福島地方裁判所郡山支部 平成12年(ワ)64号 判決 2002年11月07日
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は原告に対し1550万円を支払え。
2 被告は原告に対しNTT会津若松支店への人事発令を速やかに履行せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 2項につき仮執行の宣言
第2事案の概要等
本件は,被告(以下,「被告会社」ということがある)に勤務する原告が,被告会社に対し,①原告を被告会社会津若松支店に転勤させる約束があったとして,同支店に転勤させるよう求めるとともに,②平成3年3月1日に被告会社に営業譲渡される前の日本電信電話株式会社会津若松ネットワークセンタから宮城県仙台市内の同社東北ネットワークセンタへの転勤を命じられ,同地に単身で赴任して以来,単身赴任の早期解消を求めてきたにもかかわらず,7年1か月という長期にわたって単身赴任を強いられたなどとして慰謝料等を請求した事案である。
1 基本的事実関係(当事者間に争いのない事実の他は,各文中の証拠による。)
(1) 当事者等
① 被告会社は,昭和27年8月に日本電信電話公社法の施行に伴い発足した日本電信電話公社(以下「電電公社」という)が,分割民営化などの組織改編される中で設立された会社である。電電公社は,昭和60年4月の日本電信電話株式会社法の施行で民営化され,日本電信電話株式会社(以下,平成11年7月1日の再編成以前の日本電信電話株式会社を「旧NTT」という)が,その時の電電公社の一切の権利及び義務を承継した。旧NTTは,平成9年6月20日に公布された「日本電信電話株式会社法の一部を改正する法律」による再編成により,その事業を,新たに設立する東西地域会社及び長距離国際会社(以下「各事業会社」という)に営業譲渡し,自らは各事業会社の株式の総数を保有する持株会社となることとなり,平成11年7月1日,旧NTTは,持株会社である日本電信電話株式会社(現在のNTT),被告会社(東日本電信電話株式会社),西日本電信電話株式会社,エヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社に再編成された(乙1)。
② 原告は,昭和41年3月31日,電電公社東北通信局に採用され,会津若松中継所配属となったものであり,その後,上記の電電公社の分割民営化等の組織改編に伴って,雇用主が,昭和60年4月から旧NTTに,平成11年7月から被告会社に,順次承継されたものである。原告は,平成3年2月まで,会津若松市内の自宅から通勤可能な旧NTT会津若松ネットワークセンタに勤務しており,職種も同一であった。
(2) 転勤に係る就業規則,労働協約等の締結状況
① 旧NTTの就業規則は,電電公社時代からほぼ変わりがない。被告会社の就業規則も同様である。配置転換については,「社員は,業務上必要があるときは,勤務事業所又は担当する職務を変更されることがある」と定められている(乙3。被告会社の社員就業規則60条,旧NTT社員就業規則55条,電電公社の職員就業規則の第51条参照)。
② 旧NTTには,全国電気通信労働組合(以下「全電通」という)を前身とし,平成10年12月に,その名称をNTT労働組合(以下,「NTT労組」という)と改称したもののほか,5つの労働組合が組織されていたが,旧NTTの社員の大半は,NTT労組に加入しており,NTT労組が多数組合であった。被告会社の社員によって組織されている労働組合は,NTT労組のほか,3組合であるが,NTT労組が,旧NTTの時代と同様,被告会社の多数組合となっている。なお,原告は,電電公社に採用されてまもなく全電通の組合員となったものであって,平成10年12月以降は,NTT労組の組合員の地位にある。
電電公社などの各経営主体と全電通やNTT労組との間で取り交わされた労働協約等は,経営形態の変更に伴って修正等がなされた部分がないわけではないが,基本部分に大きな変更はない。旧NTTは,昭和60年4月1日,全電通との間で,「社員の配置転換に関する協約」を締結しており,これが,平成11年7月1日に,被告会社とNTT労組との間で締結された「社員の配置転換に関する協約(11東中約第1号ー14)」に引き継がれている。
それによれば,配置転換の対象者は,本人の適性,業務上の必要度,家庭の事情,経験,本人の希望,健康,通勤時間,住宅を総合的に勘案して選定することとなっている(乙2,4)。
③ 電電公社,旧NTT及び被告会社は,また,多数組合に属さない社員も等しく取り扱うため,各種の社内規定や通達を定めてきており,社員の配置転換についても,それぞれ上記協約と同趣旨の通達により社内的に等しい取り扱いをしている(乙5)。
(3) 原告に対する転勤命令
原告は,平成3年3月1日,宮城県仙台市内に所在する東北ネットワーク技術センタに配置転換を命じられ(以下,上記命令を「本件配転命令」と,それによる転勤を「本件転勤」という),会津若松市内の自宅に妻子を残して単身赴任して以来,平成10年3月まで7年1か月間,同所で勤務していた。
2 主な争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 主な争点
① 配置転換請求
原告を被告会社会津若松支店に配置転換するとの合意の有無,及び,上記合意に基づく人事発令履行請求権の存否。
② 人事権の濫用
被告会社の人事権濫用の有無。
③ 損害等
原告が7年1か月間単身赴任を強いられたことを理由とする損害賠償請求権の存否,及び,損害額。
(2) 原告の主張
① 配置転換請求について
原告と旧NTT及び被告(以下,両者を併せて「被告会社等」ということがある)との間には,原告を会津若松支店に配置転換させるとの合意があった。すなわち,原告の本件転勤は,人材育成のための転勤であって,原告の所属する組合と旧NTTとの間で,この時,人材育成のために配置転換された社員については,おおむね3年の育成期間を経過すれば,希望の勤務地に戻す,「還流」という人事を行う旨の合意がなされていたものであり,原告についても,おおむね3年の育成期間を経過後は,原告の希望する勤務地へ転勤させることになっていたものである。労使の間に,上記の合意があったことは,全電通東北地方本部(以下,(東北地本」という)から配られた文書(甲6)に,技術センタ等へ異動した社員について,会社側とイメージ合わせをしたとして,「育成メニューが終了した時点をとらえ,積極的な人事交流を図り本人希望の充足を行う」とあったことからして明らかである。
原告は,旧NTTに対して,単身赴任はできないとの意向を表明し,ルールに従って,労使の配転協議の結果を不服とする苦情解決請求書を提出していたところ,旧NTTは,原告を忌み嫌い,育成期間が終了した時点において,原告が会津若松支店への配置転換を希望しているにもかかわらず,還流人事の対象から一方的に外して,上記の合意を履行せず,被告会社に移行してからも,被告会社は,旧NTTと同様に上記の合意を履行しなかった。
よって,原告は,被告会社に対し,上記合意に基づいて,原告を速やかに被告会社会津若松支店へ配置転換させる人事発令をなすよう求める権利を有する。
② 人事権の濫用について
被告会社等は,本件転勤からおおむね3年が経過した時点で原告を希望の任地に配置転換する義務があったにもかかわらず,本件転勤を不服としてきた原告に対する報復として,以下に指摘するような差別人事を強行し,原告を希望の任地に配置転換せず,7年1か月という長期にわたって単身赴任を強いた。これは,被告会社等による人事権の濫用である。
a 原告を還流人事から外す工作
原告は,平成6年3月,所属する組合から,会社側より,現在の所属のままで営業の研修を6か月間受けることを条件に前勤務地の支店に戻す,という人事の提示があったので,会社側より原告へ意思確認があるはずだ,という連絡を受けた。そして,原告は,仙台ネットワーク技術センタ所長などから,5回にわたって,上記研修に参加するよう求められたものの,その際に,会社側から,労使間の「平成6年度還流実施にあたっての基本的な考え方」という合意に基づいて,上記の営業研修が設定された(以下,この研修を「本件営業研修」という)と説明されなかった。原告が,労使間の合意の下で,本件営業研修が設定されたことを知っていれば,これを断るはずはなかった。なぜならば,原告の立場からしても,本件営業研修を断れば,一般人事扱いとされ,単身赴任解消の見込みがなくなるのは明らかだからである。
しかるに,旧NTTは,原告を還流人事からはずすべく策を弄し,原告が研修に参加するか,その意思を確認するなどとして,その際,「研修期間は6か月を超えるかも知れない。」,「支店に戻すにあたっては研修の成果如何による。」などと言って,原告の本件営業研修受諾の意思表明を妨げるような挑発的,高圧的な態度で臨み,しかも,本件営業研修が労使の合意の下に設定されたことを説明せず,原告が一方的に本件営業研修への参加を拒否したと宣言して,原告を還流人事の対象から外したものであって,これは,報復人事というに他ならない。
b 原告が行った人権擁護委員会への救済申立てに対する被告会社等の働きかけ
原告は,単身赴任の解消の申し入れをしてきたが,単身赴任の解消に向けた人事がなされなかったため,平成8年12月26日,仙台弁護士会の人権擁護委員会に人権救済の申立てをした。原告は,平成9年2月1日,全電通会津若松分会委員長から,会社より,「人事のテーブルにのった(会津若松支店長が了承した)ので,仙台での動きは止めて欲しい。」という趣旨の情報を得たので,上記人権救済の申立ての保留を願い出て,会社の出方を待ったが,同年3月期の人事異動はなく,さらに1年間,単身赴任を余儀なくされた。
旧NTTは,組合を通じて,原告が,人権擁護委員会へ救済の申立てをしたことを知っていたはずであり,旧NTTが具体的に原告の人事異動に向けて動いていたことなどからすれば,旧NTTは,組合を通じて,原告に上記救済の申立てを取り下げるように働きかけをしたものである。しかも,旧NTTは,単身赴任の解消に向けた人事をせず,原告の期待を裏切った。
c 見せしめのための研修,郡山支店への懲罰的な人事発令
旧NTTは,原告に対して,7年1か月もの単身赴任を強要した後,本来,会津若松支店に転勤されなければならない原告に対し,暗に,長距離通勤を強いられる郡山支店への転勤を示唆しつつ,原告1名のみの研修を課し,「研修中の言動,態度などによっては地域への発令は行わない。」などという原告の人格を踏みにじるような脅迫をして,見せしめのような研修を受けさせた上,郡山支店に配置転換するという懲罰的な人事を行った。
旧NTTは,3か月の研修が主流になっていた当時に,原告のみを対象とした研修を設定したものであるが,研修の内容は,これまでの人材育成期間中に知識技能を身につけてきた原告にとってほとんど意味があるものではなかったもので,これは,見せしめというに他ならない。さらに,旧NTTは,人事は研修の成果いかんによるという趣旨の文書を原告に突き付けて脅迫し,単身赴任の解消を優先的に考えなければならぬ原告をして,この提示を受けざるを得ない状態にした。その上,本来,会津若松支店への人事発令をすべき原告に対し,郡山支店への懲罰的な人事発令をしたものである。
③ 損害等について
原告は,上記②に述べたような旧NTTの人事権の濫用により,7年1か月もの間,単身赴任を強いられ,妻や思春期にあった子らと長期間別居生活を強いられ,二重生活により多大な経済的な損失を被るとともに,精神的にも苦痛を強いられた。原告は,妻との家事や育児の分担上,毎週末には自宅に帰っていたものであり,自宅との行き来にかかった費用,その他,二重生活に伴って増加した生活費等は,月額にして10万円を下らない。原告は,旧NTTの本件配転命令自体を争うものではないが,人事権の濫用により,結果的に7年1か月間単身赴任を余儀なくされたものであるから,85か月分の生活費相当額850万円,並びに,7年1か月もの長期にわたって単身赴任を強いられたことによる慰謝料として700万円の合計1550万円の支払を求めることができる。
(3) 被告会社の主張
① 配置転換請求について
旧NTTは,社員の配置転換に関して,全電通との間で「社員の配置に関する協約」と題する労働協約を締結する一方,「社員の配置転換について」という社内通達を制定し,配置転換の対象者については,「本人の適性,業務の必要度,家庭の事情,経験,本人の希望,健康,通勤時間,住宅等を総合的に勘案して選定する」こととしている。
原告に対する本件配転命令は,会津若松ネットワークセンタの廃止に伴う必要やむを得ないものであり,本人の適性,業務上の必要度,家庭の事情,経験,本人の希望,健康等を総合的に勘案したものであって,上記労働協約等に沿った適正,妥当なものである。
旧NTT東北支社と東北地本との間では,会津若松ネットワークセンタ等から配置転換される労働者につき,「本人の技術修得状況,出身地域等の希望,適性等を見つつ受け入れ先の要員状況等をも総合的に勘案し,積極的に人事交流を図っていくこととする。」という合意をしたが,本人の希望する勤務地に転勤させるという意味の合意はしていない。上記合意につき,組合側は,「育成メニュが終了した時点をとらえて積極的な人事交流を図り本人の希望充足を行う」という合意をしたという文書を作成しているが,ここにいう本人の希望の充足とは,業務の都合を前提として可能な範囲で本人の希望の充足を図るという趣旨と解すべきである。被告会社等は,原告に対し,元の勤務地に戻すというような約束はしておらず,被告会社会津若松支店に配置転換せよとの請求は認められない。
② 人事権の濫用について
被告会社等は,原告に対し,労使間のルール及び旧NTTの人員配置の必要性に基づき適法かつ適正に人事権を行使してきており,原告に対し,懲罰的な意図で差別人事を行ったようなことは全くない。また,原告が,7年1か月間にわたって単身赴任をしてきたのは事実であるが,被告会社等は,単身赴任者に対し,相応の手当等を支給してきており,過酷な状況に置いたものではなく,人事権を濫用したというような原告の主張は全く認められない
a 原告を還流人事から外す工作について
旧NTTは,各種技術の修得等を中心とした人材の育成を図りつつ,事業部間交流人事を含めた「還流」人事を実施しながら,健全な事業運営の確立及び社員の働き甲斐の向上を図る事業運営を推進してきたものであって,平成6年度の「還流」人事の実施にあたり,その対象者等を営業部門等へ配置するため,それらの者に対し即戦力となり得るような本件営業研修を実施することは,業務運営上必要不可欠であったものである。
旧NTTは,還流予定の社員全員に対し,「平成6年度還流実施にあたっての基本的考え方」を説明して,研修への参加を求めており,原告を還流人事の対象から外すよう工作したというようなことは全くない。このことは,会社側で,原告に対し,何度も本件営業研修に参加するよう働きかけをしていることからしても明らかである。なお,原告は,本件営業研修が労使の合意に基づくものとは知らなかったというが,原告は,組合側から本件営業研修への参加が求められるという情報を得ていたものであるから,そのようなはずはない。
そして,原告は,原告を還流人事の対象とするために会社側から本件営業研修に参加するよう求められていることがわかっており,本件営業研修に参加しなければ,還流人事の対象から外されるというようなことを聞き及びながら,これに参加しなかったものである。これは,原告自らが選択した結果であって,旧NTTに非難される点はない。
旧NTTは,原告が,本件営業研修に参加しなかったことから,還流人事の対象から外さざるを得ず,一般の人事の対象とせざるを得なかったものであり,これは,会社の人員配置の必要に基づく一般的な人事の扱いであって,原告に対し懲罰的な人事権を行使したことにはならない。
b 原告が行った人権擁護委員会に対する救済申立てに対する被告会社等の働きかけについて
旧NTTは,原告が人権擁護委員会に対し救済申立てをするといっているという趣旨の情報を得ていたが,具体的な申立てをしたかどうかを知り得る立場になく,組合を使って,申立ての取下げを慫慂したことなどは全くない。原告は,会社が,組合とは違う立場に立つことを無視して,単に憶測で主張しているに過ぎない。
c 見せしめのための研修,郡山支店への懲罰的な人事発令について
旧NTTは,東北地本から原告の単身赴任の解消に向けた人事異動の要請を受けて,業務上の必要性に基づく人員配置の必要性や原告の家庭の事情等も総合考慮して(単身赴任のみの解消を目的とする人事異動はあり得ない),原告に対し,配置転換に伴って必要な営業関係業務の知識,技術修得に向けたスキル転換研修を実施したものである。そして,上記の研修により,原告が営業関係の業務に従事し得る状態になったことを踏まえ,郡山支店であれば,その市場性に照らし,業務上の必要性もあるし,同支店であれば,原告が自宅から通勤することも可能と考え,平成9年10月1日,原告に対し,郡山支店の営業部門(ヘルプデスク担当)勤務を命ずる発令をしたものであり,原告に対する人事上の取扱いは,労使間のルール及び旧NTTの人員配置の必要性に基づき適法かつ適正に行ってきたものであって,何らの問題はない。
③ 損害等について
上記のとおり,被告会社等は,原告に対し,労使間のルールや旧NTTの人員配置の必要性等に基づいて,適法かつ適正に人事権を行使してきたものであって,人事権の行使が濫用にわたるというようなことは全くない。原告が,7年1か月間にわたって単身赴任をしてきたのは事実であるが,被告会社等は,単身赴任者に対しては,相応の手当等を支給してきており,過酷な状況に置いたものではないから,原告の損害賠償の請求も棄却を免れない。
第3争点に対する判断
1 本件の背景事情
当事者間に争いのない事実に,各文中の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(1) 旧NTTの経営状況等
① 旧NTTは,民営化以降,事業者間の競争が一層激しさを増す中で,財務基盤を強化し,顧客に対しては低廉な価格でより良いサービスの提供を行うとともに,株主に対しては安定的な配当を行う,そして,社員に対しても労働条件の向上を行うことを目標に,様々な効率化施策,合理化施策を実施してきた。具体的には,営業窓口の統廃合を実施したほか,ディジタル化の推進,新オペレーションシステム等の導入など設備管理・保守業務の見直し,電子番号案内台の改良,広域受付体制の拡大など番号案内業務の見直し及び番号案内業務の全面委託化などを行うとともに,設備保守等業務のグループ会社への移管,社員の新規採用の抑制,希望退職の募集などを進めてきた。
また,マルチメディア時代に向け,NTTグループ全体としての成長・発展を目指し,経営の人的・物的資源をマルチメディア分野・国際分野へシフトし,経営基盤の確立と雇用の確保・創出を図ることを目的とし,マルチメディアに向けた業務運営の変革にも取り組んできた。
② また,旧NTTは,昭和61年に,事業部制を導入し,地域通信事業部とネットワーク事業部等を設け,東北地域においては,地域通信事業部を統括する東北支社(東北6県の各支店・営業所を統括)とネットワーク事業部(平成4年に組織形態の見直しが実施され,長距離通信事業部となった)を統括する東北ネットワーク支社(後に,東北ネットワークセンタと改称)を置いた。
そして,ネットワーク事業部においても,種々の合理化施策等を実施してきたが,平成元年に,電気通信市場において,中継系他事業者が相次いでサービスを開始した結果,競争が日増しに激しさを増すと同時に,通信利用の高度化・多様化のニーズが一段と高まり,通信網のディジタル化の一層の促進により,網のシンプル化,信頼性の向上を図り,アナログ主体の事業運営からディジタル化に即した事業運営へ移行していくことが不可欠となっていた。
(なお,旧NTTは,上記のような経営の合理化を進めた結果,昭和60年度末の時点で約1600あった支店が,平成9年度末で約90に,昭和60年度末の時点で約1300あった交換機の有人保守拠点が,平成9年度末で約60にそれぞれ減少したほか,社員数も民営化時点(昭和60年4月1日現在)の約31万4000人から,平成9年度末で約14万5000人となっている。)
(2) 原告に配置転換を命ずるまでの経緯
① 旧NTT東北支社は,ネットワーク事業部制の見直しを図り,ZC(=中継交換機が設置される交換局をいう)による管内一元管理体制を確立するため,東北地本と協議を重ねた結果,平成元年12月26日,地方経営協議会(全電通との労働協約に基づいて,地方支社等の長の権限に属する重要な課題について,地方支社等の会社側委員と組合側委員とが論議する場をいう。)において,「ネットワーク事業部における今後の施策の展開について」という業務運営改善施策(以下,「本件施策」という)について合意した(乙8)。
本件施策は,ZCによる管内一元管理体制を確立するというものであり,これにより,非ZC交換局は廃止されることとなり,その当時,原告が勤務していた会津若松ネットワークセンタは,いわき,郡山にあったネットワークセンタとともに廃止され,福島ネットワークセンタに統合されることになった。
② 東北ネットワークセンタは,本件施策の実施に伴い,多数の社員の配置転換が必要となることから,本件施策につき,社員の理解を得ることが必要と考え,廃止予定のネットワークセンタなどに,東北ネットワークセンタ所長を派遣し,そこに勤務する社員との対話集会などを開いた。会津若松ネットワークセンタでは,平成元年5月と平成2年7月に対話集会が開かれた。
③ 旧NTT東北支社及び東北ネットワークセンタは,平成2年7月頃,東北地本に対し,本件施策の実施に伴う配置転換スケジュールを具体的に説明し,その了解を得た上で,廃止ネットワークセンタ等の社員に対する配置転換にかかる希望調査を行い,配置転換計画の策定を行うことにした。東北地本と取り決めた配置転換のスケジュール等は次のとおりである。
会社は,平成2年8月28日から8月31日までの間に,配置転換予定者に対し配置転換にかかる希望調査を行って,配置転換計画を策定する。なお,会津若松ネットワークセンタの社員の配置転換先は,福島ネットワークセンタ(所内・企画・総務部門),東北ネットワーク技術センタ,東北ネットワークセンタ(所内部門)の3か所とすることとし,希望先に順位を付した書面の提出を求めて希望調査を行う。会社は,同年9月10日から9月28日までの間に,東北地本と配置転換協議を実施し,その上で,配置転換予定者に対しては,同年10月上旬までに事前通知を行う。
東北ネットワークセンタは,上記スケジュールに基づき,平成2年8月22日,会津若松ネットワークセンタにおいて,配置転換に伴う希望調書の記入方法に対する社員説明会を開いた。同説明会には,原告も出席した。
④ 同月28日から希望調査が行われたが,原告は,これまで単身赴任はできないという意向を表明してきており,希望調書の配置転換先はいずれも単身赴任を余儀なくされる場所であったことから,番号を付することはできないと考え,同月29日,同人の上長である会津若松ネットワークセンタ回線運営課長に対し,配置転換先の希望欄には何も記入しないまま,希望調書を提出した。そのため,同課長は,上記希望調書を受理せず,原告に対し,希望欄に順位を付した希望調書を提出するよう求めた。原告は,同年9月3日,やはり希望欄には順位を記入せず,余白欄に配置転換先として指定されていない「福島ネットワークセンタ会津若松サービス担当(仮称)(会津若松に事業所を置く)」などと記載し,備考欄に,「家庭の事情により遠距離通勤,単身赴任は全く不可能です。従って,希望欄に記載した事業所に職場を確保していただきたい。」と記入した希望調書(乙10)を提出した。
会津若松ネットワークセンタ所長は,原告に対し,余白に記入した希望先は希望として認められない,希望先はないものとして配置転換先を決定せざるを得ないと伝え,希望調書を受け取ることとしたが,その際,原告は,分かったと答えた。
⑤ その後,東北支社と東北地本との間で,上記配置転換に関する協議が行われ,会津若松ネットワークセンタ所属の社員のうち29名が協議の対象となった。協議の結果,29名のうち配置転換先を東北ネットワーク技術センタと決定された者は,原告を含め7名,東北ネットワークセンタと決定された者は1名,福島ネットワークセンタと決定された者は10名,山形ネットワークセンタと決定された者は2名である。その余の9名については,各社員の人道上の理由が勘案されて配置転換先に配慮がなされた。
⑥ 旧NTT東北支社は,東北地本との間で,本件施策の実施に伴う配置転換協議を実施していた際,東北地本から,会津若松ネットワークセンタ及びいわきネットワークセンタの組織統合に伴い配置転換された人員に対する今後の取り扱いについてどのように考えているのか確認を求められ,その結果,同年9月28日,東北地本との間で,以下の事項(地方交渉等記録書抜すい(2東記第2003号。乙11))について合意するに至った(以下,ここで確認された事項を「本件確認事項」という)。
「〔流動後の扱いの基本的な考え方〕
ネットワーク事業部における今回の施策実施に伴う人員流動は,業務移行,人材育成などを勘案し,ZCネットワークセンタ,東北ネットワーク技術センタ等としており,流動後においては,ネットワークセンタの自主的,自己完結的な業務運営にふさわしい企画,戦略的業務への参画,ネットワーク事業活動の充実等を図るとともに,ディジタル化の進展に即した実践に強い各種技術者の育成を図っていくほか,NTTとして今後一層必要となるISDN関連技術者,システム技術者,システム技術者及びネットワーク技術者等の育成を積極的に図っていく考えである。
このため,別紙育成メニュー等のとおり,ネットワークセンタにおけるOJTの充実に努めるとともに本社等への業務参加を積極的に推進していくほか,東北技術センタにおいても一層の充実を図っていく考えである。
また,その後において,本人の技術修得状況,出身地域等の希望,適性等を見つつ受入れ先の要員状況等をも総合的に勘案し,積極的に人事交流を図っていくこととする。(以下,略)」
⑦ 東北地本は,旧NTT東北支局との間で,上記の確認がなされたことにつき,組合員らに対し,同年9月28日付け「地方本部NW連絡13号」という文書(甲6)で報告した。同文書は,「地方労使間において,平成2年度施策に伴う配置転換協議を取り組む前段の論議を行い,以下のイメージ合わせを行った。」とするもので,「技術センタ等へ移動した社員の扱いについて-育成メニューが終了した時点をとらえ,積極的な人事交流を図り本人希望の充足を行う」というイメージ合わせをした旨の報告がなされている。
⑧ 平成2年11月13日,原告は,「平成3年2月22日付で,下記のとおり発令することに決定したから通知する。発令事項 平成3年3月1日 東北ネットワーク技術センタ 職掌 機械 担務内容 別途説明会等を開催のうえ決定する」という内容の事前通知書(乙13)を受領した。
(3) 事前通知に対する原告の対応
① 被告会社では,(a)労働協約及び就業規則の適用等の事項についての苦情に関わる苦情処理制度,(b)配置転換の事前通知に関わる簡易苦情処理制度の2つを置いている。上記(a)の苦情処理制度は,電電公社の制度が引き続き適用されているものであり,当時電電公社に適用されていた公共企業体等労働関係法第12条の「公共企業体等及び組合は職員の苦情を適当に解決するため公共企業体等を代表する者及び職員を代表する者各同数をもって構成する苦情処理共同調整会議を設けなければならない」との規定を受けて昭和28年に電電公社と全電通が締結した「苦情処理に関する協約」に基づく制度が引き継がれ,現在に至っているものである。
簡易苦情処理制度については,昭和30年に電電公社と全電通との間で締結された「簡易苦情処理に関する協約」が元となっており,その後,昭和60年の民営化の際には,昭和60年4月1日付をもって,旧NTTと全電通との間で「簡易苦情処理に関する協約」が締結され,旧NTTの再編成後においても,その主旨が変わることなく,被告会社とNTT労組との間の協約に引き継がれている。これも,前同様,使用者側委員と労働者側委員で構成される(乙6,7)。
② 原告は,同年11月16日,事前通知に不服があるとして,東北支社と東北地本との間に設置していた簡易苦情処理委員会に対し,「平成2年11月13日付事前通知に関して」との件名で苦情申告書(乙14)を提出したが,同年12月21日,同委員会において,「事前通知の内容を是とする」旨の苦情判定が出された(乙15)。
原告は,その後も数度にわたり,配置転換に伴う事前通知に対し,苦情申告書を会津若松ネットワークセンタ職場苦情処理委員会に提出したが,いずれも受理されなかった。
原告は,平成3年1月21日,会津若松ネットワークセンタ所長に対し,本件施策に伴う事前通知の撤回等を求める旨の要望書を送付した(甲1,乙16,17)
(4) 原告に対する配置転換命令
会津若松ネットワークセンタ所長は,平成3年2月22日,原告に対し,平成2年11月13日付事前通知に基づく人事発令を行い,原告は,平成3年3月1日宮城県仙台市に所在する東北ネットワーク技術センタ,システム開発部門ソフト開発担当勤務となり,主に,ソフトウェア技術の修得,支援業務等に従事することとなった。本件配転命令の当時,原告の妻は,旧NTT会津若松支店に勤務しており,二人の子どもは,中学校と高等学校に在学していた。原告は,本件配転命令により,平成3年3月1日,福島県会津若松市内の自宅に妻子を残して,単身で,宮城県仙台市の東北ネットワークセンタ技術センタに赴任して勤務することになった。
(5) 東北ネットワーク技術センタにおいて行われた還流人事について
① 東北ネットワーク技術センタは,ディジタル化の進展に即した実践に強い各種技術者を養成するとともに,将来一層必要となるISDN関連技術者やネットワーク営業技術者として働けるよう人材の育成を行い,各種の技能を身につけた人材を各地域のネットワークセンタに配置してネットワーク事業部の営業活動等を充実させていくことを目的の一つとしていた。
東北ネットワーク技術センタは,本件施策の実施に伴い,同センタに勤務することになった社員については,本件確認事項に沿って,本人の技術修得状況,出身地域等の希望適性等を見つつ,受入れ先の要員状況等をも総合的に勘案し,東北6県の各ネットワークセンタ及び地域支店等との人事交流を積極的に図っていくという「還流」と称する人事交流を行っていくこととしていた。
② 平成5年当時,電気通信事業における競争は熾烈を極めており,旧NTTは,度重なる料金値下げを実施したが,それでもシェアの低落傾向が続くという非常に厳しい経営状況にあった。東北支社では,(a)多様な顧客ニーズに応えた販売・保守面でのキメ細かなサービス提供によるシェアの確保・拡大,(b)市場動向・競争状況の急速な変化や進展に対する機敏な対応,(c)業務運営体制の見直し・改善など,積極的な攻めの事業運営により,経営基盤を確立したいと考え,具体的には,営業・販売部門,設備運営部門,通信機器事業部門等,ほぼ全部門において経営改善施策を実施し,販売拠点や営業窓口拠点の統廃合,「116」受付体制の見直し,保守拠点の見直し等を含む諸施策を展開しようとしていた。
③ 平成6年3月17日,東北支社及び東北ネットワークセンタは,これまでに行ってきた「還流」を含む人事交流の実施についての考え方を「平成6年度 還流実施にあたっての基本的考え方」と題する書面(乙26)にまとめ,東北地本との間で,確認した上,同書面に沿った合意をした。合意された内容は,(a)「還流」の実施にあたっては,本人の技術修得状況(即戦力となり得る技術の修得状況),出身地域,希望,適性等を見つつ,当該非ZCネットワークセンタが所在していた商圏内の支店への人事交流を実施していく,(b)平成6年9月には新たな経営改善施策の実施が予定されていることから,「還流」の実施時期については,同施策実施以降,順次実施することとし,配置部門は営業(通信機器営業を含む)又はシステム営業とする,(c)配置先支店等において戦力となり得るよう,必要な育成について,計画的に実施する,というものであった。
当時,東北ネットワーク技術センタは,同センタにおける人材の育成期間がおおむね3年を経過していたことから,平成6年度末を,人材育成と「還流」の最終年度と捉えていた。そして,新たな経営改善施策の実施との係わりから,還流人事の対象者には,今後,従事することが予定されている営業業務について即戦力になる力を身につけさせなければならないとの方針に立って,平成2年に締結した地方交渉等記録書抜すい(乙11)に係る合意を完結する補完策として短期的な営業業務研修を行うことにした。これは,「還流」対象者に対し,同年4月7日から同年8月末日までの約5か月間に,3パターンの業務研修のいずれかを受けさせるというものであった(乙27の1,2,3)。
東北ネットワーク技術センタにおいては,「還流」人事の対象者11名に対し,本件営業研修の趣旨を説明し,研修への参加確認を行うため,社員各自と話し合いをした。
④ 原告は,本件営業研修に参加しなかった。
⑤ 平成6年5月16日,東北ネットワーク技術センタ所長は,本件営業研修に参加しなかった原告を「還流」人事の対象として取り扱っていくことができないという会社側の方針に基づき,原告に対しては,それまで行っていたソフトウェア技術の育成等を継続するよりも,新たな還境のもとで,他業務の知識・技術を身に付けさせることが必要と考え,服務指定替をした。
平成6年6月20日,原告は,東北ネットワーク技術センタ所長に対し,平成6年度「還流」の人事実施にあたっての同所長らの対応経過等について説明を求める旨の内容証明郵便(乙28)を送付した。これに対し,同所長等は,同月23日,本件営業研修を企画した趣旨や本件営業研修への参加を求めた際の原告の対応経過等について原告に説明し,会社としては,本件営業研修への参加を拒否したのは原告だと判断していると伝えた。
その後,同月24日,原告は,同所長に対し,上記内容証明(乙28)に対し文書で回答を求める旨の内容証明郵便(乙29)を送付した。同所長等は,同月27日,原告に対し,改めてこれまでの対応における同人の発言等から同人自身の意思により「還流」人事の前提となる本件営業研修を拒否したと判断した経過を説明した。
⑥ 原告は,平成8年4月には,組織整備によって東北ネットワークセンタと東北ネットワーク技術センタが統合されたことに伴い,東北ネットワークセンタデータベース品質管理センタ勤務となった。
(6) 人権擁護委員会への救済申立て
原告は,苦情処理委員会に対し,平成6年には,還流人事の実施に関する苦情解決請求をしたほか,平成8年に入ってから,本人の意思を無視して長期の単身赴任を強いるのは基本的人権の侵害ではないかという苦情解決請求をしてきたが,いずれの申立てもすべて却下されてきたことから,平成8年12月26日,仙台弁護士会の人権擁護委員会に対し,人権救済の申立てをした。しかし,その後,救済の申立てを取り下げた(乙30ないし39,甲7,8)。
(7) 原告が郡山支店に転勤となった経過とその後の会社の対応について
① 原告の所属する東北地本は,平成9年初め頃,旧NTTに対し,原告等の要請を受けて原告の単身赴任の解消を求め,東北支社及び東北ネットワークセンタに対し,原告の自宅所在地(会津若松市)に所在する会津若松支店への人事異動を行って欲しいとの要請をした。
② 東北支社及び東北ネットワークセンタは,原告一人について,営業関係業務の知識・技術修得に向けたスキル転換研修を平成10年4月から郡山市に所在する福島エキスパートセンタにおいて実施することを計画し,この間は,会津若松市内の自宅から通勤してよいとしたところ,原告は,上記研修に参加した。
③ 上記研修が終了後の平成10年10月1日,原告は,郡山支店の営業部門(ヘルプデスク担当)勤務を命じる人事発令を受け,現在も同支店で勤務している。原告は,会津若松市内の自宅から同支店に通勤している。
(8) 単身赴任者に対する福利厚生
① 旧NTTにおいては,単身赴任者に対し,単身赴任手当(手当額は平成5年5月に1万円から2万円に増額,平成9年4月に2万円から3万円に増額),帰郷実費(単身赴任者の勤務事業所又は住所と帰郷地との間の往復に要する交通実費を支給するもの,6か月に6回を限度とし支給)等を支給する制度を設けるとともに,社宅希望者に対しては,単身者用社宅を提供するなどしていた。原告は,7年1か月の単身赴任中は,仙台市内の単身者用の社宅を借りて生活していた。
2 争点1(配置転換請求)について
(1) 配置転換は,使用者の有する人事権の一つであって,被告会社のように長期雇用システムを取っている会社において,配置転換という制度が,労働の調整,職場の活性化,生産性の向上,人材の育成等の有用な機能を果たし,不可欠の人材管理の施策となっていることは,公知の事実である。
前記1(2)認定の事実によれば,原告は,会津若松ネットワークセンタの統廃合に伴って,本件配転命令により平成3年3月1日仙台ネットワーク技術センタに転勤となったものであるが,基本的事実関係の(2)①,②のとおり,旧NTTの就業規則に,「社員は,業務上必要があるときは勤務事業所又は担当する職務を変更されることがある」と規定がある上,「社員の配置転換に関する協約」にも,配置転換の対象者は,本人の適性,業務上の必要度,家庭の事情,経験,本人の希望,健康,通勤時間,住宅を総合的に勘案して選定するとされていることからすれば,被告会社等は,業務上の必要性があれば,個々の社員の同意なしに,社員に対し,勤務地の変更を伴う配置転換を命じて,労務の提供を求める権限を有するものというべきである。原告も,本件配転命令そのものの有効性は争っていない。
(2) 以上を前提として,原告と被告会社等の間で,原告を被告会社会津若松支店に配置転換するとの合意があったか否かについて検討する。
前記1(1),(2)で認定したとおり,①会津若松ネットワークセンタ等の廃止に伴う配置転換は,基本的に,技術革新の流れに対応した業務体制の確立策の一貫として,技術の進展に即応した人材育成を目的とするものであって,配置転換に先立って,会社側と組合側で配置転換された人のその後の処遇等について協議がなされ,協議の結果が本件確認事項としてまとめられ,②会社は,配置転換された社員については,おおむね本件確認事項に沿った取り扱いをしてきており,平成6年度に実施された本件営業研修を終えた者に対しては,本人の希望する勤務地に配置転換しているものである。
ところで,前記1(2)⑥認定のとおり,本件確認事項には,「本人の技術修得状況,出身地域等の希望,適性等を見つつ,受け入れ先の要員状況等を総合勘案し,積極的人事交流を図っていく」などと記載されているのみである。上記文書が,会社側において,本人の希望に配慮しながらも,本人の技術の修得状況や適性,受け入れ先の要員等も総合勘案して人事を行うという人事に関する会社の裁量権を前提としていることは明らかである。本件確認事項のその他の記載部分を検討しても,上記裁量権自体を否定することを示唆するような記載を見出すことはできない。したがって,本件確認事項から,原告の主張するように,原告の所属する組合と被告会社等の間で,おおむね3年の育成期間が経過すれば,原告の希望する勤務地に転勤させる合意があったとの結論を導き出すことはできない。
(3) なお,原告は,東北地本から配られた文書(甲6)に,技術センタ等へ移動した社員について,会社側とイメージ合わせをしたとし,「育成メニューが終了した時点をとらえ,積極的な人事交流を図り本人希望の充足を行う」とあることからすると,労使の合意内容は,基本的に,組合が配布した文書に従って認定されるべきであり,組合と会社との間で,原告の主張する合意がなされたと主張する。しかし,組合と会社との間で,原告の主張する合意がなされたのであれば,「おおむね3年の育成期間が経過後は,希望の職場に戻す」と記載されるはずであるのに,上記文書は,そのようにはなっていない。また,原告は,これまでに何度も上記のような考えに立って苦情処理の申立てをしているが,組合側の委員においても,会社との間で原告が主張する合意があったことを前提とした対応を取った形跡は全く窺われない。その他,本件全証拠を検討しても,会社と組合との間に,原告が主張するような合意があったと認めるに足りる証拠を見出すことができない。
(4) したがって,被告会社等は,社員の希望を充足するよう努めつつも,(1)で述べた原則どおり,就業規則や労働協約に従い,当該社員の技術修得状況や適性や受け入れ先の要員状況等を総合勘案して,人員の配置を決定していくことができるものというべきである。
(5) また,そもそも,従業員には,就労義務はあっても,雇用主に対し就労させるよう請求する権利はないから,会社に対し,特定の事業所へ配置転換せよとの人事発令をするよう請求する権利がないことは明らかである。
よって,被告会社に対し,原告を被告会社会津若松支店へ配置転換せよとの人事発令をするよう求める原告の請求は,いずれにしても前提を欠くことが明らかであって,採用の限りではない。
3 争点2(人事権の濫用)について
(1) 前記のとおり,被告会社等は,業務上の必要に応じ,その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるというべきであるが,被告会社等の配転命令権は無制約に行使できるものではなく,これを濫用することが許されないことはいうまでもない。原告が問題としている人事権の不行使という場合にも,不当な動機,目的をもって,あえて人事権を行使しなかったというような場合や当該人事権の不行使により労働者に対し,通常甘受すべき程度を超える特別の不利益を負わせる時など,特段の事情が認められるときは,当該人事権の不行使が権利の濫用となる場合があるというべきである。ただ,使用者は,基本的に業務上の必要に応じ,その裁量により労働者の勤務すべき場所を決定できるものであり,ここにいう業務上の必要性については,余人をもってしては容易に替え難いといった高度の必要性のある場合に限定すべきではなく,労働力の適正配置,業務の能率の増進,労働者の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点があると認められる限りは業務上の必要性が認められると解されていることなどに照らせば(最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁,判例時報1198号149頁参照),当該人事権の不行使が権利の濫用となるのは,使用者が,上記のような人事に関する裁量権を逸脱したと認められる場合に限られるというべきである。
(2) 原告を還流人事から外す工作について
① 証拠(甲12,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
平成6年3月23日,原告は,分会長から,「会社から,研修参加の意思確認がなされる。条件面などで言いたいこともあるだろうが会社と話した結果を教えて欲しい。」という電話を受けた。東北ネットワーク技術センタ所長らは,同日の午後,原告に対し,本件営業研修に参加するよう勧めたが,原告は,労使間の協定で希望の勤務地に戻してくれることになっていたはずだなどと述べて,本件営業研修に参加する旨の意思を表明しなかった。同所長らは,原告を「還流」人事の対象者とするため,同月24日,同月30日,同月31日にも断続的に話し合いの機会を持ち,原告に本件営業研修に参加するよう勧めたが,原告は,研修に参加する旨の意思を表明しなかった。その後,間もなく,原告の身内に不幸があり,原告が忌引休暇を取得したため,研修開始日の前日である同年4月6日,同所長は,もう一度,原告に対し,電話で,研修に参加するよう呼びかけたが,原告は,本件営業研修に参加するとは述べなかった。
その後,同月14日,既に,本件営業研修は始まっていたが,同所長は,仏事等も終わって,気持ちも落ち着いた頃ではないかと考え,原告に対し,途中からでもよいから本件営業研修に参加する気持ちがあるかどうか意向の打診をしたが,原告は,参加するとは述べなかった。なお,原告は,本件営業研修に参加を求められた際,会社側としては原告を還流人事の対象とするために本件営業研修への参加を勧めていること,また,本件営業研修への参加を拒否すれば,還流人事の対象から外されることを承知していた。
② 上記認定の事実によれば,東北ネットワーク技術センタ所長らとしては,原告に対し,何度も本件営業研修に参加するよう働きかけをしているものであり,原告が研修に参加しないよう工作したなどというようなことは,およそあり得ないというべきである。
③ なお,原告は,会社は,組合との間で,「平成6年度還流実施にあたっての基本的考え方」に係る合意をしていたのであれば,本件営業研修に参加を求める際に,それが,会社独自のものではなく,組合の了承も受けていると説明をする義務があったという趣旨の主張をしている。しかし,被告会社等は,組合の了承とは無関係に業務研修を実施することができるのであるから,原告の主張するような説明義務があるとはいえない。
そもそも,原告は,本件営業研修が入ったという情報を組合側から入手した後,東北ネットワーク技術センタ所長らからの本件営業研修への参加のあっせんを通じて,還流人事との関係で本件営業研修がどのように位置付けられていたかを十分に把握し得たのである。原告においては,本件営業研修に疑義があって,納得できないところがあったのであれば,組合とも相談して,自らの対応を検討する余地が十分にあったのであって,会社側が誠意を尽くして本件営業研修に参加するよう求めているのに,その趣旨をくみ取ることもなく,その他何らの対応策をも講じなかったのであるから,その全責任は,原告に帰するものというほかはない。
原告を還流人事から外す工作をしたとの原告の主張は,採用できない。
(4) 原告が行った人権擁護委員会への救済申立てに対する被告会社等の働きかけについて
原告は,旧NTTは,組合を通じて,原告が,人権擁護委員会へ救済の申立てをしたことを知っていたはずであり,旧NTTが具体的に原告の人事異動に向けて動いていたことなどからすれば,旧NTTは,組合を通じて,原告に上記救済の申立てを取り下げるように働きかけをしたに違いないという趣旨の主張をしているしかしながら,被告会社側は,原告の種々の申立てに対し,会社として人事権を適切に行使しており濫用にわたることはないという姿勢を一貫して取ってきているのであって,このような姿勢を取ってきた会社が,原告が主張するようなことをするとは考えにくい。結局,原告の主張するところは,組合側が円満に交渉をまとめるためには,穏便な方法を取った方が得策ではないかといった助言をしたのを,会社と組合の立場の違いも考えずに,背後で会社が動いたに違いないと曲解した,根拠のない憶測としかいえないものであり,その他,本件全証拠によっても,原告が主張するような結論を裏付けるに足りる証拠を見出すことはできない。
この点に関する原告の主張は採用できない。
(5) 見せしめのための研修,郡山支店への懲罰的な人事発令について
前記2(2)で認定したとおり,旧NTTは,労働組合との間で,本件施策の実施に伴って配置転換された者について,配置転換の目的等に照らし,人材の育成がある程度進んだ配置転換後3年を過ぎた時点で,基本的に新たに修得した知識,技術を生かして,希望任地で新たな業務に従事できるよう還流という人事政策を採用して,還流人事の前には,短期の営業等の関係の研修プログラムを用意し,研修を受け終わった者については,希望任地に配置転換するという方針で人事を行ってきた,しかるに,原告は,会社の勧めにもかかわらず,この研修を受けなかったというのであり,その結果,会社側は,原告を人材育成のメニューを終えた者として取り扱うことができず,還流という人事の対象から外さざるを得ず,以後,会社は,還流という特別の人事政策の外側で,個別に,原告の人事をなさざるを得なかったのである。
そして,前記1(7)認定の事実によれば,会社は,原告の要請を受けた東北地本から,平成9年初め頃,原告の単身赴任の解消を求めて自宅所在地(会津若松市)に所在する会津若松支店への人事異動を行うよう要請を受け,原告に対し,そのために必要な営業関係業務の知識・技術修得に向けたスキル転換研修を平成10年4月から郡山市に所在する福島エキスパートセンタにおいて実施する旨の計画を立てたところ,原告は,この研修には参加したこと,が認められる。
この点,原告は,郡山支店への配置転換前に原告が受けた研修の内容は,これまでの人材育成期間中に知識技能を身につけてきた原告にとってほとんど意味のあるものではなかったもので,これは見せしめというに他ならないと主張し,そもそも,人材育成を目的とした配置転換後,既に3年も経っている原告をはじめとする還流人事の対象者は,実務の中で仕事を覚えれば十分であって,本件営業研修の必要はなかったというような陳述もしている。
しかし,会社としては,還流人事により,これまで営業の仕事に従事したことのない社員を営業職として配置していく人事計画を実行に移そうとしていたものであるから,実践に出る前に相応の技能を身につけて即戦力として稼働してもらいたいと考えるのは,けだし当然であって,かような意味合いで設けられた研修が,会社の人事政策上意味をなさないとは認められない。そして,原告は,会社側の度重なる説得にもかかわらず,上記のような趣旨で設定された本件営業研修に参加しなかったのであるから,その後,営業の研修未了者と扱われてもやむを得ないというべきであるし,会社が,本件営業研修を受けた者との処遇の均衡等の配慮に照らして,営業職に配置転換する前の原告に対し,営業関係の研修への参加を求めたのは,会社の人事上の措置としては合理的な裁量の範囲内のことであって,何ら相当性を欠くとは認められない。
原告は,会社の求めてきた研修が原告一人を対象としたものであることを捉え,見せしめというに他ならないとしているようであるが,会社が,原告に対し,個別の研修等を設けなければならなかったのは,還流人事の対象者として処遇してきた原告が本件営業研修に参加しなかったためであり,会社側において,個別の処遇をしていかざるを得ない状態を招いたのは原告に他ならず,これを見せしめということはできない。
また,会社側から,研修の成果を踏まえて人事を行う旨の書面が出されていたのは,本来であれば,人事については,技能の修得状況等も踏まえて会社が決定できるというべきであるところ,これまでの原告の取ってきた対応などからして,研修に参加しさえすれば人事異動がなされると誤解され,人事につき不服を申し立てられることを懸念して取られた措置と考えられなくもなく,いわば当然のことを指摘したまでであって,これが脅迫になるはずがない。
また,原告を郡山支店勤務としたのは,会社側において,単身赴任が7年1か月続いている原告の家庭の事情等も配慮してのことと推察され,原告は,これにより単身赴任を解消するに至っているのであるから,会社の合理的な人事権の範囲内で行ったものであることは明らかであって,懲罰的な意図の下で行ったと認める余地はない。
したがって,原告の上記主張も採用できない。
(6) 最後に,原告が7年1か月にわたって単身赴任をしていたことは間違いなく,旧NTTに報復の意図などがないとしても,このような人事権の不行使自体が人事権の濫用となるか否かについて検討する。
証拠(甲7,12,原告本人)によれば,原告は,単身赴任に伴って,家族が別々に暮らすことを余儀なくされたものであるが,家事や育児の分担上,毎週末には会津若松市内の自宅に帰っていたもので,二重生活に伴う生活費の負担増もさることながら,交通費の負担にも少なからぬものがあったこと,家族が別々に暮らすことに伴う精神的負担も少なくなかったことが認められる。
しかし,他方,前記1(8)認定の事実によれば,被告会社等においては,上記のような単身赴任者に対する福利厚生の施策を実施していたことが認められ,それに,これまでみてきた原告に対する人事の経過などに照らせば,被告会社等が,人事権の不行使により,原告に社会通念上甘受できないような著しい不利益を与えたとまで認めることはできない。
4 争点3(損害等)について
原告は,損害賠償を請求する根拠を明らかにしていないが,原告の主張内容からして,会津若松支店に対する配置転換の合意があったことを前提として債務不履行に,上記合意が認められないとしても人事権の濫用等を理由に不法行為に基づいて損害の賠償を求めているものと解する。
既に検討してきたところに照らせば,原告の損害賠償請求はいずれの構成を取るとしても理由がないことは明らかである。
5 結論
そうすると,原告の請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宍戸充 裁判官 鈴木桂子 裁判官 志賀勝)