福島地方裁判所いわき支部 昭和41年(ワ)207号 判決 1970年1月30日
第五六号事件原告・第二〇七号事件被告・(原告) いわき市
第五六号事件被告(被告) 小野清一
第五六号事件被告・第二〇七号事件原告・(被告) 亡古川二郎訴訟承継人 古川クラ
主文
一、被告両名は原告に対し各自金三九、四五八、九二四円およびこれに対する昭和四〇年三月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告の被告両名に対するその余の請求を棄却する。
三、原告は被告古川に対し金二、六八八、〇〇〇円およびこれに対する昭和三八年八月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
四、昭和四〇年(ワ)第五六号事件の訴訟費用は被告両名の連帯負担とし、昭和四一年(ワ)第二〇七号事件の訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、申立
1 原告の申立
昭和四〇年(ワ)第五六号事件につき
被告らは各自原告に対し金三九、七七七、六九八円およびこれに対する昭和四〇年三月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行宣言。
昭和四一年(ワ)第二〇七号事件につき
被告の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告小野の申立
請求棄却。
3 被告古川の申立
昭和四〇年(ワ)第五六号事件につき
請求棄却。
仮執行免脱宣言。
昭和四一年(ワ)第二〇七号事件につき
主文第三項同旨。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決ならびに右第一項につき仮執行宣言。
第二、昭和四〇年(ワ)第五六号事件についての主張
1 原告の請求原因ならびに被告の主張に対する答弁
(原告の請求原因)
一 原告と勿来市との関係
勿来市は昭和四一年一〇月一日から他の四市四町五村とともに地方自治法第七条第一項によりいわき市に廃置分合され、勿来市の債権債務はすべて原告市に承継された。
二 被告小野と古川二郎両名の地位と職務
古川二郎は昭和三〇年九月一日勿来市の収入役に就任し、昭和三八年八月一日依願退職するまでその職にあつた。
被告小野は昭和三〇年四月二九日勿来市の出納員に任命され、その後収入役である古川二郎を補助して出納事務に従事し、昭和三二年一一月一日から収入役室会計係長に、昭和三五年四月一日収入役職務代理者に各補せられ、後記不正行為により昭和三八年五月二一日懲戒免職処分により退職した。
三 被告小野の公金横領
被告小野は、市長の支出命令がなく、また上司でありその指揮監督のもとにあつた古川二郎の指示がないのに、古川二郎が保管中の東邦銀行、常陽銀行小切手帳の小切手用紙や支払通知書用紙ならびに収入役職印を冒用し、収入役名義の小切手若しくは支払通知書を発行し、これを勿来市と当座預金取引のあつた前記東邦銀行、常陽銀行の各植田支店や市金庫事務取扱者である東邦銀行植田支店に呈示して、昭和三一年四月三〇日から昭和三八年五月二日までの間に別表一記載のとおり二三二回にわたり合計金四四、一二〇、二六〇円の勿来市の公金を着服横領し、勿来市に同額の損害を与えた。
四 被告小野と古川二郎両名の賠償責任
右の損害は被告小野の故意ある公金着服行為により生じたものであり、古川二郎は、収入役として善良な管理者の注意をもつて勿来市の現金、預金の出納および保管をなすべき義務があつたところ、その職務権限に属する小切手、支払通知書の発行等の事務の補助者として被告小野を使用し、自からの一時的不在の際には自己に代つて右小切手、支払通知書発行等の事務を被告小野につかさどらせながら、自らは支払通知書または小切手の発行に当り正当な支出命令に基づくものであることの確認、不在中に発行された支払通知書または小切手が正当な支出命令と合致しているか否かの確認、市金庫から毎日提出される収支報告書の記載の確認、収入役職印の厳重な保管を怠り、収入役としての善良な管理者の注意を怠つたために、被告小野の右横領による金四四、一二〇、二六〇円の損害を発生させるに至つたのである。
したがつて、被告小野、古川二郎両名は旧地方自治法(昭和三八年六月八日法律第九九号による改正前の地方自治法)第二四四条の二により、仮にしからずとしても民法第七〇九条、第七一九条により当然その損害を賠償しなければならない。
五 被告小野、古川二郎両名が賠償すべき金額
被告小野、古川二郎両名の右地方自治法に基づく賠償責任には民法第七一九条が類推適用さるべきであるから、被告小野、古川二郎両名は連帯して前記三記載の金額を賠償すべきところ、被告小野は本件不正行為発覚前に金一、五八六、〇六四円を、発覚後に金二一七、七四八円を勿来市に賠償し、古川二郎については、後記のとおり勿来市は本件損害賠償債権をもつて古川二郎の勿来市に対する退職手当金債権金二、四七八、七五〇円(税込退職手当金二、六二八、〇〇〇円より源泉徴収分金一四九、二五〇円を控除した金額)および昭和三八年度夏季手当金六〇、〇〇〇円と対等額において相殺する旨の意思表示をそれぞれなし、右の合計金二、五三八、七五〇円が相殺済になつたので、結局被告小野、古川二郎両名は原告に対し、残頭金三九、七七七、六九八円を賠償すべき義務がある。
六 古川二郎は昭和四三年一二月二日死亡し、相続が開始したところ、同人の妻である被告古川クラを除き、長男古川和夫、長女宮本京子、二女小宮祥子、三女阿部英子、二男古川孝夫は昭和四四年二月二八日福島家庭裁判所いわき支部に相続放棄の申述をなし、同年三月二五日右申述は受理されたので、古川二郎の兄弟姉妹が被告古川クラと相続権者になつたところ、右兄弟姉妹の古川幸一、石井ゆき子、酒井ヨネはいずれも古川二郎の相続を放棄したので、結局被告古川クラが古川二郎の権利義務一切を相続した。
よつて、原告は被告両名に対し右金三九、七七七、六九八円およびこれに対する遅滞後であることの明らかな昭和四〇年三月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告古川同小野の主張に対する答弁)
被告古川の主張は争う。被告小野の弁済の抗弁を否認する。
2 被告小野の答弁および主張
請求原因二の事実は認める。同三の原告主張の公金を横領したことは認めるがその額は争う。
抗弁として、金四、二〇〇、〇〇〇円は弁済している。
3 被告古川の答弁および主張
(請求原因に対する答弁)
請求原因二の事実を認める。同三ないし五の事実はすべて争う。
同六の相続関係の経緯および被告古川クラが古川二郎の権利義務一切を相続したことは認める。
(被告古川の主張)
一 本訴は、収入役である古川二郎の過失によりその保管に係る現金を亡失したことを理由とするものであるから、地方自治法第二四三条の二第三項により、勿来市長は監査委員に対して右事実の有無および賠償責任の有無、賠償額を決定することを求め、その決定に基づいて期限を定めて賠償を命じなければならないのに拘らず、勿来市はかかる手続を懈怠して直ちに出訴されたものであるから、本訴請求は右法令違背により失当として排斥を免れない。
二 被告小野は前記本件不法領得当時、勿来市の収入役代理であり、収入役室会計係長出納員の地位にあり、収入役を補佐し収入役とともに収入役印の保管の責に任じ、出納職員を指揮監督するとともに小切手または支払通知書を作成する職務上の地位にあつたもので、その職務および身分に関しては、勿来市の市長、助役等が自ら指揮監督の責にあるものにして、被告小野の不正行為についての監督上の責任はひとり古川二郎のみにあるものではないから、原告の本訴請求は失当である。
三 原告主張にかかる被告小野の不正領得の始期から昭和三八年三月末日までは、毎月一三日に監査委員による監査を受け、そのほか年二回市議会議員の出納立会人三名による臨時出納検査を、また毎会計年度一回定期監査をそれぞれ受け、いずれもその結果は書面により勿来市長に提出され、市長はその監査の結果を承認し、その結果毎年市議会の決算承認を得て市民に公開しているものであつて、古川二郎の収入役としての責任はその監査承認によつて免責された。従つて、原告の請求中、昭和三八年三月末日以前の分はいずれも失当である。
四 原告主張の旧地方自治法第二四四条の二に基づく賠償責任が仮にあつたとしても、右債務は一身専属的債務であるから、古川二郎の死亡により消滅し、被告古川クラが相続債務として承継するいわれはない。
五 原告が予備的に主張する被告小野、古川二郎両名の民法上の不法行為に基づく損害賠償責任については、仮りに古川二郎に過失責任があつたとしても、被告小野を収入役室会計係長出納員、または収入役職務代理者として任命したのは勿来市であり、その結果古川二郎は、同被告に、会計事務の主班たる地位を冒用され、本件の損害が発生したものであるから、原告に重大な過失責任があるというべく、被告古川は民法第七二二条第二項の規定に基づき過失相殺を主張する。
第三、昭和四一年(ワ)第二〇七号事件についての主張
1 被告古川の請求原因および原告の主張に対する答弁
一 古川二郎は、前記のとおり昭和三〇年九月一日から昭和三八年八月一日まで勿来市の収入役として在職したので、勿来市は古川二郎に対し退職金支給条例に基づき右退職の日限り退職金二、六二八、〇〇〇円を支払うべき義務がある。
二 更に勿来市は古川二郎に対し、昭和三八年度夏季手当として同年七月二一日限り金六〇、〇〇〇円を支払うべき義務がある。
三 しかして勿来市は、同市出納員且つ収入役職務代理者であつた被告小野の勿来市に対する前記不正行為により前記損害を蒙つたとして、当時収入役たりし古川二郎にも損害賠償責任があるとして右損害賠償債務をもつて、昭和三八年一一月三〇日前記退職金債権と、昭和四〇年三月一二日前記夏季手当債権と、それぞれ対当額において相殺する旨の意思表示をそれぞれ古川二郎に対してなした。
四 しかしながら、前記のとおり古川二郎は被告小野の不正行為につき勿来市に対して損害賠償債務を負つたことはないから、右各相殺はいずれも無効である。
よつて、被告古川は原告に対し前記退職手当金および夏季手当金合計金二、六八八、〇〇〇円およびこれに対する弁済期の後である昭和三八年八月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
五 原告の主張は争う。
2 原告の答弁
請求原因一ないし三の事実は認める。
同四の主張は争う。
原告が本件損害賠償債権をもつて古川二郎の退職手当金債権および夏季手当金債権と相殺した根拠は、収入役は特別職であり、従つて地方公務員法の適用を受けない(同法第三条第三項第一号、第四条第二項)し、労働基準法の適用も受けない(地方公務員法第五八条第三項によると一般職の職員のみが同項掲記の労働基準法の適用を受ける。)から、賃金に関する労働基準法第二四条第一項の適用はなく、従つて原告のした相殺は有効である。
第四、証拠<省略>
理由
一 勿来市は昭和四一年一〇月一日から他の四市四町五村とともに地方自治法第七条第一項によりいわき市(原告)に廃置分合され、勿来市の債権債務はすべて原告市に承継されたことは当裁判所に顕著な事実である。
二 昭和四〇年(ワ)第五六号事件について
(一) 古川二郎が昭和三〇年九月一日勿来市の収入役に就任し、昭和三八年八月一日依願退職するまでその職にあつたこと、被告小野が昭和三〇年四月二九日勿来市の出納員に任命され、その後収入役である古川二郎を補助し、出納事務に従事し、昭和三二年一一月一日から収入役室会計係長、昭和三五年四月一日収入役職務代理者に各補せられ、昭和三八年五月二一日懲戒免職処分により退職したことは当事者間に争いがない。
(二) そこで被告小野の公金横領について判断するに、いずれも被告古川につき成立に争いなく、被告小野につき公文書であるから成立を認めうる甲第二号証の一、二、同第四号証、乙第一号証と証人小野重一(第一回)の証言(一部)と被告小野本人尋問の結果に鑑定人藁谷守作成の鑑定の結果を総合すると、勿来市における市費支出の方法は、昭和三五年四月一日以降は東邦銀行植田支店と市金庫契約を結び支払通知書により同支店および同支店の派出所において支払をなし、それ以前は東邦銀行植田支店または常陽銀行植田支店等を支払人とする小切手により行つていたものであるところ、被告小野は収入役の保管すべき常陽銀行および東邦銀行の小切手用紙若しくは支払通知書用紙と収入役職印を冒用し、支出命令が全くないのに、小切手若しくは支払通知書を作成し、当座勘定取扱銀行である右各銀行植田支店または市金庫の業務を担当する東邦銀行植田支店から小切手又は支払通知書の額面金額の払出を受けて横領し(これが大部分である)、または正当な支出命令による要支払額以上の額面の小切手若しくは支払通知書を作成し、右小切手若しくは支払通知書の支払を受けて前記正当支出命令との差額を着服横領したが、その金額は別表二記載のとおり昭和三一年四月三〇日から昭和三八年四月二二日までの間に合計二一六回にわたり合計金四一、二六二、七三六円であることが認められ、後記横領金額の点を除き右認定を左右するに足る証拠はなく、また前記甲第二号証の一、二、同第四号証、証人小野重一(第一回)の証言中、被告小野の横領金額が右認定以上に出る旨の部分は前記鑑定の結果と対比して措信できないし、他に前記認定以上の横領の事実を認めるに足る証拠はない。
(三) しかるところ、被告小野、古川二郎両名の賠償責任については、昭和三八年六月八日法律第九九号の附則第一条、第一二条によつて、同法律による改正前の地方自治法(以下旧地方自治法という)第二四四条の二第一、二項に規定しているところによるべきであるが、同規定によれば、収入役は善良な管理者の注意を怠つたことにより自己が保管する現金を亡失した場合にその損害を賠償しなければならず、出納職員が上司の命を受けて保管する現金を亡失した場合も同一の要件のもとに損害賠償責任を負わなければならないとされている。しかして、被告小野は前記のとおり公金横領をしたのであるから、同被告が右横領金額相当の損害を賠償すべきは論をまたない。そこで、古川二郎が、収入役として現金、預金の保管につき善良な管理者の注意を怠つたかどうか、およびそれを怠つたことが被告小野の前記公金横領を発生させた原因となつていたかどうかを判断する。
被告小野が前記の各小切手、支払通知書の偽造行為をいかなる機会を捉えて行つたかについては明らかではない。被告小野本人尋問の結果によると、被告小野は古川二郎の一時的不在の際に右の不正行為をしたのであつて古川二郎が在勤している場合には不正行為をしたことはない旨述べているが、本件不正行為が長期間にわたり、回数も極めて多いことなどに鑑み、果してすべてが被告小野の述べるように古川二郎の不在の際に行なわれたものであるか否かは疑わしい。
しかして、収入役は法律上(本件当時施行の地方自治法第二三二条第二項参照)市長の支出命令がなければ支出をすることができないのであるから、小切手若しくは支払通知書を発行する際には正当な支出命令に基づくものであるか否かを十分確認することはもちろん、やむをえざる事由により自己の不在中に部下の職員に委ねて小切手または支払通知書を発行せしめた場合には、事後すみやかに正当な支出命令に基づいて発行されたか否かを確認し、更に冒用などを防ぐため収入役職印の保管を厳重にし、更に市金庫から毎日提出される収支報告書(甲第一八号証の一ないし三、検乙第一号証の様式のもの)などの書類の記載の確認をするなどの職務上の注意義務があるのである。
そして前記のように、被告小野がいかなる機会を捉えて不正行為をしたかは明らかにしえないが、前記認定のとおり、被告小野はその横領行為のうち、大部分のものは何ら支出命令がないのに拘らず、収入役職印を押捺した小切手若しくは支払通知書を発行してなしたものであり、残部のものは正当な支出命令の額を超過した小切手若しくは支払通知書を発行してその差額を横領したという右横領行為の態様に鑑み、古川二郎が支出命令書と小切手または支払通知書との正確な照合を怠つたか、収入役職印の厳重な保管をしなかつたか、あるいは収入役不在中被告小野に収入役の職務を事実上つかさどらせた場合に、事後に、不在中発行の小切手若しくは支払通知書が正当な支出命令に基づいて発行されたか否かを十分確認しなかつた職務上の義務懈怠があつたと推認される(古川二郎が自ら収入役職印を押捺して小切手若しくは支払通知書等を発行したとすれば、古川二郎が支出命令書(即ち市の経理事務が帳簿式の時代は支払証書または伝票式になつてからは支出伝票)と小切手若しくは支払通知書との正確な照合を怠つたものといえようし、古川二郎の不在中に不正を行つたものについては、被告小野が古川二郎が席をはずした隙などに収入役職印等をまつたく盗用して小切手等を発行したとすれば、収入役職印の保管につき過失があることは明白であり、そうではなくて古川二郎が公用などで一時的不在の場合、被告小野に職印を預けて収入役の職務を事実上行わせていた際に不正行為がなされたとするならば、右のような場合には、収入役は職務に復帰後は不在中の支出についても在庁時と同様小切手若しくは支払通知書が正当な支出命令に基づいて発行されたか否かを確認すべきであるから、支出命令書と小切手若しくは支払通知書原符との確認はもとより、当座勘定控帳、支払通知書控帳と支出命令書や小切手若しくは支払通知書、原符との照合を自らなし、または発行事務の担当者とは別の担当者に右の照合を命ずるなどすべきであり、以上のようにすれば、本件の如き横領行為は発見可能であつたのにこれを怠たつたため、被告小野の横領行為を防止できなかつたものと考えられる)。のみならず、被告小野、被承継人古川各本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く)を総合すると、前記のように古川二郎の一時的不在の際に被告小野に依頼して事実上収入役の職務をつかさどらせた際にも、古川二郎は帰庁後、支出命令書と小切手若しくは支払通知書各原符との照合をある程度行つていたことは窺われるが、当座勘定控帳若しくは支払通知書控帳と右の支出命令書や小切手等の原符との照合は行なつていなかつたか、せいぜい発行事務を担当する被告小野がその照合をしていたにすぎないことが認められ、右認定に牴触する被承継人古川二郎の供述は信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。
また、被告古川につき成立に争いなく被告小野につき公文書であるから成立を認めうる甲第一八号証の一ないし三および証人小野重一(第三回)の証言を総合すると、古川二郎の収入役在職当時である昭和三八年四月二七日と同月三〇日(二八日は日曜、二九日は祭日)の勿来市金庫から収入役宛の日計収支報告書において、前日の残高と翌日の繰越残高とは本来一致すべきであるのに、金一〇、〇〇〇、〇〇〇円の差異があること、右二通の収支報告書には古川二郎の検閲印が押捺されていないことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はなく、右事実によると古川二郎は収支報告書を十分検閲も、後閲もしていないことがあつたことが窺われる。
しかして、右記載のごとき各注意義務の懈怠が被告小野の公金横領の発生原因となつていること、即ち右のような懈怠があつたが故に被告小野は本件横領行為を容易になしえたものであろうことは容易に推認しうるところである。
そうだとすると、古川二郎は被告小野の横領による公金亡失につき、原告に対し旧地方自治法第二四四条の二第一項によりその損害を賠償すべき責任があるというべきである。
(四) 次に被告古川の主張について順次判断する。
被告古川の一の主張については、本件は前記のとおり旧地方自治法第二四四条の二を適用すべき事案であるのに、被告古川の主張は改正後の地方自治法の条文を根拠とするものであつて、賠償命令を出さなければ出訴しえないものと解することとはとうていできないのであつて、被告古川の右主張は採用しえない。
被告古川の主張二、五、について判断するに、
前掲争いのない事実に成立に争いのない乙第一、第一二号証と被告小野、被承継人古川各本人尋問の結果を総合すると、被告小野は出納員から、後に収入役職務代理者ともなつたが、収入役職務代理者としての権限の行使はしていないし、また古川二郎が公務等で一時的に不在になる際などには、被告小野に事実上収入役の職務をつかさどらせており、市長もこれを了承または黙認していたことが窺えないでもないが、収入役は会計事務については職務上執行機関の指揮監督を受けないものでありその事務処理はすべて収入役であつた古川二郎の名と責任において、かつ収入役の職印を使用してなされていたものであることが認められ、被告小野、被承継人古川の各本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しえないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて、被告小野の不正行為についての監督責任が直接市長助役等にあることを前提とする被告古川の過失相殺の主張は採用しえない。
被告古川の三の主張について判断するに、
免責に関する被告主張の所論は何ら法的根拠がなく、右は独自の見解であつて採用しえない。
被告古川の四の主張について判断するに、
旧地方自治法第二四四条の二の出納職員等の賠償責任は現金又は物品を亡失又はき損した場合において、その結果を招来した出納職員に、すみやかに賠償命令を出して発生した損害を填補させ、もつて地方公共団体の損害の補てんを計るにあつて、その性質は、私法上の金銭賠償債務で民法八九六条但書の一身専属の債務ではないので被告古川の右主張は採用しない。
してみると、被告小野、古川二郎両名の賠償債務は、被告小野の故意の公金横領行為による賠償責任と、古川二郎の過失による賠償責任とが競合し、しかも同一の損害に対する賠償債務であるから、共同不法行為に準じ、不真正連帯債務と解すべきである。
(五) 被告小野の弁済の抗弁及び原告の相殺について判断する。
被告小野が本件不正行為発覚前に金一、五八六、〇六四円を、発覚後に金二一七、七四八円を勿来市に賠償したことは原告の自認するところであるが、被告小野が右金額を超えて合計金四、二〇〇、〇〇〇円を弁済したとの点については、右主張に副う被告小野本人尋問の結果および成立に争のない乙第二五号証の記載は措信できないし他に右主張を認めるに足る適確な証拠はないので被告小野の抗弁は採用しない。
また古川二郎の退職手当金債権および夏季手当金債権と対等額において相殺する旨の原告の意思表示は後記のとおり無効であるから、被告小野、古川二郎両名は、結局前記金四一、二六二、七三六円から右被告小野の弁済を原告において自認する金額金一、八〇三、八一二円を差し引いた金三九、四五八、九二四円およびこれに対する遅滞後であることの明らかな昭和四〇年三月二八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
(六) しかして、古川二郎が昭和四三年一二月二日死亡し、原告主張の如き経過で被告古川クラが古川二郎の権利義務一切を相続により承継したことは、被告古川クラの自認するところであるので、被告古川は古川二郎の右債務を相続により承継したというべきである。
三 昭和四一年(ワ)第二〇七号事件について
請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
しかして原告が古川二郎に対して前記損害賠償債権を有することは前記認定のとおりである。
そこで、本件の如き場合に原告が右損害賠償債権を自働債権として、原告が古川二郎に支払うべき退職金等債務を受働債権として相殺が許されるか否かにつき判断する。
原告は収入役について労働基準法第二四条第一項が適用されない理由として、地方公務員法第五八条第三項と同法第四条第二項を根拠として特別職である収入役には労働基準法の適用はない旨主張するけれども、原告が相殺の意思表示をした昭和三八年一一月三日、同四〇年三月一二日当時、地方公務員法第五八条第二項には労働基準法第二四条第一項の規定は、適用除外からはずされていた(その後、昭和四〇年五月一八日法律第七一号により労働基準法第二四条第一項地方公務員法第五八条第三項に追加され、同時に、同法第二五条第二項に労働基準法第二四条第一項と同旨の規定が追加された)ので、結局相殺が許されるかどうかは条例にそれを認める条項があれば(本件についてはそのような条項の存する証拠はない)それによるが、右条項がない場合は特別職たる収入役の退職手当金、夏季手当金について労働基準法第二四条第一項が適用ないし準用されるか否かにかゝり、収入役が労働基準法第八条、第九条による労働者といいうるか否か、収入役の退職手当金、夏季手当金が同法第一一条にいう賃金といいうるか否かにより定まるものと解すべきところ、収入役は地方自治法第一六八条第七項により準用される第一六二条、第一六三条、第一六四条、第一四一条、第一四二条等により特別の地位を有するものであり、かつその職務については、性質上独立性が保障されてはいるが、市町村との関係では使用従属の関係に立つ者というべきである。しかして原本の存在および成立に争いのない甲第一五号証(勿来市市長、助役、収入役の諸給与支給条例)によると右条例には「地方自治法第二〇四条の規定により市長、助役、収入役に対しては、この条例の定めるところにより給料及び旅費等を支給する」(第一条)旨ならびに収入役の昭和三八年一月一日以降の給料は月額金六万円(第二条)であり他に一般職に属する市の職員の例により扶養手当、寒冷地手当、期末手当等を支給する(第三条)旨の規定が存することが認められ、右事実と被承継人古川本人尋問の結果によると、勿来市収入役は常勤でかつ一般職の職員に準じた給料、手当の支給を受けているのであるから勿来市収入役は労働基準法第八条第一六号、第九条にいう労働者に該当するものというべきである。
また夏季手当が労働基準法第一一条の労働の対償として支払われるものであることは論をまたないし、原本の存在および成立に争いのない甲第一七号証(勿来市職員退職手当支給条例)によると、収入役の退職手当については勤務成績等による自由裁量の余地は認められず、退職の日における給料月額と在職月数により機械的に算出される額を支給すべき旨定められているのであるから、これによる退職手当は過去の勤務に対する対価として支払われる給料の後払い的性格の面を有し、労働基準法第一一条の賃金に該当するものというべきである。
従つて、右夏季手当金、退職手当金については同法第二四条第一項により古川二郎に対し全額直接払をすべきであるから、原告いわき市は本訴の反対債権をもつて相殺することは許されない(最判昭三六年五月三一日民集一五巻五号一四八二頁参照)ものというべきである。従つて、原告の本件相殺の各意思表示は無効である。
しかして、古川二郎が昭和四三年一二月二日死亡し、同人の権利義務一切を被告古川クラが相続したことは、原告と被告古川との間で争いがないので原告は被告古川に対し前記退職手当金および夏季手当金合計金二、六八八、〇〇〇円およびこれに対する各弁済期の後である昭和三八年八月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
四 結論
よつて、原告の被告両名に対する請求は主文第一項掲記の限度でこれを正当として認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、被告古川の原告に対する請求はすべてこれを認容することとし、なお、原告、被告古川の各仮執行宣言の申立については、いずれもその必要がないものと認め、これを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項但書を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 宇佐美初男 吉川清 龍岡資晃)
別表一、二<省略>