福島地方裁判所平支部 昭和31年(ワ)42号 判決 1958年3月06日
原告 荒井一夫 外二名
被告 呉羽化学工業株式会社
主文
原告等の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告等訴訟代理人は、被告が原告等に対し、昭和二十五年二月六日為した解雇は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、
一 原告等は予て福島県石城郡錦町所在の被告会社錦工場に勤務する労働者であつて、呉羽化学工業株式会社錦工場労働組合の組合員であつた。
二 然るところ、被告は昭和二十五年二月六日原告等に対し、原告等が所謂平事件に関係し、家屋侵入及び騒擾の罪により福島地方裁判所に起訴され、しかも、その後の言動に於て些も改悛の情なく従業員としてまことに不都合と云うべきであるとして、就業規則第五十一条第十三号により懲戒解雇した。
三 然しながら、右解雇は次の如き理由によつて無効である。
(一) 就業規則第五十一条第十三号に該当しないから無効である。
右就業規則第五十一条は被告会社の従業員が懲戒される場合を列挙し、その第十二号は、刑法その他の法令に違反し刑罰を課せられたとき、と規定し、刑法その他の法令に違反して裁判を受けその確定の結果刑罰を課せられたとき懲戒になること、従つて、刑法その他の法令に違反して起訴され有罪判決があつてもそれが確定しない限り懲戒されないことを保障しているから前記起訴されたことは、右第十三号の、前各号の外不都合の行為があつたとき、に該ると云うことが出来ないばかりでなく、平事件は民主的労働者をその職場から追放しようとして、労働者の平市警察署に対する正当な抗議運動を騒擾罪とした弾圧事件であつて、その第一審判決に於てもこの弾圧の点を含めて騒擾罪の成立を否定しているのであるから、原告等が右事件に関係しても、勿論右第十三号に該当すると云うことが出来なく、これによる懲戒解雇は無効である。
(二) 不当労働行為として無効である。
原告等は勤務上不都合な行為をしたことはない。被告は原告等が労働組合員として正当な組合活動を活溌にしたので、右の不都合な行為をしたとの口実のもとに解雇したものであるから解雇は無効である。
(三) 右解雇は原告等が共産党員若しくはその同調者であつたので為されたこと明白であるから無効である。
被告会社錦工場に勤務する労働者のうち、平事件に関係したものは原告等の外かなりあつたが、被告は、右関係者のうち、共産党を脱党し且つ同事件公判審理に於ける統一組から分離したものを改悛の情があるとして処分について懲戒解雇を避け、原告等に対してのみ懲戒解雇処分にした。右の事実は思想の変節如何によつて懲戒解雇か否かを左右したものであつて、憲法第十四条第一項の定める、国民が信条の如何により政治的、経済的又は社会的関係において差別されない、とした条項に反し無効である。
(四) 解雇権の濫用として無効である。
原告等は右の如く平事件について起訴されたが未だ有罪の確定判決を経ていないから、近代法の大原則により有罪の確定判決あるまで無罪の推定を受けるべきものであり、わけても、平事件は前述の如く弾圧事件であるから、これに参加したことを目して、不都合な行為、に該当すると称することは絶対に許さるべきでない。結局、被告は原告等が労働者としてその地位向上の為組合活動に活溌であつたので、原告等を排除する為平事件を口実として解雇権を濫用し、就業規則を名目上適用して懲戒解雇処分にしたものであるから無効である。
以上の理由により本件解雇は無効であつて、原告等は依然として被告会社の従業員であるから、右解雇の無効確認を求める為本訴に及ぶ次第であるが目下控訴中の平事件の第一審判決では原告荒井一夫同柳沢勲は無罪の判決を、原告国分秋男は騒擾罪につき無罪、建造物侵入罪で懲役三月執行猶予の判決を受けた。
と陳述し、
被告の主張事実中、
四 原告等が平事件で被告主張の別紙記載の事実で起訴されたこと、懲戒解雇につき、被告会社から右錦工場労働組合に協議の申出があつて同組合でこれを承諾したこと。原告等が被告からその主張の如く解雇予告手当及び離職票の交付を受け失業保険金を受領したことはこれを認めるがその余の事実並びに抗弁事実はこれを争う。被告主張の合意による雇傭の解約はその効力を生じなく、その理由は次に述べる通りである。
(一) 右協議の申出は、就業規則及び憲法に違反し解雇権の濫用である上不当労働行為である解雇手続の一環として為されたものであるから、民法第九十条によつて無効であり、従つて、右組合の協議承諾を以て原告等の前記解雇無効の主張を左右出来ないものと云わねばならない。
(二) 名目上解雇予告手当を受取つたことは相違ないが、その当時原告等は給料の支払を停止され、職場への出勤禁止を受け、他に収入を得る道がなく生活に窮したので、これを給料の一部として受領したものであつて、このことは支払を受ける際係員に右趣旨を明言しておいたものである。従つて、名目は解雇予告手当であるが、実質上は左様でなく、給料の一部であるから、該受領の事実を目して被告の解雇の意思表示に対し同意して退職したものと解することは出来ない。
(三) 離職票の交付を受けたのも、前記(二)の如き事情によるものであるから、右同様解雇について合意が成立したと解することは出来ない。
従つて、被告の合意による雇傭関係終了の主張は理由がない。
と述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その答弁として、
一 原告等主張事実中請求の原因一、二の事実並びに控訴中の平事件の第一審判決の結果が原告等主張の通りであることはこれを認めるが、その余はすべて争う。
二 懲戒解雇処分は正当である。
被告が原告等を懲戒解雇にしたのは、原告等が平事件に参加して起訴されたからではなく、原告等に右の公訴状に記載されたような別紙記載の行動があつたこととその後も反省の念の認められない行状があつて、これが就業規則に規定する、不都合な行為に該当すると認めたからであつて、原告等に対する平事件の審理の結果の有罪無罪の刑事上の評価にもとづいたものではなく、何等これとは関係のないものである。右懲戒解雇が正当であることは、原告等の所属する右呉羽化学工業錦工場労働組合で昭和二十五年一月三十日と翌三十一日組合大会を開いて原告等に対する被告会社の懲戒処分を承諾し、更に、工場協議会で同年二月三日被告会社側と懲戒解雇について協議した際これに異議を述べなかつたことによつても容易に窺知し得るところであつて、原告等の組合活動を排除する為平事件を口実として解雇したものではない。従つて、被告会社の原告等に対する解雇は不当労働行為でもなく、又解雇権の濫用でもない。
三 原告等は解雇無効を主張する請求権を抛棄したものである。
仮に右解雇が不当であり無効であるならば、原告等は当時直ちに労働委員会に不当労働行為として救済の申立をするか、裁判所に解雇無効確認の訴を提起し同時に従業員としての仮の地位を定める仮処分申請の手続をして救済を求めるべきであるに拘らず、斯る処置に出でず、解雇予告手当、失業保険金等を受領しているから解雇に対して異議を申立てて救済を求めることが出来ないことを自認し、解雇無効を主張する請求権を抛棄したものである。
四 原告等の行動が就業規則に規定する、不都合な行為に該当しないとしても、原告等は解雇を承諾したもの、即ち退職したものであるから、解雇の効力を争い得ないものである。
仮に原告等の行動が不都合な行為に該当しないとしても、原告等は当時被告から何等異議を止めないで解雇予告手当を受取り、その直後離職票の交付を受け、失業保険金を受領しているから解雇を承諾したもの、即ち被告の解雇の意思表示に対し雇傭関係を終了させることに同意し退職したものである。
五 原告等は本訴を提起して解雇の効力を争う権利を行使出来ない。右の各抗弁事実が理由ないとしても、右解雇後六年余を経過して本訴を提起することは、一応労資間に確立された法的秩序を攪乱するものであつて、法の保護の対象たりえないものである。
以上何れの点からするも原告等の本訴請求は理由がないから失当として棄却さるべきである。
と陳述した。(立証省略)
理由
一 請求原因並びに答弁事実中、
(一) 原告等が予て福島県石城郡錦町所在の被告会社錦工場に勤務する労働者であつて、呉羽化学工業株式会社錦工場労働組合の組合員であつたこと、
(二) 被告が昭和二十五年二月六日原告等に対し、原告等が所謂平事件に関係し、家屋侵入及び騒擾の罪で福島地方裁判所に起訴され、しかも、その後の言動に於て些も改悛の情なく、従業員としてまことに不都合と云うべきであるとして、就業規則第五十一条第十三号により懲戒解雇したこと、
(三) 平事件に於ける原告等の起訴事実は別紙記載の公訴事実であること、
(四) 懲戒解雇につき被告会社から錦工場労働組合の協議の申出があつて同組合でこれを承諾したこと、
(五) 原告等が解雇予告手当を受取り、離職票の交付を受け、失業保険金を受領したこと、
(六) 控訴中の平事件の第一審判決で原告荒井一夫、同柳沢勲が無罪の判決を、原告国分秋男が騒擾罪につき無罪、建造物侵入罪で懲役三月執行猶予の判決を受けたこと。
は何れも当事者間争がない。
二 そこで原告等主張の本件解雇無効の理由につき順次次の通り判断する。
(一) 本件解雇は就業規則第五十一条第十三号に違反するかどうかについて、
成立に争いない乙第二号証就業規則によると、同規則第五十一条は被告会社従業員が懲戒される場合を列挙し同条第十二号には、刑法その他の法令に違反し刑罰を課せられたとき、と規定しているから、その規定の通り違反して有罪の判決があつても、その確定前は同第十二号に該当しないことは勿論であるが同条第十三号には、前各号の外不都合の行為があつたとき、と規定し、不都合の行為の種類を限定していないから、右第十二号丈によつて直ちに有罪判決の確定前に限り懲戒しないことを保障したとは解せられないのみならず原告等が平事件に関係したので不都合であるとして懲戒解雇された旨の証人助川錦一、同桐生辰失、同米山律、同田子英夫の各証言並びに原告荒井一夫、同国分秋男各本人訊問の結果の一部は信用し難く、却つて当事者間に争いのない平事件の起訴の事実が別紙記載の通りであること、前示乙第二号成立に争いない乙第一号証第五号証証人牧山正彦の証言によりその成立を認めることが出来る乙第六号証証人牧山正彦、同田子英夫の各証言によりその成立を認めることが出来る同第十三号証及び証人中田義勝、同杉山英、同粟山求馬、同中野一、同太田重治、同朝倉重郎、同猪狩武雄、同牧山正彦、同木村公通の各証言並びに原告荒井一夫、同国分秋男各本人訊問の結果の一部を綜合すると、右錦工場労働組合は平市警察署の掲示板撤去命令に端を発して騒擾を為したとする昭和二十四年六月三十日起きた平事件の数日前頃右取消命令に対する示威運動に参加を求められたのでこれを拒否したが原告等三名の外同組合員約八名は右組合の不参加にも拘らずこれに参加したこと、同組合は同事件の数日後これに支援を要請されたので同事件に参加した原告荒井一夫に該事件の説明を求め同人から事件関係者が警察署の留置場を破壊し警察官を拘禁したり拳銃を奪取したりしたこと等の報告を受けた後、更に実地調査をした結果これに関知しないこととし支援に応じなかつたこと、その後原告等は別紙記載の様な事実で起訴の上勾留されたので、被告会社に於ては事件の関係者に対し懲戒処分の為右組合に対し協議を求め同組合執行委員会の承諾を得て関係者一同を出勤停止(但し賃金の支払はこれを停止しない)処分にしたこと、原告等は同二十四年十月頃保釈されたが、同事件に応援しない右組合に反抗的態度を示し、出勤停止中にも拘らず被告会社工場に出入するは勿論早期職場復帰を主張し、原告等に対する懲罰に関する組合の執行委員会が同二十五年一月二十六日開催されるや、その大勢が事件関係者に不利とみて、原告荒井一夫に於て同組合の機関紙である乙第五号証のフラスコ紙上に被告会社幹部と組合幹部とが結託している旨の虚構の記事を掲裁し、原告等三名に於て右フラスコを組合員に配布し、被告と組合との離間を計つたこと、その結果被告は原告等三名の言動が会社内の秩序を乱すとし前記就業規則第五十一条第十三号の前各号の外不都合の行為があつたとき、の不都合の行為に該当するものとして乙第一号証の労働協約第十九条により右組合に対し原告等三名の懲戒解雇につき協議を求め、同組合では同二十五年一月三十日とその翌三十一日組合大会を開催し被告の申出に応じて協議の上被告の申出を承諾したので原告等三名を懲戒解雇したことを認めることが出来るから、被告としては原告等三名の保釈出所後の前示言動を右第十三号の不都合な行為として懲戒解雇したものと云わなくてはならなく、原告等の就業規則に該当しない違法の解雇であるとの主張は何等理由がない。
(二) 次に不当労働行為に該当するかどうかについて、
不当労働行為とは使用者が労働組合法第七条所定の行為を為した場合を云うものであると解せられるところ、原告等三名が被告会社錦工場に属する労働組合の組合員であることは当事者間争いがなく、証人助川錦一、同田子英夫、同中野一の各証言並びに原告荒井一夫本人訊問の結果によると、原告等三名が同組合の活動に熱心であつたことを認めることが出来るが、原告等が組合活動を活溌にしたことを不都合な行為であるとして解雇した旨の主張に副う証人米山律の証言は信用し難く、他に原告等主張事実はこれを認めるに足る証拠がないばかりでなく、その解雇理由は右説示の通りであつて、しかも平事件は不当労働行為としての対象と何等関係がないと思われるから原告等の右主張は採用するに由ない。
(三) 共産党員若くはその同調者の職場追放を企図した共産党員への弾圧として憲法に違反するかどうかについて、
証人助川錦一、同米山律、同田子英夫の各証言及び原告荒井一夫、同国分秋男各本人訊問の結果の一部によると、平事件当時から前記解雇まで原告等が共産党員であつて被告から脱党を勧告されたがこれに応じなかつたこと、原告等三名が平事件審理に際して所謂統一組に属していたことは認められるが、共産党員丈を懲戒解雇した主張に副う原告荒井一夫、同国分秋男訊問の結果の一部は乙第五号証、証人杉山英、同粟山求馬、同中野一、同太田重治の各証言に比照して信用出来なく、他に原告等主張事実はこれを認容するに足る証拠がないから右主張は採用しない。
(四) 解雇権の濫用かどうかについて、
労働者の解雇につきその濫用の許されないことは勿論であるが原告等三名の解雇は、同人等が平事件に関係し、労働者としてその地位向上の為組合活動を活溌にした為ではなく、原告等の平事件の保釈出所後における言動が被告会社の秩序を乱したとし労働協約及び就業規則によつたものであること理由摘示の二ノ(一)記載の通りであるから、正当の理由のある解雇と云わなくてはならなく、解雇権の濫用であるとの主張は何等理由がない。
三 してみると、原告等の解雇無効の主張はすべて理由がない次第であるから、本件解雇の無効確認を求める本訴請求は爾余の点につき判断する迄もなく失当としてこれを棄却すべきである。
仍て、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文の通り判決した。
(裁判官 早坂弘)
(別紙)
原告等三名に対する平事件の起訴状の記載
原告等三名に対する公訴事実総論
一 福島県平市警察署長本田正治は昭和二十四年四月十三日平市大町十八番地長江久雄当二十三年申請に係る平市田町国鉄貨物取扱所前に七月二十日迄の期限を付して掲示板設置の為道路一時使用の許可を与えた処共産党石城地区委員が該掲示板に官憲の民衆に対する党弾圧其の他の文書図画等の掲示をなし一般民衆がこれを閲覧する為当時相当交通妨害の事実があつたので六月二十五日右長江久雄に対し右掲示板の存在することが交通妨害と云う理由のもとにその撤去方の公知をなした然るに同人は一旦許可になつたのであるから承知出来ないと云う事で同署長は改めて右許可の取消及六月二十七日午後五時迄撤去方の通告書を出した処書面は何者かによつて同署に投げ込まれ返戻されたそこで同署長は同地区委員会の幹部で朝鮮人連盟(以下朝連と略称す)役員である金明福を招致してその撤去方をうながした処同人は地区委員会としてはこれに応じがたいと思うが市署長の要求は機関にはかると云うて立去つた同署長は同月二十七日になつても委員会からは何の回答もなく撤去する様子も認められないので実力を以て撤去する考えで代執行令状を石城地区委員長鈴木光雄に交付しようとしたが拒否された同日午後三時頃右鈴木光雄及党石城地区委員鈴木磐夫両名は同署長に面会し掲示板の撤去を命ずることは共産党に対する弾圧であると指摘して退去した其の後間もなく地区委員等約五十名が同署に押しかけ署長の許可取消の撤回方を迫まりこの対談中同志の者は続いて同署前に集り気勢をあげ不穏の情勢となつた同署長としては同日隣接の内郷町矢郷炭礦の労働争議が悪化し労組と反共派の自由同志会が対立し一触即発の情勢にありこれが警備の為平地区、平市署、湯本町署等の署員が内署に待機して居た状況もあり平市署の危険を感じて同日午後四時半頃これが警備の為平地区署、湯本、内郷の各署より警備応援を求め平地区署に待機せしめた併し同署長としては掲示板撤去問題で右の群衆を必要以上に刺戟し事態を悪化させる事は得策でないことを考え同日右掲示板撤去の代執行を断念してこれを他に移転することの右地区委員会の要請を容れて一応右事態を収拾し右地区委員等は一旦交渉を打切り同日午後七時半頃全員退去した六月二十八日は地区委員会側は市内各所に警察を非難したビラを貼付し宣伝啓蒙に終始し他方矢郷炭礦労組及地区委員会朝鮮連盟等の百五十名は内郷署に押掛け警察は吾々の争議に手を出すなと牽制し又労組党員朝鮮連盟約四十名が派出所に押掛けて同様の事を云つて牽制し不穏の気勢を示したが事無きを得たそれで平市署長は翌二十九日午前九時頃前示鈴木光雄、金明福両名を招致して三十日午後四時迄右掲示板を撤去しなければ代執行する旨申し渡し両名は適当な場所を見つけて移転すると申し同十時半頃退去した、六月三十日午前十時頃地区委員会々員朝連等約五十名は湯本町署長に又他の一隊約百名は午前十一時頃内郷町署長に対し警備の為平市に湯本町署及内郷署の警察職員を派遣しない旨の確約をせよと要求し右両署員を夫々の部屋に釘付にした同日午前十時頃石城地区委員会の西岡敬三郎外二名は平市署長に面会し同日午後四時迄に掲示板を撤去することは出来ないからその要求を取消せと抗議し更に同日午後一時頃前示鈴木光雄、金明福は平市署長に面会し署長が飽く迄掲示板撤去を固執するならばこれによつて生ずる結果について吾々に責任はない警察側で責任を負うべきものと申し退去した併し間もなく金明福は同署長に面会し署長の掲示板移転要求を撤回せよと執拗に抗議し同署長は其の申出を拒否したので同人は暗に実力を行使する様な口吻を洩して退去した右金明福が立去つて間もない同日午後三時半頃平市田町料理店大貞方方面より平市警察署に向つて赤旗を掲げインターナショナル等を合唱し乍ら行進して来た労組地区委員会員等のデモ行進の一隊が平市署玄関前に迫り侵入せんとしたので署長はそれに対処する積りで署員約三十名を玄関其の他に配置し代表者其の他の署内に侵入することを阻止せしめた処右デモ行進の外に平駅方面よりトラックに依り乗込んで来た一隊更に同方面よりスクラムを組んで行進して来た一隊其の他地区署前朝連事務所より来た一隊その数三百名は玄関口で署員の懸命の阻止も肯へんせず署内に侵入した利川鎮吾を住居侵入罪により検挙せらるるやここに警察職員と尚も署内に侵入せんとする共産党員等が衝突し右暴徒は戸外より石を投げ玄関のガラス戸を破壊し之が警備の指揮者司法主任警部補金田功外警察職員十三名を棒、杭等にて殴打投石により重軽傷を負わせ一挙に署内に乱入し階下事務室、署長室を占拠し特に署長室には約百名が署長を包囲しその内の代表者鈴木光雄、金逢琴、金明福、西岡敬三郎、鈴木磐夫、日野定利、熊田豊次等は同署長に対し多衆の威力を示して斯うした事故が起きたのは署長の責任だ署長を罷めろ湯本署内郷署に応援警察官を動かした理由如何、矢郷炭礦の坑夫が死んだのは署長が殺したのも同然で殺人幇助だ等と脅迫し罵詈雑言を浴びせかけ又右暴徒の内平子正孝等一隊は留置場に侵入し看守巡査織井安吉の十四年式拳銃(実砲四発)を奪取し第四房の南京施錠の金具を引抜き同房留置中の前示署内に不法侵入現行犯の利川鎮吾を開放しその監房の中に織井巡査を監禁し又暴徒は同署正面玄関に人民政府の警察署なれりと呼号し赤旗二本を交叉して掲げ署内に於て赤旗を振り又はインターナショナル等を合唱する等同日午後三時半頃より同日午後十一時三十分頃迄の退散迄多衆聚合して暴行又は脅迫し同警察署を不法に占拠し其の間平市内長橋町尼子橋の袖其の他の要所に棍棒を携帯した見張員を配置し警察に対する応援防止にあたらせ警察機能を完全に喪失せしめ同署及附近一帯の静謐を攪乱し以て騒擾したものであるが
二 右に対する訴因の変更
(イ) 変更する部分
六月三十日午前十時頃地区委員会々員朝連員等約百五十名は湯本町署長に又他の一隊約百名は午前十一時頃内郷町署長に対し警備の為の平市に湯本町署及び内郷町署の警察職員を派遣しない旨の確約をせよと要求し
とある部分
(ロ) 変更
六月三十日午前十時頃地区委員会々員朝連員等約八十名は湯本町警察署に押掛け同署長に面会を強請し署長代理として応待した巡査部長渡辺清憲に対し労働者を弾圧して闘うつもりか早く回答しろ愚図々々して居る野郎だ担ぎ出せ今日平の掲示問題で応援を出すか出さぬか責任を以て回答しろと強要した上同部長を玄関前に引出しスクラムを組んで取囲む等の脅迫暴行を為し同日午後二時頃共産党員労働者約百名は内郷町警察署に押掛け同署長に対し
今日平市署に応援を出すか出さぬと誓約しろ誓約丈けでは駄目だ一札書け書けぬなら武装解除しろ拳銃と警棒を此処に集めろ
誓約を書けぬなら制服を脱いで直ぐ罷めろ
等と怒号し卓を叩いて詰め寄る等背後の騒擾気勢と呼応して脅迫強要し或は同署勤務巡査部長古口定吉を同署玄関前に拉致し約四十名の多衆で取囲み殺してしまえ袋叩きにしろ等と怒号しながら胸倉を締め上げ突き飛ばし蹴飛ばす等の暴行を加え或はこの状況を同署二階から撮影した巡査中塚四雄に対しては突き倒し殴打する等の暴行を加えて傷害を与え巡査部長三瓶良助からはフィルムを奪取する等何れも暴行脅迫を加えて右両署員を釘付にした
と変更する
三 原告荒井一夫に対する公訴事実各論
被告人は石城郡錦町所在呉羽化学工業株式会社員で、尚共産党員であるが、右騒擾に際し同日午後五時頃より右群集に参加した上同日午後六時頃より故なく同警察署に侵入、同十一時頃まで同署内に在つて、これに附和随行したのもである
右に対する訴因の変更
被告人は石城郡錦町所在呉羽化学工業株式会社錦町工場勤務の会社員で同会社労働組合員且日本共産党に入党している者であるが右騒擾に際し右掲示板撤去問題に関する共産党側の主張を有利にせんが為同日午後四時頃平市在日朝鮮人連盟福島県浜通支部に集結した多数の同志と共に概ね四列縦隊を為して平市警察署に押寄せ同玄関先に於て多数の同志の前に立ち労働歌を高唱して気勢を挙げ同日夕刻頃より同日午後十一時過ぎ頃全員解散に至るまでの間右同志と共に故なく同署内に侵入し尚右騒擾行為に関する妨害に対処する為同六時頃から一時間位加藤恵二と共に同署東側附近田町通り道路上に於て警備につき以て他人に率先してその勢を助けたものである
四 原告栃沢勲に対する公訴事実各論
被告人は石城郡錦町所在呉羽化学工業株式会社員で、尚共産党員で有るが、右騒擾に際し同日午後五時頃より右群集に参加した上同日午後九時頃より故無く同警察署に侵入同十一時頃迄同署内に至つてこれに附和随行したものである
右に対する訴因の変更
被告人は石城郡錦町所在呉羽化学工業株式会社錦工場勤務の会社員で同会社労働組合員且日本共産党に入党している者であるが右騒擾に際し右掲示板撤去問題に関する共産党側の主張を有利にせんが為同日午後四時頃平市在日朝鮮人連盟福島県浜通支部に集結した多数の同志と共に概ね四列縦隊を為して平市警察署に押寄せ同玄関先に於て多数の同志の前に立ち労働歌を高唱して気勢を挙げ同日夕刻より同日午後十一時過ぎ頃全員解散に至るまで右同志と共に故なく同署内に侵入し同署内に於ても自ら同署内受付台に上り右同志の合唱する労働歌の音頭を取つて威勢を示し以て率先してその勢を助けたものである
五 原告国分秋男に対する公訴事実各論
被告人国分秋男は石城郡錦町所在呉羽化学工業株式会社錦工場労働組合員であり日本共産党に入党している者であるが、右騒擾に際し右掲示板撤去問題に関する共産党側の主張を有利にせんがため同日午後四時頃平市在日朝鮮人連盟福島県浜通支部に集結した多数の同志と共に概ね四列位の縦隊を為して平市警察署に押寄せ同警察署玄関先において多数の同志と共にスクラムを組み或は同志の前面に立つて赤旗を振りながら労働歌を高唱して気勢を挙げ同日夕刻より同日午後十一時過ぎ頃全員の解散に至るまで二回に亘り同署内事務室等に故なく侵入し、同署内においても同志と共に労働歌を歌つて威勢を示し、以つて他人に率先して勢を助けたものである。