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福島地方裁判所会津若松支部 昭和34年(わ)302号 判決 1960年2月04日

被告人 佐瀬剛

昭八・五・二六生 役場臨時雇

主文

被告人を禁錮八月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、普通自動車の運転免許をもち、日ごろ実兄佐瀬平八郎所有の小型貨物自動車福島四す六七二八号の運転に従事していたものであるが、

第一、昭和三十四年十二月十八日午後六時ころから同午後八時ころまでの間福島県大沼郡会津高田町字高田甲二千八百二十一番地料理店梅林における役場職員との会合において、清酒約五合くらいを飲み、相当に酩酊したが、自動車運転者たるものは、飲酒のうえこれが操縦をなすときは、おうおうにして不測の重大事故を発生するおそれがあるからして、事故の発生を未然に防止するには、自ら正常な運転ができるまで自動車の無謀操縦を避止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然差しつかえないものと軽信して右料理店付近から前示自動車を運転して肩書本籍地の自宅に向う途中、同日午後八時五十分ころ、時速約四十粁以上の速度で同町字御林畑地内県道にさしかかつたさい、片手で車内の前面窓ガラスのくもりをふきながら、無謀にも他の片手で運転を継続したため、同字甲四千四百三十五番地佐藤真方付近の県道上において手もとがくるい、ハンドルが左方に回転し、自動車を道路左端に寄せすぎた過失により、進路上に一台の自転車および長嶺伊三郎(当七十年)の姿をその直前に発見し、あわててハンドルを右に切つたがおよばず、自己の運転する自動車左前部を右自転車もろとも同人に衝突させて、同人を付近の道路側溝に転落させ、よつて同人に対し前額部切傷、頭頂部切傷、顔面擦過傷、左下腿骨折を生ぜしめ、これがため同日午後十一時三十分会津若松市栄町八百六十六番地福島県立会津若松綜合病院において同人を大脳および小脳皮質内出血および硬脳膜内外出血ならびに脳挫滅により死亡するにいたらせ、

第二、同日午後八時五十分ころ、右事故場所において前示自動車を運転進行中前記第一にかかげる事故をおこしたのに、そのまま運転を継続し、所轄警察署職員に届け出てその指示をうける等法令に定められた必要な措置を講じなかつた。

ものである。

(証拠)(略)

三、なお、被告人は、本件事故に関し、所定の届出をして必要の措置を講じなかつた点について、「自分は被害者の姿をみませんでしたから、その人に衝突させ、そのためその人が死亡したことはわかりません。自分はその事故の発生したことがわからなかつたので警察官に届け出なかつたのです、」と述べているから、当時被告人が、はたして被害者たる長嶺伊三郎に対し本件の事故を発生させたことを知らなかつたものかどうかについて証拠を検討してみるに、

(1)、司法警察員巡査部長猪狩巍作成の実況見分調書によると、現場附近は、平たんで、直線のアスフアルト道路であり、その幅員もゆうに八・二米あり、運転上視界をさまたげるような障碍物は何ひとつなく、また付近の電柱(被害者のいたところから約七米の位置)には電灯がつけられていて、比較的明るい場所であること。

(2)、司法警察員警部補渡部富男作成の実況見分調書(写真十八葉てん付のもの)と被告人の当公判廷における供述によると、本件事故自動車は、二二〇型五八年式ダツトサンで比較的新品であり、その前照灯にも故障はなく、夜間における照明は前方約五十米ぐらいまでが、十分見とおすことが可能であること。

(3)、被告人の当公判廷における供述によると、本件の事故発生前とおもわれるころ、自ら車内の前面窓ガラスをふきとつて、そのくもりをとりのぞいたのであるから、当時前方の透視に支障がなかつたと認められること。

(4)、佐藤真、萩野平作、萩野文代、星野勢津男の司法警察員に対する各供述調書によると、判示事故発生の時間に、「ガタン」という「ものすごい」音を発して、その直後ほろをつけた貨物自動車が永井野方面にしつ走していつたのであつて、その音響は、約三十米はなれた人家の屋内においてすら聞くことができたこと。

(5)、被告人の当公判廷における供述によると、自分も右の「ガタン」という物音をきいていること。なお目の前に自転車のあることにも気がついた旨を述べていること。

(6)、被告人の司法警察員に対する昭和三十四年十二月二十日付供述調書によると、急にパツト明るくなつたと思つたら自動車の左脇に接近してどんな格好になつていたか記憶ありませんが自転車があつたのであります。そこで私は急にハンドルを右に切つてそのまま走つたのでありますが、その自転車の前か後の方であつたか記憶にありませんが、人の姿も見えたのであります旨述べられていること。

(7)、被告人の検察官に対する供述調書によると、その自転車と人の姿はほんの瞬間的に見たのですが、私はハツとしてハンドルを右に切つた時何かガツンというぶつかる音がしましたので、私はそこを通りすぎてから自転車が人にぶつかつたなあと思いました旨述べられていること。

以上(1)ないし(7)の各認定事実又は証拠にもとづけば、当時被告人が本件被害者に全く、気づかず、これに対して事故を発生させたことを知らなかつたということは、とうてい是認せられないところであつて、被告人においては、右について十分に認識していたものといわねばならない。

(適条)

被告人の各所為中、判示第一の点は刑法第二百十一条前段、罰金等臨時措置法第二条第一項、第三条第一項に、判示第二の点について事故の内容等を所轄警察署の警察官に報告すべきことを命じた政令は、もとより憲法の条障に違反するものとは、とうてい認められないから、右は、道路交通取締法第二十四条第一項、第二十八条第一号、同法施行令第六十七条、罰金等臨時措置法第二条にそれぞれ該当し、所定刑中前者については、禁錮刑を、後者については懲役刑を選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条本文、第十条により第四十七条但書の制限内において重い業務上過失致死罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を禁錮八月に処すべきである。しこうして、本件は、世人の最もいみきらうところの俗にひき逃げ事件といわれるものであつて、たとえ被害者の遺族との間に示談が成立したからといつて、たやすく看過すべきものではない。ことに被告人は飲酒酩酊のうえ、片手運転をしそのため被害者をはねとばしてそのご二時間余にしてこれを死亡させるという重大事故を発生させながら、ひたすら自己の責任をのがれんがため、そのばを逃走して何らその間に救護の処置を講じなかつたものであり、その法秩序を無視した態度はとうてい許すべきものではない。しかも、そのご当公判廷においてその業務上過失致死の点についていちおうの悔悟をしているもののようではあるけれども、そのいわゆるひき逃げの点については、終始その責任を回避するがごときあいまいな供述をしているのであつて、いまだ必ずしも全面的に自己の非行を悔心しているものともおもわれないのである。以上の諸点をかれこれ考察して被告人に対し禁錮八月の実刑に処するのをもつとも至当と考える次第である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 向井哲次郎)

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