福島地方裁判所平支部 事件番号不詳 判決
主文
被告人を懲役一五年に処する。
未決勾留日数中三百日を右本刑に算入する。
押収の青酸加里二瓶(証第十九号)は之を没収する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
被告人は当時日立電線工場倉庫係として勤務していた者であるが、同工場に事務員として勤務中の大部栄(当二四年)とは予て眤懇の間柄であり亦同職場の関係上昭和二十三年七月頃より遂に情交関係を結ぶに至りその結果同女は姙娠し世間態を恥じ茨城県東茨城郡酒門村大字若宮の実母の許に帰省したのであるが、被告人は同女の姙娠を聞知するや会社に於ける自己の立場に鑑み之が処置に苦慮した結果遂に同女を堕胎させてやる旨詐言を弄して誘い出し青酸加里を服用させて殺害の上同女が自殺した如く装つて犯跡を隠蔽しようと決意し、昭和二十三年十一月八日午前十一時頃前記実母方に同女を訪れて同月十日午後四時半頃の水戸発常磐線下り列車にて福島県平市に到り、同県石城郡小名浜町の親戚の医師の許にて堕胎させてやる旨虚言を申向けて同女を信ぜしめ、よつて同月十日右列車にて被告人は栄を平市に誘い出し同夜共に駅附近の旅館に宿泊し、翌十一日磐越東線夏井駅方面に到り紅葉を見物し乍ら同女を殺害する機会を窺つていたがその目的を果さず同日は一旦平市に帰着し再び駅附近の旅館に宿泊し、翌十一月十二日午前八時半頃の平駅発磐越東線列車にて川前駅に下車し同駅附近の店からサイダー一本を買求め同女を連れ立つて江田駅方面に向け県道を東進し、同日正午前記両駅の略々中間に当る石城郡小川村大字上小川字牛小川地内の県道北側にあるコンクリート製水門上にて休憩し昼食後被告人は予て購入保管中の青酸加里二瓶(証第十九号)より取出して鞄に用意して置いた青酸加里入ゲリゾンの小瓶一個を同女に示し「この薬は堕胎によい薬だこれは親類の小名浜の医者より貰つた堕胎薬でこれを飲めば胎児は段々小さくなつてきて病院に行つた際処置し易い」と虚言を申向け同女をして真実に堕胎薬なりと誤信せしめ、右小瓶より大豆大の青酸加里一塊を紙片に取出して同女に服用させよつて間も無く同所附近の四十八番地国有林野内に於て右青酸加里中毒により同女を死亡するに致らしめ以て殺害の目的を遂げたものである。証拠を按ずるに右認定の事実中被害者の死因について、
一、国家警察福島県本部刑事部鑑識課鑑定人伊藤佐、同佐藤好武の昭和二十三年十二月十七日付被害者より採取の胃内容物の鑑定書、
一、検察官事務取扱検察事務官阿部保、検察事務官矢吹信一の検証調書中、死体の模様についての記載、
一、当公廷に於 る証人阿部保、同松尾正平の各証言、
を綜合してその余の事実は、
一、司法警察官の昭和二十三年十二月十五日付被告人に対する被疑者訊問調書並に検事の同年十二月二十二日付被告人に対する聴取書中判示事実に照応する部分の各供述記載、
一、鑑定人安斎徹の被害者に対する鑑定書中被害者が姙娠五月であつた旨の記載、
一、司法警察官の昭和二十三年十二月二十日付萩野幸夫に対する聴取書中同人が昭和二十三年十二月十一日被告人より青酸加里五百瓦入り瓶二本を預り保管した顛末の供述記載、
一、司法警察官の大貴直俊に対する聴取書、
一、証人大部ナヲの当公廷の証言、
一、検察官事務取扱検察事務官阿部保、検察事務官矢吹信一の検証調書(添付図面並に写真六葉を含む)、
一、当審の検証調書、
一、青酸加里二瓶(証第十九号)、
一、発信者大部ナヲ名義の被害者に宛てた手紙一葉(証第二十号)、
一、被告人が母に宛てた手紙一葉(証第十四号の二)
を綜合して夫々認定出来るから判示事実の証明は十分である。法律に照らすに被告人の前示所為は刑法第百九十九条に該当するので所定刑中有期懲役刑を選択しその刑期内で被告人を懲役十五年に処し未決勾留日数中三百日は同法第二十一条により之を右本刑に算入し、押収物件中青酸加里二瓶(証第十九号)は本刑犯行に供したもので被告人以外の者に属さないから同法第十九条第一項第二号第二項本文により之を没収し、訴訟費用は刑事訴訟法施行法第二条、旧刑事訴訟法第二百三十七条により被告人に之を負担させる。
よつて主文の通り判決する。(昭和二五年一〇月一八日福島地方裁判所平支部)