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福島地方裁判所郡山支部 平成24年(わ)127号 判決 2013年3月14日

主文

被告人を死刑に処する。

押収してあるペティナイフ1本(平成25年押第2号の1)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第1被告人は,平成23年11月頃に当時の妻と共に福島県会津若松市に移住した後,実際には職に就くことはなかったのに,妻には就職したと嘘の報告をし,妻の着物等を無断で質入れするなどして得た金を元手に外国為替オプション取引を行っても思うように利益を出せず,金員に窮して,住んでいた借家も明け渡さざるを得なくなった。被告人は,平成24年7月13日頃から,同県大沼郡a町内の空き家の敷地を無償で借り受け,同所に駐車した自動車内で妻と生活するようになったが,住宅の購入を望んだ妻に対し,まとまった金員を手に入れる当てもないのに,同月26日までには勤め先から家屋の購入資金等が借りられるなどと嘘を重ねた。多額の金員を手に入れる方途に思いを巡らせていた被告人は,同月23日頃,付近の民家に押し入って家人に預貯金を引き出させるなどの方法により現金を強奪することを決意した。

被告人は,金品強奪の目的で,平成24年7月26日午前5時20分頃,福島県大沼郡a町b字cd番地eA方に,無施錠の勝手口から侵入し,同所において,B所有又は管理の現金1万円及びキャッシュカード2枚等24点在中の財布1個(時価合計約6000円相当)を盗取した上,起床してきたA(当時55歳)に対し,持っていた刃体の長さ約12.3センチメートルのペティナイフ(平成25年押第2号の1)を突き付け,「お金を出してください」と言って脅迫し,その反抗を抑圧して金品を強奪しようとしたが,Aがこれに応じなかったため,殺意をもって,その頸部を同ナイフで突き刺し,さらに,Aが被告人につかみかかるなどして抵抗したことから,その頸部や項部等を同ナイフで多数回突き刺すなどし,よって,Aを右項部刺創による上位頸髄離断により即死させて殺害した。被告人は,引き続き,同所において,Aが刺されるのを目の当たりにしたその妻B(当時56歳)に電話をかけようとする素振りが見られたことから,Bに対し,その側頭部を同ナイフで突き刺し,「違うだろ」「お金はどこ」「カード出して」と言うなどの暴行脅迫を加え,その反抗を抑圧してBからC所有のネックレス4本等7点(時価合計約1万0600円相当)を強奪し,さらに,Bが119番通報をしたことに気付いて,Bも殺害するしかないと決意し,その頸部を同ナイフで数回突き刺し,よって,その頃,同所において,Bを左右頸静脈切断による失血により死亡させて殺害した。

第2被告人は,業務その他正当な理由による場合でないのに,前記日時場所において,前記ペティナイフ1本を携帯した。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示第1の所為のうち,住居侵入の点は刑法130条前段に,A及びBに対する各強盗殺人の点はいずれも同法240条後段に,判示第2の所為は銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号,22条にそれぞれ該当するが,判示第1の住居侵入とA及びBに対する各強盗殺人との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので,刑法54条1項後段,10条により結局以上を1罪として刑及び犯情の最も重いBに対する強盗殺人罪の刑で処断することとし,各所定刑中判示第1の罪については死刑を,判示第2の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるが,判示第1の罪につき死刑を選択したので,同法46条1項本文により他の刑を科さないで,被告人を死刑に処し,押収してあるペティナイフ1本(平成25年押第2号の1)は,判示第1の各強盗殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

1  被告人は,多額の金員を入手する目的で民家に押し入り,家人2名を殺害して金品を強奪したのであり,金を得るために他人の生命をないがしろにした本件犯罪の性質は,それ自体極めて悪質性が高い。

2  被告人は,Aに対し,十分な殺傷能力のあるペティナイフで,頸部,頭部等の身体の枢要部分に集中して多数回の攻撃を加え,重大な傷害を負ったためにもはや抵抗できない状態になったAにとどめを刺すべく,その項部を同ナイフで強く突き刺し,容赦なく絶命させている。

被告人は,Aを殺害した後も,なお多額の金員を手に入れるという目的を達するため,Bの側頭部をペティナイフで突き刺すなどして,キャッシュカード等の暗証番号を聞き出し,Bが119番通報したことを知ると,その殺害をも決意し,Bが救急車を呼ぶよう懇願するのも聞き入れず,Bの頸部を同ナイフで複数回突き刺し,ためらうことなく致命傷となる傷害を負わせている。

このように,被害者らを殺害した態様は,執拗にして冷酷かつ残虐というほかない。

被告人は,B殺害後,折り返しかかってきた消防からの電話にも平然と対応して犯行の発覚を免れようとし,本件被害品であるキャッシュカード等を使用して何度も残高照会等を行い,現金の引出しを図るなどもしており,犯行後の行動も芳しくない。

なお,弁護人は,Aにつかみかかられる前にその頸部をペティナイフで突き刺した時点では被告人に殺意はなかった旨主張し,被告人の公判供述もこれに沿うものであるが,被告人は,Aと数十センチメートルの距離で対峙する位置関係で,ペティナイフの刃先をAの頭部ないし頸部の付近に向けて突き出し,約9.8センチメートルの深さまで突き刺しているから,確定的とまではいえないにしても,この時点でAに対する殺意はあったと認められる。

3  2名の被害者の尊い命が奪われた結果は誠に重大である。

殺害されなければならない理由など一切ないのに,就寝中に自宅に侵入してきた被告人により,突如として無惨な死を強いられた被害者らの苦痛や無念さは察するに余りある。

理不尽な凶行により被害者らを失った遺族の悲嘆は深く,被告人に対する処罰感情が極めて厳しいのも当然である。

農村地域の小規模な集落で夫婦が惨殺された事件として,本件が地域社会に大きな衝撃を与えたことは想像に難くなく,その社会的影響も見過ごすことはできない。

4  被告人は,妻と共に住む家屋の購入資金等を入手するために犯行を決意したというのであるが,その動機は利欲的で,あまりにも身勝手というほかない。

実際には無職で収入の当てがなかったにもかかわらず,勤務先から家屋の購入資金の援助が得られるなどと妻に嘘をついたことから,多額の金員を入手する必要に迫られたという経緯にも,酌むべき事情は見当たらない。

5  家人に暴行脅迫を加え,金融機関の窓口で多額の現金を引き出させて強奪するなどといった計画内容は実現の見込みが高いとは考えられず,犯行に向けた周到な準備行為や下見行為もないことなどに鑑みれば,被告人が家人の殺害を前提とした具体的な犯行方法まで企図していたとは認め難いものの,被告人は,家人を殺害しないで大金を入手する手立てを講じることもなく,ペティナイフを携帯して被害者方に侵入した上,同所で探し出した包丁をも手にした上で強盗に着手していることなどからすれば,家人に抵抗されるなどした場合には殺害行為に出ることも当然想定していたと認められる。

現に,被告人は,強盗の犯行に着手後,抵抗され,あるいは通報されたことを理由に,被害者らを冷酷かつ残虐な態様で殺害しているのであって,家人殺害の計画性が高いとはいえないことにより,被告人に対する非難の程度が大きく減ぜられることにはならない。

6  以上のように,本件の罪質が極めて悪質で,被害者ら殺害の態様が冷酷かつ残虐であること,犯行の結果が誠に重大であること,遺族の被害感情も峻烈で,社会的影響も大きいこと,犯行に及んだ動機にも酌むべきものがないことに鑑みると,本件が周到な準備に基づくものではなく,家人殺害の計画性が高いとはいえないことに加えて,被告人が四十代半ばまで前科なく人生を送り,被告人なりの反省の弁を述べていて,更生の余地が全くないとはいえないことなどの事情を十分に考慮しても,なお被告人の刑事責任は極めて重大である。

死刑が人の生命を奪う究極の刑罰であり,誠にやむを得ない場合に選択が許されることを踏まえ,慎重を期して検討しても,被告人に対しては,死刑をもって臨むのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 死刑,ペティナイフの没収)

(裁判長裁判官 有賀貞博 裁判官 古玉正紀)

裁判官今村あゆみは,転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 有賀貞博

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