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福島地方裁判所会津若松支部 昭和34年(わ)115号 判決 1960年4月28日

被告人 室井善吉 外二名

主文

被告人渡部武男を罰金五千円に、

被告人阿久津庵を罰金参千円に各処する。

被告人等に於て右罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

公職選挙法第二百五十二条第一項所定の選挙権及び被選挙権の停止期間を被告人渡部武男に対し弐年、被告人阿久津庵に対し壱年に各短縮する。

訴訟費用中、証人渡部武男に支給した分(昭和三十五年二月十日出頭分)は被告人阿久津庵の負担とし、証人渡部信也、同福田英世、同五十嵐吉蔵、同渡部勝美、同阿久津泰男、同福田庸治、同星甲三、同渡部ラク、同阿久津キヨ子、同阿久津庵(昭和三十四年十月十五日、同三十五年一月十九日、同年二月十日出頭の分)に支給した分は被告人渡部武男の負担とする。

被告人室井善吉は無罪。

被告人阿久津庵に対する公訴事実中「被告人は昭和三十四年四月七日夜福島県南会津郡田島町大字糸沢荒海小学校糸沢分校に於て室井善吉から右候補のため投票取纒め方の依頼を受け、その資金及び報酬として提供される情を知りながら現金千円の供与を受けたものである」との点は無罪。

理由

(事実)

被告人渡部武男同阿久津庵は昭和三十四年四月二十三日施行の福島県議会議員選挙に際し同県南会津郡選挙区から立候補した室井善吉の選挙運動者であるが、

第一、被告人渡部武男、同阿久津庵は室井善吉と順次共謀の上、昭和三十四年四月七日夜、福島県南会津郡田島町大字糸沢字居平荒海小学校糸沢分校宿直室に於て右選挙の選挙人である渡部信也外六名に対し右候補者のため投票及び投票取纒方の選挙運動を依頼しその報酬として一人当金百八円相当の酒食の饗応をなし

第二、被告人渡部武男は同年三月二十五日夜、肩書被告人居宅に於て右選挙の選挙人である阿久津泰蔵外八名に対し右候補者のため投票方依頼しその報酬として一人当金百十三円相当の酒食の饗応をなし

たものである。

(証拠)(略)

(法令の適用)

法に照するに判示各所為は、公職選挙法第二百二十一条第一項第一号罰金等臨時措置法第二条(判示第二につき刑法第六十条適用)に該当するが所定刑中いずれも罰金刑を選択し、被告人阿久津に対しては所定罰金額の範囲内で被告人渡部に対する関係では以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十八条第二項により合算額の範囲内で被告人渡部武男を罰金五千円に、被告人阿久津庵を罰金参千円に処し、刑法第十八条を適用し被告人等において右罰金を完納することができないときは、金弐百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置することとし、公職選挙法第二百五十二条第三項に則り、選挙権及び被選挙権の停止期間を被告人渡部武男に対し弐年、被告人阿久津に対し壱年に各短縮することとし訴訟費用につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により主文第四項掲記の通り負担させることとする。

(無罪の判断)

(一)被告人室井善吉に対する公訴事実即ち「被告人室井善吉は、昭和三十四年四月七日頃夜、福島県南会津郡田島町大字糸沢荒海小学校糸沢分校に於て自己に当選を得しめる目的を以て阿久津庵に投票取纒方依頼をなしその資金及び報酬として現金千円を供与した」との事実竝びに(二)被告人阿久津庵に対する公訴事実中「被告人阿久津庵は昭和三十四年四月七日夜福島県南会津郡田島町大字糸沢荒海小学校糸沢分校に於て室井善吉から右候補のため投票取纒方の依頼を受けその報酬として提供される事情を知り乍ら現金千円の供与を受けたものである」との点について考察してみるに、

被告人室井善吉の関係では

一、証人阿久津庵の供述(昭和三十四年十月十五日、同三十五年二月十日における)

一、阿久津庵の検察官に対する供述調書謄本

一、証人渡部武男の供述(昭和三十四年十月十五日における)

一、室井善吉の検察官に対する供述調書(昭和三十四年五月二九日附)

一、被告人室井善吉の供述

一、被告人渡部武男の供述

被告人阿久津庵の関係では

一、証人渡部武男の供述(昭和三十五年二月十日公判期日における)

一、証人室井善吉の供述(昭和三十五年二月十日公判期日における)

一、阿久津庵の司法警察員に対する供述調書

一、阿久津庵の検察官に対する供述調書

一、被告人阿久津庵の供述

を夫々仔細に検討してみると一、前示福島県議会議員選挙に於て被告人室井は候補者であり、他の両被告人はいずれも室井候補者のための選挙運動者であり、(五十嵐吉蔵の検察官に対する供述調書、渡部信也の検察官に対する供述調書に徴すれば阿久津庵も室井を積極的に支持する言動があつた事実が認められる。)二、昭和三十四年四月七日夜荒海小学校糸沢分校に於て室井善吉は阿久津庵に対し、宿直室に残つた人達に菓子でも買つてやつてくれといい、千円札を同人に交付した。これは当時宿直室に残つていた者に対して饗応してやつてくれという趣旨であり、更に右趣旨を体して阿久津庵は渡部武男に右千円札を手交して刻限も遅くなつたから一杯やろうといつている。又、渡部武男は右千円札が室井善吉の手中から出たものであることは阿久津庵から聞き知つているという事実が認められ、以上の事実を綜合すると、室井善吉は自己の当選を得る目的で糸沢分校宿直室に残つている人達に饗応する目的で千円札を阿久津庵に手交し、阿久津庵は右千円を室井善吉から渡された事情を明かにして渡部武男に、前段の趣旨で手交したものであり、これを受取つた渡部武男は酒肴を購入して右宿直室に残つた人達に饗応したのである。もとより室井善吉の当初の意思としては菓子を御馳走するために千円を出損したのであるが、現実には酒肴が渡部武男の手で購入され、この点で一部のくいちがいはある。しかし窮極的には宿直室に残つた人達に饗応するという点では室井善吉、阿久津庵、渡部武男等の意思に何等間然するところはない。このことと、室井善吉、阿久津庵、渡部武男の間の前記一、掲記のような関係(とりわけ渡部武男は、室井善吉の選挙事務所と密接な連絡をとつていた事実がある)を考え合わせると、その間直接の共謀はなくとも室井善吉と阿久津庵との間、阿久津庵と渡部武男との間各共謀関係が存し、結局阿久津庵を介して室井善吉、渡部武男間にも具体的な意思の連絡が認められ、三名は順次通謀して判示第一掲記の所為に及んだと認めるのが相当であり且又事案の真相にも合致するものである。又右千円の金員が阿久津庵及び渡部武男に対しその選挙人たる地位に於ける投票の報酬又は投票取纒のための請負資金たる性質をもつかどうかの点について更に考察するに、阿久津庵の司法警察員に対する供述調書(昭和三十四年四月二十五日附)、同人の検察官に対する供述調書(昭和三十四年五月十七日附)室井善吉の検察官に対する供述調書(昭和三十四年五月二十九日附)の各一部分は右に副うかの如き趣旨の供述記載を含むけれ共、右部分は前段の認定に照して、これを措信することができない。(尤も、右饗応の際、阿久津庵、渡部武男も飲食をした事実があるが、これは阿久津、渡部等が自ら饗応を受けるものとして飲食したのではなく、前示認定の通り室井、渡部、阿久津が共謀して渡部信也外六名を饗応するに際し渡部信也等を饗応するための行為の一過程として自らも飲食したに過ぎないものと解すべきである)凡そ、選挙人に対する饗応買収を共謀した数名がその間に於て金員の授受をするとしても、そのことじたいは、数名一体となつて饗応の所為に出るための準備的一段階に過ぎず、かかる共謀者間に於て饗応費用を交付しても、それじたいが右共謀による饗応罪の他に、別個の犯罪を構成するものとはいえない。今、本件についてこれを見るに被告人室井が同阿久津に対し金千円を交付した趣旨は前段認定の通りであり、且、投票買収請負の対価たる性質をもつものでもない。又、選挙人としての阿久津に対し投票の報酬たる意味をもつものでもない。果して然らば被告人室井の千円供与及び被告人阿久津の千円受供与の起訴事実は何等犯罪を構成するものではない。従て前記(一)(二)の事実については刑事訴訟法第三百三十六条前段に則り主文に於て無罪の言渡をすることとする。

以上の理由により主文の通り判決する。

(裁判官 宮脇辰雄)

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