福島地方裁判所郡山支部 事件番号不詳 判決
右の者に対する財産税法違反事件(昭和二十四年一月二十七日受理)について、当裁判所は検事某の出席する公判廷で審理を遂げ、ここに左の通り判決する。
主文
被告人は無罪。
理由
本件公訴事実は
被告人は郡山市細沼町四十番地に居住し薪炭生産集荷を業とする者であるが、財産税納付義務者として昭和二十二年二月初旬財産税法の規定による財産税課税価格を記載した申告書を郡山税務署長に提出するに際し、課税価格は二百五十九万五千六百九十九円であるに拘らず、故意にその一部たる価格合計五十九万三千九十八円に相当する宅地四筆外数種の財産のみを記載し、残余の
(一) 昭和二十年十二月十九日日東工礦業株式会社に貸し付けた百十万円の債権
(二) 同年同月二十四日日本電興株式会社に貸し付けた五十万円の債権
(三) 昭和二十一年二月十三日郡山市鴫原彌作に貸し付けた十五万円の債権
(四)(1) 昭和二十一年二月一日から同月二十三日までに四回に亘り福島県東白川郡鮫川村薪炭生産業鷺野谷源寿に木炭代前渡として交付した合計金二万一千三百円の債権
(2) 右同村真船栄良に木炭代前渡として交付してあつた合計金五万九千七百四十一円の債権
(五) 郡山市字細沼町四十番地所在木造瓦葺二階建家屋一棟建坪七十九坪四合一勺、二階七十五坪及び木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置一棟(価格合計六万五千四百四十円相当)
(六) 貨物自動車ダツチブラザース二台、同フオード一台、同ニツサン一台及びエンジン一台(価格合計十万六千百二十円相当)
以上の価格合計二百万二千六百一円に相当する財産を記載せず、以て不正の行為により右記載を怠つた財産に対する財産税百四十三万五千二百四十五円七十五銭を逋脱したものである。
と言うにある。
よつて審案するに、
一、財産税課税価格等申告書(甲第一号証)
一、財産税価格等追加申告書(甲第二号証)
によれば、被告人は昭和二十二年二月十五日財産税課税価格等申告書を、同月二十日同追加申告書をそれぞれ所轄郡山税務署に提出して財産税法第三十七条第一項所定の手続をしたが、右申告書には本件各財産が記載されてないことが明らかである。そこで被告人が財産税調査時期たる昭和二十一年三月二日当時において本件各財産を有し且つこれが財産を逋脱したものであるかどうかを順次検討するに、
第一、「昭和二十年十二月二十四日日本電興株式会社に貸し付けた五十万円の債権」(公訴事実(二)の債権)関係
一、証人成田謙哉の昭和二十五年四月十九日の当公判期日における供述
一、被告人の当公判廷における供述
によれば日本電興株式会社は東京芝浦株式会社の子会社として共に会社経理応急措置法による特別経理会社であることが明らかである。ところが、財産税法第三十四条によれば、「調査時期において命令で定める財産の価額については諸般の状況を勘案しその算定をなすことができることとなつた際に命令でその算定方法を定める」こととなつており、同法第三十七条第三項によれば「第三十四条に規定する財産の価額については同条の規定に基く命令の定むるところによりその算定をなすことができることとなるまではこれを除外して課税価格を算定しなければならない」ものであり、且つ同法第四十七条によれば「第三十七条第三項の規定により課税価格算定の際除外された財産の価額については第三十四条の規定に基く命令の定めるところによりその算定をなすことができることとなるまでは、政府はこれを除外して法第四十六条の規定による課税価格の更正をしなければならない」と定められており、しかして右「第三十四条の規定に基く命令」に該当するところの昭和二十二年二月八日改正に係る同法施行細則第十条第十二号によれば「法人に対する債権で会社経理応急措置法により法人の旧勘定に属するものとなつたものは法第三十四条に定める財産に該当するものとする」と規定されてあるので、前記のように特別経理会社たる日本電興株式会社に対する債権は同会社の旧勘定に属するものであるかどうかの点をも考慮しつつその債権の有無を判断しなければならない。
然るところ
一、記録編綴の、日本電興株式会社小口製造所に対する財産税資料箋
一、日本電興株式会社常務取締役鈴木得之助作成名義の証明書(昭和二十三年二月四日附)
一、鈴木得之助作成名義の郡山税務署長宛証明書(同年九月九日附)
一、林伝の作成した郡山税務署長宛書面(同年十月二十九日附)
一、安達次郎の作成した郡山税務署長宛覚書(同日附)
一、林伝から東芝会社野口取締役、被告人、平野社長宛の昭和二十二年二月十八日附書面(乙第二号証の三の三)
一、証人林伝の当公判廷における供述
一、被告人から秋田銀行郡山支店長宛の昭和二十四年五月十九日附証明願及びその証明(乙ロ第二号証の一)
一、被告人から東京芝浦電気株式会社整備部宛の昭和二十四年五月八日附証明願及びその証明(同号証の五の二)
一、証人成田謙哉の前掲公判期日における供述
一、被告人の当公判廷における供述
を綜合すれば、被告人はこれより先、福島県田村町中妻村にある硅石採掘事業のため昭和十九年頃から東京芝浦電気株式会社及び日本電気株式会社と提携して三者で資本金六十万円の株式会社を設立すべく計画して居り、その会社成立に先立ち被告人において日本電興株式会社所有に係る機械設備の提供を受けて右採掘に着手しているうちに、終戦を迎えたため右の新会社設立の計画は消散するに至つた。ところが被告人は前記のように提供を受けた機械設備をその現物で保管したままとなつていたので、これが返還義務を保証する意味合いから昭和二十年十二月二十六日頃日本電興株式会社に対し金五十万円を交付したものであつて、その後昭和二十一年八月十一日に至るや、会社経理応急措置法の施行により日本電興株式会社は特別経理会社となり、その指定時以前の原因により生じた右五十万円の返還債権は同会社について旧勘定に属するものとなつたものである事実を認めるに十分である。然らば右五十万円の債権は本件起訴後の昭和二十四年九月一日公布施行に係る大蔵省令第八十一号財産税法施行細則第十条の七の規定により右財産の価額算定方法が定められるに至るまではこれに対する課税並びに更正課税はなし得ないものであり、従つてこれが逋脱犯の責任を問うのは失当であると言わなければならない。
第二、「昭和二十一年二月十三日鴫原彌作に貸し付けた十五万円の債権」(公訴事実(三)の債権)関係
一、鴫原彌作の作成した被告人宛借用証(甲第三号証)
一、被告人から鴫原彌作宛の受取証(甲第四号証)
によれば、被告人は昭和二十一年二月十三日頃郡山市鴫原彌作に金十五万円を貸し付け、財産申告後の昭和二十二年十月十四日頃同人から右金員の返還を受けた事実を認めることができる。然るところ
一、被告人を戸主とする戸籍抄本(乙ロ第三号証の一)
一、大森康平を戸主とする戸籍抄本(同号証の二)
一、大森節子名義の株式会社秋田銀行普通貯金通帳(同号証の三)
一、大森五郎から大森啓資宛郵便はがき(同号証の四)
一、株式会社東邦銀行郡山支店の電信送金受取証(同号証の六の一)
一、大森静子名義の株式会社秋田銀行普通貯金通帳(同号証の七)
一、大森ツル子から秋田銀行郡山支店長宛の昭和二十四年五月十三日附証明願並にその証明(同号の十)
一、証人大森春江の当公判廷における供述
一、証人大森静子の当公判廷における供述
一、被告人の当公判廷における供述
を綜合すれば、被告人は昭和四年頃から木炭の生産並びに販売業を営み、斯業に励んだ結果次第に隆盛の道を歩み、昭和十六、七年頃には山元における従業員の外自家使用人数十名を算するに至り多額の資金を運転していたのであるが、商売繁昌の信仰心も強く毎年主にその年頭に伊勢神宮参詣を実行するのを慣例としていた折柄、昭和十六年頃の参詣記念として財産分与を思い立ち実弟大森芳人(昭和十八年死亡、同人の妻ツル)同大森五郎(同人の妻節子)及び同亡大森一秀(昭和十九年死亡、同人の妻静子)の三名に対し、金五万円宛贈与したが、被告人自身としても事業経営の都合上該金員をそのまま被告人の事業資金に繰り入れて来たものであつて、昭和二十一年二月十三日頃鴫原彌作に貸与した前記十五万円は右の範疇に属するものであるが、同年三月初旬に行われた金融封鎖に対しては右五万円に対する当時までの利息として金一万円を前記実弟又はその妻に銀行貯金に積み立ててその通帳を送付していたのである。かような関係からその後に至つて実施されることとなつた財産税の課税課税価格申告の際には鴫原彌作に対する金十五万円分の財産については既に前記親族に対し贈与済であり、その確証あるものと信じていたため、これが申告の必要がないものと思つていたものである事実を認めることができる。
然らば被告人は右鴫原彌作に対する十五万円の債権につき、不正の行為により財産税を逋脱する犯意の下にその申告をしなかつたものとは認定し離いものと言わなければならない。
第三、「鷺野谷源寿に対する木炭代前渡金二万一千三百円及び真船栄良に対する木炭代前渡金五万九千七百四十一円の債権」(公訴事実(四)の(1)(2)の債権)関係については、被告人が財産税調査時期当時右各債権を有していたと認むべき証拠は十分でない。(証人真船栄良の各証言、真船栄良の書簡「乙ロ第四号証の一、二」同人昭和二十四年五月十日附書面「同号証の三」秋田銀行郡山支店の昭和二十四年五月二十七日附証明「同号証の七」送り状原簿「同号証の十一」送り状「同号証の八の一乃至三十六」送り状「同号証の十の一乃至二十七」精算書「同号証の九」証人野口義家の第一回証言被告人の供述各参照)
第四、「郡山市字細沼町四十番地所在木造瓦葺二階建家屋一棟建坪七十九坪四合一匀、二階坪七十五坪及び木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置一棟」(公訴事実(五)の財産)関係
一、原告被告人安藤利雄間の訴状謄本(記録に編綴)
一、東芝本社経理部主計課鈴木信男から被告人宛の昭和二十三年二月一日附封筒及びその内容(乙ロ第五号証の二の一、二)
一、証人出村護の当公判廷における供述
一、証人鈴木信男の当公判廷における供述
一、証人安藤利雄の当公判廷における供述
一、被告人の当公判廷における供述
を綜合すれば、右不動産は現に被告人の所有ではあるが、それは被告人がその所有者であつた安藤利雄から昭和二十年買い受けたものではなくて、東京芝浦電気株式会社が戦時中郡山市に工場疎開を行う必要上被告人の斡旋の下に代金十二万円で安藤から買い受けたものであり、その所有権移転登記手続は未了のまま終戦を迎えることとなつたので、同会社においてはその建物を継続使用する必要性を失うに至り、これが整理については虚脱状態のまま事実上被告人の保管の下に月日を経過した後において被告人がこれを代金十六万円で買い受けたものである事実を認めることができるのであつて、しかして被告人が東芝から右不動産を買入した日時については、それが財産税調査時期以前であり、且つ右調査時期当時既に代金たる十六万円を東芝に交付済であること(即ち、代金支払済でないときは代金相当額の反対債務の存在を認定すべき関係となる)この点に関し東芝社長石坂泰三から検事岡崎悟郎宛「大森達夫氏に関する件」回答によるも安積洋裁学院売却代金十六万円として昭和二十一年三月三日現在の債権の部に掲上記載あること参照)はいづれもこれを認むべき確証がない。然らば右不動産につき財産税逋脱の事実を認むべき証拠不十分であると言わなければならない。
第五、「貨物自動車ダツチブラザース二台、同フオード一台、同ニツサン一台、エンジン一台」(公訴事実(七)の財産)関係
(一) 貨物自動車ダツチブラザース二台所有の有無
一、被告人から石井繁蔵宛譲渡証の謄本
一、被告人から石井繁蔵宛の領収証の謄本
一、石井繁蔵の作成した郡山税務署長宛証明書(昭和二十三年十二月十八日附)
一、「柳町大沼正吉」と表題書きし、同人の貨物自動車購入内容を鉛筆書きしてある書面
を綜合すれば、被告人は一九三七年式及び一九三六年式貨物自動車タツチブラザース各一台を所有し、前者を昭和二十二年一月中石井繁蔵に対し代金五万五千円で、後者を同年三月中大沼正吉に対し代金三万円でそれぞれ売り渡している事実は明らかである。
然るに、
一、会津合同貨物自動車株式会社取締役社長林建次郎の貨物自動車廃車証明願並びに若松警察署長の同証明書
一、株式会社秋田銀行郡山支店の被告人宛昭和二十年十一月二十四日附当座預金入金通知票(乙ロ第六号証の一)
一、弁護士稲塚隅東から日本通運株式会社福島支店長宛の昭和二十四年八月九日附証明願並びにその証明書二通(同号証の三、四)
一、株式会社秋田銀行郡山支店から東邦銀行福島支店宛の昭和二十一年六月十三日附当座勘定受入副報告書二通(同号証の五、六)
一、福島県自動車販売株式会社の被告人宛領収書二通(同号証の六、八)
一、念書(同号証の三十三の二)
一、被告人の当公判廷における供述
を綜合して判断するときは、右二台の自動車は被告人が会津貨物自動車株式会社から購入したのではなくして被告人が東京都在住の亡伊藤虎雄のため被告人の名において購入斡旋をし昭和十九年十一月及び昭和二十年一月に福島市西町所在の福島県自動車配給株式会社西町工場に廻送して修理を加え、これが代金の決済方法として昭和二十年十一月頃伊藤から被告人に対し相当額(金三万三千円)の送金を受けたものであるところ、その後に至つて被告人は右各自動車を伊藤から購入するに至つたものである事実を認むべく、しかして被告人が財産税調査時期当時において代金も受渡完了の下に右自動車を購入済である点についてはこれを認むべき証拠が十分でない。
(二) 貨物自動車フオード及びニツサン各一台所有の有無
一、篠田幸吉の貨物自動車買受内容を鉛筆書きしてある書面
一、遠藤喜平の作成した郡山税務署長宛証明書
一、証人遠藤喜平の当公判廷における供述
によれば、被告人は貨物自動車フオード一台を昭和二十一年十二月中当時福島県安積郡富久山町居住の篠田幸吉に代金七万円で同ニツサン一台を同月中平市の遠藤喜平に代金七万円でそれぞれ売り渡している事実は明らかである。然るところ
一、日東自動車工業社吉田清寿から被告人宛の昭和二十一年十月附請求書(乙ロ第六号証の十三)
一、金二万二千円の領収証(同号証の十四)
一、日東自動車工業社吉田清寿から被告人宛の昭和二十一年九月附請求書(同号証の十五)
一、金二万五百円の領収証(同号証の十六)
一、証人吉田清寿の当公判廷における第一回供述
によれば、被告人は昭和二十一年八月末頃及び九月頃の二回に亘り自動車修理業日東自動車工業社吉田清寿に対し、ニツサン、フオード各一台のエンジン持込みでこれを車台に載替調整並びに修理を依頼したことがあり、右修理後の自動車たるフオード一台は、篠田幸吉において使用するに至つていた事実を認め得べく、
一、証人遠藤喜平の当公判廷における供述
一、証人早野武の当公判廷における供述
一、大谷文夫から小野辰蔵譲渡証(甲第七号証)
一、大谷文夫から小野辰蔵宛の売渡証(甲第八号証)
一、当裁判所昭和二十五年七月二十八日施行の検証調書
一、右検証現場における証人伴勇に対する尋問調書
によれば、被告人が遠藤喜平に売り渡した前記貨物自動車に取り付けてあるエンジンは本来右自動車の車台に載せるべき型式のものではなく、別個の型式のものであり、且つ同人がこれを購入する直前に修理作業の加えられてある形跡濃厚な事実が認められ右各事実に一、被告人の当公判廷における供述
を供せて判断するときは篠田幸吉及び遠藤喜平に売り渡された前記の各自動車は被告人が終戦直後から旧軍隊の払下物資として引き続いて所持所有していた自動車の中各一台そのものでないことが明らかであり、被告人が財産税調査時期以前に前記二名に売り渡された各自動車そのものを取得してこれを所有していたことの証拠は十分でなく他に、特定されたこれと同種の所有を認むべき確証もない。
(三) エンジン一台の所有の有無
本件目的物件たるエンジン一台とは、舟橋義介が昭和二十二年六月十七日頃自動車修理業吉田清寿を通じて購入した日産型エンジン一台を指称するもののように思われるが、該エンジンは元被告人の所有であつて、これを被告人が吉田清寿を通じて舟橋に売り渡し、或は一旦清寿において被告人から買い受けたものを更に舟橋に転売されたとの点はいずれもその証拠不十分であり、他に被告人が財産税調査時期当時、後に課税申告を怠つてエンジン一台を所有していた事実は本件審理上認むべき証拠がない。
第六、「昭和二十年十二月十九日日東工礦業株式会社に貸し付けた百十万円の債権」(公訴事実(一)の債権)関係
一、長崎繁次に対する検事の聴取書
一、日東紡績株式会社郡山支所作成名義の昭和二十三年二月十三日附答申書
一、郡山税務署長の株式会社秋田銀行郡山支店長宛、昭和二十二年十二月七日附証明願並びに同証明書
一、日東紡績株式会社郡山支部会計課長鈴木長亮の作成した昭和二十二年十二月十日附答申書
一、小口理一に対する検事の聴取書
一、第三回(昭和二十四年五月三十一日)公判調書中証人小口理一の供述記載部分
一、被告人の秋田銀行郡山支店長宛昭和二十四年五月二十七日附証明願及その証明三通(乙ロ第一号証の九、十十一)
一、片倉三平作成名義の昭和二十四年五月一日附「証」と題する書面(同号証の十三)
一、証人大森春江の当公判廷における供述
一、証人長崎繁次の当公判廷における供述
一、証人小口理一の当公判廷における供述
一、被告人の当公判廷における供述
一、日東紡績株式会社郡山工場長黒沢善太郎から裁判官宛の回答書(昭和二十五年九月二十六日附)
一、日東紡績株式会社の登記簿抄本
を綜合すれば、被告人は日東紡績株式会社(当時日東工礦業株式会社)に対し、昭和二十年十二月十九日頃同会社取締役兼郡山支部長たる長崎繁次借用名義の預証で金百万円を交付し、同支部から同会社本店宛には単に「郡山支部送金」という名目で送付されていたものであるが、昭和二十一年八月十一日から昭和二十五年四月まで、会社経理応急措置法による特別経理会社であつた(その間昭和二十四年十月に至り新旧勘定合併した)ところの同会社につき、その指定時前の原因により発生したものであるところ、昭和二十二年二月十日当時その大部分が被告人に対し返済手続中のものがあり財産税調査時期当時被告人が同会社に金百万円の返済請求権を有していたものであつて、該債権の金額は右のように金百万円であつて金百十万円ではない事実が認められる。然るところ
一、第三回(昭和二十四年五月三十一日)公判調書中証人小口理一の供述記載部分
一、同公判調書中証人堀尾喜一の供述記載部分
一、片倉三平の作成した昭和二十四年五月一日附「証」と題する書面(乙ロ第一号証の十三)
一、被告人振出名義の約束手形七通(乙ロ第一号証の十九乃至二十五)
一、工作物築造許可申請書控(同号証の六)
一、証人長崎繁次の当公判廷における供述
一、証人小口理一の当公判廷における供述
一、証人金応圭こと金村松雄の当公判廷における供述
一、桑原次造作成の受領証(昭和二十一年一月十二日附、同号証の三十七の二)
一、一月分給料仕訳書(同号証の三十七の三)
一、東北電気工事株式会社郡山営業所の「御積書」と題する書面(乙ロ第一号証の五十五、五十六)請求書(同号証の五十七)及び領収証(同号証の五十八)
一、被告人の当公判廷における供述
を綜合すれば、被告人が右のように百万円を日東紡に交付するに至つた経緯は、当時同会社には戦時中企業の整理のため一部工場を閉鎖し、福島県安積郡富田村に疎開し又は疎開準備中の工場移築材料倉庫二棟並びに五十馬力及び附属品等を手持にしていた折柄、被告人は当時相当の規模の下に経営しようとしていた同県田村郡中妻村所在の硅石採掘所建設のため各種建物建築資材及び工場設備として使用すべく、前記会社の物件を同会社から購入しようと企図し、その買入交渉の瀬踏みを行つたところ、同会社の郡山支部における空気としては更にその交渉を有利にするため被告人から同会社に前期百万円を交付しておき、後日その買入交渉が成立の暁にはその買受代金と右交付金とを決済するの方法による物件購入の前渡金とする被告人の意図の下に該行為が行われたものであつた。
然るところその後の経過は被告人の予期に反し同会社からの物件購入は成立し得ないこととなつたので、当時各種資材難の折柄被告人の経営する硅石採掘事業の開設にも影響すると共に、当時における経済事情の急変動により被告人の右事実は昭和二十一年二月下旬頃には客観的には不成功のものとなり被告人の経済的損失原因は発生したままの状態で同年中被告人自らの努力も空しく、工事未完成のまま打切りの止むなきに立ち至つたのである。しかして昭和二十一年三月三日現在において既に原因事情の発生していた被告人の債務としては右事業所建設の土木工事請負に対する債務として
一、金額十万円(満期昭和二十一年三月三十日)
金額五万円(満期同年四月三十日)
金額五万円(満期同年五月三十日)
以上合計金二十万円の木村照夫宛の約束手形金債務
一、金額十三万円(満期同年五月三十日)の木村照夫宛の手形金債務
一、金額十四万八千円(満期同年六月三十日)の木村照夫宛の手形金債務
一、金額三十万円(満期同年九月一日)の木村照夫宛の手形金債務
一、金額十五万円(満期同年五月三十日)の福田武勇の宛手形金債務
があり、東北電気工事株式会社郡山営業所に対する外線工事代金一万五千八百四十円の債務のうち
一、金八千五百四十円の残債務
東京芝浦電気株式会社川崎工場に対する光学用硅石採掘代金前渡金返還債務として
一、金三万円の債務
があり、以上を合計するとその債務額は金九十六万六千五百四十円となること算数上明らかである。かくの如く百万円の債権に対する被告人の事業上これに密接不離の関係がある債務があり、然もその額は前記債権に対する反対債務として考慮するに足りる相当な額のものであることが認められる。本案件においては被告人がその財産税の申告に際し、右百万円の債権を申告しなかつたからと言つて、これをもつて直ちに被告人において不正の行為により財産税を逋脱する犯意があつたものとは断じ難いものと言わなければならない。
最後に、被告人の本件自白調書たる、一、被告人に対する検事の第一、二回聴取書(昭和二十三年十二月十七日附及び同月十八日附)の信憑力につき考察するに、「被告人は本件申告後昭和二十二年十二月から昭和二十三年六月に亘り所轄郡山税務署から脱税の事実があるとして、結局税額二百五十余万円に上る課税価格の更正決定の通知を受けたが、これを不服として仙台財務局に対し審査請求をし極力これを抗争しているうち、税務署長からの告発となり、検察官の取調段階の下に被疑者としての拘留処分に付され郡山刑務支所に留置される身とはなつたが、なおも当初の主張を変えず、漸くその拘留期間満了に近づこうとする折柄、昭和二十三年十二月十六日被告人の親族においてその身を案ずるの余り被告人に独断的に他から調達を受けた資金をもつて前記更正決定に基く納税不足額に加算税額をも加え三百五十三万余円を一時に納付すると共にこれが反対条件として、当初からの大目的たる前記審査請求は取下を余儀なくさせられるに至つた。
既にして事態のかくなる以上被告人としても自己の屈服により、これ以上の拘禁継続と起訴処分とを免れ爾後の処置につき穏便な処置を受けるようにする外はないとの悲痛な決意の下に検察官の取調に対し、極力自己の非を認めこれまでの自己の否認的抗争的言辞に対する陳謝にこれ努める供述をしたのが前記十二月十七日、十八日の両日に亘る聴取書の記載となつたものであつて、その供述内容中には、本件審理による信憑力のある証拠と客観的に相反する部分も認められるので、右各聴取書の供述記載は全体としてこれに信憑力と認め難く、当裁判所としては右書類を証拠として採用するわけにはいかないものである。
次ぎに 一、大森五郎に対する検事の聴取書
について考察するに、同人は被告人に最も親近なる親族の一人であつて、被告人の身柄収容を聞くや心痛の余りはるばる九州から駈けつけて被告人の留守宅に入り、次いで検察庁に出頭し穏便な取り計らいを願おうとする際反つて検察官の取調を受けるに至つた前日時に符合する同月十七日附の聴取書であつて、その供述内容も亦被告人の前自白と一脈の共通性のあることを看取せざるを得ないものであるから、当裁判所としてはたやすく右書類に信憑力を付し難いものとする。
然りしかして、証人田川完吾の当公判廷における供述、日本電興株式会社代表取締役社長林伝作成名義の昭和二十年十二月二十六日附金員預証(内第一号証)の東芝の手中の存在、前掲東芝社長からの「大森達夫に関する件」回答書の記載並びに被告人の当公判廷における供述を綜合考察すれば、被告人と東芝との間には戦時中発生した債権債務の相当額(各二百万円)見当に上る未整理分があつて現在においてもこれが解決に至らず、その総額の差引計算において債権者の立場にある東芝側において如何にその整備に努力すると雖も、過去における債権債務の存否確認は時日の経過と共に次第に困難となり、その資料の減殺されるべきことは自明の理であるから、今から三年以上を距る本件財産税課税価格の申告当時においては被告人の東芝に対する債務超過額は現在におけるよりも多額なものとして取り扱われ、又被告人としても当時数十万円(田川証言によれは最低四、五十万円)の債務支払を請求されるものと信じていたことは推認するに難くはない。然のみならず、右差引債務算出の基礎となるべき債権債務の内債権(被告人の東芝に対する)に属するものであつて、少くとも昭和二十一年八月十一日の指定時まで未決済の分(前掲東芝社長からの「大森達夫に関する件」回答書の記載項目参照)については、東芝が会社経理応急措置法による特別経理会社であること前示の通りであるから、該債権は同会社の旧勘定に属するものとして財産税の課税価格算定の財産からは除外すべき関係にあり、従つて被告人の本件申告当時における脱税の有無に関しては被告人の東芝に対する債務の金額をその消極財産の一として参酌しなければならないはずのものである。
然らば、該事情の下において、財産税調査時期における被告人の積極消極の両財産を比較検討するの方法に出でたときは、被告人の本件不申告につき客観的に脱税の結果があると認定するに困難であり、又右不申告をもつて直ちに被告人が不正の行為を行い且つその犯意があつたものと断定することは正当ではないものと言わなければならない。よつて本件被告事件はすべてその犯罪の証明がないものとし刑事訴訟法第三百三十六条に則り被告人に対し無罪の言渡をすべきものとし、主文のとおり判決する。
昭和二十五年十月十七日