福島地方裁判所郡山支部 平成12年(ワ)163号 判決 2004年10月12日
原告
X
訴訟代理人弁護士
本田哲夫
訴訟復代理人弁護士
吉田佳世子
被告
学校法人Y1学園
代表者理事
Z
訴訟代理人弁護士
後藤邦春
高橋金一
被告
Y2
訴訟代理人弁護士
高橋久善
訴訟復代理人弁護士
渡邊真也
被告
Y3
訴訟代理人弁護士
石川博之
横村利勝
被告
Y4
訴訟代理人弁護士
笠間善裕
被告
Y5
主文
1 被告学校法人Y1学園,同Y3,同Y4及び同Y5は,原告に対し,連帯して440万円及びこれに対する平成8年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告Y2に対する請求,並びに,原告の被告学校法人Y1学園,同Y3,同Y4及び同Y5に対するその余の各請求を,いずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告に生じた費用の15分の1並びに被告学校法人Y1学園,同Y3,同Y4及び同Y5にそれぞれ生じた費用の25分の2を被告学校法人Y1学園,同Y3,同Y4及び同Y5の連帯負担とし,被告Y2に生じた費用並びに原告,被告学校法人Y1学園,同Y3,同Y4及び同Y5にそれぞれ生じたその余の費用を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して5500万円及びこれに対する平成8年12月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告学校法人Y1学園(以下「被告Y1」という。)と同被告が開設する私立△△高等学校(以下「本件高校」という。)に勤務する教職員で構成される労働組合との間における対立等を原因とし,被告Y1の組合対策部長を務めていた被告Y4(以下「被告Y4」という。),同被告と交際のあった元暴力団組長のW(以下「W」という。)及びその妻である被告Y5(以下「被告Y5」という。)が,共謀の上,組合員をけん銃で銃撃して殺害しようとして,誤って原告を銃撃して傷害を負わせ,また,被告Y1の理事を務めていた被告Y2(以下「被告Y2」という。)と事務局長を務めていた被告Y3(以下「被告Y3」という。)が,上記銃撃行為を制止しなかったとして,原告が,被告Y4と同Y5に対しては故意の共同不法行為に基づき,被告Y2と同Y3に対しては過失の共同不法行為に基づき,被告Y1に対しては被告Y2,同Y3及び同Y4の使用者責任に基づき,連帯して損害賠償金5500万円及びこれに対する不法行為の日である平成8年12月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,昭和28年7月に出生し,妻Fと結婚して1男1女をもうけ,平成8年4月からは,福島県耶麻郡(以下,特に断らない限り福島県下であるので,県名及び郡名を省略する。)猪苗代町所在の建設会社にダンプカーの運転手として勤務していた(甲第4号証の1,第16号証及び原告本人尋問の結果)。
イ 被告Y1は,昭和29年12月に設立され,「学校法人○○学園」という名称で,郡山市内に私立○○高等学校を開設していたが,昭和62年以降,業務提携の形で学校法人■■大学の傘下に入ったことから,昭和63年4月に学校名を私立△△高等学校に変更するとともに,法人名を,同年11月には「学校法人▲▲学園」に,平成9年4月には現在の名称に,それぞれ変更した。
本件高校には,教職員によって構成される△△高等学校教職員組合(以下「本件組合」という。)という労働組合がある。
(設立時期と所在地につき乙B第15号証の1ないし3及びC第7号証。被告Y5との関係で,その余の事実につき甲第3号証,第10,第11号証の各1及び乙B第15号証の1ないし3。)。
ウ 被告Y2は,昭和31年4月,□□高等学校に数学教諭として採用された後,昭和53年4月からは■■大学医学部の事務長を務めるなどしていたが,昭和62年4月の前記業務提携を契機として被告Y1に数学教諭として出向し,平成2年,被告Y1の理事に就任した(被告Y2及び同Y5との関係で,■■大学医学部の事務長への従事と被告Y1の理事への就任につき甲第11号証の1及び乙A第2,第9号証。被告Y2,同Y4及び同Y5との関係で,被告Y1への出向につき甲第11号証の1。その余の事実につき甲第10号証の1,第11号証の1及び乙A第10号証。)。
エ 被告Y3は,昭和50年4月,本件高校に数学教師として採用された後,本件組合に加入して執行委員を務めるなど,約10年間ほど組合活動に従事していたが,平成6年10月,学園本部事務局長(以下単に「事務局長」という。)兼進学指導顧問に就任した(被告Y2,同Y4及び同Y5との関係で,数学教師としての採用と執行委員への従事につき甲第10号証の1及び乙A第1号証。被告Y2及び同Y5との関係で,事務局長への就任につき甲第10号証の1及び乙A第1号証。その余の事実につき甲第10号証の1及び乙A第1号証。)。
オ 被告Y4は,昭和51年に須賀川市の住所地に自宅を新築した後,昭和53年ころ,タクシー会社の専務を務めていた義弟U(以下「U」という。)からの紹介を受けて同社に入社し,平成2年ころまでに,同社の系列会社をも含めたタクシー会社の各組合対策の業務を担当する常務取締役に順次就任し,その業務を統括していた。被告Y4は,その職歴を認められ,平成7年春ころ,本件高校のPTA副会長をも務めていたUからのあっせんを受け,同年10月,非常勤の学園本部組合対策部長(通称「本部長」)に就任した。(被告Y2及び同Y5との関係で,タクシー会社への入社と本部長への就任につき甲第9号証の2,11,21,28,40及び乙A第4号証。その余の事実につき甲第9号証の2,11,21,28,第10号証の1。)
カ 被告Y5は,昭和52年,Wと結婚して1男1女をもうけ,昭和53年ころから,須賀川市の住所地において,スナック「☆☆」を営んでいる。
Wは,昭和34年ころ,暴力団組織に加入し,昭和49年ころには,分家の組長となり,平成元年には,広域暴力団◎◎会の傘下に入って◎◎会××一家を結成するとともに,◎◎会の常任理事を務めていたものの,借金等によるトラブルから,平成6年12月に暴力団組織から破門され,以後,須賀川市の自宅に時々帰るほかは,関東方面に身を潜めて生活していた。
(被告Y5以外の被告との関係で,◎◎会××一家の結成,破門処分及び関東方面への潜伏につき甲第7号証の31,50,第8号証の13,20。その余の事実につき甲第7号証の31,50,第8号証の13,20。)
(2) 原告に対する銃撃等
ア 被告Y2は,平成8年ころから,被告Y1の運営方針に反対する本件組合の組合委員長であったK(以下「K」という。)教諭と執行委員であったL(以下「L」という。)教諭に嫌悪感を抱き,同人らを被告Y1から排除しようと考えるようになった(被告Y5との関係で,甲第11号証の1,2)。被告Y4は,同年4月,被告Y3に対し,上記両教諭を脅迫して辞職に追い込むことを提案し,被告Y3を通じて同Y2の承諾を得た(被告Y1及び同Y5との関係で,甲第9号証の40,第10号証の1,第11号証の2)。
イ 被告Y4は,平成8年4月,かねてから付き合いのあったWに対し,K・L両教諭に対する脅迫を依頼した。Wは,この依頼を承諾し,同年6月下旬以降,上記両教諭方に脅迫電話をかけるようになった。(被告Y4以外の被告との関係で,甲第7号証の55,64,第9号証の21,第10号証の2)
ウ Wは,平成8年12月4日午後5時47分ころ,猪苗代町大字蚕養の県道上において,犬を連れて散歩していた原告をL教諭と誤認し,原告に向けてけん銃を5回発射し,うち弾丸1発を原告の左大腿部前面に命中させ,原告に入院加療11日間を要する左大腿部前面裂挫創の傷害を負わせた(被告Y1以外の被告との関係で,甲第4号証の1,第5号証の1ないし7,第6号証,第7号証の61)。
(3) Wは,平成13年9月9日,死亡した(乙E第1号証)。
2 争点
本件の主要な争点は,①原告に対する銃撃に至る経緯等,②被告らの責任,③原告の損害である。
(1) 原告の主張
ア 原告に対する銃撃に至る経緯等
(ア) 前示1(前提事実)(2)アのとおり,被告Y2,同Y3及び同Y4は,平成8年4月,暴力団関係者にK・L両教諭を脅迫させて退職させることとした。脅迫を実行する者に支払う報酬について,被告Y3は,同Y2から一任されたため,被告Y1から工事を受注した業者に工事代金を水増し請求させた上でその水増し分を戻させて報酬に充てようと考え,その旨を被告Y2に伝えて了承を得た。
(イ) 前示1(前提事実)(2)イのとおり,被告Y4は,平成8年4月,元暴力団組長であるWに対し,K・L両教諭に対する脅迫を依頼して承諾を得,同年6月下旬以降,Wが上記両教諭方に脅迫電話をかけるようになった。
しかし,被告Y4は,同年9月になっても,K・L両教諭が通常どおり出勤し続けていたため,このままWに脅迫を続けさせてもK教諭やL教諭を退職させることはできないと考え,両教諭を殺害しても構わないと考えるようになった。そこで,被告Y4は,同月中旬ころ,Wに対してK教諭やL教諭を殺害する方法を相談したところ,Wからけん銃で銃撃して殺害する方法を示唆されたため,Wを通じてけん銃2丁を入手してもらい,同年10月中旬ころ,Wに対し,L教諭を銃撃して殺害することを依頼し,その承諾を得た。
(ウ) Wは,被告Y4からL教諭を銃撃して殺害する旨の依頼を受けた後,L教諭が住む猪苗代町大字蚕養の集落付近で待ち伏せをするなどしてL教諭に対する銃撃の機会をうかがっていたところ,平成8年12月1日ころ,L教諭に似ているように見えた原告を発見した。Wは,被告Y4に連絡を取り,L教諭本人であるか否かを確認した結果,L教諭に似ているように見えた人物がL教諭本人に間違いないと判断した。
(エ) Wは,平成8年12月4日,猪苗代町大字蚕養の県道上において,L教諭と誤認した原告を捜していたところ,前示1(前提事実)(2)ウのとおり,午後5時47分ころ,犬を連れて散歩していた原告を発見し,殺意をもって,原告に向けてけん銃を5回発射し,うち弾丸1発を原告の左大腿部前面に命中させ,原告に入院加療11日間,全治約1か月を要する左大腿部前面裂挫創の傷害を負わせた。
(オ) 被告Y3が平成8年12月までの間に脅迫を実行する者に支払う報酬として被告Y4に渡した金員は,1200万円に上る。
イ 被告らの責任
(ア) 被告Y4の責任
被告Y4は,平成8年9月,K教諭やL教諭を殺害しても構わないと考えるようになり,同年10月中旬ころ,Wに対してL教諭を銃撃して殺害することを依頼して承諾を得,Wとの間で,L教諭を銃撃して殺害する旨の共謀を遂げた。そして,Wは,同年12月4日,この共謀に基づき,原告をL教諭と誤認して銃撃し,原告を負傷させたから,被告Y4は,故意の共同不法行為による損害賠償責任を負う。
(イ) 被告Y5の責任
a 被告Y5は,平成8年9月中旬ころ,Wとの間で,L教諭を銃撃して殺害する旨の共謀を遂げた。そして,Wは,同年12月4日,この共謀に基づき,原告をL教諭と誤認して銃撃し,原告を負傷させたから,被告Y5は,故意の共同不法行為による損害賠償責任を負う。
b 仮に被告Y5にL教諭を銃撃して殺害する旨の共謀が成立しないとしても,被告Y5は,平成8年9月下旬には,L教諭の銃撃に使用するけん銃の購入資金であることを知りながら,被告Y4の妻から受け取った現金300万円をWに送金したり,同年10月か11月ころには,L教諭を銃撃すべき場所の下見に赴いたWに同行し,場所を確認するなどの手助けをしたりし,Wの原告に対する銃撃を幇助したといえる。したがって,被告Y5は,幇助の共同不法行為による損害賠償責任を負う。
(ウ) 被告Y2及び同Y3の各責任
被告Y2及び同Y3は,同Y4の気性や,平成8年4月から同年12月までの間にかけて,K・L両教諭への脅迫を暴力団関係者に行ってもらうこと,同人に相当高額の報酬を支払うことを知っていた上,特に被告Y3は,同年10月,被告Y4からけん銃を見せられ,L教諭への脅迫のために被告Y4がけん銃を準備していることを知ったのであるから,被告Y4が暴力団関係者に凶悪な犯罪行為を行わせることを十分に予見することができたといえる。したがって,被告Y2及び同Y3は,同Y4が暴力団関係者に凶悪な犯罪行為を行わせないよう,被告Y4を制止すべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠り,かえって被告Y4に対してL教諭への脅迫を継続するよう指示し,その結果,被告Y4がWに対してL教諭を銃撃して殺害することを依頼し,Wが原告をL教諭と誤認して銃撃したから,被告Y2及び同Y3は,過失の共同不法行為による損害賠償責任を負う。
(エ) 被告Y1の責任
被告Y1は,原告に対する銃撃が行われた際,被告Y4,同Y2及び同Y3を使用していた者であり,かつ,この銃撃行為は,本件高校を従前の商業科中心の高校から普通科中心の進学校に変えていく過程で,対立関係にあった本件組合への脅迫を行うことによってこれを弱体化させることを主な目的として行われたものであるから,労働組合対策と密接な関連性を有する行為として,被告Y1の事業の執行について行われたものといえる。原告に対する銃撃行為は,被告Y2と同Y3が平成8年7月にG■■大学総長(以下「G総長」という。)に対して本件組合の壊滅を目指して努力している旨報告していることからも明らかなとおり(甲第10号証の5参照),被告Y2や同Y4がK教諭やL教諭を個人的に憎悪していたことだけによるものではない。したがって,被告Y1は,共同不法行為の使用者責任による損害賠償責任を負う。
ウ 原告の損害
(ア) 慰謝料 5000万円
原告は,全く身に覚えがないにもかかわらず,平穏な日常生活を送っていたところに,突然,けん銃で5発も銃撃されるという経験をさせられ,深い恐怖心を覚えた。
また,原告は,銃撃を受けたことにより,左大腿部前面裂挫創の傷害を負い,平成8年12月4日から11日間の入院加療を要しただけでなく,その後も,左大腿部前面に醜状痕が残り,寒いときなどは患部が紫色に変色して痛む。
さらに,原告は,警察から,原告が暴力団関係者から恨みを買っているのではないかと疑われ,銃撃を受けた当日から約半年間にわたり,多数回に及ぶ事情聴取を受け,あたかも原告自身が暴力団関係者か犯罪者のような扱いを受けた。このため,原告は,勤務先から自宅待機を勧められたり,自分の娘からも疑われたりし,平成10年2月にKに対する銃撃事件が発生して同年4月にWが逮捕されるまでの約1年4か月間にわたって疑われ続け,著しい精神的苦痛を被った。
このため,原告は,肉体的損害のみならず死に匹敵する精神的損害も被っており,この損害は,金銭に換算すれば,5000万円が相当である。
(イ) 弁護士費用 500万円
(ウ) よって,原告は,被告Y2,同Y3,同Y4及び同Y5に対しては共同不法行為に基づき,被告Y1に対しては共同不法行為の使用者責任に基づき,連帯して損害賠償金5500万円及びこれに対する共同不法行為の日である平成8年12月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 被告Y1の主張
ア 被告Y1の責任について
(ア) 被告Y4は,Wとの間において,L教諭を銃撃して殺害することを共謀したことがないから,被告Y4を使用していた被告Y1が共同不法行為の使用者責任を負うことはない。
(イ) 使用者責任における事業執行性の判断は,被用者の行為について行われるべきである。したがって,被用者が第三者に対して不法行為を依頼し,第三者が不法行為を行った場合,事業執行性の判断は,被用者が第三者に対して不法行為を依頼した行為について行われるべきである。
仮に被告Y4がWに対して銃撃を依頼し,Wが原告を銃撃したのであれば,被告Y1の使用者責任における事業執行性の判断は,被用者である被告Y4の行為について行われるべきである。しかるに,被告Y4がWに対して銃撃を依頼する行為は,学校法人である被告Y1の事業の執行過程から時間的場所的に全く離れた行為である。また,被告Y4による銃撃の依頼は,平成9年にL教諭やK教諭に送付されていた脅迫文の内容にも表れているように,被告Y2や同Y4が個人的に憎悪していたK・L両教諭を被告Y1から放てきする目的や,平成9年にJ理事が脅迫されていたこと等にも表れているように,被告Y3らが被告Y1を私物化する目的から行われたものであり,被告Y1の事業の執行行為と密接な関連性を有するものではない。さらに,被告Y4による銃撃の依頼は,工事代金の水増し請求や空出張等,被告Y1の意向に反してねん出された報酬をその対価として行われたものである。これらの事情を総合すれば,被告Y4による銃撃の依頼は,被告Y1の事業の執行について行われたものとはいえない。したがって,被告Y1が共同不法行為の使用者責任を負うことはない。
なお,被告Y2と同Y3が平成8年7月にG総長に対して本件組合の壊滅を目指して努力している旨を報告したという報告書(甲第10号証の5)は,被告Y3が,平成10年5月ころ,背任罪で逮捕されるのを免れようとして,事後的に作成したものにすぎない。
イ 原告の損害について
慰謝料の算定は,本来,被害者が被った苦痛の程度を基準に行うべきである。しかるに,原告は,銃撃された時点では,エアガン等で撃たれた程度の認識しかなく,痛みも感じていなかった。実際,原告の受傷程度は,かすり傷であって,11日間の入院も経過観察を目的としたものにすぎず,その後の通院も4日間だけであった。また,原告が警察の長期間に及ぶ捜査等によって被ったとする精神的苦痛も,その具体的内容が明らかでない上,相当因果関係があるとはいい難い。
また,一般に,交通事故で半月の入院と1週間の通院をした場合,慰謝料額は約31万円となることに照らせば,原告が故意の犯罪行為によって受傷した場合であっても,慰謝料はせいぜい50万円程度となるにすぎない。
これらの事情を考慮すれば,原告が主張する慰謝料額は過大である。
(3) 被告Y2の主張
ア 原告に対する銃撃に至る経緯等について
被告Y2は,K・L両教諭に対する脅迫を承諾したことはあるが,その具体的方法や報酬の具体的金額について指示したり報告を受けたりしたことはなく,ましてや,L教諭を銃撃するという計画を聞かされたことはなかった。
イ 被告Y2の責任について
通常,けん銃に関係のある特殊な状況でなければ,脅迫からけん銃による銃撃を予見することは不可能である。被告Y2は,K・L両教諭への脅迫を被告Y4かその友人が実行しているものと思っており,暴力団関係者に実行させることや同人に相当高額の報酬を支払っていることを知らなかったから,被告Y4が暴力団関係者に凶悪な犯罪行為を行わせることを予見することができなかった。したがって,被告Y2は,同Y4が暴力団関係者に凶悪な犯罪行為を行わせないよう,被告Y4を制止すべき注意義務を負っていなかった。
よって,被告Y2が過失による共同不法行為責任を負うことはない。
ウ 原告の損害について
被告Y1の主張と同じ。特に,被告Y2は過失責任を問われているにすぎないことからすれば,仮に被告Y2に責任があるとしても,被告Y2に対する慰謝料はやはり31万円程度となるにすぎない。
(4) 被告Y3の主張
ア 原告に対する銃撃に至る経緯等について
被告Y3は,同Y2の承諾を得て,被告Y4に対し,K・L両教諭に対して脅迫を行うよう指示したことはあるが,L教諭を銃撃するよう指示したことはない。被告Y4が勝手にL教諭に対する銃撃を計画したにすぎない。
イ 被告Y3の責任について
被告Y3は,平成8年4月,被告Y4からK・L両教諭への脅迫を「その道のプロ」に頼んで行ってもらうことを提案され,これを依頼したが,「その道のプロ」の意味につき,被告Y4からの説明がなかったため,暴力団関係者だとは認識することができず,巧妙に脅迫を実行する者だと認識していた。この認識は,同年12月に原告が銃撃されるまで変わらなかった。また,被告Y3は,K・L両教諭への脅迫に相当多額の報酬を支払っていることは知っていたが,これは,脅迫を実行している者たちの要求額が高いことや脅迫の効果がなかなか上がらなかったこと等によるものであって,報酬が多額であることから,被告Y4が「その道のプロ」に凶悪な犯罪行為を行わせることを予見することはできなかった。さらに,被告Y3は,同年9月下旬ころ,被告Y4からけん銃を見せられたが,これは,被告Y4がUにも自慢して見せたのと同様に,被告Y3にも自慢して見せたにすぎないものである。以上の事情により,被告Y4が「その道のプロ」に凶悪な犯罪行為を行わせることを予見することができなかった。したがって,被告Y3は,同Y4が「その道のプロ」に凶悪な犯罪行為を行わせないよう,被告Y4を制止すべき注意義務を負っていなかった。
よって,被告Y3が過失による共同不法行為責任を負うことはない。
ウ 原告の損害については,争う。
(5) 被告Y4の主張
ア 原告に対する銃撃に至る経緯等について
被告Y4は,K教諭やL教諭を殺害しようと考えたことはなく,Wに対してL教諭を殺害することを依頼したこともない。Wが銃撃するに至ったのは,同人が平成8年8月に被告Y4に対して同月末までにK・L両教諭を脅迫によって辞めさせる旨約束していたにもかかわらず,同月末を過ぎても上記両教諭が辞めなかったため,Wがけん銃で足でも撃って辞めさせようと考えたからである。実際,Wは,脅しの目的で銃撃したにすぎず,殺意はなかった。
イ 被告Y4の責任について
被告Y4は,K教諭やL教諭を殺害しようと考えたことや,Wに対してL教諭を殺害することを依頼したことはなく,Wとの間で,L教諭を銃撃して殺害することを共謀したことがない。したがって,被告Y4が共同不法行為責任を負うことはない。
ウ 原告の損害については,争う。
(6) 被告Y5の主張
ア 原告に対する銃撃に至る経緯等について
被告Y5は,同Y4の妻から現金を受け取ったことはあるが,それがけん銃の購入資金であるとは知らなかった。
イ 被告Y5の責任について
被告Y5は,Wとの間で,L教諭を銃撃して殺害することを共謀したことがない上,被告Y4の妻から受け取った現金がけん銃の購入資金であることを知らなかったから,Wによる銃撃を幇助する故意もない。したがって,被告Y5が共同不法行為責任を負うことはない。
ウ 原告の損害については,争う。
第3 当裁判所の判断
1 原告に対する銃撃に至る経緯等について
前示の前提事実に,甲第1ないし第3号証,第4号証の1ないし3,第5号証の1ないし7,第6号証,第7号証の3ないし5,10,12ないし15,17ないし19,25ないし28,32,35,40ないし43,45,47,51ないし65,第8号証の4,6ないし11,13,18,20,25,28ないし31,34ないし38,第9号証の2,4,7,8,12,13,15ないし24,26ないし44,第10号証の1ないし5,第11号証の1,2,4,5,第12号証,第15号証の1,2,第16号証,乙A第3号証,第5ないし第7号証,第9ないし第11号証,B第1号証,第4ないし第11号証,第16ないし第21号証,C第7ないし第19号証,D第1ないし第16号証,証人Qの証言,原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 被告Y1と本件組合との間における対立と被告Y4の採用等
ア 被告Y1は,昭和62年に業務提携の形で学校法人■■大学の傘下に入る以前は,入学試験の日にストライキが実施されるなど,本件組合との間で激しく対立し,大学進学率も低迷していたが,上記業務提携をしてからは,学校法人■■大学の意向の下,本件高校に普通科や特別進学コースを設けるなどして進学校化を目指すようになり,大学進学率も上昇していった。もっとも,進学校化を進めるに当たっては,各教師に時間外勤務や休日出勤をしてもらったり担当教科に関する知識の向上を図ってもらったりする必要があった。本件組合とその組合員の多くは,被告Y1の上記方針に賛成していなかった。
イ 被告Y2は,平成2年,被告Y1の常勤理事に就任したところ,被告Y1の理事長が非常勤で1か月に数日しか出勤していなかったため,被告Y1の法人業務の事実上の最高責任者であり,進学状況や組合対策等,被告Y1の重要な問題については,折に触れて,G総長に対し,文書や口頭で報告していた。
被告Y2は,学校法人■■大学の意向を受けて,本件高校の進学校化を更に進めようと考えていたため,次第に,被告Y1の方針に反対する本件組合やその組合員に対して不快感さらには嫌悪感を抱くようになり,やがて,本件組合を弱体化させて被告Y1の方針に協力するような組合に変えたいと考えるようになっていった。中でも,本件組合の書記長や副委員長を歴任した後に平成7年10月から委員長を務めていたK教諭については,同人が普通科の授業等の担当依頼を断ったり生徒の理解度を考慮しない授業を行ったりしているという理由で,また,平成元年ころから本件組合の執行委員を務めていたL教諭についても,同人が休日出勤の依頼を断ったり生徒との間で問題を起こしたり団体交渉で横柄な態度をとったりしているという理由で,両名に対し,被告Y2は,特に嫌悪の念を抱いていた。このことがあって,被告Y2は,平成7年ころから,本部事務室において,被告Y3らの部下職員に向かって,しきりにK教諭やL教諭の悪口を言うようになっていった。
ウ 被告Y2は,平成6年6月,G総長に対し,同年5月に本件高校の校長兼事務局長に就任したH(以下「H」という。)元事務局長の給与増額を申し出て,その承認を得るとともに,常勤理事と校長,事務局長とで被告Y1の日常業務に関する協議を行う学内理事会を設置したい旨申し出て,その承認を得た。
なお,当時の理事長であるIは,学内理事会の設置及び開催の事実を知らされなかった。
エ 平成6年当時,進学指導部長を務めていた被告Y3は,同Y2の推薦を受け,同年10月,教務部長や教頭,副校長を飛び越えて事務局長兼進学指導顧問に就任し,新設された学内理事会のメンバーとなるとともに,被告Y1の運営に関し,被告Y2の右腕として事務を遂行することとなった。また,被告Y3は,事務局長に就任して以来,被告Y2の厚い信頼を受けて,被告Y2がG総長に提出していた被告Y1の状況等を報告する文書の起案までも任されるようになった。そのため,被告Y3は,同Y2に対して恩義を感じ,被告Y2の方針のほとんどすべてに賛成し,被告Y2の学園運営に協力していた。被告Y3もまた,同Y2と同様,K教諭やL教諭を嫌い,被告Y2と共に本部事務室で両教諭の悪口を言っていた。
オ 被告Y1においては,事務局長が本件組合との団体交渉における窓口となるものとされており,Hが事務局長を務めていたときは,同人が団体交渉に出席していたが,被告Y3が事務局長を務めるようになってからは,同被告が進学指導顧問を兼務して忙しかったため,依然としてH校長が団体交渉に出席していた。このため,被告Y1は,本件組合から,教育職である校長が行政職である事務局長の業務をも担当するのはおかしいなどと指摘され,これを契機に,事務局内に組合対策を専門とする部門を新設することとした。
被告Y3は,同Y2から指示を受け,平成7年1月ころから,労務対策に精通した人物を探していたところ,本件高校のPTA副会長を務めていたUから,福島県下のタクシー会社で労務対策を担当していた被告Y4を紹介され,同年3月ころに2回,被告Y2やH校長と共に面接をした後,G総長の承認を得,被告Y4を被告Y1の組合対策部門の責任者として雇用することになった。被告Y4は,同年10月,非常勤(日給1万5000円,年40日出勤。年俸60万円)の学園本部組合対策部長に就任し,被告Y3が直属の上司となった。
カ 被告Y4は,同Y3から,被告Y1では労使関係が腐れきっている旨を聞かされていたが,自分で校内を見て回っても,組合員の多い商業科の教師には教育への熱意に欠ける者が多いと感じられた上,平成7年11月28日から出席するようになった本件組合との団体交渉においても,例えば組合員がいすの上に足を上げて交渉に臨むなど傍若無人な態度をとったり,野次を飛ばしたりするのを見て,被告Y3の説明は正しいと確信するとともに,被告Y1の方針に沿って労使関係を正常化しなければならないと思うようになった。
(2) 雇止め問題と脅迫の共謀等
ア 本件高校の教員は,契約期間の定めがない教諭と1年契約の常勤講師,時間契約の非常勤講師の3種類の教員から構成されていた。学校法人■■大学との間で業務提携をする以前は,常勤講師を数年間務めれば自動的に教諭に昇任する慣行があったが,上記の業務提携をしてからは,被告Y1は,進学校化の方針の下,大学入試問題等に対応することができない常勤講師を教諭に昇任させないことにするようになった。このため,何年も教諭に昇任することができない常勤講師が生じ始め,本件組合も,平成7年以降,これを問題視して,昇任の遅れた常勤講師の教諭昇任を求めるようになった。
このことについて,被告Y4は,当該問題を何年も放置した被告Y1の方に問題があるとして,今回に限って本件組合の要求を認めるべきだと主張したが,被告Y2は,人事への介入であるとして要求を認めず,結局,被告Y1は,平成8年2月,翌月に常勤講師に対する昇任試験を実施し,成績不良者に対しては契約を打ち切ることとした。
イ 被告Y1は,平成8年3月,常勤講師6名に対する昇任試験を実施したところ,2名は合格,別の2名は現状維持,OとPの両講師(以下「O講師ら」という。)は成績不良として契約を打ち切ることに決し,O講師らに対して契約の打切りを事実上通告した。この問題に関し,被告Y3は,K委員長から,O講師らの契約打切り撤回の要請を受けたため,H校長に処理をゆだね,H校長は,O講師らに対し,成績向上に努力する旨の念書を提出することを条件に,1年間の猶予を与えることとした。
ところが,O講師らは,同月8日,本件組合に加入して,念書の提出を拒否するとともに,本件組合は,この問題を「雇止め問題」と名付け,不当労働行為であるとして全面的に争う姿勢を示した。これに対し,被告Y1側では,学内理事会で対応を検討した結果,O講師らの契約を適法に打ち切ることは困難と判断し,同月11日,O講師らに3年間の猶予を与えるという事実上の白紙撤回を認める旨の決定を行った。
このようなことがあったため,被告Y2,同Y3,同Y4の3人は,非組合員であったO講師らを組合に加入させて個人の問題を組合の問題に換えてしまった本件組合の対応に憤激し,中でも,被告Y2は,本部事務室において,被告Y3や同Y4等の面前で,「組合のばかやつら。中でも,KとL,あれは人間じゃない。あんなのいなくたっていいんだ。」などとののしるほどであり,そのころから,被告Y3らに対し,しきりに,K・L両教諭を被告Y1から追い出す方法や本件組合を弱体化させる方法を考えるよう促すようになった。
ウ 被告Y3は,平成8年4月ころ,被告Y4に対し,「少し手荒でもいい。」などと言いながら,K・L両教諭を中心とした本件組合の幹部らを被告Y1から追い出す方法について,相談を持ち掛けた。これに対し,被告Y4は,平成5年ころから付き合いのある元暴力団組長のWを思い出し,被告Y3に対し,「私の知り合いにその道のプロがいるんです。その人が脅しをかければ,学校に出て来られなくなると思うんですが。」などと言って,脅迫によって辞職に追い込むことを提案した。これを聞いた被告Y3は,早速,被告Y2に対し,この方法を進言してその了承を得た上で,被告Y4に対し,W(ただし,被告Y2,同Y3は,その氏名を知らない。以下同じ。)に脅迫の実行を依頼するよう指示した。
エ 被告Y4は,同Y3から前記指示を受けて数日後,スナック「☆☆」を訪れてWに会い,同人に対し,K・L両教諭等を辞めさせることを請け負うかどうかについて,相談を持ち掛けた。これに対し,Wは,当時,破門処分を受け,生活に窮していたこともあって,良い収入源が見付かったと思い,被告Y4に対し,脅迫電話による脅迫で問題の教諭を辞めさせることを提案するとともに,脅迫を実行する場合は,4,5人の仲間と共に実行することや一定の時間と経費が掛かること,過去に広島県で教師を退職させた実績があること等を説明し,自分に脅迫を依頼するよう促した。
被告Y4は,その翌日ころ,被告Y3に対し,知り合いに相談したところ一定の時間と経費が掛かることを条件とした脅迫電話による脅迫をすることを勧められたこと等を説明するとともに,脅迫対象者を脅迫するための資料の提供を求めた。そこで,被告Y3は,同Y4と相談の上,脅迫対象者をK・L両教諭,M及びN各教師ほか4名のいずれも本件組合の幹部合計8名とすることとし,この8名の名前,年齢,住所,言動及び性格等を記載するとともに白黒の顔写真を掲載した資料を被告Y4に渡した。
オ その後,被告Y4は,再びスナック「☆☆」を訪れてWに会い,同人に対し,脅迫電話による脅迫を依頼するとともに,相当額の報酬を支払う旨約束した。しかし,被告Y4は,脅迫対象者8名に関する資料をWに渡したところ,Wから,人数が多すぎるので対象者を減らすよう求められたため,その旨を被告Y3に伝えた。
そこで,被告Y3は,同Y2の自宅を訪れ,被告Y2との間で脅迫対象者について相談した結果,脅迫対象者をK・L両教諭,M及びN各教師の合計4名に絞ることとなった。この結果を受けて,被告Y3は,脅迫対象者を4名に絞る旨を被告Y4に伝えるとともに,脅迫対象者を4名にして作り直した資料を被告Y4に渡し,同被告によってWに届けられた。
カ このころ,被告Y4は,Wに対して脅迫の報酬額を尋ねたところ,後払いで約1000万円ほどであるという回答を得たため,被告Y3に対し,Wは過去に広島県で教師を退職させた実績を持っており,報酬としては約1000万円を要する旨伝えた。これを聞いて,被告Y3は,Wに脅迫を依頼しようと考えたが,脅迫に大金を要することとなるため,被告Y2の承諾を得る必要があると考え,再度被告Y2の自宅を訪れ,同被告に対し,脅迫を外部の者に依頼して行わせることとなったためその報酬に約1000万円を要する旨報告して,その了承を求めるとともに,報酬のねん出方法について相談した。被告Y2は,同Y3に報酬のねん出方法を一任したため,早速,被告Y3は,同Y4に対し,自分が脅迫の報酬を工面する旨伝えた。
被告Y3は,脅迫の報酬のねん出方法につき,被告Y1では1億円以内であれば被告Y1のみの判断で工事の発注をすることができることに着目し,適当な設備業者を探した結果,自己の教え子であるR(以下「R」という。)が夫婦で経営する給排水設備の会社(以下「訴外会社」という。)に,被告Y1の工事を発注するとともに,工事代金を水増し請求させ,その謝礼として,Rから金員を提供してもらい,脅迫の報酬に充てるための資金をねん出することとした。被告Y3は,同Y2に対し,新たに被告Y1が発注する工事を請け負う設備業者を訴外会社とする旨報告するとともに,平成8年4月17日には,須賀川市内の料亭でR夫妻を被告Y2に紹介した後,被告Y2に対し,訴外会社に脅迫の報酬をねん出してもらうことにする旨の報告をした。
(3) おはようニュースと脅迫電話の実行開始等
ア Wは,脅迫電話の依頼を引き受けたものの,自ら実行したくはなかったため,平成8年5月ころから,知人等に脅迫電話の実行をさせようと打診してみたが,誰も引き受ける者がおらず,また,自ら実行する気にもなれず,なかなか実行に踏み切れないでいた。しかし,その間も,Wは,被告Y4から脅迫電話の状況等に関する報告を求められていたため,被告Y4に対し,6人態勢で別々の場所から大量に脅迫電話をかけているなどとうそをついていた。
イ 本件組合は,平成8年6月25日,機関誌「おはようニュース」を発行し,全職員の机上に配布した。その機関誌の冒頭には,次の記載を含む記事が掲載されていた。
「本校では…第1サテアン,第2サテアン,ジーバカ棟,カラバカ棟と小部屋を新設しつつあります。…/最近,本部のT氏を見たことがない,学校に来ているのだろうか?トイレにオーデコロンの臭いが無いから来ていないのではないかと各先生が言っていたのを聞くと不思議な存在だと感じる。/本部に労務担当理事が来たときママ聞くが顔を見たことがない,組合対策なのだろうが一言挨拶か紹介があっても良いのでは?多分,事務室前の通路を眼鏡をかけダブルの背広を着,ボタンをはずし,ヤクザ風な姿で歩いていた人がそうなのかもしれない。」
被告Y2と同Y4は,本件組合が,その機関誌に,殺人等の事件を敢行した※※教の施設に本件高校の校舎を例えたり自分たちのことをやゆしたりする記事を掲載したことを知り,本件組合に対して強い怒りの念を抱いた。被告Y4は,部下のVから,L教諭が上記の記事を書いたらしいと聞き込み,Vらと共に,K委員長らを呼び出し,同人らに対し,名誉毀損だと抗議するとともに,上記の記事を記載した者を明らかにするよう求めた。しかし,K委員長は,謝罪することも記事を記載した者を明らかにすることも拒み,被告Y4は,ますます怒りの念を強めた。
そこで,被告Y4は,Wに電話をかけ,いまだ脅迫電話の効果が全く現れていないことに不満を述べ,脅迫電話をかけているというWの説明に対して不信感をのぞかせた。このように被告Y4から疑われたため,Wは,もはや自分で脅迫電話をかけるしかないと考えるに至り,同月28日以降,K教諭の自宅に,「8月までに片腕を切り落とすぞ。」などと脅す内容の脅迫電話をかけるようになった。
ウ K教諭の自宅に脅迫電話がかかったことを受け,本件組合は,平成8年7月2日付けで発行した機関誌「おはようニュース」2誌に,次のような記載を含む記事を掲載した。
「これが天下の△△のやることなのか」
「組合委員長宅へ脅迫電話が…/6/28(金)夜7:30頃と7/1(月)夜8:15頃『8月までに片腕を切り落すぞ』と言う内容の脅迫電話(おどし)があったそうだ。/新聞社,テレビ等に報告し,起訴すれば,大事件になること必至。本校の今の体勢を変えない限り,現実的なものになることは明白である。」
被告Y4は,前記の記事を見て,Wやその仲間がK委員長の自宅に脅迫電話をかけたことを知ったが,文面上,脅迫電話の犯人が被告Y4であることをほのめかすような内容であったため,自己が無関係であることを装う必要があると考え,K委員長など組合三役を呼び出し,抗議した。これに対し,K委員長が「犯人はあんただべ。テープも取ってあるんです。」などと言い返してきたため,被告Y4は,激怒し,録音テープの提出を求めるとともに,「こんな書き方するやつは,絶対に許さない。」などと言いながら,「おはようニュース」を丸めてK委員長の体に投げ付けるなどした。
なお,同じころ,被告Y3や同Y2も,同Y4が脅迫を依頼した者が脅迫電話をかけ始めたことを知った。
エ 被告Y4は,平成8年7月上旬ころ,Wと飲食した際,酔余,興奮気味で,「Lの野郎,おれのことをダブルの背広を着てヤクザ風だなどとばかにして新聞に書いた。とんでもない野郎だ。生かしておけない。Lをやってくれないか。」などと申し向けた。これを聞いて,Wは,被告Y4が本気で殺害を依頼しているのではないと思い,承諾したかのような返事をしてその場を取り繕っていたものの,被告Y4が本気にならないよう,L教諭方にも脅迫電話をかける必要があると考え,同月下旬ころから,L教諭の自宅に,「殺すと伝えてください。」などと脅す内容の脅迫電話や無言電話をかけるようになった。
オ 被告Y1は,平成8年7月16日,同月2日に発行された「おはようニュース」の中に被告Y1が脅迫電話に関与しているかのような記載があることにつき,本件組合に対し,謝罪文の提出を求めるとともにこれに応じなければK教諭の退職を求める旨の警告書を送付した。これに対し,本件組合は,同月24日,被告Y1に対し,「おはようニュース」に不穏当な表現があったことを認める謝罪文を送付した。そこで,被告Y1と本件組合は,翌25日発行予定の組合機関誌「こどう」に上記謝罪文を掲載することで,両者の関係が正常化し得たという認識を示す確認書を発行した。しかし,被告Y4は,その後も,「おれとKの問題は終わっていない。」などと言って,怒りが収まっていなかった。
カ 被告Y3は,平成8年7月20日に被告Y1の理事会と評議員会が開催されてG総長も評議員として出席する予定であったため,G総長あての報告書を起案し,被告Y2の了解を得,上記同日,被告Y2と共に,G総長に対し,上記報告書を示しながらその説明を行った。その報告書には,被告Y2と同Y3とが本件組合の弱体化を図り,最終的には本件組合の壊滅を目指して努力していることなどが記載されていた。(被告Y1は,報告書が平成10年5月ころに作成されたものである旨主張するが,この主張を裏付ける的確な証拠はなく,かえって,被告Y2と同Y3のいずれもが平成8年7月ころに作成されたものである旨供述している(乙A第9,第10号証及びC第10号証,第16ないし第19号証)。)
(4) 報酬の支払開始とL教諭殺害の依頼等
ア Wは,平成8年7月末ころ,被告Y5の体調が思わしくなく,同被告が高熱を出しながら無理を押してスナックで働いていたこともあり,依頼されている脅迫電話にかこつけて被告Y1からまとまった金員を手に入れようと考え,被告Y4に対し,5,6人の態勢で車2,3台を使用して移動しながら別々の場所から脅迫電話をかけているため,移動代や宿泊費等の経費が掛かり,手持金を使い果たしてしまったなどとうその説明をし,脅迫対象者1人当たり250万円の合計1000万円に上る報酬が必要であると言って,金員を要求した。
この要求に対し,被告Y4は,Wに対し,「上の人と相談する。」などと述べて回答を留保した後,直ちに,被告Y3に連絡をし,脅迫電話を依頼した者から1000万円の報酬の要求があったことを伝えた。この報告を受けて,被告Y3は,かねてから,Rに対して裏金のねん出について協力を依頼し,その承諾を得ていたため,同女に連絡を取り,当時予定していた校舎のトイレの改修工事を訴外会社に発注するとして,1000万円の提供を求め,差し当たり600万円しか都合がつかないという返事しか得られなかったが,その金額で了解した。
このようなことから,被告Y1は,同月31日,訴外会社に対し,本件高校の校舎のトイレの改修等の工事を工事代金2361万円で発注した。
イ 被告Y4は,平成8年7月31日,前記タクシー会社やその系列会社を退職し,同年8月1日,常勤の学園本部本部長に就任した。
常勤となった被告Y4の給与額を決定するに当たり,被告Y3は,Uの妻から手取り月額100万ないし120万円にするよう求められたため,被告Y2の了承を得た上で,同年9月以降,本俸約49万円と労務対策費等の諸手当約35万円の合計約84万円に,被告Y4自身に支給する空出張費からねん出した20万円以上の金員を加え,被告Y4に支給する給与の手取り月額が100万ないし120万円になるよう調整した。その結果,被告Y4の給与額は,当時,約65万円であった被告Y2の給与額や約47万円であった被告Y3の給与額よりもはるかに高いものとなった。
ウ 前記のとおり,体調の思わしくなかった被告Y5は,平成8年7月30日,須賀川市内の甲病院で肺炎と診断されて,入院した。そこで,Wは,脅迫を中断し,被告Y5の看病に当たっていたが,その間にも,被告Y4からK・L両教諭らを早く辞めさせるよう催促されていたため,せっぱ詰まって,自分の仲間が脅迫電話をかけているから,K・L両教諭らは間もなく退職すると思うなどとうその説明をしながら,被告Y4に対し,生活費欲しさに報酬を前払いするよう催促していた。Wは,同年7月末ころから8月初めころにかけて,被告Y4から「Lだけはどうしても許せない。」などと言われて,L教諭を殺害してほしい旨申し向けられたり,けん銃の入手を依頼されたりしていたが,返事をしないでいた。
エ 被告Y3は,平成8年8月22日,Rから先に約束した600万円の提供を受けたため,これに手持ちの400万円を加えて合計1000万円とし,路上に止めた自動車内において,被告Y4に対し,脅迫の報酬1000万円とかねて被告Y4から求められていた脅迫対象者4名の健康診断票や履歴書の各写し,生徒手帳の写し等脅迫に用いる追加資料を渡し,後日,被告Y2に対し,同Y4に脅迫の報酬を支払ったことを報告した。
前記脅迫の報酬について,被告Y4は,Wの要求どおりに支払うと同人につけ込まれるおそれがあると考え,被告Y3から渡された脅迫の報酬の一部を手元に残しておくこととした。
オ Wは,平成8年8月21日,被告Y5が甲病院を退院し,脅迫を再開することができるようになったため,翌22日,被告Y4に連絡を取ると,同被告の自宅に呼ばれた。
被告Y4は,上記同日ころ,自宅を訪れたWに対し,「これだけしかできませんでした。成功すれば恥をかかせないようなお礼はします。」などと言いながら,現金約500万円と被告Y3から渡された脅迫の追加資料を渡した。これに対し,Wは,被告Y4に対し,同月末までにK・L両教諭を辞めさせることを約束し,その旨記載した念書を渡した。なお,Wは,当日も,被告Y4から,けん銃の入手を依頼されたが,入手が困難だなどと説明するにとどめた。
カ Wは,被告Y4方から帰宅した後,被告Y5に対し,同Y4から受け取った現金約500万円を生活費として渡すとともに,その現金が本件高校の教師を脅迫して辞職させることを請け負ったことに対する報酬である旨説明した。
その後,Wは,千葉県柏市内の居宅に戻り,K・L両教諭方等に脅迫電話や無言電話を繰り返しかけながら,被告Y4から本件高校に出勤したK・L両教諭の様子を聞いていたが,上記両教諭が退職する気配は全くうかがわれなかった。
(5) L教諭銃撃の承諾とけん銃の準備等
ア 被告Y3は,同Y4から,Wが平成8年8月末までにK・L両教諭を辞めさせることを約束した念書を見せられていたことから,同月末ころ,被告Y4に対し,上記両教諭を辞めさせる期限が近づいている旨申し向けた。被告Y4は,Wに対し,改めて,上記両教諭を辞めさせるように促そうとしたものの,Wと連絡が取れないまま,同月末が経過した。上記両教諭は,同年9月に入って,通常どおり出勤していた。
被告Y4は,同Y3からK・L両教諭を辞めさせる期限が過ぎたことをとがめられたことから,同年9月2日ころ,ようやく連絡が取れたWを自宅に呼び,被告Y3の意向を伝え,Wをとがめた。Wが期限を守れなかったことをわびた後,両者間でけん銃を使用する話になり,Wは,更に被告Y1から金員を引き出そうと考え,被告Y4に対し,上記両教諭をけん銃で銃撃して殺害することを約束するとともに,殺人に対する報酬の相場は3000万円程度である旨申し向けた。そのころ,Wは,須賀川市内の自宅にけん銃2丁を隠し持っていたのであるが,これを秘した上で,被告Y4に対し,現在けん銃の入手が困難で経費も掛かる,2丁のけん銃が1セットで販売されており,約200万円から300万円を要する,などとうその説明をした。
そこで,被告Y4は,同Y3に対し,K教諭やL教諭を被告Y1から排除するために,けん銃で銃撃することを提案するとともに,脅迫を依頼している自分の知り合いもこれを引き受けると言っていること,殺害を依頼する場合,その報酬は約3000万円に上ること,けん銃の購入代金は同年8月22日に被告Y3から渡された現金1000万円の残金の中から支払うことができること等を説明した。被告Y3は,当初,難色を示したが,翌日ころ,被告Y4に対し,被告Y1に迷惑を掛けないことを条件に,けん銃で銃撃することを了承した上,被告Y4と一緒に銃撃の対象を検討した末,L教諭を選んだ。被告Y4は,Wに対し,けん銃の購入とL教諭の銃撃による殺害を依頼した。
イ 被告Y4は,かねてからヘルニアの持病があり,平成8年9月7日以降,乙総合病院附属a病院に入院していた。Wは,同月15日,被告Y5と共に同Y4を見舞い,その際,被告Y4に対し,けん銃の購入代金は先払いである旨を告げた。
Wは,被告Y5に対し,同月16日ころ,被告Y4からL教諭をけん銃で銃撃して殺害するよう依頼されて当惑している心境を語る一方,同じころ,けん銃2丁を約80万円で購入する予定である旨告げていた。
ウ 被告Y4は,平成8年9月17日に病院から退院した後の同月24日ころ,妻Sに頼んで,被告Y3から受け取っていた1000万円の残金のうち300万円を被告Y5に届けてもらった(この点につき,被告Y5は,上記300万円がけん銃の購入資金であるとは知らなかった旨主張する。しかし,被告Y5は,同月16日ころにはWからけん銃2丁を約80万円で購入する予定である旨を告げられていた上で,受け取った金員であるから,通常,けん銃の購入資金であることは容易に想像がつくものと思料される上,捜査段階では,300万円をけん銃の購入資金として受け取ったことを認める旨の供述をしている(甲第8号証の37)。)。
そこで,Wは,同年10月初めころ,けん銃を購入したかのように装って,自宅に隠し持っていた自動装てん式けん銃トカレフ(以下単に「トカレフ」という。)とこれに適合する実包18発及び自動装てん式けん銃コルト(以下単に「コルト」という。)とこれに適合する実包50発を持って被告Y4の自宅に赴いた。Wと被告Y4は,話し合った結果,Wがトカレフとその適合実包を,被告Y4がコルトとその適合実包を,それぞれ所持することとし,Wは,被告Y4にコルトを渡してその使用方法を説明するなどした後,被告Y4から費用として現金100万円を受け取った。
エ 被告Y4は,Wからコルトを受け取って,その翌日,被告Y3に対してけん銃を入手した旨報告し,同日午後7時ころ,被告Y3宅付近に止めた被告Y4の乗用車内でコルトを示すとともに,銃撃を引き受けた知り合いがもう1丁のけん銃を所持していること等を説明した。その後,被告Y4は,コルトを自宅の物置の中に隠しておいた。
オ 被告Y4は,自宅の東隣にある土地建物を購入したいと考え,平成8年10月ころ,被告Y3に対し,被告Y1から土地建物の購入資金2247万円を借り入れたい旨申し入れ,被告Y3は,同Y4の働きを考慮し,これを承諾した。
(6) 原告に対する誤認銃撃に至る経緯等
ア 被告Y4は,平成8年10月中旬ころ,Wから,銃撃の報酬として,500万円から600万円ほどの金員を準備しておくよう要求されたため,この要求を被告Y3に伝えた。そこで,被告Y3は,同年7月にRに提供を求めた1000万円のうち,まだ提供を受けていない残り400万円を同女から受け取り,同年10月22日ころ,これだけしか調達することができなかったなどと説明して,被告Y4に400万円を渡した。
イ 被告Y4は,同Y3にけん銃を見せた後,被告Y3から早く結果を出すよう求められていたこともあって,Wに対し,「Lをやってくれ。」と申し向け,自ら様々な襲撃方法を提案するなどして,繰り返し,L教諭を銃撃して殺害するよう催促したが,Wは,一方で,襲撃の機会が見付からなかったなどと言い訳をし,他方で,K・L両教諭を辞めさせれば,銃撃しなくて済むと考え,上記両教諭方に脅迫電話をかけ続けたが,成果を出すことができず,結局,平成8年10月末ころには,被告Y5と共に,L教諭が住む猪苗代町大字蚕養の集落がある場所を車で確認しに行くようになった
ウ 平成8年11月下旬ころになると,WがL教諭方に電話をかけてもつながらなくなって,電話による脅迫の途が閉ざされ,一方,長男の浪費等によって被告Y4から受け取った多額の金員も底をついてきたため,同月20日ころには,L教諭を銃撃するほかない状況に追い詰められた。そこで,Wは,L教諭を銃撃するに当たって,L教諭の自宅がある場所を知りたいと思ったが,その場所がいまだ分からなかったため,このころから,実包を装てんしたトカレフを車内に忍ばせて,毎日のように猪苗代町大字蚕養の集落に赴き,県道上等でL教諭を待ち伏せするようになった。
エ Wは,平成8年12月1日午後3時ころ,猪苗代町大字蚕養の県道を車で走行中,シベリアンハスキー犬を連れて散歩をしている原告を目撃した。Wは,この人物が脅迫資料上のL教諭に似ていると思ったが,確信が持てなかったため,被告Y4に連絡を取り,同被告にL教諭が犬を飼っているか否かを尋ねた。被告Y4は,L教諭が犬を飼っているかどうか分からなかったため,返事を留保し,被告Y3に尋ねたところ,翌日,被告Y3から,L教諭は犬を飼っており毎日散歩しているとの返事を得たため,Wにその旨を伝え,その人物をけん銃で銃撃して殺害するよう求めた。
オ Wは,被告Y4の話からL教諭の帰宅時刻が午後5時半ころであろうと推測し,平成8年12月3日は,午後5時半ころから午後8時ころまで,猪苗代町大字蚕養の県道上等で待ち伏せをしていたが,L教諭と思い込んだ原告を発見するには至らなかった。
そこで,Wは,翌4日も,午後3時半ころから,実包6発を装てんしたトカレフをズボンのベルトに挟んでいつでも撃てる状態にして,前記県道上等を乗用車で移動しながら原告を捜していたところ,既に暗くなった午後5時47分ころ,上記県道上において,懐中電灯を右手に,シベリアンハスキー犬の手綱を左手にそれぞれ持って散歩しながら,Wの進路前方から近づいてくる原告を発見した。
Wは,原告をL教諭本人であると思い込んでおり,気乗りはしないが,この機会を逃せば今後いつ銃撃をすることができるか分からないなどと考え,その場で原告を銃撃して殺害することを決意した。そこで,Wは,ブレーキを掛けて乗用車を減速させるとともに,乗用車の運転席側のガラス窓を全開にし,原告から約2m離れたほぼ真横の地点で車を止めるや否や,ベルトから右手でトカレフを取り出し,原告の方に銃口を向け,殺意をもって,連続して2回発砲し,うち弾丸1発が原告の左大腿部前面をかすめ,長さ5cm,幅1.4cm,深さ5mmに及ぶ左大腿部前面裂挫創の傷害を負わせた。
原告は,左大腿部前面に痛みを感じたが,軽いものであったため,いたずらでエアガン等を撃たれたと思い,「何すんだ,ばか野郎。」と怒鳴りながら,Wの車の後方に向かって走って逃げ出した。そこで,Wは,弾が当たらなかったのかもしれないと思い,逃げて行く原告の方に再度銃口を向け,連続して3回発砲したところ,犬の左足に命中して犬が倒れた。その後,Wは,車を原告の逃げ去る方向とは逆方向に走らせて逃走した。
(7) 誤認銃撃をした後のW,被告Y4及び同Y3の対応等
ア Wは,原告を銃撃して自宅に帰る途中,被告Y4の自宅に2回電話をかけ,被告Y4に対し,L教諭を銃撃したこと,その結果,同教諭の足か連れていた犬の足に弾が当たったようであること等を報告するとともに,銃撃の報酬の支払を求めた。これに対し,被告Y4は,「なんだい,足かい。」と言ってL教諭を殺害するに至らなかったことについて不満を示しながらも,銃撃の報酬として300万円を限度に支払うことを承諾し,午後8時ころに須賀川市内の丙病院の駐車場において報酬を渡す旨申し向けた。
その後,被告Y4は,同Y3の自宅にも電話をかけ,被告Y3に対してWから聞いた銃撃状況等を伝えた。
イ Wは,平成8年12月4日午後7時ころ,帰宅し,被告Y5に対してL教諭を銃撃してきた旨を伝えた後,午後8時ころ,須賀川市内の丙病院の駐車場に赴き,被告Y4の妻Sを介して,約束の報酬300万円を受け取った。その後,Wは,帰宅して,うち200万円を被告Y5に生活費として渡し,残り100万円を持って千葉県柏市内の居宅に戻った。
ウ 被告Y4は,平成8年12月4日夜,Wによる銃撃が人違いであったことを知り,翌5日,Wの自宅に電話をかけ,電話に出た被告Y5に対し,「人違いのようだと社長に伝えてください。」などとWへの伝言を依頼した。その後,被告Y4は,W自身と連絡を取り,銃撃が人違いであったことを伝えるとともに,今度は間違いなくL教諭を銃撃して殺害するよう依頼した。
(8) 誤認銃撃を受けた後の原告の経緯等
ア 原告は,Wの運転する車が走り去った後,連れていた犬の左足に弾丸が命中して負傷していることに気付いたため,犬を抱き抱えるなどしながら,100mほど離れた場所にある家畜病院に犬を連れて行き,犬に治療を受けさせるとともに,110番通報をしてもらった。
原告は,家畜病院に来て初めて,自分も負傷していることに気付いたが,重傷ではなかったため,平成8年12月4日の午後6時30分から午後7時23分までの間,警察が行う実況見分に左足を引きずりながら立ち会った。しかし,原告は,その後,痛みをこらえきれなくなり,午後8時前ころに会津若松市内の財団法人丁病院に搬送され,即日入院した。
原告は,同月6日に縫合手術を受けた後,同月14日,病院を退院し,平成9年1月9日まで,4回にわたる通院を経て治癒した。
イ 原告は,けん銃で5発も執ように銃撃されたため,身に覚えがないにもかかわらず,暴力団関係者との間でトラブルがあったのではないかなどと警察に疑われ,銃撃を受けてから約半年の間,ほとんど毎日にわたって事情聴取や取調べを受けるとともに,一時は,自分の娘からも疑われた。また,原告は,警察が原告の娘の交際関係をも疑ったため,平成9年春ころ,警察に同女の携帯電話の受発信記録を調べさせたところ,その後約半年間,同女が口をきいてくれなくなった。
その後も,原告は,平成10年4月に真犯人が逮捕されるまで,周囲から犯人の関係者として疑われ続けた。
2 Wの銃撃行為と殺意について
(1) Wが,平成8年12月4日,猪苗代町大字蚕養の県道上を,犬を連れて散歩している原告を見て,L教諭であると誤認し,乗用車に乗ってすれ違いざま,同車を減速させるとともに,同車の運転席側のガラス窓を全開にし,原告から約2m離れたほぼ真横の地点で同車を止めるや否や,ベルトから右手でトカレフを取り出し,原告の方に銃口を向け,連続して5回発砲し,うち弾丸1発が原告の左大腿部前面をかすめ,長さ5cm,幅1.4cm,深さ5mmに及ぶ左大腿部前面裂挫創の傷害を負わせたことは,前示1(6)オ認定のとおりである。
Wは,捜査段階では,確定的な殺意は否認するものの,銃撃をした当時,発射した弾丸の当たり所が悪ければ被害者が死亡することもある旨の認識はあったが,銃撃によって被害者が死んでも仕方がないと考えて撃ったなどと供述して未必の殺意を認めていたところ(甲第7号証の45,52,53,57,61),公判段階では,未必の殺意も否認するに至った。
そこで検討するに,そもそも,けん銃は人を殺す道具であり,その殺傷能力は極めて高く,人体の枢要部に当たれば,特に幸運な事情でもない限り,人を死に至らしめるものである。このため,けん銃を人に向けて発射する行為は,例えば,銃撃の標的となる人が遠距離にいる場合や射撃の経験を積んだ者が至近距離から標的となる人の身体の枢要部以外を狙って慎重に発射するなど特別な事情のある場合を除き,その標的となる人を死に至らしめる蓋然性が極めて高い。したがって,社会通念に従えば,特別な事情のない限り,けん銃を人に向けて発射する場合,殺意があるとの強い推定が働くものというべきである。
本件についてみると,Wは,乗用車の前照灯を遠目にして原告を捜し,原告も自分のほぼ真横に車を停車させたWの顔を判別することができないほどの暗がりの中で(甲第4号証の1,第7号証の61,第16号証),原告が立っていた地点から約2mしか離れていない至近距離から(乙D第9号証),けん銃を持った右腕を伸ばし(乙D第2号証),銃口を原告の方に向け(甲第7号証の63),まず連続して2発発砲し,その後原告が走って逃げ出したため,更に銃口を逃げて行く原告の方に向け,連続して3発発砲したものである。
Wが射撃の訓練を受けたことがないことを考慮すれば,前記のような態様で人の身体に向けてけん銃を発射した場合,人体の枢要部以外の部位を正確に射撃することなど,およそ不可能なことであって,実際,弾丸の1発は人体の枢要部である下腹部に近い原告の左大腿部前面をかすめており,その弾道がわずかにでも外れれば,致命傷となる可能性があったのである。
次に,動機の点をみると,W自身には,被告Y4から銃撃の依頼を受けなければ,あえてL教諭と誤認した原告を銃撃するような動機がなかったことは,前示1(3)及び(4)で認定した事件の経過から明らかである。
しかし,Wは,報酬目当てに,被告Y4に対して,L教諭を銃撃して殺害することを約束し,その銃撃のためにけん銃を準備し,それでも,しばらく実行をちゅうちょしていたものの,被告Y4から経費ないし報酬の名目で1200万円余の大金を渡されて,繰り返し銃撃を実行するよう催促され,もはや被告Y4の要請に応じてL教諭をけん銃により殺害するほかない状態に追い込まれ,同年11月下旬ころから,L教諭の自宅のある猪苗代町へ乗用車で度々赴いてL教諭をけん銃により殺害する機会をうかがうようになり,ついに,L教諭と誤認して原告を銃撃するに至ったものである。したがって,Wには,殺害の動機及び必然性があるというべきである。
以上のとおり,本件で使用された凶器が本来的に人を殺すことを目的とするけん銃であること,Wが至近距離から原告に向けて5回も執ように発射していること,発射した弾丸のうち1発を人体の枢要部に近い左大腿部前面に命中させていること,Wには原告を殺害すべき動機等があること,その他事件の経緯等をも併せ考えると,Wは,L教諭と誤認した原告に対し,殺意をもって銃撃したと認めるのが相当である。
(2) Wは,福島地方裁判所平成10年(わ)第73号,第87号,第94号強要未遂,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件(以下「Y4被告事件」という。)の第14回公判以降,原告に対してけん銃を向けて「止まれ。手を挙げろ。」と脅しても,原告が黙ったまま従わなかったため,空の方に銃口を向けて2回発砲したところ,原告が逃げ出したため,止まらせようと考え,原告が逃げる手前の下辺りに銃口を向けて3回発砲した旨供述するが,Wの捜査段階及び公判段階当初における供述並びに原告の銃撃状況に関する供述(甲第4号証の1,第16号証及び原告本人尋問の結果)と著しく食い違っており,Wが公判での証言中に供述を翻すなどし,信ぴょう性に疑いがあることをも併せ考慮すれば,Wの上記供述を採用することはできない。
(3) 被告Y4もまた,Wは脅しの目的で銃撃したにすぎず,殺意がなかった旨主張するが,前記認定判断に照らし,採用することはできない。
3 Wの銃撃行為への被告Y4の関与と殺意について
(1) 被告Y4が,平成8年9月初めころ,Wとの間で,K・L両教諭を被告Y1から排除する相談をし,Wが上記両教諭をけん銃で銃撃して殺害する旨の合意をしたこと,その後,被告Y4が,同Y3と打ち合わせた上,銃撃する相手をL教諭に絞り,Wがけん銃を調達することになったこと,Wが,同年10月初めころ,トカレフとこれに適合する実包,コルトとこれに適合する実包を入手したとして,これらを被告Y4に示し,Wがトカレフとその適合実包を,被告Y4がコルトとその適合実包をそれぞれ所持することとなったこと,Wが,同年12月4日,上記トカレフで原告を銃撃して傷害を負わせたことは,前示1(5)及び(6)で認定したとおりである。
(2) 被告Y1や同Y4は,被告Y4がWとの間でL教諭をけん銃で銃撃して殺害することを共謀していない旨主張するが,次のとおり採用することができない。
(3) 被告Y4の捜査段階における供述を検討すると,被告Y4の供述は,後記のとおり,被告Y4とWのいずれがけん銃を使用する旨の提案をしたのかについて,Wの供述と対立しているものの,①K・L両教諭を被告Y1から排除する方法としてけん銃で上記両教諭を銃撃することになり,その対象がL教諭に絞られて,Wがけん銃を調達することになったこと,②Wは,実際に,平成8年10月初めころ,トカレフとこれに適合する実包,コルトとこれに適合する実包を入手したとして,これらを被告Y4に示し,Wがトカレフとその適合実包を,被告Y4がコルトとその適合実包をそれぞれ所持することとなったこと,③被告Y4は,同月ころ,Wに対し,「Lをやってくれないか。」と催促していたこと,以上の点では,Wの供述とおおむね一致しており,これらを覆すに足りる証拠もない。そうすると,被告Y4がWとの間でL教諭をけん銃で銃撃することを共謀したことは明らかである。
(4) そこで次に,被告Y4が殺意を有していたかどうかについて検討する。
被告Y4は,捜査段階において,平成8年9月初めにWとの間でK教諭やL教諭をけん銃で銃撃することを合意し,その銃撃によって両教諭が死亡してもやむを得ないという考えを抱くに至った旨供述して未必の殺意を認めていたところ(甲第9号証の21,40),公判段階になって,けん銃使用の目的につき,K教諭やL教諭をけん銃で脅迫するという供述に変遷するに至った。
しかし,前記2(1)で述べたとおり,本件で被告Y4及びWが使用した凶器は,本来的に人を殺すことを目的とするけん銃であり,しかも,Wにおいて調達したのが実包付きのけん銃であったことをも考慮すると,脅迫の目的でけん銃を入手したとは考えにくく,殺害の共謀をしたことを強くうかがわせるものである。
また,Wは,銃撃の合意に前後して,被告Y4に対し,殺害に対する報酬の相場が3000万円であることを告げているところ(甲第9号証の18,19,21,34及び乙D第13号証),この金額は,4人の教師に脅迫電話をかけて退職させる報酬の3倍にも相当する額であることからすると,3000万円の報酬は,単にけん銃で脅迫したり銃撃して傷害を負わせるだけにとどめたりすることの対価であるとは考え難く,けん銃で銃撃して殺害することの対価であると考えるのが自然である。
さらに,前示1(3)ないし(5),(7)のとおり,Wが,同年7月上旬ころから,L教諭を殺害することを被告Y4から求められ続け,被告Y5に対し,同年9月16日ころには被告Y4からL教諭をけん銃で銃撃して殺害するよう依頼されて当惑している心境を語ったり,誤認銃撃後の同年12月5日ころには被告Y4から今度は間違えずにL教諭を殺害するよう求められたなどと愚痴を述べたりしたことが認められる。以上を総合すると,被告Y4は,同年9月初めにWとの間でL教諭をけん銃で銃撃して殺害する旨合意したと認めるのが相当であり,この認定に反する被告Y1や同Y4の前記主張を採用することはできない。
なお,被告Y4は,未必の殺意を認めた各検察官調書(甲第9号証の21,40)が作成された経緯につき,検察官から,被告Y4の供述がWや被告Y5の供述と違っているから,被告Y4がうそをついている,認めないと最高の求刑をするなどと言われたため,仕方なく認めた旨供述し,上記各調書の信用性を争っている(乙D第13号証)。しかしながら,被告Y4は,取調べに先立ち,事実と異なる調書に署名指印をしてはならない旨を弁護人から教示され(乙D第13号証),現に,上記各調書には被告Y4が事実を認めなかった部分が問答体で複数箇所にわたって記載されているにもかかわらず,未必の殺意の部分は問答体による記載や訂正の記載が何らされていないのであるから,被告Y4の上記各調書は,十分に信用性があるものというべきである。
(5) 被告Y4の供述(捜査段階における供述。甲第9号証の16,18,19,21,34,40,乙B第19号証及びD第14号証)とWの供述(Y4被告事件の第10回公判より前の供述。甲第7号証の35,40,45,55,乙C第12号証及びD第1号証)とは,被告Y4とWのいずれがけん銃を使用する旨の提案をしたのかで,大きく対立している。
ア 被告Y4は,同被告が,平成8年9月初めころ,脅迫の成果が出ていないとしてWをとがめたところ,Wは,「それじゃ,ドンやるしかねぇな。」と言い,さらに,Wは,「けん銃で相手の足を狙って撃ちます。これは私の方でやるんですから,常務さんには迷惑掛けませんよ。脅迫電話で駄目なら,けん銃でやるしかないんですよ。」と言った旨供述し,銃撃はWが言い出したとする。そして,これに伴い,被告Y4は,Wの供述部分のうち,被告Y4が,同年7月上旬ころ,Wと飲食した際,「生かしておけない。Lをやってくれないか。」などと申し向けたとの点,被告Y4が,同月末ころから同年8月初めころにかけて,Wに対し,「Lだけはどうしても許せない。」などと言って,L教諭を殺害してほしい旨申し向けたり,けん銃の入手を依頼したりしたとの点なども否認する。
イ しかしながら,被告Y4の前記供述は,Wが言ったという「ドン」の意味につき,平成10年6月21日・22日の取調べでは,けん銃で銃撃して殺害することであると理解した旨供述していたにもかかわらず(甲第9号証の18,19),同月26日と同年7月20日の取調べでは,Wから「けん銃で足を狙って撃つ。」と説明された旨供述し(甲第9号証の21,40),平成12年5月26日に行われたY4被告事件の第19回公判では,Wから「けん銃を見せて脅す。場合によっては発砲して脅す。」と説明された旨供述し(乙D第14号証),平成16年5月18日に行われた当庁平成12年(ワ)第71号損害賠償請求事件の証拠調べ期日では,Wから「けん銃で足元に撃ったり空に向けて撃ったりして脅す。」と説明された旨供述しており(乙B第19号証),このように次々と供述を変遷させている事情にかんがみると,Wからけん銃を使用して脅迫することを提案されたという被告Y4の供述は,にわかに信用することができない。
ウ また,前示のとおり,W自身には,多額の報酬をもって被告Y4から依頼を受けなければ,あえてL教諭を銃撃しなければならない動機がなかったのであり,K・L両教諭を辞職に追い込むことを引き受けたのは,報酬が目当てであったにすぎないのであるから,Wが,率先して,L教諭をけん銃で銃撃して殺害するという話を持ち出したとは考えにくい。一方,被告Y4が,平成8年7月上旬ころには,Wと飲食した際,「Lの野郎,おれのことをダブルの背広を着てヤクザ風だなどとばかにして新聞に書いた。とんでもない野郎だ。」と言っていたこと,同年10月中旬ころか下旬ころには,L教諭が本件組合の機関誌に同様のことを書いたと言って憤激し,Wに対し,「Lをやってくれないか。」と言っていたことは,被告Y4自身が認めるところであり,被告Y4は,L教諭を激しく嫌悪していたことが認められ,L教諭を銃撃する動機がある。
エ さらに,Wは,平成8年9月16日ころ,被告Y5に対し,同Y4からL教諭をけん銃で銃撃して殺害するよう依頼されて当惑している心境を語り(甲第8号証の4,6,9,28,36,37及び乙D第11号証),実際,L教諭方への電話が通じなくなる同年11月下旬ころまで,同教諭方に脅迫電話をかけ続け,同教諭に対する銃撃をなかなか決意することができなかったり(甲第7号証の5,17及び56),誤認銃撃後の同年12月5日ころ,被告Y5に対し,同Y4から今度は間違えずにL教諭を殺害するよう求められたなどと愚痴を述べたりしているのであって(甲第8号証の9,28及び37),このような銃撃に対するWの消極的な態度は,Wが被告Y4に対して銃撃を提案したという被告Y4の供述に沿うものではなく,むしろWが被告Y4から銃撃を提案されたというWの供述に沿うものである。
オ 以上によれば,K・L両教諭を被告Y1から排除するために,けん銃を使用することを提案したのは,被告Y4であったと認めるのが相当である。
カ なお,Wは,Y4被告事件の第10回公判以降,これまでの被告Y4からけん銃で銃撃する旨の提案をされたという供述を翻し,平成8年11月20日ころに至っても,K・L両教諭が退職する気配が全くうかがわれなかったため,けん銃を示して脅迫することを被告Y4に提案し,同被告の了承を得たのが真相であるなどと供述する(乙D第4ないし第10号証)。しかしながら,前示2(1)のとおり,Wは,L教諭と誤認した原告に対し,けん銃を示して脅迫することなど全くしておらず,何も言わずにいきなりけん銃で銃撃したのであって,上記供述は信用し難い。
4 Wの銃撃行為への被告Y3の関与について
(1) 被告Y4は,同Y3との銃撃の共謀に関し,平成8年9月初めころ,被告Y4が同Y3に対してK教諭やL教諭をけん銃で銃撃することを提案してその了承を得た旨一貫して供述している(甲第9号証の16,18,19,21,34,40,乙B第19号証及びD第14号証)。これに対して,被告Y3は,同Y4の上記供述を否定し,同年8月22日に被告Y4に対して1000万円を渡してから,同年10月ころに同被告にけん銃を見せられるまで,同被告から脅迫についての報告を受けておらず,被告Y3の方から聞いたこともなかった旨供述している(甲第10号証の2,3及び乙C第9,第10号証,第15ないし第19号証)。
(2) しかし,次のとおり,被告Y3の供述は不自然であって信用することができず,被告Y4の供述どおり,被告Y3は,同Y4からK教諭やL教諭をけん銃で銃撃することを提案され,その了承を与えていたものというべきである。
ア 被告Y3にとって,K・L両教諭らを被告Y1から排除することは,切実な問題であったのであり,当初,脅迫によってこれを実現しようとしたが,脅迫によって実現しなかったならばあきらめるという筋合いのものではなかったし,脅迫が唯一の手段というものでもなかった。
すなわち,被告Y3は,平成8年7月20日,G総長への報告において,被告Y2と共に本件組合の弱体化を図り最終的には本件組合の壊滅を目指して努力していることを力説しており,本件組合の弱体化と壊滅は,被告Y3にとって是非とも実現させなければならない目標であった。したがって,脅迫によって実現することができなければ,他の有効な手段を考える必要があった。
また,被告Y3は,訴外会社に対し,当時予定していた校舎のトイレの改修工事等を発注するとともに,工事代金を水増し請求させることにして,その謝礼として金員の提供を求め,600万円の裏金を入手した上で,従前から蓄えていた裏金400万円を加えて1000万円とし,同年8月22日,K・L両教諭らを辞職に追い込む資金として,これを被告Y4に渡していた。このような大金を渡しておきながら,その成果に無関心であったとは考えられない。
以上によれば,同年8月22日に被告Y4に対して1000万円を渡してから,同年10月ころに同被告にけん銃を見せられるまで,同被告から脅迫についての報告を受けておらず,被告Y3の方から聞いたこともなかったとする被告Y3の供述は,不自然,不合理であって信用することができない。
イ 次に,被告Y3が平成8年10月ころに被告Y4からけん銃を見せられたことは,明らかな事実であり,被告Y3自身も,一貫してこれを認めているところである。
けん銃が人を殺すための道具であることは前示のとおりであり,我が国においては,特別な例外を除いて,その入手,所持が許されていないものであって,高等学校の教師である被告Y3は,このことを十分に認識していたはずである。一般市民が理由もなくけん銃を見せられたならば,直ちに警察に通報するのが通常であろう。ところが,被告Y3は,警察に通報しておらず,それどころか,とがめ立てもしていない。このことは,被告Y3において,同Y4がけん銃を入手するのを知っていたことを推認させるものである。
被告Y3は,同Y4が自慢をしたくてけん銃を見せた旨主張するが,被告Y3がこの主張に沿った供述をしている以外に,この主張を裏付ける証拠は見当たらない。正に被告Y3の指示で本件組合の弱体化を図るためにK・L両教諭らに対して脅迫行為を遂行しているときに,組合対策部長がその上司である事務局長に対し,単に自慢をするために,しかも,他に何の意図もなくけん銃を見せるなどということは,不自然,不合理というほかない。
ウ 被告Y3は,殺人に対する報酬の相場が3000万円程度であると認識していた。すなわち,被告Y3は,捜査段階でも本件の被告本人尋問でも,一貫して,平成8年3月終わりか4月初めころ,被告Y4から,「広島で学校の先生を辞めさせた経験のある連中に頼む。脅しなら4人で1000万,殺しなら1人3000万。それが相場だ。」と言われた旨供述しており(甲第10号証の1及び乙C第16,第17号証),1人殺害するための相場が3000万円である旨の認識を有していたことが明らかである(この点に関して,被告Y4は,同Y3に対し,同年3月終わりか4月初めころ,脅迫を「広島で学校の先生を辞めさせた経験のある連中に頼む。」と申し向け,同年9月ころ,1人殺害するための相場が3000万円である旨申し向けたなどと述べており,被告Y3は,同Y4から聞いた話によって,1人殺害するための相場が3000万円である旨の認識を形成したものと認められる。)。
ところで,被告Y3は,同年8月22日,1000万円を被告Y4に渡した後,それだけで終わらず,同年10月22日ころには400万円を被告Y4に渡し,同年12月4日に原告が銃撃された後も,同月27日ころには300万円を,平成9年4月25日ころには300万円を,同月30日ころには300万円を,同年5月19日ころには500万円を,それぞれ被告Y4に渡した(甲第10号証の3)。
単に脅迫にとどまるのであれば,被告Y3が前記のような大金を被告Y4に渡したことの説明がつかない。
エ 被告Y4は,K・L両教諭を銃撃するための資金を,被告Y3から得るしかなかったから,被告Y3に相談せずに,Wとの間で銃撃の相談を進めることは困難であったのであり,現に,Wは,被告Y4との会話で,しばしば,同被告が「上の人と相談する。」と言っているのを聞いた旨供述している。被告Y4は,同Y3の指示を被告Y1の方針であると考えて,その実現に向けて行動していたのであり,脅迫の場合には被告Y3と緊密に連絡を取って打ち合わせているのに,銃撃の場合には被告Y3と打合せをしなかったとは考えられない。
オ さらに,被告Y3は,平成8年12月4日,被告Y4の関与の下で原告に対する誤認銃撃事件が起きたことを知ったにもかかわらず,被告Y4に対し,同月16日には被告Y1の規定がないまま被告Y4の住宅購入資金2247万円を貸し付け,その返済を事実上免除したり(甲第9号証の41,44,第10号証の4及び乙C第10,第16,第17号証),同月ころにはJ理事に対する脅迫を依頼したりしているが(甲第10号証の2及び乙C第17号証),L教諭に対する銃撃をあらかじめ容認していなければ,誤認銃撃事件の直後に,多額の利益を供与したり次の脅迫を依頼したりすることなど,およそ考えられないというべきである。
カ これらの諸事情を総合すれば,被告Y4が,平成8年9月初めに,Wとの間でL教諭をけん銃で銃撃する旨の合意をした後,被告Y3に対してK教諭やL教諭をけん銃で銃撃する旨の提案をし,その了承を得たものと認定するのが相当であり,この認定に反する被告Y3の前記供述は採用することができない。
キ 被告Y3は,同Y4のいう「その道のプロ」が暴力団関係者だとは認識することができず,巧妙に脅迫を実行する者だと認識していたとの理由で,報酬が多額であるからといって,被告Y4が「その道のプロ」に凶悪な犯罪行為を行わせることを予見することができなかった旨主張する。
しかしながら,被告Y3は,同Y4に対し,K・L両教諭らを辞職に追い込むように指示したが,その際,「少し手荒でもよい。」などと言って違法な手段をとることを示唆し,被告Y4は,この指示に従って,「その道のプロ」との触れ込みで,元暴力団組長であるWに脅迫を依頼することにしたのである。脅迫を請け負う「その道のプロ」とは,正に,職業的に犯罪行為を行う人物ということであり,常識的には暴力団関係者が想定されるのであって,高等教育を受け,長年教師を務め,十分な社会常識を持っているはずの被告Y3が,「その道のプロ」を暴力団関係者と認識できなかったとは考えられない。被告Y3の上記主張は,前提において既に誤りである。
ク なお,甲第10号証の2,乙B第19号証,C第9,第10号証,第16ないし第18号証及びD第16号証によれば,被告Y3は,同Y4に銃撃をやめさせる必要があると考え,平成9年2月ころ,当時本件高校のPTA会長を務めていたUやその妻とあらかじめ打合せをした上で,被告Y4にU宅に来てもらい,U夫妻から被告Y4に対して銃撃をやめるよう説得してもらい,自分もこれに同調したことが認められる。しかしながら,真実,被告Y3がけん銃で銃撃することをあらかじめ了承していなければ,誤認銃撃事件の直後に自ら銃撃をやめるよう説得するのが通常であると思料されるところ,被告Y3は,誤認銃撃事件が生じて約2か月も経過した後に,かつ,第三者に依頼して説得してもらっているのであって,この被告Y3の行動は,前示(2)ないし(5)認定の諸事情をも併せて考慮すれば,被告Y3が平成9年2月ころからけん銃で銃撃することを容認しない考えを持つに至ったことをうかがわせる事情にはなり得ても,誤認銃撃事件以前からけん銃で銃撃することを容認しない考えを持っていたことをうかがわせる事情とみることは困難であるといわざるを得ず,前示認定を左右するものではないというべきである。
また,被告Y3は,平成8年8月22日に被告Y4に脅迫の報酬1000万円を渡した際には,同被告から,脅迫の依頼を途中で断ったりすると,被告Y3本人やその家族の命が狙われるなどと脅されたりし,同年12月4日に被告Y4から銃撃状況等の報告を受けた際にも,「ビビンなよ。」などと脅されたりしていたとして,そのような状況下で,被告Y4に対してK・L両教諭をけん銃で銃撃する旨の了承を与えることはない旨供述する。しかしながら,被告Y3は,原告に対する誤認銃撃が行われた直後である同年12月ころには,被告Y4に対し,次の仕事として,J理事に対する脅迫を依頼したり,平成9年以降には,被告Y4と協力してK・L両教諭に脅迫文を送付したりしているところ,被告Y3の上記供述を前提とすれば,被告Y3は,同Y4から脅されながら,次の新たな脅迫を依頼していることになり,不自然極まりない。被告Y4は,同Y3を脅していた事実を一貫して否定しており,被告Y3の供述以外に被告Y4が同Y3を脅していた事実を裏付けるに足りる証拠もないから,被告Y3の上記供述を採用することはできないというべきである。
(3) 前示のとおり,けん銃は,人を殺すための道具で,極めて殺傷能力の高い凶器であるところ,被告Y3と同Y4との間で,K・L両教諭を被告Y1から排除する手段としてけん銃を用いるという内容の共謀が成立し,現に,被告Y3は,同Y4から,本物のけん銃を見せられている。被告Y3が,1人殺害するための報酬の相場が3000万円程度である旨の認識を有しており,これに近い金員を被告Y4を介してWに支払っていたことからすれば,被告Y3は,K・L両教諭を被告Y1から排除する手段としてけん銃を用いる結果,上記両教諭をけん銃で殺傷する可能性があることを未必的に認識し,かつ,これを容認していたものと推認するのが相当である。
なお,原告は,当初,被告Y3につき故意による共同不法行為の主張をしていたところ,本件第7回弁論準備手続期日において,これを撤回して過失による共同不法行為の主張に変更しているが,これを基礎付ける事実をみると,被告Y3が,同Y4からけん銃を見せられ,L教諭への脅迫のために被告Y4がけん銃を準備していることを知ったこと,このため,被告Y4が暴力団関係者に凶悪な犯罪行為を行わせることを十分に予見することができたこと,それにもかかわらず,被告Y4に対してL教諭への脅迫を継続するよう指示したため,その結果,被告Y4がWに対してL教諭を銃撃して殺害することを依頼し,Wが原告をL教諭と誤認して銃撃したことを挙げており,典型的な共謀とはいえないまでも,被告Y3が未必的に被告Y4の銃撃行為を予見しつつ,これを支援したことを過失による不法行為としてとらえているのであって,講学上の「認識ある過失」と「未必の故意」の区別をめぐって学説が多様に分かれている事情をも考慮すると,原告の主張は,必ずしも未必の故意による共同不法行為を排除していないものとみて差し支えなく,未必の故意による共同不法行為を認定しても,弁論主義に反しないものというべきである。
5 Wの銃撃行為への被告Y2の関与について
(1) 前示1認定の事実を基に,Wの原告に対する銃撃に至るまでに被告Y2が関与した事情を整理すると,おおむね次のとおりである。
ア 被告Y1は,昭和62年に学校法人■■大学との間で業務提携をする以前から,本件組合との間で激しく対立しており,学校法人■■大学の傘下に入って進学校化を目指すようになってからも,その状況は変わらなかった。このような状況下にあった平成2年,被告Y2は,被告Y1の常勤理事に就任し,被告Y1の事実上の最高責任者となり,本件高校の進学校化を更に進めようとしたが,本件組合からの反対に遭い,本件組合と対立したため,本件組合やその組合員に対して嫌悪感を抱くようになり,本件高校の進学校化を進めるために,本件組合を弱体化させて被告Y1の方針に協力するような組合に変えなければならないと考えるようになった。
イ 被告Y2は,平成6年6月,G総長の承認を得た上で,被告Y1内に,常勤理事と校長,事務局長で構成され,被告Y1の日常業務に関する協議を行う学内理事会を設置し,同年10月には,当時進学指導部長であった被告Y3を抜擢して事務局長兼進学指導顧問とし,学園運営に関し,自分の右腕として事務を遂行させることにした。
ウ 被告Y2と同Y3は,平成7年3月ころ,被告Y4を学園本部組合対策部長として採用することとし,被告Y2の希望に沿った組合対策業務,すなわち,本件組合を弱体化させて被告Y1の方針に協力するような組合に変えるという業務をゆだねた。
エ 平成8年春に常勤講師の雇止め問題が生じて,被告Y1と本件組合との対立が更に激しくなると,被告Y2は,本件組合を弱体化させるために,K・L両教諭を含む本件組合の幹部らを被告Y1から追い出す必要があると考えるようになった。
オ 被告Y2の意向を受けた被告Y3は,平成8年4月ころ,被告Y4と方策を相談したが,その際,被告Y3は,「少し手荒でもいい。」などと言って,非合法な手段であっても構わないとの示唆をし,これを受けて,被告Y4は,「その道のプロ」を利用してK・L両教諭らを脅迫し,辞職に追い込むことを提案した。被告Y3は,同田中の承諾を得た上で,被告Y4に上記脅迫行為を遂行するよう指示し,被告Y4は,元暴力団組長であるWに脅迫の実行行為を依頼した。その際,被告Y2は,同Y3と相談して,本件組合の幹部の中から8名を脅迫対象者として選び,その後,これを4名に絞った。
カ 被告Y3は,平成8年4月ころ,被告Y4の報告から,脅迫の報酬として1000万円程度の金員が必要であることが分かったため,被告Y2の承諾の下で,被告Y1の工事発注を利用して,業者に工事代金の水増し請求をさせた上で,謝礼として金員を提供させるという方法で脅迫の費用をねん出することにした。被告Y2は,同Y3に対してW(ただし,被告Y2は,Wの氏名を知らない。以下同じ。)に支払う報酬約1000万円のねん出方法を一任し,その後,被告Y3から脅迫の報酬を訴外会社からねん出してもらうことにする旨の報告を受けていた(被告Y2は,同Y3から訴外会社に脅迫の報酬をねん出してもらうことにする旨の報告がなかった旨供述するが,福島地方裁判所平成10年(わ)第91号強要未遂被告事件の第3回公判においては,被告Y3からその旨の報告があった旨を供述している(乙B第5号証)。)。
キ 被告Y2は,平成8年7月には,本件組合の機関誌の記事により,Wによる脅迫電話が始まったことを認識した。
ク 平成8年8月末になっても,K・L両教諭らを脅迫して辞職に追い込むという所期の目標が達成されなかったことから,同年9月初めころ,被告Y3は同Y4をとがめ,被告Y4はWをとがめ,これを契機として,脅迫に遭っても辞めないK・L両教諭を被告Y1から排除するための手段がエスカレートし,L教諭をけん銃で銃撃して殺害することになり,前示のとおり,Wにおいて,けん銃を準備し,原告を誤って銃撃した。
ケ 被告Y2は,脅迫の報酬の具体的金額を指示したり報告を受けたりしたことがない旨主張し,平成8年4月ころ,被告Y3が自宅を訪れた際,立ち話で,被告Y3から「金が掛かりますが,どうしましょうか。」と尋ねられ,「Y3さんの方で色々考えてよ。」と答えたにすぎず,せいぜい数十万円程度の報酬を支払うにすぎないものと思った旨供述する(乙B第1,第4,第5,第8,第9号証等)。
しかしながら,被告Y3は,このころ,脅迫対象者を4名に絞る旨を被告Y4に伝えたところ,同被告から「脅しなら4人で1000万,殺しなら1人3000万。それが相場だ。」と言われたため,再度被告Y2の自宅を訪れ,被告Y2に対して「殺しが1人3000万,脅迫が4人で1000万。いかが致しましょう。」と尋ねた旨供述し(甲第10号証の1及び乙C第16,第17号証),一方,被告Y4も,Wから「およそ800万から1000万ぐらいは掛かるだろう。」などと言われたため,その旨を被告Y3に伝えた旨供述しているから(乙B第19号証及びD第13号証),いまだ脅迫電話による脅迫しか計画されていない平成8年4月の段階で殺人の報酬額まで聞いたという被告Y3の供述を全面的に採用することはできないとしても,被告Y4が同Y3に対して脅迫の報酬に約1000万円を要する旨伝えた点では一致しており,被告Y3の供述は,脅迫の報酬額を被告Y2に伝えたという点でも信用性が高いというべきである。また,個人の手持金で賄えるような数十万円程度の報酬のねん出方法を相談するために,被告Y3があえて被告Y2の自宅を訪れて「金が掛かる」などと相談する必要性があったとは通常考え難く,相当多額に上る報酬のねん出方法を相談するために,被告Y3は同Y2の自宅を訪れて相談したと考えるのが自然である。これらの事情を総合すれば,被告Y3が同Y2に対して脅迫の報酬に1000万円を要する旨を伝えたという被告Y3の供述は信用することができ,この供述に反する被告Y2の主張及び供述は採用することができない。
(2) 前記事情を基に検討すると,被告Y2は,被告Y1の事実上の最高責任者として,本件組合を弱体化させるために,K・L両教諭を含む本件組合の幹部らを被告Y1から追い出そうとし,上記両教諭に対する脅迫行為に関わったことは明らかであるが,L教諭を銃撃する計画に関与したと認めるに足りない。
(3) 被告Y3は,平成8年10月ころ,被告Y2に対して同Y4からけん銃を見せられたことを報告したところ,被告Y2は「あぁ,そう。」と言って平然としていた旨供述するが(乙C第18号証),被告Y2は報告されたこと自体を否定している上(乙A第10号証),被告Y3が供述する被告Y2の反応は,けん銃という殺人の道具を部下が所持するに至ったことについて,余りにも無反応な内容であって信用し難く,被告Y3の供述を採用することはできないというべきである。
また,被告Y3は,同年12月5日ころ,被告Y2に対し,同Y4がL教諭に対する銃撃を計画したが,原告をL教諭と誤認して銃撃させてしまった旨報告したところ,被告Y2が「Lにはいい薬だ。」などと言った旨供述するが(甲第10号証の2及び乙C第10号証,第17ないし第19号証),被告Y2は,これを否定しており(甲第11号証の2,乙A第10号証及びB第1,第5,第8号証等),他に被告Y3の供述を裏付ける証拠もないから,同被告の供述を採用することもできない。
(4) L教諭と誤認した原告に対する銃撃行為が,K・L両教諭らに対する脅迫行為のエスカレートしたものであり,脅迫行為と銃撃行為との間に客観的な因果関係があることは,前示のとおりである。そこで,被告Y2に過失を認める前提として,被告Y2が上記銃撃行為を予見することができたかどうかについて検討する。
被告Y2は,脅迫の実行者が1000万円に上る報酬を要求していることから,この者が暴力団関係者など職業的に犯罪行為を行う者等(以下「暴力団関係者等」という。)であると容易に予想し得たものと推認される。しかしながら,証拠上認められる被告Y2の平成8年当時における認識を前提とする限り,暴力団関係者等がK・L両教諭に対する脅迫を続けても両教諭の側に辞職する気配がうかがわれなかったからといって,直ちに,被告Y4が暴力団関係者等にけん銃による銃撃を行わせることを被告Y2が予見し得たとすることは困難であったというべきである。そうとすれば,被告Y2は,同Y4が脅迫の実行者にけん銃の銃撃等による殺害行為を行わせないよう,被告Y4を制止すべき注意義務を負担しているとはいえず,被告Y2に過失の不法行為責任を問うことは困難であるといわざるを得ない。
その他,被告Y2に対し,原告に対する銃撃行為に係る不法行為を認定するに足りる証拠を見いだすことはできない。
6 Wによる銃撃行為の被告Y1における事業執行性について
(1) 前示5(1)で述べたとおり,本件組合を弱体化させて被告Y1の方針に協力するような組合に変えることが,本件高校の進学校化を目指す被告Y1の重要な方針の一つとされていたところ,被告Y1の事実上の最高責任者であった被告Y2は,被告Y1と本件組合との激しい対立から,本件組合を弱体化させるためには,K・L両教諭を含む本件組合の幹部らを被告Y1から追い出す必要があると考え,これを被告Y1の組合対策部長に遂行させたものである。その手段が,当初はK・L両教諭らに対する脅迫電話,後にはL教諭に対する銃撃による殺害であって,正に,被告Y1の上記方針の実現のために銃撃行為が行われたのである。したがって,L教諭と誤認した原告に対する銃撃行為は,本件組合を弱体化させて本件高校の進学校化を進めるという事業の執行行為を契機とし,かつ,被告Y1の事業と密接な関連性を有する行為であるということができるから,被告Y1の事業の範囲に属し,被告Y1の事業の執行につきなされたものというべきである。
確かに,一般的には,脅迫行為とけん銃の銃撃等による殺害行為との間では規範的障害の格差は大きく,脅迫行為からけん銃による銃撃行為に容易に移行するものではないが,本件においては,前述した具体的な事情の下で,被告Y3と同Y4が,Wに脅迫行為を実行させ,脅迫では功を奏さないとみるや,被告Y4のL教諭に対する憎悪が加わって,手段をエスカレートさせ,銃撃によって目的を達成しようとしたのであって,いずれも本件組合を弱体化させるための手段であったのであり,脅迫行為からけん銃の銃撃等による殺害行為に移行することで,因果の流れが断絶したというものではない。
たとい被告Y1の事実上の最高責任者であった被告Y2において,被告Y4が暴力団関係者等にけん銃による銃撃を行わせることを予見することができなかったとしても,被告Y2の右腕であった被告Y3が,違法と知りつつ,本件組合を弱体化するという業務のために,被告Y4やWと共謀して実行されたのであるから,外形上,被告Y1の事業の範囲に属するといい得ることは明らかである。
(2) 被告Y1は,被告Y4による銃撃の依頼が,被告Y2や同Y4が個人的に憎悪していたK・L両教諭を被告Y1から放てきする目的や,被告Y3らが被告Y1を私物化する目的から行われたものであり,被告Y1の事業の執行行為と密接な関連性を有するものではない旨主張する。
前示5(1)の経緯を全体的にみれば明らかなとおり,被告Y1が,K・L両教諭を被告Y1から追い出すことで,本件組合を弱体化させて本件高校の進学校化を進めようとし,当初,脅迫によって目的を達成しようとしていたところ,脅迫が功を奏さなかったために,被告Y4のL教諭に対する憎悪も重なって脅迫電話による脅迫から銃撃行為にエスカレートしたものであって,いずれも究極的に本件組合の弱体化をもたらすものであり,外形的にみて,被告Y1の事業の目的から逸脱したものとはいえない。しかも,被告Y4は,脅迫電話による脅迫の場合と同様に,自己の上司である被告Y3の了承を得て,同被告にその報酬を調達してもらいながら,けん銃による銃撃の計画を進めていったのであるから,Wによる銃撃行為が内部的にも外形的にも被告Y1の事業と密接な関連性を有するものであることは明らかである。
また,前示5(1)の経過から,被告Y3らが被告Y1を私物化しようとして脅迫行為や銃撃行為を遂行したものでないことは,明らかである。
したがって,被告Y1の前記主張は,採用することができない。
(3) 被告Y1は,使用者責任における事業執行性の判断は,被用者の行為について行われるべきであるとし,仮に被告Y4がWに対して銃撃を依頼し,Wが原告を銃撃したのであれば,被告Y1の使用者責任における事業執行性の判断は,被用者である被告Y4がWに対して銃撃を依頼した行為について行われるべきであるところ,この行為は,学校法人である被告Y1の事業の執行過程から時間的場所的に全く離れた行為である旨主張する。
民法715条1項本文は,「被用者カ其事業ノ執行ニ付キ第三者ニ加ヘタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス」と規定しているから,被用者による加害行為について事業執行性を求めているのであって,被用者による加害行為以外の共謀等の行為について事業執行性を求めていないことは明らかである。そして,共謀による共同不法行為においては,共謀者らは一体的に評価され,現実の加害行為を行っていない共謀者といえども加害行為を行っているものと評価されるから,当該共謀者がある使用者に使用されている被用者である場合,事業執行性の判断は,被用者が行っているものと評価される加害行為について行われるものと解すべきである。
本件についてみるに,被告Y4が行っているものと評価される加害行為は,Wが原告に対してけん銃で銃撃した行為である。この行為は,本件高校の授業時間が終了した後であるとうかがわれる午後5時47分に,本件高校の所在地から離れた猪苗代町において,なされたものではあるが,本件組合を弱体化させて本件高校の進学校化を進めるという被告Y1の事業の執行は,学校の授業時間中に学校の所在地で行われるに限ったものではない上,かえって,被告Y1に嫌疑が及ばないよう,あえて本件高校の所在地から遠く離れた場所で銃撃したものであるから(乙D第1号証),原告に対する銃撃が被告Y1の事業の執行過程から時間的場所的に離れた行為であるとはいえず,被告Y1の前記主張は採用することができない。
7 被告らの責任について
(1) 被告Y4及び同Y3の責任について
前示認定のとおり,被告Y4及び同Y3は,平成8年9月初めころ,被告Y4がWとの間でL教諭を殺害しようと企てるとともに,被告Y3がこれを容認し,もって,Wと共謀の上,同年12月4日,Wが殺意をもってL教諭と誤認した原告をけん銃で銃撃するという共同不法行為によって,原告に傷害を負わせたから,民法719条1項前段に基づき,連帯して損害賠償責任を負うべきである。
(2) 被告Y1の責任について
前示のとおり,Wによる銃撃行為は,被告Y1の事業の執行につきなされたものということができ,被告Y1は,共同不法行為者である被告Y4及び同Y3の使用者であったから,民法715条1項,719条1項前段に基づき,被告Y4及び同Y3と連帯して損害賠償責任を負うべきである。
(3) 被告Y5の責任について
被告Y5がWとの間でL教諭を殺害する旨の共謀を遂げたことは,本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。しかしながら,前示認定のとおり,被告Y5は,平成8年9月16日ころ,被告Y4からL教諭をけん銃で銃撃して殺害するよう依頼されていること,そのため,けん銃2丁を約80万円で購入する予定であることなどをWから聞かされていたという状況下において,Wが須賀川市の自宅を不在にしていた同月24日ころには(乙C第12号証),被告Y4の妻から現金300万円をけん銃の購入代金として受け取って,後でWに渡したり,同年10月末ころには,Wと共にL教諭の住む集落がある場所を確認しに行ったりし,もって,Wによる銃撃の実行を容易にするという幇助の共同不法行為によって,WがL教諭と誤認した原告をけん銃で銃撃し,原告に傷害を負わせたから,民法719条2項に基づき,被告Y4及び同Y3と連帯して損害賠償責任を負うべきである。
8 原告の損害について
(1) 慰謝料 400万円
原告は,全く身に覚えがないにもかかわらず,突然,けん銃で5発も銃撃され,うち1発が左大腿部前面に命中したため,裂挫創の傷害を負い,その治療に11日間の手術を伴う入院と約1か月弱の通院を要した。発射された銃弾の弾道がわずかにでもそれていれば,原告が致命傷を負って死亡していた可能性も十分に考えられたから,原告が深い恐怖を味わったことは想像に難くない。また,原告は,人違いで銃撃されたため,その後の捜査が難航するとともに,捜査機関に暴力団関係者と疑われ続け,約半年間にわたって多数回にわたって事情聴取や取調べを受けた結果,多大な精神的苦痛を被ったが,これも間接的にではあるが,相当因果関係のある損害ということができる。もっとも,原告は,銃撃された当初,左大腿部前面にわずかな痛みを感じただけで,いたずらでエアガン等を撃たれたものとしか思わず,また,その後もしばらくの間,警察の実況見分に立ち会うなどしているものであって,原告の受傷程度は幸いにも軽いものであったことがうかがえる。この精神的苦痛に対する慰謝料の額は,本件口頭弁論に顕れた諸般の事情を総合考慮して,400万円とするのが相当である。
(2) 弁護士費用 40万円
本件事案の難度,審理経過,前記認容額その他諸般の事情を総合考慮して,40万円とするのが相当である。
9 結論
以上の次第であり,原告の請求は,被告Y2を除く被告らに対し,連帯して440万円及びこれに対する不法行為の日である平成8年12月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判長裁判官・宍戸充,裁判官・伊藤清隆,裁判官・志賀勝)