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福島地方裁判所いわき支部 昭和47年(ヨ)8号 決定 1972年3月31日

債権者 藤村房太郎

右訴訟代理人弁護士 山野辺政豪

債務者 石倉清一

右訴訟代理人弁護士 石黒良雄

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一、申請の趣旨および理由

「債務者は、いわき市平字梅香町一〇七番一の土地一九八平方メートル上に建築計画中の鉄骨三階建建物につき、東端から九メートルまでは地上六・六メートル以上の、その余の部分は地上三・六メートル以上の建築工事をしてはならない。」との裁判を求め、その理由として、

一、債権者はいわき市平字梅香町一〇八番の二宅地二三一・四平方メートル上に木造レヂノ鉄板葺二階建一階七五・三五平方メートル、二階二六・四九平方メートルの建物を所有し、同所に居住しているが、南隣で左官業を営む債務者が現存の家屋(木造杉皮葺二階建居宅一階約一五〇平方メートル、二階約四五平方メートル)を取り毀し、その跡に鉄骨三階建建物(一階九八・六四、二階九五・四〇、三階八八・九二各平方メートルで建物の高さは地上九・六メートル。以下本件建物という)を建築すべく準備中である。

二、本件建物が完成すると、債権者の住居は一階西側八畳間と二階西側四畳半のうち一室が約一時間、他の一室が約三時間位の日照があるに過ぎなくなり、さらに、本件土地の南方に目下改築中のいわき市立平第二小学校の鉄筋四階建が完成すると、債権者方一階西側八畳間も日が当らなくなり、債権者方の冬至頃の日照は、二階西側一室だけが午後一時間位だけ日が当るに過ぎなくなり、債権者の住居の日照を著しく遮るようになる。

三、債務者は左官業を営んでいる者であり、本件建物を左官業の事務所、従業員宿舎、債務者居宅用に使用すると称しているが、本件土地付近はいわき市平の住宅地域で付近には右いわき市立平第二小学校の外公的建物または事業所は存在しないところであるから、この場所に前記の目的をもった本件建物を建築することは不当である。のみならず、債務者は妻名義でいわき市平字北目町に木造スレート葺二階建共同住宅一、二階各五二・八五平方メートルを所有して、債務者従業員をこれに宿泊せしめ、またいわき市平幕の内字広畑に宅地二〇八・四八平方メートルを所有しているので、債務者住宅または事業所をここに建築できるのに、殊更、本件土地上にある現存の建物を取り毀し、本件建物を新築するのは、債権者の日照権を奪う違法行為というべく、本件建物の建築は債権者に対する違法な生活妨害として不法行為となり、或いは債権者の宅地建物に対する所有権の侵害となるから、債権者は右権利に基づき債務者に対し、本件建物のうち債権者の住居の日照を最少限度確保するに必要な範囲において、妨害予防又は排除請求の本訴を準備中であるが、本件建物が完成すると生活上回復できない損害を蒙ることになるので、これを避けるため本件仮処分を求める。

というのである。

第二、当裁判所の認めた事実

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を一応認めることができる。

一、債権者はいわき市平字梅香町一〇八番の二に宅地二三一・四平方メートルを所有し、同所に昭和四一年一一月末頃、木造レヂノ鉄板葺二階建居宅面積一階七五・三五平方メートル、二階二六・四九平方メートルを建築して、妻貞子、長男浩(高校三年生)及び母輝(当七九歳)と共に居住し、現在東洋大学四年在学中の長女も卒業後帰平し同居の予定である。

二、債権者の住居は南向きの建物で、間取りは一階東側から玄関、母の居室である四畳半、その北側に便所、風呂場、右四畳半の西側(一階中央)に八畳の洋間、その北側に炊事場、その西側に八畳の和室(寝室)、和室の南側に板張りのサンルームがあり、二階は二室あって東側の四畳半の洋間は長男の勉強部屋、西側は長女の居間となっている。

三、債権者の住居の日照状況をみるに、債権者の宅地の南側、正確にはやや南西に隣接する宅地(公簿上は畑)一九八平方メートル上に、債務者所有の木造杉皮葺二階建居宅面積一階約一五〇平方メートル、二階約四五平方メートルがあり、更に右建物の西南方にいわき市立平第二小学校の鉄筋コンクリート四階建校舎があるため、債権者の住居の一部はこれら建物の日陰となることもあるが、それでも冬至の頃において、一階東側四畳半は日の出から午前一〇時頃まで日照を受け、その後は債務者方家屋の陰になるため日が当らなくなり、一階八畳の洋間は午前中債務者方家屋の日陰になるが、正午頃から日が当り始めて午後三時頃まで日照があり、その後は前記小学校校舎の陰になるため日が当らなくなり、西側サンルームは洋間同様午前一一時頃から午後三時頃まで日照があり、また二階の二室は共に終日日照がある。

四、ところで、債務者は前記家屋を取り毀し、その跡に本件建物の建築を計画しているが、別紙断面図および日照線図の如く、本件建物は債権者の住居の真南に、しかも債権者の所有地との境界線から僅か〇・五メートルの距離を置いただけで、ほぼ東西に一三・七メートルの長さに建築される高さ九・六メートル、幅七・二メートル、各階の面積合計二八二・九六平方メートルの鉄骨三階建のもので、その西端は債権者の住居の洋間西端の位置にほぼ相当し、債権者の住居の南側と右境界線との距離は約二・九メートルであるから、本件建物は債権者の住居から僅か約三・四メートル離れるにすぎず、また本件建物の債権者の住居に面する北側は一階から三階まで垂直な壁になっている。

五、そこで、本件建物が完成すると、債権者の住居の日照状況は、冬至の頃において、一階東側四畳半の和室と二階東側の長男の勉強部屋が終日本件建物の日陰となり、一階西側のサンルームは午前中本件建物の日陰になり、正午頃から漸く日が当るようになるが、午後三時頃になると前記小学校校舎の陰になるため日照はなくなり、また一階八畳の洋間と二階西側の居間は漸く午後二時頃から日照を受けるが、右サンルーム同様午後三時頃になると日が当らなくなり、加えて、現在前記小学校では校舎増築工事を進めているが、これが完成し、鉄筋コンクリート四階建校舎が東側に延びることになると、債権者の住居の一階八畳の洋間は終日完全に日照を遮断され、一階の西側サンルームと二階西側の居間も午後僅かに一、二時間の日照を受け得る程度にすぎなくなることが予想され、これら日照状況が、一年のうち最も日照条件の悪い冬至の頃におけるものであることを考慮しても、本件建物の建築により債権者の住居の生活環境は劣悪化し、債権者とその家族にかなりの精神的苦痛を与えることは明らかである(別紙断面図および日照線参照)。

六、一方、債権者の住居周辺の土地の利用状態について見ると、債権者の住居は国鉄常磐線平駅から北方約五〇〇メートルに位置し、前記のとおりその西南側にはいわき市立平第二小学校が存在し、現在その鉄筋コンクリート四階建校舎は東側に増築工事中であり、更にその西側一帯は平家建又は二階建の住宅街であり、また債権者の住居の北西側は殆んど一面の耕作地であるが、東側一帯は土地区画整理事業の施行に伴い急速に市街化が進んでいる地域で、まだかなりの空地もあるが、平家建または二階建の新築の住宅が随所に見られ、住居地域ないし商業地域として今後ますます発展することが予想される。なお、債権者の住居の付近一帯は昭和四七年四月以降遠からぬ時期に第二種住居専用地域に指定されるもののようである。

七、債務者は父清治の代から肩書住所地で左官業を営むもので、地元建設会社の下請として、主に鉄筋コンクリートビルディングなどの野丁場を受注しているが、受注高に応じ近郷や近県から必要数の職人等を集めてくるため、これら従業員及びその家族の宿泊施設を確保しておく必要があるところ、昭和四六年一一月頃から約五〇名の従業員及びその家族を抱え、その宿舎として、債務者の前記家屋のうち債務者の家族が使用する一室を除く全部の居室と、いわき市平字北目町一一七番地の一にある妻弘子名義の木造スレート葺二階建共同住宅(面積一、二階共に五二・八五平方メートル)を、すべてこれに充てているが、それでも手狭な状態で、そのため債務者は右二階建共同住宅に隣接する申請外伊藤忠一所有の平家建一棟を同人から借り上げ、これをも従業員宿舎にしている状況にあり、本件建物の建築は債務者のこのような窮迫状態を多少とも緩和するものであり、一階を主に従業員の詰所、食堂、事業関係の倉庫に充て、二階は従業員宿舎と債務者の子供部屋、三階は事務室、債務者夫婦及び両親の居間、寝室等に予定さたているが、これら間取りに格別の余裕があるとも見られないし、このほか債務者はいわき市平字幕の内に宅地二〇八・四八平方メートルを所有しているけれども、同所には倉庫及び作業所に限って建築することが許可されており、同所付近の住宅建築の状況に照らし、いかなる経緯のもとに右のような許可条件が付されたのかその理由は明確ではないが、ともかく同所に宿舎用建物を建築することは現在できない状況にあり、現に債務者が右許可条件を無視し、宿舎の建築を強行しようとしたところ、当局の差し止めにあって、建物は現在建築中途のまま野哂しの状態になっている。なお、本件土地上にある債務者所有の現存建物の一部につき、土地区画整理事業施行のため、施行者より昭和四七年三月二五日までに除却する旨通知され、債務者は、かなり老朽化している現存建物を取り毀し、本件建物を建築する必要に迫られている。

八、債務者の住居の二階の二部屋は、殊更に北側を空け南側に張り出すようにして、丁度一階東側四畳半と中央八畳の洋間の上辺りに建築されているが、この二階の建築の仕方が、債権者の住居の南側に僅か約三・四メートル隔てただけで建築される本件建物による日照遮断の影響を一層深刻なものにしていることは明らかで、債権者が南側隣接地の将来における土地利用を今少し慎重に考慮して、二階居室の位置を北側に設計していたならば、本件建物完成による日照の悪化を少くとも現状よりは多少とも防止し得た筈であると考えられるところ、債権者が昭和四一年頃自宅の建築に着工した際、債務者から将来現存家屋を取り毀し、その跡に建物建築の予定がある旨を伝えられたにも拘らず、債権者が住居の建築設計を検討し直す等の措置をとった形跡は全くない。

九、その他、本件建物の建築が、債務者の債権者に対する加害の意思に基づくものであるとか、建築基準法等の法令に違反するなどの事実はない。

第三、当裁判所の判断

一、人が健康で幸福な生活を享受するためには、太陽、水等の自然の恩恵にあずかることが不可欠である。自然公物、河川、用水、飲料水については、古来慣習、部落等の取り極めによりその利用がはかられ、慣習、部落等の取り極めに違反し、第三者の生活利益を阻害する事態が生じたり、具体的損害が発生すれば、これに法的保護(いわゆる水利権を基本とする損害賠償ないし妨害の停止、予防、排除等)を与えて来たことは当裁判所に顕著な事実であり、これは一つに、水が人の生命、身体、健康に直接かかわり合いをもつからである。太陽光線の享受(日照)については、水程の緊急性と、必要性が少なかったため、その権利性の確立は必ずしも明確でないが、日照は人の健康と幸福追求にきわめて重要なものであるから、これを侵害する積極的、消極的なものから生じた損害の回復につき、法的保護に値する被保護性を認めるべきである。もっとも、日照の享受と言っても、その土地、建物の位置、面積、構造、効用、隣接関係、先住関係、日照時間および相隣者間の互助協力精神等にそれぞれ異なるものがあるから、法的保護に値する被保護性があるかどうかは、具体的事案に応じて慎重に判断する必要がある。

二、これを本件につき検討するに、(1)本件建物が建築されると、これまで享受していた債権者の住居の日照が冬至の頃において、一、二階の西側に午後一、二時間受くるに過ぎなくなるが、春分以降秋分までの間は、夏至を最高にして相当量の日照があると思料されること、(2)債務者は本件土地に先代の頃より居住し、左官業を営んでいる者であるが、債権者が肩書住所に家を建てる際、将来債務者居住の現存の家屋を取り毀し新築する(何階建にするかはともかくとして)旨あらかじめ通知し、債権者が家を建てる際の判断材料を提供していたこと、(3)債権者の家の構造は、二階部分が普通の建築様式と異なり北側に張り出すように建築され、将来生じるであろう日照問題につき自から種をまいたと思料されること、(4)債務者の本件建物新築には法令違反の点もなく、場所的にも、またその必要性においても相当と認むべく、いわんや債権者の日照を殊更害する意図をもってなされたものでないこと等を考慮すると、本件建築による日照の減少をもって保護するに足りる被保護性があるということはできない。してみると、違法な生活妨害として不法行為に基づくところの差止請求権、また債権者の土地建物所有権の侵害による物上請求権によるところの本件建物の一部建築禁止を求める本件仮処分申請は結局被保全権利の疎明がないことに帰し、また疎明に代る保証を立てさせることも相当ではないので、これを却下することとし、決定費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宇佐美初男 裁判官 吉川清 白井博文)

<以下省略>

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