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福島地方裁判所いわき支部 平成18年(ワ)184号 判決 2010年2月17日

原告

同訴訟代理人弁護士

阪本清

島田浩樹

阪本智宏

同訴訟復代理人弁護士

高村充保

被告

錦興業株式会社承継人 クレハ錦建設株式会社(以下「被告クレハ」という。)

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

橋本公裕

被告

福島県

同代表者知事

同訴訟代理人弁護士

新開文雄

同訴訟復代理人弁護士

白鳥剛臣

同指定代理人

川井利光<他7名>

主文

一  被告福島県は、原告に対し、二八四二万五七八六円及びこれに対する平成一七年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を(ただし、一四八七万七八九六円及びこれに対する平成一七年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の限度で被告クレハと連帯して)支払え。

二  被告クレハは、原告に対し、被告福島県と連帯して一四八七万七八九六円及びこれに対する平成一七年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の一〇分の七、被告クレハに生じた費用の一〇分の九及び被告福島県に生じた費用の五分の四を原告の負担とし、原告に生じた費用の一〇分の一及び被告クレハに生じた費用の一〇分の一を被告クレハの負担とし、その余は被告福島県の負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告クレハが一〇四一万円の担保を供するときは、被告クレハはその仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して一億四一八六万五七五一円及びこれに対する平成一七年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、酪農業等を営む原告が、被告福島県が発注し承継前の被告である錦興業株式会社(以下「錦興業」という。)が実施した工事(以下「本件工事」という。)の騒音等により損害を被ったとして、被告らに対し、補償契約又は不法行為(被告クレハに対し民法七〇九条、被告福島県に対し同条又は同法七一六条ただし書)に基づき、補償金又は損害金一億四一八六万五七五一円及びこれに対する本件工事終了後の日である平成一七年二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

これに対し、被告らは、被告らの契約責任及び不法行為責任を全面的に否認して、原告の請求を争った。

一  前提となる事実

(1)  当事者

ア 原告は福島県いわき市<以下省略>において、酪農業を営む者である(争いのない事実)。

イ 被告クレハは、本件工事の実施者である錦興業の承継人である(争いのない事実)。

ウ 被告福島県は、高倉水路橋布設替工事及びこれに伴う附帯工事に係る土地収用及び使用についての起業者(土地収用法八条一項)であり、本件工事の注文者(民法七一六条)である。

(2)  本件工事

ア 被告福島県は、工業用水の安定供給を目的として、建設業者らに対し、高倉水路橋布設替工事及びこれに伴う附帯工事を発注した。錦興業は、被告福島県から、これらの工事の一部(本件工事)を受注し、平成一五年二月七日から平成一七年一月一七日まで、本件工事を実施した。

イ 錦興業は、原告に対し、平成一五年三月一八日、以下の内容の書面(以下「本件三月一八日書面」という。)を差し入れた。なお、本件三月一八日書面には、錦興業従業員C(以下「C」という。)らのほか、原告の知人D、同E(以下「E」という。)及び原告の牧場の従業員F(以下「F」という。)の署名押印ないし指印がある。

「平成一五年三月一八日午前一一時頃、現場で施工中、重機が原因と思われる音のため、X氏所有の牛が怪我をしました。これに対し、X氏から獣医師に応診を依頼し、その治療費、万一の場合の保障は、全て錦興業株式会社が負担致します。」

ウ 原告は、被告福島県に対し、平成一五年六月一三日、負傷した原告所有の牛の治療費の支払と、後の工事への配慮を求める意見書を提出した。

エ 錦興業の常務G(以下「G」という。)、被告福島県の企業局課長H(以下「H」という。)、同職員I(以下「I」という。)、同職員J(以下「J」という。)、同職員K(以下「K」という。)ほか一名、原告、原告の同業者L(以下「L」という。)、同M、原告の業務を手伝っていたN(以下「N」という。)及びFは、平成一五年六月二四日、錦興業の事務所で、本件工事に関し、協議を行った。その際、原告は、錦興業が原告の牛舎に防音設備を設置することを許可した。

被告福島県の職員は、原告らに対し、本件工事による音や振動は、牛が逃避する要因とはならない旨述べたが、これに対し原告は、「これほど因果関係がはっきりしていることはないでしょう。」と述べた(争いのない事実)。

オ 原告、被告福島県の職員及び錦興業の従業員は、平成一五年八月五日、錦興業の事務所で、本件工事に関し、獣医師を交えて、協議を行った。本件工事において、翌六日は、ブレーカーを使用しないことが決まった(争いのない事実)。

カ 錦興業は、平成一五年八月七日、小型ブレーカーを用いた作業を再開した(争いのない事実)。

キ Iは、原告に対し、平成一五年一〇月一六日、時間を区切って作業をするので、乳牛への影響が少なくて済むよう、搾乳時間を早めてほしい旨要請した(争いのない事実)。

ク G、I、C及び原告は、平成一五年一〇月二〇日、本件工事に関し、協議を行った。出席者らは、ブレーカーで岩を割る音がこれまでとは質の違う音であることを確認し、被告ら関係者は、原告に対し、時間を区切って作業をするので協力されたい旨要請した(争いのない事実)。

ケ 被告福島県企業局次長O(以下「O」という。)、J、K及びCは、平成一六年七月九日、本件工事に関し、原告と面談した(争いのない事実)。

コ O、J、K及び錦興業従業員Pは、平成一六年九月二日、死亡した原告の牛を確認した(争いのない事実)。

サ 被告らは、原告に対し、平成一六年九月一五日又は同月一六日、ブレーカーを使用したいと要請した。また、被告福島県職員Q(以下「Q」という。)及びCは、同日の工事に立ち会い、つなぎ場所を離れた牛一頭を確認した。

シ Q及びCは、平成一六年九月二一日、死んだ牛一頭を確認した(争いのない事実)。

ス 錦興業は、平成一六年一〇月二八日、防音シートを撤去する工事を始めた(争いのない事実)。

セ 原告は、被告福島県に対し、平成一七年一二月二二日、損失補償申請書を持参した。しかし、記載内容に不備があり、原告は、同申請書を提出せず、持ち帰った(争いのない事実)。

ソ 被告福島県及び原告は、平成一八年三月一四日、本件工事の補償に関し、協議を行った。原告が提出した損失補償申請書及び添付資料に対し、被告福島県は、この場では回答できないと答えた(争いのない事実)。

タ 被告福島県及び原告は、平成一八年四月二六日、本件工事の補償に関し、協議を行った。被告福島県は、原告が提出した申請書及び資料では、本件工事と牛の被害との因果関係が認められないと主張した(争いのない事実)。

チ 被告福島県及び原告は、平成一八年五月二六日、本件工事の補償に関し、協議を行った。原告は、追加資料を提出したが、被告福島県は、本件工事と牛の被害との因果関係が認められないと主張した。原告は、牛の専門家や当時の担当者に聞くよう要請し、被告福島県において再検討することとなった(争いのない事実)。

ツ 被告福島県は、原告に対し、平成一八年七月一四日、本件工事の補償に関し、専門家にも聞いたが、因果関係は認められない旨回答した(争いのない事実)。

テ 原告は、平成一八年八月三〇日、本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実)。

二  争点及び争点に対する当事者の主張

(1)  被告らは、原告に対し、本件工事の間、本件工事によって原告に生じた損害を、被告らの過失の有無にかかわらず、補償する旨約したか(争点(1))。

ア 原告の主張の要旨

被告らは、原告に対し、本件工事の間、本件工事によって原告に生じた損害を、被告らの過失の有無にかかわらず、補償する旨約した。

(ア) 土地収用事件における保証

被告福島県は、被告福島県が福島県収用委員会に対して裁決を申請した「高倉水路橋布設替工事(福島県いわき市高倉町磐下地内)及びこれに伴う附帯工事に係る土地収用及び使用事件」において、「(1)工事による騒音対策等については、十分検討し牧場の牛に影響を与えないように以下のとおり実施する。ア施工には騒音等に対し細心の注意を払い作業する。イ施工機械は極力、低騒音型機械を使用する。ウ工事箇所に防音効果のある仮囲いを設置する。(2)育成牛の逃避対策については、工事騒音等への対策で牛への影響を防ぐことができると考える。」として、原告の牛に影響を与えないことを保証した。

(イ) 平成一五年三月一八日の補償約束

錦興業は、原告に対し、本件三月一八日書面を差し入れた。

被告クレハは、原告の難癖と威圧的な態度に屈し、恐怖を感じたため、事態の収拾のために本件三月一八日書面を作成したにすぎないと弁解するが、土建業者の屈強な男性三名が、そう簡単に威圧され、恐怖を感じるなどということは考えられない。

また、原告は、この日の事故で肋骨三本にひびが入るという大怪我を負い、愛情を込めて育ててきた牛たちに多大な被害が出たため、錦興業に対し強要できる状況にはなかった。なお、Eは、高齢の女性である。

(ウ) 平成一五年六月二四日の補償約束

錦興業の事務所において、話合いが持たれ、Gは、錦興業側の全額負担で負傷した牛の避難施設を作る旨、一同の前で約束した。

(エ) 平成一五年八月七日の補償約束

原告は、Rの要請により、被告福島県企業局へ出向き、Hから、「補償はすべて出します。工作機械も超小型のものを使うし、時間も区切って工事を進めるから工事を再開させてほしい。」と、補償の約束と工事再開の要請を受けた。

(オ) 平成一五年終わりころの補償約束

Cは、このころ、原告が被った損害を補償する旨約束し、補償請求に必要な書類を提出するよう求めた。

(カ) 平成一六年一一月一七日の補償約束

Q及びKは、同日来訪し、原告に対し、「乳量の減少や死亡した牛はもちろん、牛が暴走して壊れた窓ガラス、シャッター、ミルカーユニットも補償の対象ですから全部出してください。」と話した。

イ 被告らの主張の要旨

被告らは、原告に対し、本件工事の間、本件工事によって原告に生じた損害を、被告らの過失の有無にかかわらず補償する旨約したことはない。

(ア) 土地収用事件における保証

裁決書の事実欄は、争点について事件当事者の主張の要旨を記載したにすぎず、前記土地収用事件の裁決書の記載をもって、被告福島県が原告の牛に影響を与えないことを保証したとすることはできない。

同裁決書の理由欄では、工事による騒音及び振動対策は、収用又は使用することによって生ずる損失の補償の範囲外であり、判断の対象としないとしており、同理由欄の記載からも被告福島県が保証したとすることはできない。

(イ) 平成一五年三月一八日の補償約束

原告、E及びFは、約一時間にわたり、Cに「一筆書け」と文書の作成を強く要求し、Cは被告福島県に連絡することも許されず、最終的にGに連絡することを許され、原告の言うがまま、本件三月一八日書面を作成せざるを得なかった。本件三月一八日書面の作成は、原告及びCの二人で行われ、C以外の者の署名押印は、作成後に原告に言われるままその場に居合わせた人たちが行った。

このような作成経過にかんがみれば、本件三月一八日書面は、原告の強要により作成された文書であり、この文書をもって、被告らが事故の損害を負担しなければならないことにはならない。

(ウ) 平成一五年六月二四日の補償約束

原告が主張するような補償約束は行っていない。

(エ) 平成一五年八月七日の補償約束

「会議・行動記録(工事中止要請から再開にいたるまでの経緯)」(甲七)をみると、補償の有無という重要な文書に、約束した一方当事者である被告福島県の署名押印がなく、作成日も記載されていない。

原告は、同文書の作成時期は平成一八年八月であるとしているが、同文書が三年前の平成一五年八月七日の出来事を文書にしたものとしても、正確な記憶に基づくものであるとはいえない。

(オ) 平成一五年終わりころの補償約束

原告が主張するような補償約束は行っていない。

(カ) 平成一六年一一月一七日の補償約束

原告がその主張の根拠とする手書きのメモ(甲二七の六八、甲二七の六九)をみると、補償の有無という重要な事柄に、約束の一方当事者である被告福島県の署名押印がなく、原告自身が作成した同メモを根拠に補償の約束があったとすることはできない。

同メモは、その体裁からすると、信用性に疑問がある。

(2)  本件三月一八日書面に基づく補償の合意は、原告の強迫によりされたものか(争点(2))。

ア 被告クレハの主張の要旨

本件三月一八日書面に基づく補償の合意が、仮に認められたとしても、これは原告の強迫に基づくものであるから、被告クレハは、これを取り消す。

イ 原告の主張の要旨

否認する。

(3)  本件工事は、不法行為を構成するか(争点(3))。

ア 原告の主張の要旨

本件工事は、不法行為を構成する。

本件工事によって生じた主な騒音等は、以下のとおりであり、別表記載のとおり、原告の所有していた牛が負傷し、死亡し又は屠畜せざるを得ない状態となった。被告らは、牛に被害が生じないように騒音・震動の発生を防止する義務を負っていた。

なお、本件は、人に対する騒音被害を問題としたものではなく、受忍限度論が作用する事案ではない。仮に、受忍限度を論じるとしても、本件工事の騒音が受忍限度を超えていたことは明らかである。

(ア) 平成一五年三月一八日

午前中、E自宅前の市道における掘削工事の騒音と振動が非常に大きく、このため牛が総立ちになり、二頭が脱柵して牛舎内を暴走し、ほかの牛にも被害が及ぶ事故が発生した。牛の直接の被害は、角が折れた牛二頭、起立不能の牛六頭、元気・食欲喪失の牛三一頭であった。四頭が死産をし、二六頭の牛が予後不良の診断を受けた。平成一五年四月五日に死産をした一頭(個体識別番号<省略>)は、同月七日斃死した。原告も、暴れた牛の後ろ脚でけられ、肋骨三本(背中側、脊椎付近)にひびが入る傷害を負った。

(イ) 平成一五年六月一一日

午後二時ころ、本件工事による騒音に驚いた育成牛が飛び出した。また、午後四時一〇分ころにも成牛が逃げ出した。

これにより一頭(個体識別番号<省略>)が乳房打撲等の傷害を負い、一頭(個体識別番号<省略>)が足を負傷した。

(ウ) 平成一五年六月一三日

午前八時二〇分ころ、本件工事のユンボのエンジン音が高く大きかったため、Iに電話したが、そのまま作業は続けられ、午前一一時二五分ころ、騒音に耐えきれなくなった牛が脱柵した。

これにより六頭が負傷又は元気喪失し、脱柵した一頭(個体識別番号<省略>)は後日斃死し、流産した一頭(個体識別番号<省略>)は予後不良となった。

(エ) 平成一五年六月一六日

午前八時三〇分ころから本件工事の騒音が大きいので、原告は、錦興業に何度も電話をしたが、騒音は小さくならず、Fが被告福島県企業局に電話をしたところ、騒音は小さくなった。本件工事による連日の騒音の影響で、この日、一頭(個体識別番号<省略>)が、予定日より一か月早く、後産が先に出るという異常分娩で出産し、もう一頭(個体識別番号<省略>)も、元気及び食欲を喪失していた。

(オ) 平成一五年六月二〇日

午後三時三〇分過ぎから、掘削作業により高く大きな騒音がし、これに驚いた牛が脱柵し、牛の角が折れる事故が発生した。

(カ) 平成一五年六月二二日及び同月二三日

連日の騒音や事故の発生の影響で、平成一五年六月一六日に元気・食欲喪失と診断された妊娠中の牛(個体識別番号<省略>)が、同月二二日に死産となり、同月二三日午前一〇時一〇分ころ死亡した。

同日午後五時三〇分ころ、バックホウによる騒音のため、牛が逃げ出す事故が発生した。

(キ) 平成一五年七月一七日

上流側の工事によるバックホウの騒音とバックホウの巨大なアームの視覚的刺激に驚いた牛が暴れだす事故が発生した。これにより、一五頭の牛が、流産、乳頭損傷、四肢創傷等の被害を受けた。翌一八日には、Hも被害状況を確認した。

(ク) 平成一五年八月三日ないし同月六日

昼食後午後一時四〇分まで、下流側でバックホウにジャンボブレーカーを装着しての作業が行われ、その騒音、振動により、牛六頭は乳頭を負傷し、一頭(個体識別番号<省略>)は頭部を打撲し、翌日、大量の鼻血を出した。そのため、平成一五年八月五日、錦興業の事務所で獣医師を交えた協議を行い、翌六日から、ブレーカーを使用しないことが決まった。

同日は作業員が手作業で岩盤を割っていた。CとDが、「なるべく音を出さないように工事するので小型ブレーカーを使用したい。」と依頼してきたが、原告はこれを断った。

(ケ) 平成一五年八月七日

下流側で小型ブレーカーを用いて岩盤を砕く作業が再開され、その騒音、振動に驚いて牛が逃げ出し、子牛が頭部をけられる事故が発生し、子牛は、平成一五年八月一五日に死亡した。子牛の死亡は、C、Lらが確認している。死亡した子牛は、サファリパークに餌用として無料で引き取ってもらった(本件訴訟では請求の対象としていない。)。

同月七日の日中、原告は、被告福島県企業局へ出向き、Hから、補償の約束と工事再開の要請を受けた。原告は、補償は当然であるが、これ以上被害が発生しないよう十分配慮してほしい旨述べた。

(コ) 平成一五年八月三〇日

午後、本件工事の振動・騒音により牛が暴走し、原告の弟であり、従業員であるS(以下「S」という。)が、興奮した牛の角で顔を切られる事故が発生した。

(サ) 平成一六年一月一四日

風が吹いていたこともあり、下流側での作業によるレッカーの音が鳴り響いていたところ、午後三時過ぎ、コンクリート取壊し作業中、コンクリートの切断音に驚いた乳牛が暴走し、牛舎のシャッターやミルカーユニット等が破損される事故が発生した。

暴走した牛(個体識別番号<省略>)は、平成一六年二月一三日に死亡し、暴走した牛と衝突して腹部をけられた牛(個体識別番号<省略>)は、同年一月二二日に死産をした。Cは、同月一五日、被害を確認し、同月二二日には死産となった子牛を、同年二月一三日には親牛の死亡を確認した。同日は、Iも確認に来た。

(シ) 平成一六年四月一七日

午前一〇時ころ、本件工事の騒音により牛が暴れ、負傷した。

(ス) 平成一六年四月一九日

下流側の工事の音により牛が暴れ、負傷した。

(セ) 平成一六年四月二二日

午後、下流側で行われたバックホウによる掘削工事の騒音で二頭の牛が脱柵し、一〇頭以上が倒される事故が発生した。このうち二頭が重傷を負い、一頭(個体識別番号<省略>)が予後不良となり、一頭(個体識別番号<省略>)は平成一六年四月二九日に死亡した。同日、Cは、被害を確認した。

同月一七日、同月一九日及び同月二二日の事故で負傷した牛は、すべて同月二九日にまとめて獣医師の診察を受けた。この三日間の事故により一頭が斃死し、獣医師により回復は難しいと判断された二〇頭が屠場へ送られた。

(ソ) 平成一六年七月八日

午前中、上流側で行われた盛土作業でのダンプカーのあおりの音やコンクリートガラを積み込む音で、仮設放牧場にいた牛が暴れた。また、牛舎内の育成牛が暴れ、初産を控えた牛が倒される事故が発生した。

初産を控えた牛(個体識別番号<省略>)は、翌日死産をした。

翌九日、J、Kらが牛舎内に入り、事故牛を確認し、写真を撮影した。

(タ) 平成一六年八月三一日

午前一〇時二〇分ころから、本件工事により金属を切る音やたたく音が発生し、仮設放牧場にいた牛が暴走し、牛舎内の牛も暴れた。これにより、七頭が乳頭を損傷し、一頭(個体識別番号<省略>)が分娩予定より一か月早く死産をした上、平成一六年九月二日に死亡した。

(チ) 平成一六年九月一六日

午前中、Eの家の前の市道で行われた岩盤掘削による騒音、振動のため、牛舎内の牛が驚いて暴れ出た。これにより、三頭が骨折、乳房切創、乳頭切創などの被害を受け、そのうち一頭(個体識別番号<省略>)は、平成一六年九月二一日に死亡した。このときは、トラクターのエンジンをかけ、牛舎のシートも閉めていたが、振動及び大きな騒音のため、事故が発生した。

なお、同月一六日の工事に際しては、被告福島県及び錦興業から、岩盤掘削のためジャンボブレーカーを使いたいとの要請がされた。これに対し、原告は「もうブレーカーはたくさんだ。やめてくれ。」と懇願したが、Q、K及びCが「私たちも立ち会うから安心してほしい。」と言って、結局工事が始められた。

翌一七日の午後一時三〇分ころ、QとCが負傷した牛三頭を確認した。

(ツ) 平成一六年一〇月二八日

午前一〇時、本件工事が終了に近付いたため、錦興業は、防音シートを撤去する工事を始めたが、その際、「違った箇所で少しずつ工事を進めることにより、急激な環境変化に牛が驚かないようにする。」旨の原告との打合せに反し、一度に工事を行おうとし、重機で派手に音を立てたため、牛が驚き転倒し、翌日死亡した。

イ 被告らの主張の要旨

本件工事は受忍限度内のものであり、違法性はない。

騒音規制法に基づき定められた基準(L5(測定値の九〇%レンジの上端値)の数値で八五デシベル)を超えているかどうかは、受忍限度内かどうかを判断するに際して諸般の事情の一つとして考慮されるべきであるが、本件工事の測定値は、平成一五年八月七日を除いて、いずれも騒音規制法に基づき定められた基準を超えていない。

さらに、騒音測定が行われたNo.1地点ないしNo.3地点(No.3地点は同年六月三〇日以前)が防音シートの内側(工事区域側)で測定されていること、騒音の発生場所から牛舎までかなりの距離があること、当該地域では、本件工事以外にもかなりの騒音が発生していたこと、本件工事では作業時間や作業方法について話合いが持たれていたこと、本件工事の公共性が高いことなどが、考慮されるべきである。

(4)  被告福島県による本件工事に関する注文又は指図は、不法行為を構成するか(争点(4))。

ア 原告の主張の要旨

(ア) 民法七一六条ただし書

被告福島県は、錦興業による本件工事の実施により、原告の牛に損害を与えることを予見しつつ、十分な対策をとらせることなく本件工事を続行させ、原告に被害を与えた。

(イ) 民法七〇九条

民法七一六条ただし書の趣旨は、同法七〇九条に基づく不法行為責任と性質を同じくするものである。

被告福島県は、本件工事の「起業者」として、錦興業と一体となって本件工事を進めていたのであるから、被告福島県自ら、本件工事の計画から完了まで適切に進められるよう措置を講ずる義務を負っていた。

被告福島県は、企業局や土木部等において有能な建設専門家を多数抱え、建築・土木工事についての専門的知識を十分に有しており、本件工事現場の環境等にも精通していた。

イ 被告福島県の主張の要旨

被告福島県は、裁決書の記載を踏まえて、適切な騒音・振動対策をして本件工事を行うよう錦興業に命じており、注文又は指図が不法行為を構成することはない。

(5)  因果関係、原告の損害及びその額(争点(5))

ア 原告の主張の要旨

本件工事の騒音等は、牛に対し、暴走、採食停止、早流産、泌乳停止、受胎率の低下の悪影響を与えた。本件工事以外に、原告の牛が被害を受ける要因は一切なかった。

(ア) 仮設放牧場(避難用)の建設費用 五五四万八四二〇円

負傷した牛を牛舎から隔離するために設置した。錦興業がすべて負担すると約束していたが、実際には一部しか負担せず、残りは原告で建設した。

牛舎西側 四二四万三四四五円

牛舎南側 一三〇万四九七五円

(イ) 乳代損失 八一六八万七三一九円

本件工事開始前と本件工事期間中・終了後の泌乳量データは、次のとおりである。

年度 平均頭数 年間乳量kg 日乳量kg 年間売上金額(円)

一一 四〇 二三七、八六二・一 六五一・六七 二六、八九六、一七六

一二 四〇 二六九、五四二・二 七三六・四五 三〇、七二一、三〇四

一三 六四 三一六、二五五・六 八六六・四五 三五、八四八、三六五

一四 六〇 二二三、五〇四・一 六一二・三四 二五、一二二、五四〇

一五 六〇 一九五、二六五・八 五三四・九七 二一、八四一、〇一四

一六 六二 一五五、五六〇・四 四二五・〇三 一七、二一六、五四五

一七 五三 九七、二六五・一 二六六・四八 一〇、七一一、三四一

一八 五一 一二一、七五三・一 三三三・五七 一二、〇二六、八七九

本件工事開始の前年までの一日一頭当たりの平均乳量は、次のとおりとなる(平成一四年は既に工事の影響が出ていたので対象外とする。)。

一一年 六五一・六七÷四〇頭=一六・二九kg/日・頭

一二年 七三六・四五÷四〇頭=一八・四一kg/日・頭

一三年 八六六・四五÷六四頭=一三・五三kg/日・頭

平均一六・〇七kg/日・頭

平成一五年ないし平成一八年の一日一頭当たりの平均乳量及び販売単価は、次のとおりとなる。

乳量/日・頭 販売単価

一五年 八・九二(五三四・九七÷六〇) 一一一・八五

一六年 六・八六(四二五・〇三÷六二) 一一〇・六七

一七年 五・〇三(二六六・四八÷五三) 一一〇・一三

一八年 六・五四(三三三・五七÷五一) 九八・七八

平成一五年ないし平成一八年の本件工事に係る減収は、次のとおりとなる。

平成一五年の減収は、(一六・〇七-八・九二)×六〇頭×三六五×一一一・八五=一七、五一四、〇三二………A

平成一六年の減収は、(一六・〇七-六・八六)×六二頭×三六六×一一〇・六七=二三、一二九、二九〇………B

平成一七年の減収は、(一六・〇七-五・〇三)×五三頭×三六五×一一〇・一三=二三、五二〇、三三一………C

平成一八年の減収は、(一六・〇七-六・五四)×五一頭×三六五×九八・七八=一七、五二三、六六六………D

A+B+C+D=八一六八万七三一九円

a 本件工事と乳量減少の因果関係

一頭当たりの乳量が大幅に減少しており、これは、本件工事による騒音・振動や、それを原因とする事故により、乳牛に大きなストレスがかかったことが原因である。

子牛を産んだ母牛の乳量が減少したこともあるが、乳牛が深刻な不妊に陥り、平成一六年六月三〇日から平成一八年五月二二日まで一頭の子牛も産まれなかったことも、乳量減少の大きな理由である。

b 平成一四年の乳量減少には、特殊事情が存在する。

平成一四年二月二二日、本件工事のため、原告の土地を収用・使用する旨の裁決がされた。土地明渡しのための仮設道路敷設、樹木伐採・動産(古い重機など)撤去作業等を原告が行わねばならず、かかる作業で多少の騒音や振動が発生した。また、原告は、かかる騒音・振動を少しでも減少させるべく、委託した作業員に一日中張り付いて指図を行うなどしており、酪農業に集中できなかった。

また、平成一四年には九頭しか子牛が産まれていないことも、同年の乳量減少の大きな要因である。これは、以下の事情による。

平成一二年後半から平成一三年前半にかけて多くの子牛が産まれた。同年の前半は子牛を産んだばかりの母牛が多かったため、種付けをする必要はなかった。

しかし、同年九月に国内初のBSE感染牛が発見され、畜酪農業界は大混乱に陥った。安全な牛乳についても当初は消費者の不安感、風評被害は相当なものであり、牛肉の価格暴落は激しかった。

子牛の半分は雄であるから、肉用の処分に困ることが予想された。また、高齢の廃用牛を出荷できなくなったことから、牛舎に空きがなくなる状態が懸念された。原告は、心理的に年内の種付けを控えざるを得なかった。

平成一四年になって騒動は多少落ち着きを見せたため、原告は種付けを再開した。

以上のとおり、平成一四年に産まれた子牛は極端に少なかったが、その分平成一五年は三七頭もの子牛が産まれたため、平成一四年の乳量が少なかったが、平成一五年には多くの乳量が期待できたにもかかわらず、本件工事のため、乳量が低下してしまった。

(ウ) 牛の暴走による経営者及び従業員の通院加療費等 二〇九万七二一〇円

a 原告(平成一五年四月ないし平成一八年七月)

治療費 四万二四三〇円

薬代 四万七九六〇円

通院慰謝料 二〇〇万円

b S(平成一五年八月ないし同年九月)

治療費 四七九〇円

薬代 二〇三〇円

(エ) 牛の暴走による窓ガラス、シャッター及びミルカーユニットの修繕費用等 一九二万八八五〇円

a 窓ガラス

三四枚×五五〇〇円×一・〇五=一九万六三五〇円

割れた窓ガラスには、現在、ベニヤ板などをはって応急処置をしている。

窓ガラスが一番多く割れたのは、平成一六年一月一四日である。

b シャッター

二枚×一〇万五〇〇〇円×一・〇五=二二万〇五〇〇円

シャッター二枚は、大きくへこんでしまい、原告が自力で多少直したが、今も十分な開閉ができない。

牛舎南側のシャッターは、平成一五年八月三〇日の事故により、牛舎奥のシャッターは、平成一六年一月一四日の事故により、それぞれ被害を受けた。

c ミルカーユニット

六台分 一五一万二〇〇〇円

ミルカーユニットは、三回の事故で被害を受けた。うち一回は平成一六年一月一四日の事故によるものである。

原告は、生じたすき間にゴム粘土と接着剤をはるという応急処置をしているが、十分な圧力がかからず、搾乳に時間がかかる上、雑菌の混入等により牛乳が規格外とされてしまう事故も増えている。

(オ) 獣医師の診断書及び牛の治療費、屠畜費用関係 二六九万二二九四円

a 牛の治療費

一〇一万〇四九四円(平成一五年三月ないし平成一六年一〇月)

b 牛の検査費用(ブルセラ病・結核・ヨーネ病)

八万一六〇〇円(平成一六年八月)

牛が本件事故による起立不全等の状態にあったが、被告福島県企業局いわき事業所のJから伝染病ではないかとの指摘を受け、家畜保健所に依頼し、実施したものである。

c 牛の処理費

死亡牛八頭 一六万〇二〇〇円(平成一五年三月ないし平成一六年一〇月)

d 負傷事故牛運搬費

七二頭×二万円=一四四万円(平成一五年三月ないし平成一七年四月)

(カ) 死亡乳牛及び肉牛の補償金額 三三〇四万九七七二円

本件工事に伴う事故等による死亡及び処分牛(獣医師の診断によるものに限定)八〇頭(子牛一頭を除く)(平成一五年三月ないし平成一七年四月)

代替用牛導入費用 八〇頭×六〇万円=四八〇〇万円………A

同期間の乳牛・肉牛の販売代金 一四九五万〇二二八円………B

A-B=三三〇四万九七七二円

a 肉牛の価値について

原告が平成一二年ないし平成一四年に出荷した肉牛の平均は、B2等級であった。平成一六年ないし平成一七年に事故に遭うことなく屠畜した肉牛も、B2等級が平均である。

原告が売却していた茨城県食肉公社によれば、B2等級の肉牛の事故当時の価格は、去勢牛で四七万二六三七円、雌牛で四三万九九三〇円であり、原告の肉牛の価値がこれを下ることはない。

これを前提とすれば、肉牛(雄三〇頭、雌三頭)の損害額は六九三万二三三三円となる。

b 乳牛の価値について

市場で売買されている経産牛は、実際には乳廃用牛であり、実際に稼働している牛を、経産牛の価格(すなわち乳廃用牛の価格)で評価するのは不当である。

他方、初妊牛は、市場で売買される例も多いため、その販売価格に運送費・保険料を加えた額(肉用牛を種付けしてある牛はさらに五ないし一〇万円高)は基準として明確である。そこで乳牛の価値を、初妊牛を導入するのに必要な費用として一頭六〇万円と算定した。

なお、現役で稼働して被害に遭った乳牛(負傷牛三九頭、死亡牛八頭)の価値を、その牛の残りの生涯の売上総額として算定すると、被害に遭った乳牛の収益価値は約二五四万円となり、六〇万円をはるかに上回る。

c 治癒と診断された牛が屠畜されるに至った経緯

事故によって負傷した三頭の雌牛(個体識別番号<省略>)は、傷口等は治癒したが、乳量は回復せず、屠畜せざるを得なかった。

また、六頭の去勢牛(個体識別番号<省略>)は、常におびえるようになり、立っている時間の方が多く、反芻をする回数が減り、傷口等は治癒したが、本件工事開始前の姿に戻ることはなかった。

(キ) 繁殖障害による精液購入費等 一九六万五〇〇〇円

平成一六年 二一五本

平成一七年 三〇九本

合計 五二四本

実質増加分 二六二本

(最低二回に一回は成功)

精液代 二六二本×一五〇〇円/本=三九万三〇〇〇円

授精師手数料二六二本×六〇〇〇円=一五七万二〇〇〇円

原告の牧場では、通常二回に一回以上は種付けが成功するはずであったにもかかわらず、本件工事の影響で乳牛が極端な不妊に陥り、原告が、平成一六年六月三〇日から平成一八年五月二二日まで、購入した精液五二四本はすべて使い切り、何度も種付けを試みたが、子牛は一頭も産まれなかった。

なお、社団法人日本家畜人工授精師協会のホームページによれば、東北地方におけるホルスタインとF1牛(和牛とホルスタインの掛け合わせ)の延頭数受胎率(=受胎頭数÷(授精延頭数-妊否不明頭数))は、常に五五%を超えている。

原告の牧場では、通常、年間に購入する精液の本数は一〇〇本程度であり、本件工事による実質増加分は三二四本となるが、本件においては、その一部を請求するものである。

(ク) 弁護士費用 一二八九万六八八六円

(ア)から(キ)までの合計額の一〇%相当額。

イ 被告福島県の主張の要旨(訴えの変更及び主張の追加に関するもの)

平成二一年三月三一日付け請求拡張申立書による訴えの変更は、民事訴訟法一四三条一項ただし書に基づき、その変更を許さない旨の決定がされるべきものであり、同申立書による主張の追加は、同法一五七条一項に基づき、却下されるべきものである。

ウ 被告らの主張の要旨

原告の主張する事故と本件工事との間に因果関係はなく、仮にあったとしても、治癒した一一頭は、屠畜に至るようなものではない。

(ア) 仮設放牧場(避難用)の建設費用について

Nから原告に対し、同建設費用の請求書が提出されているが、領収書は提出されていない。Nは労働者であることから、同請求書記載の作業員派遣をすることは不可能であり、同請求書記載のバックホウ、ダンプ、クレーン付トラックを所持することも不可解である。

燃料費に関しては納品書、領収書が提出されているが、これらの各納品書、領収書のあて先は「○○産業」であり、本件と無関係である。

パイプ、ジョイント、クランプの費用も、本件と無関係に原告が支払ったものである。

(イ) 乳代損失について

a 月別の乳量は、平成一三年六月をピークに平成一四年一一月にかけて、本件工事と無関係に減少している一方、本件工事期間中の平成一五年二月ないし平成一七年一月一七日については、平成一四年一一月の乳量を上回っている時期の方が多く、乳量減少は、本件工事とは無関係である。

また、平成一五年ないし平成一七年の生乳売上高に、原告が主張する減収分を加算すると、工事の影響のない平成一四年及び平成一八午の生乳売上高が、他の年の生乳売上高と比較して異様に落ち込むことになり、不自然である。

原告は、平成一四年の乳量減少は、BSE問題により、出生した牛が少なかったためとしているが、そうすると、ほかの牧場から乳牛を導入しない限り、平成一六年から平成一七年にかけて搾乳開始できる牛が減少し、乳量減少や乳頭炎等が生じるから、これらの期間の乳量減少や負傷の原因も、BSE問題にあるということとなる。

さらに、平成一二年に生まれた六五頭の子牛のうち四三頭が交雑種であり、これが、同年産の牛が成牛となる平成一五年ころからの全体的乳量減少の一因となったことも否定できない。

b 仮に、乳量減少と本件工事との間に因果関係があったとしても、原告は、平成一四年を除いて計算すべきではない。

本件工事の影響は、平成一四年には存在しない。また、本件工事が峻工したのは、平成一七年一月一七日であるが、平成一六年一一月一三日には、実質的な工事は終了している。

(ウ) 牛の暴走による経営者及び従業員の通院加療費等について

原告の受傷と本件工事との間に因果関係はなく、また、仮に関係があるとしても、平成一五年三月一八日に受傷したにもかかわらず、「ちょう整形外科」で診察を受けたのはそれから二三日後であり、この受傷に関し、同年四月から平成一八年七月二五日まで三年以上の期間の治療費を請求していることからすると、この治療費は本件工事とは因果関係がないものである。

Sの治療費、薬代も、本件工事と因果関係がない。

(エ) 牛の暴走による窓ガラス、シャッター及びミルカーユニットの修繕費用等について

窓ガラス、シャッター及びミルカーユニットの各損害は、本件工事と因果関係がない。原告も、見積書をとっただけで、実際仕事を依頼していない。

(オ) 獣医師の診断書及び牛の治療費、屠畜関係費用について

いずれも本件工事との間に因果関係がない。

(カ) 死亡乳牛及び肉牛の補償金額について

平成一八年度全国種別・性別・月齢別と畜頭数(平成一九年六月一八日公表)のグラフによると、交雑種は、雄・雌の区別なく大半が二四月齢から三五月齢の間(ピークはおおむね二八月齢)に屠畜されている。

七二頭の負傷牛のうち三七頭は交雑種であり、おおむね三〇から五〇月齢の間に屠畜されており、肉畜飼養経営上の判断で屠畜されている。

また、原告は、代替牛導入費用を、一頭当たり六〇万円とし、これに八〇頭をかけて計算しているが、平成一六年度乳牛市場の「初妊牛平均」価格は五〇万〇三四〇円、「ET、その他含む平均」価格は四九万八七三二円、平成一六年九月一八日付け請求書記載の金額平均は四六万七〇〇〇円、平成一七年四月二二日付け請求書記載の金額平均は五〇万六六六六円、平成一六年五月二五日付け納品書記載の金額平均は五一万円(消費税を除く)で、いずれも六〇万円にはならない。

仮に、運送費、保険料を加算したとしても、運送費が約一万七〇〇〇円から約二万五〇〇〇円、保険料が約一万一〇〇〇円であることから、六〇万円とはならない。

a 乳牛の補償金額について

北海道釧路地区の乳購買価格は、全国酪農農業協同組合のインターネットホームページによれば下表のとおりである。

区分 相場(万円)

育成牛(一〇~一二月齢) 二八~三二

初妊牛 四六~五一

経産牛 三五~四五

標準的な乳牛の飼養パターンによれば、三回出産した場合の最短の廃用月齢は四八月齢であり、五回出産した場合の最長廃用月齢は一〇一月齢となり、平均的には三産ないし四産である。

社団法人畜産技術協会発行の「やさしい畜産技術の話」の「牛乳が生産されるまで」においても、「平均供用六~七年(四産)泌乳のピークは三~四産」、「今の乳牛の雌は普通四回くらいお産をして、牛乳を生産し続けます。七産も八産もする乳牛もたくさんいますが、わが国での平均では四産程度となります。」と記載されている。

原告が主張する三九頭の死亡月齢をみると、四八月齢未満の牛は五頭であり、三九頭すべてを平均しても七四・五月齢であるから、原告は、廃用時期の牛を屠畜し代替牛を導入することを利用して、本件工事により損害が生じたと主張しているにすぎない。

屠畜時期も、毎年三月、四月、五月に集中しており、定期的、計画的に屠畜されたことが示されている。

原告は、満一〇歳まで搾乳した前提で主張しているが、原告が、平成一八年三月一四日、被告福島県企業局いわき事業所へ提出した「損失補償申請」と題する文書の添付書類によれば、記載された牛二〇七頭の中で、一〇歳以上の牛は存在しない。

b 肉牛の補償金額について

原告は、牛の格付をB2級とし、去勢牛四七万二六三七円、雌牛四三万九九三〇円と主張する。

しかし、社団法人畜産技術協会発行の「やさしい畜産技術の話」の「牛肉が生産されるまで」によれば、肉用牛は二七か月ないし三〇か月くらいまで肥育してから出荷される。そして、原告の主張によれば、出荷時の年齢構成は以下のとおりであるが、上記金額に該当するものは、この表のうち②の二頭のみである。

年齢 頭数

① 一六か月~一七か月 二頭

② 二七か月~三〇か月 二頭

③ 三〇か月~三五か月 五頭

④ 三六か月~四〇か月 一一頭

⑤ 四一か月~四五か月 三頭

⑥ 四六か月~五〇か月 五頭

⑦ 五一か月~五五か月 三頭

⑧ 五六か月~六〇か月 二頭

合計三三頭

(キ) 繁殖障害による精液購入費等について

原告は、通常毎年一〇〇本の精液を購入していた旨主張しているものの、原告の提出した証拠では、通常毎年一〇〇本購入していたという証明にはならない。

原告は、この精液をすべてTより購入したと主張するが、同人は株式会社オールインワンという飼料会社の従業員にすぎず、個人的に精液を納品することはできない。原告は、同人が、知り合いの農家に声をかけてその農家から購入し、それを原告に転売したと主張するが、農家も精液を必要なだけ購入しているのが通常であり、五二四本もの精液を同人に売るとは考えらない。

受精師手数料についても、一本当たり六〇〇〇円、合計一五七万二〇〇〇円を支払った裏付けは提出されていない。

(6)  消滅時効の起算点はいつか(争点(6))。

ア 被告らの主張の要旨

原告に、本件工事に起因する損害賠償請求権が発生したとしても、本件訴訟は平成一八年八月三〇日に提起されたことから、平成一五年八月三〇日以前の損害賠償請求については、消滅時効が完成している。

イ 原告の主張の要旨

本件工事による騒音等は、全体として一個の不法行為であるから、本件工事終了日である平成一七年一月一七日より前の日は、時効の起算日ではない。

また、原告は、平成一八年三月一四日、被告福島県に対し、損失補償申請書を提出しており、催告(民法一五三条)から六か月以内に本件訴訟を提起しているから、被告福島県との関係では、時効が中断している。

本件工事は、被告福島県と錦興業との共同不法行為であるところ、両者には、連帯債務と同様の密接な主観的共同関係があるから、民法四三四条を適用し、原告による被告福島県に対する前記催告及び本件訴訟提起により、被告クレハとの関係でも時効は中断している。

第三当裁判所の判断

一  認定事実

(1)  原告の所有していた牛の治療経過、死亡及び屠畜

原告の所有していた牛(別表「個体識別番号」欄記載の個体識別番号及び「カルテ番号」欄記載の番号等(なお、同欄に記載されている番号は高木獣医科医院(U獣医師)におけるカルテ番号であり、同欄に「V」と記載されているものは、いわき動物病院(V獣医師)において治療された牛であり、同欄に「W」と記載されているものは、三戸獣医科医院(W獣医師)において治療された牛である。)で特定された牛)は、別表「初診年月日」記載の年月日に初診を受け、別表「獣医師による診断結果・経過」欄記載のとおり治療され、別表「死亡」欄、「屠畜」欄及び「治癒」欄記載の年月日に死亡し、屠畜され、又は治癒した。

(2)  騒音が牛に及ぼす影響

騒音が牛に及ぼす影響について、一般に、次のような指摘等がされている。

ア 牛は、騒音に対し、採食の停止等の反応を見せたり、食欲の一時不振を起こす場合がある。

また、牛は、騒音に驚いて暴走したり、突然の騒音に緊急反応を起こし、早産、流産などを引き起こしたりする場合もある。

イ 乳牛は、騒音により乳量が低下したり、繁殖能力が低下したりする場合がある。搾乳の直前又は搾乳中に、乳牛を驚かしたり、苦痛を与えたり、興奮させたりすると、乳量が極端に少なくなることがある。

ただし、競艇場の騒音により、競艇の開催期間中(約四日間)、乳牛の乳量が低下したが、開催期間後には、開催前と同等に戻ったという実験データも存在する。

ウ 公共工事が家畜に及ぼし得る影響として、一般に、肉牛については、発育不良、育成率や増体率の低下、肉質の悪化、受胎率の低下、分娩異常等が、乳牛については、乳量の低下、乳房炎の発生、受胎率の低下、流産、早産、死産、難産、後産停滞、産後の経過不良等がある。また、各家畜に共通するものとして、驚愕による暴走、転倒、衝突等による事故の発生等がある。

エ 工事による影響について、一般に、家畜は、エンジン音を主体とした騒音には比較的慣れやすく、その期間は、おおむね二週間ないし四週間程度である。

しかし、瞬間の騒音値が高く、突発的で、衝撃的な機械音には警戒が必要であり、ブレーカー類の稼働騒音、ブルドーザ稼働時のしゃくり、あおり、きしみ騒音、ダンプトラックの排土時のあおり、打せつ騒音等が、これに当たる。

工事騒音の質や量から、家畜への影響を定量的に推定することは困難であるが、一般に、馴致後に八〇デシベル(A)以上の感作が予測される場合は、何らかの減音対策が必要であるとされる。

(3)  騒音計の位置

被告福島県は、本件工事の期間中、原告方牛舎付近三箇所(No.1地点ないしNo.3地点)に、騒音計を設置し、騒音を測定した。

No.1地点は、牛舎の南端から南西側約三五メートルないし四〇メートルの距離、No.2地点は、同所から南東側約六〇メートルないし六五メートルの距離、No.3地点は、同所から南東側約一一〇メートルないし一一五メートルの距離であった。No.3地点は、平成一五年七月二日以降、牛舎の南端付近に移動された。

(4)  本件工事中の騒音レベル

ア 平成一五年三月一八日

No.1地点で午前一〇時三〇分、一〇分間のLmax(最大騒音瞬時値)六六・九デシベル、No.2地点で同時刻、一〇分間のLmax九七・九デシベル、No.3地点で同時刻、一〇分間のLmax八三・一デシベルが記録された。

イ 平成一五年六月一一日

No.1地点で午後二時五〇分、一日のLmax九五・八デシベル、No.2地点で午後二時四〇分、一日のLmax八九・七デシベル、No.3地点で同時刻、一日のLmax九〇・二デシベルが記録された。

ウ 平成一五年六月一三日

No.1地点で午前一〇時、一日のLmax九六・六デシベル、No.2地点で午前八時三〇分、一日のLmax八七・三デシベル、No.3地点で午前九時二〇分、一日のLmax九三・〇デシベルが記録された。

エ 平成一五年七月一七日

No.1地点で午前一一時四〇分、一日のLmax八四・九デシベル、No.2地点で午前一一時一〇分、一日のLmax九一・〇デシベル、No.3地点で午後六時一〇分、一日のLmax九二・八デシベルが記録された。

オ 平成一五年八月三日

No.1地点で午前一〇時四〇分、一日のLmax八五・三デシベル、No.2地点で午前七時五〇分、一日のLmax七九・六デシベル、No.3地点で午後八時、一日のLmax八九・八デシベルが記録された。

カ 平成一五年八月七日

No.1地点で午前一〇時一〇分、一日のLmax九四・二デシベル、No.2地点で午前八時四〇分、一日のLmax八六・一デシベル、No.3地点で午前二時四〇分、一日のLmax九〇・二デシベルが記録された。

キ 平成一六年一月一四日

No.1地点で午前一一時三〇分、一日のLmax七一・一デシベル、No.2地点で午後四時、一日のLmax八六・七デシベル、No.3地点で午前二時五〇分、一日のLmax八七・〇デシベルが記録された。

ク 平成一六年四月一七日

No.1地点で午前九時四〇分、一日のLmax八六・二デシベル、No.2地点で午後四時、一日のLmax八八・六デシベル、No.3地点で午前四時三〇分、一日のLmax七八・六デシベルが記録された。

ケ 平成一六年四月一九日

No.1地点で午前八時四〇分、一日のLmax八九・〇デシベル、No.2地点で午前八時一〇分、一日のLmax八五・三デシベル、No.3地点で午後三時三〇分、一日のLmax七三・五デシベルが記録された。

コ 平成一六年四月二二日

No.1地点で午後五時、一日のLmax七二・一デシベル、No.2地点で午前一〇時四〇分、一日のLmax九五・二デシベル、No.3地点で午後六時、一日のLmax八〇・六デシベルが記録された。

サ 平成一六年七月八日

No.1地点で午前一〇時四〇分、一日のLmax九七・四デシベル、No.2地点で午前一〇時三〇分、一日のLmax八三・五デシベル、No.3地点で午前七時二〇分、一日のLmax七二・五デシベルが記録された。

シ 平成一六年八月三一日

No.1地点で午前一一時、一日のLmax八七・九デシベル、No.2地点で午後二時五〇分、一日のLmax八九・六デシベル、No.3地点で午後五時三〇分、一日のLmax七五・四デシベルが記録された。

ス 平成一六年九月一六日

No.1地点で午後二時二〇分、一日のLmax七九・九デシベル、No.2地点で午後二時、一日のLmax八四・七デシベル、No.3地点で午前三時一〇分、一日のLmax八四・九デシベルが記録された。

セ L5(瞬時値の九〇%レンジの上端値)の最大値

No.1地点ないしNo.3地点において、平成一五年三月一八日、同年六月一一日、同月一三日、同年七月三日ないし同月一〇日、同月一七日、同年八月三日ないし同月七日、平成一六年一月一四日、同年四月一七日、同月一九日、同月二二日、同年六月四日、同年七月八日、同年八月一八日、同月一九日、同月三一日及び同年九月一六日に測定された、L5の最大値のうち、八五デシベルを超えたのは、平成一五年八月七日のNo.1地点のみであった。

(5)  本件工事では、連日、バックホウ、ダンプトラック、クレーン又はブレーカー等が使用された。

(6)  Cは、本件三月一八日書面を作成した際、原告が所有していた牛の負傷状況を確認することなく、申出があったその日に、本件三月一八日書面を作成した。

(7)  原告が所有していた牛の頭数は、おおむね、以下のとおりであった。

ア 平成一〇年六月一日

搾乳頭数 四五頭 総頭数 一五〇頭

イ 平成一一年六月一日

搾乳頭数 四〇頭 総頭数 一五〇頭

ウ 平成一二年六月一日

搾乳頭数 四〇頭 総頭数 一五〇頭

エ 平成一三年六月一日

搾乳頭数 六四頭 総頭数 二二七頭

オ 平成一四年六月一日

搾乳頭数 六〇頭 総頭数 一九〇頭

カ 平成一五年五月一日

搾乳頭数 六〇頭 総頭数 一八三頭

キ 平成一六年五月一日

搾乳頭数 六二頭 総頭数 二〇〇頭

ク 平成一七年六月一日

搾乳頭数 五三頭 総頭数 一六七頭

ケ 平成一八年五月一日

搾乳頭数 五一頭 総頭数 一六〇頭

コ 平成一九年五月一日

搾乳頭数 三〇頭 総頭数 一二六頭

(8)  原告の年間搾乳量及び前記(7)の搾乳頭数を当該年の平均搾乳頭数と考えた場合の一か月一頭当たりの搾乳量は、以下のとおりであった(いずれも小数点以下の数値を四捨五入したもの。)。

年間搾乳量 一か月一頭当り搾乳量

ア 平成一一年 二三万七八六二キログラム 四九六キログラム

イ 平成一二年 二六万九五四二キログラム 五六二キログラム

ウ 平成一三年 三一万六二五六キログラム 四一二キログラム

エ 平成一四年 二二万三五〇四キログラム 三一〇キログラム

オ 平成一五年 一九万五二六六キログラム 二七一キログラム

カ 平成一六年 一五万五五六〇キログラム 二〇九キログラム

キ 平成一七年 九万七二六五キログラム 一五三キログラム

ク 平成一八年 一二万一七五三キログラム 一九九キログラム

ケ 平成一九年 一四万一六五七キログラム 三九三キログラム

(9)  原告は、本件工事の期間中、牛舎西側及び牛舎南側に、仮設放牧場を建設した。原告は、牛舎南側の仮設放牧場の建設のため、パイプ、ジョイント及びクランプを三三万六〇〇〇円で購入した。

(10)  原告は、Nに対し、牛舎西側及び牛舎南側の仮設放牧場の建設費用を支払っていない。

(11)  Nは、作業員の派遣等を業とする者ではなく、牛舎内で暴れた牛を原告とともになだめたり、原告の妻らとともに負傷した牛の写真を撮ったりしていた。また、Nは、原告やFらとともに本件工事に関連した数通の書面に連署するなどしていた。

(12)  原告は、平成一五年四月一〇日、同年三月一八日に牛に跳ね飛ばされて転倒し、負傷したとして、ちょう整形外科を受診し、医師に対し、右大腿部の疼痛、首筋の張り及び左背部の疼痛を訴え、左肋骨部挫傷、右大腿部打撲及び両肩関節周囲炎(外傷性)と診断された。

なお、原告は、同日の事故直後に、錦興業及び被告福島県の関係者らに対し、牛の被害についてクレームを述べたが、その際、自分の負傷について、何も告げなかった。

(13)  原告は、ちょう整形外科の初診後、被告福島県に提出した平成一五年六月一三日付け意見書に肋骨を骨折したと記載した。

(14)  本件工事のうち、実質的な工事は、平成一六年一一月一三日には、終了した。

(15)  原告は、原告方牛舎の窓ガラス、シャッター及びミルカーユニットの各損害につき、実際に業者に補修を依頼してはいない。

(16)  原告は、平成一六年ころ、所有する六八頭の牛につき、ブルセラ病・結核・ヨーネ病を疑って、その検査を行い、費用として、平成一六年八月一〇日、八万一六〇〇円を支払った。

二  争点(1)(補償約束)について

原告は、被告らが、原告に対し、本件工事によって原告に生じた損害を、被告らの過失の有無にかかわらず、補償する旨約したと主張する。そこで、以下検討する。

(1)  被告福島県の補償約束

ア 原告は、Hが、平成一五年八月七日の協議の際、口頭で、「補償はすべて出します。」と発言したことをもって、前記補償の約束に当たると主張する。

しかし、Hが、被告福島県の責任で生じた損害については補償せざるを得ないという趣旨の発言を行ったにすぎない旨証言していること、原告が主張する補償について、被告福島県において、しかるべき機関や決裁権者の意思決定を経て、公的な文書等が作成されたことをうかがわせる証拠はなく、予算で債務負担行為として定められたことも認められないこと(殊に、原告が主張するように、被告福島県が、その過失の有無にかかわらず、かつ、金額の上限を定めず、損害を補償する旨約したのであれば、その内容の重要性にかんがみ、慎重な手続が執られていてしかるべきものと考えられる。)、前記発言が記載された会議録(甲七)には被告福島県関係者の署名押印がないことからすれば、本件では、Hが、被告福島県を代表して、同日、口頭で、本件工事によって原告に生じた損害を、被告らの過失の有無にかかわらず、補償する旨約したと認めることはできない。

イ また、原告は、平成一六年一一月一七日、被告福島県の職員が、「乳量の減少や死亡した牛はもちろん、牛が暴走して壊れた窓ガラス、シャッター、ミルカーユニットも補償の対象ですから全部出してください。」と発言したことが、前記補償の約束に当たると主張する。

しかし、被告福島県は、前記発言を否認しているところ、前示のとおり、原告が主張する補償について、被告福島県において、しかるべき機関や決裁権者の意思決定を経て、公的な文書等が作成されたことをうかがわせる証拠はなく、予算で債務負担行為として定められたことも認められないこと、この点に関する書証が原告の手書きのメモ(甲二七の六八、甲二七の六九)のみであること、同日に関する同メモの記載も、同月一九日ないし平成一七年一月一三日の記載を挟んで前後二つ存在しており、後の記載は後日書き足されたことがうかがえることからすれば、被告福島県の職員が、被告福島県を代表して、平成一六年一一月一七日、口頭で、本件工事によって原告に生じた損害を、被告らの過失の有無にかかわらず、補償する旨約したと認めることはできない。

ウ さらに、原告は、福島県収用委員会の裁決書の記載(甲二)を根拠に「保証」があった旨主張するが、これについても、騒音、振動等に基づく損害を補償する旨の原告に対する意思表示がされたと認められる記載はなく、同裁決書の記載内容をもって、原告に生じた損害を補償する旨約したと認めることはできない。

エ その他、一件記録を精査しても、被告福島県が、原告に対し、本件工事の間、本件工事によって原告に生じた損害を、被告らの過失の有無にかかわらず、補償する旨約したと認めるに足りる証拠はない。

したがって、これらの点に関する原告の主張は、いずれも採用できない。

(2)  被告クレハ(錦興業)の補償約束

ア 原告は、平成一五年三月一八日、Cが、原告に対し、本件三月一八日書面を提出したことが、前記補償の約束に当たるとする。

しかし、Cが、本件三月一八日書面につき、原告及びその知人らの強い要求を受けて、錦興業の責任で生じた損害であるとすれば補償するという趣旨で作成した旨証言していること、錦興業が、その過失の有無にかかわらず、かつ、金額の上限を定めず、損害を補償する旨約すことは、錦興業にとって、重大な約定であるというべきであり、そのような重大な事項を約す場合には、慎重な手続が踏まれるのが通常であると考えられるところ、前記認定事実のとおり、Cが、原告の所有していた牛の負傷状況を確認することなく、申出があったその日に、被告らの過失の有無にかかわらず、原告の損害を補償するという趣旨で本件三月一八日書面を作成するということは、その内容の重大さに照らして不自然であること、本件三月一八日書面上、補償金額や、獣医師の往診治療費以外の補償範囲は一切記載されていないこと、錦興業の過失の有無にかかわらず補償を行う旨の文言もないことなどからすれば、本件三月一八日書面において、錦興業が、本件工事によって原告に生じた損害を、被告らの過失の有無にかかわらず補償する旨約したと認めることはできない。

イ 次に、原告は、平成一五年六月二四日、Gが、原告に対し、錦興業の全額負担で牛の避難施設を建設する旨約したと主張する。

しかし、Gが、材料費以外の負担の約束については、これを否認する陳述をしており、Gが前記発言をした旨記載された書面(甲一一)には、錦興業側関係者の署名押印がないことからすれば、錦興業が、原告に対し、牛の避難設備の建設費用を全額負担する旨約したとの事実を認めるには足りない。

ウ さらに、原告は、平成一五年末ころ、Cが、原告に対し、本件工事によって原告に生じた損害を、被告らの過失の有無にかかわらず、補償する旨約したと主張するが、Cは、これを否認する証言をしており、その他、この事実を認めるに足りる証拠はない。

エ したがって、これらの点に関する原告の主張はいずれも採用できない。

三  争点(2)(強迫)について

前記二のとおり、被告クレハ(錦興業)が補償を約した事実が認められない以上、この点については判断する必要がない。

四  争点(3)(本件工事が不法行為を構成するか)について

原告は、本件工事が不法行為を構成すると主張する。そこで、以下、検討する。

(1)  本件工事が不法行為を構成するかを判断するに先立ち、まず、原告が所有していた牛の負傷原因等について検討する。

ア 前記認定事実のとおり、①原告が所有していた牛が、本件工事開始後、短期間に多数負傷し、衰弱するなどした末、死亡し、又は屠畜されていること、②これらの牛の多くが原告が主張する各事故日と近接する日に獣医師の診察を受けていること、③一般に、牛は、騒音に対し、採食の停止等の反応を見せたり、食欲の一時不振を起こす場合があり、また、騒音により、暴走したり、早産、流産などを引き起こしたりする場合があること、④ブレーカー類の稼働騒音、ブルドーザ稼働時のしゃくり、あおり、きしみ騒音、ダンプトラックの排土時のあおり、打せつ騒音等、瞬間の騒音値が高く、突発的で、衝撃的な機械音には警戒が必要であるとされているところ、本件工事においても、連日、バックホウ、ダンプトラック、クレーン又はブレーカー等が使用されていること、⑤一般に、牛に対し馴致後に八〇デシベル(A)以上の感作が予測される場合は、何らかの減音対策が必要であるとされているところ、本件工事では、原告が主張する各事故日に、おおむね、原告方牛舎の周囲に設置された騒音計がこれを超える高い値を記録していることからすれば、後記イの二頭を除く別表記載の八九頭の牛が、別表「事故日」欄記載の年月日に、本件工事の騒音等により、暴れ、脱柵し、暴走するなどの何らかの事故(以下「本件事故」という。)により負傷し、その後、別表中死亡日又は屠畜日の記載がない一一頭及び後述する後記ウの一〇頭を除く別表記載の六八頭の牛が、本件事故に加え、本件工事により生じた騒音等により、衰弱し、死亡し又は屠畜せざるを得ない状態となったものと認められる。

イ 別表「屠畜・死亡牛番号」欄記載の番号七〇及び七二の二頭の牛については、本件事故に遭遇したと認めるに足りる証拠はなく、本件工事の騒音等を原因として屠畜せざるを得ない状態になったと認めることはできない。

ウ 治癒したと診断された牛(別表「治癒」欄に年月日の記載があるもの)のうち、その後事故に遭遇していない牛九頭(別表「屠畜・死亡牛番号」欄記載の番号五四ないし五八、六〇、六二、六四及び六六の各牛)については、これらの牛が、本件工事の騒音等を原因として、死亡し又は屠畜せざるを得ない状態になったと認めるに足りる証拠はない。

また、別表「屠畜・死亡牛番号」欄記載の番号七一の牛についても、事故から屠畜までに約一年九か月を要していることからすると、本件工事の騒音等を原因として屠畜せざるを得ない状態になったと認めることはできない。

エ そうすると、結局、本件事故により負傷した八九頭の牛のうち、死亡した牛は八頭、屠畜せざるを得ない状態になった牛は六〇頭であると認められる。

オ 被告らは、原告が、所有していた牛を経営上の判断から計画的に屠畜したのであり、本件工事を原因とするものではないと主張するが、前記認定事実のとおり、本件工事開始後、短期間のうちに多くの牛が負傷し、屠畜されていることや、屠畜された牛の大部分が衰弱著明、予後不良等と診断されており、その他の牛にも、外傷や食欲不振等が認められたことからすると、前記イ及びウの一二頭を除く牛が、経営上の判断から計画的に屠畜されたと認めることはできない。

(2)  前記(1)を前提に、本件工事の違法性について検討する。

本件工事(本件工事により騒音等を生じさせたこと)の違法性を判断する際には、騒音規制法上の規制を、一つの要素として考慮すべきところ、前記認定事実のとおり、本件事故日のうち、L5の最大値が八五デシベルを超える騒音が測定された日は、一日にすぎない。

しかし、騒音の違法性は、騒音規制法上の規制値に加え、被害の内容や程度、従前の土地の利用状況等を考慮して判断すべきところ、本件では、前記認定事実のとおり、本件工事により、本件工事以前から原告方牛舎で酪農業等を営んでいた原告所有の牛(約二〇〇頭)のうち、八九頭が短期間に負傷し、うち六八頭が衰弱するなどした末、死亡し又は屠畜せざるを得ない状態となる大きな被害が生じているのであるから、その他、被告らが主張する平常時における原告方牛舎付近の騒音レベル、本件工事の施工方法や公共性等、本件工事に関する一切の事情を考慮しても、本件工事は、原告に対する関係で、受忍限度を超え、違法性が認められるというべきである。

また、本件工事開始前から、原告が被告福島県に対して、工事が牛に悪影響を与えることを訴えており、被告福島県から本件工事を受注した被告クレハ(錦興業)も、本件工事現場周辺で原告が牛を飼育していたこと及び工事の騒音等が牛に悪影響を及ぼすことを認識し、又は認識し得たものと考えられるから、被告クレハ(錦興業)には、原告が飼育する牛に与える影響も考慮し、本件工事に基づく騒音等を、受忍限度以下に抑える措置をとるべき注意義務があったというべきであり、被告クレハ(錦興業)には、これを怠った過失が認められる。

したがって、本件工事は、不法行為を構成し、被告クレハは、不法行為責任を負うものと解するのが相当である。

五  争点(4)(被告福島県の注文又は指示が不法行為を構成するか)について

原告は、被告福島県による本件工事に関する注文又は指示が、不法行為を構成すると主張する。

そこで検討するに、前記四のとおり、本件工事が不法行為を構成することに加え、前記前提となる事実及び認定事実のとおり、被告福島県が、本件工事の注文者であり、本件工事が行われていた期間中、錦興業と共に、頻繁に原告からのクレームに対応していたこと、福島県収用委員会の裁決書(甲二)の記載によれば、被告福島県が、本件工事以前から、原告の酪農業等の状態を把握し、かつ、工事の騒音等が牛に悪影響を及ぼすことを認識していたことがうかがわれることからすれば、被告福島県には、本件工事の注文者として、錦興業に対し、本件工事に基づく騒音等を、受忍限度以下に抑えるために必要な指示をすべき注意義務があったというべきであり、被告福島県には、これを怠った過失が認められる。

したがって、被告福島県による本件工事に関する指示は、民法七一六条ただし書に基づき、不法行為を構成すると認められる。

六  争点(5)(損害)について

(1)  原告による訴えの変更及び主張の追加の可否について

被告福島県は、民事訴訟法一四三条一項ただし書に基づき、原告の平成二一年三月三一日付け請求拡張申立書による訴えの変更を許さない旨の決定をするよう求め、また、同法一五七条一項に基づき、同申立書による主張の追加を却下するよう求めている。

そこで検討するに、確かに、同申立書に基づく訴えの変更及び主張の追加は、いずれも、口頭弁論終結間近の時期に行われている。

しかし、前記訴えの変更については、従前主張されていた乳量減少による損失、精液購入費の増加及び弁護士費用に係る損害の期間的又は数量的な拡張であり、その基礎となる事実の大部分も、既に従前の主張立証に現れていたものであるから、著しく訴訟手続を遅滞させるものとまでいうことはできない。また、これに伴う主張の追加についても、その内容にかんがみれば、訴訟の完結を遅延させるものとまではいい難い。

したがって、これらの点に関する被告福島県の主張は、いずれも採用できない。

(2)  仮設放牧場(避難用)の建設費用

原告は、仮設放牧場の建設費用を、損害として請求する。

まず、仮設放牧場の建設の必要性について検討するに、前記認定事実のとおり、原告が所有していた牛が多数負傷しており、負傷した牛に対する仮設放牧場の有用性がうかがわれるところ、原告が実際に仮設放牧場を建設していることからすれば、その規模はともかく、仮設放牧場を建設する必要性はあったと認められる。

そして、前記認定事実のとおり、原告が、牛舎南側の仮設放牧場の建設のために購入したパイプ、ジョイント及びクランプ代三三万六〇〇〇円は、通常、仮設放牧場を建設するために必要な資材であると認められ、本件工事と因果関係のある損害であると認められる。

しかし、前記前提となる事実及び認定事実のとおり、Nからの請求書に記載された四九六万二九〇〇円は、実際の支払が行われていないこと、Nは、原告の業務を手伝っていた者であり、牛舎内で暴れた牛を原告とともになだめたり、原告の妻らとともに負傷した牛の写真を撮ったり、原告やFらとともに本件工事に関連した数通の書面に連署していた者であったこと、原告も、Nを指して、当初は、労働者であると供述し、その後は便利屋であると供述しているとおり、少なくとも同請求書に記載された作業員の派遣等を業とする者ではかったこと、同請求書記載のバックホウ、ダンプ、クレーン付トラック等についても、Nがこれらを所持していたことを裏付けるに足りる証拠がないことなどからすれば、同請求書が存在することをもって、直ちに同請求書記載の金額が本件工事と因果関係のある損害であると認めることはできない。

また、仮設放牧場の建設に使用された燃料費に関するものであるとして提出されている納品書、領収書等についても、これらの燃料が、仮設放牧場の建設に使用されたことを裏付けるに足りる証拠はない。

したがって、仮設放牧場の建設費用に関する原告の主張は、パイプ、ジョイント及びクランプ代三三万六〇〇〇円を除き、いずれも採用できない。

(3)  乳代損失

ア 原告は、平成一五年ないし平成一八年の各年における一日一頭当たり搾乳量が平成一一年ないし平成一三年の平均の一日一頭当たり搾乳量よりも減少していることを前提に、その原因が本件工事にあるとして、この乳量減少分に販売単価を乗じた価額を本件工事と因果関係のある損害である旨主張している。

しかし、前記前提となる事実及び認定事実のとおり、本件工事は、平成一五年二月七日から平成一七年一月一七日まで実施されており、そのうち実質的な工事は、平成一六年一一月一三日には終了しているところ、前記認定事実のとおり、原告の一か月一頭当たり搾乳量は、平成一二年から平成一七年まで減少の一途をたどっている。このように、一か月一頭当たり搾乳量の減少が、本件工事が実施された前後にわたって継続しており、このことに加え、前記認定事実のとおり、競艇場の騒音により、競艇の開催期間中(約四日間)乳牛の乳量が低下したものの、開催期間後には開催前と同等に戻ったという実験データが存在していることを併せ考慮すると、平成一五年ないし平成一八年の各年における搾乳量が、平成一一年ないし平成一三年の平均搾乳量と比較して少ないことには、本件工事以外の何らかの要因が関与している可能性を否定できない。

イ この点に関し、前記認定事実のとおり、平成一四年における一か月一頭当たり搾乳量が前年よりも減少したところ、原告は、平成一四年の搾乳量が減少した要因として、①本件工事の影響が既に出ていたこと、②平成一三年中にBSEの影響から種付けを控えたことを挙げる。

しかし、本件工事が、平成一四年中において、一か月一頭当たり搾乳量を前年に比べ約一〇〇キログラムも減少させるほどの影響を及ぼしたことを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、いわゆるBSE問題については、《証拠省略》によれば、乳牛の搾乳が産後約一年間にわたり行われることが認められることからすると、理論的には、生まれる子牛が少なければ、搾乳できる乳牛も少なくなり、乳量が減少する可能性も考えられる。

しかし、これにより具体的にいかなる程度の乳量が減少するかについては、本件において、獣医学的な立証はされておらず、平成一四年の搾乳量の減少がBSEの影響によるものであると認定するに足りる十分な証拠はない。

また、《証拠省略》によれば、乳牛の妊娠期間は約九か月間であり、国内でBSE問題が明らかになったのは平成一三年九月半ば以降であることが認められるから、平成一四年前半に子牛が生まれるには、国内でのBSE問題が明らかとなる前に種付けされる必要があることからすると、平成一四年前半の子牛の出生数が少ないこと、ひいては、これが原因となって同年の一か月一頭当たり搾乳量が減少したことは、BSE問題とは無関係であると考えられる。

さらに、平成一二年中(特に平成一二年後半)には、平成一一年ないし平成一六年の六年間の中で、最も多くの子牛が生まれ、平成一三年前半にも、比較的多くの子牛が生まれているにもかかわらず、前記認定事実のとおり、同年の一か月一頭当たり搾乳量は、前年に比べて約一五〇キログラム減と大幅に減少しており、この結果は、前示した子牛の出生と搾乳量の関係に関する推測と合致していない。

ウ そうすると、具体的な要因は明らかではないものの、平成一五年ないし平成一八年の一頭当たり搾乳量の減少には、本件工事以外にも、原告及びその従業員による搾乳作業時間の減少等を含む原告の経営判断やBSE問題その他、様々な要因が関与している可能性が否定できず、前記乳量の減少のすべてが、本件工事と因果関係のある損害であると認めることはできない。

エ しかし、前記認定事実のとおり、乳牛は、一般に、騒音により乳量が低下したり、繁殖能力が低下したりする場合があり、搾乳の直前又は搾乳中に、乳牛を驚かしたり、苦痛を与えたり、興奮させたりすると、乳量が極端に少なくなることがあること、公共工事が乳牛に及ぼし得る影響として、乳牛の乳量の低下、乳房炎の発生、受胎率の低下等があること、本件工事により、原告が所有していた牛が多数負傷していることからすれば、平成一五年ないし平成一七年の一か月一頭当たり搾乳量の減少に、本件工事が、何らかの悪影響を及ぼしたことは否定し難いと考えられる(もっとも、平成一八年については、本件工事の終了時期等からすると、その一か月一頭当たり搾乳量の減少に、本件工事が影響したと認めるに足りる十分な証拠はない。)。

それにもかかわらず、本件では、この損害額を認定するに足りる証拠がなく、損害の性質上、その額を算定することも極めて困難であると認められる。

そこで、民事訴訟法二四八条を適用し、本件における一切の事情を考慮し、平成一五年ないし平成一七年の一か月一頭当たり搾乳量の平均と、平成一四年における一か月一頭当たり搾乳量の差に相当する乳量低下量(九九kg)を基準とし、本件工事による騒音等の直接的影響を受けていた平成一五年(三月以降)及び平成一六年については、その二分の一、本件工事の実質的工事終了後である平成一七年については、その四分の一に相当する金額(弁論の全趣旨から乳代単価を一一〇円/kgと認める。)を、原告に生じた乳代損失に係る相当な損害額とする。

平成一五年 九九kg×一/二×一一〇円×六〇頭×一〇か月(三月ないし一二月)=三二六万七〇〇〇円

平成一六年 九九kg×一/二×一一〇円×六二頭×一二か月=四〇五万一〇八〇円

平成一七年 九九kg×一/四×一一〇円×五三頭×一二か月=一七三万一五一〇円

合計 九〇四万九五九〇円

(4)  経営者及び従業員の治療費等

原告は、牛が暴走したことによる経営者(原告)及び従業員(S)の治療費等として、合計二〇九万七二一〇円の損害が発生したと主張するので、以下、検討する。

ア 前記認定事実のとおり、原告は、平成一五年四月一〇日、同年三月一八日に牛に跳ね飛ばされ転倒、負傷したとして、ちょう整形外科を受診し、医師に対し、右大腿部の疼痛、首筋の張り及び左背部の疼痛を訴え、左肋骨部挫傷、右大腿部打撲及び両肩関節周囲炎(外傷性)と診断されている。

この点、前記認定事実のとおり、確かに、同日、原告方牛舎において、多数の牛が被害を受ける大きな事故が発生したことが認められる。

しかし、原告は、前記負傷の治療のため、平成一八年以降まで通院したと主張し、供述し、受傷直後は、痛みをこらえるのに精一杯で、ろくに話もできなかったと供述しているのであるから、原告が負った外傷は、相当重傷であったと考えざるを得ないにもかかわらず、原告は、一般に痛みも大きいと考えられる受傷直後に、二三日間も病院を受診しておらず、二三日後に初めてちょう整形外科を受診しており、その後は一転して、約四年間、定期的に通院していることと比較しても、この初診の遅れは、極めて不自然である。

また、前記認定事実のとおり、原告は、平成一五年三月一八日の事故直後、錦興業及び被告福島県の関係者らに対し、牛の被害についてはクレームを述べ、前記前提となる事実のとおり、本件三月一八日書面を書かせているにもかかわらず、自身の負傷について何ら告げていない。

さらに、前記認定事実のとおり、原告は、ちょう整形外科の初診後、被告福島県に提出した同年六月一三日付け意見書に肋骨を骨折したと記載し、本件訴訟でもその旨主張しているが、本件では、ちょう整形外科において、骨折との診断がされたと認めるに足りる証拠は提出されていない。

加えて、平成一六年五月一五日以降のカルテによれば、同日以降の治療は初診時の疾患とは異なる疾患の治療であるが、原告が、この通院を含め、本件事故と因果関係がある通院と主張していることからしても、原告の主張及び供述の信用性には、疑問がある。

その他、本件における一切の事情を考慮しても、原告が平成一五年四月一〇日にちょう整形外科を受診した際の負傷が、同年三月一八日の事故に起因すると認めるには足りない。

イ Sの負傷についても、これを、本件工事に起因するものと認めるに足りる証拠はない。

ウ したがって、原告及びSの治療費等に関する原告の主張は、いずれも採用できない。

(5)  窓ガラス、シャッター及びミルカーユニットの補修費用等

原告方牛舎の窓ガラス、シャッター及びミルカーユニットの各損害については、前記認定事実のとおり、原告は、実際には、業者に補修を依頼しておらず、損壊の時期等に関しても、本件事故に起因することを裏付ける十分な証拠はなく、この点に関する原告の主張は、いずれも採用できない。

(6)  牛の治療費等

ア 牛の治療費及び処理費

原告は、本件工事の騒音等により、所有していた牛が負傷し、治療費一〇一万〇四九四円、死亡牛の処理費一六万〇二〇〇円の損害が生じたと主張するところ、前示のとおり、本件工事により、原告の所有していた牛八九頭が負傷し、また、前記認定事実のとおり、そのうち別表「死亡」欄に年月日の記載がある牛八頭が死亡したことが認められるから、原告には、牛の治療費及び処理費として、それぞれ一〇一万〇四九四円及び一六万〇二〇〇円の各損害が生じたと認められる。

イ 牛の検査費用(ブルセラ病・結核・ヨーネ病)

原告は、牛の検査費用(ブルセラ病・結核・ヨーネ病)として、八万一六〇〇円の損害が生じたと主張する。

そこで検討すると、前記認定事実のとおり、本件工事の騒音等を原因として、比較的短期間のうちに、原告が所有していた牛が多数負傷し、死亡し又は屠畜せざるを得ない状態となったため、原告が、所有する六八頭の牛につき、ブルセラ病・結核・ヨーネ病を疑って検査を行い、その費用として、平成一六年八月一〇日、八万一六〇〇円を支出していることからすれば、上記検査の費用は、本件工事の騒音等と相当因果関係のある損害であると認められる。

したがって、原告には、牛の検査費用として、八万一六〇〇円の損害が生じたと認められる。

ウ 負傷事故牛運搬費

原告は、負傷し屠畜した牛の運搬費用として、七二頭×二万円=一四四万円の損害が生じたと主張するが、牛の運搬費用が、健康な牛を屠畜する際に発生しないという証明はなく、本件工事に起因して運搬費用の損害が発生したと認めるには足りない。また、一頭当たり二万円とする根拠も明確でなく、いずれにせよ、この点に関する原告の主張は採用できない。

(7)  牛の死亡又は屠畜に係る損害

原告は、牛の死亡又は屠畜に係る損害を請求しているので、検討する。

ア 原告は、本件工事により死亡し、又は屠畜せざるを得ない状態となった牛を、肉牛三三頭(負傷)、乳牛四七頭(負傷三九頭、死亡八頭)とする。

しかし、前示のとおり、原告が主張する牛のうち一二頭は、本件工事と因果関係がなく、また、乙第二六号証中の「全国種別・性別・月齢別飼養頭数」によれば、交雑種の牛は、一般に肉牛として取り扱われていることがうかがえることからすると、本件工事により死亡し、又は屠畜せざるを得ない状態となった牛は、肉牛三一頭(負傷三〇頭、死亡一頭)及び乳牛三七頭(負傷三〇頭、死亡七頭)と認めるのが相当である。

イ 次に、肉牛と乳牛の価格について検討する。

(ア) 肉牛の価格

平成一二年一月ないし平成一三年七月に売却されたB2級の肉牛の価格には、一〇万円以下のものや一〇万円台ないし二〇万円台のものも散見され、また、当該期間に売却された最高級の肉牛であるA3級の価格が高いものでも五五万円程度であるのに対し、B2級より下級の肉牛の価格に一〇万円以下のものが散見されることからすると、B2級の肉牛の数が最も多いからといって、全頭をB2級として扱い、損害額を算定することは妥当ではなく、原告が通常売却する肉牛の平均価格を、屠畜された肉牛一頭当たりの単価として損害を計算すべきである。

本件では、この金額を、少なくとも平成一二年一月ないし平成一三年七月に売却された肉牛のおおよその売却価格、諸費用等を考慮し、三八万円とするのが相当と考えられる。

(イ) 乳牛の価格

《証拠省略》によれば、乳牛は、一般に、四産程度(七歳程度)で廃用されることが認められるところ、原告がこれを超えて搾乳していたことを示す客観的証拠はなく、乳牛の損害は、四産程度で廃用されることを前提として算定すべきである。

本件では、原告が所有していた乳牛が、廃用牛として市場に出されたわけではない一方、屠畜された乳牛三〇頭の平均月齢が七〇月を超えており、平均して残り一産程度で廃用される月齢であったことや、被告らが主張する経産牛の一般的な相場(三五万ないし四五万円)を考慮し、乳牛の価格を一頭当たり四〇万円と算定するのが相当と考えられる。

なお、原告は、乳牛の収益価値等を考慮すると、乳牛一頭当たり平均二〇〇万円以上の価値があると主張するが、実際にそのような価格で乳牛が売買された事例等に関する証拠は何ら提出されておらず、この点に関する原告の主張は採用できない。

ウ 結論

以上によれば、原告に生じた牛の死亡又は屠畜に係る損害は、肉牛三八万円×三一頭+乳牛四〇万円×三七頭-肉牛及び乳牛の販売金額一一三七万二〇九八円=一五二〇万七九〇二円となる。

(8)  精液購入費の増加

原告は、平成一六年七月から平成一八年四月までの間、一頭も子牛が生まれなかったと主張する。しかし、前示のとおり、乳牛の妊娠期間は約九か月間であり、平成一六年六月に生まれた子牛の授精時期は平成一五年九月ころであるところ、本件工事が同年三月に本格的に始まって以降、特に同月一八日の大規模な事故後も、原告の牧場の牛は、約半年間は問題なく授精しており、特に同年四月ころに一二頭の牛が授精していること、精液を購入しても、必ずしもすぐに使用するとは限らず、原告が精液五二四本分の種付けにいずれも失敗した旨の証明もないこと、仮に、原告の主張するとおり精液五二四本分の種付けにいずれも失敗したとすると、このような深刻な不妊につき獣医師の診察や治療を受けた形跡がないことは極めて不自然であることなどからすれば、約一年一〇か月間子牛が生まれなかったことが、本件工事を原因とする不妊によるものか否かは判然としない。

なお、本件では、原告が、通常の年において、精液を一〇〇本程度購入していたという証明もない。

したがって、この点に関する原告の主張は採用できない。

(9)  弁護士費用

前記合計額二五八四万五七八六円の約一割に当たる二五八万円を、本件工事と相当因果関係のある弁護士費用としての損害と認める。

(10)  合計

二八四二万五七八六円

七  争点(6)(消滅時効)について

(1)  被告らは、本件工事を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求権のうち平成一五年八月三〇日以前に生じたものは、三年の時効期間の経過により消滅したと主張する。

この点、一般に、不法行為が継続して行われ、そのため損害も継続して発生する場合には、損害の継続発生する限り、日々新しい不法行為に基づく損害として、各損害を知ったときから別個に消滅時効が進行するものと解される(大審院昭和一三年(オ)第二〇七四号同一五年一二月一四日民事連合部判決)。

本件工事の騒音、振動等に基づく損害は、日々新しい不法行為に基づく損害というべきであるから、原告が各損害を知ったときから、別個に消滅時効が進行するものと解される。

しかし、前記前提となる事実のとおり、原告の被告福島県に対する関係では、原告は、平成一八年三月一四日、本件工事の補償に関し、損失補償申請書を提出しており、これをもって催告があったということができるところ、それから六か月以内に本訴提起に至っていることから、本件工事を原因として平成一五年三月一八日以降に発生した本件事故を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の時効は中断している。

一方、民法七一九条の共同不法行為者が負担する損害賠償債務について、同法四三四条の規定は適用されないと解されることから(最高裁判所昭和五六年(オ)第一七三号昭和五七年三月四日第一小法廷判決)、被告福島県に対して催告をしていたとしても、原告の被告クレハに対する関係では、消滅時効の中断事由は生じていないものといわざるを得ず、時効の中断を認めることはできない。

したがって、原告の被告クレハに対する本件工事を原因とする不法行為に基づく損害賠償請求権のうち、平成一五年八月三〇日以前を消滅時効の起算点とするものについては、消滅時効が完成していると認められる。

これに反する原告の主張は採用できない。

(2)  本件では、以下の損害については、被告クレハとの関係で、時効が完成していると解すべきであり、被告クレハが負うべき損害賠償債務は、一四八七万七八九六円となる。

ア 牛の治療費

平成一五年八月三〇日以前の損害額七四万七五九五円、

イ 乳代損失

九九kg×一/二×一一〇円×六〇頭×五か月(三月ないし七月)=一六三万三五〇〇円

九九kg×一/二×一一〇円×六〇頭×三〇日/三一日(八月)=三一万六一六一円

合計 一九四万九六六一円

ウ 死亡し又は屠畜された牛の損害

平成一五年八月三〇日以前に死亡し又は屠畜された牛(肉牛二二頭(負傷二二頭)、乳牛一四頭(負傷一一頭、死亡三頭))の損害額九六二万〇六三四円(肉牛三八万円×二二頭+乳牛四〇万円×一四頭-肉牛及び乳牛の販売金額四三三万九三六六円)

エ 弁護士費用

前記アないしウの各損害を生じさせた不法行為により生じたもの。

前記アないしウの合計額の約一割である一二三万円。

オ 合計

一三五四万七八九〇円

八  結論

以上のとおり、原告の請求は主文の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松下貴彦 裁判官 鈴木清志 髙倉文彦)

別表<省略>

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