状もよくない。被害者は,本件当時,仕事をせず,自宅を離れて埠頭で生活していたものであるが,子どもにはたびたび電話を入れるなど決して家庭を放棄しておらず,労働の意欲も失っていなかったのであり,まさに家族の下に戻り仕事を再開しようとしていた矢先に,こともあろうに,繰り返し食事の世話をするなどして目を掛けてきた被告人から不意に襲撃されて,非業の死を遂げ,金品を強奪され,見るも無残な姿で発見されるに至ったものであり,被害者の無念さは察するに余りある。被害者を突如殺害された遺族は痛惜と悲嘆の情を述べ被告人の厳重処罰を望んでいるが,その心情は十分に理解できるところである。加えて,被告人によって敢行された凶悪重大な本件犯行が社会一般に与えた衝撃にも大きいものがある。

以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重大である。

他方で,本件犯行は,先の見通しも含めて冷静な計算の下に周到に準備をした上で敢行されたものではなく,その意味では高度の計画性を有するものとはいえないこと,所持金を使い果たし生活に困窮しても自宅に戻らず本件凶行に走った背景には,家庭環境や友人関係の問題,すなわち,被告人の家庭内が最近では不和になりトラブルを抱えるなどしており,被告人にとって安住できる環境ではなかったことが窺えること,高校時代からの友人との関係に人知れず悩んでおり,自殺について考えるまでになっていたことなどの問題を指摘できること,被告人は,犯行時約18歳6か月の少年であり,人格形成が未成熟で,実社会における生活体験に乏しく,この点が前記の家庭環境や友人関係の問題と相まって本件犯行に及ぶような性格,行動傾向に影響していなかったとはいえないこと,被告人は,捜査,公判段階を通じて本件犯行を認め,事実関係を詳細に語り反省の態度を示しているところであり,鑑別所や拘置所の中で,毎日手を合わせて被害者の冥福を祈るなど,被告人なりの悔悟の情が認められること,本件犯行前の被告人の行状を見るに,問題行動が全くなかったわけではないものの,不良性向が存していたとまではいえず,家庭裁判所係属歴もなかったものであり,更生の可能性があることなど酌むべき事情も認められる。

しかしながら,当裁判所は,上記のような被告人のために有利な諸事情を最大限斟酌しても,本件犯行の動機,態様,結果等に照らせば,被告人の刑事責任は,前記のとおり,極めて重大であって,本件において酌量減軽をするのが相当であると認めることはできないから,被告人に対しては主文のとおり無期懲役刑を科すこととした次第である(求刑 無期懲役)。

(裁判長裁判官 彦坂孝孔 裁判官 土屋信 裁判官 大寄淳)

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